No.180114

An Anecdote of Seven Winters Ago~Another Meeting~(後編)(2004/01/29初出)

7年ほど前に書いたSSです。
一部文章が拙いところがありますが、目をつぶっていただければ幸いです(笑)。
祐一が転校してくる7年前の北川君と舞のエピソード。
ちなみに舞の言葉が普通なのは祐一と再会する前だから。
続編(17年後のエピソード)→http://www.tinami.com/view/180208

2010-10-24 14:20:58 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:603   閲覧ユーザー数:598

 「俺の住んでるところは…、施設だよ…。

  この前のクリスマスの日にお母さんが…、お母さんが…、

 死んじゃったんだ…!」

 

  俯いた北川の目からは涙が頬を伝って、大粒の雫となって床に落ちていった。

 

 

 「ヒグッ、グスッ…!アアアアア…」

 

 「大丈夫…!?北川君…!!」

 

 「ワン…」

 

 「ご…、ごめんなさい…!まさか…、

  あなたにそんな事情があったなんて…」

 

 「グスッ…、グスッ…!お母さん…。アアアアア…」

 

  5分後、舞達の懸命のなぐさめもあって、北川は何とか落ち着いたのだった。

 

 「ごめんなさいね…、北川君…。

  まさかそんなことがあったなんて知らなかったから…」

 

 「いいんですよ…。それは分かってるから…」

 

 「でも…、お母さんを亡くして、それで施設だなんて…。

  ねえ、もしおばさんで良かったら何か話してくれないかしら?」

 

 「え…?それは…」

 

 「話したくなかったらいいのよ…。ただね…、

  舞を助けてくれたこともあるし、何かあなたの力になりたいと思ってるの…」

 

  北川を優しく、それでいて真摯に見つめる舞の母親。

 最初こそ戸惑ってはいたものの、舞の母親を見て自分の身の上を話すことにした。

 

 「分かりました…」

 

 「俺のお父さんは…、俺が生まれる前に交通事故に遭って死んだって聞いたんです…。

  俺が生まれてから再婚の話もいくつかあったみたいなんだけど、

  お母さんは女手一つで俺を育てたいって言ってたらしくて、

  そのままお母さんとアパートで二人暮しをしてきました。

 

  今までパートの仕事とか内職とかで色々と大変だったみたいだけど、

  どんなに疲れてても、いつも笑顔で優しかったんです。

  俺もそんなお母さんの笑顔が大好きで、いつも肩たたきとかしてましたね…。

 

  “いつかお母さんを楽にさせられるくらいのお金持ちになって、

   お母さんの笑顔をもっともっと見れるくらい喜ばせたい…”

 

  今までそれを目標にして頑張ってたんです…。

 

  でも…、去年の12月の初めにお母さんが倒れたんです…。

  過労というものだから休んでたら大丈夫だって、お医者さんから聞いたんですけど、

  どうしてもお母さんの具合は良くならなかったんです…。

  そして…、 グスッ…」

 

  話そうとして辛くなったのか、再び泣きそうになる。

 

 「い…、いいのよ…。辛かったら話さなくても…」

 

 「グスッ。そして…、お母さんは…、

  病室の中でクリスマスパーティーをしてるときに…、

  急に具合が悪くなって…、そのまま死んじゃった…、んです…」

 

 「そう…、だったの…。辛かったでしょう…」

 

 「グシュグシュ…。北川君…、かわいそう…」

 

 「クゥ~ン…。キューン…」

 

 

  必死に激情を堪え(こらえ)ようとしている北川に

 舞の母親も悲愴な気持ちを表さずにはいられなかった。

 

 

  子犬もまた心配そうに北川を見つめ、舞も涙を堪えられなかったほど、

 肉親を失った北川の気持ちがグッと伝わってきた。

 

