No.290020

おあずけ愛紗と世話焼き桃香 ~真・恋姫†無双SS 最終話

さむさん

愛紗メインの恋姫SSです(今回は愛紗の出番少な目ですが)。
ようやく最終話までこぎつけました。
今までよりもかなり長くなってますが、どうか最後までおつき合いくださいませ。

~前回までのあらすじ~

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2011-09-01 01:14:20 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2858   閲覧ユーザー数:2593

おあずけ愛紗と世話焼き桃香 ~真・恋姫†無双SS

 

第九話

 

 

 

 

 河原で濃密な時を過ごした後、愛紗達は城へと戻ってきた。既に陽は沈み、あたりは青白い月光に照らされている。

 

「まだ痛むんだ?」

 

 一刀の言うように愛紗の歩き方はどこかぎこちなく、動くたびにわずかではあるが顔をしかめている。

 今さらな男の発言は痛みでささくれだった彼女の神経を大いに逆撫でた。

 

「あれだけ激しくされればこうなって当然です!」

「愛紗、声、声が大きいって」

「うぐっ……」

 

 一刀の指摘に慌てて口を押さえ、あたりを見回した。どうやら誰もいないようだ。

 一応の安堵を得た彼女は多少声を抑えた上で続きを言うことにした。

 

「ごほん……だから優しくしてほしいと何度も頼んだではありませんか。それなのにあなたという人は!」

「だからごめんってば……もういい加減に許してくれよ」

「……こ、今度またこんなことがあれば承知しませんからね」

 

 愛紗の言葉は一刀に『次』を期待させ、ついつい頬が緩んでしまう。

 言った愛紗の方も顔を明後日の方に向いていたものの――――おかげで一刀はだらしないところを見られずに済んだ――――綺麗な黒髪からのぞく項や耳が赤く染まっているあたり十分意識しての発言だということがよくわかる。不器用な彼女が差し出した精いっぱいの仲直りのきっかけだった。

 

「わかったよ、もう絶対にしないから」

 

 内心の嬉しさを隠して神妙な表情を作り、誓う。

 

「……約束ですよ?」

「ああ、約束する」

 

 真剣そうな顔をしばらくの間窺っていた愛紗だったが

 

「こうまで言われてなお怒ったままでは度量が疑われてしまいます、仕方がありませんね」

 

 いかにも渋々といった感じで許しを与えるのだった。

 ある意味、予定調和な会話――――だが、それが出来るのも相手を信じられればこそだ。普段から似たようなやりとりは無意識に行っているが、意識してしまうとひどく貴重なもののように思われた。また、それは長かった遠征からようやく日常に帰ってきた実感を伴い、遠征やら何やらで疲れた愛紗の心を癒すのだった。

 その時、愛紗はたまたま中庭の方に向けていた視界の隅に桃香の姿を見つけた。薄暗い中に佇むその背中は消沈して見えて、自分が満たされていると感じたばかりなだけにこのまま放ってはおけない気がした。

 

(昨夜の私の後ろ姿はひょっとしたらあんな感じだったのかもしれない)

 

 あるいは頭の片隅でつい、そう思ってしまったのがいけなかったのか。

 

「ご主人様、今宵はきれいな月が出ております。中庭でしばし月見などどうでしょうか?」

 

 とっさに思いついた口実は彼女自身にも上手いものとは思えなかったが、ゆっくりと検討していられる場合でもない。

 人より少し鈍いところのある一刀といえども、いつ桃香を見つけてしまわないとも限らなかった。

 彼女は一刀に、桃香を元気づけようとしていることに気がついて欲しくなかった。好きな人の前でいい格好をしようとしているなどと思われたくはなかったのだ。また、彼には直接関係ないことではあるが、恋敵として向き合っていくと今朝決めたばかりなのに状況に流されてそれを破ろうとしている自分は意志が弱いのではないか、と思えば迷いのひとつも生まれてくる。

 このまま部屋に戻って恋人と甘い一時を過ごすのもいいだろう。でも、愛紗はここで落ち込む桃香を見過ごすような一刀はらしくないと思うのだ。

 加えて彼女の一部は

 

(どういう理屈をつけても私が桃香様に励まされたこともまた事実……ならばこれで条件は五分五分になるというもの)

 

