苦戦必至と思われた泗水関攻略は予想外の援軍によって一変していた。
被害止む得ずと正面からの攻勢を続ける我々だったが、その援軍により数を増し、大規模な作戦を実行できるようになったのだ。
曹操軍。
我等の後ろで待機していたはずだがここにきて助力の誘いをしてきたのが始まりだ。無論タダという事は無く一番手柄と作戦の指揮を寄越せとの事だが……。
「部隊を六つに分けての波状攻撃、昼夜問わず続ければおのずと相手は疲労する。そこを狙い一気に叩く作戦か」
「うん、曹操さんには感謝しないと。私達だけじゃこんな大掛かりな事できなかったもん。これで傷つく人は減るし、思ったより早くご主人様に会えそうだし、一石二鳥だね」
各部隊の配置確認を終え、安心してらっしゃるのか笑顔が零れている。
……桃香様の仰る通り、曹操の助力は願っても無い申し出だが素直に受け取っていいものか、いまだ疑問が残る。
この合同作戦の意図はいったいなんなのか。曹操は何か裏があるだろうと疑惑の目を向けていた我らに、毅然とした態度で言い放ってきた。
「安心なさいな。あなた達にとって不利になるような事は無いわ。ただこちらの都合上、早く砦を落したいの。人の厚意は素直に受け取るものよ?」
「……そうだよね、ありがとう曹操さん。私達といっしょに泗水関を突破しましょう!」
悩む中で鶴の一声ならぬ、桃香様の一声でその場は合意と相成った。
しかし、
「私達にとって都合が良すぎるのが不安ですね……。この策、曹操さんの軍隊だけでも可能なんです。なのにわざわざ助け舟を出してくれるなんて」
「あう、本当なら私達と董卓軍が消耗した後にやるべきだよね。いくら手柄がほしいからってここで無理する必要ないもん」
軍師二人も同意見なのか浮かない表情だ。いまだ互いに顔を合わせ曹操の真意を模索している。
答えが出るとも知れない問題の中、第一陣を任された二人が帰ってきた。
こちらを見るや星は溜息混じりに呟く。
「……まだ考え込んでいるのか。悩むのは分かるが何にせよ、今はこうする他あるまい」
「そうだぜ、あっちの思惑とかあたしには全然分かんねえけど、今更悩んでもしょうがないだろ?」
「短絡的な。そんな事ではいつか寝首を取られるぞ。ここは熟考を重ね、予防策を張って置かねば」
「……いえ、翠さんの言う通りですね。ここで機を逃すよりはあえて乗ってみましょう。悩みすぎるのは思考の幅を狭めてしまいますから」
「む、だが……」
「これ以上考えても憶測の域を出ない事ばかりです。もしここで反感を買って対立なんかしたら本末転倒です」
やはりこうなってしまうか、止むを得ないな。
腹を決め、桃香様に出陣の合図をお願いする
「よし、それじゃあ作戦実行ってことで。星ちゃん、翠ちゃん、それに兵士の皆さんがんばってね!」
声量は大きくないがピンと澄み切った声が陣内に響く。
「任されよ。必ずやご期待に答えますぞ」
「うっしゃ、いっちょ派手にやってやるぜ!」
呼応する兵共々気合充分といった様子で答え、意気揚々と部隊を前進させていった。
「まったく……陽動作戦だというのを理解しているのかあの二人は」
「もう、愛紗ちゃんたら。きっと大丈夫だよ。心配のしすぎは良くないよ?」
「それはそうですが……」
深手とまではいかないが、すでに手痛い被害を被っている以上、無駄に消耗するのは避けたい。かといって消極的な攻めでは敵軍の疲労という充分な効果は期待出来ない。
そのあたりの機微を加減しなくてはならないのにあいつらは……。
「……不満ならさっきのじゃんけんで勝てばよかったのだ」
「ぐっ」
出陣の順番決めのじゃんけんで同じく負け、端で拗ねていた鈴々がぼそりと嫌味を言う。
「まあまあ、順番は必ず来るんですからそこで頑張ってくださいね」
―嗜める朱里
―気遣う雛里
―いじける鈴々
―見守る桃香
