No.201266

恋姫異聞録102 -画龍編-

絶影さん

102話です

仕事が決算時期に入り、棚卸やらなんやらで
アホみたいに忙しくなってまいりました

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2011-02-13 01:27:21 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:9667   閲覧ユーザー数:7168

凪達は新城より兵を率いて新野へと移動を開始し、更に鳳の指示で大量の木材と職人が新野に移動していた

運び込まれた大量の木材と職人は真桜率いる工作兵達に指揮され大量の船、船団が作られていた

 

わずか数日で河を埋め尽くすほどの船を作り、後は全体の訓練を開始するまでになっていた

兵たちは船が揃う間も、出来上がったばかりの船を直ぐに使用し詠の指揮の元

凪と沙和が実践的な訓練を行っていた

 

「船が出来上がるまでに攻めてこなかったか、攻めて来れるはずもないか。同盟者の訓練もあるのだから」

 

新野の城壁で詠は複製品の望遠鏡を片手に遠くに見える河から目を離す

振り向けば、城から江夏へと出発した工作兵と職人が残りの木材を持ち

荷車を馬に引かせ城から遠ざかっていた

 

「詠、兵達には船の作成指揮権と設計図を渡しておいたで。これでウチが居らんでもウチらが江夏に付く頃には

華琳様率いる本隊がそっくりそのまま乗り込める大型船、楼船が出来上がってるやろ」

 

自身満々報告する真桜に詠は頷く

 

華琳に進言した船の上で騎馬を、突騎兵を使用するにはどうしても大型の船が必要となる

大型の船、其れも六百から七百の兵が悠々と乗り込める程の船でなければ駄目だ

 

詠の考える戦術とは、河を大地と同じく考える戦術。呉の水軍が考えもしないことをして

一気に相手の士気を落とそうと考えているのだ。その為には楼船だけでは駄目

快速船であり、魚雷のように敵船に突撃をする艨衝も必要になる

 

その為、この新野では艨衝のみが大量に作成され河を埋め尽くしていた

 

 

さて、僕の思い浮かべる物は用意が出来た。鳳が大宛馬まで手に入れてくれた

今から赤壁で眼を丸くして驚く周瑜と諸葛亮が思い浮かぶわ

 

「なぁ詠。船を作るために此処から大勢の工作兵を江夏に送ったのはええけど、今此処攻められたら

ひとたまりも無いんやけど大丈夫なん?」

 

「ええ、その点に関しては大丈夫。向こうも僕達をおびき寄せて、其れを訓練に使おうとしてるわけだから

攻めて来たとしても少数」

 

此方を誘い出そうとしているのだから大勢で攻めて来るわけはない、それでは唯の殲滅戦になってしまう

 

もし殲滅に来れば此方に平地での戦をするのだと思わせることになるし

最悪、周瑜が没するまで新城から兵を動かさないなんてことになりかねないのだから

 

「それに一馬の突騎兵が練兵を終えるはずだわ。直ぐにこの新野は兵でいっぱいになるわよ」

 

詠の説明が終わると、なるほどと真桜は頷き自分用に作った望遠鏡を覗き込み

城から離れる自分の工作兵を見送っていた

 

真桜を納得させた詠は城壁を降り、船団の指揮の最終調整を行おうと階段に脚を向ければ

全速力で階段を駆け上がってくる兵士が一人

 

兵士の表情は顔面蒼白で、良く見れば凪の部下の一人

彼は遠くに見える河から馬を走らせ、必死に詠の元へと駆けてきたのだ

 

尋常ではないその様子に詠は何事かと聞こうとする前に詠の姿を見た兵士は叫ぶ

 

「大変ですっ!敵が攻めて来ましたっ!!」

 

「敵?河を上ってきたのね」

 

「い、いいえっ!敵は河ではなく平地を、多くの騎兵を率いてこの新野の眼と鼻の先まで来ておりますっ!!!」

 

「何ですってっ!」

 

驚く詠の隣を兵士は走りぬけ、河の方向ではなく真横を指さす

指差す方向は河とたった今江夏へ向け出発した工作兵の間

 

望遠鏡を指さす方向へ向ければ、そこに迫るは関と甘の旗

 

「そんな馬鹿なっ!何故こんな事をっ!!」

 

「支給された望遠鏡で斥候活動の訓練中に迫る敵兵を見つけまして、楽進様に報告をした所此方に急げと」

 

「くっ、それで凪は?」

 

「は、現在船を後方に退がらせ于禁将軍と共に此方に間もなく帰還されるかと」

 

迫る呉と蜀の兵に詠は爪を噛み締める

 

馬鹿が、こんな事をするのは挑発された甘寧か?それとも血気にはやった関羽か?

何方にしろ自軍の軍師の言いつけを守れない将って事ね

 

「・・・」

 

「詠、どうするんや?此のままやったらアカンでっ」

 

爪を噛み締める詠と、顔を青くする兵に異常を察知した真桜が駆け寄り、事態を兵から聞き出せば

予想しなかった異常事態

 

其れもそうだ、先ほどいた多くの自分の部下、新野に居た兵の半数以上の兵は

既にこの城から出発してしまっているのだから

 

動かない詠に対し今からでも遅くない、兵を走らせ呼び戻そうと階段に走ろうとする真桜の腕を詠は掴み止める

 

 

・・・・・・いや、違う。これは関羽が様子見に一当てしに来ただけ、武を誇る者がしそうな事ね

だけど不味い事になったわ、あの様子なら此方の情報を知らずただ軽く当てに来たつもりでしょうけど

 

【新野に今殆ど兵が居ないと解ってしまう】

 

相手が少数で誘いに来ると予想したのは、此方の正確な兵数が敵に知られていないから

直ぐ近くに援軍が迫っている等、知っていれば余計にこんな事はしない

そんな不確定な場所に攻めこむなんて普通はしない

 

兵が居ない、援軍が近くに居ないと解れば此方の将を中途半端に討ち取り、あらかた削って退くはず

殲滅させるわけではなく、重要な部分だけ、船や将。そして糧食を削られる

下手に前に出して凪や真桜、沙和を討たれるわけにはいかない

 

本当なら退却して一度大勢を立て直したいけど、せっかく作った船が壊される

耐えるしか無いか・・・

 

「今なら間に合うで、引き戻すんなら今や!

