No.233661

恋姫異聞録121 -画竜編ー

絶影さん

なにやらアクセスがめちゃくちゃ多いようで

遅くなってしまい申し訳ありません
現在職場から気付かれぬようにUPです

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2011-07-26 12:56:06 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:9624   閲覧ユーザー数:6992

 

 

 

眼前で繰り広げられる攻防を尻目に稟は更に前方へと目を移す

 

「予測通り軍師は切り替わった。恐らく今は鳳雛のはず。霞と一馬殿も半分を過ぎた。

ならばそろそろ我慢出来ないでしょう?張飛、呂布」

 

橋を渡る魏の虎豹騎を前に鳳雛は頭の中で稟の策を素早く解析し、打破する道を探る

 

「羽を固定された。このまま私達の船の後ろにも自分たちの船を繋げて陸まで繋げるはず

私が魏の軍師なら・・・」

 

両方に広がる羽、そして羽を渡り襲い来る魏の精兵

両端から迫る騎兵も怖いが、一番怖いのは羽を固定され、動ける船が無く対応出来無いがら空きの中央

 

「このままじゃこの船に入ってくるのだ。雛里、右は鈴々にまかせるのだ!」

 

「あっ!待ってっ!!」

 

鳳統が止めるのも聞かず、張飛は迫る右の虎豹騎。

的盧を駆り、焼け落ちた船の破片を破壊しながら突き進む一馬の元へと走りだす

 

しまった。彼女なら動くのは当たり前だ、迫る敵に身体が反応する。ならば後方の呂布を!

合流地点で有り、がら空きの場所であるこの場所を守るには十分過ぎるほどの武の持ち主を此処へ

と後方に振り向けば、呂布はいつの間にかこの船に乗り込んでおり

 

「よかった。恋さん、この場所に・・・恋さん?」

 

声を掛けるが何時もとは違う様子。横を通り過ぎる彼女からは肌が焼けるような殺気を感じ

身体が無意識に振るえる

 

みれば、必ず隣に居るはずの陳宮の姿がなく。遠くの船からは陳宮の「恋殿~っ!!」という声が聞こえてくる

 

一体何が?と呂布を見れば、呂布は船の舷側を握り締めベキベキと音がなる

彼女の背から感じる殺気は一層濃くなり、身を震わせると咆哮のような雄叫びを上げた

 

その瞳は遠く前方で戦う舞王の姿を映し、ギリギリと歯の根を噛み締めていた

 

「恋さんっ!」

 

鳳統がこの場に止めようとする声も聞こえておらず。まるで爆発するかのように張飛とは逆の左

霞の率いる騎兵へと身を躍らせた

 

「そんな、一体何が」

 

「雛里、今から二人を戻すことは出来ん。翠をこの場に、何か此処に来るのであろう?」

 

「はい、あれを見てください。左右の羽が固定され、橋のようになっている。船を利用し創り上げた橋ですが

あれを渡り進撃するのは途中で足止めされると誰が見ても明らか」

 

そういって指差すのは自分たちの居る船の前方。いつの間にか、灯りを消して一艘の楼船がゆっくりと此方に向かう姿

誰も遮る者も無く、ただ悠然と敵の中央へと進む船の船首に一人の影

 

闇夜に薄く紅色に光る大剣を腰に、右手は槍を持ち、左手には弩をもつその姿

真紅の衣に身を包み、燃えるような紅の瞳をもつ猛将夏侯惇

 

「狙いは三方向からの同時攻撃。今の位置では初め蜂矢の陣を敷いていた此方に後方の呉の皆さんが合流するまで時間が

かかる。そのうちに中央から軽装の歩兵を大量に載せた楼船で此処を攻める」

 

前方の楼船に乗る兵の数はおよそ千。軽装にし、乗れる兵数を超えて押しこみ

左右の進撃を抑えるため分断され、兵数の少なくなった敵の重要地点に一気に兵を送り込む

次から次へと襲いかかる攻めに関羽は驚愕する。途切れること無く攻めが続くのだから

 

「攻め手が途切れることがない。正に連環の計。策が次々に炸裂する破竹の様な攻め方は一度始まれば

手のつけようが無い。これ程迄の人だったなんて」

 

