No.187535

Ark-前篇-

夏みかんさん

SH(sound horizon)の世界が好きで、思わず書いてしまったArkのお話。
話が長くなりそうなので前編・後編と分けさせていただきます。
私なりの解釈のお話なので原作と違う話しになってしまいますが、お許しください。

2010-12-02 04:56:15 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:647   閲覧ユーザー数:628

―― ねぇ、お兄様

 

楽園ってどこにあるのか知ってる?

 

ふふ、そんな不思議な顔しなくてもいいじゃない

 

凄く簡単なことなんだから

 

ほら、耳を貸して?

 

楽園はね――

 

 

-Ark-【前編】

 

 

「お兄様、お兄様っ! フラーテルお兄様!」

 

「ん……なんだい、ソロル」

 

「”なんだい”じゃないわよ! もう起きなきゃいけない時間でしょ」

 

少女――《ソロル》と呼ばれた少女が今だ眠り続ける兄《フラ-テル》の布団の前へと立つ。

ソロルの右手に持つ時計の針は既に八の数字を指していた。

その数字を見たフラーテルは目を見開き急いでベットから飛び降りる。

 

「な、なんでもっと早く起こしてくれなかったんだいっ」

 

「ちゃんと起こしたんだよ? でも全然起きる気配ないんだもん」

 

拗ねて唇と尖らす妹にフラーテルは優しく笑い頭を撫でる。

拗ねながらもその手のぬくもりに顔が笑顔に変わる。

 

フラーテルは洋服を着替えパンを牛乳と一緒に飲みこみ扉へと手をかけた。

 

「それじゃ行ってくるね」

 

「うん、いってらっしゃいお兄様」

 

じっと見つめ合いお互いの唇を軽く重ねる。

兄が出て行った後、ソロルも急いで食事をし家を出た。

 

 

 

 

二人は紛れもない血の繋がった兄妹だった。

だが、妹は男として兄を好きになり、兄もまた妹を女として好きになった。

両親がいなくなってしまった兄妹。

何がきっかけかはわからない。

――だが、二人は愛し合った。

 

人は二人の事実を知ってしまったら異端の目でみるだろう。

近親相姦など禁忌……。

誰もがそう考えるだろう。

 

 

 

 

 

それでも、二人は幸せだった。

兄妹という肩書きのおかげでずっと一緒にいられることができたのだから……。

 

 

 

 

しかし、運命とはなんと残酷なことなのだろうか。

そんな幸せな一時が終わることなど、考えもしなかっただろう。

 

 

 

 

其れは雪が舞い落ちる日のことだった。

フラーテルが学校の帰りに見たもの。

それは一組のカップル。仲良く手を繋ぎ笑いあいながら身を寄せる。

立ち止まりその様子を眺めるフラーテル。

 

彼は妹よりも年上であり兄でもある。

妹と過ごすうちに自分の中に罪悪感が芽生え始めていることに気付き始めていたのだ。

 

 

 

兄として優しく接し、男として妹を抱く。

――そんな時間が幸せだった。

二人で抱き合い眠りにつく。時折目が覚め、妹の顔を見れば幸せそうに眠っている。

柔らかい髪をなでれば、眠りながら笑う。

 

 

 

だからこそ、考えてしまう。

自分にとって妹の幸せは自分の幸せ。

だが、それは妹の人生を縛ってしまっているのではないか、

お互いを想うあまり大事なものを見失ってしまうのではないか、と。

 

一度気づいてしまった自分の罪。

蓋をしていた想いが溢れ出す。

 

 

 

扉を開ければソロルがお玉を持ちながら笑顔で待っていた。

 

「おかえりなさい、お兄様っ」

 

「ああ、ただいま」

 

ソロルは気づいた。

兄の様子がどこかおかしい、と。

しかしその事を聞く前にフラーテルは靴を脱ぎ部屋の中へと消える。

慌てて追いかけ扉を小さく叩けば、返ってくる言葉は弱弱しく聞きにくかった。

 

「……お兄様、何かあったの?」

 

「……なんでもない、今日は凄く疲れたんだ。休ましておくれ」

 

鍵のない扉はドアノブを回せばすぐに開くだろう。

しかし、ソロルは少しの間その場に立ち続け兄に気遣いその場から立ち去った。

そんな妹の行動に胸を痛めながらも、扉を開けることはなかった。

 

「許しておくれ、ソロル」

 

その呟きも闇の中へと消えた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「マウスの様子はどうだ」

 

「少々反抗心はあるものの、日に日に我らに忠実になっています」

 

「そうか」

 

暗い部屋から男の笑い声が響き渡る。

その姿は神父の姿であるはずなのに、悪魔のような顔だった。

周りにいる男たち無表情のまま書類を見続ける。

その書類の一つ一つには、男女問わず一枚ずつ写真が貼られていた。

 

「諸君、時は近い。我ら人類の未来のためにも、タイミングを間違えぬように」

 

