――于吉。
華琳によれば、前回の記憶―俺が国主として君臨していた世界での記憶―では、于吉の道術によって華琳本人が操られ、
魏が戦の準備も整っていないうちに“北郷”に攻め入り、結果として魏の滅亡に繋がる原因ともなった人物。
この世界では、呉の文官としてその責務を担っていたはずだが……。
「于吉……ね。キナ臭いわね」
「華琳の記憶では、于吉は左慈の仲間だったんだよな?」
「ええ、そうよ」
今でも憎たらしいわ……と呟く華琳は放っておいて。
「于吉に、あんたを見張るように依頼されていたのよ」
「ん? 何のためにだ?」
「北郷様の“器を見極める”だとか、“真意を探れ”としか言われてなかったので……。私達に民を扇動するように指示したのも于吉さんです」
「ふむ……」
今回、裏で糸を引いていたのは于吉。これは間違いないだろう。
華琳の言うとおり、左慈と協力関係を結んでいると考えるのが妥当……なのか。
「……于吉は、一体なにがしたいんだ?」
「――その問いにはワシが答えよう」
「きゃぁ!?」
「へ、変態だぁ!?」
「……卑弥呼」
窓から入ってくる異物に、耐性の無い子たちは卒倒せざるを得なかった。
「どういうことなんだ?」
「うむ……どうでもよいが、ワシの周りに変な空間が出来ているのはこれ如何に」
「「「「自分の胸に聞け!」」」」
卑弥呼が立っている半径5mの範囲に入らないように、諸将が遠ざかっていた。主に俺の方に。
こら、さり気なく布団の中に入ろうとしないでくれ、シャオ。
「うぉほん。……于吉のことだったな。あ奴のはっきりとした目的はまだ分からん。だが“玉璽”が鍵なのは確実だろう」
「玉璽……皇帝である証だっけ」
「うむ。于吉の話では“洛陽”に未だ眠っているらしい」
「洛陽か……」
ここ、平原から大分離れているな……。
途中には黄河も流れているし、そう簡単には行けない気がするんだが……。
「いっそのこと、洛陽に還都する?」
「莫迦なこと言わないで。まだ平原をまとめきれていないのよ? そんな状態で都を移しても、民は着いてこないわ」
やっぱりダメか。そりゃ、平原に来てくれた皆に突然『洛陽に引っ越します』って言っても付いてくるはずがない。
第一、平原に民を集めた口実は『安全』だからであって……急に都を移すとか言ったら、民からしてみれば何かあったのかと勘繰ってしまうだろう。
……でも莫迦はないだろう、華琳。
「大丈夫だ。洛陽へはワシの弟子が向かっているからな」
「……アイツか……」
どこからともなく『ごしゅじんさまぁ~ん☆』と聞こえてくるこの耳を塞ぎたい。塞いでも聞こえてきそうだけどな!
「玉璽はバカ弟子に任せるとして……話は変わるが、“日緋色金”という金属を聞いたことはないか?
北郷の刀を打つのに必要不可欠な代物なんだが」
「うーん……。俺は聞いたことないなぁ」
「ヒヒイロカネ……? んー……。んー……?」
「? どうした? 真桜」
何やら呻きだした真桜を不審がる凪。
両手を頭の上に乗っけて悩む様子は可愛らしい。
「いやなー、なーんか聞いたことあるよーな……ないよーな……見たことあるよーな……ないよーな……。んー……。
それってこー、ぴかー! って、勝手に光ったりせーへん?」
「伝承では太陽のように光を放つらしいな」
「んで、こうー、触ったらひゃっ! ってなったりせーへん?」
「伝承では触ると冷たいら……しい……む?」
「あ、それうちもっとるよ?」
(; ・`д・´) ナ、ナンダッテー!! (`・д´・ ;)
卑弥呼の探していた“ヒヒイロカネ”は意外や意外、真桜が持っていた。
(前に卑弥呼が言ってた“乳の大きい童顔の娘っ子”って真桜だったんだな……)
「どこで手に入れたんだ?」
「許昌で買うたんよー。うちもこれ、たいちょの為につかおおもてな……きゃ♪」
「うそくさ……」
「あー! 今ものっそ傷ついたでー! ……これ、卑弥呼はんにあげるのやめよかなー」
「む! それが無ければ左慈に対抗できん! ……北郷、なんとかせんか!」
真桜め……にやりって笑ってるのを見逃さなかったぞ!