武器を構え、兵に戦闘準備をさせる関羽。弓を装備させ、此方に取り付く前にある程度数を減らそうと指揮し始めた

其れの呼応するように、船に使った分厚い木の板を盾がわりに空へと構え始める

この船だけ遅く進撃を開始したのは稟の指示により焼けて使えなくなった船の板を外し兵に持たせていたのだ

 

「く、またか。此方の策を巧く利用されている」

 

「そんな事を言っても仕方ないだろ。もう少し弓を上に構えるように兵に言ったほうがいい。風が逆に吹いてる」

 

忌々しいとばかりに前方を睨みつける関羽に声を掛けるのは翠

兵へ翠を呼ぶようにとは言ったが、後方から此処へ来るのがあまりに早過ぎるので関羽は少し驚いてしまう

 

「なっ!?」

 

「驚いてないで、もう目の前まで来てるぞ。兵に指示を出したほうが良い」

 

「あ、ああ。全兵矢の仰角を拳三つ上げよ」

 

慌てて指示を飛ばす関羽の横を通り過ぎ、船首へとゆっくり歩くと全体を見渡すように眼を配る

 

「一手、二手・・・三手。三手遅れてる。鈴々と恋は仕方がない。後は後方の呉、直ぐに追いつくな」

 

「翠さん、愛紗さんと一緒に此処を固めてください。此処を突破されれば陸の拠点まで橋がかかってしまう」

 

厳しい顔付で翠の元に駆け寄り、今の行動で事情を把握してくれたのだと察した鳳雛は翠へこの場で待機をするようにと

持ちかけるが、翠は振り向き少し柔らかく微笑むと鳳雛の頭を撫でる

 

「落ち着けよ雛里。もう三手遅れてる、取り返すのもこのまま耐えるのも難しい。あたしが今しなきゃならない事って

此処で敵と刺し違えても止める事か?」

 

「・・・あ」

 

再び翠は目線を前方に、船の上で兵を次々に蹴りでなぎ倒す舞王の姿を見て笑みを見せる

 

「やっぱり強いじゃないか。あたしの兄様は武が無いなんて嘘だ、何かしてるのかもしれないけど、其れも含めて

兄様の武だよ」

 

十字槍を肩に担ぎ、嬉しそうに笑うと「愛紗、此処は頼んだ」と一言、崩れ落ちた朱里の頭を優しく撫で

耳元で囁くと後方へと走り去ってしまった

 

「そうだ、此処が決め手じゃない。周瑜さんの策も、目の前の状況を見る限り今の状態では難しい」

 

顔を上げ、関羽へ指示をと思ったところで何かが自分の足を掴む感覚

眼を向ければそこには眼に再び輝きを取り戻した諸葛亮が顔を上げ、乱暴に涙を拭っていた

 

「朱里ちゃんっ!」

 

「ふっ・・・ふっ・・・ぐぅっ。ま、まだだょ。翠さんが、言ったゅうに、まだ終わってない」

 

壊れた心を必死で固め、歪な形の精神で前を見る

身体を震わせ、拭ったそばから溢れ出す涙を其のままに、舌も回らぬまま声を出す

 

不屈の精神で座ったままではあるが、強い瞳を見せる友の姿に心を震わせる鳳統は声を上げ、兵に号令を掛ける

 

「船を横に、全兵は前方へ一斉射撃っ!」

 

即座に自分の船だけを横を向かせる指示を出し、一隻だけで敵の丁字戦法を行い

迫る楼船にお返しだとばかりに矢の雨を降らせる。友が言うように、まだこの戦は終わりでは無いと

 

 

 

 

 

 

 

「生半可に急所を突いても気を纏っているから意味が無い、関節も俺程度の衝撃では外せない」

 

「ならどうする?」

 

「始めの武器は頼む、手持ちの鍼が無くなった。打撃と古式医療術を施すから動きを止めてくれ」

 

「鍼が?途中から指で突いていたのはそういう事か、使い回しは出来ないのか?」

 

「馬鹿を言うな、消毒もしていないのに人から人へ同じ鍼を刺せる訳がないだろう」

 

