No.281823

空蝉

チャイムさん

三題噺「空蝉」「超能力者」「絆創膏」
http://www.ktrmagician.com/cgi-bin/sandai_banashi/sandai_banashi.cgi
絆創膏ではなく包帯になってしまいましたが……少し、グロテスクです。

2011-08-22 16:34:14 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:542   閲覧ユーザー数:542

上手く追いつめた。

奴も腕利きだが、銃を抜くのは私の方が早い。わけなく両手の親指を飛ばせた。

素手でも手強いが、丸腰ならまだ勝機はある。

 

突然、物陰から奴が体当たりをしてきた。

そして腕をつかまれた。いや違う、何かが腕に……

鋭い痛みが、何が起きたのか知らせてくれた。

奴の手首に仕込まれている、もう一本の爪が深々と突き刺さっている……

二つ名「六本爪」の由来、奴が素手でも強い理由だ。

その爪の先から、何かが勢い良く流し込まれていくのが感じ取れた。

毒か。だがそんな物は効かない。

奴の爪を引き抜き、間合いを取り……特製ショットガンの引き金を引く。

肉と骨が派手に吹き飛び、胸にでかい穴が開いた。今度は頭に一発。これまた粉々に吹き飛んだ。

しばらく直立していたが、すぐに人形のように崩れ落ちた……濃緑色の血を滴らせて。

いくら異能者と言えど、脳と心臓を粉砕されては生きてはいられない。

それにしても、濃緑色の血とは。

あの甲虫に鮫の顎をつけたような面構えといい、

奴は本当に人間から生じたミュータントだったのだろうか?

……まぁ、人の事は言えんか。

私も生まれながらに生物毒が一切通じない身体。即ち異能者、ミュータントだ。

反射神経も猫並み、おかげで銃の早撃ちでは今のところ負けた事が無い。

おまけに顔は……まぁ良い。

死体は組織が処分してくれる。奴のアジトを後にする……任務完了、だ。

 

 

自宅に戻り、結果報告の電話を掛ける。

『……紅トカゲか』

「蝉丸を始末した」

『確実に死んだか?』

「首から上がザクロのように弾け、胸に辞書が一冊収まるスペースが出来た。

 もしあれでまだ生きてたなら、殺すのは諦める事だ」

一言多かったか。しかしここまで言えば納得するだろう……

 

『……第六の爪から、何か流し込まれはしなかったか?』

 

悪寒が走る。

何故わかったのか。そもそも何故このタイミングで聞くのか。

「……いや、すぐに片付いた。寝込みを狙ったからな」

『……そうか、なら良い』

思わず嘘をついた。何故か、そうしろと囁かれた気がした。

……納得しただろうか?

『報酬は明日の朝までに振り込んでおく。ご苦労だった』

「……手早く片付けたのだ、ボーナスもつけて欲しいが」

『勿論だとも』電話が切れた。

すぐさま包帯を外し、腕の傷を確認する。

傷が塞がっている以外に、これといって変化はない。治りが異常に早いのは生まれつきだ。

刺された時から鈍い痛みが続いているが、それもこれといって妙な変化がある訳では無い。

……遅効性の毒という可能性もあるか?

だが生物毒なら私の身体には通じないはずだ。

毒物を化学合成する装置を埋め込んでいたなら話は別だが、

調査した限り奴は機械化手術は一切受けていなかった。

……まぁ、気にする事もないだろう。

組織と専属契約を結んでから、まだ一ヶ月だ。私の異能の事を全て知ってる訳では無いだろう。

何より眠くなってきた。

痛み止めにモルヒネを打って、今日はもう床に就くとしよう。

 

……そういえば。

奴にはもう一つ、二つ名があると聞いた。

確か「空蝉」という。

セミの抜け殻の事だが、何故そんな二つ名が……名前が蝉丸だからだろうか?

しかし組織の幹部しか知らないというのも妙な二つ名だ。

単純な連想でついた物なら、末端の者達こそ使っているはずだが……

まぁ、どうでも良い事だ。

そう思い、眠ろうとした。

 

……窓の外から、妙な物が飛び込んでこなければ、だが。

10人ばかり入ってきたが、片付けるのに手間は掛からなかった。

幸い放り込まれたガス弾はさほど強烈なものではなく、ハンカチと眼鏡で充分防ぎきれた。

送り込んで来たのは恐らく組織だろう。しかし口封じにしては手が込みすぎている。

いくら私の家が人のろくに居ない郊外にあるとはいえ、特殊部隊じみた連中を送り込むとは。

……ひとまず、血を洗い流すか。

 

シャワーを浴びながら、鏡に映った自分の身体を見る。

全身赤みがかった鱗に覆われてる上に、首から上はどうみてもトカゲだ。

今度の報酬で義体化して、心機一転するつもりだったが……その前に、組織の連中に報復しなくてはな。

 

突然腕の痛みが強まる。

水が染みたか?

いや、傷は既に塞がっていた。

それにこの痛みは普通ではない。

まるで骨の髄から響くような。

いや、骨が内側から砕けていくような。

なんだ、これは。

包帯を解く。

 

信じられないものが、そこにはあった。

傷口があった部位が、急激に変化していた。

奴の、蝉丸の肌と同じ青い色に変化していたのだ。

それが、染みのように見る見るうちに広がって……

切り落とすしかない。

バスルームを飛び出し、キッチンに向かう。

だが、痛みが強まっていく。

鼓動と共に、いやそれより早い勢いで強くなっていく。

私の体質でもモルヒネは間違いなく効いていたはずなのに!

野菜用の大振りの包丁を取り出し、腕を見る……いや、見たつもりだった。

消えてなくなっていた。

いや、違う。

移動しているのだ。身体の中を。

鈍痛が全身に行き渡っていく。

その場に崩れ打ち、うつぶせになる。

もう呼吸する事もままならない。

 

目の前にガラス戸があった。

そこには私と……私以外のものが映っていた。

 

 

ああ、そうか。

だから「空蝉」なのか。

 

 

私の背中を引き裂いて、奴の、蝉丸の上半身が現れていた。

ひときわ大きく痙攣し、奴が私の身体を引き剥がす。口から血の塊が吹き出した。

意識の薄れていく私を残し、奴は壁に掛けられていた私の一張羅を奪って羽織り、

悠々と去っていった……


 
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