呉では魏の動きを見つつ、迫る戦の為の準備を進めていた
蜀からは関羽が兵を連れて先に呉に入り、鳳統の指示のもと甘寧と河川での戦の練兵を進めていた
船での訓練に慣れていないせいか、関羽達は苦戦をしていた所に黄蓋が混ざり
要所要所で的確な指揮を見せ、関羽は其れを眼で盗みながら自分のものへとしていった
軍師たちは鳳統と諸葛亮に呼ばれ会議室に集まり、戦に従いての話し合いを進めていた
袁術を匿い隠していたどころか、許靖までも保護していた。このことを戦の名目とし
我らを欺いた事と同様に、天子様を誑かし奉戴したのだと
天使様を救う、そういった名目であれば蜀にとって十分に戦う理由になると
「戦の大義名分は立ったな。所で劉備殿はまだ来ないのか?」
「ええ、桃香様はもう少しかかってしまいます。全ての兵を送ってから最後に此方に居らっしゃいます」
数日前、まるで病人のようになっていた諸葛亮を見る周瑜は少し安心したように微笑み小さく息を漏らす
舞王の恐怖から立ち上がり、強い気概を見せる少女に自分の残りの命を、呉を賭けたことは間違いではなかったと
「それで、簡単な訓練ではあるが練兵が始まった今、我らを集めたのは戦の理由を話しあうだけでは無いのだろう?」
「はい、もちろんです」
周瑜、呂蒙、陸遜が卓に座り、反対側には諸葛亮と鳳統が座る。会議室も客間と同様に朱で塗られた窓枠の部屋
白塗りの壁、卓や椅子も朱の物を使った部屋。ただ一つ大きく違うことは、市が見えるような場所ではなく
城内部の死角に作られており、知らなければ誰もこの場所には辿りつけない様な場所に有るということだ
諸葛亮は友、鳳統の方へ視線を移し、目線が合う二人は頷く
「先ずは私から、舞王。夏侯昭さんの事についてです」
「やはり奴の事か」
「はい、先ずは龍佐の眼について私なりの考えと結論です」
諸葛亮の考察とはこうだ、龍佐の眼を習得する際、多くの人と面会するのは多くの人々の性格、行動を
全て型にはめていく。一つ一つ己の頭に幾つもの人の性格や行動のパターンを何通りも記憶させる
その際に一番に観る場所とは相手の目、眼は口ほどに物を言うと言う言葉が有るように
目の動きは人の感情に最も左右される場所、だからこそ相手の眼を見て性格を見抜くのだと
簡単に行ってしまえばプロファイリング、確率論を元に、大勢の人物と果ては罪人と面会をすることによって
確率の密度を最大限に濃くしたもの
動きを見切ることに関しては、戦闘の熟練者。黄蓋の考察になってしまうが、彼は相手の足を見て
予測する。武にとって歩法は命とも言えるもの。動きの全ては足から始まるということ
「なるほど、人を型にはめ確率と予測で相手を読み取るのか。だから多くの人々の面会が必要なのだな」
「ええ、私も多少は政をする際に経験で相手の行動を予測したりしますが、龍佐の眼は多くの経験と
体験の積み重ねです」
戦術よりも政寄りの諸葛亮ならではの考察であると言える其れは周瑜達を納得させた
なにせ一人で呉に入り、呉蜀同盟を成してしまったのだから
彼女が自信の経験と合わせてだした答えならば納得がいくと
「次は私ですね、私からは戦神についてです」
「舞についてか、其れこそが一番に危険視するべきものだな」
考え事や頭から知識を引き出すときの癖なのだろうか、鳳統は額に指先を当てて
胸を軽く握ると額を押さえる指先から知識を導き出すように話し始めた
実際に手合わせをした関羽や張飛の話、そして馬超の話から出した結論は
戦神は自分の持てる武器、五体の各所を兵と見立てた戦い方だということだ
「どういう事だ?」
「はい、普通の人、武人ならば五体を己の体と見るところを夏侯昭さんは兵と見て、戦術を用いて