其れもそうかと男は迫る呂蒙を目の前に、背を向け足で船床に転がる宝剣を蹴り上げ手でつかみ、素早く納刀

華佗の眼が呂蒙の全体を捕えられるように少しだけ腰を低くする

 

納刀したまま手を剣の柄にかけ、眼は華佗と合わせ一言

 

「演舞外式 ―春蘭―」

 

華佗の瞳を通して見えるのは、袖から出た大量の武器。多方面からの一斉攻撃と言ったところか

最早男は戦術だけを頼りに戦ってはいない二人の戦いを見て各個撃破は無理と判断し

並び立つ今、己の最大の攻撃で一気に勝負を決めようと言うつもりらしい

 

男の頭に華佗の思考が流れこむ。右腕からの攻撃が出が早い、関節の駆動が滑らかで若干

襲い来る速さに斑があると

 

お前の時にこの攻撃を使わなかったのは、あれだけの武器を一斉に操るに腕がもたないからだろうと

華佗の笑みと共に思考が流れこみ、男は返すように微笑む

 

槍、剣、爪、鉄球、針、小型の斧、短剣、一体何処に仕舞い込んでいたのかと思うほどの武器がほぼ一斉に

男の生命を刈り取ろうと迫る

 

キンッ!

 

辺りに乾いた音が鳴り響く

男は襲いかかる多方面からの武器を春蘭の剣技を模した動きで振り向きざまに、一刀の元に全てを切り落とす

 

たった一振りで全ての武器を切り落とされ、船床にゴトゴトと落ちる武器

だが、其れは想定済みだと長い袖がブチブチと音を立ててちぎれ、中から出てきた白く美しい手に握られた

一本の短刀が剣を振り切った男に襲いかかる

 

「悪いな。気の鎧を崩すため身体に衝撃を加え、呼吸を乱す」

 

武器の驚異がなくなり男の隣を通り過ぎ、襲いかかる呂蒙の手を掴むと軽く捻る華佗

同時に船に響く凄まじい音と振動。呂蒙は華佗に捻られるまま、自分の力を利用され船床へと背中から叩きつけられる

 

「がはっ・・・!?」

 

何が起こったか解らない呂蒙。気がついたときには真っ暗な夜空が視界に

背中に強烈な痛みが走り肺の中の全ての空気を吐き出し、息の出来ない状態に

 

「随分と馬力がある、気が多く巡っているな。これは剥がすのに時間がかかる」

 

華佗の攻撃は終わらない、船床に叩きつけられ跳ね上がり宙を舞う呂蒙の顔を手で掴むと空中で一回転

勢いを増しこめかみを船床へと叩きつけられる

 

片目にかけた眼鏡が割れ、船床に顔がめり込むように沈む

 

まるで人形のように身体を操られ跳ねる呂蒙

 

「うわああああっ!!」

 

側頭部を地面に叩きつけられ三半規管を損傷し、平衡感覚を失った呂蒙は息も荒く

華佗を振り払うように腕を振り回し我武者羅に立ち上がるが思うように立ち上がることが出来ず、片膝を着いてしまう

 

「三半規管の回復までに準備は完了しない、任せたぞ」

 

呂蒙から少しだけ離れ、呼吸を整え左手全体に気を廻し、右手は指先にだけ気を集中させ始める

 

揺らぎ歪む視界に華佗の輝く両手を見た呂蒙は大量の武器を出し、限界の近い腕を持ち上げ

拳を構えるが違和感に気がつく

 

先程まで視界に収めていたはずの男の姿がそこには無いのだ

 

「ど、何処へっ!?」

 

振るえる膝に鞭打ち立ち上がり、武器が全て切り落とされた呂蒙は拳を構え辺りを見回すが男の姿は見えず

叩きつけられた衝撃で口の中が切れた少女は口から血を一筋零す

 

「はっ!?」

 

消えた男を探しながら前方の華佗に気を配れば、急に巨大な存在感を背後に感じる

慌て、振り向けばその場には誰も居らず。ただべったりとした存在感だけが身体に纏わり付く

 

ミシッ・・・ミシッ・・・・・・

 

見えない、居るはずなのに視界に収められない。ただ足音だけが耳に響く

 

存在感を頼りに拳を構え、歯を食いしばり攻撃に備えるが捕えられるのは耳に聞こえる船床を踏みしめる音だけ

右から聞こえる音に振り向き姿を捉えようと眼を向ければ

 

ゴトッ・・・

 

重たい音を立てて床に転がる鉄爪の破片が転がる光景

床に転がる爪は自分から三間、約5メートルも離れてはいない

 

あれは私の武器、近くにいる。それどころか少しずつ、確実に近付いて来ている

何処に居る、何処に?足音だけが私に近づいてくる。どうして?どうして近くに居るのに見えないのっ?