仕方ない、飯でも奢る約束をするか……。
「分かった、分かった。満漢全席でもなんでも奢るよ」
「ま、まんかんぜんせき!? ……いやいやいや、今のたいちょはなんでもゆーこと聞かせられる状態や……。
飯はいつでも奢らせられるけど、閨はそうはいかへん……人数が増えた今! それに比例してたいちょと過ごせる時間がぁー……! よよよ~……」
後半が聞き取れなかったな……? なにをそんなに迷っているんだろ。
真桜なら即飛びつきそうなものだけど。
「……決めた! うち、満漢全席はええからたいちょを一週間……はさすがに無理か。三日! 三日間うちと過ごしてもらうでー?」
「え? そんなんでいいのか? 全然いいけど」
「えらくあっさりやな! まぁええけど♪ やったー、たいちょを三日間独占できる権利手に入れたでー♪」
ぬふふー、凪と沙和がめっちゃ羨ましそうにうちを見てる……ああ、たまらんなぁこのカンジ♪
「んじゃ早速持ってくるでー♪」
―るん♪ るるん♪ るるーん♪
スキップしながら部屋から出ていく真桜の背中を羨ましげに見つめる諸将。
……なにがそんなに羨ましいんだろう。
にしても、さっき卑弥呼が気になることを言っていたな。
そのヒヒイロカネ?という金属が左慈を倒すのに必要なものなのか?
「卑弥呼、さっきの“左慈に対抗できない”っていうのはどういう意味なんだ?」
「今はまだ言えん」
「なんだそれ……」
今は情報が少しでも欲しいところなのに……。
しかし今の卑弥呼に何を聞いても恐らく無駄なんだろう。機会が来るまで待つしかないか。
「おまっとさーん♪」
真桜が、部屋から出て数分もしないうちに戻ってきた。
「これやろ? ほれ」
「……この輝き! この感触! ……うむ、間違いない。本物の“日緋色金”じゃ!」
真桜が渡した金属を見ると、確かに自発的に輝いていて、心なしか神秘性を感じる。
「卑弥呼、その“ヒヒイロカネ”ってどういうものなんだ?」
「うむ、この金属は太古の日ノ本で様々な用途で使われていたものでな。
三種の神器のうちの一つ、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)……草薙剣(くさなぎのつるぎ)と言ったら分かるか?
それも、このヒヒイロカネで出来ていると言われている。この金属で作られた業物でなければ、左慈は倒せん」
なるほど。古代ギリシャに伝わる“オリハルコン”と同等のものか。
卑弥呼はヒヒイロカネの説明を終えると、ふと横に立てかけた“恋姫無双”に目を向けた。
「む? その刀は?」
「ああ、これは折れた刀をシャオ……孫尚香に直してもらったんだ」
「ふむ……触っていいか?」
「ああ、どうぞ」
卑弥呼が刀を持つと、卑弥呼の表情が驚きで彩られた。
(! これは!?)
寸分の違いもなく感じられる北郷の記憶と周りから寄せられる想い。
(……これも鍵じゃな)
「卑弥呼?」
「む……さて、早速これを使って刀を打たねばな。まだまだ話したいことはあるが……。
ヒヒイロカネを加工するのにかなりの時間が必要だからな。すまんがワシはこれで失礼する。
だぁりんをよろしく頼むぞ」
「お、おぅ」
刀を元あった場所に戻し、“ではな”、と言い残して窓から跳躍した。……もはや人外だ。
多分、次に俺の前に現れるときにはヒヒイロカネを使って鍛えられた刀も持ってくるはず。
それまではなんとしてでも、袁紹軍を倒して周喩に認めてもらわないとな。
視線を二喬に戻す。
于吉に依頼され、“北郷”を混乱に陥れて、更に周喩からも俺自身を監視するように命じられた姉妹。
(どうするかな……)
卑弥呼がいなくなって、また喧々としてきた室内の天井を見上げ、溜め息を零した。
◆ ◆ ◆
(貂蝉よ)
「あらぁん? あなたの方から連絡を取るなんて珍しいわね。どうしたのぉん?」
(左慈を倒し得るファクターが手に入った。それも、二つもじゃ)
「! 二つですって? 有り得ないわん……左慈を倒せるファクターは、“玉璽”に込められた“あの力”と、ヒヒイロカネで精製した武具のはずよねん?
