No.182368

江東の覇人 10話

アクシスさん

どうも、忘れ去られた頃にやってくるアクシスです。

いやぁ、3か月ぶり。遅い、あまりにも遅すぎる。

友人から『大して面白くもねぇのに長ぇんだよ。間が。さっさと投稿しろよボケ』と罵詈雑言を浴びせられました。

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2010-11-03 20:01:03 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:2169   閲覧ユーザー数:1932

 

 

「蓮聖ちゅわあぁあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁっぁぁあぁぁああんん!!!!」

 

 

地響きと共にやって来る『何か』

 

それは、蓮聖の名を呼びながら真っ直ぐに突進してきた。

 

「ひっ・・・」

 

明命の顔が引きつる。

 

いや、明命だけじゃない。

 

隠密部隊全員が顔を引きつらせ、若干後退していた。

 

何故か。

 

当然である。

 

というより、この状況に初めて遭遇し、顔を引きつらせない者がいたら見てみたい。

 

 

肉である。

 

 

肉の塊、強いて言うならば筋肉達磨。

 

 

変質者である。

 

 

変態、強いて言うなら変態露出狂。

 

 

要するに、変態露出狂筋肉達磨。

 

 

そう称されてもおかしくない物体が迫って来ていた。

 

身長は2mを超え、その肌につけるのは桃色の下着のみ。

 

明らかに異常、異質。

 

「おぉおおぉおぉおおっぉおおぉおおっぉおおお!!!!」

 

「孫覇様!?」

 

そんな物体に対し、蓮聖は突貫する。

 

素手のまま、痛む肋骨を庇いながらも、全速力で疾走。

 

互いの距離が縮まり、特定範囲内へと入った瞬間。

 

 

「何やってやがんだてめぇぇえっぇえぇえぇぇええぇぇぇっぇええ!!!!」

 

 

「ごぼげぅがばああぁぁぁぁぁああっぁああ!!!」

 

どっごおぉぉぉおぉおぉおっぉおおん!!という恐ろしい擬音が鳴る飛び蹴りを決めた。

 

数十m吹き飛ばされる筋肉達磨。

 

蹴った反動で蓮聖は見事に着地。

 

ぜぇーぜぇーと荒く息を乱し、吹き飛ばした方向を睨む。

 

「っ!?」

 

瞬間、戦慄にも似た何かが蓮聖の背中を駆け廻る。

 

蓮聖の鍛え抜かれた感覚が、悲鳴を上げた。

 

恐怖。

 

無意識に、蓮聖は怯える。

 

生理的にというか、ある特定の危機を感じたからというか・・・

 

例えば貞操とか例えば貞操とか例えば貞操とか。

 

「ふむ、流石だぁりんつー・・・いい蹴りであるな」

 

と、蓮聖の真後ろにいつのまにか立っていた先程の筋肉達磨と同類の男が呟いた。

 

正し、こちらは極小ではあるが胸当てと羽織物をつけているので、微かにマシである。

 

無論、変態には変わりないが。

 

「ぬおぉおおぉっぉおぉお!!」

 

ばっ・・・と横っ跳びでその場から離れる。

 

蓮聖は知っている。

 

この者達2人に背中を見せる事ほど、恐ろしい事はないと。

 

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・お前らがいるっつう事は・・・・・・」

 

恐る恐る辺りを見渡し、それを見つけた。

 

「おー?蓮聖じゃないか!久しぶりだなぁ!」

 

走り寄ってくる男。

 

前者2人とは比較にならないほどマシな好青年。

 

「あー、やっぱお前もか。華佗・・・」

 

そんな青年を見て、蓮聖は溜息をついた。

 

「あ、あの・・・孫覇様・・・?」

 

「ん?ああ、悪ぃ。安心しろ、怪しい奴じゃねぇ・・・いや、限りなくというか擁護出来ねぇほどに怪しいが俺のダチだ」

 

その言葉で安心したのか、明命は警戒を解く。

 

「つうか、お前ら何で洛陽にいんだ?まぁ、予想はつくけどよぉ」

 

「察しの通りだよ。病魔に困っている人がいたから治療に来たんだ」

 

昔と変わらぬ友に、蓮聖は微かに微笑む。

 

「成程な・・・城内にいるっつう事はここに患者がいたのか・・・なぁ、呂奉先の家って何処だかわかるか?」

 

「あぁ、それなら・・・」

 

と、城内の端の方に設置されてある赤い屋根の建物を指さす。

 

「あんがとよ。明命、部隊を連れて呂布の家族の保護を・・・俺ぁ董卓の保護に向かう」

 

「はい!!」

 

元気に返事し、明命が駆けていく。

 

その後ろ姿を見送り、蓮聖は華佗達に向き直った。

 

「悪ぃ、今はちょい時間がねぇんだ・・・しばらく洛陽にいるのか?」

 

「あぁ、そのつもりだ。まだ何人か患者がいるからな」

 

「んじゃあ、話はその時にしよう。また後でな!」

 

そう言い残し、蓮聖が走り去る。

 

その背中を見つめて、2人・・・3人は微かに息を漏らした。

 

「ふっきれた・・・訳ないわよねぇ・・・蓮聖ちゃん」

 

「当たり前であろう・・・あの傷は、愛した者を失った傷は・・・そう易々と癒える筈がない」

 

華佗、貂蝉、卑弥呼。

 

蓮聖が絶望の最中にいた時も、常に隣にあり、励ました友。

 

蓮聖のかけがえのない・・・友。

 

そんな3人は、痛々しい生き様を見るかのように、蓮聖の背を見つめ続ける。

 

彼らは知っている。

 

覇人が、どんな過ちを犯したかを。

 

今尚、過ちを犯し続けている事を。

 

「考えてもしょうがないさ・・・2人共、あいつの強さは知っているだろう?」

 

「・・・弱い所も・・・ね」

 

「その弱さは、蓮聖自身が何とかしないといけない事だ・・・俺達は、友として、見守ればいい・・・それより、病魔に苦しむ人々を助けに行くぞ!!」

 

「了解だ!だぁりん!!」

 

3人の漢が駆けていく。

 

その先に、陰りはなかった。

 

 

「くっ・・・・・・」

 

城内の一角・・・正門の対となる裏門付近で、董卓軍軍師、賈駆はいつになく焦っていた。

 

汜水関、虎牢関の軍は敗れ、ほぼ全滅。

 

華雄は行方知れず。

 

張遼は曹魏の捕虜に。

 

呂布は孫呉の捕虜に。

 

陳宮も行方知れず。

 

街の目前には反董卓連合が陣を張っており、負け色濃いどころか、既に負け戦だった。

 

そこまでは構わない。

 

賈駆が最も優先すべき事は、愛する友を守る、その一点に尽きるから。

 

既に洛陽にいた軍は逃げ出し、終いには黄巾党の残党に街を荒らされる始末。

 

それでもまだ構わない。

 

ただ1人・・・今、賈駆の後ろにいる少女・・・董卓を守り切れれば。

 

「え、詠ちゃん・・・・・・」

 

しかし・・・・・・それが叶わない。

 

今、賈駆と董卓の前には障害がある。

 

虚ろな目で、2人を見る男達。

 

黄巾党の残党・・・ではない。

 

剥いだ獣の皮を纏い、己の体ほどある大剣を抱えている。

 

ある程度距離を離しても、その異臭は賈駆の鼻まで届いた。

 

血生臭い・・・獣臭。

 

その容貌、雰囲気に賈駆は心当たりがある。

 

盗賊・・・?

 

違う・・・そんな生易しいものだったらどれほど良かったか。

 

「五胡・・・・・・!!」

 

と、賈駆は憎たらしい物を呼ぶように唸る。

 

そんな唸りに、五胡の戦士達は身じろぎもしない。

 

数は5。

 

軍師である賈駆や、武に関わりを持たない董卓が敵う数ではない。

 

この場合、勝つではなく、逃亡を図るのが上等策だが、囲まれている状態でどうしろというのか。

 

一点突破しようにも、近づいた瞬間に斬り捨てられるだろう。

 

そもそも、五胡が何故ここにいるのかがわからない。

 

不明。

 

不可解。

 

理解不能。

 

「・・・安心して、月はボクが守るから」

 

背中で震える幼馴染に優しく声をかけ、状況打破の策を練る。

 

幸い、五胡の戦士達は動こうとはしない。

 

捕まえる意思がないのか、指示を待っているのか。

 

どっちにしろこの時間を無駄にする訳にはいかない。

 

どうする・・・どうすればいい?

