No.305293

クローズファンタジー 蒼の巻 プロローグ

これは三つの種族が織り成す繋がりの物語。
では、まず最初に蒼き瞳に蒼き翼と尻尾を有した青年とその仲間達の冒険談が記された巻を開くとしよう。
長い長い物語が今、産声をあげる__

2011-09-22 03:41:57 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:782   閲覧ユーザー数:777

 蒼い輝きを放つ巨大な宝石が不気味に照りつける鍾乳洞の中、青年が立っていた。片手にはサーベルを携えて、目の前の蒼海のように澄んだ蒼の宝石を爬虫類のような瞳で睨みつける。

 壊すべきだ、と。

 なのに体が動かない。金縛りに合ったかのようにサーベルを構えたまま動かない。恐怖に悲鳴をあげる事も震える事さえも許されず、ただただ目の前で静かに、かつ強烈な存在感を見せ付けながら佇む蒼の宝石を前にして……

「これはお前の手に負える代物じゃない」

 蒼の宝石の真上には、全身をスッポリと包むように整えられた漆黒のローブを纏った男が俯きながら座っている。その声は少年だったが、少年にしてはあまりにも冷たく機械的な口調。

 そして、黒ローブの少年は左手にアメジストのような紫色で透明感のある艶美な太刀を持っていた。

 一見、ただ豪奢に仕立て上げただけのような刃物だが、その内側では、まるで太刀そのものが電気を作っているかのように絶え間なく小規模の雷が発生している。

 

 この世のものとは思えない素材で作られた太刀を手に少年は俯いていた顔をあげて、こちらを凝視してきた。

 その拍子に、今まで見えずに隠れていた顔が映る。

「なっ!?」

 黒曜石のような短い黒髪。お世辞にも健康的とは言えない白い肌。そして、感情が全く読めない人形のような瞳。

 その顔には、歳相応とは思えないほどに時間を重ねたような風格と疲労が浮き出ていて驚きの余り声を漏らした。そして気付く。金縛りに合っていたはずなのに声を出す事が出来たと。

「君は一体、何者なんだ?」

「それを言うなら、お前の存在の方がよっぽど気になるね」 

「何を言って……」

 少年の意味深な返しに、うろたえる。

「まあ良いや。名前だけでも名乗っておくよ」片手で悠々と少年は太刀を持ち上げ、「俺の名前は」雷のような速さで太刀を豪快に振るった。

 

「___」

 

 少年が名乗ると同時に雷鳴が木霊し、視界がフラッシュバックする。

 __死んだのだろうか? 誰かの声が聞こえてきた。

「……ドってば。起きなさいよ」

 とても聞き覚えのある女性の声。

 ここは天国なのだろうか? それとも地獄? 自分の今までの所業の数々を考えれば地獄の底に違いない。

「起きろって言ってんでしょ。寝ぼすけレイド!」

 突然も突然。頭上から襲い掛かってきた打撃にレイドと呼ばれた青年は奇声をあげる。

 そこは天国でも地獄でも無く、馬車の中だった。

 馬車は軽快な音を立てながら走り続けているが、まだ目的地にはついていないようで外の景色は岩山で野生の動植物が顔を見せている。

「いったいなぁ。もう少し寝かせてくれたって良いじゃん」

 頭をさすりながら、女性の声の主を睨みつけた。

 茶髪のツインテール。身だしなみは動き易さを重視した軽装で、見栄えにも気を配れば見違えるほどの美人になるであろう。だが、整った綺麗な顔を崩して怒りの表情を浮かべる今現在は……

