No.212261

恋姫外史の外史 その1−1【嫌いなんて】

以前に言っていた、前々から投稿しようとしていたお話、「恋姫†無双シリーズ」の二次小説です。美羽と七乃さんが出ずっぱりです。
このお話は「真・恋姫†無双」の袁術ルートでのできごとといったニュアンスで書いています。
でははじめに、このお話に興味を持たれた方への注意点などをいくつか。

1.私自身、三国志の、またその時代に関しての造詣はびっくりするほど浅いです。

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2011-04-18 03:04:22 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2075   閲覧ユーザー数:1788

「七乃」

妾は足を止めて、後ろからついてきている七乃のほうを向いた。

七乃も妾にあわせて立ち止まる。

「どうしました?」

「最近、食べてないのじゃ」

「なにをですか?」

「ハチミツをじゃ。全然食べておらん」

「やだなぁ、お嬢さま。ハチミツなら毎日食べてるじゃないですか」

「うむ?そうだったかの?」

「はい〜。昨日の夜だって、寝言で『ハチミツおいしい、おいしい』って言ってましたよ」

「……おぉ、そういえばそんな気もするのじゃ!」

「自分の見たい夢が見れるなんて簡単なことじゃないですからねぇ。それを毎日見ることができるなんて。さすがはお嬢さま」

「うむ、さすがは妾じゃな」

妾は頷いて、また歩きだした。

でもすっきりしない妾はまた後ろを向いた。

「七乃」

「はい?」

「起きてる間もハチミツ食べたいのじゃ。寝てるときに食べても、腹が膨れん」

それに覚えてなかったら余計意味がない。

やっぱりあの甘さは、起きてるうちに味わいたいからの。

「うーん……」

簡単な話なのに、荷物の袋を置いた七乃は難しい顔をしてる。

「七乃、なにを悩んでおるのじゃ?」

「私もお嬢さまに、起きてる間もハチミツ食べさせてあげたいんですけど……」

「うむ。それなら今すぐにでもくれればよかろう」

「無いんですよ」

「それなら次の村で買えばよかろう」

「いや、そうじゃなくて。お金が無いんです」

「ん、そうかや。じゃあハチミツは?」

「もちろんありませんよ」

「どっちもないのかや?」

「どっちも無いんですよ」

「んー……」

お金がない。

ハチミツもない。

ないものばっかりで、なんだかさみしいのじゃ。

「つまりどういうことかの?」

「えっと……まず、手持ちのハチミツはありません。すると今は、ハチミツが食べられない状態ですよね?」

「うむ」

「ハチミツを食べるには、どこかのお店で買わなきゃいけません。お店で物を買うにはお金が必要です。でもそのお金が無いんですよね」

「うむ」

「つまり、どう転んでも、今のこの状況じゃハチミツは食べられないってことです」

「うむ……」

妾は小さくうなって、また前を向いた。

ハチミツは食べられない。

いまいちわからなかった妾は、七乃のその言葉を頭の中で繰り返して言ってみる。

ハチミツは食べられない。

ハチミツは、食べられない。

ハチミツは……食べられない!?

「――な、七乃!」

「はーい」

「なんでハチミツが食べられないのじゃ!」

「もう、さっきから言ってるじゃないですか。お金が無いからですって」

「だからなんでじゃ!なんでお金がないのじゃ!」

「なんでって……もちろん使うからですよ?」

「それはわかっておる!妾は、妾の知らない間に、なにに使ったのかと聞いておるのじゃ!」

妾は腕をぶんぶん振り回して七乃を問いつめる。

ろくな答えじゃなかったら叱ってやるのじゃ。

すると七乃は握った右手を妾の顔に向けて突きだした。

ちょっとだけびっくりした。

「まず食費ですね」

人さし指が立って。

「それと宿代」

中指が立って。

「あと嗜好品にかかった費用」

くすり指が立った。

三本の指のおなかが手袋の中から妾の顔を見ている。

妾はその七乃のくすり指をつっつきながら聞く「なぁ、しこーひんってなんじゃ?」

「わかりやすく言えばハチミツ代ですね。大きく分けてこの三つが私たちの支出になります」

「んー……でもハチミツは最近食べておらんではないか」

そういえばさっきも同じことを言った気がするのじゃ。

気のせいかの?