戦う戦い方であると言えます」
「戦術?武術では無いのか?」
「武術でしたらきっと私には理解が出来ませんでした。あれは言うならば舞と言う名の戦術」
鳳統に言わせれば、男は常に相手を欺き、思考を誘導し、相手の動きを利用し戦い
体を使い孫子を体現していると。鳳統に言わせれば孫子兵法虚実篇、孫子とは譎詭
地に刺した剣で相手の動きを限定し、舞い上げた剣で相手の恐怖を煽る
宙に舞う剣に人は誰でも動きが鈍る。危険な場所を回避する動物としての本能を利用し
相手の動きを鈍らせる。複数の敵を利用し、時には同士討ちにさせ、剣の束に誘導し、体制を崩す
攻撃するときは一瀉千里に攻撃を行う。一度始まればとどまることを知らない塞きの切れた水流のように
主導権を握り、敵を操り利用し、全兵力(体の力を)を集中し攻撃する
無勢で多勢に勝つ方法を使用しているということらしい
「本当に力が無いのでしょう。噂通り、兵隊さんよりもずっとずっと力が無くて、自分に有るものを
知恵を、知識を、力を全て使って、それでも力が足りない、将とは戦えない」
「力がない・・・」
鳳統の言葉に陸遜は信じられないと言った風に、口をぽかんと開けていた
噂に聞く男は確かに【武が無い】であったが男はあの西涼の英雄韓遂の首をあげたのだ
それどころか、自軍の優秀な将である甘寧の動きを封じてしまったのだから信じられないのも無理はない
「優秀な眼があっても相手の動きに体が追いつかない、だから剣を宙に回して相手の動きを鈍らせて
危険な舞う剣の中に手を入れて相手を欺いて、虚実を使って戦う。其のほとんどが嘘だけど
出来た一瞬の隙に全てを掛けて必殺の一撃を、実を叩き込む。だからこそ強く、感動を与える舞なのだと思います」
話し終えた鳳統は男の戦い方に感慨深いものがあったのだろう。力無く、己の全てを使い、それでも足りないから
身を削り戦う姿は、見たことがない鳳統の心にも考えるだけで何かを感じさせるものだったのだろう
僅かではあるが、交流のあった呂蒙も同じように少し顔を伏せ複雑な顔をしていた
「つまり、舞王を倒すには戦術を攻略出来る軍師。そして将のような武力を持った人物だということだな」
「ええ、そのとおりです。私と雛里ちゃん、そして呉の全軍を指揮する冥琳さんは無理ですから」
俯く呂蒙に集まる視線。顔を上げれば、呂蒙の周りは皆、自分に視線を集めており
陸遜までもが自分に視線を向けて微笑んでいた
「えっ、あのっ」
「戦の鍵は亞莎ちゃんが握っているということですね。期待してますよ~」
集まる視線、そして戦の鍵とまで言われ、自信の無い呂蒙は慌てて長い袖で顔を隠し
自分には絶対に無理だと俯いてしまう。呂蒙が俯いてしまうのは理由がある
大陸の、呉の行く末を決める戦い、決戦とまで言えるだろう今回の戦は決して負けることが出来ない
それどころか、彼女はこれまで此処まで大きな戦を体験したことなど無いのだから
「わ、私には絶対に無理ですっ!わ、私などよりも穏様の方がっ」
「大丈夫、武ならば私よりも亞莎ちゃんの方が上。戦術も私に迫るところまで来ています」
「そうだな、今一度武官の呂蒙に戻って貰おう」
それでも顔を伏せて、隠してしまう彼女を見て、陸遜はゆっくり席を立ち
肩を優しく掴み、自信を持ってと声をかける
彼女に足りないのは自信だけ、既にその能力は完成されていると陸遜は確信していた
自信の無さは舞王にどう映っただろう。きっと完成されない未熟な将と映ったことだろう
確率論で見るならば、自信の無さはきっと彼女の能力を小さいものに、未熟くなものに見せていたはずだと
「冥琳様。私は、いえ、陸遜伯言は呂蒙子明を推薦いたします」
「穏様っ!?」