 

助け・・・いるのか?そんなものが。

 

助けがないから・・・今までずっと、頑張ってきたのではないのか。

 

2人で・・・ずっと・・・・・・

 

ならば。

 

道は・・・1つ。

 

「月・・・ボクが囮になる・・・・・・その隙に逃げて」

 

それしかない。

 

このまま動かずを貫いても意味はない。

 

相手が動くより先に・・・動くしか。

 

1人だけならば・・・自分を斬っている間に董卓を逃がせる。

 

追ってくる可能性もあるが、それが考えうる限りの最善策。

 

無論、帰ってくる返事など決まっている。

 

「ダメだよ・・・詠ちゃんを置いてなんて・・・・・・」

 

優しさ。

 

君主としてはあるまじき長所に、何度苦労させられたか。

 

同時に・・・何度その優しさに助けられたか。

 

数えればキリがない。

 

どれも・・・良い、思い出だった。

 

それも・・・ここで終わり。

 

終わらせる。

 

「詠ちゃん!?」

 

突然走りだした賈駆。

 

その意図を理解し、董卓はその後を追う。

 

だが・・・もう間に合わない。

 

動かずを保っていた五胡の1人が、重々しく動き、大剣を掲げた。

 

突進してきた賈駆を殺す為に。

 

「ごめんね・・・月・・・・・・」

 

零れ落ちる涙。

 

流れる走馬灯。

 

振り下ろされる大剣。

 

主を、友を守る為に、賈駆はその命を捧げる。

 

 

「邪魔だボケ」

 

 

瞬間、突進していた賈駆、それを追っていた董卓の真上を五胡の戦士が飛んだ。

 

「・・・・・・へ?」

 

「ひぅ!?」

 

呆気に取られる賈駆。

 

身を竦ませる董卓。

 

「・・・ざけやがって・・・・・・これも奴の指示か、あ?」

 

そんな2人を放って、五胡の戦士を蹴り飛ばした蓮聖が剣を抜き放つ。

 

「そ、孫覇・・・?」

 

信じられないものを見るかのように賈駆が呟き、やがて、へなへなとその場に座り込んでしまう。

 

「ちょい待ってろ・・・あ、董卓の目ぇ塞いどけ」

 

え・・・?と首を傾げる董卓。

 

その言葉の意味に気付き、賈駆は董卓を引きよせてその眼を覆った。

 

それを確認した蓮聖は、五胡の戦士に向き直り、邪悪な笑みを浮かべる。

 

「何も聞かねぇ、お前らに自我がない事ぁわかってんからな・・・情けもかけねぇ・・・てめぇらに情けかけるほど、人間出来ちゃいねぇんでな・・・!!」

 

そう語り、覇気を強める。

 

「オォオオッォオオッォオオオッォオオオオッォオオッォオオ!!!!」

 

瞬間、獣のような雄叫びをあげ、五胡の戦士達が一斉に襲いかかってきた。

 

「しっ・・・」

 

1人目をかわし、回転しながら首筋を撫でるように剣を宛がう。

 

鮮血。

 

その血を浴びながら次の相手に視点を合わせば、既に大剣を真上に振りかぶっている。

 

そのまま叩きおろせば、覇国ではない剣では叩き折られるだろう。

 

「バカが」

 

しかし、蓮聖は振りかぶった大剣、その柄の底をそのまま掌で抑える。

 

速度を乗せる前、振りかぶって一時的に止まった場所を抑えれば、最小限の力でその攻撃を止める事が出来る。

 

そのまま、容赦なく剣を一閃した。

 

「こんな距離で大振りしてんじゃねぇよ・・・」

 

そう呟きながら、崩れ落ちる戦士の体を掴み、前方に押し出す。

 

すると、蓮聖の体を薙ぐように振られた大剣と衝突した。

 

大剣が既に死亡している戦士の体に食い込み、その動きを封じる。

 

「3人目・・・」

 

感情がこもらぬ言葉を囁き、大剣を何とか抜こうとしている戦士の首を跳ね飛ばす。

 

残り2人。

 

1人は既に戦闘が可能な状態ではないので、実質残り1人だ。

 

最後の1人は背を向け、その場を立ち去ろうとしていた。

 

「主に伝令ってか?させっかよぉ・・・・・・!!」

 

狙いを定め、投擲槍の要領で剣を投げる。

 

風を斬りながら剣は一直線に飛んでいき、逃亡する戦士の心臓を貫いた。

 

「・・・・・・」

 

最後に、最初の蹴りで重傷を負った戦士に近づき、首を踏み潰す。

 

終了。

 

余裕すら感じられる戦闘で、蓮聖は敵を排除した。

 

いつものような豪快な戦闘ではなく、純粋な戦闘慣れによる方法で。

 

軽く死体を片付け、蓮聖は賈駆達の下に戻る。

 

「おす、久しぶりだなぁ董卓、賈駆」

 

返り血で染まりながらも、にこやかに微笑む蓮聖。

 

そんな蓮聖に、董卓は呆然と、賈駆は警戒心を露わにする。

 

「近づかないで・・・知っているわよ、あんたのとこ連合軍に加盟してるそうじゃない・・・・・・そんな奴が何の用!?」

 

「詠ちゃん・・・でも、おじさんは・・・・・・」

 

助けてくれた・・・そう言いたいのだろう。

 

だが、本当に助けたのか。

 

私情ではなく、連合軍の兵として捕獲しに来たのではないか。

 

その疑念が払えない。

 

「・・・・・・なぁ・・・」

 

そんな賈駆に、蓮聖が膝を折り、目線を合わせてから真剣な表情で問う。

 

「俺って・・・・・・おじさん・・・?」

 

「・・・・・・あんた、もう30超えてるでしょーが」

 

ぐさっ・・・という擬音。

 

何かが、蓮聖の心を抉った。

 

「おじ・・・さん・・・・・・俺って・・・」

 

地面に膝と手をつき、本気で落ち込む蓮聖。

 

数年前会った時と変わらぬ姿に、賈駆の疑念が一瞬揺らいだ。

 

「で・・・何の用・・・?あんたから逃げられない事ぐらい知ってる・・・でも、もし月に危害加えるなら・・・・・・」

 

そんな言葉に気を取り直した蓮聖が大げさに溜息をつく。

 

「賈駆・・・お前も知ってんだろうが。俺ぁ誰かの掌の上で踊らされんのが嫌いなんだよ・・・今回もそうだ。諸侯どもの嫉妬なんぞに手を貸す気はねぇ・・・お前らがそうなったのも自業自得だろうが」

 

「っ・・・」

 

容赦ない言葉。

 

相手の事など一切考えていない。

 

「だがお前らには借りがある・・・返すのは早めの方がいいからな。今なら・・・願いを叶えてやらぁ」

 

と、意地悪い笑みを浮かべた。

 

対し、ぎりっ・・・と、歯を噛みしめる賈駆。

 

「どうする・・・?どうして欲しい・・・?」

 

憎らしい。

 

この男が。

 

強いくせに。

 

誰よりも強いくせに。

 

自分から救いの手を伸ばそうとはしない。

 

相手からの救済が無い限り、何もしようとはしない。

 

自分の運命は自分で決めろと言わんばかりに。

 

確かにそうだろう。

 

己の運命、己の道は己で切り開くもの。

 

でも・・・・・・

 

 

人はそこまで、強くはない。

 

 

暗闇に手を伸ばす勇気がある人物など限られている。

 

それを、こいつは容易に伸ばせと言う。

 

 

ふざけるな・・・と言いたい。

 

 

だが、事実だ。

 

今、選択を迫られている。

 

目の前の覇人を信じ、暗闇に手を伸ばすか。

 

一切信頼せず、このまま連合の手に落ちるか。

 

後者の場合、結末が見えている。

 

だが・・・前者でも同じではないのか。

 

なら、前者を選んだ方が可能性的には・・・・・・

 

否・・・と、賈駆は首を横に振る。

 

可能性などに頼れば・・・覇人が手を貸す筈がない。

 

覇人が求めるは覚悟。

 

屈強な、確固たる意志。

 

確実に殺される未来と、針の穴程度の光指す暗闇の未来。

 

己の運命を選ぶ・・・気力。

 

 

愚問だ・・・と、薄く笑った。

 

 

1人だったら迷ったかもしれない。

 

自分の命だけなら時間を要するだろう。

 

そもそも選べるかどうかもわからない。

 

だが・・・今は董卓がいる。

 

愛する友が。

 

絶対に守ると誓った親友が。

 

董卓の為ならば・・・一寸先が闇だろうと進む。

 

針の穴程度の光だろうが・・・進んで見せる。

 

「孫覇・・・お願い・・・・・・」

 

確固たる意志、屈強なる覚悟を以て、賈駆は懇願した。

 

 

「助けて・・・」

 

 

「・・・・・・」

 

蓮聖はその瞳をしばらく見つめ、俯いた。

 

「ああ・・・よくぞ言った」

 

顔を上げた表情は、誰もが安堵するような・・・優しい笑み。

 

「お前らの命・・・俺が救ってやらぁ」

 

今にも泣きそうな2人を背負い、走り出す。

 

「口閉じてろよぉ!舌噛むぜぇ!!!」

 

跳躍、屋根に飛び乗り城壁を超える。

 

疾走する姿は、さながら風のよう。

 

その風の背中で、2人はどっと疲れが押し寄せるのを感じた。

 

眠れぬ日々が続いていた。

 

ずっと・・・いつ寝首をかかれるかわからない日常。

 

だが・・・そんな事を忘れ、2人は安息する。

 

大きな背中。

 

民、戦友、家族・・・総てを背負っている背中は、こんなにも大きいのかと、2人はまどろみながら考える。

 

父に抱かれた娘のように、2人は無垢な表情のまま、夢の中へと沈んでいった。

 

 

「・・・・・・あのさ、いや確かに怪しいのはわかるぜ?でもさ、いきなり斬りかかるとか非常識とは思わんのかねぇ・・・関羽?」

 

ふぅーふぅー・・・と荒い息を抑えようともせず、蓮聖達を出迎えた関羽は青龍偃月刀を構える。

 

劉備軍陣営、入口付近にて2人は対峙していた。

 