「五日前に食べてましたよ」

「五日前は最近じゃないのじゃ」

それより五日もガマンできてる妾にびっくりなのじゃ。

でもそれを思いだしただけで、さっきよりハチミツを食べたい気持ちが強くなる。

「お金、ほんとーにないのかや?」

「ありませんよ」

「ほんとーのほんとーにかや?」

「本当の本当に、です」

「ほんとーのほんとーのほんとーは、妾の見えない場所に隠してるとか――」

「ありませんってば。……お嬢さま。お嬢さまは私がお嬢さまに嘘をつくと思ってるんですか?いつもあんなにお嬢さまにだけは素直なのに」

な、七乃が泣きそうになっておる!?

どど、ど、どうすればいいのじゃ?

えと、んと……

「お、思ってるわけなかろう!妾は七乃を信じておるぞ!うむ、信じておる」

妾は両手で顔を隠した七乃に大声で言った。

「――ですよねー」

手をのけた七乃はひと粒も涙を流してなかった。

よかった。

泣きだす前に説得できてよかったのじゃ。

それに、七乃の顔はいつもの笑顔だから大成功と言えるじゃろうな。

「でも……やっぱり納得できん。ついこの前、七乃が路銀稼ぎしたはずじゃ。あのお金はどこにいったんじゃ?まさか、全部消えてなくなったわけじゃないじゃろ」

「さすがに全部は無くなってませんよ。ほとんどは消えちゃいましたけど」

「うむうむ、それでもよいのじゃ。少しでも残ってるなら、そのお金でハチミツを――」

「お嬢さま」

「……まだ最後まで言ってないぞ」

全部しゃべられなかったから、喉のところがちょっとむずむずする。

「お嬢さま。実はお嬢さまにこれまで話していなかった大切なことがあるんです」

「なんじゃ、急に改まって」

いつもの雰囲気じゃない七乃に、妾の体も固くなる。

「実は……」

「……ごくっ」

「実は……ハチミツってわりと値が張るんですよ」

「……へっ?」

「ハチミツってわりと値が張るんですよ」

「二回も言わんでよい!……なんじゃ、そんな話かや。心配して損したのじゃ」

「知ってたんですか?」

「あ、当たり前じゃろ!妾は物知りじゃからのう」

……ほんとは知らなかったけど、まぁいいじゃろ。

あんなにおいしいものがそう安いわけもないからの。

それはなんとなくわかってたから、ほとんど知ってたようなものじゃな。

「それなら話は早いですね」

「なんの話じゃ?」

「もちろん、値段が高いからハチミツが買えないって話ですよ」

「なんで値段が高いとハチミツが買えないのじゃ?」

「……あれー?」

なんで、「あれー?」なんじゃ?

おかしいことでも言ったかの?

妾は腕を組んで考えごとをしている七乃の顔を下から覗き込む。

「七乃ぉ」

「えーとですね……まず、お金が無いのはわかりましたよね?」

「うむ」

「後々のために出費は最小限で抑えたいんです。なにをするにもお金は必要不可欠ですからね。それはわかってもらえます?」

「うむ、わかるぞ」

兵を集めたり、なんかしたり……なんかしたりしないといけないからの。

確かにお金は必要じゃな。

「出費を抑えるなら、削れるところからはできるだけ削ったほうがいいですよね」

「そうじゃな」

「はい。そこでさっきの三つです」

七乃はさっきと同じ三本の指を立てた。

「まず食費です。これは削ろうと思っても限度がありますからね。一応、食料を調達するときはなるべく安めのものにしてますけど」

くすり指が折れて。

「それと宿代。これも高いところには泊まらないで安宿で済ませてますから、抑えられていますね」

中指が折れて。

「さて、最後に残ったのがハチミツ代です。さっきも言いましたけどハチミツって割高ですからね。安いハチミツなんて、まず売ってないですし……出費を抑えようと思えば、やっぱりお嬢さまに我慢してもらわないと」

