No.179913

虚界の叙事詩 Ep#.05「聖堂」-2

Ep#.05「聖堂」の続きです。

2010-10-23 15:53:48 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:305   閲覧ユーザー数:268

 

ユリウス帝国上院議会

セントラルタワービル135階

6:35 P.M.

 

 

 

 『ユリウス帝国上院議会』の行われる場所は、《セントラルタワービル》の上階に位置する。ど

の国にも勝るほど巨大な議会場は、まるで巨大なオペラ劇場のように大きく、そして清らかな

ほど洗練された造りになっていた。

 議長席や『皇帝』、答弁台がある辺りは、劇場で言えばさながら舞台のよう。10階の高さにま

で吹き抜けのようになっていて、そこには日の光をイメージした巨大な彫刻のエンブレムがあ

る。『ユリウス帝国』のシンボルだ。

 観客席のように階段状になり、一定の間隔に区切られた席に識員達は座る。高い天井には

これまた巨大な、どこにあるものよりも豪華なシャンデリアがぶら下がっていた。

 マスコミなど報道関係者、一般人はかなり高い場所からその様子を見つめて、シャッターチャ

ンスを逃さんとしている、言葉の一つ一つにまで注意を払う、数か所ある出入口には武器を持

った警備員が、直立不動のまま議会の開始から終了までを封鎖する。

 世界でも名だたる巨大軍事、経済大国『ユリウス帝国』の全てを左右しているこの議会は、そ

の内装の趣から『聖堂』と呼ばれ、毎日300人を超える議員達を収容して議論が交わされ、議

題から決議が導き出されていた。

 そして今夜も、また議論が交わされていた。

「ではアサカ国防長官。なぜこの様に国家と国民が危険にさらされている状況で、このように莫

大な予算を請求するのか、説明して頂きたいものですな。しかもこれは国防に関する事ではあ

りません」

 自信をたっぷりと持った口調、しかもマイクが無くても広い議会場の隅にまで届きそうな声

で、ブラウンという名の議員は質問をしていた。

 彼は60歳に近い初老なのだったが、古株かつやり手の議員で、とある野党の党首だった。

「いいえ、その予算は全て国防に関する重要な事柄です」

 ブラウンと対時するかのような位置の答弁台に、舞はいた。彼女は何百人もいる議員達を前

にしていたが、まるで動じているような様子はない。

「ほほう、ではあなたは、この一連のテロ活動による、死者さえも出た事件など無視し、この

…、何と言うのでしょう。プロジェクトの方が遥かに重要だと、そう言いたいのですか?」

 この巨大な議会場の中で、喋っているのはこのブラウン議員と、舞だけではなかった。余計

な野次を飛ばしていたり、私語を慎まない者も多くいた。だが証言台にいる舞はまるで気にせ

ず、相手の言葉にだけ注意を払っていた。

「無視したいなどとは言っていません。ただ、今プロジェクトの方に予算をつぎ込まなければ、さ

らに危険な事になるという事です」

「更に危険な事? 一体どのような事か説明してほしいものですな」

「国家の安全に関わる、国防の問題です」

「ええ、それは何回も聞きました。しかし、いくら国防に予算をつぎ込んでも、いつまでたっても、

