アリス・マーガトロイドは早朝から額に手を当て、軽く嘆息した。
その視線の先では、地面に「面白いものだから、お前に贈る」と書かれていた。
そして、それに続いて矢印が引かれ、矢印の先には大きな箱形の物体がいくつか置かれていた。
また魔理沙の仕業だろう。そういえばいつだったか、神社に顔を出したときに霊夢から魔理沙がコンピューターを香霖堂で買ったとか聞いた。魔理沙のことだから、死ぬまで払わないツケ払いになるのだろうが。
何でも、コンピューターとは外の世界の式神らしい。
だが、そのコンピューターがこの幻想郷で動いた例は無い。どうやら魔理沙も動かせなかったようだ。
「だからって、私のところに持ってくること無いでしょうが」
取り敢えず、いつまでも外に出しっぱなしにしておくのもよくないだろうと思い、アリスはコンピューターを家の中へと人形に運ばせた。
アリスが香霖堂の店内に入ると、やはり今日もごちゃごちゃと訳の分からないものが転がっていた。少しは整理した方がいいと思うのだが、本人にその自覚が無い以上は言っても無駄なので彼女にもそれを言う気はない。
「お邪魔するわ」
「やあ、いらっしゃい。何かお求めで?」
「いいえ、今日は別の用事よ。もっとも、外の世界の本か人形があればちょっと見てみたいけれどね」
霖之助はカウンターに座りながら、難しい顔を隠そうとしなかった。アリスの背後でゴリアテ人形がコンピューターを抱えているのだが、どうやらそれが原因らしい。
アリスは苦笑を浮かべた。
「数日前、魔理沙が私のところに無理矢理に押し付けてきた物だけれど、別にこれを返品しようとか売りつけようとかいうつもりじゃないから、警戒する必要は無いわ。私も調べてみたんだけど、ちょっとこのコンピューターのことで、霖之助さんの見解を聞いてみたいと思ったのよ。……って、あら? あなたも来ていたのね。丁度よかったわ」
商品(?)の奥の方で色々物色していたので、隠れて見えなかったのだが、東風谷早苗の姿をアリスは見つけた。アリスに声を掛けられて早苗はその場から立ち上がり、前に出てきた。
「あなた、外の世界からこっちに引っ越してきたのよね? なら、やっぱりこのコンピューターのことは詳しいのかしら?」
アリスの問いかけに対し、早苗は曖昧な笑みを浮かべた。
「あー、その……だいたいの使い方なら分かりますけど、仕組みの方は聞かれてもあまり詳しくはないんですが……」
「今日、僕も霊夢から彼女を紹介して貰って、この話を聞いてね。だいたいどんな風に使うのか知ったところだ。ただ、聞かせて貰った限りやはりこの幻想郷でこれを使えるようになるのはまだまだ難しいらしい」
霖之助も肩をすくめた。アリスの目的が返品ではないと聞いて、少し表情は和らいだが、それでもまだ難しい顔をしているのはそっちも原因だったようだ。
「それで十分よ。それで聞きたいんだけれど、これってやっぱりこのキーボード? とか言ったかしら? それで命令するの?」
アリスの質問に早苗は頷く。
「はい、このキーボードでコンピューターにやってもらいたい作業を命令して、その作業の結果をこっちのモニターで表示させます。もう少し詳しく言うと、作業の結果はモニター以外でも行うんですけどね。文字や写真を印刷するっていう作業の場合はプリンタが行いますし、音楽みたいに音を出すのはスピーカーがしますから」
「生憎、それもすべて電気が……それもエレキテルとは比べ物にならないくらい強力で且つ安定した電気が必要らしいから、それを試すのも当分は出来そうにないようだけれどね。山の河童達が、色々とその技術を開発しようとしてはいるそうだけど」
霖之助は苦笑混じりに嘆息した。
「電気? って、あの雷とか、天人の従者とかのあれと同じよね?」
「はい。流石に雷ほどには強力な物は必要ないですけど、電気をそのコンセントから送ります。そして、コンピューターは電気のエネルギーを使って動くんです」
「しかも、携帯電話もゲーム機もデジカメもその電気がないと動かないらしい」
「いいじゃない。そのうち使えるようになるかも知れないんでしょう? それはつまり、売れるようになる可能性が上がったって事じゃない」
もっとも、そうなったらそうなったで今度はまた売り物にするかどうか疑わしいのがこの店主なのだが。まあ、在庫は山のように転がっているようだが。
「でも、それを聞くとやっぱりあれね。動力源が魔力か電気か、命令を何によって送るかは違うけれど……変な言い方だけれど、これは箱の形をした人形みたいね」