「寝れる時は寝る、食べる時はとことん食べる。全く、お姉さん呆れちゃうわ~」

 女性という概念を捨てた、お世辞にも美しいとは言えない姿と口調である。

「なっ、酒癖の悪い姉さんを持って弟は大変ですよ」

 レイドは姉を名乗る相手に向かって、むすっと頬を膨らませながら仕返した。

 普段なら、軽く受け流して無視するが今は寝起きという事もあり非常に不機嫌だ。それに良くも悪くも先程の夢の続きを見れなかったのが残念で仕方が無い。

 肝心な部分で目覚めてしまうのが夢というものであるのだが絶賛不機嫌中のレイドには、そんな事は一片も考えられない。

「クッ、言ってくれるじゃない」

 ツインテールの女性が唇を嚙みながら、否定しきれない事実に顔を曇らせる。

「ま、まあまあイリア君。落ち着きたまえ」

 そんな険悪ムードの最中、ツインテールの女性を止める男の声が響いてきた。

 レイドと、イリアと呼ばれた女性は声の方向に目を傾ける。

 そこにいたのは丸っこい体型の白兎なのだが、人間のように二足で立っており骨格も人間に近い。服も人間と同じもの(子供サイズ)を着ていた。

 一緒くたにすれば”獣人((じゅうじん))”と呼ばれる、その男性は険悪ムードの中でも笑みを浮かべ言葉を紡いだ。

「諍((いさか))いは止めたまえ。心の輝きを濁らしてしまう。そして何よりも怒りに染まってしまった君の顔は美しくない」

 決まったと言わんばかりに自分より背丈が二倍はある二人を見上げながら白兎は返答を待つ。

「……はぁ」

 溜め息のタイミングはほぼ同時。やってらんないと言わんばかりに先程までいがみ合っていた二人は静まった。

「分かってくれたようだね。そう、争いは何も生まない。愛こそが……って、ちょっと君達。聞いているのかい!?」

 徹底した無視に喚く白兎を他所にレイドは窓から外を眺める。

 今いる場所は名の知れた鉱山で、坑道なども開発。周辺に街を作るという計画まで進んでいたらしい。過去形なのは、今現在は腐敗が進み坑道という坑道が閉鎖。廃坑と化しているからだ。

 突如、ツンと鼻をついた匂いにレイドは顔を歪める。

 廃坑と化した理由の一つしてあげられるのが、これである。有毒かつ除去のしようが無い原因不明の刺激臭。

「匂うぞ……俺達を甚振って嬲((なぶ))り殺そうと付け狙うような腐った匂いだ」

 むんずと、今まで微動だにしなかった人影が動く。それは発言とは裏腹に鼻歌でも歌いそうなほどの余裕を見せる女性だった。

「おお、レナ君! 君からも何とか言ってくれたまえ。僕の心は既にブルーで爆発寸前だよ」

 その名をレナという。全身を紫色の鱗に覆われ、背中には広げれば三人は収まるであろう大きさの翼。そして棘を持つ尻尾を持つ、その姿はまるで”竜”。

 服装は自身の鱗に同化させるようなチェインプレート。至る所に傷がついたチェインプレートからは何度も戦いを切り抜け生き残ったと言わんばかりの風格が漂っている。

 

