No.266184

【カヲシン】透明の消失点 サンプル

影人さん

夏コミ新刊。
薄明の消失点(http://www.tinami.com/view/266175 )番外でカヲシン(アスレイ)+オールキャラ。単体でも読める内容になってます。

とらのあなで予約始まってますhttp://www.toranoana.jp/bl/article/04/0020/02/09/040020020948.html

2011-08-09 03:13:47 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:983   閲覧ユーザー数:977

1、微かな虚実

 

 

「もうこんなことやらなくたっていいじゃない、どうせアタシのシンクロ率なんてアイツの足元にも及ばないんだから」

 肩にかかった髪を払ったアスカは機嫌の悪さを隠そうともせず、早口にまくしたてる。心底不愉快だ、という顔をして睨む相手はミサトだ。

「シンクロ率は本人の精神状態に左右される部分も大きいのよ、そんな調子じゃ追いつくことなんて本当にできないわ」

 アスカの言葉を一蹴したミサトは腕を組むと「早く着替えてきなさい」と顎で促した。

「言われなくてもそうするわよっ」

 ダンッと悔しさを床にぶつけ、プラグスーツを着替えるためにいら立ちを隠せないまま話を切り上げる。そうしてもう一度ミサトを睨み、その場を立ち去った。

 これからシンクロテストをするために現れたシンジを「邪魔よ」と一蹴し、竦みあがらせるのも忘れはしない。

 こういう部分を見るたびにミサトは「嵐のようね」と言うが、加持にまったく同じようなことを思われているのは彼女のあずかり知らぬ話だ。

 シンジに八つ当たりをするたびにみじめになる自分にアスカはその聡明な頭で気づきながらも、やめることもできずにただひたすらに自己嫌悪のループにはまっていく。悪循環とはまさにこのこと、を体現している自分にこれ以上ないほど苛立ちが募った。

 

       ❖

 

「具合、悪いの?」

 更衣室に併設された女子トイレから出てきたアスカに、レイは珍しくも声をかけた。身にまとった白い患者服から伸びる腕は紙ほど白く、逆に同じことを聞き返したくなるほど顔色はない。

「別に、イラついてるだけよ」

 ファーストにまで声をかけられるほど顔に出ていたのかとさらに不愉快さを増したアスカは顎を伝ったL.C.L.を指先で払うように拭い自分のロッカーを開ける。

「アンタは? また検査?」

「そう」

「検査検査、毎日のようにご苦労様ね」

 嫌味のつもりで口にしてみたが、それ以外の感情――妬みのようなものまでも含まれそうになってアスカは唇を噛んだ。生まれてきたというだけで意味のある存在なんて、そうそういないと思っていた。そう思って、できるだけ価値ある自分になれるようにと、努力してきたつもりだったというのに――。

(親に捨てられて、誇りだった適格者としての数値もぽっと出のシンジには遠く及ばず……なんのために生きてるのかしら)

 ロッカーから取り出した制服を長椅子の上に放ると体に密着したプラグスーツのスイッチを押す。ぴったりと張り付いていた体とスーツの隙間に空気が入り、伸びきったシャツのようになった。

「これ、着るのはいいけど脱ぐのは最悪。気持ち悪いったらないわ」

 L.C.L.に浸かったあとのプラグスーツを脱ぐ感覚はいつまで経っても慣れないものだった。汗をかいているのもあいまってぺたぺたと肌に張り付くのも、気持ちが悪い。いつもはあまり話しかけないレイ相手に、思わず饒舌になってしまうほどにはアスカはこの瞬間が嫌いだった。

「そうね」

 独り言も覚悟の上で発した言葉に返事が返ってきたことに驚き、腕を通そうと思ったシャツもそのままに視線をレイにやる。

 空耳かしら? とでも言いたげな顔に、けれどそれ以上答えが返ってくることはなく、検査のために着ていた患者服から制服に着替え、アスカの驚きの元凶はさっさと更衣室を出て行ってしまった。

「……明日は雪でも降りそうね」

 今は夏で雪は冬に降るものだと相場は決まっているが、それがもし明日、突然自分の上に降り注いでもアスカは驚かない自信があった。

 なんせあのファーストが自分の言葉にあれほど多くの返事を返したのだから、なにか起こらないほうが不自然というものだ。

 決定的ななにかがあったわけではないのだが、これといって仲が良くなるなにかがあるわけでもなく、理由とすれば「なんとなく気に食わない」としか言えないような関係のアスカとレイ――主に一方的にアスカが突っかかっているようなものだ――が言葉を交わすことは少ない。

 そもそもレイがなにか言うことのほうが少ないのだ。

意見しないわけでもないし、返事をしないわけでもない。だが、どうしても声高なアスカからすればあまり喋らずなにを考えているのかもわからない「薄気味悪い相手」になってしまう。

