No.194936

恋姫異聞録99 -画龍編-

絶影さん

ついに99話ですねぇ
次は三桁の大台ですw

何時も読んでくださる皆様、本当にありがとうございます
前回のコメントにつきましては明日お返しさせていただきます

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2011-01-09 16:50:31 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:10026   閲覧ユーザー数:7756

 

「兄者、先ほど華琳様に仰った決定的になったこととは何でしょうか?」

 

華琳の個室を出た男に付き添うように歩く一馬は先ほど華琳に言った言葉が気になっていた

魏王、華琳があのような表情をすることも始めてであったし、何よりも義兄が【鬼になる】と

言ったことが気になった。一馬にとって義兄が此の様なことを口にすることは始めてであったし

真偽の程をあの黒く濁った瞳が語っているからだ

 

男は一馬の心を知ってか、歩を止めて頭を撫でる。玉座の間で華琳がしたように優しく

 

「真桜の所に行く、武器が出来ているか聞きたい」

 

「兄者・・・」

 

答えず練兵場へと足を向ける男に一馬は一歩下がった場所を歩く、其の場所からは男の顔は見えず

一馬は不安になってしまう。兄はまた何か無茶を、その心に傷を負うような事を耐えて居るのだろうかと

何時だって自分の信頼する兄は皆の期待に答えてきた、だが其れはどれほ兄の心を傷つけてきたのだろうと

 

だが今回に至っては一番に応えなければいけないことに応えられなかった

願って止まないことが、一番にしたいことが出来なかったのだ

救いのない事に、兄の心は一体どれほど傷つき怒りに燃えているのか、きっと少しだけ見えた兄の黒く濁る瞳に

全て封じ込め、抑えこんでいるのだろう。自分は兄の為に何をしてあげれらるのか・・・

 

「一馬」

 

「はいっ」

 

考え込み、顔を少しだけ下に向けてしまっていた一馬に男は急に声をかける

反応し、顔を上げればそこには振り向き、何時もの柔らかい笑顔を見せる兄

そして兄は指で隣に立てと呼ぶ

 

「何でしょう?」

 

「・・・・・・」

 

耳元で囁く男の言葉に一馬は目を見開き、声を上げそうになるが、兄が口元で人差し指を立て

静かにと言う。そう、男が一馬を隣に立てそしていきなり話し始めた訳は誰にも聞き取れない

そして周囲に人気が無いところまで移動したかった為である

 

「お前は俺の弟だ、だから話す。意味は解るな?」

 

「・・・はい」

 

一馬は言葉を無くす。兄から言われたことは思いも寄らないこと、考えもつかないこと

いや、考えることなどする訳がない。そして同時に合点が入った。華琳があのように苦痛の表情を見せたことを

そして兄があれほど眼を濁らせ、鬼になると言った理由を

 

「兄者、諸葛亮殿は」

 

「用意周到な事に諸葛亮殿の眼を覗いても魏と対する為の策が見えてこなかった

有るのは友が居る、友が来るとだけ。きっと友の頭に策の全てが入っているのだろう。流石は孔明といった所か」

 

不足の事態を考え、友一人に策を立てさせ、自分は身一つ友の策を信じ呉に入る

そこまでしていた諸葛亮の知と神算、そして胆力の・・・いや友に対する信頼に一馬は驚く

いくら兄の眼を逃れるためだといえ、己自身は何も策を頭に入れず呉に入るとは

もし周瑜に策を聞かれたときどうするのだろうと、策もない国とどうやって手を組、大国と戦うのかと

 

いや、それも計算の内なのかも知れない、もしかしたら兄が呉に入り、ようやく手に入れた情報

周瑜が病であり、後任達が育っていないと情報を手に入れており

自分たちとの同盟を拒んだりはしないと

 

一馬は身震いをする。兄とは違った異質さ、異常さ、一体どこまで見えているのだろうかと

だが一馬は目の前の男、兄の横顔を見て震えが止まる。なぜならば、其の異質な存在に兄は

自分の義兄は恐怖をその心に突き刺し、手の内に収めてしまったのだから

 