「幼女2人を背負ったいい年の大人を見たらすぐに殺せという命令があるのでな」

 

「嘘だよな!?絶対それ嘘だよな!?」

 

「黙れ!!桃香様に何の用だ!!」

 

「それも聞かずに斬りかかってきたのは何処のどいつだってぬおっ!?」

 

振り上げの一閃。

 

董卓と関羽を背負っているので両手を使えない蓮聖はその攻撃をかわすしかない。

 

「だぁかぁら話を聞けっつうの!!とにかく劉備呼べ!!それか諸葛亮ちゃんでもいいから!!」

 

「えぇい黙れぇ!!貴様のようなうつけを桃香様に会わせられる筈がなかろう!!」

 

闘気が肥大、関羽必殺の乱舞が繰り出される。

 

 

「愛紗ちゃん!!」

 

 

瞬間、その動きが停まった。

 

「と、桃香様・・・・・・」

 

「愛紗ちゃん何やってるの!?孫覇さん女の子抱えてるの見えてるでしょ?襲いかかったらダメじゃない!!」

 

「え、あ・・・う・・・・・・」

 

叱られた子供のように、関羽が体を小さくさせる。

 

武神とは思えぬその姿に、躾けされてんなぁ・・・と嘆息する蓮聖。

 

「すいません・・・孫覇さん・・・・・・愛紗ちゃんがご迷惑を・・・」

 

「いや、まぁ・・・怪しいのは事実だしなぁ・・・構いやしねぇよ」

 

「あの、それで・・・今回のご用件は・・・・・・」

 

「あぁ、こいつらの事だ・・・」

 

と、未だ眠る2人の少女を降ろす。

 

「諸葛亮ちゃんなら、誰かわかるんじゃないか・・・?」

 

と、劉備の横に控えている少女に問いかけた。

 

「・・・・・・・・・まさか、董卓・・・さん・・・?」

 

「ご名答・・・」

 

「え、ええー!?だ、だって董卓さんって身の丈10尺で髭がもじゃもじゃで角とか生えてて虎とか素手で倒しちゃったりとか・・・」

 

「角は人間じゃねぇよ・・・他は見たことあるが」

 

あるのかよ・・・という周囲からのツッコミを無視し、蓮聖は言葉を続ける。

 

「こいつらは呉には置いておけねぇ・・・これから戦続きになるからな。当然、曹操が了承する訳がねぇ・・・となると、安心できるのはお前らのとこしかねぇっつうことだ」

 

「・・・それは、まるで我らが戦をしないように聞こえるが?」

 

「お前がそれを言うか?・・・劉備、1つ聞きたいんだが・・・・・・」

 

「え、はい・・・えと、何でしょう・・・」

 

「お前らがやっているのは戦争か?」

 

その問いに込められた思考。

 

それに、劉備は気付かない。

 

「え・・・は、はい」

 

戦争。

 

それは、劉備が本来嫌うものだ。

 

正直、劉備にとってそれは認めたくないものでもある。

 

「・・・まぁ、その辺は見解の差異。定義の違い・・・か・・・・・・はっきり言うぜ・・・俺は、お前のそれが戦争だとは思わん」

 

「・・・え・・・・・・?」

 

「瞳を見りゃあわかる・・・お前の理想は平和だ。笑顔、平等。ああ、素晴らしい。そんな世界がありゃあ、どんだけいいだろうなぁ・・・その為に戦争をする。戦争を止める為に戦争をする。矛盾しちゃあいるが、その理想が間違っているとは言わん。事実、戦争を止められるのは戦争だ・・・」

 

だが・・・と、蓮聖は諦めにも似た声音で告げる。

 

「お前の覚悟は中途半端だ・・・そんな覚悟じゃ、お前のやってるのは戦争ではなくごっこ遊び・・・・・・善ではなく偽善。反吐が出らぁな」

 

嘲笑を含む言葉。

 

「・・・っ・・・・・・」

 

劉備は、唖然と・・・そして屈辱の表情を浮かべている。

 

自覚は・・・あったようだ。

 

まだマシと言える。

 

「・・・・・・はぁ・・・」

 

再度溜息をつく蓮聖。

 

わかりきってはいたが、こうも予想通りとなると些か面倒なものがある。

 

肌に、小さい針を刺すような感覚。

 

殺気。

 

その殺気の方を向けば、やはりと言うべきか、怒りを露わにしている関羽の姿があった。

 

「・・・・・・あ?」

 

ふと、気付く。

 

関羽だけではない。

 

その横にいる趙雲も、劉備の隣にいる諸葛亮も。

 

いや、それだけでもない。

 

前からも、右からも、左からも・・・後ろからも殺気を感じる。

 

およそ、全方向から。

 

何だぁ・・・?と視線を巡らせようとした瞬間、蓮聖は2人を抱いてその場を飛び退く。

 

破壊音と共に、蓮聖がいた場所に砂煙が舞った。

 

そこにあるのは、3本の槍。

 

関羽、趙雲、そして見知らぬ少女からの一撃だ。

 

「容赦なしかよ・・・・・・っ!?」

 

相対しようとした瞬間、その動きが停まる。

 

いや、動いてはいけない・・・と、強制的に動きを止めた。

 

視線だけ動かせば、やや離れた場所に、弓を構える女性の姿がある。

 

その覇気たるや一矢一殺。

 

動けば、容赦なく、間違いなく殺される。

 

そして抜刀の音が響き、不動を貫く蓮聖の首元に、何十という剣が添えられた。

 

そこで理解する。

 

一般兵。

 

近衛。

 

衛生兵。

 

将兵。

 

そこにいる劉備軍に属する総ての者が、蓮聖に対し殺気を放っていた。

 

実力など関係ない。

 

目の前の覇人が本気を出せば、この場にいる総ての人間が容易く死ぬだろう。

 

それでも・・・そんなもの関係ないと言うかのように、総ての人間は壁に立ちはだかる。

 

その中でも、一際大きな殺気を放ちながら、関羽が一歩前に出た。

 

「ごっこ・・・だと・・・・・・?ふざけるな!!!そのような軽い気持ちで、我らは立ちあがったのではない!!総ての弱き民の為に、戦を嘆く総ての人々の為に!!我らがある!!」

 

堂々と、誇りを以て関羽は叫ぶ。

 

「貴様はそれを偽善と呼ぶだろうがな・・・それで救われる者達がいるのだ!!やらぬ善よりやる偽善。1人でも多くの民が助かるのならば・・・我らは偽善者にもなろう!!」

 

己が誇りの、己が理想の、己が主人の為に。

 

眩しい・・・と、蓮聖は感じた。

 

痛々しくも・・・とても、美しいものと。

 

「気に食わんのならそれでもいい。桃香様に楯突くというのならば我らが相手になろう。所詮貴様のようなうつけに、我らが主の理想を理解せよと言う方が無理なのだ」

 

「酷ぇ言われようだなぁ・・・・・・」

 

ま、構わんが・・・と蓮聖は突きつけられた剣、向けられた矢も気にせず・・・関羽の前へ移動する。

 

「・・・え・・・?」

 

「・・・・・・そんな・・・」

 

関羽、そして矢で狙っていた女性の声。

 

間違いなく狙っていた筈なのに・・・一瞬でも視線を外していないのに、見失った。

 

動いた瞬間、斬り伏せる、射ぬく覚悟でいたのに。

 

「お前の・・・お前らの覚悟はわかった。つか、お前らは結構前から認めてんだけどな・・・震えるような美しい覚悟・・・尊敬に値する・・・・・・問題なのは・・・てめぇだ、劉備」

 

と、蓮聖は関羽の後ろにいる劉備に話しかける。

 

ここにいる誰もが・・・蓮聖という巨大な壁に立ち向かった。

 

己が力量を理解して尚、圧倒的な存在に立ち向かった。

 

主人の為に。

 

だが・・・ただ1人・・・・・・

 

 

劉備だけが・・・主だけが・・・・・・立ち向かわなかった。

 

 

「お前の部下は覚悟を見せた・・・俺ですら感服する『主に尽くす部下』の覚悟をな・・・だがお前はどうだ。お前の覚悟は・・・?『人が仕える主』としての覚悟は?」

 

「・・・え・・・ぁ・・・う・・・・・・」

 

答えられない。

 

ただ覚悟を。

 

挙兵の時の気持ちを、部下に示したその想いを、目の前の覇人にぶつければいいだけなのに・・・

 

それが、出来ない。

 

「・・・・・・俺はお前を認めん。嫌悪する。お前が相応の覚悟を見せん限り、お前を認める事ぁねぇ」

 

断言。

 

「だから・・・よ」

 

すっ・・・と腕を上げる。

 

無造作な動きに、関羽らが反応する暇なく、その掌が劉備の頭に添えられた。

 

「もう、無理しなくていい・・・辛ぇんだよ、見てて」

 

「・・・ぇ・・・?」

 

「お前に、そこは似合わない。不相応なんだよ・・・・・・だから、もう止めろ」

 

優しく頭を撫で、慈愛の笑みを浮かべる。

 

「お前が偽善ならば、俺が善となって、大陸を平和にしてやる・・・だから・・・・・・な?」

 

「で、でも・・・その・・・・・・あ・・・ぅ・・・」

 

是でも、否でもない。

 

迷う。

 

ただ、迷う。

 

答えられない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

そんな劉備を見、蓮聖の動きが停まった。

 