「不発弾のまま、真っ青な海の中で沈んでろ。女垂らしのルーフェンス」

 更に別の声がレナに助けを求める白兎を罵倒した。

 その声は馬車の手綱を引く方向から聞こえてくる。今までと違うのは、その声が男性でも女性でもなく機械音声という事だ。中性的という訳でもなく、不気味な程に単調な声。

「ロア君まで……ひどいッ!」

 シクシクと、わざとらしい声を漏らしながらルーフェンスと呼ばれた白兎は遂に沈没した。

「み、皆さん。あんまり苛め過ぎるのは良くないかと……」

 ようやく仲裁の声が加わる。

「ヴィロ教授は分かってらっしゃる!」

 ルーフェンスが歓喜の声をあげ俯いていた顔をあげ、声の主の元へトコトコと駆けていった。

 駆けてくるルーフェンスを困った表情で見ているのは青年と中年の半ばといった感じの男性。学者肌なのか、周囲と比べると浮くような高尚なスーツを着こなしていた。

 馬車に乗っている同乗者はこれで全員。

 レイドにイリア、レナにルーフェンス、ヴィロ。そして姿こそ見えないが手綱を引いているであろうロアと呼ばれた機械音声の御者((ぎょしゃ))。

「全く、放っておけばいいものを」

 レナが、呆れた素振りを見せる。顔は笑いを堪えており、その場を楽しんでいるのが見え見えではあるのだが、他の面々は気付いていない。

 加えて言うならレナが同時に何かの気配を察知した事にも、まだ周りの人間は誰も気付いていなかった。

「茶番劇もそろそろ終いにした方が良さそうだぜ。”山賊”のお出ましだ」

 レナの言葉にヴィロ以外の全員が身構えた。

 この鉱山が廃れた理由は他にもある。元から、ここに住んでいた山賊が暴動を起こしたのだ。廃坑となった今は山賊の住処となってしまい、無法地帯と化している。

 

 レナの反応が一番早く、その手には既に武器が握られていた。槍と薙刀を割って足したような独特な形状をした武器で馬車の天井を突き抜けそうなほどに長い。

「いっちょ、片付けるとしますか」

 お次にイリアが背中に抱えた大筒から木製のロッド(棒)を取り出す。

「あくまで相手は”聖王国((せいおうこく))”の民。護衛が最優先ですが、撃退するだけに抑えて下さい。目的こそ違いますが、事を荒立てたくはないので……」

「分かってる。帝国出身の俺が聖王国の人間に迂闊に手を出せないのは重々承知の上だ」

 レイドの言葉を遮って、レナが先に答えた。

「助かります。ロアさんはルーフェンスさんとヴィロ教授の護衛をお願いします」

「了解」

 レイドが指揮をとると同時に馬車が止まり、全員が動き出す。

「僕も動くとするか」

 腰に携えた剣帯に手を伸ばしながらレイドは馬車から降りた。

 馬車から降りて改めて確認したが双方は崖に阻まれ、前と後ろしか逃げ場は無い。格好の餌場にレイド達は飛び込んでしまったという訳だ。しかし、何も対策せずに飛び込んだ訳ではない。

 レイドが向かった先は崖の上。急斜面の域を遥かに上回った断崖絶壁を人間業とは思えない動きで駆け登る。

 まるで戦場から逃げ出すように駆け登る。 

 

『我は魔 汝は魔力 立ち塞がるものを退ける清浄なる炎よ』

 イリアは馬車の前方に大きく移動して立ち止まっていた。その場から一切動かず、まるで絵画を描くようにロッドで華麗に、かつ精彩に空をなぞりながら念仏のように何かを唱えている。

『我らを導く灯火となりて 悪しき者には裁きの鉄槌を』

 山賊が崖から飛び出してくる。前方に飛び出していて、尚且つ無防備な彼女は真っ先に狙われた。

 それでもイリアは微動だにせず一連の動作を止めない。むしろ来いと言わんばかりの気迫を漂わせながら山賊達には目も暮れずに。

 突然、空をなぞるロッドの先端部分から火が現れた。

「術式完成っと」

 満足げにイリアが笑う。木製のはずのロッドは何故か燃えない。そして灯された火も衰えることを知らずに、轟々と燃え続ける。

「火傷しない内に逃げた方が良いわよ」

 山賊達にイリアは火を灯したロッドを差し向けながら挑発する。イリアを囲むように集まった山賊の数は、おおよそ10人。そのうち2、3人は目の前で起きた超常現象に臆したか、あるいはイリアの気迫そのものに恐れをなしたか腰を抜かして一目散に逃げ出す。