「私は援護を、副官として亞莎ちゃんの側で兵を指揮します。よろしいですか~?」
穏やかな間延びした声だが、言葉にはしっかりと意志がこもり、驚き伏せた顔を上げれば
頭上で貴女を信じていますよと優しい陸遜の瞳が語り、視線を前にに戻せば
周瑜がしっかりと頷く、我らはお前の力を信じていると
諸葛亮、鳳統も同じように視線を向け、呂蒙は一度顔を下に向ける
脳裏には、城門で迎え入れたときの優しい顔の舞王。自分の眼を、心を軽くしてくれた優しき人物
だが、彼女は其の映像をかき消すように、顔をゆっくり何度か振ると
視線を前に戻し、力強く頷く
「やってくれるか?」
「はい、呂蒙子明。舞王誅殺の任を拝命いたします」
此処に後に神と称えられる関羽を捕らえし獅子は完成をした
後ろで肩を掴む陸遜は嬉しそうに顔を柔らかいものに変え、周瑜も呉の将が一人完成をしたと口元を
少しだけ笑に変え、諸葛亮と鳳統もまた彼女を鍵とした戦の図を其の頭に描きはじめる
「では次に愛紗さん達の練度を更に上げるため、新野に兵を移してきた魏の人たちに一当てしちゃいましょう」
「うむ、実践を使って練度を上げ、更に赤壁とおびき寄せるのだな」
「ええ、それと敵さんから矢を拝借しちゃいます」
「拝借?矢は船軍で重要だから多く欲しいところだが、拝借するとは間者にでも盗ませるのか?」
「いいえ、藁人形を幾つか用意してくだされば十分です」
突然藁人形を用意しろとの言葉に呂蒙も陸遜もそんなモノを何に使うのかと首を傾げていたが
周瑜だけは「なるほど」と口元を笑に変え、鋭い眼で諸葛亮を見る
なかなか面白いことを考えるのだなと
「では関羽の兵以外に我らの船を数隻、兵を数名、船を動かせるだけ貸しだそう」
「はい、有難うございます。魏の曹操さんは必ず大量に手に入れることが出来るはず
魏の貿易手腕は素晴らしいですから、呉に入った時に市を見ただけで十分解りました」
藁人形、兵を船が動かせるだけ、それで合点がいったのか陸遜と呂蒙はなるほどと頷いていた
魏をおびき出す際に空船に藁人形を着け、わざと矢を受けて其の矢を拝借する
実際に訓練する船は空船の後ろにつき、当たる際に前に出て戦う
空船は矢を受けた後、すぐに後方に下がり呉に帰れば無傷の矢が大量に手に入ると言うことだ
「凄いです。そんな方法で敵から矢を奪うだなんて」
「これで矢を作る職人に兵を当てなくとも良くなりましたね~。編成も少し変えましょうか」
「では襄陽に関羽達を進軍させ、奴らを江夏におびき寄せる。その間に残りの蜀兵に船軍に慣れてもらおう」
将達は頷くと、自分たちの役割を確認し、竹簡に自国の兵たちに飛ばす文を書き記した
【呉を欺き宿敵袁術を匿い、天子様を私欲で操る逆賊を討て】と
玉座の間に孫策と、呼び出された孫権が二人だけで立っていた
途中まで甘寧が孫権の側に居たのだが、孫策が妹と二人きりにさせてくれと言って
甘寧は頷き、静かにその場から去っていた
孫権は急に呼び出して何の用かと少し、姉を不思議そうに見ていたが
姉は妹をただ、温かい眼差しで見詰めるだけ。真っ直ぐに見つめられ続け、孫権は少し照れてしまい
目線を外し、自信を抱きしめるように腕を組んでしまう
「ど、どうしたのですか急に」
「フフッ、ごめんね。これを渡そうと思って」
そう言って差し出されたのは孫策が何時も携えている剣。呉の王たる証、父祖の代より受け継がれし剣
南海覇王。孫権は剣を見て驚く、其れを渡すということは王を譲ると言う事に等しいからだ
「何を、その剣は呉の王たる証。私が受け取るわけには」
「あ~、違うのよ。これは貴女に預かって欲しいの、私は今度の戦で前に出る。その時、剣を無くしては
いけないから貴女に預けるの」