 

呂蒙は焦る。存在感は確かにあり、男はその場に確かに居るのに視界に抑えることが出来無い

 

ミシッ・・・ミシッ・・・ミシッ・・・

 

確実に、ゆっくりではあるが一歩一歩近づいてくる存在に呂蒙は重圧を感じ息が荒くなってしまう

迫り来る圧力に徐々に体力を奪われ、口は大きく開かれてハァハァと息が漏れ出す

 

「嫌っ!」

 

気を張り詰め、華佗に気を配りつつ男を探れば腕に触れる生暖かい感触に

呂蒙はか弱く声を上げて振りほどくように腕を振り回す

しかし男の姿はそこにはない。だが確実に男はその場に居たのだ

自分の腕に触れられる位置に

 

何処?何処?一体何処?触れられる位置に、手を伸ばせばつかめる位置にあの人は居る

だけど何処にも居ない、見えないっ!こんなに近くに感じるのにっ!!

 

男に集中し焦るあまり、次第に周りの音は聞こえず汗は流れ、口の血も垂れ流したままに男を追う

眼で、身体で、気配で、だがこんなに近くに居るというのにも関わらず、男をその眼に収めることが出来無い

 

近づく足音、時折肌に触れる生暖かい感触、身に纏わり付く存在感に呂蒙の恐怖は煽られる

 

辺りを素早く見まわし、男を探せば差し込む月明かりに照らされ一瞬だけ男の姿を視界に収めるが

顔の半分だけ呂蒙の瞳に映ったその表情は冷たく、自分を静かに笑みと共に見下ろしていた

 

今まで感じた事のない感覚、そして見たことがない冷たい表情と威圧感の有る眼に呂蒙の背筋は凍る

 

ガシャンッ!

 

「ひっ!」

 

真後ろでいきなり鎖の音が鳴り響き、つい小さく声を上げ振り向けばその場には男を苦しめた鎖に繋がれた鉄球が床に

距離は一間もない。直ぐ目と鼻の先

 

「う・・・う・・・うわああああああっ・・・ひぐぅっ!!」

 

遂に恐怖に耐えられなくなった呂蒙は叫び声を上げれば、首に暖かな風が背後からゆっくり吹き抜け

優しく首を締め付けると身体を持ち上げられる

 

首を締められ、もがくように首へ手を伸ばし、恐怖に崩れた眼で後ろを確認すれば

無表情で冷たい眼をした男がゆっくりと自分の首にかけた手に力を込めていく

ゆっくり、ゆっくり、優しく眠りにつかせるように

 

「どうやら見えなかったようだな。昭が隠密を得意としているのを知っているだろう。俺の眼を見ながら死角を探り

徐々に近づいて行ったのが解らなかったか。恐怖で仲間の声も聞こえなくなっていたようだな」

 

呉の甘寧とは対照的な速さが全く無く、己の気配を殺さぬ死角を突いた移動術

まるで遠く山頂を包む雲が、気がついたときは頭上で雨を降らすかの如く近づき

滲み込む雨のように首を握り潰していく

 

準備が完了した華佗は両手を構え、目の前で宙吊りにされる呂蒙を前に腰を落とし足を踏みしめる

華佗の言葉に呂蒙は陸遜の方に眼を向ければ倒れたまま血だらけで、腐った桃の様な色をした

顔で何かを叫び、仲間に指示を飛ばす姿

 

「はぐっ・・・ううっ・・・の、ん・・・さまっ」

 

流れ落ちる涙、だが華佗の両手は止まらない

呂蒙の危機に周りの呉の兵士は止にかかるが魏兵に抑えられ、詠の拳によって叩き伏せられる

 