人さし指は立ったまま。

七乃の言いたいことはなんとなくわかった。

ガマンするっていうのは、食べるのをガマンするっていうことで……つまり、買わないってことで……食べられないってことで……

「わかってもらえました?」

「……わかったけど、納得できん。なぁ、他のとこをもうちょっと抑えたらハチミツも買えるんじゃないかや?食費とか」

「私はいいですけど……お嬢さまは三日間くらい一食抜けます?」

「宿代とか」

「野宿になりますよ」

「むぅ……」

七乃もなかなか手ごわいのじゃ。

これじゃ、どうにもならん。

でもそれで諦められる妾じゃないし、ハチミツを諦めることなんてもっとできん。

でもなにもできないから、妾はとりあえずほっぺたを膨らませた。

「お嬢さま」

七乃は妾の手をとると、両手できゅっと握った。

「ごめんなさい。もうちょっと余裕があったら、お嬢さまに我慢なんてさせないのに」

七乃の顔を見てたらほっぺたがしぼんでしまった。

「また今度、必ず買いますから。今だけ我慢してください」

七乃もずるい。

そんな顔でそんなこと言われたら、文句も言えん。

「……わかったのじゃ。今だけじゃぞ」

「はい」

妾はまた歩きだした。

五日もガマンできたのじゃ。

もうちょっとだけならガマンできるじゃろ。

でも、いつまでガマンすればいいんじゃろう。

あんまり長い間食べられなかったら味も忘れてしまうのじゃ。

……やめじゃ、やめじゃ!

ハチミツのことばっかり考えたら、もっと食べたくなる。

頭の中がハチミツでいっぱいになる前に、他のことを考えないと。

……でも。

ハチミツ、食べたいのじゃ。

妾は胸のあたりにもやもやを感じながら、次の村までの道を歩き続けた。

○●○●

 

村に着いたのは夕暮れ前。

まだ遅い時間でもないのに、通りにはひとがあんまりいない。

「田舎じゃな」

「田舎ですねぇ。時間も時間ですし、先に宿を探しましょうか」

「うむ」

こんな田舎だと面白いものはなんにもないじゃろうな。

それでもなにかあるかもしれないから、妾は通りを歩きながらきょろきょろと辺りを見回す。

「転んじゃいますよー」

「子どもじゃあるまいし、心配はいらんのじゃ」

そう言ってると、二人の子どもが妾たちの横を走り抜けていった。

前もろくに見ないでしゃべりながら走ってる。

あっちのほうが妾よりよっぽど危ないのじゃ。

どこかの家からいいにおいがする。

時間も時間だから、夕餉の準備じゃろうな。

さっきの子どもは家に帰るところだったのかの?

夕餉のにおいが妾のおなかも誘っている。

宿が見つかったら、ちょっと早いけど夕餉にするかの。

「あっ、お嬢さま」

「んっ?――へぶっ!」

あちこち見ていたら、なにか固いものに正面からぶつかった。

後ろに倒れた妾は尻餅をついてしまう。

「お嬢さま、大丈夫ですか」

「ごめんよ。怪我はないかい?」

太い足に太い腕、ものすごく背の高いおっさんが目の前に立っている。

「危ないじゃろ!ちゃんと前を見て歩くのじゃ!」

七乃に起こしてもらった妾はさっそくおっさんに文句を言った。

「ごめんごめん。ちっちゃいから、全然気づかなかったよ」

……いちいちカンに障るおっさんなのじゃ。

もっと文句を言わないと気が済まん。

「そんなことは関係ないのじゃ!そんなに背が高かったら、もっと足もとに気を配るべきじゃろ!」

「ごめんよぉ。俺もちょっと浮かれちゃってたからさ」

「浮かれてる浮かれてないなんて妾の知ったことじゃ――んっ?」

途中まで言ったところで、おっさんが小さいつぼを大事そうに抱えてることに気づいた。

あのつぼ、見たことある気がするのじゃ。

「なんなのじゃ、それ」

「あぁ、これかい?これは壺だよ」

「それは見たらわかるのじゃ!中身はなんなのじゃ?」

「ハチミツだよ」

「はちみちゅ!?」

なんでこんなおっさんがこんなところで、ハチミツを抱えて歩いていたのじゃ?