玉璽をまだ手に入れていないのに……。まさか、わたしよりも先に玉璽を手に入れちゃったのかしらん?」
(お前よりも先に手に入れるなど、ほぼ不可能だろう。それにワシにはヒヒイロカネを鍛えねばならん。
二つ目の……いや、三つ目か。そのファクターは北郷自身が持っていたぞ)
「そんなはずは……最初に出会ったときはなんともなかったわよん?」
(恐らく、“刀が折れる”ことが条件で、“想いを寄せられたおなごに媒体を持たせるか、あるいは直させる”ことで出現するファクターなんだろう。
北郷の持っていた“恋姫無双”からは、まだ少量じゃが“あの力”が宿っておった)
「……ということは」
(うむ。ワシらの目的である“外史の統一”が近くなったな。それより、玉璽の方は目処がつきそうか?)
「ダメダメよん……いくらか探し回ったけれど、まだ見つからないわん」
(ふむ。万が一の場合は、玉璽は諦めねばならんな)
「そうねん……でも“アレ”がないと成功する確率が格段に下がるわよ?」
(確実に成功させておきたいが、障害も排除せねばなるまい。妨害されたら確率うんぬんは言ってられなくなるぞ)
「……于吉ねん?」
(奴の目的がまだ明らかではない以上、警戒をしておくに越したことはないだろう。捜索にある程度の目処がついたら引き上げて、
ワシの代わりに北郷たちを見ていてやれ)
「分かったわん」
于吉……。あなたの目的は一体……。
「――さて、一刀? 北郷を混乱させるように扇動したこの二人……どうするつもりなの?」
「どうもしないよ」
「はぁ……あなたねぇ……」
「一刀、あの二人のせいであなたが危険な目にあったのよ? 私はとてもじゃないけど、許す気になれないわ」
華琳と蓮華はそう言うけど。
俺は華琳に誓ったんだ。救える命は全て救うと。
「俺に関しては不幸が重なっただけだ。でも、“北郷”という国を揺らがしたのには変わりはない。よって――」
誰かのツバを飲み込む音が聞こえる。それは自分のものなのか、それとも……。
「二喬には、俺のメイドさんになってもらおう」
自分でも清々しい笑顔で言えたと思う。
その直後に華琳と蓮華から鉄拳制裁を受けたけどね。
「へぅ……ご、ご主人様……もうわたしたちは要らないんですか……?」
「ちょ、ちょっとあんた! 月を泣かさないでよね!!」
「い、いやいや! 要らないわけないだろ!? 二人とも俺の大事な女の子だ!」
言いながら、月と詠を抱き寄せる。
「へぅぅ……ご主人様ぁ……」
「ちょ……っと……もう……」
ただ、人数が増えたのもあるし、月と詠だけじゃ手いっぱいなのも確かだ。
それに、詠には軍師としても活躍してもらわないといけないから、そうなると必然的に月一人の負担が大きくなってしまう。
二喬には申し訳ないが、月のサポートに徹してもらおう。
「小喬と大喬は、月と詠のお手伝いさんみたいなものだ。二人とも、ちゃんと指導してやってくれよ?」
「……はいっ」
「なんでボクが……」
月はしっかりとやってくれそうだけど、詠はしぶしぶって感じだな……。
でもなんだかんだ言って、面倒見はいいはずだからなんとかなるよな。
「二人とも、それでいいね?」
「………………あんた、甘いわ。いつかその甘さが命取りになるわよ」
「貴様ぁ!」
激昂する凪を手で抑える。
(凪、マテ)
(くぅ~ん……)
即座に怒りを抑えこんだ。さすが俺の忠犬だ。
「そうかもしれない。でも俺は、それでも救える命は救いたいと思っている」
「北郷様…………小喬ちゃん」
「……処断される覚悟もしていたのに」
「責任を感じているなら、行動で示してくれ」
「…………分かったわ。あんたに従う。…………また世話になるわ……北郷さま」
ふう……これにて一件落着、かな?