「古式医療術。鍼や麻酔薬が無かった時代、気を纏う将へ点穴によって仮死状態を引き起こし手術を行った技だ」

 

身体をひねると左手を振りかぶり、鉤爪のようにした左手を思い切り叩きつけるように

吊るされる呂蒙の身体に叩きつける

 

「うおおおおおっ!我が左手は気鎧を剥がし、我が右手は活殺を成すっ!」

 

バリバリと何かを引き裂く様な音と共に呂蒙の身体がくの字に曲がり、呼吸は更に乱され

身体を守るように巡る気が引き剥がされる

 

華佗はすかさずガラ空きの胸に集中し気を纏わせた右手指先を正中線の急所、活殺へと突き刺す

 

「・・・・・・」

 

第二関節まで突き刺さった指に呂蒙は身体をビクンと跳ねらせ、瞳孔が開き口をだらし無く開いたまま

己の首から引き剥がそうと伸ばした腕がダラリと落ちる

 

「施術完了。活殺への点穴により仮死状態に移行、蘇生には同様の点穴によって行われるものとする」

 

両手から気を散らせた華佗が頷けば、男はゆっくり地面に降ろし優しくその場に横たえる

仮死状態にした敵将を捕らえるために

 

「今っ!!」

 

優しく床に降ろす男の動きを見て船に陸遜の声が響く。襲いかかる呉の敵兵

だが男は襲い来る槍を右足を振り上げ、踏みつけるように地面に穂先を叩きつけるとそのまま身体を捻り

左の回し蹴りを放つ

 

同時に華佗にも兵が襲いかかるが、槍を躱し腕を掴まれると同時に足をかけられ回転し地面に叩きつけられる兵士

 

「む、昭っ」

 

「応っ」

 

時間差で二人の間を通り抜けるように三人の兵士が突っ込み、男は左足の着地と同時に胴回し回転蹴り

身体を浴びせるように踵を顔面に叩きつけられ吹き飛ぶ敵兵

 

同じく華佗も兵の一人を捕え、点穴を浴びせるが二人が崩せるのは左右の兵のみ

中央を走る兵は倒れる呂蒙を抱え、走る

 

逃がすものかと反応した詠が走りこみ、迫る敵兵にカウンターの一撃を振るえば

兵士は歯を食いしばり顔にまともに詠の強打を受けたまま腕に抱えた呂蒙を投げた

 

崩れ落ちる兵士を尻目に呂蒙を追えば、投げた先には身体を舷側に預けて

身体を支える陸遜が片腕で少女を優しく受け取っていた

 

「この、こっちが殺さないと思ってっ!」

 

黄蓋との約束のため、詠は最後まで打撃を加えなかった事を後悔し、一気に拳を構えて距離を詰める

 

「ひょく頑張りまひたね。また会いましょぅ」

 

古き医療術、そして仮死状態ならば呉の医師にも蘇生が出来るはずだと

涙を零し、切れた唇で小さくささやく陸遜は一度片腕で大事な物を抱きしめるように呂蒙の身体を包み

後方の、暗闇の河へと投げ飛ばす。同時に呉の兵は次々に河へと飛び込んでいく

 

其れを見た詠は更に怒りと共に加速し、目の前まで距離を詰めるとズルズルと崩れ落ちる陸遜の顔へと拳を

真っ直ぐ撃ちぬく

 

だがその拳は陸遜の鼻先で止められる。詠の拳を、腕を掴み止めるのは同様に走り追いかけてきた男の手

 

「・・・何故止めるの?」

 

「当たり前だ、約束だろう。それにこの拳じゃこれ以上殴れない」

 

「痛っ」との声と共に顔をしかめる詠。良く見れば指ぬきの革手袋からはポタポタと血が流れ落ち

細く美しい指先を紅く染めていた。短期間で武を手に入れた代償、作られていない拳で強打を連発した

反動で詠の拳は腫れ上がり、血を流していた

 

「無理するな、それより助けてくれて有難う。詠が居ないと駄目だな俺は」

 

「・・・バッカじゃないの」

 