 そこに「天使」などという名称がつくのだから、胡散臭さも拭いきれない。

 初めて聞いたときは思わず「天使ぃ?」と聞き返し、笑ってしまったほどだった。今のこの世に天使なんて呼ばれているものが存在しているのかと、一通りの説明を終えたミサトとリツコ相手に、尊大な態度を取ったのはもうずいぶん昔のことだ。

 自分以外に適格者はいないと言われ、これ以上ないほど自信に満ち溢れていたころの話だ。

 今にも腹を抱えて笑いだしそうなアスカのあまりにもな返事に「そうよ」と真面目くさった顔で答えたのはミサトだった。そうして聞くことになる、おとぎ話のような、現実に起こった、否、起こっている話をアスカはそれこそ話半分で聞いていた。自分が身を以てその相手を見るまでは信じられるものかと斜に構えていたのだ。

 そんな話の末に、中学に入学するとともに出会ったのが神の御使いとまで言われる綾波レイと渚カヲルの二人だった。

 片田舎の山奥、全寮制、さらに檻とでも呼べそうな外壁のついた学校に入れられたことでだいぶ意気消沈していたアスカをさらにどん底へと突き落としたのはほかでもない、この二人だ。

 天使がなんだと笑い、表面上は馬鹿にしていても、アスカもまだ十を過ぎたばかりの子供だ、どんな相手なのだろうと楽しみにしていた面も決してなくはなかった。

 だというのに、いざ自分の目の前に現れた相手はどうだろう、なんら自分たちと変わらない人間のような姿形をしている。赤い瞳や青や白に近い灰褐色の髪はもちろん珍しかったが、人間がしようと思えばできるような外見だった。一応、碇ユイのクローンという名目でこの世に生み出されたはずなのだから人間に近いのは当たり前と言えば当たり前だがアスカは大いに落胆した。

 これが天使か、と。

 その上天使のうちの一人、渚カヲルとは反りが合わないどころの話ではなかった。

性格もさることながら、人を小ばかにしたようにしかアスカには見えない笑顔には神経を逆なでされる。プライドを傷つけられることを人一倍嫌うのを知ったうえでの行動としか思えないことを初対面ながらされ、アスカは苛立ちののち、カヲルを敵と見なした。

 二人の仲を決定的にしたのは、中学で行われる全校統一模試の結果だ。

 中学に入るまでは母の知人に当たる人物にドイツで育てられ、打ち込めることと言えば勉強しかなく、そのおかげか大学まで飛び級し卒業していたアスカだが、この試験の結果は散々だったのだ。彼女にとっては、の話だが。

 本来ならば三位というのはこれ以上ないほど好成績で、ましてや学年も関係なく全校生徒無差別に順位をつけるこの試験を中学に入りたての彼女がほぼノーミスでクリアしたことに他の生徒たちは驚く――はずだったのだ。

 渚カヲル、綾波レイがいなかったらの話だが。

 前者はすでに首位以外を取るなんてありえないとまで言われる人物だったが、後者はアスカと同じく中学に入りたてでカヲルと同じ一位の座に肩を並べることになったのだ、これでアスカだけがもてはやされるわけもなかった。

 今思い出しても苦い経験だ、と制服のリボンを結ぶと着替え終えたプラグスーツを回収箱に放る。

 プライドはいつなんどきも高く。座右の銘にでもなりそうなその言葉に見合うだけの努力をしてきた彼女の、初の敗北だった。

「思い出しても腹が立つ」

 ぶつくさと一人文句を言いながら更衣室を出るころには、さっきまで苛立っていた、というよりも八つ当たりのように敵視していたシンジのこともすっかり忘れ、今より少しばかり幼かった一年前のカヲル相手に腹を立てていた。女心は秋の空というがそれ以上に移り変わりやすいアスカの機嫌を知っているばかりに、更衣室を出たばかりの彼女を視界の端に収めたシンジは、そっと自分の身を隠すように廊下の影に隠れた。下手に見つかり苛立ちのはけ口にされるのはごめんだと、息を潜める。

 距離にして五メートルほどしか離れていなかったが、アスカは気づくことなく、シンジの横を通りすぎていった。

(よかった)

 安心し息を吐き、濡れた前髪がおでこに張り付くのを指先で払う。

 カヲルに言われ、ようやっとアスカが自分を敵視する理由を知ったシンジだが、だからと言ってはいそうですかと標的になる気はないのだ。

 気が弱く消極的だという自覚があるだけに、矢継ぎ早に言葉を浴びせかけられたなら避けられる自信がない。だからこうして必死に、事前に回避していた。

 触らぬ神に祟りなし、だ。

 制服の後ろ姿がすっかり見えなくなるころに曲がり角から抜け出したシンジは、ひらけるはずの視界が暗くなり、さらに突然おとずれた衝撃に「うわっ」と短く悲鳴をあげた。

 


 
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