諸葛亮よ、忘れてはいまいな、我が義兄は雲を冠する者、いくら手を伸ばそうとも雲は掴めない

 

練兵場へと付けば、模擬戦を行わせている最中、凪と沙和は少し離れた所で其の様子を見ながら指揮をしていた

二人の後ろでは珍しく風が竹簡に練兵風景、陣形から戦い方を細かく書き記していた

 

「只今、真桜はいるか?」

 

「隊長、おかえりなさ・・・あの、その・・・」

 

「わー、隊長どうしたのその髪型!前よりずっと似合ってるのー!!」

 

「そうか?適当に短く切っただけなんだがな」

 

男は短くなった髪を指先でつまみ、不思議そうな顔をするが凪は顔を赤らめ硬直し

沙和は男の周りをぐるぐると回っていろんな角度から見ていた

 

無造作に切った髪は簡単にいえばウォーターショートと言った所だろうか、爽やかさとクールさを合わせ持つ

髪型に沙和は随分と気に入ったようで、苑路にも同じ髪型にしてもらおうか等と言うほどであった

 

「えっと、今帰ってきたのですか?」

 

「言ってくれれば迎えに行ったのになのー!」

 

「悪いな、また涼風に泣かれたら嫌だから伝えなかった」

 

男の心底嫌そうな顔を見て相変わらずだと凪と沙和は笑う。一馬も濁った眼はそのままだが

笑を作る男に少しだけ安心をして、笑をこぼした

 

「真桜は工房に居ます。春蘭様と秋蘭様の御二人を呼んで、なにやら新しい武器が出来たと」

 

「そうか、流石だな真桜は、俺が戻るまでに間に合わせてくれた」

 

「沙和ちょっとだけ見たけど、あの弓って本当に使えるのかなー?なんだか変な形してて矢も飛ばなそうなのー」

 

「心配無い、秋蘭ならあの弓を使いこなすことが出来る。そのうち見せてやる」

 

凪と沙和に真桜に居場所を聞くと男は安心する。呉との戦が決まったならば、二人の武器

特に秋蘭の為に作らせた弓が完成したということに

 

弓が出来あっているならば船戦が有利になる。たった一振りの弓ではあるが、戦場を

今までの戦を覆す程のことが出来る。俺と秋蘭ならば

 

二人と話していると下から視線を感じ、眼を向ければそこには竹簡に記し終わったのか

風が男をじーっと見上げていた

 

「おかえりなさい、呉との同盟はどうでしたか?」

 

「残念ながら失敗だ、呉だけではなく蜀とも戦になる」

 

「そうですか、それは残念でしたねー」

 

同盟が成されなかった事について驚く凪と沙和は男に何があったのですか?と問いかけるが

男は済まないと頭を下げるだけ。だが風は驚くこと無く何時もの調子で答える

 

「せっかく交渉の練習までしてもらったのに済まない」

 

「いえいえ、後でどの様な流れでそうなったか教えてください。戦にはもう関わることはありませんが

何か今後に役立つ助言をしましょう」

 

風はそう言うと、新しい竹簡を用意して広げる。どうやらそのことも書き記そうとしているらしい

不思議に思った一馬は首をかしげる

 

「風さん、その手に持つ竹簡は何に使うのですか?」

 

「これですか?これは今、風が登用しようと考えている方にお渡しする物ですよ。華琳様に仕える事になれば

直ぐに戦場で順応してもらわなければなりませんから」

 

「な、我らの戦術を外部に持ち出そうと言うのですかっ!?」

 

何故そんな事を?まだ味方になるか解らない人物に?

