No.266171

【カヲシン】夏風邪 サンプル

影人さん

夏コミ発行のカヲシン本サンプル。貞カヲシンで渚が夏風邪を引く話。EOE後設定。

とらのあなで予約始まってますhttp://www.toranoana.jp/bl/article/04/0020/01/75/040020017534.html

2011-08-09 02:53:39 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1621   閲覧ユーザー数:1618

 

 

1、やわらかい髪

 

 

 熱い。

 視界がぼやけていることに首を傾げた渚は、自分の目に浮かぶ涙に気づくと緩慢な動作で腕を持ち上げた。

 そうして涙を拭おうとあげたはずの腕を動かすたびに、自分の体が言うことを聞かずに軋む感覚に眉を寄せる。

「なに、これ」

 喉を通して出る声が、驚くほどに掠れ、声にならない。思わず驚き体を起こした。勢いをつけて起き上がると、それこそきしり、と軋むような痛みが体中を襲い、苦しげな呻き声が唇の隙間から漏れる。

 自分が寝ている間になにがあったのか。

 サードインパクト後の、四季が戻った世界でも「夏」という季節は暑く、体にまとわりつくTシャツは気持ち悪いものだった。エアコンをつけて寝ているのに、と以前シンジの前で不満を漏らし「四季がないときよりはマシだろう」と一蹴されたのを思い出す。

 そんな取りとめのないことを考える間も頭はぼうっとしていて、鈍い痛みが続いていた。

 とりあえず起きようとベッドから這い出るとテーブルに置いてある時計代わりの携帯電話を掴む。もう少し本来の使い方をしろとシンジに小言を言われたことを思い出す。

「体痛い」

 だからこそこんな時ばかりはシンジにメールをしようとし、渚は携帯電話の待ち受け画面に視線を落とす。そうして表示されている時間に驚き、目を瞠った。

「あれ? 遅刻?」

 自慢ではないがこう、と決めた時間に起きられなかったためしがないのだ。自分の中の体内時計で好きなように起きることができるし、寝起きが悪いということも特段ない。あるとすればそれは、シンジのほうだった。

 こんな完璧な体内時計があるのは使徒だからかもしれない、と冗談交じりに一度、定期検診のときにリツコに言ったこともある。冗談だという渚の言葉の真意など完璧に無視した真剣な顔で「そうね、一度実験する必要があるかもしれないわね」と言われればそれ以上の言及ができるはずもなかった。下手したらつまらないばかりでなく苦痛を伴うような実験に使われかねないと渚は自分のうかつな言動をそこで初めて、少しだけ反省した。

 いくら使徒とは言え、自らを苦しめたいとは思わない。その苦しさや痛みの分だけ、もしくはそれ以上の価値を持つなにかがあるとするのなら自分の命を投げ出すことなど実際にはそう難しくはないのだが。

だからこそ渚は一度死に、こうしてもう一度「日常」というものを過ごせるようになるまで精神体としてこの世ともつかない場所を彷徨っていた。

「熱い」

 呻く。

 確認した室温は寝る前と変わらずに快適で、少し寒いくらいだというのに汗は噴き出るし、頭が働かないし体も痛い。ぼろぼろと涙まで出てくる始末で、ついにはさっきまで寝ていたベッドにもう一度倒れこんでしまった。

 とりあえず指先だけでも動かしてみようと試すのに、うまいこと動いてもくれない。体がいうことをきかないという体験は初めてだった。それをおもしろいと思えるほど今の渚にいつものような余裕はない。

「あ~……なにこれー」

 どうしたのさ僕の体。

どっかおかしくでもなったのかと、薄れる意識の中、どうにか頭を働かせてみるが風邪で思考力の弱っている彼に自分の体の不調の原因を解明することができるはずもなく、結局頭痛と際限ない疲労感に負け、渚は意識を手放した。

 

        ❖

 

「……なにしてるの?」

 目を覚ますと、シンジがいた。

 渚は自分の夢かそれとも幻覚かとおぼろげな声で問うてみて、目の前の顔が不愉快そうに「お見舞い」と呟くのを見てようやくそれが現実だとわかった。自分の夢ならもう少し、都合だっていいはずだ。

「どうやって入ったの?」

「鍵はリツコさんにお願いして開けてもらった」

「はは、すごいなぁ、泥棒し放題だ」

 冗談めかして笑ってみると顎の骨が軋むように痛む。眉を寄せる渚に、シンジはため息をついた「風邪ひいてるんだから、クーラー入れっぱなしとか、やめなよ」悪化する、と言いながらも冷えたポカリスエットを渚に手渡す。

本当は常温がいいのだが「ぬるい、まずい」と言って一口で飲むのを止められたら、買ってきた意味がない。

「僕風邪なの?」

 それは知らなかった、と目を丸くして起き上がった渚はぴしりぴしりと痛む背筋や体の節に「僕の体なのになぁ」とわけのわからない不快感を表した。

「そうだよ」

 もしかして気づいていなかったのか、とシンジは呆れて、なかったら困るとポカリスエットと一緒に買ってきた薬を袋から取り出す。これは買ってきて正解だったようだ、と自分の判断能力を褒める。

「だからお見舞いか」

 ペットボトルの中身を半分ほどに減らしながら渚は納得する。初めてだ、と目の前で薬の説明書を読む丸い後頭部を見た。

 誰かがお見舞いに来てくれるなんて、初めての経験だ。体は痛むし喉はからからだし、汗は噴き出ていいことはないけれど、それでもそれらを差し引いて有り余るほど嬉しかった。

「なんで僕が風邪ってわかったの?」

「リツコさんに聞いて――渚最近、免疫力が落ちてるっていうか、S²機関がうまいこと働いてないって言ってた。この前の定期検診でウイルスが検出されたけど、風邪ウイルスで死にはしないだろうし、使徒が風邪ひいたり病気になるのか興味があったから放っておいったって言ってたよ」

 シンジは淡々と告げるが、その内容はわりにひどいものだった。なにそれ、実験じゃないんだから、なにかあったら知らせてくれたらいいのに、と自分の体調の悪さから渚は唇を尖らせた。

「シンジくんがこなかったら散々だった」

 骨折り損のくたびれもうけだ、と使い方の少々間違ったことを言いながらそれでも目の前にシンジがいるという事実だけでリツコの行動も許そうという気になっている。案外、現金だ。

「おかしいと思ったんだよ、今日は放課後遊びに行こうとか一方的に誘ってきたくせに学校来ないし」

 そういえば、約束していた。学校を休むだけならいいけれど、シンジとの約束を忘れていた事実に渚は顔面蒼白になり、起き上がっている辛さから横になっていた体を勢いよく起こした。

「ごめんシンジくん、行こう」

「なに言ってるのさ、ちゃんと寝てろよ」

 起き上がった渚の肩を押し、シンジはもう一度寝るようにときつく言いつけた。風邪になるのも初めてなら、風邪を治すのも初めてのはずだ。今まではかかりもしなかった病気にかかっている。

 

 

 


 
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