急にそんな事を言う孫策に戸惑うが、孫権は少し強い眼で姉を睨む。今までも大きな戦でその剣を握って
前に出ていたではないかと。嘘をついて、変なことを考えているのでは無いのかと睨みつけていた
「嘘でしょう。私は剣も王も受け取りはしません」
「違うの。次の戦、私は母様と共に戦う。だからこの剣は貴女に預かって欲しいの。
もちろん、そういった意味もあるわ。私が倒れたとき、貴女がこの呉を継ぐのだから」
「えっ母様?」
その時、玉座の間の扉がゆっくりと開き、黄蓋がその手に一振りの剣。そして美しく光り輝く白銀の鎧を持ち
孫策の側に寄ると、その光り輝く白銀の鎧を孫策の体に纏わせる
「ようやく堅殿の鎧を着けるに相応しい王になられた。最早小覇王と言う名は相応しくありませぬな」
「祭にそう言ってもらえるなんて、明日は雨かしら」
二人は笑い、孫堅が纏いし白銀の鎧を孫策に纏わせ、真紅の頭巾を右腕に巻きつける
勇敢にして剛毅と言われた孫堅を彷彿とさせる姉のその姿に孫権は身震いをし、ただ見とれていた
「ようやくこの剣を策殿にお渡しできる。堅殿との約束でしたからな、儂の眼で王に相応しい人物になったときに
渡してくれと」
そう言って差し出されるのは太く肉厚で、一目で重量のあると解る古錠刀
孫策は黄蓋に南海覇王を渡し、古錠刀を受け取ると鞘から抜き取り、両手で持ち真っ直ぐ構える
美しく、鎧と同じように光を放つその剣はまるで亡くなった孫堅をそのまま映したかのような雰囲気を纏う
「私が最初に見たときは刃がボロボロだったはずだけど」
「この日の為に職人に刃を研がせました。その古錠刀は普通の剣とは違っておりましてな。いかにあの舞王の持つ
宝剣とてこの古錠刀を破壊することは出来ますまい」
腰に手を当てて豪快に笑う黄蓋、其れを聞いて「流石母様の剣」と笑って鞘に収め
黄蓋から南海覇王を受け取ると、もう一度妹に差し出す
自分は母と共に戦う、自分の器を広げ、私よりも大きな人物に、王になりなさいと
「あっ・・・嫌ですっ!私に王など、王には姉様が相応しい、私などっ!」
孫権は何かに気がついたように孫策に目線を向ける。こんなことを言い出すなど
もしや姉は死ぬ気ではないかと、必ず勝たねばならぬ戦。その生命をかけて呉に勝利をと
考えて居るのでは無いのかと
「もしや姉様は死ぬ気なのですかっ!?そんなっ」
「フフッ、死ぬ気など無いわ。だけど絶対に死なない、なんて言えない。だから私は最悪の事を常に
頭に入れて戦うの」
「嫌です。聞きたくないっ」
耳をふさいでしまう妹の手を優しく掴み、両手で優しく包むと目線を合わせて優しく微笑む孫策
「母様が死んだ時、人は簡単に死ぬんだとよく解った。その時、私は力が無かったから多くの人を苦しめてしまった
袁術の元に居たとき、私がもっと強ければ、皆は苦しまなかったんじゃないかって」
「・・・」
「だから、もし私が居なくなった時、誰も力が無いままじゃ、誰も王を継ぐ人が居なかったら
呉の皆は、私の好きな町のおじいちゃんやおばあちゃんはたくさん苦しむ。そんな事は嫌なの」
ゆくり自分の妹を優しく抱きしめ、頭を撫でる。愛おしいものを、大事なものを扱うように
抱きしめられる孫権は、少しだけ目尻に涙を溜めていた
「死ぬ気はない、だから預っていて私が無事に戻ってこられるように」
「・・・ごめんなさい姉様。私が舞王に、全てを見られてしまったから」
言葉から全てを理解した孫権は涙が頬を伝う。全てを見られ、本当とも嘘とも取れない言葉の残した舞王
「戦場では真っ先に狙う」との言葉を思い出す。自分は前に、姉の隣に並んで戦うことは出来ないのだと
自分の不甲斐なさ、未熟さをかみしめる孫権の頭を優しくなで、体を離すと再度剣を差し出す