「テ、テメー等。相手は女狐一匹だ! 何、腑抜けた面してやがる!」

 勇猛か無謀か。仲間を鼓舞しながら巨漢の男がイリアに向かってナイフを片手に襲い掛かってきた。

「折角、忠告してあげたのに。それと女狐って言ったわね?」

 女狐と呼ばれた事に、ピクリと青筋を立てながらイリアは火の灯されたロッドを地面へ向けて突き刺す。

 すると周囲一帯を包み、覆い隠すように円形の火柱があがった。丁度、イリアを中心に集まっていた山賊達は逃げ場を失う。

 ナイフを片手に襲い掛かってきた巨漢すらも、言葉を失って動きを止める。

「もう逃げられないわよ。煙の吸い過ぎでくたばるか、肉焼きになって灰になるか。好きな方を選びなさいな」

 炎で形成されたリングの中心に立っているにも関わらずイリアは余裕の笑みを浮かべ、愚かにも煙が舞う中、口を大きく開けて山賊達に問いかけた。

 山賊達は死を前にして降参する。

「懸命な判断ご苦労様」

 イリアはロッドを逆さにしてから、火の灯っていない部分で地面に突き刺す。

 すると、先程までの炎のリングが嘘のようにジュージューと煙をあげながら消化されていく。

「……少しの間、眠ってなさい」

 瞬間、安堵の息を漏らす暇も与えずにイリアはロッドで戦意を挫かれた山賊達を気絶させた。

 

 一方、レナは馬車の真上を陣取りイリアの一連の行動を眺めている。その顔は気分を害されたと言わんばかりに不機嫌さを醸し出していた。

(魔人……か。相変わらずふざけた力を持ってやがる)

 レナが気分を害している理由の一つに彼女が”魔法”と呼んだものがある。

 

 イリアのような存在を”魔人”と呼ぶ。ただの人と何ら変わらない外見容姿。華奢で脆く、知恵で生き残ってきた人間のそれと全く変わらないように見える肉体。

 けれど彼らは”魔力”と呼ばれるものを巧みに操り、”魔法”として扱う事が出来る肉体の持ち主でもある。

 ”魔力”とは、自然を作る元素や気体、物質とは全く異なるもので空気と何ら変わらず漂っているのだが、空気の濃度が濃くなれば危険を伴うように魔力も濃度によって、その本質を露にする。 

 火の元が無かろうと火を作れるし、何処からともなく見えないバケツをひっくり返したように大量の水を降らせる事だって出来る。

 これらの現象を人為的に引き起こすのが”魔法”。

 術式を作り上げる事で術者の思い通りに魔法を発動できる。

「ふざけてやがる」

 今度は口に出してレナは毒を吐く。

 魔力は自然の法則を根本から否定する力。それ即ち自然の法則に従って存在する万物にとって害になり得る。

 それはレナにとっても例外ではない。比喩でも何でもなく言葉通り有毒ガスを吸っているようなものなのだ。

「……だから俺の前で」

 レナは右手一つで独特な形状の武器、迅槍(じんそう)を持ち上げる。

「魔法を使うなっつってんだ!」

 怒りに任せて迅槍を横に凪ぐ。ブンッと鋭い音をあげながら風が唸り鎌鼬((かまいたち))のように標的を切り裂く。

 それはイリアに向けられたものではなく、岩陰に隠れて必死に魔力を凝縮させていた山賊に向けられたものだった。

「フン……」

 結果に満足したのかレナは鼻を鳴らし更に迅槍を振り回す。次々と崖の裏に隠れていた山賊が、その障害物ごと強烈な突風によって吹き飛ばされていく。

 

 レナのような外見をした種族は”竜人”と呼ばれている。

 

 魔法が自然の法則を根本から否定する力なら、自然の法則に従って最大限の力を。それこそ魔法に匹敵するほどの現象を引き起こす力をレナは持っていた。

 だから、魔法が使える魔人を反則とは思わない。とても華奢で脆い彼ら魔人の体では竜人のように自然の法則を最大限に利用するなんて不可能なのだから。

 

「ん?」 

 悦に浸っていると突然、近くの岩壁が擦れるような音がした。

 気付いた時には、もう遅く馬車の周辺を山賊に囲まれていた。何処からとも無く、次々と次々と虫の群れのように沸いてくる。

「はめられたか」

 迅槍を大きく凪いで、今まで以上の突風を引き起こしてやろうとも考えた。

 だがレナは威嚇程度に迅槍を振るうだけで、大技を繰り出そうと思っても躊躇って動けない。崖が崩れたら取り返しがつかないからだ。それに、ここまで近付かれてしまったら迅槍の突風で死人が出る。