 

「駄目、引き戻したら船を作るのが遅れる。籠城で耐えぬくわよ」

 

唇から爪を放し、兵の方を振り向き詠は言葉を強く放つ

 

「伝、我らはこれより籠城戦を開始する。楽進と于禁両名を城内に入れた後、弓兵で城壁を固める

それから馬を新城に走らせて。復唱は要らないわ、急いで」

 

「は!」

 

階段を駆け下りる兵を見送り厳しい顔を見せる詠はいつの間にかきつく握り締めてしまっていた

真桜の腕を放し、無理やり笑顔を作って「ゴメン」と一言

 

そんな詠に、真桜は口元をニカッと何時もの笑に変え、隊長の真似とばかりに目尻を指先で伸ばして

眼を糸のように細くしていた

 

「フフッ、ありがと。さぁ、アイツが来るまでしっかり守るわよ」

 

「まかしとき!どうせ来るんは隊長やろうし、格好悪いところは見せられんわ」

 

予想外の事態に詠は城壁の石壁に爪を立て、迫る関と甘の旗を睨みつけ

間もなく開始される籠城戦に頭の中であらゆる戦況を想定し始めた

 

 

 

 

玉座の間では来る戦に備え、軍議が行われていた

内容は報告が中心の軍議で、練兵がどこまで進んだのか、新兵科は作成できたのか

予定の矢は手に入れることが出来たのかと言うものであった

 

玉座には華琳が座り、その両脇を秋蘭と春蘭が固め、段の下では昭と軍師、文官達が報告を次々にしていた

 

「次、鳳。矢の報告せよ」

 

「は、現在予定数は既に揃えてございます。更に職人と商人に予備の矢を作成させ、その際に手に入れた木材は

江夏へと運び込ませ、船の作成に使用させます」

 

「与えた予算よりも随分と安く済んだようだけれど、資金が余らないというのはどういう事かしら?」

 

「余った資金は全て大宛馬の購入と武器、鎧、それから昭様の願いで竜吐水を作成させています」

 

「竜吐水、消火に使う道具か・・・解ったわ。そのまま続けなさい、貴女には期待をしているわ」

 

竹簡に記載された竜吐水との項目に何か気がついたのか、鳳に目線を向けると頷き継続するよう促した

鳳のその性格が現れた柔らかな文字を指先で辿り、大宛馬と武器防具の買い付け量に笑を零していた

 

「では次。新兵科である突騎兵の報告を」

 

と春蘭が言い切る前に、玉座の間に一人の兵が飛び込み華琳の前に躍り出る

体は泥だらけで己の重さを少しでも軽くするためだろう、鎧を脱ぎ捨て上半身裸の状態で

呼吸も切れ切れに声を絞り出す

 

「も・・・申し上げますっ、新野に敵兵がっ・・・平地を、呉と蜀のっ」

 

そこまで言うと、体力の限界だったのだろう気を失ってその場に倒れこんでしまう

兵の口から出た呉と蜀、そして平地との言葉に周りはざわめく

 

崩れ落ちた兵士を春蘭は駆け寄り、揺り起こそうとするが男に止められる

 

「昭、兵の報告を」

 

「ああ、今の言葉で解ったとは思うが新野に兵が攻めてきたようだ、河ではなく平地で

しかも敵は関羽と甘寧、率いる軍勢はおおよそ此方の三倍といった所か」

 

兵士の眼を見た昭の言葉に周りの文官達はざわめく、何と無謀なことをするのか、わざわざ平地に攻めこみ

此方を誘うきは無いのかと

 

文官達には解るまい、関羽殿の考えだろうな

俺が新野にいたならば甘寧が此方に攻めこんできたと言ってもなんら不思議はない

兵を此方によこしたということは詠は援軍を要求しているということか

 

新野から「籠城してるからさっさと来なさい」と言っているように聞こえるよ

 

「援軍の要求だ、此方の援軍を見れば敵も退くだろう。問題は今、新野に兵が少ないということだ」

 

「ええ、凪達を討たれるわけにはいかないわ。昭、出れるかしら?」

 

「ああ、元よりそのつもりだ」

 

「華琳様、私ではいけませんか?」

 

燃えるような紅い眼をギラつかせ、春蘭がその身に怒りを纏、華琳に自分を行かせてくれと進言する

 

理由は明白、関羽が出てきているからだ

自分の義弟の体に大きな傷跡を残し、生死の淵を彷徨わせた敵の名に新たな剣の柄を握る手に力が入る

 

「義眼がそして剣が言うのです。仇敵の喉に我らの牙を突き立てよと」

 

体から空気が陽炎のように揺らぐほどの怒気を垂れ流し、気の弱い文官は卒倒してしまう

その身からとどまらぬ怒気を吐き出す春蘭を昭は左腕で抱き寄せ、胸に押し込む

 

「その調子では行かせることは出来ないわ、敵を退かせる事にとどまらないでしょうから」

 