テロ活動は減らないし、何の進展もない」

「これは、テロ活動とは別の問題です。国家の安全に関わる事です」

 議会がどよめいた。低いどよめきが何百人もいる議員達から同時発せられ、巨大な『聖堂』

は一時、やかましい音に支配される。

「静粛に、静粛になさってください」

 大音量のマイクを通し、議長が注意を呼び掛けた。すると、やかましい議員達の声は収まっ

てくる。

「続きを…」

 議長はブラウンに呼び掛け、彼は再び舞に対する質問を再開した。

「国家の安全に関わる事ですか。それでしたら予算の方は、この首都のどこに潜んでいるか分

からない、テロリスト達の逮捕に向けられた方がよろしいのでは?」

「テロリストではありません。『SVO』という『NK』から送り込まれた、諜報組織のメンバーである

事が判明しています」

「その話は、昨日も、今日も聞きました。しかしそれは、あなたが裏から手に入れた情報でしょ

う? とても信用できませんねえ。『SVO』などという組織は聞いた事もありませんし、『NK』と

我々は、大昔からずっと条約で同盟関係を結んでいるのですよ。諜報組織を送り込んでくるわ

けがありません」

「でも事実です。しかし、申し上げたとおり、私が言っているのはその事ではなく、もっと重要な

事なのです」

「もっと重要な事? もっと重要な事ですと? この『ユリウス帝国』に非常線を張ったのはあな

た自身なのですよ。何百人、いや何千人という兵士や装甲車まで出動させ、やっきになってテ

ロリスト、あなたにとっては『SVO』などという組織なんでしょうが、それを捕らようとしていた。

 なのに、なぜ今日になって、訳の分からないプロジェクトに予算をつぎ込もうなど考えるのでし

ょうか? 私には全く持って理解できません」

「昨日までは、その『SVO』という組織が私達にとって脅威でした。この首都で破壊的行為が行

われ、何人もの兵士が負傷し、命を落としました。

 しかし、それよりも遥かに重要で、遥かに危険な事態が迫って来ているのです。それは昨日

に起きました。だから今日になって初めて、私は前々から組んでいた予算の請求をしたので

す。このことはフォード皇帝陛下や、軍関係者、ここにいる一部の方々は良く知っておられる事

です。実際は、もっと後につぎ込むべき予算でしたが、事は緊急を要するのです」

 会場の私語がまた多くなって来る。

「そうですか。しかしこの議会では、評決で過半数を取らない限り予算案は通らないのですよ、

浅香国防長官。たとえ『皇帝』の権力があったとしてもね。もし、その法外な予算を通して欲し

いのならば、きっちりとその用途を説明して頂きたいものですな。説明する事ができて、我々を

納得させる事ができるのならばね。

 ですが、我々としては、早くこの《ユリウス帝国首都》、いや国内に潜んでいるテロリスト達を

全て見つけだし、逮捕して頂きたいものですな。『SVO』などという、本当かどうかも分からな

い、『NK』の諜報組織の情報など忘れ、現実を見てもらわなくては…」

 ブラウンは冷静だったが、舞は声が大きくなった。

「私が現実を見ていないというのですか? しかも、『SVO』という組織を忘れろですって…?!

 現実を見ていないと言うのならば、それはあなた達の方です!