 「グスッ…、それから…、

  お母さんのお葬式があったんですけど…、

  親戚のおじさん達は…、お金がどうとか…、

  誰が子供の面倒を見るのかとか…、そんなことばっかり言ってて

  誰も俺とお母さんのことを見てなかったんです…。

  このままだと、きっとないがしろにされて育てられる気がして…、嫌でした…。

  その時、読んだ本の中に施設で育てられた子が幸せになったっていうのが

  あったのを思い出して…。それで俺は施設に行くって決めたんです…」

 

 「そう…、だったの…。でも親戚の方達は反対しなかったの?」

 

 「いや…、誰も反対しませんでした…。

 

  それでこの前、この近くの施設に入ったんですけど…、まだ誰ともいまいち馴染めないし…、

  施設に入る為に学校も転校したんですけど…、まだ…、友達が出来ないんです…。

 

  そんな時に、一人でいつも帰っていた女の子を見かけたんです…。

  それが川澄さんで表情は何か恐かったんですけど、どこか寂しそうでもあったんです…。

  何か…、話しかけにくくて最初はただ見てるだけでしたけど…、

  さっきいじめられてたのを見てたまらず…」

 

 「だから子犬さんだけじゃなくて、私も守ってくれたの?」

 

 「うん…。どうしても放っておけなかったんだ…」

 

 「ありがとう…。北川君」

 

 「ワン…」

 

 「い…、いや…。いいよ…」

 

 

  初めて舞が見せる笑顔、それが思っていたよりもかなり可愛かった様で、

 思わず顔がほころびそうになる北川だったが、それを悟られまいと必死に俯いた。

 

 

 「あらあら…、照れちゃって…」

 

 「ワンワン…!」

 

 「い…、いや…。そんなんじゃ…」

 

  だが、舞の母親には赤面しているのはお見通しだった様で、

 顔を隠そうとするも更にぎこちなくなってしまい、結局は舞にも見られてしまった。

 

 「北川君…、かわいい…」

 

  北川の照れた顔を舞はどうやら気に入ったらしく、瞳をキラキラ輝かせて見蕩(みと)れていた。

 

 「じ…、じゃあ…、俺そろそろ…。ほ…、ほら、チビ助…。

  これ以上ここにお邪魔してたらまずいから行こう…」

 

 「ワン!」

 

  気まずくなり、慌てて舞の家を出ようとして、子犬を持ち上げようとした北川だったが、

 子犬は北川の手をすり抜け、そのまま足にしがみ付いてしまった。

 

 「な…?チビ助…?」

 

 「ワン…!」

 

 「な…、どうしたんだよ?」

 

 「今日はここにいて欲しいって…、子犬さんはそう言ってる…」

 

  すがり付く様な瞳で北川に訴える舞。それは子犬だけではなく、

 舞もまた帰らないで欲しいと言うことを意味していた。

 

 「ワンワン…!」

 

 「ほら…」

 

 「で…、でも…」

 

 

 「北川君、せっかくだからゆっくりしてったらどう?無理にとは言わないけど、

  子犬はここにいてもらいたいみたいだし、何より舞自身そう言ってるしね」

 

 「でも子犬が…」

 

 「大家さんに子犬のことを話してくるわ。

  もう辺りは暗いし、雪も降り始めたみたい。

  一晩だけなら多分大丈夫だと思うし…。

  北川君が良ければ、施設の方には連絡しておくから…。

  何なら泊まってっても良いのよ…?」

 

 「えっと…」

 

 

  舞達に家庭の事情を話したとはいえ、成り行きでここまで来たのだ。

 それに初対面でここまでくつろいでいいのかという戸惑いもあった。

 

 

  それ故、北川はしばらくの間迷っていた。

 

 「北川君…」

 

  やがて、すがり付くような舞の潤んだ瞳に負け、そのまま舞達の好意に甘えることにした。

 

 「決まりね♪今から大家さんに子犬のことを話してくるから、2人共ゆっくりしてて」

 

 「はい(うん)(ワン!)」

 

 「そうそう、北川君の嫌いなものは何?リクエストとかあったら、何でも言ってね」

 

 「いえ、俺は好き嫌いはないですし、メニューはおばさんにお任せします」

 