そういえば風さんを馬に乗せ、出かけた時も私は風さんが会う人物に会ったことがない

 

そう思った一馬は風を問い詰めようとするが兄に肩を軽く叩かれ

 

「一馬、真桜の工房に行くぞ。風が登用しようと考えている人物だ、信頼に値する」

 

「兄者・・・」

 

風に少しキツイ眼差しを向ける一馬の額を男は指先で軽く押す

そして凪と沙和、風に「頑張れよ、後で俺も見に来る」とだけ言って先に真桜の工房に向かって行ってしまう

一馬は兄を追いかけ、手を振る三人の一人、風に一度だけ振り返ると頭を振って兄の後を追いかけていた

 

 

 

 

工房の外では兵士の鎧兜よりも厚い鉄板が立てかけられ、二百間もの距離から秋蘭は新しい弓を引き絞り

一息で放つと立てかけられた分厚い鉄板を容易く貫通する

 

次に秋蘭は其の鉄板を重ねさせ、更に厚く重ねると先程よりも距離を短く取り、上下の長さの違う弓の弦

に引っ掛ける矢を少しだけ上にずらす

 

放つ矢は凄まじい音を立てて空気を切り裂き、重ねた鉄板を泥のように撃ち抜き後方の大木をあわや貫通する

といった所まで矢が突き刺さっていた

 

「さすが秋蘭様や、ウチが思ってたよりもずっと威力がある。あれをぶち抜くなんて」

 

「いや、真桜の作ってくれた弓のお陰だ、まさかこれほどの飛距離と威力を出せるとはな」

 

「そう言ってもらえると作った方としても嬉しいですわ。隊長から言われたときなんやこれって思ったんやけど」

 

そこまで言うと、真桜は秋蘭の雰囲気が変わり、顔が柔らかいものに変わった事に気がつく

後ろを振り向けば、そこには義弟を引き連れる男の姿

 

髪型の違う男に真桜は驚き、手を握りしめたまま止まっていた

 

「ん?なんだ真桜もか。俺の髪型そんなに変わっているか?」

 

「うんうん!めっちゃええやん!!前の髪下ろした感じもええけど、今の短い方がにあっとる!」

 

男は「有難う」と答え、撃ちぬいた鉄板を拾い上げて義弟に見せながらその威力を賞賛していた

 

「やっぱり真桜は凄いな、俺の想像を上回る弓を作ってくれたようだ」

 

「そんな事ないで、隊長が教えてくれた弓の構造が凄かっただけや」

 

「いや、その握りも矢摺籐も俺が言ったものではない」

 

やっぱり気がついてくれたんか!と喜ぶ真桜。どうやら男が教えた弓、【和弓】は真桜の物造りの心を刺激したようで

普通に作るにはとどまらず、自分の知識の持てる全てで和弓を改造して行ったようだ

 

「貼り合わせる竹も色々試して乾燥させた麻竹なんかを使ってみたし、握りは秋蘭様の手の形を型どってあるから

滑ったりせえへんし疲れにくい、矢摺籐には照準が狂わんように支えも付けた。弦は華佗から教わった春蘭様の

眼にもつこうとるしなやかさと強さを合わせ持つ蜘蛛の糸。弭にも前の弓と同じように槍をつけた

これこそウチが使い手を考え、威力を高めた最高傑作!轟天砲の上を行くウチ謹製の武器や!!」

 

よほど自信が有るのだろう、一気に語り胸を張る真桜の頭を男は凄いな、有難うと優しく撫でる

真桜は心底嬉しかったのだろうか、顔を紅くして鼻をこすり喜んでいた

 

「名は?」

 

「よう聞いてくれた!放つ矢と弾く弦が風を切り立てる音は正に雷の雄叫び!名づけて雷咆弓や」

 

「雷咆弓か、放つ矢は雷の咆哮の如し、秋蘭どうだその弓は」

 

「ああ、これならばあの黄忠と厳顔の二人が相手でも負けることは無いだろう」

 

弓に手応えを感じたのか、秋蘭は珍しく武将の名を上げ負けることはないと口にする

真桜はますます顔を笑に変え、一馬は撃ちぬいた鉄板を指先でなぞり、空いた穴を覗き体を震わせていた

 

男は秋蘭から弓を受け取り矢を番えて引き絞ろうとするが、男には少ししか引くことが出来す

とてもではないが矢を飛ばすことなど出来ないもので、やはり無理かと自分の力の無さに呆れていた

 

「隊長には無理やで、これは秋蘭様にしか使えんし、もちろん他の誰であろうとこの弓を巧く引くことは出来んで」

 