「俺が行く。春蘭は練兵を、俺のために怒ってくれて有難う」

 

華琳の言葉と昭の言葉に胸に押し込まれた春蘭は耳を赤くし、頷く

 

目線を秋蘭に向ければ、秋蘭は少しほっとした表情を男に向けていた

 

「華琳様、それでは我が夫が新野に援軍として向かいましょう。兵は練兵の完了した私の兵を」

 

兵数を提示しようとした所で、今まで黙って様子を見ていた稟が前に出て跪く

 

「む?どうした稟、何か進言か」

 

「ええ、華琳様。一馬殿の兵の練兵はも少しで完了します。また練兵には熟練した兵と練兵を行うのが一番です」

 

突然出て、進言した言葉に秋蘭は驚く。そのれもそのはず、稟は援軍に兵を連れて行くなと言っているのだ

援軍に兵を連れず行かせるなど、呂布でもあるまいし出来る訳など無い

そんな事をすれば、昭は唯殺されに行くようなものだし、援軍としての意味をまるで成さない

 

「どういう事だ、昭に死ねと言っているのか!?」

 

「待ちなさい秋蘭。どういう意味かしら稟」

 

珍しく怒りを表に出す秋蘭に動じること無く稟は立ち上がり、背を向ける春蘭の隣に立つ男に視線を向ける

自分の眼を見て解るだろうと、あれだけ自分の戦術を授けたのだからと

 

・・・・・・そういう事か、随分と凄まじい事を考える。神機妙算と言ったのは間違いでは無かったようだ

俺の歴史で神算と称されたままのようだ、まったく俺の慧眼など郭嘉の慧眼に比べれば大した事はないと

思い知らされる

 

感情を表に出す秋蘭に、心配するなと視線を送れば、秋蘭は少しだけ眉根を寄せて悲しそうな顔をしてしまう

 

そんなに心配せずとも大丈夫、稟の考えは巧くいく

 

「兵は訓練の終わった三百ほどで十分です。一馬殿を連れて、後は呉の紅い鎧を一着」

 

「稟、伝令の旗はあったか?後は斧を数本欲しい」

 

「ええ、斥候に以前手に入れさせた物が。斧はそこら辺の民に借りてください、昭殿なら造作も無いでしょう」

 

昭と稟の遣り取りに華琳は想像がついたのか楽しそうに笑い出す

しかし皆は想像が追いつかない、一体何をさせるつもりなのだろうかと

 

兵は三百、しかも斧をもたせ、呉の伝令の鎧を一つ

これが大軍である敵兵を退かさる程のものに化けるのかと、もしそんな事が出来るならば

郭嘉は化物か仙人の類であると文官達は思ってしまう

 

「面白いわね、やれるかしら昭」

 

「解っているだろう、仲間の為ならやるさ」

 

「確かに、貴方の性に合った作戦だと思うわよ。直ぐに立ちなさい」

 

「は、これより劉封、並びに兵三百名を率い新野に出陣いたします」

 

抱拳礼を取り、部屋から退室する昭

一体何をさせるつもりなのかと心配する秋蘭は、少しだけ顔を曇らせるが

春蘭が元の位置に戻り、軍議が進められてしまう

 

「・・・」

 

「秋蘭、悪いけれど竹簡を部屋に忘れてきてしまったの。取ってきてくれるかしら?」

 

進む軍議、だが急に華琳は忘れた竹簡を取ってくるように指事をする

不思議な事を言い出す華琳に秋蘭は

 

華琳様が竹簡を部屋に置き忘れたなど・・・

 

などと思ってしまうが直ぐに気がつく、昭を追えと言っているのだと

目線を向ければ優しく笑う自分の主。潤む眼を堪え、頷くと秋蘭はその場から早足で抜け昭を追う

 

「待て、昭っ」

 

「ん?秋蘭、会議はどうした」

 

廊下を早足で歩く男に追いついた秋蘭は後ろから飛びつき、抱きしめその場に止める

男は特に抵抗すること無く秋蘭のされるがままになり、背中に擦りつけられる頬の感触を楽しんでいた

 

「何をするのだ?また無茶な事ではないのか?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

「なら何をするのか教えてくれ」

 

「・・・言ったら反対するから言えない」

 

やはり、と抱きしめる腕に力が入り男はその場から完全に動けなくなってしまう

だが男はそれでも秋蘭に何をするかを言おうとはしない

 

秋蘭も理解している。此のまま男を行かせなければ仲間が危なくなるのだと

そして稟が考えた策は最も被害が少なく、損害も無いものであるのだろうと

 

だが男が其れで危険なめに合うのが、怖いのだ

あの定軍山の時から、戦に男が向かうのが怖くて仕方がなくなっていたのだ

 

「怪我をしてもいい、だから帰ってきてくれ」

 

「ああ、大丈夫。今回の策は安全だ」

 

「フフッ、安全であるのに私が心配するとはどういった策なのだ?」

 

「ん?本当だな、変な話だ」

 

二人は軽く笑い、秋蘭はは名残惜しそうに回す腕をゆっくり離して男の着る外套の魏の文字を撫でる

そして、優しく押し出すように魏の文字を押すと、男はそれに合わせるように脚を進め

振り向かず兵舎へと歩いて行ってしまった

 

「・・・」

 

秋蘭はその後姿を見送り、手を握り締め男の無事を祈るのだった

 

 

 

 

新城から義弟と共に、兵をわずか三百名を連れ新野へと馬を走らせる

義弟に僅かな手勢で援軍に行くと伝えれば「また何か企んで居られるのですか?」

とわざとらしく大きく溜息を吐かれ、男はその様子に悪いなと大笑いしていた

 

