No.22045

one sunny day

嘉月 碧さん

譲はある想いを秘めていた。それに気づいた遼平は……。

2008-07-27 23:11:42 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:656   閲覧ユーザー数:630

 届かない想いは、どこに消えるんだろう?

 

「ねぇ。遼」

 譲は縁側に座って庭をボーっと眺めながら、後ろでギターを抱えて曲作りをしている遼平に話しかけた。

「んあ?」

 何ともマヌケな返事が返ってくるが、気にせずに問う。

「例えば好きな人が居て、その人に別に好きな人が居たら、遼ならどうする?」

「そうやな……」

 少し間が開いて答える。

「俺は伝えんでおくかな」

「そっかぁ」

 譲は溜息と一緒に言葉を出した。

「何やお前。好きな人でもおるんか?」

「ん、まぁね」

 からかう気満々でいた遼平は、譲の様子を見てからかうのをやめた。何だか重症っぽい。

 いつもは元気すぎるくらいテンションが高い譲は、遼平とバンドを組んでいる。譲はキーボード担当。そしてギターを抱えて曲作りをしていたのが、ドラマーの遼平。このバンドのほとんどの曲を彼が作っている。

 ここはリーダーでありベーシストでお坊ちゃまでもある哲哉の家のリビングで、他のメンバーは買出しに行っている。

(こんな譲、初めて見るや)

 遼平は様子がおかしい譲の背中を見つめた。

 

 その日の夜、哲哉の家でいつものように夕食をとった後、一人縁側で夜空を眺めていた譲に遼平が近づいた。

「譲。ここ座ってもええか?」

 譲は振り返り遼平を認め頷くと、再び外を眺めた。遼平は譲の隣に腰を下ろす。持っていたビールを譲に渡し、缶蓋を開け、一口飲む。

「譲、俺でよかったら話聞くよ」

 遼平の言葉に、持っていた缶を握り締める。

「俺が好きになった人、兄貴のことが好きだって気づいたんだ」

「そっか」

 内心きつすぎると思ったが、口には出さなかった。

「そりゃ兄貴のが大人だし、仕事もできてかっこいいだろうなって思ってさ」

 ちなみに譲の兄は実家の大病院で医者をしている。

「その人って年上?」

 その問いに譲はゆっくりと頷いた。そのまま俯く。かける言葉が見つからない。迷った挙句に口を開く。

「……俺が好きになった人は、俺の友達を好きやったんやで」

 遼平の思わぬカミングアウトに譲は顔を上げた。

「遼は……伝えんかったん?」

 遼平は頷きながら笑った。

「俺はあいつの笑顔が好きやったから、余計なこと言うて変に困らせるんは嫌やったからな」

「そっか」

 そしてまた俯く。

「譲は?」

「え?」

 聞くと、譲は驚いて顔を上げた。

「どうしたい?」

「……分かんない」

 そしてまた下を向く譲の頭を、遼平は優しく叩いた。

「俺はさ、秘めて終わらせる恋もあれば、ぶち当たって砕ける恋もありやと思う。お前はどうしたい? どっちの恋を選びたい?」

 遼平の言葉が譲の胸に響いた。

 

 一晩考えた譲は、昼休みの時間を狙って実家の病院に姿を見せた。

「譲くん。いらっしゃい」

 迎えてくれたのは、ナースの大石亜希子だった。譲はこの人に想いを寄せている。

「今、時間いいですか?」

「えぇ」

 

 二人は誰も居ない屋上にやってきた。

「どうしたの? 譲くん。こんな所に呼び出して」

「俺、亜希子さんのこと、好きです」

 思いがけない告白に亜希子は固まった。

「え?」

「ずっと前から好きでした」

 見たこともない譲の真剣な眼差しに戸惑う。

「あ……でも……」

「知ってます。兄貴のこと、好きなんでしょ?」

「え?」

 亜希子は図星を当てられ、顔が真っ赤になった。

「俺、ずっと見てたから、知ってるんです。知ってて告白しました」

「そう……」

 譲の言葉に、亜希子は目線を落とした。

「俺じゃ、見込みないですか?」

 沈黙が怖くて、そう問いかけた。時間がとてもゆっくり動いている気分になる。

「ごめん……なさい」

 亜希子はそう言って頭を下げた。思った通りの結末に、譲は妙な安心感を覚える。

「すみませんでした。急にこんなこと言って」

 そう言うと、亜希子は首を横に振った。

「聞いてくれてありがとうございました」

「ごめんね」

「謝らないでください。分かってたことですし。虫のいい話ですけど、これからも同じように接してくださいね」

 精一杯の笑顔でそう言うと亜希子はこくんと頷いた。

「もちろん」

 

 病院の玄関を出ると、遼平が煙草を吹かしながら待っていた。

「遼……」

「お疲れ」

 ポンと肩を叩かれると、妙な安心感が生まれた。我慢していた涙が頬を伝う。

「ようがんばったな」

 遼平の優しさが暖かくて心地いい。

「遼、どうやったら忘れられるかな?」

「そうやな。曲でも書いたらいいんちゃう?」

 そう言って笑う遼平に譲も思わず噴出す。

「あは。遼平らしいね」

「そうかー?」

 涙が止まった譲を見て、遼平はヘルメットを渡した。

「ほれ」

 譲はそれをかぶり、遼平のバイクの後ろにまたがった。

「今日はええ天気やな」

 遼平の呟きに譲も見上げると、真っ青な空に陽が高く昇っていた。

 

 それから譲は届かなかった想いを歌にした。

 

 今でも思い出す。あの淡い恋心を。


 
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