孫策の眼は、そんな事は関係ない。信じる自分の妹に全てを、自分が居なくなった時、王を託したいと
語り、孫権は頷き剣を受け取る
「孫権仲謀、確かに剣を預かりました。ですが私が頂く呉の王は姉様だけ」
孫権は鞘から南海覇王を抜き取るとその剣で自身の長い髪を切り落とす
「この剣は必ず呉王の元へお返しいたします。舞王の眼に映った私を、私は超えて見せる」
赤壁までに己を変える、高めると姉に誓い、剣に誓い、黄蓋を証人とし
鞘に剣を収め、腰に携えた
孫策と黄蓋の前に立つ孫権は、未熟で未完であった器の完成された、王孫仲謀の片鱗を見せるもので
その姿は、孫策の見た、妹の未来の姿に近い物。嬉しそうに微笑む孫策
「蓮華に感じた勘が此のまま当たってくれると嬉しいわね」
「む、策殿の勘が外れることなど無かったはずじゃが」
「うん、実はね。あの人が来るまで私、なんとなくそろそろ死ぬって感じてたの」
己が死ぬはずだったと言う孫策に黄蓋と孫権は酷く驚いていた。孫策の勘はほぼ絶対的なものであり
人の生死に関しては驚くほど当たる。だからこそ戦場で勘を頼りに戦えるのだ
死の道と生の道が見えるのならば、戦でこれほど強いものは無いと
だが其れがどういったことか、夏侯昭が目の前に現れた時に消えてしまったというのだ
自分に迫る死の予感が
「どういう事ですか?」
「解らない、もしかしたらあの人が私が死んじゃうのを助けてくれたのかもね」
「・・・許靖のことじゃろうか、それとも袁術」
思い当たる節を口にする黄蓋、孫権は確かに袁術と許靖を無力化し、魏の民として迎え入れた事を思い浮かべる
もし、魏に入らず。彼女たち二人が自由に動き回れるとしたら、姉の言うとおり、暗殺か
もしくは何か違う手で姉は殺されていたのではないかと
二人を魏の民とした舞王は姉を救ってくれたのではないかと
「姉様、もしや」
「そこまで・・・多分そうかも知れないけど。其れを言ってしまったら私は戦えないわ」
「確かに、それでは余りにも恩が大きすぎる」
手のひらで妹の続く言葉を制した孫策は、目を伏せる。黄蓋もまた首を振り、自分の考えをかき消す
考えてしまっては戦えない
きっと袁術も許靖も既に呉に対する恨みなど無い事だろう。だからこそ孫策の自分に対する死の予感は消えていた
国を立て直すほどの援助、それどころか王の命を救った相手となど戦えるはずはない
そして舞王を通して曹操という人物の大きさを、器を見てしまう。噂で聞く罪人や賊を受け入れる王
袁術や深い恨みを持つ許靖を受け入れ、其れを癒し、呉と同盟を組めるようにまでしてしまう
曹操という人物の深さを
舞王がしたこと全てを容認し、受け止めているのは魏王曹操。王が認めているからこそ舞王は自由に
雲のように動き、戦を止めるため動いていたのだと
「いずれにしろもう動き出したわ。この戦に勝たねば呉の未来は無い」
「ああ、結局は想像だけであって、策殿を助けたと言えぬからな」
「ええ、だから私が死ぬかもって勘は外れたってこと。だから次の戦も死にはしない。剣、無くしちゃダメよ」
頷く妹の頭を撫で、孫策は軽く手をヒラヒラと振ると部屋の外へ出ていってしまう
孫権と黄蓋は、其の何時もの奔放とした姿に軽く笑い、王の後ろ姿を見送っていた
・・・・・・
誰もいない廊下に孫策の足音が響く、しんと静まり込む廊下の中央で急に立ち止まると
彼女は古錠刀を握り締め顔を伏せて下唇を噛み締める
「・・・私の命を救ってくれたのなら冥琳のことも救ってよ。戦を広げた事を怒っているの?」
剣を握り締める手にさらに力が入る。下を向き、体を曲げる彼女の頬からは輝く雫が流れ落ち
地面をぽたぽたと濡らしていく