「兄者、策の説明は受けましたが本当に巧く行くのですかこんなこと」

 

「ああ、心配するな。問題ないさ」

 

「・・・私は兄者の肝の太さだけは天の御使だと信じることが出来ますよ」

 

「それだけか?」

 

「ええ、無茶ばかりでとても天の御使などとは考えられません」

 

義弟の言葉に全くだと男は笑う

 

本当に一馬の言うとおりだ。天の御使などとはとてもかけ離れた所に俺は居るな

普通に民が想像する御使とは恐らく無から有を作り出し、挙句の果てに天罰のように

力を振るい、人を処罰する存在なのだろう

 

そう考えると天の御使とは恐ろしく傲慢で、身勝手な奴だと思える

人が人を裁くなど、本来は出来るはず無いのだから

ましてや己の手が血で汚れていればなおさらだ

 

ならば騙し、欺き、誰かの力無くして戦えぬ俺は、天の御使などとは程遠い存在なのだろうな

 

「兄者、堺に入りました。城までもう少しです」

 

「解った。では先に行く、お前たちは手筈通りに頼む」

 

義弟の指差す方向に関所を見ると、男は呉の兵の鎧と伝令の旗を持ち一人突出し

一馬を模倣した馬術で一気に兵を置き去りにしていく

兵たちは爪黄飛電に跨り、視界から消える男を確認すると近くの森へと斧を用意し枝を切り始めた

 

 

一人馬を走らせ望遠鏡を片手に城へと向かう

 

次第に見えてくる城を包囲する兵士たち

 

男は爪黄飛電の速度を落とすと、ゆっくり近くの森へ移動し木に手綱を縛り身を潜め

目立つ美しい蒼の外套を脱ぎ、袋に入れ呉の鎧を装着し、額に布を巻き付け移動する

 

「此処なら全体が見られそうだ」

 

少しだけ盛り上がった丘の上に上り、身を伏せて望遠鏡を覗けばそこには城を包囲する大軍勢

おおよそ一万五千の兵が城を包囲していた

 

随分と引き連れて来たものだ、一当てするのにこれほどの兵を連れてくるとは

いや、此方の軍勢は総勢二四万。妥当な数なのかもしれんな

関羽殿はこの城に四~五万ほどの兵が居ると思っていたのかもしれない

 

城内の兵はこの日数なら工作兵を送り出しているはずだからだいたい五千と言ったところか

敵は三倍、敵は城内に兵が居ないことに気がついたはずなかなか面白いことになってきた

 

配置は均一に城を囲むように兵を配置している。肝心の将は・・・

 

西門に甘寧、東門に関羽か、行くなら北だな。流石に将二人では城を完全に包囲し

全体を見ることなど出来はせんだろう

 

しかしこの配置と将二人、稟の話だと確かこういった場合は遠くに陣があるはずだ

補給と撤退の援護の為の・・・・・・あった、旗は上がってないが煙が上がっている

食事中か?それともただ単に暖をとっているだけか、狼煙では無い様だが

 

全体を余すこと無く視界に収め、記憶した男はその場から馬の元へと戻り

伝令の旗を背中に差す

 

「さて、早く行かねば詠にどやされる。行くとするか」

 

震える手を握り締め、己の愚かさに自嘲気味に笑を浮かべつつ

そう呟くと、男は木から手綱を放し爪黄飛電に跨り走りだす

 

【敵兵囲む城へ一騎で】

 

 

 

 

 

「もう三日だぞ、曹操軍に二十万以上の兵が居るなんて嘘だろう」

 

「かもしれんな、噂の天の御使もこいつらを見捨てたようだし、呉と蜀の勝利だ」

 

既に城内の情報が割れてしまったようで、呉と蜀の連合兵たちは少し余裕のある表情をし

口々に曹操軍の兵の軍勢は誇張されたものだと噂をしていた

 

証拠に援軍は一向に現れず、それどころかこの城には兵が我らの三分の一しか居ないと

 

そんな状況に関羽は少し危機勘を覚え、甘寧も同じくこの状態は自分たちにとってあまりよくないと

考えていた。敵の少なさと抵抗の少なさに士気が上がるわけでもなく、ただたるんでしまっていると

 

士気を上げるため前線に攻撃指示を出そうとした時

大声を発して関羽と甘寧の布陣していない、呉のある方向、南門に向かい馬を走らせる一人の兵が現れる

 

伝令の旗を掲げ馬に乗り、大声で「周都督からの伝令!」と叫び、兵を掻き分け城へと向かい走る兵士

 

兵士達は特徴的な呉の赤胴と伝令旗にああ、何か重要な伝令があったのか、それとも降伏勧告かと

一人馬を走らせる兵に城へと続く道を開けていた

 

「あれは何だ、伝令?」

 

「は、どうやら周都督殿の伝令のようです。降伏勧告の使者かと」

 

「降伏?甘寧殿が周瑜殿に今回の事を伝えたのか?」

 

「恐らくは」

 

「恐らくだと?想像で話す事は最も危険だ、あの兵士を止め直ぐに甘寧殿に確認を取れ」

 

遠くで城に向かい走る兵士に疑問を覚える関羽は、兵の曖昧な答えに更に気持ち悪さを感じ

直ぐ様兵を確認に向かわせたが既に遅く、呉の伝令らしき人物は門の前まで到着していた

 

「周都督殿の命により使者として参上いたした。城内に通してくだされ」

 

