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真・恋姫無双『日天の御遣い』 第十九章

リバーさん

真・恋姫無双の魏ルートです。 ちなみに我らが一刀君は登場しますが、主人公ではありません。オリキャラが主人公になっています。

今回は第十九章。
旭日の天命は、如何に。

2010-12-11 23:24:55 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:6257   閲覧ユーザー数:5270

 

 

 はじめに

 

 

 真・恋姫無双『日天の御遣い』はオリジナルキャラクターが主人公になっています。

 オリ主に不快を感じる方。

 恋姫作品の主人公は北郷一刀以外は許せないという方。

 書き手がこういうことを言うのもおかしな話ですが……読まないことを奨めます。

 それでも構わないと仰ってくださる方はどうぞ、頁を進めてください。

 

 

 

 

【第十九章 夢想】

 

 

 上も下もないような。

 右も左もないような。

 どこまでも白く、真っ白な場所。

 そこに自分は立っている。

 一人で。

 一人ぼっちで。

 

『――よかったのか?』

 

 と――背中に声が響いた。

 自分以外、誰もいないのに。

 

『これで、よかったのか?』

「………………ああ」

 

 振り返ることはけしてせず、答える。

 

「これが――ここが、俺にはお似合いなんだろうさ。きっとな」

『………………』

「いいんだ、もう」

 

 足掻けるだけ足掻いて。

 藻掻けるだけ藻掻いて。

 けれどそれでも、自分の手は何も掴めなかった。

 求めたものは零れ落ちていき。

 願ったものはすり抜けていき。

 温かさは虚しさに。

 愛しさは寂しさに。

 変わって、変わり果てて。

 

「……華琳には、華琳たちには感謝してるよ。こんな俺でも何かを護って、背負うことができたんだからな」

 

 大切なものを護れず、背負えず、救えなかった自分でも。

 それはつまり――

 

『……馬鹿だな、お前は』

「言われなくてもわかってるさ、そんなこと」

『いいやわかってない』

 

 ――断言するかのように、断罪するかのように、否定する声。

 

『わかってない。あいつらのことも、彼女たちのことも、お前自身のことも――お前は何も、わかってない』

「………………っ」

『お前はただ、怖がってるだけだ。怯えてるだけだ。目を背けて、耳を塞いで、逃げてるだけだ。あいつらから、彼女たちから、お前自身から、そこにある温もりから、必死に逃げてるだけだ』

「……逃げてなんざいねえよ。俺はただ……俺は」

『そうやって誤魔化し続けるのか? いつまでも偽り続け、騙し続けるのか?』

 

 それでいいのか?

 温かさを虚しさに。

 愛しさを寂しさに。

 変えて、変え果てたまま。

 

『……いい加減に向き合ってやれよ。誤魔化すのも偽るのも騙すのも、やめてやれよ』

 

 全てを終わらせてしまって――それで、いいのか?

 声は問いかけ、そして。

 

『ほら、確かめて、思い知ってこいよ』

 

 とんっ――と。

 自分の背中を押し。

 

『お前は本当に、何も掴めなかったのかどうか。お前のその手には、お前のその胸には、お前のその心には、何も残っていないのかどうかを』

「っ……お前――――――っ!」

 

 落ちていく。

 沈んでいく。

 浮いていく。

 昇っていく。

 

『みんながお前に願い、望んだものは、なんなのかを――――――――――』

 

 

 

 

「――――――っ!」

 

 目を開けて初めに感じたのは――眩しさ。

 強くはなく。

 弱くもない。

 日が昇ったばかりの。

 朝の淡い、眩しさだった。

 

「(ここは………………)」

 

 ゆっくりと薄明に慣れていき、白色ではない、どこかの部屋の天井を認識して。

 そこでようやく、旭日は自分が生きているのだと感じた。

 

「(……死に損ねた、か…………っとに、やれやれだ)」

 

 生きている。

 生き残っている。

 身体は鉛になったかのように重く、感覚もどこかはっきりしないけれど――ちゃんと、確かに。

 

「っ……!?」

 

 起き上がろうと試みた旭日だが、瞬間、全身にくまなく響き渡った激痛に再び寝台へと縫いつけられる。あまりに強烈すぎて気絶することもできない、そんな痛みだ。生き残りはしたものの、どうやら今の自分は生きているだけで精一杯らしい。

 情けないことこの上ないが……当然と言えば当然だ。限界の臨界を破壊したのにも関わらず、こうやって心臓が動いていることが、生きていることが不思議なくらいなのだから。

 奇跡か。

 それとも、許されなかったのか。

 落日することを――尚も。

 