そう言って、大きな椅子に座っていた男は立ち去った。

男に続くように他の男たちも席を立つ。

だが、一人だけ書類を見続ける男がいた。

その男は他の者とは違い無表情ながらも苦々しい顔をしていた。

 

「……また、無駄な犠牲者が増えるのか」

 

男の声は消えゆっくりと席を立つ。

廊下にでれば薬品の匂いが漂う。そんな中男は歩き一つの扉の前に立った。

扉は厳重に鍵を掛けられカードがなければ開けられない。

懐からカードを出し扉を開ければ、そこは大きなモニターと男が一人椅子に座っていた。

 

「交代の時間だ」

 

「わかりました」

 

先にいた男は立ち上がり部屋を出ていく。

代わりに椅子に座りキーボードを打つ音響きわたる。

 

映し出されるモニターには思いも知らない映像が映し出されていた。

 

 

 

自我が崩壊して笑い続ける男

 

必死に逃げだろうと壁に爪を立て引っ掻く女

 

自ら死を選び喉引っ掻く男

 

大きな声で何かを叫び続ける女

 

 

 

これこそが彼らの”研究”の行く末だった。

表では神を讃える神父となり、思い悩む人々の悩みを聞いていた。

しかし裏では”楽園”という幻想をみせ、幸せという名の地獄が繰り広げられている。

愛する人を失った人ほど信仰に堕ちやすい。

 

ある男が考えた。

『信仰心が強ければ、幸せになるのではないか』と。

それが、この研究の始まりだった。

しかし実験は失敗を続ける。

信仰心を高める為に脳を弄る禁断の手術。

それによってごく稀に成功するが、ほとんどの人物は先ほどの症例を挙げている。

 

「何が楽園だ……」

 

かつてはそう反抗した時期もあった。

だが気づいた時には自分の手はあまりにも汚れていた。

見えない汚れが彼を穢していく。

 

――汚れが消えないのなら、いっそのこと全て穢れてしまえ

 

そう考えるようになり、苦しみでいっぱいだった男の心が嘘のように軽くなった。

間違いを正義と思い、苦しみを使命だと覆い隠した。

そうしてまた男は自分という存在を忘れていく。

モニターに向ける顔は、既に先ほどの男たちと同じく無表情であった。

 

 

 

 

 

 

 

「ソロル、ちょっといいかい」

 

兄に呼ばれたソロルは心配そうな顔で近付く。

そんな妹にフラーテルは優しく頭を撫で体を傾ける。

 

「いつまでも家にいたんじゃ気が滅入るから、今度の休みにピクニックに行かないか?」

 

「でも、いいの? お兄様、体調が悪いんじゃ……」

 

「……大丈夫だよ。これはお兄ちゃんのお願いだ」

 

そう言えわれては断れない。

もとより断るつもりはなかったがソロルは兄の体を心から心配していた。

だが兄の笑顔を見れば大丈夫だと言い聞かせ、兄に抱きつく。

 

久しぶりに感じる兄のぬくもりに、ソロルは力強く抱きしめる。

フラーテルは驚いたがソロルの細い肩を抱きしめ返す。

 

「ソロル、一体どうしたんだい?」

 

「……だってお兄様、ここのところ元気がなかったから心配だったの」

 

「……ごめんね」

 

「ううん。――お兄様。私、お兄様の事大好きだから」

 

体を少し離せば、ソロルの目には涙が溜まっていた。

それを優しく拭拭い額にキスをする。

 

 

「僕も、ソロルの事――大好きだよ」

 

 

再び抱き合う二人。

妹は幸せな顔をしていた。

だが、兄の顔はせつなく顔を歪ませていることにソロルは気がつかなかった。

 

 

 

その日は雲が厚く漂っていた。

 

兄の手には大きなブランケット。妹の手には二人のポット。

冷たい風の中、二人は手袋をしながらある場所を目指した。

 

町はずれにある小さな森の近くには綺麗な湖があった。

二人はそこに行きシートを引いて湖を眺めた。

 

「晴れてたらもっと綺麗かな」

 

「かもな。でも人がいなくて静かでいい」

 

穏やかな顔で笑う兄の姿にソロルも安心したのかいつもの笑顔で笑う。

朝早くから作ったサンドイッチを食べながらも二人は湖から目を離さなかった。

 

どれくらい経ったかはわからない。

少し遠くの方で鐘が鳴った気がしたが二人が立つことはなかった。

 

「――ソロル、大事な話がある」

 

兄の言葉にソロルは顔を向けるが、フラーテルの目は湖に向けたままだった。

心の中に不安が漂う。

だがその不安も声に出せぬまま、じっと兄を見つめた。

 

「ソロル、僕たちはずっと一緒にいたよね。悲しい時も嬉しい時も

 ……ずっと二人で分かち合ってきた。

 僕たちが愛し合う時も、僕はずっと君を愛していたよ」

 

兄の声が冷たく聞こえる。

ソロルは必死に兄の言葉を理解する。

それはずっと当り前に思ってきたこと。

そしてこれからも当たり前に続くと信じていた。

 