城門前で叫ぶ兵士に城壁の上で見ていた兵士達はざわめく、そして開かれる固く閉ざされた城門

出てきたのは魏の突撃槍、一番槍の楽進

 

体から独特の、熱を持った気迫を発する凪に呉蜀の兵士は後ずさる

 

「我らは使者を受け入れます。どうぞお入りください」

 

「忝い、それでは失礼仕る」

 

門から出てきた凪は意外にすんなりと呉からの兵を、しかも降伏勧告であろう使者を招き入れ

兵はそのまま凪に迎えられ門の中に入り、再び門は固く閉ざされる

 

呉と蜀の兵士達は其れをただ降伏を促すものだと見送っていた

 

「待てっ!その者を止めろっ!!」

 

異変に急いで馬を走らせ南門へ駆けた関羽の声も届かず、兵は既に門の中へ

 

「ちっ!誰かあの者の素性を知る者は居ないかっ!?」

 

馬を止める関羽は口惜しそうに周りの兵を見渡し、先程の伝令の素性を調べようとするが

蜀の兵はもちろん、肝心の呉の兵達ですら「みたことはあるか?」等と首を捻るだけだった

 

舌打ちをし、門を睨みつける関羽。その視界にゆっくり入ってくる甘寧

 

彼女もまた異変を感じ、南門へと走り兵の素性を確かめようとしていた

 

「私の所に冥琳様から使者を送るとの情報は来ていない」

 

「やはり、ならばあれは魏軍の兵士」

 

「かもしれんが、たった一人で何か出来るとは思えん」

 

甘寧の言葉に関羽は再び城門を睨む

 

確かにたった一人で何か出来るなどとは思えない。この兵力差を一人で覆すことなど

出来るとすれば仙人か妖術使いの何方かだ・・・

 

しかしあれが昭殿ならば、天の御使ならば何かをするはずだ

 

「今のうちに一斉に攻撃をかけ、城壁を破壊し兵を削ろう」

 

「いや、そう急ぐことは無いだろう」

 

「何故だ?援軍が来る可能性もあるだろう」

 

「・・・斥候の話によれば此処に接近する騎兵が三百のみ。先頭は疾風、劉封だ」

 

援軍が三百というあまりの少なさに関羽は驚いていしまう

 

三百!?援軍にたった三百だと言うのか、しかも昭殿の義弟殿

翠の話ではなかなかの武の持ち主だというが、たった一人で兵を率いて来るとは

何かおかしい、義弟殿が居るならば兄である昭殿がいてもおかしくは無いはず

 

異変と気持ち悪さ、そして考えられない援軍の数に思考が囚われた瞬間

 

城門に現れる一人の男

 

その姿は陽の光に照らされ、美しき蒼い外套をはためかせ、光を反射する外套はキラキラと輝き

まるで神々しさを感じさせる

 

そしてゆっくりと腰か宝剣を引き抜き、空高く剣を翳せば城壁に一斉に挙がる海碧色の【叢】の旗

 

余りにも神々しすぎる男の一つ一つの動作、まるで物語に出てくる英雄のような威風堂々としたその姿に

呉と蜀の兵は魅入ってしまう

 

「やはりっ!あれは昭殿かっ!!」

 

声を上げる関羽の横で与えられた屈辱を思い出した甘寧が歯ぎしりをする

 

「天に仇なす愚か者どもよ、我ら魏兵は天と日輪の元に在る。其れを知って牙を向くかっ!」

 

剣をゆっくりと兵たちに向け、ビリビリと城壁を振動させる程の大声で言葉を放つ男

その姿に、言い知れぬ威圧感を感じ口を開け男の姿を見上げるだけになてしまう

 

不味いと感じる関羽を他所に、男はさらに言葉を繋げる

 

「平穏なる大地を脅かす者達よ、陛下と我らが王に代わり日輪の代行者」

 

再び天に、日輪に翳す剣

 

【この舞王、夏侯昭文麒が貴様らに引導を渡してくれよう】

 

言葉の終と共に、男の体から錆びついた刃物を連想させる殺気が放たれ、神々しさに魅入った兵士は

一気にその落差に脚を振るわせてしまう

 

関羽は此のままでは士気どころか戦意まで喪失してしまう、あのような演出だけで

なんという役者だと心で叫び、士気を保つために声をあげ反論を試みた

 

「何を言うかっ!陛下を誑かし、呉までも偽りで手に入れようとした貴様らに何の義があろうかっ!!」

 

「黙れ関羽っ!陛下の真意、優しき御心も理解せず上辺だけで陛下を語り、我が王を愚弄するとは」

 

「何っ?」

 

「既に力なくした袁術を更に追い詰め死に至らしめることが義と言うのかっ?違うであろう

陛下は我らが王にこう仰られた。力無くば既に民と同じ、呉の民は袁術に恨みを忘れることなど出来はせぬだろうが

せめて罪を償い贖罪に生きる道を作って欲しいと」

 

「ならば何故偽りを用い、呉に隠し立てをした!おかしいではないかっ!!」

 

「まだ解らぬか、生きていると解れば同盟、そして平穏などという言葉は先の先。ならば偽りを用いても

平穏を手に入れ、改めて袁術に贖罪をさせようとしていたことが。貴様ら呉と蜀は陛下の優しき願いを

足蹴にし、民の安らぎを踏みつぶした大罪人。そのような咎人を天が許すと思うかっ!?」

 

男の言葉に呉と蜀の兵達はざわつき始める。天子様はそのような事を考えて居られたのかと

我ら民を思い、一刻も早く平穏を、偽りを用いてでも安らぎをと考えて居られたのかと

 