(チッ、背に腹は変えられないか)

 レナが覚悟を決めようとした最中、

「そこから動かないで!」

 頭上、空高く舞い上がり太陽を背に地上を見下ろしながら剣を構える青年の声が響いてきた。

「レイド・コール……」

 思わず、頭上高くにいる青年の名前をレナは口ずさむ。その後の出来事はあっという間だった。

 

 時は遡り__

「上手くやってるな」

 直角の断崖を登り切ってレイドは下方で展開する一方的とも呼ぶに相応しい戦場を眺めていた。

 ただ一方的に展開しているのは彼女達が強いからだけではない。

 山賊は、こちらが自分達のテリトリー(領域)に踏み込むのを待ちわびていたのだ。地形を把握している山賊達の方が明らかに有利。

 特に双方を崖に挟まれた、この地形なら上方から攻め込むだけで簡単に仕留められる格好の餌場。

 では何故、こんな不利な状況で一方的な展開が引き起こされたのか。その理由はレイドが崖上で待機していた山賊全員を、ものの数秒で片付けてしまったからである。

(地形に固執し過ぎたのが敗因かな。纏まって集団射撃でも狙ってたんだろうけど、その分、簡単に片付けられた)

 レイドは、敵であるにも関わらず山賊達の敗因を冷静に分析する。今となってはこれぐらいしかする事が無いからだ。

 崖の上でボウガンやスリングショットを構えていた、ほぼ全ての山賊。おおよそ20人近くが倒れている。

 一部のものは、まだ立ち上がっているが戦意を喪失して呆然と目の前の惨状を見つめる事しか出来ない。

「……さてと」

 レイドは、剣帯に剣を収めながら腰を抜かしている山賊の一人に目をつけた。

「く、来るな化物」

 その山賊は心底怯えた様子で、レイドを蔑む。いや、正しくはレイドの外見を化物と呼称したと言った方が正しいか。

「ッ……あなた方も一応、聖王国の民である事に変わりは無い。ここで引いてくれれば、これ以上の危害は加えない」

「来るなって言ってんだよ、化物!」

 山賊の持っていたスリングショットがバチンと枝をしならせながら小石の弾丸を射出する。ただの小石でも近距離なら人一人の頭をかち割れる程度の威力は持っている。

「聞き分けが無いですね」

 けれど、レイドには傷一つつけられない。眼前に迫った小石は抜刀の要領でレイドが鞘から引き抜いたサーベルによって真っ二つに引き裂かれていた。

「ヒッ!?」

 更に、サーベルの剣撃はスリングショットすらも綺麗に切っていた。腕を突然襲った衝撃に驚いた山賊は狂ったように岩陰へと逃げ出す。

「……?」

 細心の注意を払うに越したことは無い。レイドは見逃すとは言ったものの、本当に撤退したか岩陰へ逃げ出した山賊を追った。

 すると、そこには抜け穴があった。おそらくは廃坑の一部。険しい崖の上に20人もの山賊が集結しているのはシュールな光景だと思ったが、どうやらアリの巣のように崖の内部にはトンネルが掘られているようだ。

 そしてレイドはある事に気付く。

「しまった」

 嫌な予感を察知したレイドは眼下に目を向けた。

 予感は的中。突然、現れた大量の増援が馬車を襲おうと今にも迫ってきているではないか。

 

 イリアは馬車から大きく離れてしまった為、孤軍奮闘で手が離せず、レイドが目を見張るほどの実力を持ったレナでさえ数の暴力と奇襲を同時にいなすのは難しいようだ。いや、”別国の人間を殺してはいけない”という暗黙の了解が彼女の強過ぎる力を逆に抑圧しているのかもしれない。