 そんな風に冷静な分析を加えていた。

 結局、適当な理由をつけて一刀を先に向かわせると、自分は柱の影に隠れて様子を見守ることにした。

 微風に乗って聞こえてくる声が無事に桃香を見つけたことを知らせてくる。

 そうなればもうここには用はない。彼女のご主人様に任せておけばきっと上手くいくだろう。

 ほっとしている自分自身に気がついて苦笑をもらした。

 何のことはない、彼女もまた桃香に元気になってもらいたかったのだ。

 

 

 その頃、中庭では――――

 

「桃香、こんなところでどうしたんだ?」

 

 漫然と月を見上げていた桃香は背後から呼びかけられて振り向いた。

実のところ、振り向く前から誰なのかはわかっていた。この声の持ち主を誰かと取り違えるなんてことはありえない。

 

「あ、ご主人様……こんばんは」

 

 そこにいたのは彼女の大好きな人――――そして、本来そこにいてはいけないはずの人だった。

 

「あのね、昨日愛紗ちゃんがここで何か考えごとをしてたから、ここにくれば愛紗ちゃんの気持ちがわかるかなって……それよりご主人様こそどうしてこんなところに居るの?今日は愛紗ちゃんについててあげなくちゃ駄目じゃない」

 

 口ではそう言うものの、桃香とて一刀と会えて嬉しくないわけではない。もし彼が愛紗を放り出して自分に会いに来てくれたのだとしたら――――まずあり得ないとは思うものの、そんな想像をするといけないとはわかっていても自然と口元に笑みが浮かびそうになる。むろん、本当にそんな行いをしたなら彼女のご主人様といえども許さないだろうが。

 

「愛紗ならもう少ししたら来ると思うけど……」

「もう……ご主人様、何か怒らせるようなことしたの?ちゃんと引き留めなきゃ駄目じゃない」

 

 悪びれずに言ってのける一刀に桃香は少し呆れながら返した。

 

(ご主人様ももう少し気を使って欲しいな~。せっかく愛紗ちゃんと二人っきりで過ごせるようにしたのに……)

 

 そう思えば多少不満が顔に出るのも仕方がないだろう。

 

「なんだか妙に強引でさ、口を挟む余裕なんてなかったんだよ」

「本当に?」

 

 一刀の言い分はまったくの事実なのだが、にわかには信じ難いのもまた確かだった。

 桃香の顔色から不利を悟った一刀は早々に話題を切り上げることにした。

 

「桃香こそ……今さらそんなことしなくても、桃香以上に愛紗のことを知ってる人なんていないんじゃないか?」

「私もそう思ってたんだけどね」

 

 青白い月明かりのせいだろうか、桃香からいつもの周囲をまるごと明るくするような輝きは薄れ、物憂げな感じさえした。

 

「ご主人様は今日ずっと愛紗ちゃんと一緒にいたんだよね?何か変わった様子とかなかった?」

「うーん、特には……」

「そっか」

 

 愛紗が元気なのはいい報せだが、今の桃香はそう単純には喜べなかった。それは彼女とのやり取りが愛紗に何の影響も及ぼしてはいないということなのだから――――まして桃香自身はずっと気にしていたのだからなおさらだ。

 

「愛紗と何かあったのか?」

「ううん、何にも」

「それは何もないって顔じゃないだろ……だいたいさ、本当に何もなかったら桃香はこんなところに居るはずがないじゃないか」

「……うん、そうだね……」

 

 そこで桃香は一度間を取った。昨夜のことを誰かに話すには少しだけ心構えが必要だったのだ。

 一刀もそんな桃香を急かそうとはしなかった。

 

「さっきも言ったけど、私、愛紗ちゃんのことなら何でも知ってるって思ってたの。だから、ご主人様と上手くいってないって聞いたとき、このまま放っておいたらきっとご主人様のこと諦めちゃうんじゃないかなって思って……それで愛紗ちゃんのところに行ったんだ」

 

 そういう声は平静というよりは平坦なもので、桃香なりに心配をかけまいと考えた上での選択だったのだが、日頃の彼女を知っている一刀にしてみれば危うげに感じられてしまう。とはいえ、今は下手に口を挟めばすべてが台無しになってしまいそうな雰囲気だった。

 

「でもね、全然そうじゃなかったの。最初は確かに元気が無かったんだけどね。話してるうちにどんどんしっかりしていって……私、愛紗ちゃんのこと何もわかってなかったのかも……訳知り顔で余計なおせっかいをして……嫌な子だよね」