「く、其れも本当かどうかなど誰が説明できようか、昭殿が言い繕い語っているだけではないのか!?」

 

反論する関羽を他所に、甘寧は剣を抜き城門を指す

 

「抜刀、戯言を宣う逆賊を狩るぞ。私に続け」

 

「待て、昭殿が来ている。此方の兵力が上でも戦神を使われては」

 

「戦神など舞わせねば良い、援軍は三百あまり、奴らには何も出来ん」

 

「しかしっ」

 

「今奴らを狩っておけば戦は有利に進む。お前はそこで見ていろ」

 

そう言い放つと甘寧は抜身の剣を逆手に持ち、城門へと走りだす

突撃を開始する呉の兵士達を男は口元を獣のように釣り上げ怒りのこもる濁った瞳を持ち睨みつける

 

「ほう、真実を知りてなお牙を向くか、ならば天の怒りを我が天兵にて貴様らの身に刻んでくれよう」

 

そう言うと男は剣を横薙ぎに一振り、その切っ先の方向に挙がる砂煙

 

「あれはっ!!」

 

此方に向かい、大量の砂煙を巻き上げ【叢】の旗を掲げた騎兵が恐ろしい速さで突っ込んでくる姿

 

その時、関羽の脳裏に浮かんだのは甘寧の言葉

 

【騎兵が三百】

 

だがその眼に映るのはとても三百の砂煙ではない、巻き上げる砂煙から想像するに敵の総数およそ五万以上

連合軍の倍以上の兵数がこちらに向かい獣のように襲いかかってきているのだ

 

「そんな馬鹿な、敵は三百では無かったのか?」

 

「チッ、此処は平原。兵を隠す場所など無かったはずだ。魏の舞王め」

 

 

 

 

関羽と甘寧の驚きを他所に、男は更に剣を真上に掲げ、それと同時に凪、真桜、沙和が並び

それに続くように兵士が城壁に上がり一斉に声を、咆哮をあげる

 

迫り来る騎兵達も同じように声をあげ、共鳴し重なりあう声量は凄まじく、大地を揺るがすほどに

 

声にあわせ、銅鑼が鳴り響き、男は剣を敵へ、関羽と甘寧に向ける

 

「開門っ!日輪の狼達よっ、雄叫びを上げろ牙を剥け、我らは天と日輪の代行者!

天を恐れぬ愚者共の喉にその牙を突き立てろっ!」

 

男の号令と共に、凪達は城門を飛び降り開かれた門から次々に槍を構え呉と蜀の兵に

襲いかかる魏兵たちの前に立ち、導くように敵兵を蹴散らしていく

 

進撃してくる援軍、そして開かれた門から眼の色を変えまるで男の言ったように狼のごとく

声をあげ突き進む魏兵に関羽は呟く「まずい」と

 

「退くぞ、この兵力差では互角に戦う事も出来ん」

 

「先にいけ、私は舞王の首を狩ってから戻る」

 

「馬鹿な、直ぐに魏の大軍に飲まれるぞ」

 

「あれを狩らねば我らは、いや蓮華様は戦場で」

 

突き進む甘寧を引き止め、言い切る前に関羽は甘寧の剣を掴み無理矢理に後方へと引きずっていく

 

「放せっ!」

 

「話は聞いた。孫権殿は甘寧殿がしっかりと守れば良い、今戦っては多くの兵を失うぞ。

今は勝手に兵を動かしているのだ。様子見の一当てで大きい損害を出しては周瑜殿に何と申し開けば良い」

 

関羽の言葉に甘寧は少しだけ思案すると、引きずられる関羽の手を掴み剣から外し

後方の、仲間が待機し陣をはる地点へと走りだす

 

「甘寧殿」

 

「解った。今は退こう、だが奴の首を上げるのは私の役目だ」

 

関羽は頷くと、馬に跨り退却の合図を全兵に送る

 

「退くぞ、槍を構え敵を一度だけ押し返す。その隙に一気に陣へ退く」

 

合図と共に襲いかかる魏兵に前列は盾を構え、その間から後の兵士が長槍を構え一気に押し戻す

魏兵の勢いが一瞬だけ止まると後方の兵は列をなし陣へと退くいていく

 

「関羽様。殿は私達の兵にお任せを」

 

「解った、死ぬなよ」

 

副官の一人が前列の指揮へと走る。その姿を見送り直ぐ様兵を率い甘寧と共に後方へと走ると

後方から副官の雄叫びにも似た絶命の声

 

振り向けばそこには城壁から降り、弓を持ち、まるで雷光夏侯淵を写した弓術で副官の額を撃ちぬく男

 

男の周りは凪と真桜、沙和が囲むように立ち。魏兵を率いて此方に走る

 

「くっ、急げっ!弓隊は矢を放ち退却の時間を稼げっ!」

 

先ほど城を囲んでいた状況とは一変。突然の窮地に立たされる呉と蜀の兵士は気が緩んでいたことも

あってか統率が思うように取れず。みるみるうちに魏兵に盾を構える前列が崩されていく

 

「兄者っ!」

 

「応っ」

 

援軍から高速の馬術で一人突出した一馬は兵の海を駆け抜け、男の元へと駆け寄り手を伸ばす

男はその手を取り、一馬の後ろへ乗り込むと逃走する関羽と甘寧を追い立てて行く

 

「着いて来い凪、真桜、沙和。兵は大きく展開、城から敵兵を追い払えっ!」

 

【了解っ!】

 

呉蜀の前衛を突破し、数名の兵と凪達を率いて逃さんとばかりに退く関羽と甘寧を追いかけていく

 