「……僕たちは、一緒にいすぎたんだ。お互いのことしか見えなくなるくらいに……」

 

だけど、この先は聞いてはいけないと思ったのに、ソロルは動くことはできなかった。

 

 

 

 

「ソロル、僕は君を愛しているよ。――だけど、それはもう女性としてではなくて、家族として愛しているんだ」

 

 

 

 

ポタリポタリと水粒が落ちてくる。

二人は何も話さなかった。否、話せなかった。

フラーテルの目には涙が零れていた。

だが、それは雨だったのかはわからない。

 

「お兄、様……嘘、だよね?」

 

震える妹の声に兄は目を合わせられない。

詰め寄ろうと近づく妹に、フラーテルは左手の手袋を外した。

 

「僕にはもう、他に愛する人ができたんだ」

 

彼の左手には銀色に輝く指輪が付いていた。

 

「……僕は、お前を一人の女性として愛せないんだ」

 

そう言って兄はその場から走り去る。

残された妹は雨に打たれながらもその場から立つことはできなかった。

その様子を遠くで見つめる兄フラーテルは、静かに泣いた。

心の中で何度も何度も妹に謝り、静かにその場を立ち去った。

 

ソロルはフラフラと立ち上がり家に帰る。

シャワーを浴びずに兄の部屋の前でたた立っていた。

ポタポタと床に水が落ちる。

 

「……お兄様、そこにいるのよね……? ねぇ、なんで? なんで、私の事を愛してくれないの?

今までだってずっと傍にいたじゃないっ。私、もしかしてお兄様に悪いことしちゃったの!?

悪い所があるならちゃんと直すっ。ご飯だっておいしく作るし、毎朝ちゃんと起こすからっ!!」

 

ソロルの声は廊下に響くだけ。

それでもフラーテルはドアを開けることはできなかった。

ドア越しにソロルの悲痛な声を聞きながらじっと耐えた。

 

「……だからお願いお兄様、ここを、開けてぇ……っ」

 

ずるずるとフラーテルは崩れ落ちた。

 

 

――この扉を開けて強く、強く抱きしめたかった。

だが、そうしてしまったら二度とソロルとは離れられない。

それじゃ、ダメなんだっ。

この時を過ぎれば、きっと仲のいい兄妹になれる。

そして二人は新しい愛を見つけ、本当の幸せと辿りつけるんだ。

 

ごめん、ごめんよ、ソロル……ッ

 

 

一つ、また一つと涙が零れ落ちる。

そして扉の前にいたソロルの気配が消えたと同時に走りさる音が聞こえた。

 

 

 

降り注ぐ雨の中、ソロルはふらふらと町歩き教会の中にいた。

ミサの時間が終わっていたせいか、その場にいるのはソロルのみ。

 

「――神様、私はこれからどうすればいいのでしょう。

 愛する兄に見捨てられ、もはや痛みしか残っていないのですっ。

 私が兄を男として愛してしまったせいで、兄を苦しめてしまった。

 その罪は消えることはないのでしょうかっ」

 

十字架の前で膝をつき、懸命に祈るソロル。

その彼女の後ろに一人の神父が立っていた。

ゆっくりとした足取りでソロルに近づく。

 

「……人は、辛く悩ましい現実世界から目を背けることはできません。

しかし、だからこそこの教会があるのですよ。

此処は我々を救い給える神の御加護を賜れる場所。

信じる者全てを神は平等にお救い下さるのです。さぁ…神に告白してごらんなさい。

きっと、神は貴方の力になるでしょう……」

 

虚ろな目をしたソロルには、神父の姿が本当の神にみえた。

神父はソロルを椅子に座らせ一冊の聖書を取り出す。

そして優しい口調でゆっくりと語った。

 

「《汝が心に、自らの力では抗えぬような不幸・苦痛・辛苦が訪れた際、我らが神は汝を楽園へと導くであろう。

其の楽園では人々は皆幸福に満ち溢れ、血縁・格差・貧富・地位・名誉・名声・嫉妬・怒り・悲しみなど現世の我々を束縛する鎖は、存在し得ない。

其処には全ての呪縛を超越した愛・幸福のみが存在するのである》

……君は、楽園がどんな場所か知っているかい?」

 

「……誰も、苦しまない所?」

 

ソロルの言葉に神父はにっこりと笑い頷く。

そして優しく頭を撫でながら聖書を閉じソロルに渡した。

いつの間にか雨は止み、教会に光が差し込む。

その光がソロル降り注ぎ、自分の心の迷いや苦悩を照らす希望の光に見えた。

 

「……神父様、その場所に行くにはどうしたらよいのでしょうか?」

 

「神を信じなさい。さすれば、君に必ず神の御加護があるだろう。

それを読んで、神の有難きお言葉や偉大な御心に触れなさい。毎日、此処へ来て祈るといい。

さすれば、必ず君は楽園への道標をみつけるだろう」

 

その言葉を聞いたソロルは幸せそうな微笑みを浮かべ、身を翻して教会を後にした。

 

 

 

-前編 終了-


 
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