つまりはこの弓は完全に秋蘭専用の弓で有るということだ、男は満足したように頷き弓を秋蘭に返すと

男は真桜にもう一つの武器はどうなったかと聞く。もう一つの武器とはもちろん春蘭の剣

 

玄鉄剣と七星餓狼を組み合わせた新しい大剣の事である

 

期待の眼を向ける男に対し、真桜は何故か口をつぐんでしまい少し顔を俯かせてしまう

どうしたことかと男が聞けば

 

「隊長に貰った玄鉄剣なんやけど、溶かすこともできんかった・・・」

 

真桜の話では、炉の火力が足りず中途半端に少しだけ溶けた玄鉄剣と七星餓狼がを合わせてみたが巧く結合せず

刃に当てるはずの玄鉄剣がどうしても剥離してしまうらしかった

 

男はしょげる真桜の頭を撫で、一馬に「あれを出せ」と一言

 

「干将莫耶の宝剣を知っているか?干将は炉の火力を上げるため、妻莫耶の髪と爪を炉に入れたらしい」

 

懐から出したものは、兄が呉へ再び侵入する際に切り落とした髪の毛

一馬は天を冠する兄が切り落とした髪は他人が手にすれば良いことに決してならぬと集め

懐の袋に束にしてしまいこんでいた

 

干将莫耶の事を聞き、真桜は「あ!」と小さく声を漏らし、考え込んでしまう

男には眼をみずとも真桜が考えこむ理由が解る。果たして髪を入れた位で本当にあれほどの鉄を溶かし

剣に結合することが出来るのかと

 

不安な顔をする真桜。しかし男には確信に似たものがあった

 

自分の知る歴史と完全に一致はしない、だが何故か存在する堰月刀、真桜が作りし刀、玄鉄剣

己の持つ倚天の剣、青紅の剣。これらが存在するならば、宝剣の製造法も同じ工程で出来るはずだと

 

ましてや自分は天の御使とされるこの世界では完全な外界人。ならば余計に宝剣を作れる可能性は高い

 

「使ってくれ、変な話だが俺は一応天の御使だからな。ただの髪の毛だろうが商人の手に渡れば

どんな名をつけられ売られるか解からん。例えば不老長寿の髪だとかな」

 

一馬から手渡され真桜は男を見れば、男は力強く頷く

 

「ははっ、そうやな。天の御使の髪の毛なら莫耶の髪なんかよりよっぽどいいもんが出来る!」

 

真桜は手渡された髪の束を見つめ、笑い、工房へと走る

 

「隊長も来て、出来ればウチと一緒に剣を打って欲しいんや」

 

「解った、俺に出来ることなら喜んで力を貸そう」

 

男が笑顔で頷くと秋蘭はいきなり自分の胸に押しこむように抱きしめる

秋蘭の見たことのない行動に一馬は驚くが、秋蘭は気にすること無く強く抱きしめた

 

「それでは良い剣は打てまい。もう私を心配させないのだろう?その眼は何だ」

 

「・・・大丈夫だよ。抑えているから」

 

「呉との同盟は駄目だったのだな?そんな眼をして、戦で私を守ってくれぬのか?」

 

「守るさ、秋蘭も涼風も友も仲間も皆守る」

 

「ならそんな眼をするな、もう定軍山のように怒りに飲まれる事は無いのだろう?」

 

頷く男の首から腕を離し、頬に両手を添えて顔を上げれば男の顔は恥ずかしそうに少しだけ赤くなっていた

秋蘭は両手で自分の眼と合う位置に持って行くと柔らかく、優しく微笑み

何時しか男の瞳は何時もの夏の清々しい清流を思わせる美しい色へと戻っていた

 

 

 

 

真桜の後を追い、男は妻と弟と真桜の工房に入ればそこは炉の熱気で溢れ涼しい陽気だというのに

あまりの暑さで一馬は額に汗を流す

 

そんな熱気の溢れる場所に、義姉春蘭は汗ひとつかかず腕を組み一人壁に寄りかかっていた

 

「昭、一馬。帰ってきたか」

 