……これは、ひょっとしたらそういうことかもしれん。

「くれ!」

「やだよ」

違ってた。

やっぱりこのおっさん、カンに障るのじゃ。

「欲しいなら自分で買いなよ」

「……簡単に買えたら苦労はせん」

「それじゃ、そこのお姉さんに買ってもらいなよ」

「だから買えんと言っておろう!そんなバカみたいに高いもの買えないのじゃ!」

「これは高くないよ。安売りしてたやつだからさ」

「安売り?」

おっさんは抱えていたつぼを妾に見えやすいように持ち変えた。

「あっちのほうでさ、ハチミツの安売りしてるんだよ。こんなところで売ってるのも珍しいけど、それに加えてあの値段だろ。俺、食べたことないんだけど、甘いもの好きだから奮発して買っちゃ――」

おっさんの話を最後まで聞かないで、妾はあっちのほうに走りだした。

「ほんとに売ってるのじゃ!?」

「売ってたら悪いのかよ」

通りの端っこのほうで柄の悪いおっさんがござを敷いていた。

その上にはハチミツの入ったつぼがいくつか置いてある。

「お嬢さまぁ、急に走らないでくださいよ……私、荷物持ってるんですから」

「な、七乃!」

あとから追いついてきた七乃の袖を妾は引っ張った。

「ほら、はちゅみちゅ!」

「あっ、ほんとに売ってる」

「だから売ってたらいけないのかよ」

荷物を地面に置いた七乃は、値段の書いてある小さい立て看板をじっと見ている。

「確かに普通より安めではありますね。なんでこんなに安いんですか?」

「そこに書いてるだろ」

「これ、ですか」

七乃が指さしたところには『理由ありハチミツ』と書いてあった。

「なんですか、理由ありって」

「色々あんだよ。こいつらにも事情ってもんがな」

そう言っておっさんはつぼをなでながら、悪そうににやっと笑った。

妾はうさんくさそうにおっさんを見ている七乃の袖をもう一回引っ張る。

「はちゅみてゅ!」

「お嬢さま、カミカミ……」

「はつみつ!」

妾は七乃の袖がちぎれるくらいに何回も強く引っ張った。

ちぎれたら、そのときはそのときなのじゃ。

そんなことより、今は目の前のハチミツじゃ。

すると七乃は少ししゃがんで、妾の両肩に手を置いた。

同じ高さの七乃と目が合う。

「お嬢さま。さっきの話、覚えてます?」

「うむ、ちゃんと覚えておるぞ!高いハチミツが買えないなら、安いハチミツ買ってたも!」

「お嬢さま」

「……なんじゃ?」

イヤな予感がするのじゃ。

でも七乃は真剣な顔だから、妾はなにも言えなかった。

「いいですか、もう一度言いますからよく聞いてくださいね。……ハチミツは買えません」

「なぬ!?」

予感が当たってしまったのじゃ。

でもこれはさすがに納得できんぞ。

「ハチミツは高いから買えないのじゃろう!?これは安いハチミツじゃぞ!」

「これがいつもより安いハチミツでも、ハチミツはハチミツです。元が高いんですから、この値段でも私たちには手痛い出費なんです」

「で、でもでも……また今度買うなら、安いときに買ってたほうがいいんじゃないのかや?」

「いつお金が入るかわからないんですから、手持ちが少ないときは簡単に使えないんです。……なるべく近いうちに買えるようにしますから。もう少しだけ我慢してください」

七乃のすまなそうな顔。

またこの顔じゃ。

こんな顔されたら……なにも言えん。

でも……

「買わねーならあっち行けよ」

「ちょっと黙っててもらえませんかー?」

「……すんません」

でも……

「お嬢さま」

「……イヤじゃ」

ガマンなんてしたくない。

ガマンなんてしたっていいことなんかない。

ガマンは嫌いじゃ。

「お嬢さま?」

「イヤじゃ」

胸のとこのもやもやを早くなくしたかった。

「イヤじゃイヤじゃ!ハチミツ買うんじゃ!」

「だから買えないんですってば」

「それでも買うんじゃ!ハチミツ食べたいのじゃーっ!」

「お嬢さま……」

妾はもやもやを吹き飛ばすように、なにかしゃべってる七乃の言葉も聞かないで、じたばたした。