「ん…………むぅ……」

 

 ふと耳に届いた、誰かの寝息。

 油の切れた絡操人形のようにぎしぎしと、激痛を堪えながらも意地で首を回してみれば、そこにいたのは――

 

「(………………誰だ?)」

 

 ――そこにいたのは、バトル漫画の正統派主人公みたいな格好をした、赤い髪の男。寝台のすぐ近くに置かれた椅子に腰かけ、うつらうつらと舟を漕いでいることから察するに、さっきの寝息は彼のもののようだ。

 

「(医者、っつうにはキャラが強すぎるよな……)」

 

 とりあえず声をかけようとしてみるも、空気が吐き出されるばかりで中々声になってくれない。

 幼い頃に死にかけて――殺されかけて三日近く寝込んだ時もこんな風に、身体が発声の仕方を忘れていた。

 今回はどれほどの間、眠っていたのだろう。

 声を発することはしばらく無理だと諦め、ただ天井を見つめる旭日。

 生きている。

 生きていた。

 死んだと、思ったのに。

 死ねたと、思ったのに。

 

「(ああ…………………………ちくしょう)」

 

 気付いてしまった。

 気付かないふりをしていたことに、とうとう気付いてしまった。

 楽になれる。

 生を諦めた時のあの、解放される心地。

 きっと、ずっと、自分は探していたんだ。

 家族との約束を破るに足る理由を。

 死んでも構わない、そんな理由を。

 なのに。 

 

「(……なんで、なんだろうな。生きていることを、それでも、よかったと感じるのは)」

 

 胸にあるのは喜びと嬉しさ。

 生きていることへの、安堵。

 死んだと、思ったのに。

 死ねたと、思ったのに。

 悲しさはどこにもなくて――それが悲しくて。

 赤い髪の男が起きるまで、旭日はじっと瞬きも忘れ、天井を見つめ続けていた。

 

 

 

 

「っ心配かけおって、この馬鹿者が!」

「兄ちゃんっ!」

「ああこら、抱きついたらあかんでボクっ子! まだ絶対安静なんやから!」

「ぐすっ……隊長てば、お寝坊さんすぎなのー」

「……本当に、本当に良かったのですよー、お兄さん」

 

 目を覚ますまでに三日。

 満足に口が利けるまでに三日。

 生死の境を完全に脱するまでに三日。

 彼が倒れてから合わせて九日が経ち――ようやく面会謝絶の状態も解けた、朝。

 華琳達は大して広くもない、旭日へ宛がった部屋の中に揃って彼の無事に安堵の息を吐いていた。

 塞ぎ込んでいたり、枕を涙で濡らしていたり、空元気に振る舞っていたりと、彼が眠っている間の火が――日が消えた状態が嘘のように皆、喜色をあらわにしている。それだけ、今回の件は重いものだった。

 深く、痛く。

 思い知らされる、ほどに。

 

「とりあえずは一安心、だな」

 

 九日もの間付きっきりで旭日の治療にあたってくれた医者――華佗が、皆に負けないくらいの安心した笑みを浮かべて言う。

 

「《天の御遣い》なだけあって、天に愛されているな、九曜は。最初に診た時はひどく危うい状態だったんだが……一か八かの賭けに勝ち、生きて帰ってこれたのは奇跡に近い。右手の傷もここの医者が尽力してくれたんだろう、大事には至ってないぜ」

「その割には、まるで力が入らねえが……」

「ははっ。まあ、今はまだ流石にな。だが九曜の回復力なら、三月も経てば元の握力を取り戻せるさ」

「三月か…………髪は当分、下ろしたままになっちまうな」

 

 真っ白な包帯の巻かれた右手を見つめ、溜め息を吐く旭日。

 たったそれだけの行為でも、日色がさわりと揺れては彼の顔を撫でていく。普段は後ろで括っているせいで気付かなかったけれど……随分と髪が伸びていた。

 進んでいるから。

 生きているから。

 望む望まないに関わらず、時も、彼自身も。

 そのことに彼は気付いているのだろうか。それとも、気付いて尚、気付かないふりを通しているのだろうか。

 

「それから、戦いは勿論、しばらくは下手に動くのも控えさせるようにな。いくら五斗米道でも、消えかかっていた命を吹き返すので精一杯だったんだ。まだ氣の量が圧倒的に不足しているし、ぼろぼろになった氣脈も治りきってない。動いたら動いた倍の分、完治が遅れてしまうぞ。……とは言っても、全身に激痛が響いて動くのは無理だとは思うが」