 「そう。おばさん北川君の為に腕によりをかけて晩御飯作ってあげるから、楽しみにしててね」

 

 「はい」

 

 「お母さん。私も北川君の為に何か作りたい…」

 

 「そう、じゃお願いね…」

 

 「へえ、川澄さんの料理かあ…。楽しみだなー」

 

 「うん。一生懸命作るから…」

 

  舞が自分の為にも料理をわざわざ作ってくれることに、

 北川は素直に喜びの気持ちを表し、舞もまた俯きつつも

 嬉しそうに顔をほころばせるのだった。

 

 「じゃ、ちょっと待っててね」

 

 

 「ただいま」

 

 「子犬のことは大丈夫でした?」

 

 「ええ、一晩だけならいいって大家さんは言ってたわ」

 

 「良かった」

 

 「そうそう、北川君が入っている施設の電話番号分かる?」

 

 「はい」

 

 

 「はい、はい。分かりました。では失礼いたします」

 

 「どうでした?」

 

 「ええ、北川君が良ければ問題ないって…」

 

 「そうですか…」

 

 「良かった…」

 

  施設の方から外泊の許可までも出たことに北川は少し複雑な心境になる。

 それに対し、舞と子犬はホッとしている様だった。

 

 

 「さあ、すぐに晩御飯の準備しなきゃ。

  舞、お野菜を洗ってまな板の上に置いて」

 

 「はい」

 

 「包丁には十分気を付けるのよ。手を切らない様にね」

 

 「うん。大丈夫」

 

 「あの、俺は何すれば…?」

 

 「北川君は子犬さんと遊んでて。私達だけでやるから…」

 

 「でも…」

 

 「いいのよ。北川君はお客様だからゆっくりしてて」

 

 「はあ…。まあ、いいか…。

 

  チビ助、ここじゃまずいから向こうで遊ぼうぜ」

 

 「ワン!」

 

  することがなく、手伝いを申し出たものの断られて

 少々拍子抜けした様子でいた北川だったが、

 気を取り直して子犬とリビングで遊ぶことにした。

 

 

 

 

 

 「お待たせー、北川君♪」

 

 「お待たせ」

 

 

  やがて、台所から鍋を持った舞がリビングに入ってきた。

 

 「わあ、カレーだー。おいしそう…」

 

  自然と喜びを満遍なく浮かべる北川。

 

 「フフッ、おばさん特製のカレーライスよ♪たくさんいただいてね」

 

 「はい」

 

 「子犬さんにはホットミルクね」

 

 「ワン」

 

 「舞、ご飯よそってきて」

 

 「はい」

 

 

 

 

 

 「「「「いただきます(ワン)」」」」

 

 

  パ ク ッ

 

 「どう?北川君。お口に合ったかしら?」

 

 「はい。すごくおいしいです」

 

 「良かったー♪腕によりをかけたかいがあったわー♪」

 

 「このサラダもおいしいです」

 

 「それは…、私が作ったの…」

 

  やや俯きがちに舞が答える。

 

 「へえ、このサラダは川澄さんが作ったんだー」

 

 「どう…、かな…?マヨネーズとドレッシング

  ちょっとかけ過ぎちゃったんだけど…」

 

 「そんなことないよ。これもすごくおいしいよ」

 

 「良かった…」

 

  俯いた舞の顔が更に赤くなる。

 

 「お代わりたくさんあるから遠慮しないで食べてね」

 

 「はい」

 

 

 「ところで北川君…」

 

 「何ですか?」

 

  カレーを黙々と食べていた北川に思い立った表情で舞の母親が話を切り出した。

 

 

 「施設での生活ってどんな感じなの?」

 

 「え?」

 

 「さっきのあなたの話からして、お母さんが亡くなって

  施設暮らしを始めてからまだ寂しい想いをしてるみたいだけど…?