―悩む愛紗
―泗水関での戦い備える星と翠
戦いは始まったばかり。今はただ全力を尽くすのみとなった。
時と場所は変わり、作戦決行から三日。いよいよ泗水関攻略の総攻撃が始まろうとしていた。
砦にもっとも近いのは夏侯惇こと春蘭率いる曹操軍。沿うように劉備軍が控えているのは突撃を春蘭の部隊が行い、劉備軍が援護をする手筈の為だ。
泗水関にはまだ反応が無い。砦攻めの陣形を組み、攻撃の合図を待つ。
いくらかの空白の後、高々と銅鑼の音が響き渡る。
怒号とともに突撃を開始する春蘭の部隊。すかさず劉備軍による牽制射撃が始まった。
雨のような矢が泗水関に降り注ぎ、門へと兵士が殺到していく。
一気に突入しようと勢いを付けた破城槌が襲い掛かる。
三日に及ぶ波状攻撃が効いたのだと、反撃がこないのをいい事に、ここぞとばかりに勢いを増す兵士達。
そして破城槌が門にぶつかった瞬間。春蘭は異変に気がつく。
なぜなら、門は破壊されること無く砦内への道は開かれたのだ。
そう、あらかじめ開けておいたかのように。
抵抗少なく開かれた門。幾度とない攻撃にびくともしなかったそれが、ただの一撃であっさりと開け放たれてしまった。
先行部隊に続き、砦内に辿り着いた時、信じられない光景が春蘭の目に映る。
「なんだ……これは」
広がるのは石造りの壁のみ、迎撃の様子も無く、動くものさえ皆無だ。
「誰もいない……だと。……そんな馬鹿なことがあるのか?」
もぬけの殻。人の気配すらない。この異常な状態の中呆気に取られる。
―かちっ
「どこへいったというのだ、董卓軍は。兵士は?華雄は?いったいどこにいる!」
動揺と、もしや逃げたかもしれないという疑惑が春蘭をイラつかせる。
感情に身を任せ、怒鳴りたてる。敵を前にしてこのような腑抜けた行動とは何事かと。
―から、から、から
「ええい、探せ!誰でもいい。この状況を説明できる奴を探し出せ!!」
春蘭の気迫に押され兵士が散らばって行く、後続からはまだ状況がわからないのか次々と兵が雪崩れ込んでくる。
―から、から、から、から、から、から、から、から、から
「……ん?なんだこの音は」
そこでようやく乾いた音がずっと鳴り響いているのに気が付いた。心なしかだんだん大きくなっているような……。
次第に音は泗水関全体に鳴り渡り、取り囲むように反響する。
そして―
―ガツン
「なっ!?」
仕掛けられた罠が発動した。
驚愕する春蘭。周りの兵達も驚きで身動きが取れない。
一面に広がる赤、赤、赤。
一瞬で泗水関が火に包まれていく。無人のはずの砦で突然に。
激しく燃え盛る炎は熱風を伴って春蘭の部隊に襲い掛かる。
「くっ!砦を捨てるつもりか!ええい、一旦戻れ!このままでは炎に焼かれるぞ!」
慌てて指示を飛ばすが、突然の出火に気が動転しているせいか兵士達の動きが鈍い。
急に反転したせいで門周辺で人がごった返している事も原因の一つか、遅々として進まない。
それどころか味方同士の押し合いで怪我人まで出ている。
ようやく外へ脱出した春蘭が見たのは更に信じられない光景。
―――本陣が攻撃を受けている場面だった。
場所は変わり曹操軍、劉備軍の本陣を挟む崖の上。そこには泗水関にいるはずの董卓軍がいた。
砦を捨てての奇襲作戦。かねてより準備してあった、長弓と崖からの高低さによる一方的な攻撃を実行する為に。
慌てふためく敵軍。砦攻めの為、隊列が伸び切った今がチャンス。まさに矢継ぎ早に降り注ぐ矢。
それを赤兎馬に跨り見下ろす北郷一刀の姿がある。
普段とは違い胴衣に白いマントを羽織っている。これは霞にお守り代わりにと持たされたものだった。
霞とほぼ同じだが区別の為、背中に大きく描かれた十文字と右下には光に反射して輝く龍の意匠がみられる。
油断無く戦場を見据える一刀に、傍に控える副官が感心した様子で話しかけた。