「あー・・・もういいや」

 

がしがしと髪をかき、盛大に溜息をつく。

 

諦めたように、心底呆れたかのように、その瞳が変わった。

 

獲物を狩る、虎の瞳に。

 

 

「死ねよ、お前」

 

 

瞬間的に振り下ろされる拳。

 

「桃香様っ!!」

 

寸前、関羽が劉備を押しのけ、その一撃を青龍偃月刀で防ぐ。

 

「ぐぅぁ!!」

 

ただの拳・・・それなのに、関羽の体は武器ごと吹き飛んだ。

 

「き、貴様ぁ・・・本気で・・・」

 

殺そうとした。

 

今、蓮聖から発せられた殺気は間違いなく本物。

 

それを感じ取り、関羽は一層殺気を強める。

 

「はっ、大徳が聞いて呆れるぜ・・・優柔不断のガキが。てめぇの脳みそは何のためについてる?」

 

要はそこなのだ。

 

答えれば・・・どっちにしろ、是か否か答えれば蓮聖がこんなにも憤る事はなかった。

 

劉備は迷った。

 

迷い、状況に流されようとした。

 

覚悟あるならば、意思があるならば即決出来た筈。

 

蓮聖という壁に、部下と同じく立ち向かえた筈。

 

それが出来ない・・・即ち、覚悟が、意思がない。

 

許せない。

 

それが・・・溜まらなく許せない。

 

「・・・その迷いある覚悟が、芯のある覚悟を持つこいつらを殺してんだぞ・・・?理解してんのか?」

 

無駄死に・・・と、蓮聖はそう言っている。

 

関羽、趙雲、諸葛亮・・・優秀な人間が、覚悟ない主によって無駄死にする。

 

蓮聖の頭には、黄巾の争い時に闘った高覧の姿があった。

 

主に恵まれず、その才能の行き場を失った哀れな男。

 

あの事例ならまだいい。

 

あまりにも主の器が小さすぎる。

 

『しょうがない』という言葉で済ませられる範囲にある。

 

だが・・・この劉備は違う。

 

その器は、蓮聖の目から見ても見張るものがある。

 

人を魅せつける力。

 

大陸の中でも、ここまで人徳の能力に特化した人間は2、3人程度だろう。

 

蓮聖はこの劉備に、義弟である一刀の姿が重なった。

 

一刀にも、人を惹きつける力がある。

 

人徳。

 

それに優れているからこそ、一刀は役目を担えるのだろう。

 

そして・・・覚悟も備わっている。

 

なら劉備は。

 

他人任せだから、覚悟なんて持たなくてもいい?

 

「ざけんじゃねぇよ・・・!!」

 

主だからこそ、他人任せだからこそ、誰よりも覚悟を持たなければならない。

 

己が命を賭ける戦場にいて尚、誰よりも強く、硬い覚悟を持たなければ。

 

そうでなければ・・・・・・未熟以外の、子供以外の何だというのだ?

 

ごっこと言われても、何ら文句が言えないのではないか?

 

「関羽よぉ・・・こいつに。覚悟も持たねぇこいつに、お前ほどの女が仕える価値があんのか?」

 

「無論だ。私は・・・我らは桃香様を信じている。この槍は桃香様の為に!!民の為に!!誇りの為に存在する!!」

 

「・・・そうか。くく・・・やっぱ、お前は格が違ぇなぁ・・・」

 

険しい表情から一変、優しい微笑みを浮かべ、董卓と賈駆を静かに降ろす。

 

「んじゃ、こいつらの事はよろしく頼む・・・俺ぁ、これ以上この場所に居たかねぇんでな」

 

「ま、待て!我らはまだ了承して・・・」

 

「ほぉ、大徳とも呼ばれし女が?被害者たるいたいけな少女2人を見捨てると・・・?はっ、冗談ぬかせ・・・それとも、その数少ない長所ですら嘘なのか?」

 

「ぐ・・・と、桃香様・・・・・・?」

 

正論を突かれ、主に指示を乞う関羽。

 

だが、劉備は呆然と蓮聖を見つめるしか出来なかった。

 

「劉備よ・・・」

 

「・・・っ!」

 

劉備の顔を見ず、背中を向けたまま蓮聖は告げる。

 

「此度の件の礼だ・・・てめぇなんぞに借りは作りたかねぇ・・・・・・てめぇを潰すのは、諸侯の中で最後に回してやる。無論そちらから仕掛けるならば容赦はせん。精々兵を整え、覚悟を育むんだな・・・」

 

そう言い残し、蓮聖は殺気の渦の中を悠々と帰還していった。

 

「っう・・・うぁ・・・・・・」

 

「桃香様・・・!!」

 

蓮聖が去った途端、崩れ落ちる劉備。

 

その体を、関羽が支える。

 

「愛紗・・・ちゃん・・・・・・私・・・私・・・!!」

 

言えなかった。

 

挙兵時に抱いた思いも。

 

桃の園で妹達と交わした誓いも。

 

言わなければならなかったのに。

 

立ち上がらなければならなかったのに。

 

出来なかった。

 

「あぁ・・・あぅぁ・・・・・・っぅ・・・」

 

悔しい。

 

何と悔しい事か。

 

あの覇人を前にして、魂を持ってかれたように、劉備の中の支えが音を立てて崩れた。

 

そしてあの覇人が情を示した瞬間・・・『この人なら平和にしてくれる』・・・と、僅かながらでも、思ってしまった。

 

それは・・・妹達を、仲間を、部下を、民を裏切る思い。

 

そんな思いを少しでも思ってした自分が・・・憎い。

 

「わ、わた・・・私は・・・弱いよぉ・・・・・・」

 

止めどなく、涙が溢れ出してくる。

 

年相応の、少女のように。

 

そのように泣きじゃくる劉備を、関羽は優しく抱きしめた。

 

「大丈夫ですよ・・・最初から強い人なんて、存在しませんから・・・・・・これから、少しずつ強くなればいいんです」

 

幼子をあやすかのように、関羽の手が劉備の髪を撫でる。

 

「どうかご心配なさらず・・・我らは終生、あなた様の槍であり続けます・・・・・・奴には奴の道がある。奴は奴。あなたはあなただ。桃香様・・・己の道を、貫き下さい・・・」

 

「ぅう・・・ぁぅ・・・・・・」

 

劉備の涙は止まらない。

 

この涙は・・・成長の涙。

 

幼き者は、涙を流すごとに強くなる。

 

蓮聖が告げた事は事実である。

 

正論、真実。

 

それは、劉備自身が最も理解してる。

 

理解したのならば、それに気付けたのならば・・・

 

 

劉玄徳は、さらに成長する。

 

 

そんな主に、臣下達は頭を下げた。

 

己が忠義を示すが如く。

 

かの覇人が覇道を歩むならば。

 

我らは忠道を貫くのみ。

 

その意思を、覚悟を・・・年端もいかぬ少女に捧げた。

 

 

「はあぁぁあっぁああぁあ!!!ちんきゅーき――――っく!!!」

 

「ぬがっ!?」

 

雪蓮軍陣営。

 

帰還した蓮聖は捕虜となった呂布の状態を見るべく、呂布の場所へと訪れる。

 

そして、天幕の中へ入ろうとした瞬間に、見事としか言いようのない強烈な蹴りが蓮聖の顔面に直撃した。

 

「な、なんだぁ・・・?」

 

蹴りを食らって尻餅をついた蓮聖。

 

その上で仁王立ちする少女が高らかと叫ぶ。

 

「ふははは!!恋殿の敵、音々が討ち取りましたぞー!!」

 

さらに飛び跳ねたり、ぐりぐりと踏みつたりと、少女は容赦なく蓮聖をいたぶる。

 

「・・・・・・はい?えと、お前、誰?」

 

大して痛みはないが、自尊心というものが色々と傷つく。

 

「敵に語る名などないのですー!!」

 

いや、さっき何か真名っぽいもん漏らしただろ・・・と溜息をつく蓮聖。

 

ふと、天幕の入り口に誰か立っているのに気付く。

 

その姿を見て、やんわりとした笑みを浮かべた。

 

「よぉ、もう起きて大丈夫なのか・・・?呂布」

 

呂奉先。

 

蓮聖の上にいる少女をひょいと持ち上げると、静かに頷いた。

 

「そうかそうか・・・ならいい。成程なぁ、お前の家族ってそいつの事だったのか」

 

すると、ふるふると首を横に振った。

 

「あ?違うのか?」

 

「ん・・・ねねは・・・友達・・・・・・」

 

「んじゃあ家族っつうのは・・・うぉ!!」

 

その時、呂布の隣から小さな塊が飛び出し、蓮聖の頭にはりついた。

 

視界が塞がれ、尚且つ何だか生温かいものが顔中を舐めまわす。

 

「ちょ、ちょお待て!なん・・・・・・い、犬?」

 

何とか暴れる生物の体を持ち上げると、中々可愛らしい犬がそこにいた。

 

蓮聖をキラキラと見つめながら、尻尾を縦横無尽に振っている。

 

「はは・・・そう言う事か、確かに。お前は動物っぽいとこあるしなぁ」

 

うりうりと犬の頭を撫でながら、微笑む蓮聖。

 

「まだ・・・いる・・・よ?」

 

「・・・へ?」

 

悪い予感がし、天幕の中を覗く蓮聖。

 