 プロジェクトに関しては、複雑な事情の為、一度に全て説明する事はできないかもしれませ

ん。ですから理解に苦しむのは分かります。でも、皇帝陛下は認めていらっしゃいます。この予

算が通らないという事になると、どれほど危険な事態になり、この『ユリウス帝国』が、どれだけ

の危機に直面する事になるか!」

 どこからか野次が飛んで来ていたが、舞は気にせず最後まで続けた。しかし、ブラウンの表

情は、まるで変わる様子がない。いや、さっきよりも勝ち誇ったような表情をしていた。

 彼はその表情とは相反して、落ち着いた口調で話し始める。

「我々はね、国防長官。君の率いている軍隊の、能力の無さを指摘しているのだよ。素直に認

めたらどうだね。そんな風に無理矢理に隠蔽しようとしても、ただ無駄な労力に過ぎないと思う

のですがな」

「何をおっしゃりたいのです?」

「君は責任逃れをしたいだけなのだろう? 『SVO』などという、架空の組織とその証拠をでっち

上げ、こともあろうか『NK』にその責任をなすりつけ、彼らの責任だと主張している。この予算

も、プロジェクトも、君の言っている事は全てその為のはずだ」

 その時、誰かが、そうだ! そうだ! と叫ぶ。

「いつまでこんなショーを演じていれば気が済むのか、教えて頂きたいものですな、フォード皇

帝陛下!」

 目線の先を、『皇帝』のいる位置に変えるブラウン。彼は攻撃的な視線を送った。舞も、自分

の後ろにいる『皇帝』の方向を振り向くが、彼は拳を組んで、彼女とブラウンの様子を伺ってい

るだけだ」

「あなたが考え出し、あなたがやらせているのでしょう陛下? 自分の部下を守るためにこのよ

うな茶番劇を考えるのはあなたぐらいのものだ。『皇帝』という地位を利用すれば、我々や国民

を納得させる事ができるとでもお思いでしたか? そうでしたら、部下に任せるのではなく、自

分が自ら説明したらよいのでは? どうなのです陛下。これは私だけではなく、ここにいる皆が

思っている事ですよ」

 ブラウンは『皇帝』に対しても、まるで態度を変える様子が無い。だが彼もその表情を変え

ず、ただブラウンの方を見ていた。

「フォード皇帝陛下!」

 ブラウンは大きな声で『皇帝』に向かって言った。

「ここに出て来い!」

「ちゃんと説明しろ!」

 だが『皇帝』はどのように言われても、まるで表情を変える様子が無かった。

 彼は座っている席から立ち上がり、ゆっくりと答弁台の方に向かって歩き始めた。

 舞は、自分が元にいた席に戻っていこうとする。その時、彼女は『皇帝』とすれ違い、彼は舞

に向かって小さな声で言った。

「彼はやり手の議員だ。まだ若い君には無理があったかもしれないが、立場は悪くなる一方だ

ろう」

「申し訳ございません…」

「しかし、こんな状況で突然言うのもまずいのだが、私の情報源から入った話をしなければなら

ない」

 それだけ言って去っていこうとする『皇帝』に、舞は視線を送る。

「どういう事です…?」

「《検疫隔離施設》に、どうやら、今晩、『SVO』の者達が潜入するらしい」

 舞は言葉を疑った。だが『皇帝』はどんどん、歩いていってしまう。

「『皇帝』陛下! 早くここにいらして下さい」

 その時、ブラウン議員がそのように『皇帝』を催促して来た。彼は舞に背を向けたまま、答弁

台の方へと向かった。

 『皇帝』が答弁台に立つのとほぼ同時に、舞は自分の席についた。

「では、フォード皇帝陛下。なぜ、『SVO』などという組織をでっち上げるのか、教えて欲しいもの

ですな」

 ブラウンは挑発的に言ったが、『皇帝』は表情を変えない。

「『SVO』という組織は嘘偽りのものではない。実在する。それに…」

 『皇帝』が先を言いかけるよりも前に、それをかき消してしまうかのように再び議会場はどよ

めいた。

「いい加減になさって下さい皇帝陛下! そのようにいつまでも嘘を突き通していると、あなた

の部下ばかりが責任を取る事になりますよ」

 再び、そうだ! そうだ! という野次が飛んでくる。しかし『皇帝』は、ただ落ち着いて議員達

を見据えている。

「どうやら、私が何を言っても無駄なようだ。たった今、国家を揺るがす緊急事態が起こったの

で、私はここで失礼する」

 そう、呟くように言うと、彼は答弁台から離れて行ってしまう。

 議会中がかなりの勢いで、去っていく『皇帝』に言葉を飛ばした。だが、彼は振り返る様子も

無い。

「静粛に! 静粛になさって下さい!」

 議長がそのように言っても、どよめきが納まる気配は無かった。

 そんな野次が飛び交う中で、舞は、『皇帝』の言った言葉だけを頭に響かせていた。

《検疫隔離施設》に『SVO』が潜入した…? 一体何の為に? いや、そもそも、彼らがなぜ隔

離施設の存在を知り得たのか。

 そして、彼らのような諜報組織が、あの隔離施設へと潜入するのならば、目的は一つしかな

いだろう。

 舞は、いても立ってもいられなくなった。

 さらにそんな舞に追い討ちをかけるかのように、舞の護衛官の一人がこちらにやって来る。

「何事です?」

 ぴりぴりしている舞は、すぐに護衛官が来ている事に反応し、尋ねた。護衛官の男は表情を

変える事無く、厳粛な様子で言う。

「国防長官。たった今、入りました連絡によりますと、《検疫隔離施設》でレベル7の緊急事態

が発生しました」

「何ですって!? 《検疫隔離施設》!?」

 舞は、思わず声を上げていた。そして、頭が高速回転する。レベル7は未曾有の大惨事にで

もならない限り発生しない緊急事態。もしや…?