「桃香が愛紗のために何かしたいって気持ちは間違いなんかじゃないだろ」

「でもね、愛紗ちゃんは助けて欲しくなんかないのに押しかけて……それってやっぱり私の身勝手なのかなって思うの……愛紗ちゃんにはやっぱり断られちゃったしね」

「そんなこと言ってたら何も出来なくなるじゃないか」

「うん……でも、何もしないっていうのも立派なことなんだよ、きっと」

 

 愛紗に会いに行かなければよかった――――言外にそう匂わせる桃香の発言を一刀は見過ごせなかった。それは愛紗と桃香の関係を否定することであり、同時に今まで桃香がやってきたことをも否定するものだった。

「……そうじゃないだろ、桃香が自分で言ったんじゃないか、愛紗は最初元気がなかったって……それが話しているうちにだんだん調子を戻していったんだろ?だったら絶対無駄なんかじゃない」

「でも……」

「それに、そうは言ってもどうせ桃香は困ってる人を見たら放ってなんておけないよ。いつも飛んでいって助けようとするんだから」

「そうかなぁ……」

「いいじゃないか、それで……俺も桃香のそういうところ、好きだしな」

「……私もご主人様のこと、大好きだよっ」

 

 発言にそういう意図が含まれていないことは桃香にもわかっているが、それでも勝手に頬がゆるむのまでは抑えきれない。

 彼女の様子を見て自分の失言に気づいた一刀も今さら取り消すわけにはいかなかった。

 

「と、とにかく、桃香は今のままでいいんだよっ」

「そうだよね~、じゃないと嫌われちゃうもんね~」

「……過ぎたことにいつまでも囚われない桃香はもっと好きになれそうなんだがな……」

「あははっ、ごめんごめん」

 

 からかわれることももちろんだが、元気づけようと一生懸命に考えた台詞よりもついついこぼれた言葉の方に強く反応されて一刀はあまり面白くなかった。だが、そこに拘っていてはいつまで経っても話が進まない。軽い謝罪の言葉を一応の区切りにして話を戻すことにした。

 

「……それで、だ。さっきは久しぶりにあったからかと思ってたんだけど、今日の愛紗は何だかいつもより積極的だったんだよ。それってひょっとしたら桃香のおかげかもな」

「そうなのかな?」

「……まあ、全然関係ないかもしれないけどさ」

「む~、ご主人様ひどいよ」

「言ったろ?愛紗のことを一番わかってるのは桃香だって」

 

 気持ちの軽くなった桃香は素直にその言葉を受け入れることができた。

 

「そう……かな。ご主人様が言うなら、そうなのかも」

 

 本当はどうだったかなど誰にもわかるはずもない。ただ、一刀はそうであって欲しいと心から願っていた。

 

(俺はそういう二人が眩しくて……愛紗のことは桃香から、桃香のことは愛紗から教えられた……そういう二人を好きになったんだ)

 

 人と人の関係で永遠というのは確かに難しいだろう。だが、一刀は桃香と愛紗の繋がりはそうなるかもしれないと思っていた。

 そんな一刀に向けて、桃香が静かに語る。

 

「あのね……愛紗ちゃんは強くて、しっかり者で……それに引きかえ私はお勉強も剣の腕も全然で……そんな人が一緒に来てくれるのは嬉しかったけど、いつかどこかに行っちゃうかもって思ったらすごく怖かった……だから、そうならないようにって一生懸命がんばったの……愛紗ちゃんがいなかったら、私、きっとここまで来られなかった」

 

 それは目の前の話し相手に、というよりは自分の中を確認するようだった。

 

「そんな人に私が出来ることってすっごく少ないんだ……愛紗ちゃんはあんまり弱みとか見せてくれないしね。私はいつももらってばっかりで……」

「それで俺にデートに誘うように仕向けたりしたわけか」

「うん……やっぱり上手くいかなかったけどね」

「あれは愛紗が予定よりだいぶ早く帰ってきたりして……仕方がなかったんだよ」

「ひどーい、ご主人様ってば帰りが遅くなった方がいいみたい」

「そんなわけないだろ!」

「あははっ、そうだよね」

 

 ちろりと舌を出してみせる桃香から既に影は消え、小春日和の日向のような暖かみが戻っていた。

 

「どうやら桃香が元気になったみたいで安心したよ」

「それもご主人様のおかげだよ」

 

(それと、愛紗ちゃんもね)

 