「どうした甘寧、此処で俺を狩らねば貴様の主は死ぬことになるぞ。それとも犬の小飼では俺は狩れんかっ!」

 

男の挑発に甘寧は何度も後ろで追い立ててくる男を燃えるような瞳で睨みつけるが

関羽に肩を掴まれ、頭に上った血を下ろすように振ると、走る脚を加速させる

 

「兄者、あまり挑発して戻られると。此方は三百しか援軍が居ないのですよ」

 

「えっ!?どういう事や隊長、援軍三百ってっ!!」

 

「真桜さん、大軍に見えたあれは馬に木の枝を引かせ、砂煙を大量に上げただけなんですよ」

 

種明かしをされ、絶句する真桜達。その顔を見て大笑いする男

そう、突然現れた五万近い兵は三百の兵士と三角陣をつかったブラフ。間隔を大幅に開けて一馬を先頭に

兵を三角に配置し、木から切り出した葉の付いた枝を馬に引かせ、まるで大軍が迫っているかのように見せたもの

 

実際は兵など三百のまま、恐らく甘寧は思ったことだろう

三百の兵を突然増やした。天の御使という名は嘘ではない、妖術や仙術を使いこなす者だと

 

笑う男は一馬の操る大宛馬の尻を剣で叩き、加速させる

 

「こういう時はわざと挑発するのが正しいんだよ。変に縮こまって居たら逆に見破られる

そこそこ追い立てたら退くぞ」

 

そう言って敵に追いつくか、追いつかないかと言ったところで兵の速度を調節し

時には急速に進撃速度を上げ敵の恐怖を煽っていく

 

男の目は逃げ惑う敵兵の動きを捕らえ、恐怖や焦り、その心情を読み取り一馬達を微妙に調節していく

 

陣が近い、敵の旗印は確認できなかったが置くならば呉か蜀の安定した将が居るはず

となればこれ以上はキツイな、黄蓋殿かあの人。何方が着ていても面倒だ

 

敵陣を確認していた男は、少しだけ嫌な顔をする。自分の持てるものが通用しない相手

其れが呉と蜀にはひとりずつ居るのだと

 

 

「陣が見えてきた。合流次第、一気に退がり河へ出るぞ」

 

陣を眼で確認出来る場所まで来た関羽は胸を撫で下ろし、兵を鼓舞して陣へと進む速度を

上げさせれば、陣に続く道に一人立つ者

 

大型の鈍重武器を片手で持ち、徳利を腰に下げ、長い髪を簪で纏め上げる長身の女性

その女性は腰の酒を喉を鳴らし煽ると、ポックリをコツコツと鳴らし退却してくる兵士に近づいていく

 

「桔梗っ!」

 

「一人でこんな所へ?陣から援軍を出してきたのではないのか!?」

 

厳顔は口元を指で拭い、走り寄ってきた関羽を見上げ楽しそうに笑う

 

「退却か、愛紗よ舞王でも来たか?」

 

「ええ、五万以上の兵を連れて。早く此処から退却を」

 

「ほう、五万以上。儂が放った斥候からは三百程度だと聞いておったが」

 

「あの砂塵は間違い無い。やはり昭殿は天の御使、兵を増やすなど造作も無い事なのかも」

 

顔をしかめる関羽に厳顔は笑う

 

「クックックッ、砂塵か。その眼で確認したわけでは無いのだな?」

 

「ええ、そんな事よりも早く退却を」

 

「儂は少し確認したいことがある。先に行っておれ」

 

「確認したいこととは?それに一人でなどと」

 

質問し止めようとする関羽の乗る馬の尻を叩き、走らせると「皆愛紗に遅れるなよ、残れば死ぬぞ」

と叫び、兵を退かせてしまう

 

甘寧はその姿に「舞王を狩るのならば私も残る」と言い出すが厳顔は楽しそうに笑い

「儂一人で狩れる訳が無かろう」と答える

 

「ならば何故残るのだ?」

 

「フフッ、儂は今から舞王と遊ぶのよ」

 

「あそぶ、だと?」

 

「喧嘩は此処からが面白い、退却戦に負け戦、どれも戦の華ではないか」

 

「馬鹿な、我らを逃すため一人で死ぬつもりか?」

 

「ハッハッハッ、こんな所で死ぬわけは無かろう。この後に大きく面白い戦が待っておるというのに」

 

また大きく、楽しそうに笑うと「早く行け」と甘寧の背をポンと押す

甘寧は厳顔に何処か黄蓋と似た雰囲気を感じ、目礼をすると身を翻し退却する兵たちを追いかけた

 

兵たちのもとへ走る甘寧、その背を見送り、迫る馬蹄の音に振り返ればそこには

【叢】の旗を掲げ迫る魏兵。先頭には騎馬にまたがる劉封と夏侯昭

 

武器を持ちまた一歩、一歩と迫る魏兵に向かっていく

 

 

 

「兄者、一人此方に歩いて」

 

「止まれ、全軍停止だ」

 

此方に一人歩いて来る厳顔に男は全軍を停止させ、軽く身を震わせる

 

やっぱり貴女か、あの場所に待機させるなら若い関羽と甘寧を先行させるなら

貴女しか居ないだろう。定軍山で貴女を見た時から蜀の中で貴女だけは危険だと

俺の中で警鐘が鳴った

 

どうする、前に一度対峙しているのがせめてもの救いだ。あの人の動きは覚えている

だが何故か危険だと、俺の眼が言っている。経験を積み、あらゆる人物を観てきた眼が

呉の黄蓋殿のように危険だと俺に訴えている

 

「隊長、私が行きます」

 

「いや、待て凪。真桜」

 