「見事なものですな……。正直最初は半信半疑でしたがこうもうまくいくとは思いませんでした」
「みんなが迅速に動いてくれたおかげだよ、ありがとう。あともう少し頑張れば成功するよ」
華雄との情事を終え、戦場に戻ってきた自分に、皆は驚くほど素直に従ってくれた。おかげでいまのところ予定通りだ。
「あくまでこの攻撃は足止め、深追いはしないようにみんなに確認してきてくれる?矢が無くなった人から順次撤退を開始させるのも忘れずに」
「はっ」
「それから狼煙の準備もお願い。そろそろ突入した部隊が出て行く頃だから」
伝令に指示を出し、状況確認と次のタイミングを計る。
……相手がこちらの疲弊を狙っての計略を使ってくるのは解かっていた。拠点制圧に数による絶対的有利を生かさないはずがないからな。
計略が成功してしまえば敗北は必至。それを打破する計略が必要となった。
本来なら曹操軍が仕掛けている計略はもっと大人数で実行するべきだが、味方は袁招率いる連合軍。結束なんて無いも同然だ、協力を取り付ける事も難しいだろう。
そこが突破口。
増員できないなら自軍のみで、最小限の人員投入で実行するはず。劉備軍との連携は予想外だったが、それでも分散した兵力では泗水関は落としきれない。
そこで疲弊による戦力低下に見せ掛け、少しずつ兵を砦外へ。奇襲の為に敵軍横まで送り込んでいく。
俺の中にある軍師としての記憶を最大限使って考えた作戦だ。
ただ防衛するだけでなく、長期的にみた足止めが目的の計略。
戦闘による戦力低下が激しくなる前に、奇襲での大打撃を与えたかった。
砦からでは相手は警戒し、効果的な攻撃ができない。
そもそも数を減らす必要は無い。死人ではなく負傷者が増えれば当然手当てが必要になってくるからだ。
食事の消費も減らないうえ治療の為に進軍速度は低下する。
袁招が痺れを切らせて本軍の総攻撃をかけようとしても、曹操、劉備軍の二つを押しのけて進める程、道は広く無い。
「よし、頃合だな。華雄に合図を送って!第二段階に移るぞ!」
「承知致しました。狼煙上げ!!総員撤収開始、泗水関に急げ!」
一刀は夏侯惇が泗水関を脱出したのを確認すると指示を出す。
砦上部に衝立を設置したのは防矢と落石の役割だけじゃない。本当の目的は目晦まし、こちらの移動を悟られないようにする為だ。
敵軍突入の頃合を見計らい、わざと砦内に誘い込み、無人の砦にブービートラップによる火計を行う。
簡単なワイヤー(紐)で作った時限発火装置だが、見事引っ掛かってくれた。
本陣への攻撃を始めれば炎の勢いに押され、一時撤退を選択せざるを得ないはず。
それが第二段階の狙い。無防備に後ろを見せるこの時を待っていた。
「華雄隊突撃するぞ!!我らの武を今こそ見せ付ける時!!」
無人のはずの泗水関から掛け声と共に華雄が飛び出していく、砦を包んでいた猛火はいつの間にか消え去っている。
もとより火責めに見せかけた演出用の炎だ。実際の砦への被害は無い。
華雄達は単に視界外にいただけ。狼煙を合図に、都合三回の奇襲で動きが散漫になっている敵突入部隊へ追い討ちを開始する。
これもタイミングを見計らって撤退。援護射撃もこの位置取りなら効果的だ。
順調に進む防衛戦。後は定石通りの戦術でいこう。
華雄隊の撤退が完了次第、再度、扉の施錠と強化を開始しよう。
いずれは落とされる運命なら、最後は泗水関を破壊して足止めする手もあるしな。
一刀は帰還途中も、最善手への思考を止める事は無かった。
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第八話をお送りします。
―甦る“軍師としての自分の記憶”―
開幕。
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