「ああ、只今」

 

「其の髪はどうした?」

 

「ちょっとな」

 

少しだけ驚く春蘭。だが凪達同様、気に入ったのかそれ以上は何も言うことはなかった

 

「剣はまだ出来ていないぞ、玄鉄剣が溶けないようだ」

 

「先刻聞いたよ。今から作ってやる、任せておけ」

 

首を傾げる春蘭はどういう事だ?と聞こうとすれば奥の部屋から真桜が扉を開け、ゆっくりと炉に歩いて行く

その姿は白装束に身を固め、言うなれば日本の古来の刀匠の衣装

 

いや、胸にサラシを巻いたその姿は霞そっくりに見える

 

近くにある桶一杯の水を頭から被り、手を合わせ合掌するとずっと炉に入れていたのだろう

火箸で燃え盛る炉から両腕の力を振り絞り取り出すと赤銅色になる玄鉄剣を見つめ、息を吸いゆっくり吐く

 

「ウチの作った炉は水車を使った物。この大陸の何処にもない程の火力を生み出せるものや、

それでも溶かせんのなら天の力を借りるしか無い。これより神剣を生み出す錬鉄を行う」

 

真桜の言葉を聞き、男は外套を脱ぎ、更には上着を脱いで上半身裸となり同じように水を被り、特に腕の包帯を

よく濡らしていく。そして手に持つは大槌

 

真桜は頷き、炉に玄鉄剣を挿し込み、上に燃え盛る炭を火かき棒で載せると髪を束から少しだけ取り放る

瞬間、青白い炎を上げて爆発するように燃え盛る炎。真桜は水車から絶えず送られる送風機の弁を開放させ

更に炎は燃え上がる

 

炉の下につけられた弁を火かき棒で乱暴に開くと、そこから流れ出る溶け出した玄鉄剣

 

「溶けたっ!!」

 

「当たり前やっ!隊長の髪やでっ、これで溶けんかったら炉をぶち壊したる」、

 

まるでオレンジ色の飴の塊のように下に用意された器に流れ落ち、全て流れ終わった所で真桜は細長い鉄杭で突き刺し

器から剥がし、其れを火箸ではさみ水桶に直ぐに突っ込む

 

「先ずは急冷で不純物を剥離する。次から隊長の出番や」

 

冷やされた鉄の塊を炉に入れ、又同じように髪を投げ入れ、炭を鉄の上へと載せる

燃え盛る炎、真桜の眼は次第に真剣に、炎に魅入られるように美しいものに変わっていく

 

「本来錬鉄は十五回ほどやけど五十回以上行う、玄鉄剣は見たところ不純物が多い

折り返しを多くすることで不純物を取り除く」

 

「応っ!」

 

素早く炉から鉄を取り出すと金床に置き、男は大槌を振りかぶる

それと同時に真桜の小槌が赤銅色の鉄を叩くとそれに追従するように男の大槌が鉄を叩く

鉄を整形し、柄杓で水を被せて更に不純物を飛ばす

 

「隊長なら出来るっ!ウチに動きを合わせるんやっ!!」

 

「任せろっ!」

 

整形が終わると小槌を放し、真桜は鏨に持ち変える。そして鉄を半分にするように真ん中に合わせれば

男が示し合わせたかのように寸分の狂いもなく鏨を打ち据え、鉄を真っ二つに切断する

 

切断された鉄をテコ棒に二つに重ねて乗せ、真桜はまた炉に入れ炭を優しく乗せると髪を少しだけ投げ入れる

燃え盛る炎は恐ろしいほどの火力を誇り、通常の錬鉄にはない速度で鉄が赤く溶解する

 

真桜は其れを見極め、直ぐに炉から取り出し重ねた鉄を融合させる為、槌を振るう

男もそれに合わせ槌を振るい、沸し付けという用法で鉄を結合させていく

 

飛び散る火花は矢のように、真桜と男の顔や肌に襲いかかるがモノともせずにただ槌を振るう

 

結合を見極めた真桜は金床から気合を入れて持ち上げ、直ぐにアク(藁灰)を着け、泥を鉄に被せ炉へと入れる

 