「ああ、すまねえな。迷惑かけちまって……みんなにも」

「……はぁ。馬鹿は死にかけても治らないようね。旭日、貴方が皆へかけたのは迷惑ではなく、心配よ。それを、しかと肝に命じておきなさい」

「………………やれやれだ」

 

 ぽつりと、場へ落とすように、旭日は苦笑した。

 苦いのに温かさが滲む、彼らしい表情――だけど。

 だけど華琳は見逃さなかった。

 朝焼けの髪が隠した、旭日の瞳の奥で揺れる不似合いな色を。

 どこか戸惑っているような、彷徨っているような――泣いているような。

 歩き疲れて途方に暮れた迷子を想起させる、翳りの色を。

 

「………………」

 

 覚悟は決めた。

 失う痛みを味わうのはもう、嫌だから。

 これから先も傍にいてほしいと、切に望むから。

 

『誰しも人は独りでは生きられぬ。人が人を求め、人を欲し、人を想い、人を愛してこそ、人は生きるものじゃ。ならばなにゆえ、誰かに寄りかかるを頑なに拒むのか。……日の眩さに目を細め、彼の者の弱きを見落とさぬようなされよ、曹孟徳殿』

 

 見落としたりは――しない。

 

 

 

 

「………………む」

 

 九曜旭日の治療を済ませ、用意された客間に着いた華佗は、そこでむっと口をへの字に歪めた。

 

「ああ……しまった」

 

 癖のある赤色の髪をくしゃりと掻き、あることをすっかり失念していた自分自身に溜め息を吐く。治療に不備はなかったし、容態についてもきちんと説明をした為、気にする必要はないだろうと、胸に何かが引っ掛かっている感覚を呑み込んでいたのだけれど……ここにきて思い出すとは、我ながらなんとも間抜けなことだ。

 

「九曜に、これのことを訊き忘れていたな」

 

 言ってがさこそと懐を漁り、彼の治療を始めてからずっと不可解を生んでいたものを取り出す。

 銀色でもなく、金色でもないそれは――日色。

 照りつける陽光を思わせる眩さを放つ、一本の日色の鍼だった。

 

「……これがなければおそらく、九曜を助けられなかっただろうな」

 

 五斗米道の力でもない。

 まして自分の力でもない。

 この日色に煌めく一本の鍼こそが、彼を襲う死の影を退散させたのだ。そう断言できるほど、彼の為にだけ――彼を救う為にだけ創られたかのように、今は自分の手にある日色は彼の命を守って護りきった。

 守護。

 あるいは、慈愛か。

 

「そういえば、九曜の部屋に置いてあった武器からも、これとそっくりな氣が滲んでいたが……」

 

 何か関係があるのかもな――と。

 旅の途中で世話になり、鍼を自分に与えた彼女のことを思い起こす。

 不思議な、不可思議な女性だった。

 長く共にいたわけではないが、それでも十二分におかしさを覚えてしまうくらい、不思議な人だった。

 誰もが見惚れる美貌の持ち主だったのに、誰も彼女に気付くことはなく。

 面と向かい合い、言葉を交わした自分でさえ、果たして彼女は存在していたのか疑問を覚えてしまう。

 あやふやで。

 おぼろげで。

 儚く、希薄が過ぎる存在感。

 

「……失礼なことを、口にしてしまったな」

 

 あんたは――なんだ?

 あんたは一体、何なんだ?

 生きているのか?

 死んでいないのか?

 本当にあんたは――人、なのか?

 耐え切れず、そんな言葉を彼女と初めて会った時にぶつけた。

 

「彼女のおかげで九曜を救えたんだ。できることなら謝りたいんだが……うん、そうだな。もし九曜が彼女と知り合いなら、また、縁を合わさせてもらうとしよう」

 

 日色の鍼を懐に戻し、華佗は次の治療の際に尋ねてみるかと頷いた。

 五斗米道の後継者であり大陸一の医者――華佗。

 とある外史で世界の裏側と知らず知らず関わった彼の者は、この外史でも世界の裏側と知らず知らず関わってしまったことを知らず、物語の頁を進めたのだった。

 

 

 

 