手から流れる血をまるで自分の痛みのように顔をしかめる男はそっと手袋を外し

自分の包帯を千切って詠の拳に優しく巻く。詠は顔を真赤にして顔を背けてしまう

追いついた華佗も詠の反応に笑い、怒鳴られていたが気にすること無く戦いは終わったと陸遜の手当てを始めた

 

 

 

 

しかし、ボロボロの陸遜は身体をおこし華佗の手を止め、歪な顔を無理やり笑みに変え身を正すと深く頭を下げた

急に頭を下げる陸遜の行動に詠は驚く、これ程の満身創痍で今にも倒れてしまいそうだというのに

身体を無理やり動かし意味の分からない行動をする姿に

 

だが男は何かを感じ、華佗と詠に気にすること無く陸遜と同じように真正面に座り身を正す

 

「り、陸遜ともうしますぅ。どうじょ・・・どうぞ、私を魏に降らせてください」

 

深く深く頭を下げ、折れた腕を無理やり動かし美しく手を揃えて着く陸遜

彼女の口から出た言葉に詠はさらに驚き、何を言っているんだと拳を握る

今、目の前で血だらけで倒れる仲間を前にして口にする言葉ではない、命乞いにしても浅ましすぎる

 

コイツだけは許せないと怒る詠に男は優しく腕を握り、詠を止めると真っ直ぐ陸遜を見つめた

 

「顔を上げて下さい。真意を知りたい、出来れば眼を見せてくだされば有り難い。口を開くのは辛いでしょうから」

 

男の言葉に陸遜は顔を上げ、落ち着いた雰囲気を醸し出し真っ直ぐ向けられる男の目を受け止め口を開く

脂汗を垂れ流し、其れでも気丈に笑顔を絶やさず仲間が一人も居らず兵に囲まれる中で胸を張る

 

「わたひ・・・私の口からも、私あ元より魏に勝てるとは思っていません。私が降るのは呉の孫家の為」

 

陸遜の口から語られる言葉は意外な言葉。だが男は名前と彼女の行動と眼に全てを理解した

 

陸遜か、ならば彼女の行動はうなずける。いや、当たり前の行動だ

俺の知る歴史でも陸遜はしばしば正論を口にし、跡継ぎで孫権と仲違いをしている

今回の事も本来は既にどうなるか先が見えていたのかも知れない。蜀に諸葛亮、鳳統と言う大軍師が居るなら

呉は陸遜こそが孫家を一番に考える大軍師。先の想像は付いていたに違いない

 

「お師匠様。いえ、周瑜様は病に侵されています。焦る心が眼を曇らせた。ですから私の言葉は耳に入らない

ならばわたひがっ・・・うぅっ」

 

身体を折る陸遜に男は首を振る。もう良い、伝えたい事は理解したと

 

陸遜が言いたいこととは今此処に攻めて奇襲をするまでが師に対する義理であり、筋である

成功すればそれに越したことは無いが、恐らくは成功しない。ならば自分は魏に降り

孫家が魏で潰れぬよう、魏でその地位を確率出来るようするのが自分の勤めであると

 

「どうか、どうかお願いいたします。必要であれば我が身を捧げることも厭いません。真名を穢されることも

辱めを受けることもお受け致します。何卒、何卒お願いいたします」

 

血で顔を染め、腫れ上がった唇を歪め、折れた腕を地に丁寧につかせ苦痛に涙で顔を濡らしつつも

其れでも頭を深く下げる姿に詠は言葉を無くす

 

「一つだけ伺いたいことが。貴女が真名に次ぐ、大事な名を変えた理由をお聞かせください」

 

男の言葉に陸遜は顔を上げ、男の問の真意を理解し喜びと共に顔をくしゃくしゃにして大量の涙をボタボタと落とす

 

「は、はひっ・・・遜は孫家に遜(へりくだ)る。我が命を賭して仕えるは孫家で御座います」

 

男は真っ直ぐ陸遜を見つめ、優しく微笑むと腰の剣を置き、抱拳礼を取る

 

「約束いたしましょう。我名、我が真名に誓い陸遜殿を魏に迎え入れ、曹操様に貴女様を認めさせます

そして何が起きようとも私は貴女の味方で有ることを此処に誓います。呉の忠臣陸遜殿」

 

