北郷一刀は凡人だった。
能力値は中の中。
例えるなら“エルフの剣士”とか“ピジョン”とかそんな当たり障りの無い感じのノーマル属性。
使えないわけではない。彼らだってやれば出来る子なんです。
……それはともかくとして、まずは自己紹介から。
名前は先の通り、北郷一刀。
性別:男。
体型は中肉中背がけど最近は筋肉もついてきたので学生にしては見事なプロポーション。中の上くらいはあるんじゃない?
肝心要の顔立ちは整ってこそいるが、おしゃれ関係に気を使う性格ではないのでこれも中の上レベルぐらいで留まっている。
それらを加味した上で運動神経が高いわけでも勉強が出来るわけでもないので、ごく普通の人生を歩んでいる一般的な青少年といっても差し支えないだろう。
自分に不満は無かったし、誰かに迷惑を掛ける事もないから人畜無害。
もしそんな自分が仮にゲームのような物語に登場するとしたら町人Aあたりが妥当な線だと思う。
「ようこそ旅人さん ここはアリ○ハンの町です」
なんてテンプレセリフをその場で足踏みしながら繰り返す役回りが相応しい一般庶民。いわゆるモブキャラ、NPC。
だけどただ一点、他の人間と違う事情が俺にはあった。
それは普通だった人生を大きく変化させるほどの影響力を持ち、その他大勢の人間を巻き込むような一大事件……。
場所は大陸、時代は西暦184年頃。いわゆる『三国志』を舞台にした荒唐無稽で突拍子もない夢物語に俺は何時の間にか巻き込まれていたんだ。
そして今度もまた、本人の与り知らぬところで幕は上がり、女の子が主役の三国英雄伝に役者として出演する。
ただ、今回は少し事情が違うらしい。
俺はいつもより一年遅く舞台に上がり、天の御遣いという肩書きをなくした凡人の状態だという。
しかも過去の演目内容全てを記憶したまま、他の登場人物もそれぞれ過去の出演題目を覚えているという異質さ。
発案者は誰なのか?演出家はどこにいるのか?さりとて疑問は尽きないがすでに采は投げられ、開幕ブザーが鳴っている。
……今度こそは自分の意思で、もう二度と掴み損ねるものがないように……。
例え舞台を用意した人物がその真逆を望んでいたとしても、それを曲げる事はできない。
俺は彼女達と約束したのだから……。
これからお話するのは少し前、俺がまだ正体不明の夢という過去に翻弄され、期せず一年の準備期間を経た後の出来事。
物語の始まり、プロローグといったところだ。
この日、北郷一刀という凡人は再び舞台を用意され、壇上に上がる。
いまだ内容を知らされない中で果たして今回は何の役に選ばれるのだろうか?
天の御遣いとして自らの名を冠した国を築くのか。
指導者となり信頼する仲間とともに生きる人生か。
それとも気儘と真面目な二人の王の下で活躍する軍師?