そして、呆然と口を開いた。

 

「おいおい・・・何匹いるんだよ・・・・・・」

 

天幕の中にいるのは呂布の家族であろう犬やら猫やら鳥やら・・・

 

「・・・ん?・・・・・・お、おい・・・明命!?」

 

ふと、天幕の端に猫が山積みになっているのが視界に入る。

 

山積みというより、何かに一斉に懐いていると言った方がいいか。

 

その猫山の麓に、見知った顔が埋もれていた。

 

「ふみゃぁぁぁあ」

 

満面の笑みを浮かべて。

 

「お猫様お猫様お猫様お猫様お猫様ぁぁぁ♪」

 

何だか抱きついたり頬ずりしたりすりよせたり全身で愛情を示していた。

 

幸せそうなので放っておこう・・・と決めつけ、蓮聖は天幕の端の方に座り、その正面に呂布が座る。

 

「まず、結果だが・・・一応、董卓と賈駆は無事だ」

 

瞬間、少し強張っていた呂布の顔が和らいだ。

 

僅かな変化ではあるが、見逃さない。

 

「安心したか・・・?」

 

こく・・・と頷く呂布。

 

家族の安全が確認された状態で、心残りは董卓達だった。

 

「んで、これからの事だ・・・・・・はっきり言って、勝負は引き分けだ。どういう状況であれ第三者の介入があったからな・・・勝者もなく、敗者もいねぇ」

 

その言葉にふるふると呂布が頭を振るが、それに対し蓮聖は頭を振る。

 

「いいや、あれは引き分けだ。何と言おうとな・・・つまり、決着はついていない。そして、お前は捕虜となったが、選択権がある。ここに残るか、出て行くか」

 

それは・・・卑怯な問い。

 

家族が動物達だと分かった以上、出て行くという選択肢は選びにくいだろう。

 

多数の動物達と共に、戦乱の大地を旅など出来はしない。

 

呂布の腕なら護れるだろうが、食糧不足に陥るのが関の山。

 

だから・・・蓮聖は選択肢を用意する。

 

「何だったら、落ちつく場所が見つかるまで家族は俺達が匿ってもいい・・・それくらいの事はしてやる・・・選ぶのはお前だ・・・呂布」

 

選ばせる。

 

選択肢を用意し、己の意思で選ばせる。

 

まぁ・・・そんなものは、この少女にはいらぬお世話かもしれないが・・・と思案しながらも、己のやり方は変えない。

 

しばしの沈黙。

 

呂布の隣の少女は、頻りに呂布の顔を伺っている。

 

だが、その瞳は、呂布の決定ならば異論はないという意思があった。

 

流されるのではなく、この人の決定に絶対に追従するという覚悟。

 

その覚悟もまた、立派なものである。

 

己が忠道を貫いているのだから。

 

「答えを・・・聞かせてくれるか?呂・・・」

 

ふるふると頭を振る呂布・・・だが、その否定は蓮聖が聞く『答え』ではない。

 

「・・・恋・・・・・・」

 

「真名・・・か・・・?」

 

ん・・・と肯定。

 

つまり、呂布ではなく恋と・・・真名で呼んで欲しいと、促している。

 

「そうか・・・そうか・・・・・・ああ、ありがたく。恋」

 

親愛を言霊に乗せ、呂奉先の真名を呼ぶ。

 

無表情な、それこそ鉄仮面のような恋の表情が砕け、優しい笑みを浮かべた。

 

「それで・・・答えは・・・?」

 

もう、聞くまでもない・・・と、蓮聖は思うが・・・それでも意思は意思だ。

 

恋の瞳に映る確かな覚悟。

 

「残る・・・ここに・・・・・・いさせて・・・?」

 

笑みを浮かべて、恋はそう告げる。

 

「・・・ああ。勿論だ・・・歓迎する、恋」

 

蓮聖は立ち上がり、朗らかな笑みを浮かべた。

 

そして、同じように立ち上がる恋の瞳を見つめ、告げた。

 

「お前に・・・我が真名を授ける。我が真名は蓮聖・・・孫呉に咲く、聖なる蓮」

 

「蓮・・・聖・・・・・・?」

 

ああ・・・と頷く。

 

真名を授けた。

 

その意味は即ち・・・この少女は、蓮聖が命を賭けて守る価値があると・・・そう認めた事。

 

「お前は今から・・・俺達の家族だ」

 

くしゃり・・・と、赤髪を撫でる。

 

初めてそうされたのだろうか・・・少々驚きながらも、やがて子供のようにその行為を受け入れた。

 

「さて・・・だ、んじゃあええと・・・・・・誰だっけお前?」

 

と、呂布の隣にいる少女に問う。

 

「音々は音々なのです!!」

 

「いやだから、それ真名だろうが・・・あー、待て・・・お前あれか。陳宮とかいう何か呂布にひっついてるっつう奴か」

 

うんうんと勝手に納得する。

 

うがー!とさらに蹴りかかろうとしている陳宮を、恋が無造作に止めた。

 

「明・・・はダメか」

 

「にゃはああぁぁあ・・・」

 

相も変わらず猫に埋もれる明命。

 

「思春」

 

呼んだ瞬間、何処からともなく思春の姿が蓮聖の傍に現れる。

 

「ここに」

 

「話は聞いていたな。雪蓮達にその事を伝えてくれ」

 

「御意」

 

有無を言わず頭を垂れ、思春は2人を連れて天幕を出て行った。

 

「さて・・・と・・・・・・」

 

首を鳴らし、肩を揉む。

 

「よっ・・・」

 

軽く柔軟運動。

 

体中がぎしぎしと軋むが、大した問題ではない。

 

肋骨と肩の調子を測り、っし・・・と、気合をいれた。

 

「狩りの始まりだ・・・」

 

 

洛陽の街から西の方向にやや離れた場所。

 

遠目に洛陽の城壁が見える。

 

そんな場所に2人の男が立っている。

 

否、立っていた。

 

「・・・・・・所詮は、この程度・・・か」

 

既に1人は死に絶えている。

 

「儚いものだ・・・・・・」

 

人の夢と書いて、儚いと読む。

 

呼んで字の如く、倒れ伏す男の夢は儚きものとなった。

 

と、そこで男は首を傾げる。

 

「はて・・・こやつの夢・・・・・・何だったか・・・?」

 

確か、死合う前に叫んでいたような気もするが・・・とうに忘れてしまった。

 

それ程にこの男は弱く、男の印象に残る物ではなかったという事。

 

左程気にする事ではない・・・と、頭を振り、男はその場を立ち去ろうとする。

 

が・・・その動きは唐突に止まった。

 

ばっ・・・と振り向き、倒れ伏す男を見やる。

 

無論ながら、先程の光景と何ら変化はない。

 

光景・・・は。

 

「・・・何だ・・・・・・?」

 

空気が・・・その場の雰囲気が、明らかに異質なものへと変化していた。

 

臨戦態勢を取る男。

 

何故・・・?

 

目の前には死に体の男。

 

動く筈もない。

 

完全に、容赦なく、徹底的に殺したのだ。

 

ならば・・・何故?

 

男は軽く目を瞑り、思考を開始する。

 

理性は別に気にする必要はないと主張。

 

対し、本能は構えなければ・・・

 

臨戦態勢を取らなければ・・・死ぬ、と主張。

 

戦経験から本能を選択。

 

辺りを警戒、索敵範囲をさらに広げる。

 

感覚を伸ばしに伸ばし切った時、洛陽の方面から何かが疾走してくるのを感じた。

 

あれは・・・こちらに疾走してくる何かは、明らかな敵意を以て、真っ直ぐにこちらへ向かってきている。

 

要素の摘出。

 

連絡がつかぬ部下。

 

疾走する何か。

 

覚えのない敵意。

 

長年の勘。

 

仮定、想定、決定。

 

疾走する何かを敵と断定。

 

排除する。

 

思考をまとめた男は迅速に行動した。

 

背中の弓を取り、矢をつがえる。

 

距離は・・・否、距離など関係ない。

 

要は当てればいい。

 

標的に当てる。

 

簡潔かつ正論。

 

呼吸を落ちつける。

 

弓兵に必要なのは平常心。

 

いや、それは武人総てに言える事かもしれないが。

 

取分け弓兵は平常心でいなければならない。

 

特に、数を減らす籠城戦などではなく、特定の相手に矢を射る場合などは。

 

そういう機会が多かった男は、何の迷いもなく己の世界を作り上げた。

 

吹きすさぶ風。

 

この風も、当然ながら計算にいれなければいけない。

 

距離があればある程、矢は風に左右される。

 

だが、男はそれをしなかった。

 

する必要が無かった。

 

「っ・・・!」

 

放たれる。

 

鋼鉄で造られた矢が。

 

風を切る音と共に。

 

並々ならぬ力で放たれた矢は強風も気にせず、疾走する者へと直進する。

 

そして・・・穿たれた。

 

男の目に映る、疾走する影が一瞬ぐらつく。

 

が・・・止まらない。

 

疾走・・・疾走・・・疾走。

 

やや困惑する男。

 

遠目でもわかるが、矢は疾走する者を貫通している。

 

急所には当たってないだろうが、痛みは相当な筈だ。

 

ならば何故まだ動く?