彼女たちは俺のことを覚えているみたいだけど、俺にはまだ彼女たちと過ごした記憶が戻っていない。
(でも、それも追々思い出していけばいいさ)
まだ対袁紹や于吉、左慈など問題は山積みだ。
でも、今はつかの間の休息に甘んじよう。
<つづく>
【きゃー!厳顔さーん!】
「そこの、そこの」
「ん?わしか?」
「そうそう、あんただよあんた」
「見たところ占い師みたいじゃが」
「うむ、いかにも。あたしは占い師。当たるもー外れるもー時の運」
「ふむ。ならば見てもらおうか」
「この水晶を見ていてくだされ」
「おう」
―ジィィィィ……
「……むむ! 見えた……見えましたぞ! 近いうちに流星が流れる。その流星を追えば運命の出会いが待っているであろう……ちなみに名前は北郷一刀」
「……胡散臭いぞ?」
「当たるもー外れるもー時の運――あ、流れ星」
「む!? どこだどこだ!?」
「あっちあっち」
「真か! よし、では行ってくる!」
「いってらっしゃいませー。お代は肉まんでいいっすよぅ」
「これで好きなだけ買え! うぉぉぉ!!」
「……行ってしまわれた。ま、いいや。商売商売っと。へい、そこの褐色肌のおっぱいでかいねーちゃんー」
「? なんじゃ?」
……。
…………。
―キラーン☆
「確かにここらへんに落ちたはず……む?」
「すー」
「……」
「すー」
「良い男ではないか……こう、なにか“きゅん”と来るものがあるな」
「すー……んっ」
「おい、起きろ二枚目。おぬしは北郷一刀で違いないか?」
「え……そうだけど……」
「ふむ……当たるものだな、占いというのは。……なにをぼーっとしておる?」
「いや、綺麗だなあと思って」
―ボォンッ
「て、ててて、て、適当なことを……!」
「いや、本当に綺麗だって。こんな美人さん、見たことない」
「そ、そうか……? わし、イケてるか……?」
「うん、凄くイケイケだよ(死語」
「おぬし、気に入った! わしについてこい!」
「母よ、帰ったぞ」
「あら桔梗、お帰りなさい。……あら? そちらの殿方は?」
「うむ、わしの婿じゃ」
「……はいはい。冗談はよしなさい。それで、そちらの殿方は?」
「わしの婿じゃというに」
「あなたみたいな無骨者にお婿様が見つかるわけないでしょう? そちらの――」
「ええい! わしの婿じゃと言っているだろう!! 一目見て気に入ったから持ち帰ってきたんじゃ!!!」
「それ、犯罪よ」
「というわけで挨拶しろ、一刀」
「ほ、北郷一刀です。性が北郷、名が一刀で字はないです。空から降ってきたところを厳顔さんに拾っていただきました」
「あらー、お空から来たのー」
「はい……あの、失礼ですが」
「なぁに?」
「随分と御若いですが、厳顔さんの義理の母君ですか?」
「……おほほ、わたしもこの子のこと、気に入ったわ♪ 絶対に堕としなさい。いいわね?」
「言われんでも。ほれ一刀、わしの部屋へ行こうぞ」
「一刀よ、女は怖い。だからそのような言葉はわしにだけかけるのだ、良いな?」
「うーん。厳顔さんの母君は優しそうだったけど――」
「あれは狼じゃ。羊の皮を被っておるが、中身は獰猛な狼なんじゃ」
「あわわ……き、気をつけます」
「うむ。浮気は許さんぞ」
「さっきから思ってたけど、夫婦になるのは確定なの?」
「うむ。言っておくが一刀に拒否権はないぞ。まぁ、万が一一刀がどこかに出走したら、
黄色い頭巾を被って探しに行くぞ。見つけたら骨までしゃぶる」
「逃げません。絶対逃げません(;´д`)」
「一刀よ、わしはこの歳まで男とは縁がなかった。いや、あるにはあったんだろうが、どれもわしの目には止まらぬ者ばかりじゃった。
そこに現れたおぬしを、わしは逃がしとうない……」
「厳顔さん……」
「おぬしの為ならなんでもしよう。血に汚れてもよいし、今まで好んできた酒を絶っても良い。おぬしの欲しいものはなんでも手に入れてやろう。
その代わり、おぬしだけはわしの傍から離れんでくれ……」
―ホロリッ
「げ、厳顔さぁぁぁん!!!」
「きゃぁっ」
「……ふぅ」
「ビクンビクンッ」
「……わしの傍からいなくならないと言ったではないか!」
「ごめん……桔梗」
「か、必ず見つけると……言ったのに! 見つけさせてもくれんのか!?」
「……桔梗」
「なぜ……なぜ……姿が薄くなっているのじゃ……」
「そろそろ、時間みたいだ」
「一刀っ!!」
「さようなら、俺の可愛い女の子」
「一刀っ!!!」
「さようなら……愛していたよ、桔梗」
「一刀ぉぉぉぉ!!!!」
「その時に身籠っていたのがお前だ、焔耶」
「嘘だ!?」
<このお話は本編とは関係ありません>
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第四十一話をお送りします。
―二喬の処断―
開幕