 口には出さず心の中で桃香はそうつけ加えた。

 一刀から聞いた話だけでは断定できないけれど、おそらくはどういう方法でか彼女が落ち込んでいることを知って、彼をつかって励まそうとしたのではないか、そんな風に思っていた。

 

(だとしたらこのままずっと借りっぱなしってわけにはいかないよね。でも、その前に……)

「あっ、ご主人様の髪の毛に何かついてる」

 

 言われて頭を手で払う一刀だが、元々ついてもいないごみが取れるわけもない。

 

「取れたかな?」

「ううん……取ってあげるからちょっと屈んで」

「これでいいかな?」

「うん、そんな感じ」

 

 疑いを知らない顔がちょうどいい位置に下りてくるや否や――――桃香はすばやく唇を合わせた。

 ついばむような一瞬の接触の後、一刀が捕まえる間もなく小鳥は腕の中から飛び去っていった。

 

「えへへっ、お礼だよっ」

 

 悪戯っぽく笑いながら桃香が身を翻す。

 

「ねっ、私はもう大丈夫だから……だからご主人様は愛紗ちゃんのところに戻ってあげて」

「いや、でも……いいのか?」

 

 確かにここへ来たばかりの頃よりも彼女はかなり明るくなっている。だが、それでもどこか無理をしているようにも一刀には感じられた。誰かのためとあらば自らを顧みず突き進んでしまうところのある桃香だけにここで一人にしてしまうのは躊躇われた――――現に顔は笑っていてもその瞳は真剣な色をしているのだ。

 

「今日はずっと一緒にいるんでしょ。まだ今日は終わってないよ?」

 

 逡巡する彼を納得させようと理屈を重ねる。

 のんびりしているとこのままずっと一刀に甘えていたい衝動に流されそうだった。それは甘美な誘惑だ。ほんの一瞬とはいえ、口づけをしてしまったことも悪く働く。言うなればとびきりのお菓子をひとかけらだけ与えられたようなものだ。なまじその甘さを知ってしまっただけにもっともっと欲しくなってしまう。

 確かに一刀は桃香のことをある意味よくわかっていたと言えるだろう――――彼女が無理をしているのは間違いなかった。

 

「それはそうだけどさ、でも、桃香だってこのまま放っておけないよ」

 

 彼女を気遣っての台詞だったが、桃香の側からすれば全く違う響きをもって聞こえた。このまま何もかも忘れて彼の胸に飛び込んでしまえ、そう囁く声がするようだ。だが、一方でそれではいけないと懸命に制止する声も聞こえてくるのだ。相反する二つの想いが彼女の中で渦を巻き混乱させる。

 

「だ、だから、私はもう元気になったんだし、ご主人様が心配するようなことは何もないの……ほらほら、約束は守らなくっちゃ」

 

 これ以上揺さぶられる前に、と桃香は一刀の肩を持って振り向かせるとその背中を押す。

 一刀もそこまでするからには本当に大丈夫なのだろうと、それ以上逆らうことはせずその場を立ち去った。

 再び中庭に静寂が訪れる。

 一刀が来る前に戻っただけ、とはとても言えなかった。

 自らの唇に触ってみても確かに重ねたはずの感触は最早遠く、微かなものになってしまっていた。

 

「ちょっともったいなかったかな」

 

 そう呟いてみたのは寂しさを少しでも紛らわせようとしたかったからかもしれない。

 

「愛紗ちゃんとご主人様、うまくいくといいな……」

 

 口から飛び出した言葉は強がりではなく本心だった。別に一刀を愛紗に取られてもいいというわけではない。むしろその逆だ。

 

「私ってもしかしてすっごく欲張りなのかも」

 

 桃香は一刀も愛紗も共にずっと一緒にいて欲しいと望んでいた。たったひとりの人物と心で繋がることでさえ至難だというのに二人いっぺんにやろうとしているのだ。欲張りでなくて何だというのだろう。

 いや、二人どころではない。彼女は自分の周りにいる人を全てひっくるめて手放すつもりなど毛頭なかった。難しいかもしれない――――でも、彼女は必ず出来ると信じていた。

 

(だって、私だけじゃない。ご主人様も愛紗ちゃんも、それにみんなもいるもん。こんなにすごい人たちが集まって……それで出来ないことなんて何にもないよ)

 

 仲間を信じることこそ桃香にとって全てのはじまりなのだから。

 


 
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