 

引けばいいものを・・・そうすれば、更なる痛みを味わう必要もないのに。

 

再び矢をつがえ、構える。

 

しばしの沈黙・・・放つ。

 

命中。

 

尚、静止せず。

 

むしろ、速度が増している。

 

素晴らしい・・・と男は内心、胸を踊らされていた。

 

先程死合った男は、男が望む者ではなかった。

 

彼が望むは強きモノ。

 

強き意思、強き覚悟、そして・・・儚くも、強き夢を持ったモノ。

 

人だろうが獣だろうが・・・それこそ神でも構わない。

 

圧倒的な強と、闘いたい。

 

疾走する者は・・・その強に値する。

 

「・・・ふっ・・・・・・」

 

知らず知らずに口端が吊りあがる。

 

心の中では獣の如く、獰猛に笑う。

 

いざ・・・勝負。

 

男は地面に立ててあった矢筒を背負い、疾走者に対して円を描くように疾走を開始した。

 

 

「ちっ・・・」

 

無意識に、疾走する蓮聖は舌打ちした。

 

体が・・・重い。

 

疾走する中、気がつけば、体を鋼鉄の矢が貫いていた。

 

普段なら矢が接近した時点で気付き、かわすか弾くか可能なのに。

 

激痛で意識が飛び、2射目の衝撃で意識を取り戻した。

 

冷静になれ・・・と、疾走する蓮聖は心の中で呟く。

 

激情のまま猪突猛進した結果がこれだ。

 

自身に悪態をつきながらも、疾走は止めない。

 

止める理由がない。

 

確かに痛みはある。

 

2本の鉄矢は腹部を貫通し、動くだけで激痛を伴う。

 

が、激情がその痛みを揉み消していた。

 

殺せる。

 

殺せるのだ。

 

視界に・・・殺すべき奴がいるのだ。

 

殺さないで退くなど・・・考えられない。

 

「くく・・・」

 

冷静に・・・という言葉を囁く理性。

 

だが、本能は叫ぶ。

 

「冷静になんて・・・いらっれかよぉぉおおっぉおおぉお!!!!」

 

歯を剥き出しに、目を血走らせ、狂人と化して蓮聖は疾走する。

 

見れば、弧を描くように殺すべき男も疾走を開始した。

 

「遠距離戦ってかぁ!?詰めりゃあ終わりだろぉが!!」

 

四肢に力を込め、地面を蹴る。

 

速度がさらに増し、男との距離を縮めた。

 

だが、まだ距離がある。

 

距離を詰めるまでに何射かは許してしまうだろう。

 

これ以上の傷は死を招く。

 

そう思い、蓮聖は腰の剣の柄に手を添えた。

 

「っ」

 

予想通り、矢が放たれる。

 

今回は放たれた時から目視出来た。

 

が、先程とは速度も段違い。

 

迫りくる脅威。

 

それが迎撃範囲に入った瞬間、力を解き放つ。

 

「『六徳』」

 

神速の抜剣。

 

凄まじい速さで抜き放たれたそれは、同じく凄まじい速度で迫りくる鋼鉄矢を弾いた。

 

その速度は覇国での『六徳』の比ではない。

 

そも『六徳』や『清浄』などの神速抜剣は通常の剣を用いて行う技である。

 

覇国で使う事が、既にあり得ないのだ。

 

それでも、呂布という武人に会い、調子に乗ってしまった蓮聖は覇国を使ってしまった。

 

「ぐっ・・・」

 

肩に激痛が迸る。

 

通常の剣ならば『六徳』程度で怯む体ではないが、やはり呂布戦の無理が祟った。

 

しばらく抜剣は使えない。

 

痛みは無視出来たとしても、興奮が収まった時、取り返しのつかない事態になる可能性がある。

 

「ち・・・クソったれが」

 

出来れば万全な状態で臨みたかった。

 

自身の最強の力を以て、完膚なきまで捻り潰したかった。

 

それが叶わぬのもまた運命。

 

そう思い、嘆息する。

 

まぁ、構わない。

 

その程度の不幸など、湧き上がってくる幸福により塗りつぶされているのだから。

 

「おっぉおおぉぉぉおおっぉおおぉっぉおおお!!!」

 

さらに速度を上げる。

 

文字通り、全速力。

 

一蹴り一蹴りに力を込め、風を纏う。

 

視界に、驚き、目を見開く男の姿を捉えた。

 

距離は詰まられた。

 

弓兵が凌げる距離ではない。

 

生粋の弓主義なのか、その腰に剣の姿もない。

 

勝利。

 

確信する。

 

狂笑を浮かべ、迷いなく、蓮聖は剣を振りかぶった。

 

「死ね・・・五胡ぉおぉおっぉおお!!!」

 

容赦なく振り下ろす。

 

この一撃を食らえば、まず間違いなく男は死ぬ。

 

その時、男が笑い、口を開くのを見た。

 

 

「そうもゆかん・・・私はまだ、汝と存分に死合っていないのだからな」

 

 

そう・・・呟いた。

 

瞬間、変化が起こる。

 

「っ!?」

 

派手に響く金属音。

 

男ではなく、蓮聖の目が見開かれる。

 

男の手から、弓が消えた。

 

そして、いつのまにか握られていた双剣により、蓮聖の一撃が防がれた。

 

「ち・・・」

 

殺し損ねた己に悪態をつき、判断も兼ね、一旦離れる。

 

「お初に。我が名は鷹玄・・・汝の名を聞いても?」

 

綺麗に礼をし、鷹玄と名乗った男が蓮聖に問う。

 

「・・・蓮聖。我が真名は蓮聖だ」

 

と、ぶっきらぼうに真名を告げる。

 

一撃防がれた事で、激情が瞬間的に冷めてしまった。

 

無論、燻っているだけで、すぐにでも点火するが。

 

軽く目を見開き、鷹玄は薄く笑う。

 

「ほぉ・・・自らの敵に真名を送るとは・・・何か所以でもあるのか?」

 

「なぁに・・・自分の中で決めてるだけだ・・・己が真名を送るのは、この命を賭けても護る価値がある者、そして・・・この手で、必ず殺す者だけ・・・と」

 

殺気を放ち、剣を構える蓮聖。

 

真名は本来、大切な者達に残す名。

 

それを、よもや敵が知っているとなればそれは恥。

 

故に、敵対している人間で真名を知る者は、総て殺す。

 

殺す事で、恥を消す。

 

必ず殺すという意思の表れ。

 

「成程、成程・・・では、汝に問おう。汝の夢や如何に?」

 

緩やかに双剣を構えながら、鷹玄は問いた。

 

「ある男の死。そして、我が家族、民の安寧」

 

そう、言い切る。

 

ある男の命が、家族や民と同等と。

 

「上々、良い。良いぞ・・・どうか楽しませてくれ」

 

相応しき強。

 

強にして狂。

 

素晴らしい・・・と、鷹玄は絶賛する。

 

「いざ、参る」

 

静かに呟き、鷹の如く、鷹玄は跳躍した。

 

「殺してやらぁ!!」

 

大地を蹴り、地を這うが如く身を屈ませ、剣を振りかぶる。

 

「づぁ!!」

 

「らぁ!!」

 

双剣での振り下ろし、剣での振り上げが衝突する。

 

「甘ぇんだよ!!」

 

双剣を握る腕はそれぞれ1本。

 

いくら手負いといえど、片腕に蓮聖が押し負ける謂われはない。

 

当然の如く双剣を弾き、そのまま一直線に鷹玄の体に吸い込まれる。

 

「そちらがな」

 

「っ!?」

 

ぎぃん・・・と、何かが張り詰めた音が蓮聖の耳に届いた。

 

「なっ・・・」

 

振り上げた剣が・・・止まる。

 

何かに遮られたかのように、空中で静止する。

 

「ふむ・・・いい振り上げだ。迷いがない・・・・・・やはり、汝は相応しき者よ・・・」

 

驚愕する蓮聖に、鷹玄は笑みを浮かべる。

 

そこで、気付く。

 

剣の先に、何かがある。

 

細い・・・それこそ、糸のような・・・・・・

 

「成程な・・・その双剣、さっきの弓か」

 

「ご明察」

 

見れば、その糸は双剣の底と繋がっている。

 

即ち、弦。

 

鋼鉄で造られているのだろう強固な弦により、蓮聖の一撃が防がれたのだ。

 

「弓兵は近距離が苦手だと思われがちなのでな。少々意表をつかせてもらった」

 

ふっ・・・と、微かに息を吐き、蓮聖の手元へと蹴りをいれ、その反動で斬りつける。

 

「っ」

 

僅かに顔をしかめながらも、剣を離さずに双剣に対応する。

 

双剣独特の手数の多い攻撃。

 

「・・・・・・くそが」

 

思わず口に出るほどに、鷹玄の攻撃に隙はなかった。

 

手数が多いとは言え、所詮は弓兵。

 

近接戦闘で遅れを取る筈はないが、少なくとも手負いの蓮聖が手を出せない程度の腕はある。

 

斬られる覚悟で、踏み込み、蹴りを繰り出す。

 

それに対し、すっ・・・と音も無く後方へと下がる鷹玄。

 

さらに舌打ちする蓮聖。

 

肉を切らせて骨を断つ。

 

正にそれを成そうとしたが、読まれた。

 

「弓兼双剣の変形型・・・しかも付け焼刃じゃねぇのがうぜぇ」

 

「くく・・・褒め言葉として受け取っておこう。それにしても、あのお方の予言は真であったか」

 