「今から止めれば助けてくれる?それとももうダメかな。貴方は怒ると冷たいものね、敵になっちゃったし」
孫策は耐え切れずその場でしゃがみ込み、膝を抱えて泣きはじめてしまう
「・・・ずるいよ。貴方が私の前に立つまで死ぬと思っていたから、冥琳と一緒だって」
そこに居ない誰かに訴えるように呟くと、孫策は誰もいない廊下で古錠刀を抱きしめて
一人声を殺して涙が枯れるまで泣き続けていた
自分の親友を、愛する友を救ってくれと
そのころ魏では凪達が新野へと移動を開始していた。真桜だけは工作部隊と職人を半数率いて先に出立し
既に船の作成を進めていた。残りの半数は江夏に送り込み、後から到着する本隊用の大型の船を製作していた
新城では秋蘭が中心となり、春蘭と霞の兵を鍛え上げ、一馬は詠から記された練兵法を元に突騎兵の兵科を作り上げ
男は鳳と共に矢を集め、季衣と流琉に矢を運ぶのを手伝ってもらっていた
「悪いな、流石にこれほど大量の矢だと運ぶのが容易ではなくてな」
「いいよー、ボクの部隊も秋蘭様に訓練してもらってるし、動ける人は少ないからね」
「兄さまには何時もお世話になってますし、今は大事な時ですから私も季衣も手伝えることは何でもします」
そう言って商人から引き渡された大量の矢の束を軽々と持ち上げ、荷車に乗せていく
四千ほどあった矢は見る間に荷馬車に積み込まれ、其の様子を見ていた鳳が笑いながら手を叩いていた
「いやー凄いね!始めて二人の怪力って奴をみたけど、これ程とは思わなかったよ」
「こんなの普通だよ。春蘭様なんて、ボクの倍はもって歩けるよ」
季衣の言葉に驚き、自分と同じように手を叩く商人を見た鳳は、ニンマリと悪そうな顔をして笑うと
矢の束を見上げる商人の顔の前に急に飛び出て獲物を見つけた猫のように目を光らせ迫っていく
「んふふ~、いいもの見たねぇ。普通は見れないよねぇ~こんなの。魏の武官の底力、側近の将の強さ」
「え、ええ、まあ・・・」
「だよね、だよねぇ。こんなに良い物を見て、商人ともあろうものがまさかタダで帰るわけ無いよねぇ」
少し怖い表情で迫る鳳に、商人は圧倒され体を仰け反らせ汗を流す。その姿を見て呆れる男と流琉
笑う季衣
「見世物だって、楽隊だって、聞いたり見たりしたら料金が発生するもんだよ。そこに来て優秀な、
それも魏に矢を卸す程の大商人様が何も払わないってことは・・・・・・無いよねぇ」
「あ・・・ははっ・・・ははははっ・・・・・・」
乾いた笑いを浮かべ、其れを確認した鳳はパッと顔を放し、両手を広げて首を傾げる
其れも満面の笑みを浮かべて
「ふぅ、解りましたよ。魏の許楮様と典韋様のお力をこの目で見せていただいたのですから、矢の代金を少し
おまけいたしましょう」
「フフッ、ありがと~!流石、話がわかる」
「貴女は何時も強引なんですから、全く」
そう言って少し不満げな顔をする恰幅のいい商人は、本気で不満でもなく。鳳の少々強引な取引を
楽しんでいるようであった。顎の髭を撫でながら、鳳が指でこれくらいおまけしてと意思表示知するのを
苦笑いを浮かべて良いですよと頷いていた
「すまないな、こんなに安くさせてしまって」
「良いんですよ。何時も此方もお世話になってますし、それに魏には勝っていただかないと」
商人の口から出た言葉に男は少し首を捻る。彼らにとって戦があれば儲かるものだから
何方かの国に肩入れするようなことはあまりしない、其れをしてしまえば戦が終わった後
敗戦国に肩入れした商家は潰されてしまうからだ
「曹操様の統治で行商はしやすく、取引もやりやすくなりました。安心して商いが出来るのも全ては
曹操様のお陰、私達商人だって人が死ぬのは嫌ですからね」
「そうか、そう言ってもらえると仕えている俺達は鼻が高い」