「普通の鉄と違う、結合が早いっ。直ぐに折り返し錬鉄に行くで隊長」

 

御使の髪による神火、そして水車を使った送風装置の風力が合わさり爆発するような熱量を生み出す炉

槌を振るう弟に変わり力のある自分が槌を打とうと声をかけようとした春蘭は声を失う

 

なぜならば目の前には槌を振るう弟と真桜が火花を纏、まるで神事を執り行うが如く

熱気溢れる工房に鬼気迫る槌の音色響かせていたからだ

 

魅入った春蘭の失われ義眼の入る瞳から涙が伝う、そして一言「美しい」と

 

「ええか折り返しに不純物がついたらあかん、純粋な鉄だけを合わせるんやっ!」

 

槌を打ち、水を柄杓で掛け、不純物を取り除き、舞い上がる炎に入れ同じ動作を何度も何度も繰り返す

鉄を熱し、折り畳み、何層にも何層にも重ねあわせていく

 

「玄鉄剣が被鉄や、七星餓狼が芯鉄となる。平らに伸ばして七星餓狼を受け入れる形、甲伏せにするで」

 

億を超える層に及ぶほども鍛えた鉄の塊、不純物を取り除かれ小さくなった玄鉄剣は一切其の重さを損なわず

震える手に気合を入れ、金床に置き平らに長く整形されていく

 

U字型に整形された玄鉄剣を金床に置き、真桜は刃のボロボロな七星餓狼の柄を取り外し、燃え盛る炉へ突っ込むと

玄鉄剣の不純物や亀裂、盛り上がりを眼で確認し、真っ赤になった七星餓狼を火箸で取り上げU字の玄鉄剣が

包むように七星餓狼の刃を受け入れる

 

「造り込みに入る。細かい整形はウチがする。隊長は思い切り打ち込むんや」

 

二つの剣が合わさるように祈りを込め、真桜は鉄と鉄の間に髪を入れ、外側から叩きまた炉へと入れる

瞬間燃え上がる炎、合わさる剣からは火花が飛び散り融け合うように接着部が見えなくなっていく

 

「なっ、火に入れたばかりでこんなに早く、隊長っ沸し延に!」

 

男は頷き、真桜は直ぐに炉から取り外し、刃に当てた玄鉄剣を芯鉄の七星餓狼をより包むように、完全に結合

するように鍛えていく

 

槌を水に付け、叩き、何度も何度も同じ工程、アク(藁灰)を着け、泥を着け

炉に入れ、また叩き鍛え上げる。剣が一つになるように、真桜と男は息を合わせ相槌を打つ

 

「はぁっはぁっ、剣が一つに、やったな真桜」

 

頷く真桜は厳しい顔のまま切っ先になる部分に髪を着けて炉の中へ

真剣な顔と瞳は変わらず、切っ先だけを熱すると一息に剣の切っ先を作るために斜めに切り落とす

 

「切っ先は大事な所や、ちょいと待っててや、ヤスリで成形する」

 

様々な金ヤスリを取り出し、切っ先を砥ぎ、指先で確認していく

素早く切っ先を整えるとまた炉の中に剣を火箸を使い、両手で持ち上げ入れる

 

「さて、ここからが本番。刃の打ち出しをするで、心鉄と被鉄が均一になるよう打たなあかん。

ホントなら細かいからウチ一人でやる作業やけどウチの動きを、考えをそのまま真似できる隊長なら

槌を合わせられるやろ?」

 

「ああ、お前の思うままに槌を振るってやる」

 

顔を上げ、真っ直ぐ男の瞳を見る真桜に男も応え、真桜の考え、動きをその体に映していく

周りで見る春蘭、秋蘭、一馬の目に映るのは二人の真桜

 

鉄を打ち据える姿は真桜が二人、一つの鉄を錬鉄していく姿

次第に鉄の棒は剣の形を形成していく、刃を槌だけで叩き出し、作り出していく様は正に錬金術

棟、鎬、庵を見ながら鉄を整え、片刃で肉厚な幅広の剣が出来上がっていく

 

