俺はどこで何を間違えたのか、そして何が正しかったのか。今となっては解りようがない。
大学一回生の春、俺はとある一枚のチラシを取った。そこには手書き文字で「弟子求ム」、それだけ書かれていた。大学に入ったからには、一度は入りたいと思うテニスサークルへ無難に入るのもよかったが、一度しかないこのキャンパスライフ、冒険するのも悪くない。
興味を持ったものの、チラシには連絡先すら書いていなかった。しかし俺の心配も杞憂、目の前に奴等はいた。
「そのビラを見たか?」
「あ?」
講師でもないのに、ブラックスーツに何とか帽を被ったその男。そいつが「師匠」と呼ぶ事になるリボーンだった。
「んん、あなたは二番弟子ですよ。」
ついでにその後ろにいたのが「変態」と呼ぶに相応しいデイモンである。
俺の算段は、「まあ所詮大学のサークルなんだから、女と交流して酒飲むだけだろう、そこに俺が求める薔薇色のキャンパスライフはある」筈だ………と。
しかし今になってそれは大いなる見当違いだった。
もしあの一回生の春にテニスサークル「しらはな」、大学生活の痛々しい記録を撮って楽しむ映画サークル「かるま」、または秘密組織と掲げた「罵詈亜飯店」、……どれかのチラシを取っていれば俺の人生は変わっていたのかもしれない。いや変わってないのかもしれない。今になっては見当つかないものだが。
師匠「リボーン」は俺が居住地としているボロ宿舎・嵐猫荘の住人でもあった。運悪く、部屋は俺のんとこの真上。以前天井から滴ってきた水のせいでレポートどころかパソコンもおじゃんにされた。
それもあって師匠の部屋に突撃した事があるのだが、ドアを開けると無数の"同居人"達がわさわさゴミ袋やら棚やらの隙間に逃れていったのを見て戦慄を覚えたのが忘れられない。
師匠は悪い意味で浮き世離れした生物である。どんな時でもブラックスーツ、大学四回生の筈なのに就活も院に行く意欲もない。宿舎の屋根で堂々で寝ていたり、一升瓶片手に朝帰ってきたり。
生活は何で成り立っているのかというと、そこで俺達「弟子」の出番となる。
師匠のお使い、または飯やら暇潰しやらを持って行くのも弟子の仕事の一つとなり、如何に師匠が気にいるものを持って行くのが勝負だ。最初はアホらしいとコンビニモノを投げ込んでいたが、デイモンがやれ高級カステラだやれ通販で二カ月待ちの漬け物やらを持って行き優越感に浸られているのを見ていると、俺の中のなけなしのプライドが炎を上げ出した。何の勝負にせよ、あんな変態に負けるのは百代までの恥になるのではないのか。
無駄な事とは解っているのに、俺は師匠に自分では到底食べれそうにないものを持って行った。
そこで俺に一言助言してきたのが幼なじみにして師匠の三番目の弟子、ジョットである。
「高級なものではなく、興味を惹くものを持って行けば良いのだぞ。」
師匠のどこに惹かれたのか、ジョットも「あの日」に弟子入りしたらしい。興味本位ですぐやめると思ったが、足繁く師匠の部屋に通い差し入れや俺と掃除したりしていく。
奴は他のサークルに入って掛け持ち(師匠の世話がサークル活動とは到底認める事は出来ないが)しているらしい。
何故一緒の大学になったまではお互いそれぞれの理由があるが、腐れ縁としておこう。幼なじみだがジョットは入学式で新入生代表として壇上に立つ程の秀才だし、俺とは天と地程の差がある。俺が自慢出来るものといえば中房の頃から胸を張る、喫煙者としての誇りだけだ。
師匠も俺達が幼なじみというのは聞いていたらしい。そこで師匠はまたも妙なお使いを俺達に頼んできた。二人でないと出来ない、見付からないと言ってきたそのお使いは、「幻の亀の子束子」を探す事である。
「その束子はどんな汚れも洗剤もなしに落とし、落とせないものはないと噂される。」
「それが?」
「頭弱いな、お前は。」
師匠が顎をぐいっと廊下へ向ける。ジョットと並んで正座していた俺はまさかと直感した。