「それに貴方様が呉に援助をしていたことは商人は皆知っております。だからこそ余計に勝っていただきたい
我ら商人は物の恩と恨みを覚えていますから」
商人はそう言うと、頭をペコリと下げて自分の連れてきた商隊の元へ走り、食料を運んできた
行商人から饅頭や果物を受け取ると季衣と流琉に渡していた。魏を支える素晴らしい将に
そして良い物を見せていただいたお礼ですと
「兄ちゃんっ!これ貰って良いの!?」
「ああ、ちゃんとお礼をするんだぞ」
男は微笑み、頷くと季衣は顔を輝かせて商人から貰ったものを頬張っていた
其れを横目で微笑みながらチラリと確認する鳳は、直ぐに納品された矢の確認を行い
竹簡にかかった費用と本数等を書きこんでいく
「兄さま季衣がすみません」
「良いんだよ、好意は受け取っておくべきだ。それに季衣も随分と行儀が良くなってきた」
流琉は自分の親友が行儀の悪いことをして男を困らせては居ないかと駆け寄り頭を下げたが
男は優しく頭を撫でて、微笑んでいた
「はい、前はお礼もそこそこで食べ始めてました。最近は私が作った料理をこぼさなくなってきましたし」
「良い事だ、季衣も成長しているということだろう。もちろん流琉もな」
「えっ、私もですか?」
「ああ、次の戦、頼りにしているよ。俺と手合わせしたことは次の戦で必ず役に立つ」
頼りにしていると言われ、顔を赤くする流琉。そんな男の声が聞こえたのか、鳳は後ろを振り向けば
男が自分のほうを見て頷いていた。この間言ったように、今まで以上に皆を頼ってくれているのだと
「昭殿、此処に居ましたか」
「稟、どうした?」
稟は男を探し、各所を回っていたらしく、珍しく少しだけ息を荒らげていて
男を見つけるなり、竹簡を渡し男の腕をつかもうとしたが、その手は止まり
男の袖を掴んで引っ張っていた
「もう今日予定されていた矢の購入は済んだのでしょう?此処からは私が貴方に戦術を授ける時間です」
「へ?」
「風が貴方の所から外れた今、次の戦で其の綻びは必ず出てしまう。ならば貴方が其れを補うのです」
「いや、ちょっと待て。俺が戦術なんぞ授かっても巧くやれないぞ」
「貴方の舞を風から説明されて確信しました。貴方の舞は自分を兵を見立てた孫子でしょう?ならば
私が戦術を授け、其れを実行する事ができるはず」
呆気に取られる男に稟は「華琳様を勝利に導くため、貴方の舞台を私が演出します」と意気揚々に男の袖を
引っ張り、珍しい光景にその場で呆れ固まる鳳達を置き去りに城へと走る稟と男
「良いですか、貴方が諸葛亮の気を自分に逸らし戦を進める策を出したなら、貴方は既に策の一部なのですから
私の戦術を少しでも頭に入れてもらいます。動きがズレてしまっては敵に見破られてしまいますから」
「わ、解ったからそんなに引っ張るなよ」
「ダメです。今は少しでも時間が惜しい、そうだ!城に戻るこの時も無駄には出来ません、走りながら覚えてください
良いですか船戦に置いて矢の重要性は・・・」
その後、稟に椅子に縛り付けられ山のような竹簡を無理矢理に記憶させられる男の姿があり
男は「前に尻を叩いた仕返しか!?」と叫んだが、稟は何のことやらと話を流し
秋蘭が何時までも帰らない夫を心配して、探しに来たところグッタリと机に倒れこむ男と
知識を存分に披露、そして叩き込んで鼻血を流し恍惚とも言える表情をする稟を目の当たりにして
勘違いをした秋蘭に胸ぐらを掴まれ、誤解を解くのに深夜までかかった男の姿があった
Tweet |
|
|
58
|
18
|
追加するフォルダを選択
今回は呉の話が多いです
前回のアンケートに対するコメントありがとうございました
今日で締め切らせていただきます
続きを表示