 ならば、

「そこから動かないで!」

 レイドは落ちれば、ただでは済まない高さから飛びながら眼下へ叫びながらサーベルに魔力を収束させる。

 

__隼の型・鳶雨((とびさめ))

 型の名称が脳裏をよぎり、自然と体が構えた。後は標的だけを確実に仕留め、かつ確実に生かし戦闘不能に追いやることだけを考えて剣技を放てばいい。

 中には後遺症が残るものもいるだろうが、そこまで細かい事は気にしてはいられない。

 

 太陽を背に映る、レイドの姿はほぼ全ての人間から異様な姿として映っただろう。

 何せ、その姿は魔力を使えるのに魔人では無く獣人でも無ければ竜人でもない。魔人のような体毛がほとんど無い身体。だが、その綺麗な肌の至る部分には蒼く光る竜の鱗が浮き出ていた。そして、何処か未完成のようにただれた竜人のような蒼い翼と尻尾をレイドはもっている。

 

 『く、来るな化物』

 

 山賊が恐怖と共に放った罵言は、レイドの圧倒的な力の部分にではなく、この姿に対してだったに違いない。 

 

 サーベルに込められた魔力が限界値まで引き上げられると同時に真下に向けてサーベルを振るう。

 すると、雲一つ無い空から大量の雨が降り注いできた。ただのお天気雨のようにも見えるが、その雨粒一つ一つが形を保ったまま、超高速で地面へ落下していく。

 ただの雨粒でも、この高度から高速で降らせば立派な鈍器になる。その鈍器が何百粒と降り注がれるのだから、まるで集団リンチを受けたような激痛が山賊達の体を襲う。

 ズガガガガガンと鈍い音を何重も奏でながら、レナ達を取り囲んでいた山賊達は全員、突然の空からの空爆に悲鳴を上げ次々と倒れていった。

 

 これ以上の増援は来ないだろうと踏んだレイドは不安定な飛行しか出来ない不完全な翼で地上に降りる。

「ブラボーブラボー!」

 ルーフェンスが安全を確認した後、馬車から降りてレナとイリア、そしてレイドに拍手を送った。

「いやー、猛牛の如く戦う戦乙女((いくさおとめ))も素敵だね」

「誰が猛牛ですって?」

 ルーフェンスの失言にイリアが青筋を立てる。

「は、ハハハ。言葉のあやだよ。そしてレイド君。君の華麗な剣技には惚れ惚れする」

 鬼の形相で睨みつけてくるイリアから逃げるようにルーフェンスがレイドに近寄ってきた。

 レイドはルーフェンスの褒め言葉に対して謙遜の言葉を述べる。

「ふふっ、その余裕を醸し出すクールな対応も相変わらず素敵だね。今度、夜に一杯かわさな……」

「相変わらずって何ですか。変な誤解を招くような言い方はやめてください!」

 レイドは慌てて、ルーフェンスから逃げ出す。

「あれが、聖王国の竜騎士((りゅうきし))、レイド・コールの実力という訳か」

 先程までの修羅場が嘘だったように茶化した場を一人、眺めながらレナは呟く。

 レナは魔法を巧みに使える魔人を反則とは思わない。けれど、目の前にいるあの存在だけは反則だと断言できた。

 

 

あとがき:これにてプロローグは終了です。ここまで読んで下さり有難う御座いました。何か気になる点などが御座いましたらお気軽にコメントして下さると嬉しいです。

 

余談ですが、御者(ぎょしゃ)は馬車の手綱を引く運転手のような立ち位置の人を指します。馬車に乗る機会は滅多に無いでしょうが、もし今後、馬車に乗られる方が読んで下さった方の中にいらしたら「運転手さん」ではなく「御者さん」と読んであげると、馬車の手綱を引く人達は喜ぶかもしれません。

 

 ではでは、あとがきはここまで。次回もまだ公開は未定ですが、どうかお楽しみ下さい


 
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