もしかしたら覇王と呼ばれる少女の側で天下統一の夢を見るかもしれない。
はたまた、これらとはまったく違う未来が待ち受ける可能性もある。
今、全てを内包していた緞帳がゆっくりと巻き上げられ、最後の舞台に光が灯る―――
◆ ◆ ◆
華やかで煌びやかな西洋様式で建てられた聖フランチェスカ学園。
現在は共学だが、元は女子校というこの学校はどこに目を向けても清潔感が漂う独特の雰囲気がある。
その中で一際目立ち異彩を放つのは純和風趣を持つ建物。
北郷一刀が所属する剣道部の道場が軒を構える。
実家の剣道場と違い、あらゆる箇所が磨き上げられ板の間が音を立てる事も無いしっかりとした造り。
当然部員は女生徒がほとんどで一般に思い浮かべる汗臭いイメージとはかけ離れた、華やかな練習風景もまた特徴の一つに上げられるだろう。
しかも今着ている胴着も含め、全ての防具が毎回学校側で洗濯され、体臭への配慮なのか、ほのかにジャスミンの香りを漂わしながら手元に帰ってくるのだ。
まさにセレブティー。実家にある古臭い道場とは大違いだ。
この前の夏休みに帰省した折にじいちゃんとこの話をしたら、怒ってこの匂いでも付けとけ!とトイレの消臭剤を投げつけられた。
……違うんだ、じいちゃん。俺がほしいのは置いて引くだけの超強力消臭じゃない。
言っても許してもらえずその日はいつもの三倍辛い鍛錬を課せられ、しごき抜かれた。飯抜きで。
「ふっ!はっ!」
そんな修行の毎日を経て、今は普段の生活通り部活時間が過ぎ去った剣道場で一人汗を飛ばしながら、剣道の基本動作である素振りを繰り返す日常を過ごしている。
正面素振り。
上下素振り。
左右素振り。
傾く日差しに晒されながらのこの状況にいい加減慣れてもいいと思うのだが、無音の空間というのはどこか恐怖を感じさせる。
その主な原因は普段練習に使用する竹刀と違い、本物の刀剣。模造刀でもない鋼鉄で打たれた刀を使用しているからだ。
一振りする度に竹刀の三倍近い重量である鋼の重さが両腕に圧し掛かり、その度に空を切るかのような鋭い音が聞こえてくるのは本物の武器である事を無理にでも実感させられる。
実戦の為の武器、人を殺す事を目的とした武器。
そういった事実が心にさえ負担をかけるのだろう。
「はっ、たぁ!」
そんな危険物をこの一年間、特例として竹刀より多く振い、学校で許可が出るまでは先の実家がタイ捨流剣術の道場という事もあり祖父に教えを請いながら修練を重ねていた。
日常生活で絶対に使用しないはずのものに全力を傾ける日々は青春に身を傾けるこの年頃にとってあまりに似つかわしくないかもしれないが、今の俺はとにかく強さがほしいという焦燥感に晒されていた。
「……ふう」
一通りの動作を終え、乱れた呼吸を整えながら残心。意識を緩めないまま二呼吸程置いてから慎重に腰に差した鞘へ刀を戻す。
流れるように収まっていく刀身はゆっくりと鯉口を通過し、鍔の所でキンッと澄み切った金属音を道場全体に響き渡らせる。
一瞬の快音は訓練でざわめいた心を落ち着かせるのに丁度良い。
俺はいつものように収めた鞘を自分の前に平行に置き、その場で座禅を組みながら精神集中を始めた。
最初に思い浮かんだのはこの状況に至るまでの経緯。
ちょうど一年前からだ。俺が女性と関係も持たず、剣の道を志しながら勉学に励む毎日を送るようになったのは……。
あの夜、学園へ忘れ物を取りに行く途中で俺は突然意識を失い、道の真ん中でうつ伏せに倒れてしまった。
原因は不明。短い時間の後、眼を覚ました俺には前後の記憶がはっきりせず何が起こったのかさえ分からずじまいだった。
とりあえずその日は釈然としない気持ちのまま寮に帰って寝たんだが、次の日、俺は自分に起こった最初の異変にようやく気付いた。
「…………………なんで」
なんで俺は泣いているのだろう。
頬を伝い、乾く先から零れ落ちるのは瞳から止め処なく落ちる涙。
その原因だといわんばかりに胸に去来する正体不明の切なさと後悔の念の嵐。
感情の奔流に巻き込まれ茫然自失になった俺の口から無意識に出たのはたった一言だけ。
「約束を……守れなかった……」
ひしゃげて霞んだ声に自分でびっくりする。
誰かの側にずっといると誓ったはず………。
言葉の真意は今なお分からないままだが、この時の俺は確かにそう思い返していた。
その後なんとか気持ちに整理をつけ学校には時間通り登校できたが、異変は止らずこの日の授業から困惑する事態ばかり起こるようになった。
―――歴史の時間。
やたら中国の歴史に眼が移る。特に過去……三国志の舞台と呼ばれた西暦184年以降の出来事に興味が沸き、なぜか放課後も図書館で関連した資料を読み漁っていた。
―――体育の時間。
バスケの試合等、身体能力は変わらないはずなのになぜか異様に相手の動きが良く分かり活躍できる機会が多くなった。以前もっと早く強い人間を相手していたかのように。
他の授業に関しても今まで以上に集中力を発揮し、すらすらと内容が頭の中に入っていく。
そんな異変に知り合いの及川曰く、
「なんや急に人が変わったみたいな生き方になったなー。あれか?恋が人を変えるっちゅう話か、だから頑張ってんか?かずピーが裏切るやなんて……」
よよよとわざとらしく泣き崩れる及川を言葉通りの意味で一蹴するが、こいつの言う事に一理あるかもしれない。
恋は人を変える。
その表現が一番無理なくしっくりと自分の胸に収まっていく。
もしそうなら俺をこれほどまで変える思いはどれほどの大きさだったのだろう。
あの日あの時失った数瞬がとても大切なものに思える。
だからこそ北郷一刀は日々を懸命に生きているのかも知れない。
―カララッ
迷いのある思考に陥ろうとした最中、乾いた音が静寂の中で大きく響き渡る。
「ん?誰か来たのか?」
突然の遮りで目を開けるとどうやら道場の入り口が開かれたみたいだ。
真剣を使っての練習は危険な為、関係者以外立ち入り禁止のはずなんだけど誰か迷い込んで来ちゃったのかな?