形成が終わったのか、男は槌を置き体力の限界なのだろう地面に腰を下ろすと

真桜は、ヤスリを取り出し、熱が引きまるで黒い皮のように剣を覆う

酸化鉄を削り落としていく

 

休むこと無く一気に黒皮を剥ぎ落とし、その下からは美しい鋼が顔を出す

今度はヤスリを仕舞い、粘土、砥石の粉、炭の粉を混ぜたものを取り出し剣に盛、引土、足土、置土

などをして剣に丁寧に塗っていく

 

その眼は槌を振るっていた時よりもずっと真剣で、額からは一筋汗を流し

瞬きすることさえも惜しむように剣に土を盛っていく

 

「・・・・・・よし、丁度日も落ちたようやし、このまま焼入れに入るで」

 

外を見ればいつの間にか日は落ち、辺りを薄暗い闇が包んでいた

土を盛終えた真桜は日が落ちて温度の調節が眼で解ると言って又炉に残りの髪を全て放り

炭を火かき棒でかき混ぜる

 

切っ先、柄、刀身は全て面積が違う為、真桜は慎重に炭を寄せ、刀の形に炭を形成していく

 

真桜は息を止め、集中する。全ては此処の仕上がりで剣の出来を左右すると

 

一息に炉の中に剣を入れ、残りの髪を入れた火力で一気に熱すると何度か炉に差し入れし

剣が均一に赤銅色になったのを見極め水の中へと剣を浸け込む

 

水を蒸発させ、泡を立てる剣は水を黒い炭で汚し、刀身は汚れた水で見えなくなる

真桜は「よし」と成功した手応えを感じ、肩の力を少しだけ抜くと

 

いつの間にか出ていた月明かりに照らされた水面に紅色に輝く刀身が浮かび上がる

 

鋼がこんな色するはずがない、まさか失敗!?

 

水から上げようとするが、先ほどまで全力ではあるが持ち上げていたというのに

真桜の力ではとても持ち上げることが出来ず。ついには火箸をすり抜け水の中に落としてしまう

 

「な、なんや!?急に重なった。持ち上がらへん」

 

驚き水槽の中を覗き込む真桜。水の底には美しく薄紅色の、まるで桜のような色をする刀身が

月光を反射し静かに横たえていた

 

ふと水面に映る春蘭、後ろを振り向けば真桜の直ぐ隣にまるで何かに引き寄せられるように

近づき、立っていた

 

「春蘭様・・・」

 

薄紅色の光を放つ剣を見つめたまま春蘭は徐に水槽に手を入れ、片手で剣を掴み引き上げる

 

水槽から上げられた剣は月あかりの下、薄紅色に光る刀身を輝かせ

其のあまりの美しさに真桜は溜息をつく

 

何と美しい鋼なのだろうか、まるで少女の唇のような桜色だと

 

「これが、玄鉄剣の本当の姿。こんな色の鋼なんて見たこと無い」

 

真桜は持ち上げた春蘭を見て、そして剣を見て直ぐに水車を利用した回転砥石の所まで運ばせ

刃の作成に取り掛かる。本来は歪みや結合を見直し整形するのだが剣はそんな必要が無いと

言わんばかりに美しい反りと形を見せていた

 

「春蘭様、ちょっと手伝ってください。刃を削るだけ、ウチじゃ持ち上がりませんから」

 

「解った、指示をしてくれ」

 

水車の回転を歯車で高速化させた回転砥石に剣を当てればみるみる内に削れる砥石

一番粗い砥石を使っているというのにもかかわらず、削れるのは砥石の方

 

剣は僅かに削れるだけ

 

「次やっ!」

 

真桜は舌打ちを一つすると予備の砥石を付け替え削り始める。そうして幾つもの砥石をほとんど粉にして

刃をつければ恐ろしい程光を反射する鏡面、まるで倚天の剣、いや其れ以上の光を放つ

 

「で、できた。柄は今まで使って居た奴を直ぐに付けられる。なんたって芯鉄は七星餓狼や」

 