男の誓い、そして美しく丁寧な礼に陸遜は安心したのか顔を一度しかめるとそのままフラリと床板に崩れ落ちた

華佗は直ぐに点穴で痛みを抑えると身体を診察し始めた

 

「良いの?アンタを殺そうとした奴よ」

 

「先刻まではな。もう終わった、これ以上は俺が恨んでも国や民の為にならない」

 

相変わらず呆れるほどに馬鹿ねと呟き詠は溜息を吐いて男の頬に包帯で巻かれた拳を押し付けた

この痛い拳はアンタを守るためにこうなったんだから、後で何かで返してね

其れくらいしないとコイツに対する怒りは収まらないと

 

「アンタら後ろ向きなさいッ!何時まで見てるのよっ!!」

 

服を剥ぎ取られる陸遜に眼を向ける兵士を怒鳴り、蹴り飛ばす詠は同じように後ろを向く男の身体に刺さる鍼を見つけ

手をかける

 

「そういえば陸遜ていったわよね。彼女を知ってるの?」

 

「俺の歴史だ、知ってるのはな」

 

「名前聞いて納得してたけどどんなの?まぁ何となく予想付くけど」

 

「元々陸家は孫家よりも強く、呉郡の四姓の一つなんて言われてたらしい。だから孫家に仕えるのに主より大きい名は

不都合、というかあまりいい思いはしないだろう?だから名を変えたって話を聞いたことがある。本当かどうかは

知らないがな」

 

「なるほどね」と言いながら、華佗に「これ抜いて良いでしょ?」と聞くと華佗はよほど陸遜の傷が深いのだろう

生返事を返すと「良いのね」と詠は呟き、一気に男の肩に刺さる鍼を抜き取る

 

「ん?ちょっと待て詠っ、ぐあっ!!」

 

抜き取られた瞬間、身体に響く激痛

良く見れば目線をずらせなかった敵が何人かいたせいか、自分が敵に蹴りを入れた部分に青あざが浮き上がる

そして全身を支配する筋肉痛に、男は気絶はしないまでも身体をビクビクと震わせて床に崩れ落ちた

 

「あがががが・・・」

 

「何これ、ちょっと大丈夫?」

 

相変わらず閉まらないわねと痙攣するように身体を横たえる男に腰に手を当て呆れる詠

華佗にどうにかしてもらおうと振り向けば華佗は陸遜の治療に集中していて話も出来ず、溜息を吐けば急に揺れる船

 

また奇襲?と衝撃のあった方向に眼を向ければ、後方の華琳の船がこの船へと隣接し乗り移る稟の姿

 

「終わっていますね。では昭殿起きてください」

 

「ダメよ、なんだか知らないけど今は戦闘不能ね」

 

床に倒れる男を見て「其れは困りましたね」と言うと治療中の華佗の側に寄り、男を指さす

 

「動けるように出来ませんか?」

 

「無理を言うな。全身の経穴を開放したんだ、急に可動域を広げられ運動量を増した身体に筋繊維はズタズタだ」

 

「ですが動けなければ昭殿がきっと怒ります。華琳様は・・・どうなるか私でも想像がつきません」

 

本気の眼で語る稟に華佗は困り果て、眉根を寄せる

身体が弱り、急激に気の減衰しているであろう男を無理に動かすことは医者としてしたくはない

稟の申し出に首を振り、断ろうとするが

 

「頼むよ。稟が言ってるのは間違いじゃない、俺を行かせてくれるんだろう?」

 

「はい、この役は貴方以外には出来無いでしょうし。貴方以外にはしてもらいたくありません」

 

「有難う。俺も悪いがこの役だけは誰にも譲れない」

 

男の言葉と稟の言葉に何かを感じた華佗はやれやれと溜息をつく

またそうやって自分の身体を省みず戦うのだなと

 

「あの時と一緒だ。曹操をかばって受けた傷を忘れて無いだろう?」

 

「華佗は聞いてくれると信じているよ。あの時も俺は約束を守った」

 

「まったく、お前には敵わない。どうせ止めてもその体で行くつもりだろう」

 

陸遜の骨の粉砕具合を見ながら折れたことで出た熱を抑えるための解熱剤と鎮痛剤を懐から取り出し

口にいれて水と共に流しこむと立ち上がり、男の横で腰を降ろす

 

