その日、非番であった近衛隊のその男は通りすがった城門の通用口に怪しい人影を認め、声をかけた。
「何者だ?そこで何をしている?」
外套のフードを目深に被った人影が振り向く。男はそれが華奢な女性であることを見て取り、次の瞬間「あっ」と声を上げそうになった。
「見逃してはくれませんか……?」
女の口元はかすかに笑みを浮かべているようだ。聞くより先に男は膝を折り、「失礼いたしました……!我が主とは気づきもせず───」と恐縮しきった様子で口ごもった。
「立ちなさい。人目につきます」
外套の女性、ハイラルのゼルダ女王は男を立たせると
「ではついてきなさい。主の顔を見忘れた罰に、護衛を命じます」と悪戯っぽくいった。
「失礼ながら、どこへ参られるのです?」
男はゼルダの半歩ほど後ろを歩きながら、控えめに訊ねた。
一見すれば良家の子女とその護衛といったところか。それぞれが身につけた衣服の質を見ても、身分の違いは明らかだ。
ゼルダはもとより、男も顔を隠していた。
ゼルダはちらりと男の表情を盗み見た。穏やかだったが、そこには何の感情も見えない。つまるところ、己れの感情を抑制することに長けた、訓練された戦士のそれであった。
額から右頬にかけて覆った布の下から、微かにひきつれた肌が見える。だがゼルダは、それについては訊ねようとは思わなかった。彼は武人、戦の経験があれば傷も負ったことがあるだろうと思っただけだ。
もちろんハイラルに於いては国を再建して以来戦などなかったが、それ以前、ちりぢりになった家臣達がどのように生きてきたかを考えるのはたやすいことだった。
「神殿へ参ります」
ゼルダは短く答えた。
「…………」
神殿へか。ついこの間も参ったばかりだというのに。
男はほんの少し奇異に感じたが、すぐその思いを打ち消した。
10年前、女王は神殿を復興の中心に据え、それを往時のままに再建したという。国が栄えるに連れ人々に忘れられ、神殿はかつての静けさを取り戻していたが、ひとり女王だけは、毎月初めての安息日には欠かさず参っていたのだ。
それだけ神殿を大切に思っているということだろう……と男は納得した。
女王はハイラルの女神の声を聞くことが出来るという。そうであればなおさら、神殿は特別な場所に違いない。
自分は月毎の参拝しか知らなかったが、もしかしたら女王はこうして時々こっそりと城中を抜け出し、ひとりで神殿へ参っていたのかも知れない。
危ないことを……と、小さく心の中でひとりごちる。
今日はたまたま俺が見つけたから良かったものの、ひとりで供も連れずに城下へ出かけられるなどとんでもないことだ、と思った。
同時に、女王の供を出来る僥倖にも感謝したのだった。
ふたりはその短い会話以外に何も話さず、城下へ入り、やがて神殿の前に立った。
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既刊同人誌のテキストの一部デス。
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2日目 東地区 パ - 25 a