アリスの言葉に、霖之助は眉をひそめた。
「やれやれ、君も魔理沙のようなこと言うんだね。これは式神だよ。式神は使役者の命令通りに動くものだ。でも人形は操っている人形を動かすために命令を送るんじゃなくて、使役者が指や手を動かす必要があるだろう? つまり、作業を実行するのが式神……命令を受けたものか、それとも使役者自身かという大きな違いがある」
しかし、霖之助の解説に対してアリスは首を横に振った。
「別に霖之助さんの解釈が間違っているとかそういうことを言いたい訳じゃないわ。ただ、私なりの解釈を言いたいだけなんだけれど。式神って『パターンを創ることで心を道具としたもの』でしょ? でも、このコンピューターって生きてはいない『物』よ。『心』というものの定義をどうするかによってまた解釈が変わっちゃうから、そこで議論する気はないけれど、私はこのコンピューターに心は宿っていないと思っているわ。そういう意味で、これは式神の定義から外れている。コンピューターを式神というのは霖之助さんの解釈であり喩えよ。これは式神のようで人形のようでもあり、そしてどちらでもない『コンピューター』としか呼べない物だと私は思うわ」
「なるほど、そういう意味か。魔理沙も勉強はしているけれど、君もきちんと勉強しているようだね。言いたいことはよく分かったよ、まあ、魔理沙はここで間違っていたんだけどね。それを買ったとき、式神と人形を頭の中で一緒にしていたんだ」
早苗も頷いてアリスに続いた。
「そうですね。私もさっき、霖之助さんからの説明でそこがちょっと引っかかっていました。式神に凄く近いとは思うんですけど、本当にそういうことでいいのかなって。ただ、人形って言ってしまうとそれもまた違う気はしまうけど。人の形じゃないですし」
そこで早苗は小首を傾げた。質問があります。と小さく手を挙げる。
「でも、さっきはアリスさんはコンピューターを人形みたいだって言っていましたけど、それはどういう意味なんですか?」
「ええ、そうね」
ゆっくりと、傷つけることのないようにゴリアテ人形が抱えていたコンピューターやモニターを床に置き、その脇にアリスは移動した。
「人形を操る魔法についてだけれど、この点で霖之助さんは知らない部分があるみたいね。魔法で人形を操るっていうのは、別に術者がすべて作業を行う必要は無いわ」
「何だって?」
「さっき私はこの子にコンピューターを置いて貰ったけど、そのためには指一本使っていないわ。魔力の糸を通して『下ろせ』って『命令』を伝えただけよ」
アリスの説明に、早苗は目をぱちぱちと瞬きさせた。いまいちよく分かっていないらしい。霖之助は長年の自分の理解からはまるで想像していなかったのか、目を丸くしている。
「だってそうでしょう? 人形を歩かせるのに、いちいち右足出して左足出して、両手を振らせて……みたいな操作をするのは面倒じゃない」
「……ええと? 君はそれをやっていたんじゃないのかい? それも、いくつもの人形に対して同時に」
「違うわ。さっきも言ったけれど、魔力の糸を通して命令を伝えているだけ。そして人形は命令に従ってあらかじめパターン化された動作を実行するだけよ。それでも、いくつもの人形を同時に操るのは、同時に命令を伝えるって事だから頭が疲れるけど」
アリスの説明に、こくこくと早苗が頷く。どうやら彼女は理解したらしい。
「なるほど。それは確かに、コンピューターに命令を送るのに似ていますね。実際に術者が操作するんじゃなくて、命令を送るだけなんですよね? 例えばこのゴリアテ人形さんに歩いて欲しかったら、アリスさんが『歩け』っていう命令を魔力の糸を通じて送ってあげるだけで、歩いてくれるわけなんですね?」
「その通りよ。歩くという動作をこの子に実現して貰うために、私がこの子の右足や左足を自分の手を使って動かす必要は無いわ。『足を交互に出す』『両手を振る』『転ばないようにバランスを取る』といった細かい命令をすべてまとめた『歩け』という意味の魔法を糸を介して送るだけ。人形を操る魔法には必ずしも特別な人形は必要ないの。普通の人形でもいいくらいよ。重要なのはむしろ、命令を送る糸、命令そのもの、術者の処理機能の強化……そっちの方よ。そして、そっちが実際に開発し研究する魔法でもあるわ」
アリスの説明にようやく得心がいったのか、霖之助は感嘆の息を漏らした。