この師匠ことリボーンという名の男から今まで数々の命令を下され、俺とジョット(あとデイモン)は人間として保っていられる僅かなプライドを石臼で擦りそれ等をこなして来た。まだ実体が掴めるものならいい。だがなんだ「幻の亀の子束子」って。
「師匠、それは並盛界隈で手には入るのか?」
「そういう噂だ。」
ジョットが意気揚々と質問するが俺は未だ納得出来ない。束子っつったら、アレじゃねえか、この師匠の汚い部屋を掃除しろっつー遠回しな言い方だろうが。
「デイモンにも命じた。早く見つけた奴を俺の後継者とする。」
なんだ後継者って。俺達もあんたみたいな大学六回生になれというのか。冗談じゃねえ。……こうやって精神世界で師匠を五回程刺しているのだが、表に出す事も許されず結局命令を聞いてしまう。
その日のうちに、俺とジョットは並盛の商店街に繰り出した。
蛸だの烏賊だの魚介類みたいな面した親父に「束子なんちゃら〜」と話をしてみるが、俺のような無愛想は片手であしらわれあげく商品を買えと脅されるだけだった。反対ジョットがもぞもぞ言いに行くと、満面の笑みで情報を垂れ流す。この世は男女差別というより顔差別だ。
そんな美形ジョットくんを頼り、魚介類共に話を聞き店を点々としているとやがてある金物屋についた。
いかにもという空気を漂わせるそこには「幻の亀の子束子」の匂いがする。
「主人、探し物をしているのだが。」
今までの経験から俺は邪魔しかならないので、大人しく店の外で煙草を吸う事にした。
ジョットが事情を説明すると、主人は店の奥に行き何かを持ってきた。
まさにそれが例の束子。束子に似合わない桐箱に入れられている。大層なものかと思い蓋を開けるも、残念ながらやはり束子だった。
「いくらだ?」
「十万。」
俺は思わず煙草を落とす。
「はあ?束子だぞ。」
「これをそんじょそこらのものと一緒にされては困るよ。」
幻の束子に関する歴史を長々と語られたが、値段のおかげで嘘の理由付けにしか聞こえない。
ジョットを見てみればやはり熱心に聞いていて、この状況では俺がおかしいのかと脳に勘違いさせてしまう程だった。
十万も学生が常備しているわけもなく、とにかくその場は適当に取り繕って帰った。ジョットは眉を潜め機嫌が悪そうだったが、爆発する前に送って帰す。俺も我が四畳半の城に帰ろうと、嵐猫荘に向かう途中であった。その占い師に会ったのは。
「何か道に躓いておいでかな。」
「なに言ってんだ。」
"占いやります"、の看板を掲げ路上にテーブルを広げているそいつは俺の眼を見つめ何かを訴えてくる。ええい視線など合わせるなと思っても、そいつから出される引力的なものに引かれテーブルの前に立った。
看板、占いやりますの横に小さく「雨月」と書かれている。自分の名前か、それとも占いの名前か。どっちだっていい。
「あなたは才能がありながら、うまく使えていないようで。」
相手を褒め称えるのは交渉術の一つとは聞いていたが、今の俺にはその言葉があさりラーメンに匹敵する程の喜びを与えたとは占い師も思うまい。
師匠の下で馬車馬の如くこき使われる日々……、俺の描いたキャンパスライフとはどこに跳び去り砕けてしまったのか!未だ薔薇色のキャンパスライフを掴めていない現状………俺はあっさりその占い師を信じ切ってしまった。
「ああ、その通りだ!何か打開策はねえのか?」
「コロッセオ。」
「はあ?」
「だから、コロッセオ。」
「コロッセオと俺に何の関係があんだよ。」
「好機は目の前にあります。」
「ただ好機と言っても、捕らえて行動に出なくてはいけません。」
「もう少し具体的に……。」
「好機だと思ったら今までと同じ事ではなく、まったく違う事をしてみなさい。」
「漠然とし過ぎてる。」
「……さもなくば。」
「さもなくば?」
「……はい、二千円。」
「全っ然意味解んねえ!」
雨月とほざく占い師から財布から二千円を抜かれた所で、背後に気配を感じる。