わかっておる。

こんなことしても七乃はたぶん買ってくれん。

それでも大声を出さずにはいられなかった。

早く、このもやもやを早く消したい。

「ハチミツーっ!」

でも、なんで七乃はハチミツを買ってくれないのじゃ。

お金がないのはわかったけど、それでもなんとかしてくれるのが七乃ではないか。

七乃ならなんとかできるはずなのに。

「食べたいーっ!」

今までだって妾の頼みはなんでも聞いてくれたではないか。

なんで今回はダメなのじゃ。

なんで……

「あのー」

「しっ!静かにしてください!」

「……すんません」

……ほんとは買いたくないんじゃないのかや?

お金だって妾に言うほど少なくなくて。

妾が毎回ねだるからガマンさせようとして。

だから少しも買おうとしない。

そうだとしたら、ひどい。

「お嬢さま、とにかく落ち着きましょ?」

ちょっとでもそうだと思ったら、だんだんそんな気がしてきた。

そうしたら目の前にいる七乃のことが……

妾の目をずっと見ている七乃のことが……

七乃のことが……

「お嬢さま?」

「……嫌いじゃ」

「えっ?」

「七乃なんて、大っ嫌いじゃ!」

妾の肩を押さえていた力が急に抜ける。

目の前には七乃のびっくりしたような、でもそれだけじゃないような顔。

妾もびっくりした。

妾がそんなこと言うと思わなかったし、そんなことで七乃がこんな顔するとも思わなかった。

頭が冷えて、「さっきのは嘘なのじゃ!」なんて言ったほうがいいって思ったけど、今さら引き返せなかった。

「ハチミツ買ってくれない七乃なんて大っ嫌いじゃ!」

だから平気で嫌いの上に嫌いを重ねてしまう。

七乃は……やっぱり、さっきと同じ顔のまま。

さすがにそれ以上、嫌いを重ねることはできなかった。

「嫌い、ですか……」

妾はなにも言わないで七乃を見つめ続けた。

もしかしたら、怖い顔で睨んでいたのかもしれん。

ちょっとの間そうしていると、七乃はしゃがむのをやめて、おっさんのほうを向いた。

「……すみません」

「う、うん?」

「ひとつ、いただけますか?」

「……金は払ってもらうぞ」

「もちろん払いますよ」

「毎度ありぃ!」

びっくりした。

今日で一番、最近で一番、ひょっとしたら今までで一番びっくりしたかもしれん。

七乃は懐から財布を出しながら「もう少し安くならないですか?」とおっさんに聞いた。

「すまんね。こっちも生活かかってんだ」

「……ひとの足もと見て」

「なんか言ったか?」

「いいえ。なーんにも」

おっさんはお金を受けとると、悪そうな笑顔で七乃につぼを渡した。

「はい、お嬢さま」

七乃からつぼを受けとった妾は、つぼを抱えたまま動けなかった。

急な展開についていけなくて頭がぼーっとしている。

「お嬢さま?」

「七乃……お金、ないんじゃなかったのかや?」

「ありませんけど……今回は特別です。次はありませんからね」

「う、うむ」

どういうことじゃろう?

さっきまでなかったハチミツが妾の腕の中にあって。

妾が七乃のことを嫌いって言ったら、七乃がハチミツを買ってくれて。

どういうことじゃろう?

「約束してくださいよ。次、お金が無いときはちゃんと我慢すること。いいですか?」

七乃はというと……怒ってない。

いつもの七乃じゃ。

どういうことじゃろう?

妾は頭の中をぐるぐるとかき回してみた。

「いいですね?」

かき回して、かき回して、一生懸命ぐるぐるかき回して……そしたら、なんとなくだけどわかった気がした。

このわかったのがほんとだとしたら、これはすごいことを発見してしまったのじゃ。

「……うむ!」

妾は、そんな妾の頭の中を誰にも気づかれないように、力強く頷いた。

もちろん七乃にも気づかれないように。

 


 
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