 白色。

 自分の突端は、白色だった。

 どこからか拾われてきたのか。

 どこからか攫われてきたのか。

 あるいはそもそも、自分たちに他の居場所なんてなかったのか。

 自分が自分を認識できた時にはもう、自分は――自分たちはあの白色の手の内に在った。

 生も。

 死も。

 自分たちの全ては、あの白色の手に握られていた。

 けれど、なのに、自分は未だわからない。

 あの白色が何を目的とし、何を目指し、何をしようとしていたのか。

 自分たちに何をしていたのか――今となっても、未だ。

 たった一つだけわかっているのは、それが自分たちにとって、地獄そのものだったということ。

 地獄は八種あるというが……ならばあそこは、九つ目の地獄だ。

 生きながら死んでいるような。

 死にながら生きているような。

 自害する気力も湧かない、痛苦と絶望の日々。

 せめて自分たちがそこしか知らなければ、無知という名の救いもあっただろうに、どうしてか自分たちは知能を、知恵を、知識を既に所有してそこにいた。見たことも感じたこともない、しかし頭の中でのみ存在を許された世界は、地獄に沈む自分にとってひどく魅力的で、憧れを覚えて。覚えたがゆえに自分は、自分たちは理解して、理解させられた。

 自分たちは、地獄にいるのだと。

 自分たちは、そういうものなのだと。

 理解して――諦めた。

 生きることも。

 死ぬことも。

 全部、何もかも諦めて、放り捨てた。

 そうすることで、自分は自分をまもろうとした。

 痛苦から。

 絶望から。

 地獄から。

 自分自身すら捨てて、逃げていた。

 だが――ある日。

 仲間が一人、晴れ渡るような笑顔を浮かべ、眠りに――永遠の眠りについた。

 特に驚きはありはしなかった。むしろあの地獄において、それまで誰も欠けることなく生を繋げていた事実にこそ驚きを感じる。だから自分は、仲間が眠ったことよりも、仲間が浮かべた笑顔に目を奪われ、心を奪われた。

 笑顔。

 初めて見た笑顔は、綺麗だった。

 こういう風に人は温かさを帯びるのかと、羨んだ。

 死の先に何があるのかわからないが、少なくともこの白い地獄よりは良いから。

 最期の最後を笑顔で飾り、眠れることはきっと、幸福だろうから。

 そう思った。

 そう思った、つもりだった。

 けれど――どくん、と。

 胸の奥の更に奥――魂とでも呼ぶべき何かが、脈を打ったのだ。

 良かった?

 幸福だった?

 死ぬ間際になってようやく笑えたことが?

 違う。

 こんなものは――違う。

 死の間際にようやく笑えたって、それで良いはずがない。幸福なはずがない。もっと別の、もっと違う形の笑顔が、救われて報われて、こんな白い地獄じゃない、陽の当たる世界で笑うことも。自分が諦めてなければ、放り捨ててなければ、逃げてなければ――無力でさえなければ、仲間をここから解放することだって。

 嗚呼、何を守ることも誰を護ることもできず、なんの為に自分は生を繋いできたのだろう。

 守って、やりたかったのに。

 護って、あげたかったのに。

 温かく綺麗な笑顔を――こんな形で、見たかったわけじゃないのに。

 悔しいと心が叫ぶ。

 悲しいと魂が叫ぶ。

 その時、自分は本当の産声を上げたのだ。

 涙が尽き果てるまで、声が涸れ果てるまで、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、そして――誓った。

 もう二度と泣かないと。

 自分の無力さのせいで泣くのはこれが最初で最後だと。

 それが、それこそが自分のスタートでルーツ。

 心に覚悟の日が灯った――始まりの、日。

 

 

 

 

 守って、やりたかった。

 護って、あげたかった。

 自分の全てを犠牲にしても、絶対に。

 求めたもの。

 願ったもの。

 笑顔と温もりと、絆。

 どこにいてもいなくてもよくなんかない、ここにいてもいい、そう思える、場所。自分はそれを――居場所を与えてやりたくて、与えてあげたかった。

 なのに――それなのに。

 雨が降る。

 泣いているように。

 涙しているように。

 雨が、冷たい雨が――降り注ぐ。

 深々と。

 心身に。

 止むことなく――ずっと。

 手に握るのは、作り物の花。

 一番上の妹が好きだった――東菊の花の、髪留め。

 世話ばかりかけた妹の為、小物店に何時間も居座って、疎い頭を悩ませて、選びに選んで贈ったプレゼント。

 他の家族からは贔屓するなと怒られ、拗ねられ、何人かには泣かれもしたけれど――受け取った妹の、きらきらと喜んだ笑顔がひどく嬉しくて。プレゼントしてからしばらくは他の家族の機嫌直しに頑張ったのも、また楽しくて。妹の髪に東菊の花が咲いているのを見る度、嬉しさが込み上げてきて。