「おや?迷える仔羊ごっこですか?」
俺の最悪なキャンパスライフの元凶、デイモンが変態的な笑みを浮かべて立っていた。
何故にこの変態と俺の好物であるあさりラーメンを食べなければいけないのか。これを運命と片付けるならば俺の人生は散らばったままでいい。
……とは思ったが珍しく「奢りますよ」などほざいたので大人しく屋台に腰を据えた。何かしらあるとは想像ついたが。
「実はね、ちょっとお手伝い頂たいんですよ。」
予想通り、ラーメンに箸を付けた後デイモンは"食べましたね?"の顔をして会話を振ってきた。
「なんだ束子か?」
「あれは個人に出されたお使いでしょお?違いますよ。誘拐をするんで手伝って欲しいんです。」
「誘拐?」
二十数年生きてきて、法に触れるような事はしていない(……多分)。今更犯罪に手を染めなきゃならんとか、師匠の指図だろうとやるわけにはいかない。
「断る。」
「駄目ですよ、だってこれ"代理戦争"のお仕事なんです。」
デイモンはまた俺の知らん単語を発した。
「なんだそれ。」
「おや知りませんでしたか。」
変態は教科書には載ってないその未知なる歴史を勝手に語り出しやがった。ラーメンを啜る手も止められる。
「正確に言えば自虐的代理代理代理代理代理代理代理代理代理代理代理代理代理戦争です。この並大において古くから続く聖戦ですよ。」
「まっっったく意味が解らねえんだが。」
掻い摘んで聞くに、何十年か前にその争いは始まったらしい。きっかけは解らなくなったそうだが、ある二人の若者が喧嘩をし、卒業するまで「珍妙なる悪戯」を繰り返したという。
時に白の着物を桃色に染め、時に部屋に胡椒爆弾を投げ込む……などどれも下らないレベルの。
二人は卒業する前に後輩にその合戦を引き継がせた。これが代理戦争の始まりで、今の今まで先輩から後輩へと「代理」をさせられ戦い続けて来たという。
俺は何となく掴めてきた。今の代、「代理」させられている一人が師匠なのだと。
「で、後一人は?」
「映画サークル"かるま"のアラウディですよ。」
アラウディは大学内では中々有名な野郎だ。名前しか知らんが。にかくそいつと戦争してやがんのか。
「そのね、アラウディの恋人を誘拐しようと思うんです。」
「お前な、いくらなんでも犯罪は……。」
「残念ながら、恋人って人じゃないんですよ。」
再び変態が変態らしく笑う。
「世の中にはね、貴男みたいな猥褻図書館で満足するような男だけじゃないんです。」
「お前殴るぞ。」
「下半身がエンジンとなってる万年発情期の貴男には一生解らない高尚な愛。」
「お前が言うか。」
「ま、とにかく来て下さい。僕の言ってる事が解りますよ。」
「お断りだ!」
あさりラーメンを食らってから、俺は立ち上がり脱兎の如く掛け出した。これ以上面倒な事に巻き込まれてたまるか。なんだ代理戦争って。決着を付けよう、後の者に繋いではならないと思う人間はいなかったのか。
デイモンの声を無視し、しばらく走り並盛橋まで来てしまった。くそ、嵐猫荘に戻ればよかった……と浅い川をぼんやり眺めると、見覚えある男の横顔が見える。
橋を下り確認してみた。……やはり師匠だった。岸から水面を眺めている。
「師匠?」
「あ?」
何を?と聞いてみると、煙草を取り出し火を付けて一服してから「決めた」と返ってきた。
「いやだから、何を。」
「俺ぁ旅に出る。世界に乗り出す時が来たみたいだな。」
「あんた何を言ってんだ。そもそも旅費は?」
「そんなものあるか。」
本当に、何を言っているんだこの男は。
師匠があの嵐猫荘からいなくなってくれる事は万々歳だ。弟子的にも。俺は敢えて止めるような言葉を吐かず「はぁ…」と無知なふりをした。
小さくガッツポーズをしたのも言うまでもない。
「で、お前は?」
「?束子の事か?」
「束子はもういい。破門にはしない。」
何を勘違いしたか、師匠は俺を慰めるように言った。