「あ・・・?」

 

蓮聖が表情を歪める。

 

「『董卓を包囲、後、ここに立てば汝に相応しき者に出会うだろう・・・』正直に言えば五分五分しか信じられんかったが・・・理解した。ふふ、我が人生も捨てたものではなかったと」

 

無駄話をしているぐらいなら斬りかかるつもりでいた。

 

が、間違いなくその時その瞬間、蓮聖の時が停まる。

 

その言い回し。

 

 

『奴を包囲せよ、正面からぶつかるな。後、一定の距離を置きながら槍を投擲。そうすれば汝らが求める勝利を得るだろう』

 

 

予言。

 

 

『予言してやろう・・・貴様は、何も護れない。覇道・・・?笑わせるな・・・覇道を歩むが故に、貴様は総てを失うのだよ』

 

 

何処かで・・・何処かで聞いた事のあるような。

 

 

『10年の猶予をやろう・・・10年後、貴様の大切な者達を1人ずつ殺してやる・・・友人、家族、愛する者・・・総てをな』

 

 

まさか・・・まさか・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

沈黙の後、蓮聖の体が小刻みに揺れ始めた。

 

「・・・あぁ・・・・・・・・・」

 

そうか。

 

やっとか。

 

苦節9年。

 

苦しみ、殺し、苦しみ、殺しの繰り返しだった日々。

 

ようやく、ようやく捕まえた。

 

それは奴の足の爪の先ほどかもしれない。

 

だがそれは、9年間待ち望んだ結果の1つ。

 

「くく・・・くはは・・・」

 

嬉しい。

 

何と嬉しいことか。

 

この喜びは・・・妹達と出会えた事に勝るとも劣らない!!

 

 

「くく、くは・・・は、はっはっはあっははははははっは―――!!!」

 

 

笑う・・・盛大かつ豪快に。

 

哄笑、狂笑。

 

鷹玄は呆然と、目の前で狂い笑う男を見つめた。

 

これは・・・何の笑いだ・・・?

 

自分が余りにも弱いからか?・・・否。

 

己の実力が自分に敵わないと悟ったからか?・・・否。

 

では何だ?

 

何故笑う・・・?

 

不可解。

 

それ以上に、不愉快。

 

「はぁ!!」

 

容赦なく、双剣を振るう。

 

その双剣が蓮聖に届く瞬間、無造作に振られた剣に弾かれた。

 

「まぁそう急ぐな、こちとら久方ぶりに気分がノって来たんだからよぉ」

 

「なん・・・だと・・・?」

 

「いやはや、まさかこんな時に出会うとはなぁ・・・運命っつう奴も侮れねぇ・・・くく」

 

ぞく・・・と、鷹玄は背筋に寒気を感じた。

 

悟る。

 

この者は強だ。

 

それ以上に狂。

 

狂であり、凶なのだ。

 

関わってはならない。

 

強き者と闘うという以前に、この者とは関わってはならないと理性と本能が叫んでいる。

 

「おぉおおっぉおおぉおお!!!」

 

理性と本能を抑えつけ、斬りかかる。

 

望んでいたのだ、強なる者との死合いを。

 

それを、この程度の感情で無為にする訳にはいかない。

 

「焦んじゃねぇよぉ。楽しもうぜぇ?」

 

その一撃を軽くいなし、へらへらと笑う蓮聖。

 

「ふざけるな!!我との死合い中にそのような・・・・・・」

 

「お堅いこって・・・んじゃあ、さっさと済ませよう」

 

激昂している一瞬の隙をつかれた。

 

蓮聖は狂笑しているのも束の間、ばっ・・・と身を屈め、足を払う。

 

倒れ込む鷹玄に乗りかかり、容赦なくその肩を貫いた。

 

「ぐぁ!!」

 

「吐け。奴は何処だ?」

 

一転、冷徹なまでの視線を向け、剣を捩じる。

 

「があぁぁぁあああっぁああ!!」

 

「安心しろぉ、簡単には死なせねぇ・・・死にたきゃ、奴の居場所をさっさと吐け」

 

ぐりぐりと剣を捩じりにがら、凶悪な笑みを浮かべる。

 

「奴とは・・・あの、お方の・・・ぐ・・・事か・・・?」

 

「決まってんだろぉが・・・てめぇら五胡の親玉、策謀の覇道を歩む奴だよ」

 

「何故・・・に・・・?」

 

「・・・てめぇにゃあ関係ねぇ、ほれ、さっさと吐けや」

 

ぐ・・・と、詰まる鷹玄。

 

そして、ぼそぼそと何かを呟いた。

 

「あぁ?聞こえねぇよ」

 

と、顔を近づける。

 

瞬間、蓮聖の頭に衝撃が迸った。

 

「っな・・・」

 

かわせるタイミングではなかった。

 

それはしょうがない。

 

だが、わからない。

 

何故・・・

 

 

何故、瞳に矢が刺さっているのか。

 

 

矢を放てる距離ではない筈。

 

そも、弓は未だ双剣のままだ。

 

では一体・・・

 

「悲鳴1つ上げんとは・・・見上げた根性よな・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

放心したかのように、蓮聖は鷹玄を見る。

 

その腕には、弓に似ているが、少し違う器具が装着されていた。

 

少なくとも、蓮聖の記憶にはない器具。

 

矢のような物が添えられている事から、あれから矢が発射されたのだろう。

 

「ふっ!!」

 

空いた方の手に握られた双剣で蓮聖の腕を切りつけ、緩んだ隙に剣ごと飛び退く。

 

「油断したな。確かに弓は近距離では威力が出せず、使用しない。が、使う方法はいくらでもあるのだよ・・・正直に言えば、私の主義ではないがな」

 

肩を貫く剣を顔をしかめながら抜き、不敵に笑う鷹玄。

 

対し、蓮聖の反応は薄い。

 

鷹玄の方を見ず、手元で何かをいじくっている。

 

「ほぉ・・・連弩じゃねぇのか・・・珍しいなぁ・・・・・・」

 

「・・・は・・・?・・・な、に!?」

 

と、自らの腕につけてあった器具がない事に気付いた。

 

「ば、バカな!?何故そんな行動が・・・目玉を撃ち抜かれたのだぞ!?」

 

要は、離れる瞬間に鷹玄の腕から気付かれずに奪ったという事なのだが、問題なのはどういう状態でそれを行ったかということ。

 

未だ、蓮聖の瞳には矢が突き刺さっている。

 

目玉は、人間の弱点の1つ。

 

その部位を射抜かれれば、文字通り悶絶する筈。

 

絶叫しないどころか苦悶の表情すら浮かべないというのは流石にあり得ない。

 

何故・・・?

 

「驚いてるとこ悪ぃが、俺はまだてめぇに用がある・・・奴の居場所を・・・!?」

 

瞬間、蓮聖が飛び退く。

 

刹那の後、蓮聖が立っていた場所に数本の矢が突き刺さる。

 

「ちっ・・・増援かよ・・・・・・」

 

見れば、洛陽とは別の方向から数十の影が向かってくるのが見えた。

 

そんな蓮聖を睨み、疑念と苦渋の表情を浮かべる鷹玄。

 

「・・・答えよ。何故、貴様は平然としている・・・視界が半分失われる事・・・その意味程度、武人の貴様が理解できない筈もあるまい!!」

 

視界が半分になる事。

 

それは、視界の半分が死角になる事と同意だ。

 

武人にとって、それは致命的でもある。

 

後々に慣れたとしても、失った直後に戦闘など不可能だ。

 

ましてや、あのような動きをするなど・・・

 

「そりゃあそうさ・・・何つったって・・・」

 

と、無造作に瞳に刺さる矢を掴み、引き抜く。

 

同時に、丸い物体が矢の先に突き刺さったまま抜けだした。

 

ぎり・・・と、歯を噛む鷹玄。

 

見た瞬間に理解した。

 

おかしいとは思ったのだ。

 

確かに、矢は目玉へ突き刺さった。

 

なのに・・・『血が一滴も出なかった』

 

それ即ち・・・・・・

 

「義眼なんだよ、元々なぁ・・・」

 

蓮聖は、最初から半分の死角という重石を背負って闘っていたという事。

 

怒りにも似た感情が浮かび上がる。

 

憤怒、屈辱。

 

「・・・・・・あぁ、そうか・・・」

 

そこで悟る。

 

総てを。

 

この者は、鷹玄という男の人生至上、最大の敵だと。

 

身に感じるのは、憤怒や屈辱を上回る、恐怖。

 

だからこそ、乗り越える。

 

邪魔も入った。

 

こんな場所で敵対するのは相応しくない。

 

ならば。

 

「蓮聖よ・・・主からの伝言を伝えよう。我に相応しき者に出会えば、伝えよと命じられていた言葉だ」

 

その言葉に、蓮聖の目が見開く。

 

「『誓約の日。その日に私は会いに行く・・・それまでしばし待て』・・・とな」

 

「・・・・・・ちっ、いつまでも上から目線かよ・・・奴に伝えとけ、その前に殺してやっから、覚悟しろとなぁ」

 

蓮聖もまた、現在のまま戦闘は不可能と察する。

 

今更になって気付いたが、既に平衡感覚が失われていた。

 

腕も殆ど上がらない。

 

蓮聖が知りたかったのは奴の情報。

 