その一方で、早苗は「アリスさんの魔法があれば、また巨大ロボの夢にまた一歩☆」などと呟いて目を輝かせていたが。
「そういうわけで、概念的にはコンピューターは人形にも似た部分が多いのよ。もっとも、ここに来るまでそんな確信も無かったけれどね。それも含めて今日は話を聞きに来たのよ。このコンピューターを調べることで、私の魔法にも色々と参考に出来る部分は多そうな気がするから」
「なるほどね。ただ、仕組みについてまではよく分からないから、あまり力にはなれそうにないが、それでもいいのかい?」
「別に構わないわ。物理的な原理や仕組みが知りたいんじゃなくて、私が知りたいのは構成している概念だもの。欲を言えば、このコンピューターを分解して、どんな名前の部品があって、その部品がどんな用途で使われているのか、分かる限りでいいから一覧表を手に入れたいわね。報酬が必要なら幾らか払うわよ?」
客の頼みとあっては、商売人は断れない。霖之助はそれを聞くなり、愛想のいい笑顔を浮かべて見せた。
「そこまで言われて、僕に断る理由なんか無いよ」
それに、一覧表にまとめるということまではしなくとも、霖之助もコンピューターを分解してみたことはある。部品の用途はそのときも分かったのだが、どんな役割を果たしているのかは漠然としか理解出来なかったので、ここでアリスがどんな風にあの複雑な内部を理解し、解釈するのか興味もあった。
「あ、でもどうせなら、にとりさんとか河童にも立ち会って貰った方がいいんじゃないですか? そっちの方がもっと詳しく分解出来たりして、それに彼女も喜ぶでしょうし。白状すると、私もよく分からないので興味があります」
「それもそうね。じゃあそうしましょう」
早苗の提案に、アリスと霖之助は頷いた。
どうやらこのコンピューターを分解することで新しい知識を得ることが出来そうだと、三人は知的好奇心に胸を膨らませた。
と、そのとき不意に爆音と閃光が香霖堂の扉から起こった。
“ちょっと待った~っ!!”
香霖堂の中をもうもうと煙が立ちこめる。そして、穴だらけになった扉が大きな音を立ててその場に崩れ落ちた。
煙に巻かれながら、アリス達は店内で咳き込んだ。弾幕を打ち込んだだけとは思えない煙の量である。どうやら弾幕の他に何か別の物を放り込んだようだ。
「おいこらアリス。何お前は勝手に私のコンピューターを持っていっているんだ。この泥棒めっ!」
「げほっ……げほ……泥棒って……あんたねえ。あんたが勝手に私の家の前に……げほっ!」
ぼろぼろになった扉の上で、魔理沙が仁王立ちになって立っていた。このタイミングを見る限り、どうやら自分たちの話を盗み聞きしていたらしいとアリスは判断した。一旦手放したものの、やっぱり話を聞くうちに惜しくなったのだろう。
「あまつさえ、私のコンピューターを勝手に解剖しようだなんて、この人非人め。コンピューターだって心を持った式神なんだ。それを殺そうだなんて、なんて酷い奴らなんだ。そんなわけで、私がそのコンピューターを保護してやるっ!」
慌ててアリスがゴリアテ人形に魔理沙の迎撃を命令するが、魔理沙は素早い動きでその攻撃を避けた。これが本調子のアリスであればまた別だったのかも知れないが、この状態では雑念も混じったせいで上手く命令を伝えることが出来なかった。
霖之助はカウンターに座りながらやはり咳き込み、早苗も流れ弾に当たったのか商品(?)の山の中に吹き飛ばされていた。
そして、ゴリアテ人形の攻撃を避けた魔理沙に体当たりされ、アリスも背中から後ろに倒れた。
「あ、こらっ! 魔理沙あああああああああぁぁぁ~~~~っ! 返しなさいっ! げほっ!」
電光石火の早業で、魔理沙はゴリアテ人形の脇に置かれたコンピューターを抱え込み、店の外へと駆けだしていった。
アリスが立ち上がり、急いで香霖堂の外に出たときは、もう既に魔理沙は遠くに飛んで行っているのが見えていた。
魔法の森に、アリスの怒声が木霊した。
それからしばらくの間、アリスと魔理沙は血みどろの弾幕抗争を続けたそうな。
―END―
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東方二次創作
アリスがコンピューターに興味を持ったようです。
ただ、作者はアリスが霖之助をなんと呼ぶのか分かりません。
アリスの魔法や式神とかの解説の部分については、自分独自の設定になっております。厨二設定をつらつら書きましたが、こういうのは考えるのが楽しいです。