No.215757

母の日に

ダイヤモンドは永遠の輝き……このコピーは偉大だと思います。

2011-05-08 21:02:56 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:591   閲覧ユーザー数:584

あれは初めて目にした日のこと。

 

「ほー、きらきらですねぇ」

「綺麗でしょう?それ、ダイヤモンドっていうのよ」

「だいやもんど?」

「そう。キラキラした石の中でね、一番硬くて綺麗なの。それがダイヤモンド」

「へー」

「あっ、こらっ、割っちゃダメよ」

「なんで?かたいんでしょ?」

「硬くても割れちゃうときは割れちゃうんだから。乱暴にしちゃダメよ。わかった?」

「うーん」

「約束できない悪い子には、もう見せてあげないぞぉー」

「りょーかいしまちた!ランボーにはしませんっ!」

「はーい。よろしいでしょぉー」

「えへへー」

 

あの日はただ、蛍光灯の明かりでキラキラ光っていた指輪の石が、綺麗に感じて仕方なかった――

 

○●○●

 

あれは私が少し大きくなった頃のこと。

 

「おかあさん」

「ん?」

「これ、ちょーだい」

「ダメよ。お母さんのなんだから」

「いーじゃない。あたしがオヨメさんに行くときでもいいからさ。予約させて」

「ダ〜メ。諦めなさい」

「なによぉ、おかあさんのケチンボ」

「ケチで結構結構。これはね、お母さんの大事な宝物なの。いくら可愛い娘の頼みだからって、それだけは聞けないわねぇ」

「えーっ!いーじゃんいーじゃん!あたしもダイヤ欲しいーっ!」

「はいはい。あんたも将来、旦那さんから貰うことね〜」

「ぶー」

 

あの頃はただ、ダイヤモンドという高価で綺麗な石が羨ましくて仕方なかった――

 

●○●○

 

あれは私が大人に近づいていた歳のこと。

 

「お母さんのウソツキ」

「帰ってくるなり何なの?『ただいま』が先でしょ」

「私、ずっとコレがダイヤだって信じてたんだからね!」

「勝手に持って行ったの?」

「ちょっと借りただけよ。トモダチに自慢しようと思って。おかげで恥かいたよ」

「あらあら、それは残念ねぇ」

「……怒んないの?」

「怒るよりも、呆れちゃった。でも恥ずかしい目に遭ったんなら、もう人の物を無断で持ちだしたりしないでしょ?」

「うん」

「なら、それで良しとしましょう」

「……お母さん」

「なーに?」

「それ、ニセモノだって知ってたの?」

「当たり前でしょ」

「宝物だってあんなに言ってたのに?」

「ジルコニアでもガラス玉でも、宝物は宝物よ。一生懸命働いたお父さんがそう信じて買ってくれたんだから。お母さんにとっては、どんな綺麗な宝石がついた指輪よりも、大切で大事な宝物なんだから」

「……ふーん」

 

あの歳の私はただ、偽物の宝石がついた指輪をあんなに大事そうにしているお母さんが不思議で仕方なかった――

 

○●○●

 

そして今。

 

「ふんふーん」

「休みの日だからって朝からゴロゴロしちゃって……そういうところもお父さん似よねぇ」

「べつにいいじゃない、休みなんだから」

「タカシくんが見たらどう思うか」

「いいのよ、こんなの家でしかしないもん。それに私ってこう見えて意外と、彼には尽くすタイプなのよ」

「へえぇー。いつ化けの皮が剥がれるか楽しみね」

「なんか言ったー?」

「べっつにー。……それにしても、いいの貰っちゃったわねぇ」

「ん、これのこと?」

「そうそう。サファイアなんて、タカシくんも奮発したわよねぇ」

「『君の誕生石だから』だってさ。案外ロマンチストなのよ、彼」

「いいわねいいわね〜、お母さんそういうの好きよぉ〜」

「でへへ〜、私も〜。……お母さん」

「なーに?改まっちゃって」

「あの指輪、今も私が欲しいって言ってもやっぱりくれないの?」

「なによ、あんたのほうがいいの貰ってるじゃない」

「例えばの話よ、例えばの」

「うーん、そうねぇ……」

「うん」

「あんたも大人になったことだしねぇ……」

「うんうん」

「そろそろあげちゃっても……」

「うんうんうん」

「なーんてね。あげるわけないでしょ」

「えー、やっぱり?」

「やっぱり」

「そっかー。そうだよねぇ」

「そうよ?」

 

指輪を嵌めた左手を蛍光灯の明かりに翳す。

あの日、あの頃、あの歳の私がそうしたように。

今の私は、彼から貰った私の指輪で。

 

「仕方ない。大事にしてやるか」

「そうそう、大事にしなさいよ。そんなの一生貰えないかもしれないんだから」

「わかってるわよ。……どっちも大事にするんだからね」

 

お母さんが大事に、タンスの一番上の引き出しの一番奥にしまっている、四角い箱に入った指輪。

私が年を重ねる度に引き出しの奥から顔を見せる回数は少なくなったけど。

思い出の中の指輪は相変わらず綺麗で、羨ましくて。

でも、不思議には思わなくなった。

お母さんにとっても私にとっても、指輪についたあの石は本物以上に輝くダイヤモンドなんだから。

それが、やっと分かった。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
2
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択