それが知り得た今、これ以上の戦闘に意味はない。

 

「では、我はこれにて失礼・・・」

 

「・・・言っとくが、てめぇも俺の真名を知った。次に俺の目の前に出たら、真っ先に殺してやらぁな」

 

「・・・望む所よ・・・・・・」

 

薄く笑い、鷹玄は背中を向ける。

 

遠ざかる背を睨み、しばし沈黙する蓮聖。

 

視界から消え失せると同時、ふぅ・・・と息をつき、張り詰めた戦意をかき消した。

 

「・・・・・・あーあ、逃がしちまった。まぁ・・・いいか。どうせいつかは殺すんだし・・・」

 

途端、襲い来る激痛、疲労。

 

相当無茶をしたようだ。

 

あちこちの筋肉や骨が悲鳴を上げている。

 

「っ」

 

眉間に皺をよせながら、腹部を貫通している矢を2本とも引き抜いた。

 

血が溢れるが、特に気にはしない。

 

そんな事よりも、今のこの気分を害したくはなかった。

 

「1歩前進・・・か。くく・・・それにしちゃあ軽い代償だぁ・・・」

 

歪んだ笑みを浮かべ、洛陽へと歩みを向ける。

 

1歩。

 

だが、巨大な1歩。

 

ようやく掴んだ。

 

今度こそ。

 

今度こそは。

 

「・・・・・・」

 

殺す・・・と、蓮聖は心の中で呟いた。

 

 

こうして、連合を揺るがした反董卓連合は解散する。

 

業績を残した諸侯はさらなる高みへ、残せなかった諸侯は残せない同士での潰しあい。

 

無事、業績と袁術の弱体化を成功させた蓮聖達。

 

同じように汜水関を制圧した劉備、虎牢関を制圧した曹操は諸侯達の中でも一歩抜きんでた存在となった。

 

孫策、曹操、劉備。

 

大陸を巻き込んだ戦は、彼女らを中心に、さらなる戦へと紡がれる。

 

蓮聖達は歩む。

 

孫呉の悲願を叶えに。

 

努力が報われる時が来た。

 

否、報われるなどと神頼みではない。

 

報わせる時が。

 

同時に、蓮聖自身の悲願が叶えられる時も近づいている。

 

蓮聖が家族の下を離れて以来、ずっと願っていた野望。

 

復讐。

 

純粋な悪意。

 

死を。

 

奴に死を・・・と。

 

猶予はない。

 

孫呉の悲願、蓮聖の悲願。

 

『奴』の思惑。

 

総てが交わり、外史は紡がれる。

 

 

はいどうも~、アクシスです

 

「蓮聖でぇ~す」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・おい、お前の台詞だぞ?おーい、一刀ぉ~?」

 

少しそっとしといてやれ・・・空気過ぎて存在薄れてきてんだよ。今回出番なかったし。

 

「いやそれお前のせいじゃね!?お前が一刀活躍させりゃあ済む話じゃね!?」

 

いや、だから華雄戦任せたジャン。あれ大抜擢だぞ?

 

「・・・・・・結局さ。この作品の一刀の存在価値って何なんだよ?」

 

主人公補佐。所謂2番目の主人公的な奴。まぁ、今はただの空気だが、後々に結構な大役任せるつもりだ。

 

「マジか!?」

 

「うぉ、復活した」

 

・・・・・・それまでは空気だがな。

 

「うぉい!!というか俺2番目だったのかよ!?んじゃあ何で1話冒頭で俺出したんだよ!?そこは普通主人公枠だろ!?何か2、3話まで俺が主人公的な感じでやってたし!!そういうのは最初に言えっつーの!!!」

 

まぁ、ほっといて・・・皆さん10話を見て下さり、真に恐縮です。これからもゆっくりと投稿していきますので気長にお待ちください。

 

「なぁ蓮聖・・・あいつ殴っていい?」

 

「止めとけ、お前だけじゃなく他の全員が空気になるというか世界崩壊すっから」

 

んじゃあ今回は、蓮聖の技についてちょい補足を。

 

「あー、あのチート技かぁ・・・ありゃあいくらなんでも反則だろ・・・」

 

「ちーと?まぁよくわからんが、そこまで万能でもねぇよ。隙が大きいし、ほぼ対人戦でしか使えん」

 

「え?何で?そんなに隙ある?」

 

「ありまくりだろうが。お前さ、敵に囲まれてる時に剣を態々鞘に戻せるか?」

 

「あ、そうか。でも、鞘無しでやれば・・・」

 

それじゃあ速度が出ないんだろ。俗に言う『鞘走り』だよな。

 

「そうだ。鞘がなけりゃあただの振り抜き・・・さらに、周りの奴らは倒せても、連続使用出来ないわ肩痛めるわ・・・まず使わん」

 

「へぇ・・・大変なんだなぁ・・・でもさ、そんな不利益ばかりなら使わない方がいいんじゃないのか?」

 

不利益があっても余りある威力って事なんだろうなぁ。

 

「そうだな・・・武将だろうが何だろうが、当たれば死ぬ。一撃必殺・・・男なら、その魅力が分かるだろ?」

 

「まぁ・・・な」

 

基本的に、蓮聖の神速抜剣の技名は数の名称を使ってる。割分厘とかのあれだな。億とか兆の逆。恐らく作中で使うのは、刹那を最遅として、↓の通り。

 

刹那

六徳

虚空

清浄

阿頼耶

阿摩羅

涅槃寂静

 

となる。わぁお、厨二の香りがぷんぷんするねぇー。

 

「実際どれくらいの速さが出るんだ・・・?」

 

詳しくはわからんけど、大体、デコピンで静止から動いて静止するまでに、60の刹那があるって言われてる。具体的に言うと、涅槃寂静は小数点以下の0の数が23個あるな。

 

「・・・とんでもないな・・・・・・」

 

「つっても、腕力にもの言わせてるだけだからなぁ・・・下手すりゃ腕そのものが使い物にならなくなる。覇国以上に諸刃の刃だぜ」

 

「つか、覇国を振り回してる時点でおかしいんだよ・・・何?200kgって・・・人間じゃないだろ」

 

ついでに豆知識として、関羽の持ってる青龍偃月刀あんじゃん?噂じゃあ中国に実際残ってる奴が7、80kgあるらしいぞ?振り回してる関羽の握力200近いってさ。三国志演技じゃあ20kgぐらいらしいけどな。

 

「・・・化け者だらけだな、三国時代・・・・・・」

 

そんな化け物だらけの三国時代で化け物相手に1回も負けた事ない呂布に勝った蓮聖は何なんだろうな?

 

「・・・・・・・・・魔王?」

 

「誰だよ!?」

 

実際魔王クラスだよなぁ・・・

 

「カリスマ性もあって魔王クラスで・・・蓮聖って弱点とかあるのか?」

 

「あん?さぁなぁ・・・物理的な弱点はねぇかもなぁ・・・・・・言っとくが、普通に人間が死ぬ傷負えば死ぬからな?」

 

「・・・・・・えー」

 

「いやいやいや!普通に死ぬからな!心臓とか首とかやられりゃあ死ぬっつうの!」

 

「・・・なんか、両断されても生きてるイメージが・・・・・・」

 

さ、流石にそれはなぁ・・・でも何となくわかる。

 

「わかんなよ!?お前らどんだけ俺を化け物扱いしてんだよ!?」

 

「んじゃあ蓮聖の弱点って何だろうなぁ・・・・・・」

 

おいおい、一刀・・・1つ忘れてんぞ。蓮聖は極度の・・・・・・

 

「・・・・・・・・・なぁ、蓮聖。雪蓮や蓮華にさ『大嫌い』って言われたらどうする?」

 

「死ねる」

 

速答かよおい・・・

 

「いやだって、そんなん俺の存在大否定じゃん?」

 

自分で言うか・・・

 

「成程なぁ・・・唯一の弱点が身内かぁ・・・・・・そうだ、苦手なものとかあるのか?」

 

「苦手・・・?そうさなぁ・・・あぁー、そういや蓮華が泣くのだけはどうしようもなく苦手だった気がする・・・」

 

「蓮華だけ?雪蓮は?」

 

「いや、何つうかなぁ・・・雪蓮の場合だとあやしたり出来るんだが、蓮華が泣いちまうとあやせないんだよ・・・本能的に体が硬直するというか。とにかく苦手だ・・・そのせいかは知らんが、俺達兄妹の中じゃあ恐らく、蓮華が一番俺に懐いてないなぁ・・・・・」

 

「へぇ・・・・・・」

 

つうかさ、基本的に呉で蓮聖寄りの人間って誰になる?蓮聖と一刀を比べると。

 

「あ?・・・雪蓮、思春、祭は俺だろうな。明命は中立というか両方。他は一刀寄りじゃねぇか?」

 

「蓮華、穏・・・でも、冥琳は・・・?」

 

「あいつも中立だなぁ。俺達っつうよりは雪蓮だからな」

 

成程なぁ・・・女誑しどもが。

 

「いや設定創ったのお前じゃん!?」

 

まぁそれはそれとして・・・それでは今回はここまで。次回から数話拠点を入れ、その後、孫呉独立となります。気長にお待ちください。

 

「んじゃあなぁ~」

 

「空気の活躍、お楽しみに!」

 

・・・・・・空気だから活躍しても気付かれないんじゃあ・・・?

 

 


 
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