「まあ、この二年間、よく頑張った。この調子なら三年も四年も棒に振る事が出来るな。」
「あんた何言ってんだ?」
「お前はこの先ずっと、大学生活を無意義に過ごせるという事だ。」
流石にこの一言は頭に来た。
「……デイモンやあんたに出会わなきゃ、俺はもっと有意義、薔薇色のキャンパスライフを過ごしてた筈なんだ。」
「薔薇色だって?」
「そうだ。」
「寝ぼけてんのか、お前は。そんなものは有りやしねえ。」
「ある。……俺はもっと、自分の人生を考えるべきだった。好機を逃したんだ。」
その台詞を聞いて、突如として師匠が吹き出した。
「好機か。好機ねえ。」
「好機さえ掴めば、可能性が膨らむ。」
「お前、可能性という言葉を履き違えていないか?可能性ってのはな、人生の積み重ねを言うんだよ。お前、これからパイロットやらサッカー選手になれるか?」
「いや……。」
「なれねえさ。努力と可能性は比例する。てめえが今まで無碍にしてきた人生を可能性に昇華するなんて、同じ時間を努力に費やしてきた人間に失礼だと思わねえか?」
「……。」
「安心しな。お前は絶対に薔薇色の何ちゃらってのは掴めない。俺が保証する。」
***
言葉による暴力で師匠にサンドバックにされ「黙れ」の一言も言えなかった俺は、致し方なくかつ悶々としながら我が城へと帰路に着いた。
言い返せなかったのは解っていたからだ。だが堕落を極めた自分を認めるわけにはいかない。
「あ……?」
ふと視界に、地面に寝かされた小さな物体が入る。駆け寄り、どこかで見た事あるようなそれを拾い上げると、その物体の情報がありありと蘇ってきた。
「なっつまんだ。」
ジョットが確か、一つ無くしたと言っていたぬいぐるみのキーホルダー。握ると豆腐のように柔らかい。
ここで拾ったのも縁だ、ジョットに会ったら渡そう。それをポケットにねじ込み、俺は再び歩き出した。
気がつくと既に夕日が沈み掛けている。煙草の匂いが充満するあの部屋に帰りたいあの四畳半こそ、俺の最大の理解者だ。
「遅かったな。」
「……あ?」
部屋のドアを開けると、見慣れた野郎の姿が。その金髪を忘れるわけが無い。ジョットだ。
「お前、どうやって……。」
「どうやってって、鍵掛かってないだろう。」
そうだった、一昨日壊れたのだ。いやいや、何故こんな煙草臭い所にこいつがいる!
「何の用だよ。」
「レポートと、師匠にお土産を。」
「レポート?」
「お前、提出明後日だぞ。」
はっ、と俺の脳内で光が瞬く。なんつう事だ。師匠の世話、薔薇色のキャンパスライフを追うので精一杯で、単位すら危うくしてるじゃねえか。
「レポート終わらないから、Gに手伝って貰おうかと。」
「いや俺はだな……。」
「今回はイタリアの古き建築物について書いてみたんだ!コロッセオとかな!」
「コロッセオ……?」
脳内で光を掻き分けて現れたのは、あの占い師。確かなんと言っていたか。好機………好機………。
『だから、コロッセオ。』
コロッセオ?
占い師とジョットの言葉が重なる。ならば……、今が……?
「誰か来たぞ。」
「は?!」
レポートを放り、奴が部屋のドアへ向かう。ノックの音など頭に入って来なかった。
慌てて俺もそちらへ行くと、ちょうど扉が開く。
「こんばんは。」
「……どちら様?」
目の前に現れたのは、嫌に艶めかしい女。いわゆる出ているとこは出ているグラマラス。俺にこんな美人の知り合いはいない。
「私、上の同級でビアンキ。」
「上……?」
はっとする。俺の上の部屋は師匠の部屋。あんの野郎、こんな美人と同級だって?……戦う前の敗北感程虚しいものは無かった。
「師匠の同級生が何か?」
「明日の朝十時、並盛橋に来てちょうだい。引き継ぎがあるから。」
「引き継ぎ?」
「じゃあ明日ね。」
そそる香りもそこそこに、美人は去り二階へと進んで行く。俺もジョットも、その香りに慣れるまでしばらく動けなかった。
なんだ、引き継ぎって。また師匠が妙な事を考えてやがるのか??