「え?ウチが?ウチより凪の方が・・・」

 

厳顔に拳を構え、前に出ようとする凪を止め、男が呼んだのは真桜

 

思考は読める。簡単だ【真っ直ぐ行ってぶった切る】其れしか考えていない

だが其れが逆に恐ろしい、他に何も考えていないからだ

 

普通なら幾つか考える、例えば真っすぐ行きかわされれば横に薙ぐとか

それなのに貴女から感じるものはそれだけだ

 

手が震える、さっきの大軍相手に騙し呉の使いを演じきった時よりも震え汗ばむ

 

呉の黄蓋殿に感じたものと一緒だ

 

呼ばれ近づいた真桜は男の顔が恐ろしい形に笑を作っていることの驚き

厳顔を見てそれほどの相手かと、男に促されるまま【ある物】を手渡した

 

「どうした、儂一人に全軍を止めて怖気付いたわけではるまい?」

 

「・・・」

 

立ち止まる男達に厳顔は不敵に笑を作り、コツコツとぽっくりを鳴らして近づいてくる

 

「愛紗は五万の兵と言っておったが何処にその五万の兵がおるのか

兵を増やす妖術が使えるのか」

 

ゆっくり轟天砲を肩に担ぎ、更に歩を進め、一馬は男の指示のまま厳顔とは逆方向を向き

男はその場でくるりと一馬と背中合わせに、つまり逆のりになる

 

「儂が確かめてやろうっ」

 

そういった瞬間、無拍子(ノーモーション)で担いだ轟天砲の切っ先が上段から振り下ろされる

 

ガキンッ!

 

振り下ろされた切っ先は事前に指示をうけていた真桜の螺旋槍が受け止め、凪も脚で螺旋槍を支え一撃を受けきり

同時に投げた真桜から受け取った煙玉を男は厳顔に投げつけた

 

「ぬっ!?」

 

煙玉からは大量の煙が吹き出し、辺りを煙幕で包み男と真桜をひきつれた一馬が抜け出す

 

「退却だっ!城に戻るぞっ!!」

 

退却の合図を出す男の声を聞いた厳顔は、豪天砲を振り回し、風圧で煙を振り払うと

既に手の届かぬ場所まで退がった男を見て口元に笑を浮かべる

 

「逃げるのか舞王よっ!」

 

「ええ逃げます。貴女は怖すぎる」

 

退却する兵を引き連れ、逆のりで厳顔に軽く手を振る男

視線の先には厳顔が豪天砲を地面に突き刺し、此方を見ており

その後ろからは先ほど去ったはずの関羽と甘寧が兵を全て連れてもどってきていた

 

「うわ~、あのままあそこに居たら沙和達みんなやられてたの~」

 

「ホンマや、途中からウチらの援軍が少ないってバレてたって事か?」

 

いいや、違う。甘寧や関羽殿は俺達が少ない援軍だったと気付いていないはずだ今も

気がついたのは厳顔殿。だからわざわざ一人残って戦った

関羽殿達が戻ってくると解っていたから

 

恐らくわざと言わなかったんじゃないか?俺達の援軍が少ないと

もし言っていれば、陣に居る援軍を連れず、その場で反転していたはずだ

其れならば恐怖を塗りこみ、緩急で体力を奪った呉蜀の兵は俺達の兵数でも勝てたが

一度落ち着き、新たな兵を引き連れたあれには勝てない

 

「隊長、先程のような危険な事はおやめください」

 

「ん?ああ、すまない」

 

「ホンマやで、なんとか支えれたけど、煙玉遅かったら槍ごと隊長が斬られてたわ」

 

「隊長、あの人の動きを覚えたかったのなの?」

 

「いいや、あの人の動きは前に見た。だがいくら剣があってもあの人の攻撃は避けられない」

 

男の言葉に驚く凪達。其れもそのはず、今まで男は大量の剣のある場所では霞や凪の攻撃を避け

呂布の攻撃でさえその慧眼を使い避けきっていたのだから

 

「予備動作が無いんだ、避けられないよ。思考は読めても単純な思考だけで何処に来るか解らないんだ」

 

「予備動作、というと先程の無拍子打ちの事ですか?」

 

「ああ、あれをやられると予測など出来はしないからな。凪も出来るか?」

 

出来るか?との問に凪は難しい顔をして言葉を濁してしまう。恐らくは出来ないのだろう

 

「一つの突き、蹴りだけならなんとかなりますが・・・」

 

「ああ、あの人は全ての動作を無拍子でやるだろう。どうやら其れを試された

俺は無拍子を避けれるのかとな」

 

どうやら色々と俺の眼は知れ渡ってしまっているようだな。この調子なら舞もどういったものか

調べ上げられてしまっているだろう。俺はどうやら役立たずにされてしまいそうだ

 

男は考え事をして顔を少し下げてしまっていたらしく、凪に覗かれ心配げな顔を剥けられてしまっていた

 

「あの、隊長」

 

「すまん、どうやら難しい顔をしていたようだな。俺の眼は調べられているようだ

だからますます皆の力を借りることになるとおもう。今後も俺に力を貸してくれ」

 

「はいっ!」

 

笑顔で返事をし、頷く凪達に男は笑顔を返す

 

そうだ、いくら俺の眼を役にたたないモノにされようとも俺には皆が居る

俺一人に力など元からたかが知れているものだ

 

俺の真名は叢雲。日輪の元、集まる雲と共に俺は王の願いを叶える

 

心で呟き、此方をずっと見続ける厳顔達を鋼鉄の意思が篭る瞳で見続けるのだった

 

 

 


 
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