持ってもらったまま柄を取り付けると、春蘭は柄を持ち一振り

 

音もなく上段から振り下ろした剣は、目の前の水槽を割、一瞬ではあるが水を綺麗に真っ二つに切り裂き

大地に美しい切れ目を開ける

 

「あ、姉者」

 

「ああ、これは私の剣だ。私にしか使えない、私だけの剣」

 

驚く秋蘭、薄紅色の美しい剣の切れ味に春蘭は少し笑うと真桜に頭を深く下げる

己の命を掛けるに値する、自分の腕とも言うべき剣が手に入ったと

 

真桜は震え、涙を流し地面にへたり込む。ようやく男との約束を守れた

そして己が言うにはおこがましいかもしれないが、神剣をつくることが出来たと

 

「この剣の名は?」

 

「えっと、なんも考えとらんかった」

 

「ならば、髪をくれた昭に付けてもらって良いか?」

 

濡れた剣を布で拭きとり、腰に携えると真桜が頷くのを見て男に振り向く

男は立ち上がり、月明かりに照らされ薄紅色に光る剣を見ながら頭に思い浮かぶ言葉を呟く

 

【麟桜】

 

其の名を口にすれば、剣が頷くようにキンッと音を立てる

 

「リンオウ・・・意味は?」

 

「俺の字、麒麟の雌、麟と真桜の真名、桜を取った。麒麟は殺生を嫌う優しき獣、だが一度怒りを買えば

天雷を落とす厳格な神獣。つまりは華琳を意味する。桜は子、華琳にとって子とは民」

 

春蘭は意味を剣にしみこませるように剣の柄を握りしめる

 

「桜は民を、麟は華琳様を、私はこの剣で守ると、そしてこの刃に乗るは魏の民そして王の魂」

 

頷く男に春蘭は笑顔を、そして握りしめる剣を愛おしそうに見詰める

義弟の髪を使い、義弟から貰った剣、そして親愛なる王華琳の剣が重なる

これほど自分に相応しい剣があろうか

 

「早速華琳様に報告をしてくる。礼は後でする、有難う真桜」

 

へたりこんだままの真桜の頭を優しく一つ撫で、春蘭は工房から華琳の元へと走っていった

男は涙の痕が頬に残ったままの真桜の頬を優しく手で拭きとり、春蘭と同じように頭を撫でる

 

「秋蘭と春蘭に素晴らしい武器を有難う」

 

そう言うと真桜は安心したのかその場に崩れ落ち、寝息を立てて寝てしまっていた

どうやら寝ることさえも惜しみ、弓を作り、玄鉄剣の溶かし方を模索していたようだった

 

一馬は崩れ落ちた真桜を抱き上げ

 

「今の兄者では真桜さんを運ぶことも出来ませんでしょう。兵舎に凪さん達がいると思いますので連れていきます」

 

そう言って自分の叢の刺繍のしてあるベストを真桜に掛けて背中に背負うと「兄者をお願いします」と工房から

出ていってしまう

 

男はその姿を見送り、自分の上着と外套を着ようと振り向けば何故か秋蘭が少しだけ不満げな顔をしていた

手に持つ上着を渡してもらおうと秋蘭の元へ近づけば、秋蘭は上着と外套を抱きしめて男を見上げる

 

「・・・」

 

「どうした?」

 

「ズルイぞ、姉者ばかり」

 

完全に拗ねてしまった秋蘭は、眼を伏せて眼を合わせようとしない

工房には誰もいなくなったことで、秋蘭は控えめながらも感情を顕にしていた

 

髪を剣に使い、しかも剣を作成し、名前まで昭が付けたと

私の弓は確かにお前が考えたものだが、作ったのも名をつけたのもお前ではないと

 

抱きしめる服に顔をうずめてしまう

 

「悪かった。確かにズルイな、どうしたら許してくれる?」

 

本当に、こういう所は春蘭と一緒だと男は優しく抱きしめ許しを乞えば、秋蘭は

耳元で小さく囁く

 

男は囁きに小さく笑うと、妻の唇に軽く口付けをした

 

 

 


 
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