「変な事を言うが、美人だなあ。」
感心してる場合じゃねえ。あの女が、「コロッセオ」の言葉と同時に現れたのは偶然か?必然か?何にせよ明日は面倒な事になるのは眼に見えている。絶対行きたくない。
「なんだかよく解らんが、面白そうだなあG。勿論行くんだろう?私も見に行くよ。」
こんな時のジョットは、天国からの使者の如く可愛らしい顔をしやがる。「嫌だ」と言えない空気を作るのは罪だ。大きな罪だ。
「……ああ……。」
「よし!ではレポートの続きをしよう!」
意気揚々と再びレポートに掛かるジョットと、陰鬱な気分に苛まれる俺の夜は更けていくのだった……。
翌日、徹夜開けの俺とジョットは朝飯も適当に並盛橋へ向かう。流石にまだあさりラーメンはやっていない。致し方無く、近所のまずい定食屋で空腹を満たした。
既に橋には、昨日の美人、師匠、デイモン、そしてなんとアラウディがいた。共通点を見いだせない面子である。
「やっと来たな。」
まだ九時四十七分だぞ。師匠はわざとらしく、高い時計を見せる。真ん中なあの美人、左にはアラウディとデイモン、右には俺とジョットと師匠。何が起こるのかさっぱり解らない。
「揃ったわね。」
美人が両側を見渡す。
「じゃあ代理戦争の引き継ぎを始めるわ。」
「だ……代理戦争?!」
あの何年も続いてるとか言ってたくだらねえ話が本当だったとは。デイモンを見れば、アラウディの背後で卑猥な笑みを浮かべていた。
「しかしデイモン、お前がアラウディの回し者だったとはな。」
「すみません師匠。」
「……勝手に動き回っていただけさ。」
整理しろ、考えろ、止めろ。まさか俺はこんなよく知らんいたずら戦争の後継者になっちまったという事か?ふざけるな!俺はこれから、この数年に無駄にした薔薇色のキャンパスライフを──。
「いくわよ。二人共前に出て。」師匠とアラウディが向き合う。拳と拳で決着でも付けるのか。
というか付けろ。泥沼にコンクリートを埋めるように!二人の気迫はそれぐらいあった、が。
「……ジャン、ケン、ぽん!」
師匠とアラウディから、武器を持った右手が繰り出される。誰でも知ってる、三種類しかない武器。師匠はグー。アラウディはチョキだった。
なんとも呆気ない戦いに、この代理戦争の真髄が見て取れる。このくだらなさであるから今まで受け継がれてきたに違いない。
「これでようやくこの下らない戦いから足を洗えるよ。」
「よし、先攻はお前だ。後は頼んだぞ。」
「はぁああ?」
今この瞬間、俺とデイモンは現行代理戦争者になっちまったらしい。
途端、冷たい何かが肩にのしかかって来たのを感じる。多分それは今までの──。
「い、いやだッ!!!」
「ああ、またんかG!」
ジョットの引き止める声も無視し、俺はとりあえず逃げた。逃げまくった。しかしその「何か」達は一向に離れず、俺に取り付いている………。
四畳半に帰ると、部屋の真ん中に箱が一つ置いてあった。ホールケーキを思わせるその菓子箱にはカステラと書かれていて、紙が一枚貼られている。
「……"お互いフェアでいきましょう、そちらが先攻だったら失礼"……?うわ!!」
紙に書かれた文字を、畳に腰を下ろしながら読んでいたその瞬間、足場が崩れ転倒した。床が抜けやがったのだ!!