「何日だ?」

 

「三日、三日持てば十分です」

 

「となれば鍼と麻沸散だな。詠、鍼を返してくれ」

 

うつ伏せに倒れる男の身体を転がし、仰向けにすると今度は指で点穴を数カ所押して、最後に鍼を

先ほどとは逆方向に突き刺し、己の気を分けるように流しこんでいく

 

みるみる内に痛みが和らぎ、男は指先を動かし拳を握る

先程までは全身に痛みが走り、手を握るどころではなかったのだが普通に痛みを感じず握ることが出来ていた

 

「どうだ?少しはマシだろう」

 

「ああ、動けるな。これなら大丈夫だ」

 

「だが鍼と点穴は今日だけしか持たない。其れまでに詠か一緒に行く者に良く筋肉を解してもらうといい」

 

鍼も詠なら打つことが出来るだろうと男の上着を剥ぎとり、詠に男の身体を指さしながら打つ場所を指示する

なんとも鍼を持もち、指示する姿に解剖実験をされているような気分だと苦笑いする男の頭上に軋む軽い音

 

顔を上に上げればそこには銀の鎌が鈍く光を放ち、少しずらせば華琳が真上から覗き込んでいた

 

「なかなか面白い見世物だったわ。舞の様な武も楽しめたし、敵将も捕らえた。だけど此処からが貴方の真の戦いよ」

 

「お褒めに預かり光栄だ。後でそこに寝てる陸遜殿の事で話がある」

 

倒れ、手当を受ける陸遜を見て華琳は頷く。ある程度は予想が付いているのだろう

周りに倒れた敵兵意外は居らず。将だけがこの場に居るのだ

アレだけ将とのつながりが強い呉の兵が将を残して此処を去るわけがないと

 

「華琳様、ご無事で」

 

「貴女も無事でなにより。黄蓋との一騎打ち、遠目ではあるけれど見させて貰ったわ。実に見事」

 

息を切らせ、叢の牙門旗を掲げる船に乗り移り男の元へと駆け寄れば華琳の姿

秋蘭は華琳へ膝まずき、無事を喜べば華琳からの賞賛の言葉を頂き顔をほころばせるが

 

足元で転がる男の姿に顔は硬くなる

 

「無事か、怪我は?」

 

「無いよ、情けない事に全身筋肉痛だ。其れより流石秋蘭だな、俺も見ていたよ」

 

自分の妻の勇姿に誇らしげに顔を緩める男に秋蘭は「有難う」と横たわる男の頭を抱きしめる

 

「夏侯淵。悪いがお前も聞いておいてくれ、昭の治療について話す」

 

秋蘭が現れたことに華佗は丁度いいと、説明と治療についての手ほどきを始める

雲の軍が動くならば必ず秋蘭は男の元で動くはずだと

 

そして稟はその様子を確認し、前方へと目線を移す

 

「此処が分岐点。昭殿率いる雲の軍は後方へ、待機している大宛馬に搭乗。前方の一馬殿が戻り次第動いてください」

 

「応っ」

 

「凪、真桜、沙和も同様に後方へ下がらせます」

 

「稟、私はどうすれば良い?」

 

「華琳様は・・・そうですね、私と物見遊山へと参りましょう」

 

秋蘭に抱えられたまま力強く返事をする男、そしてこの大戦争を物見遊山等と言ってのける

稟の返事に珍しく身体を折って笑う華琳

 

「祭りはいよいよ最高潮。さぁもっと私を楽しませてください。私の想像を越えねば貴方達に髪の先ほどの勝ち目も無い

もっと、もっともっと足掻き、苦しみ、脳漿を垂れ流すほどに知恵を絞り、のた打つ姿を私の前に曝け出せ

そうやって搾り出した策を私は嘲笑と共に爪先でゆっくりと踏みつぶしてあげましょう」

 

燃える瞳を更にギラつかせ、前方を見つめる稟の口元は笑みと言う名の歪な亀裂が走り声を上げて笑い出す

最早彼女を止めるものは居ない、動き出す郭嘉の策に追いつく者すらこの戦場には居ないのだ

 

 

 

 


 
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