いや、それにしたって何かがおかしい気がする。玄関を抜けこちらに近づく足音は空気がピリピリするような感じを纏っている。
「この感じ……どこかで……」
足音は限りなく小さく、すり足のような滑らかさを持つ、どう考えても一般人ではない歩法。
ごくりと喉を鳴らし、何時の間にか溜まった唾を飲み込む。
やがて謎の人物は道場の襖ので停止し。
そして......
「―――――久しぶりだな、北郷……。再演の時間だ」
知らないはずの女が親しげに話しかけ、襖を開け放った。
見たことも無い白装束を身に纏い、背格好からすれば同世代の女がどこか暗い笑みを含みながら真っ直ぐ俺を見据えている。
ほの暗いその瞳と銀髪に目が合った瞬間。
俺の中で何かが警報を鳴らし、体が理解を超えて危険を知らせる。
「お前は一体……!?」
弾かれたように足元の刀を拾い上げ、抜く。
見ず知らずの相手に俺は無意識に人殺しの武器を構え対峙していた。
剣道の構えではなく実家で教わった剣術の構えで。
この女にはそれが必要だと本能が知らせてくれた。
その様子を見て、銀髪の女は嬉しそうに顔を歪ませて言い放つ。
「なかなかいい反応を示すじゃないか……見違えたぞ?開幕は遅れたがその分準備は万端のようだな」
突きつけられた真剣に動じた様子も無く女は歌うようにセリフを口ずさむ。
「それでこそ面白いというものだ。貴様が鍛えた才、存分に発揮してもらうぞ」
「……なんだと?」
「だが必ず最後には悲劇を与えてやろう。最大最悪でもっとも醜悪なバットエンドのために!」
女は演技するかのように大きく腕を広げる。
「貴様の全てを否定し尽くし、貴様を蹂躙する。それが俺の願い!悲願の達成!!その為の舞台は用意した!!!」
「……お前は」
脳の奥が熱い、体だけでなく頭までもが危険を知らせて来ている。
俺は、こいつを知っている?。
「今度は俺自らが招待してやろう。外史と外史が混ざり合った世界、貴様の理想と絶望の世界、俺にとって復讐の世界へ!因縁の大陸へ!!終わりの突端は、今………開かれた!!!」
女からの激しい光で辺り一面が包まれる。
極光に包まれた俺は、なぜか、懐かしいと感じた。
……
……
この瞬間、北郷一刀は物語の主役として最後の幕に上がった。
それは『三国志』ではない、北郷一刀の物語。
終わりの為の始まり―――
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「小なろ」で連載され、今は連載中止となった作品を自己流に仕立て上げ、一から書き直しました。(原作者様から許可を頂きました)
恋姫無双無印と真の三国ルート(魏、呉、蜀)全てを経験した一刀が再び初めから大陸に降り立ったという妄想を書いたものです。
前回の記憶を持つ恋姫達と天の御遣いでは無くなった一刀が紡ぐ最後の物語……未来を知る三国はどのような行動を起こすのか?
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