  ひょっとしていじめとかあるんじゃ…?」

 

 「いえ、そういったことはないですけど…」

 

 「そう、でもさっきみたいに亡くなったお母さんのこと

  思い出して、辛くなるときなんかもあるんじゃない?」

 

 「時々はありますけど…。でも少しは大丈夫になりましたし…」

 

 

 「ねえ、もし良かったら私なんかが北川君の里親になるのはどうかしら?」

 

 「え?」

 

 「私も賛成する。北川君なら養子になっても良い…」

 

 「ワン!」

 

 「え?え?」

 

  里親宣言した舞の母親に続き、舞までも顔を赤らめて

 北川を養子にすることに何の躊躇いもなく賛成している様だ。

 

 

  一方の北川は、舞達とは初対面でありながら、里親、養子と言った

 予想だにしていなかった展開に思い切り面食らっていた。

 

 

 「え?でも俺達って今日初めて知り合ったんでしょ?

  それで晩御飯までごちそうになってるのに、いきなり里親だとか養子だなんて…」

 

 「私は構わないけど?」

 

 

 「俺が構うよ…!川澄さん!!?」

 

 「ごめんなさい。ちょっと驚いたわよね?

 

  でもね、私達は北川君のことを歓迎するわ」

 

 「私も…」

 

 「え!?でも…」

 

 「大丈夫よ♪北川君の悪い様にはしないわ。

  少し無理すれば北川君の分も大丈夫だと思うから…」

 

 「でもお母さん。私が小さかった頃入院してたんだから、あんまり無理しないで」

 

 (え?)

 

 「分かってるわ。でも、それはもう昔の話だから、少しくらい無理しても…」

 

 

 「あの…。おばさん達の気持ちは嬉しいんですけどやっぱり遠慮しときます」

 

  今の会話から、申し訳のない表情で思い立って話を切り出す北川。

 

 「「「え(ワン)?」」」

 

 

 「俺のお母さんも子供の頃は病気か何かで体が弱かったみたいなんです。

  一度は治ったらしいんですけど、俺を一人で働きながら育てていくうちに

  それがまた出てきて、それが元で結局助からなかったって聞きました。

  見たところ、おばさんもお母さんみたいに一人で川澄さんを育てて結構大変そうなのに、

  俺までここで暮らしてたら、いつかきっとお母さんみたいに倒れて、

  俺だけじゃなく川澄さんにも辛い想いをさせるんじゃないかって思うから…」

 

 「そう…、ありがとう。そう思ってくれることはおばさん嬉しいわ。でも…」

 

 「あと…、ここには川澄さんがいるから…」

 

  先ほどとは違った、はにかんだ様子で舞を上目遣いに見つめ、舞の母親もすぐに納得する。

 

 「あ…、言われてみればそうよね…?

  考えてみれば舞はもうすぐ11歳になるものね・・・。

  さすがに年頃の女の子が男の子といるのは恥ずかしいよね?舞」

 

 

  フ ル フ ル ・ ・ ・

 

 

  顔を思い切り赤くしつつも必死に首を横に振る舞。

 北川とは初対面であるとはいえ、やはりここにいて欲しい様だ。

 

 「えっ…、と…。舞の顔赤いけど、首を横に振ってるし…、どうかしら…?」

 

 「あの…、実を言うと俺、この場にいるだけで非常に気まずいんですよ…」

 

 「あ…、そう…、よね…」

 

 「でも…、北川君に会えなくなるのはやだ…」

 

  今にも泣き出しそうな、悲しげな表情で北川を見つめる舞。

 

 「だ…、大丈夫だよ…、川澄さん…。

  ここから俺の学校まで近いと思うし、川澄さんさえ良ければ

  いつでも遊びに行くから…。ね?それで行こうよ…」

 

 「うん…」

 

 「良かったわね、舞。これからも北川君と一緒にいられるわね♪」

 

 「うん…」

 

 

 「あの…」

 

 「何?」

 

 「ところでカレーお代わりしていいですか?」

 

  気まずそうにおずおずと空の皿を差し出す北川。

 

 「はいはい♪たくさんあるから遠慮しないでね♪」

 

 