「野郎………。」
その晩、並盛橋は恋人達で埋め尽くされていた。年に一回の、デーチモ祭の日だったのだ。これ見よがしに腕を組む恋人達は害悪と認識するのみ。死ね。
カステラだけでは足りず、俺はあさりラーメンを食うべく並盛橋を渡っていた時だった。
向こう岸で師匠とあの美人が何か言い合っている。痴話喧嘩か……、師匠のだらしない所を垣間見れて邪な心に染まった俺は、人混みに紛れ少しずつ近付き、二人の会話を聞いてやろうと耳を済ませた。
「リボーン、本当に行くの?」
「ああ。お前も付いて来いビアンキ。」
「あらいいの。」
………喧嘩じゃなかった、つまらねえ………ではなく。やはり師匠は師匠だった。飄々としているくせに、人が欲しがるものは簡単に手に入れやがる。
畜生、こんな砂糖塗れの甘ったるい空気ぶち壊してやろうか──。
「G、何をしているんだ?」
「うお!」
背中をいきなり叩かれ、今からしようとした悪事を読み取られたかと怯えつつ振り向いたが、安心した事に正体はジョットだった。
「おや師匠も。なんだ皆来ていたのか。」
「ジョット……、なんでここに?」
「"なっつまん"を探しているんだ。ここら辺で落とさなかったか確認しているんだ。あと祭にただ単に来たかったから。」
「あ……。そうだ忘れてた。」
俺は先日なっつまんを拾った事を思い出す。いつでもジョットに渡せるよう、財布に付けていたのを外して奴に渡した。
「そういや、拾った。」
「おお!ありがとうG!」
満面の笑みに俺もほっとした。レポートやってた時に渡せば良かったんだが、すっかり忘れてた。
その刹那。二十メートルばかり離れた、隣の橋から歓声が聞こえたのは。ジョットと揃って眼をやると、橋の欄干で蠢く何か、それを追い掛ける人の波が見えた。
何か、はどこかで、いや昼間見たような背格好をしている。……というかデイモンだあれは。
細い足場を軽業師のように動き回っていた。
「あいつ、何やってやがる?」
橋に乗り出し人々の声をよくよく聞いてみると全て怒号。デイモンを罵倒し、その身を捕まえんと手がわらわら伸びている。
「また何かやらかしたのか。おおいデイモン、危ないぞ。落ちたら死ぬぞ。」
川の流れは早く、魚でもない俺達が落ちたらどうなるか眼に見えている。だがデイモンはジョットの声が聞こえていないのか、暴徒から逃げるばかりだ。
「!」
同じくして、並盛橋からも叫び声が上がる。振り向けば、黒い塊が橋を覆うとばかりの量で近付いて来ていた。バサバサ音を立てるその塊は──蛾の軍団だというのを、襲われてから気付く。阿鼻叫喚に包まれる橋。
「ぎょええええええっ!!」
ジョットが素っ頓狂な声を上げ、躊躇わず、自分すら構わず、賢明に、奴から手で蛾を追い払う。無駄ではあったが、とにかく必死だった。こいつが蛾が苦手であるという事を、どこかで知った。最後には致し方なく、蛾から守る為胸に寄せ抱き締める。多分無意識。
そして隣の橋まで蛾共は渡ったのか、悲鳴と共に「どぼん」、──……切ない音が聞こえた。
****
落ちたのは勿論デイモンで、運良く岸に流れ着きうずくまっているのを見つけ俺とジョット、師匠と美人がそこへ降りる。どうやら足を折ったようだった。
癪だが肩を貸してやる。
「失脚したか、デイモン。」
「ええ、やっちゃいました師匠。ヌフフ。」
後から聞いたが、デイモンはいくつもサークルを掛け持ちしていたが、ある組織を私事で使ってしまった事がバレたのを皮切りに、今までの悪逆非道ぶりが明らかになり、橋で袋叩き直前になったらしい。その先は言うまでもない。
呼んでおいた救急車のサイレンが近付いて来た。
「その変態は私とリボーンが病院に連れて行くわ。あなた達は帰りなさい。」
その後デイモンと師匠、美人は病院に、残された俺とジョットはとぼとぼ家路に着いた。歩きながら奴が「蛾から守ってくれてありがとうな」、なんて屈託もない笑顔で言いやがった。
急に恥ずかしくなった俺は、勢いで飯に誘い生活費を使い果たす事になる。
まあ、それからのジョットと俺の関係は省略しておこう。
……だがこれだけは言いたい。結果はどうであれ、あの入学式で「弟子求ム」のチラシを取ってしまった後悔は拭えない。
もし「かるま」、「しらはな」、「罵詈亜飯店」のどれかのチラシを手にしていたら今の人生より明るく楽しく、それこそ薔薇色のキャンパスライフを手に入れていたに違いない……が、時既に遅し。何もかも遅いのだ。
されど人生に幾度か現れる好機は掴んだとは納得したい。
あ、代理戦争だが、後継者になった事を受け止め戦う事にした。
俺はまず部屋の床抜けの報復としてデイモンが気に入っている自転車を桃色に染めてやった。
師匠についてだが、あの美人と旅に出たらしいが音沙汰は無い。
まあ卒業まで、いや次の後継者が見つかるまで俺と変態の戦争が続くのだが、話すにはくだらなさすぎなので割愛とさせて頂こう……。
終
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