 そんなに高価でもない作り物の、ちっぽけな花が、かけがえのない宝物のように思えて。

 大切だった。

 本当に大切だった。

 だった、けど。

 自分以外の誰も、ここにはいない。

 自分以外の誰も、世界にはいない。

 贔屓するなと怒る者も、拗ねる者も、泣く者も、喜びに笑ってくれる者も、誰も。

 結局、自分は何かを守ることも誰かを護ることも、ましてや救うことなんて、できやしなかった。あの白色から解放されることができたのも自分の力じゃない。彼女の、先生の助けがあったからこそ、叶えられた夢だ。

 自分は弱かった頃と変わらず、無力だった。

 たったの八人も救えない、弱く弱く弱く弱く弱く弱く弱く弱く弱い、いてもいなくてもいい存在だった。

 だから、なのだろう。自分だけが一人取り残され、遺されたのは。この広く大きな世界で一人ぼっちで生きなければならないのは。

 雨が降る。

 泣いているように。

 涙しているように。

 雨が、冷たい雨が――降り注ぐ。

 深々と。

 心身に。

 止むことなく――ずっと。

 日は沈んだ。

 雲に潰されて、雨に消されて、暗い底に沈んでしまった。

 自分の頭上に日が昇ることはもう、二度とない。

 望んだりも――しない。

 誓ったから。

 自分の大切なものは家族だけだと。

 家族以外の何も、誰も欲しないと。

 この悲しさを、苦しさを、寂しさを、過去に埋もれさせない、為に。

 

 

 

 

 雨。

 微かに耳へ届いた雨音が、旭日の意識を夢の底から引き上げた。

 

「っ……はっ…………」

 

 冷や汗が全身を伝う。

 心臓が早鐘を打つ。

 気持ち、悪い。

 込み上げてくる吐き気を抑えるのに精一杯で、乱れた息を整えることもままならない。

 気持ちの悪さを払うように、夢と現をわけるように、自分自身を探すように。ぐるりと旭日は辺りを見回して、ようやくここが現実で、ここが自分の部屋だということを理解する。

 

「そう、か………………帰って、きたんだよな」

 

 徐々に鮮明になっていく、思考。

 ああ――そうだ。

 身体も氣も長時間の移動に耐えれるまで回復して、数日前に魏の都へ帰ってきたのだった。

 

「帰って、きた……?」

 

 それはなんの疑問も生じずにふっと、口から出た言葉。

 旭日はそれが、信じられなかった。

 自分で自分が、信じられなかった。

 帰ってきた?

 なんだよ、なんなんだよ、それ。

 一体どこに帰ってきたというのだろう。一体どこに、自分の帰れるところがあるというのだろう。

 

「……っ違う」

 

 否定する。

 強がるように、否定する。

 帰る場所も帰れる居場所も、そんなものはどこにもない。そんなもの、どこを探したってもう、ありはしない。

 ない、はず――なのに。

 気付いてしまった。

 自覚してしまった。

 あれほど望んでいた死を――終わりを逃しても、死に損ね終わり損ねたことを苦しくも悲しくも思わず、生きていることを、また彼女たちの顔を見れることを、嬉しいと、思ってしまった。

 

「なん、で………………」

 

 誓ったのに。

 自分の大切なものは家族だけだと。

 家族以外の何も、誰も欲しないと。

 なのに――どうして。

 どうして思ったのだろう。

 どうして想ったのだろう。

 彼女たちの傍にあれることを、心地よいと――こんなにも。

 

「違う……違う! 俺はそんなこと…………………………っ許される、わけ」

 

 心地よい。

 それが許せない。

 想うことを、許せない。

 許されたく――ない。

 

「………………っ」

 

 逃げるように。

 耳を塞ぎ、目を背けるように。

 未だ激痛が苛む身体を引き摺って、旭日は。

 部屋から姿を――消した。

 

 

【第十九章 夢の過去、想うは彼方の面影】………………了

 

 

あとがき、っぽいもの

 

 

どうも、リバーと名乗る者です。

まずは更新が亀になって申し訳ありません……大事な局面な為、ずっと消したり加えたりを続けたらこうも遅くなってしまいました。本当に、申し訳ありません。

そしてようやく、この章から長らく伏せっぱなしにしていた旭日の過去に触れていきます。

帰る場所を拒むのは何故か。

何がそうさせるのか。

家族とは。

九曜とは。

日天とは。

ようやくそれを、書くことができます。この外史のターニングポイント……ですかね。

日天の御遣い編もあと少し。……早めの更新、頑張ります。

 

 

では、誤字脱字その他諸々がありましたら、どうか指摘をお願いします。

感想も心よりお待ちしています。

 


 
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