  夕飯の後、北川にとっては3週間ぶりである団欒を心から満喫したのだった。

 

 「「おやすみなさい、北川君」」

 

 「おやすみなさい。あの、俺の為に本当にありがとうございます」

 

 「いいのよ。気にしないで」

 

 「明日学校まで一緒に行こうね」

 

 「ああ、おやすみ。川澄さん」

 

 「ワン!」

 

 「ああ、チビ助もお休み」

 

 

 

 

 

 

「ん…、トイレ…」

 

 

 「ふう…。それにしても寒い」

 

  夜も更けた頃、トイレを済ませた舞は体を震わせながら布団に戻ろうとして、

 ふと一人別室で寝ている北川の様子が気になった。

 子犬はと言うと、舞が用意した毛布の上でグッスリと眠っていた。

 

 

 「北川君…、どうしてるかな…?やっぱり寝て…」

 

  ふすまをそっと開けたところ、中から北川のすすり泣く声が聞こえてきた。

 

 (北川君?)

 

  更に耳を澄ましてみると、

 

 

 「グスッ…、お母さん…」

 

 

  さっき舞達と楽しく過ごしていたとはいえ、やはり母親が恋しいのだろうか?

 

 

  無理もない。彼はまだ10歳だし、たった一人の家族を失ってからまだ一月も経っていないのだ。

 

 

 「お母さん…、寂しいよぉ…」

 

 

  そんな北川が居たたまれなかったのか、舞は自分の布団に戻らず、

 北川の布団の中に入ったのだった。

 

 

 「!!? 川澄さん…!!?」

 

 

 「北川君…。添い寝してあげるからもう泣かないで」

 

 「ま…、まずいよ…!ほら、自分の布団に戻んなよ…」

 

 「大丈夫…。こうしていれば寂しくなくなるから…」

 

  慌ててそっぽを向いた北川を後ろからギュッと抱きしめる舞。

 一方の北川は10歳であるとはいえ、思春期に入りつつあったので、

 膨らみかけの舞の胸の感触に鼓動が高まっていた。

 

 「どうしよう…」

 

  だが舞と一緒にいたことにより少しの安らぎを覚えてか、やがて深い眠りに付いたのだった。

 

 

 「どうもお世話になりました」

 

 「いいのよ♪良かったらまた遊びに来てね」

 

 「はい。行って来ます」

 

 「行って来ます」

 

 

 「クゥ~ン…」

 

  舞達と離れたくない為か、子犬は寂しそうだった。

 

 「そんな顔すんなよ、チビ助。また会いに行くからさ…」

 

 「キュ~ン…」

 

 「大丈夫…。また会えるから」

 

 「クゥ~ン…」

 

 「大丈夫…」

 

  未だ寂しそうに鳴いている子犬の頭を舞はそっとなでてやる。

 

 

 「それじゃ行って来ます。子犬のことを宜しくお願いします」

 

 「分かったわ。2人とも気を付けてね」

 

 

 

 

 

 「北川君。子犬さん大丈夫かな…?」

 

 「大丈夫さ。きっと向こうの人達もチビ助のことを可愛がってくれるさ」

 

 「そう…、だよね」

 

 

 

 

 

 「ねえ、北川君」

 

 「何?」

 

 「今日…、寄って行きたいところがあるから一緒に帰らない?」

 

 「寄って行きたいところ?」

 

 「北川君に見せたいものが…、あるの…」

 

 「何?見せたいものって?」

 

 「学校の近くに麦畑があるんだけど…、そこに魔物がいるの」

 

 「魔物?」

 

 「うん。その魔物は3年前からそこにいるの」

 

 「へえ、でも何で俺に…?」

 

 「3年前、魔物を見せたかった男の子がいたの。

  ゆういちって男の子なんだけど、そこで夏休みに一緒に遊んでた。

  でも帰るって聞いて、ゆういちを引き止めたくて魔物を作…、

  呼んだんだけど、結局ゆういちに見せることが出来なかった…。

  それ以来、私は魔物と戦ってるの…。魔物を狩る者として…。

  だからゆういちの代わりって言う訳じゃないんだけど、

  北川君にも魔物を見てもらいたいの…。だめかな…?」

 

 

 「う~ん…。ちょっと恐い気もするけど、どんなのか興味あるね。

  よし、学校終わったら魔物見に行こうか」

 

 「うん…!」

 

 

 「ここだよ」

 

  学校が終わり、昨日子犬が捨てられていた場所で

 舞は北川と待ち合わせ、そのまま麦畑へと向かったのだった。

 

 「へえ、すごく広いね。夏なんかは麦がすごいのかな?」

 

 「うん。昔、ここでゆういちと鬼ごっこしてた。

  ゆういちは私のこと捕まえられなかったけどね」

 

 

 「ふうん」

 

 

 「北川君は少し離れてて。もう少ししたら魔物が来るかもしれないから」

 

 「うん。どんなのかな?魔物って…」

 

 「とっても凶暴だよ。だからこそ倒さないといけないの」

 

 

 “魔物よ!さあ来い!”

 

 

  そう言わんばかりに近くにあった木の枝を掴み、構えを見せる舞。

 

 

 “さあ来い!”

 

 

 

 

 

  だが、辺りに風が吹くだけで何もなかった。

 

 

 “来い!”

 

 

  必死に魔物が現れるのを待っていた。が、結局現れぬまま、日が暮れてしまった。

 

 

 「ごめん…。魔物…、来なかったみたい…」

 

  涙を必死にこらえながら申し訳なさそうに北川に謝る舞。

 

 「いや、いいよ…」

 

 「でも…、どうしても見せたかった…。なのに…」

 

 「まあまあ。そんなに気にしなくてもいいって。

 

  でも…、ひょっとしたらなんだけど、その魔物ってのは

  川澄さんと戦いたくなかったんじゃないかな…?」

 

 

  北川が魔物なりの気持ちを代弁するかの様なことを言ったその時、

 北川の周りを暖かいそよ風が吹いたのだった。

 

 「え?今…?」

 

 「うん。何か暖かい風が吹いてたな。ひょっとしたら魔物だったのかもね」

 

 「うん。きっと、ううん。絶対そうだと思う」

 

  涙を拭う舞に、いつしか笑顔が戻っていた。

 

 

 「帰ろうか?川澄さん」

 

 「うん…」

 

 

 

 

 

 「それじゃ、俺こっちの方だから…」

 

 「うん、また明日ね。潤」

 

 「え?今…、何て…?」

 

 

 「だから潤って呼んだの。下の名前で呼ぶ男の子は、潤が二人目ね。

  だから潤も私のこと舞って呼んで」

 

 「え…、でも…」

 

 「潤。明日も遊びに来てね」

 

 「あ…、ああ…。また明日な…」

 

 

  舞に下の名前で呼ばれるのが恥ずかしかったのか、

 舞の顔をなるべく見ない様に、北川は足早にその場を立ち去った。

 

 

 「出来たら下の名前で呼ぶのはやめてくれよ…!舞…!」

 

  顔を赤くしつつも後ろの舞に向かって、下の名前で呼んだ北川だった。

 

 

 「ダメだよ!潤の方がいいから…」

 

 

 「だからそれはやめてくれ!舞!」

 

 

 「ダメ!」

 

 

  その日から北川と舞はいつも一緒にいる光景が目撃される様になったのだった。

 子犬は近くの老人ホームに引き取られ、時々2人が子犬といる姿もあった。

 

 

  また、北川といる様になってから今まで舞を避けていた者も徐々に

 舞に接する様になり、いつしか“魔女”と呼ぶ者もいなくなっていた。

 

 

  まだ魔物に関しては受け入れられないでいたが、きっかけがあればいつか和解したい。

 そんな想いを胸に、舞は日々魔物と、いや、自らの力と向き合うのだった。

 

 

  そして7年後、相沢祐一との再会をきっかけにその力を受け入れたのだった。

 

 

 


 
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