 その時、野次の中を自分の席の方へと戻ってくる『皇帝』の姿。

 舞は彼に、必死な様子で呼び掛けた。

「『皇帝』陛下! 《検疫隔離施設》で、レベル7の緊急事態です!」

 舞の様子を見ても『皇帝』は冷静な表情のままだった。

「『SVO』が事を起こした…。有り得る話だ。だが、それだけでも無いかもしれん。ヘリを出せ。

私も一緒に行く」

「あなたもですか?!」

 驚いたように舞は言った。緊急事態が《検疫隔離施設》で起こった。危険な場所に行く事にな

るかもしれない。『皇帝』が行くべき場所ではない。

「君も行くのだろう?」

 そう言われてしまうと、舞は何も答えずに、自分が先導して、『皇帝』と共に出口へと向かっ

た。

「戻って来い!」

「言い逃れはできないぞッ!」

 そんな言葉が浴びせられる中、『皇帝』と舞は、まるで何も聞えていないかのように、『聖堂』

を後にするのだった。

検疫隔離施設

9:15 P.M.

 

 

 

 赤く染まった廊下を、四人の警備員が走っていく。

 彼らは、降りてくるシャッターの隙間に体を滑り込ませ、封鎖区域の一つを突破しようとしてい

た。

 鳴り響く警報。何が起こったのかすら分からないが、相当に危険な事態となっているという事

は、周りの雰囲気が教えてくれる。事は、この施設の最深部で起こったようだ。レベル7におい

て非常事態発生と、そこら中にある表示が示している。

「早くこの施設を脱出しなきゃあ、ならねえぜ…!」

 自分の走ってきた方向を振り返りながら、大柄な警備員が言った。彼は目深くヘルメットを被

っていて、顔は伺えない。しかし、少しだけ覗いている、赤い警告灯によって染められている顔

は、浩のものだった。

「結局、おれ達の目的には近づけなかったけどな…」

 もう一人の大柄な男は一博だった。『SVO』のメンバー4人は、警備員に変装して、検疫隔離

施設に潜入。用意されていた潜入ルートと、現物と寸分違わずに作られた偽造パスでまんまと

侵入できていた。

 原長官が指示して来たのは、この施設のレベル7までの潜入。そして、『プロジェクト・ゼロ』と

いうキーワード。しかし4人は、レベル7までの潜入どころか、施設へと潜入した直後に、引き

返さなくてはならなくなった。

 突然鳴り響いた警報が原因だ。

 もしかしたら、自分達の潜入に気づかれたのかもしれない。彼らは最初、そのように思った。

だが、そうでもないようだ。表示によると、非常事態が発生したというのは、レベル7と呼ばれる

場所。『SVO』の目的地だった。

 原長官からの情報によると、レベル7はこの施設の地下深くにあるらしい。そこで一体何が

起こったのか。

「あたし達が探っていたものが、原因?」

 香奈が皆に言った。彼女も警備員に変装してはいるものの、身長が低いのが少し目立って

いる。

「さあな。だが結局、オレ達は、『プロジェクト・ゼロ』ってのが、何なのかすら分からずじまいだ」

「それとも、引き返すか…」

 一博が呟いた。

「そんな事してみろ、捕まるぜ。もしかしたらこの警報は、オレ達が原因で鳴っているのかもし

れねえからな」

「だが、おれ達は警備員の格好をしている…。むしろ逃げ出すほうがおかしいんじゃあないの

か?」

 一博は浩に反論するも、彼らはすでに施設の正面玄関の前にまで来ていた。

「この警報の原因が、オレ達じゃあないって、なぜ言える?!」

 浩がそう大声で言った時だった。『NK』の言葉を大きく発してしまった彼、異国の言葉を警備

員が発するはずもなく、他の三人が誰かに聞かれたりしまいかと、少し慌てた時だった。

 突然、地鳴りのようなものが響き渡り、施設の壁を揺るがした。

 天井から塵のようなものがこぼれ落ちて来る。

「おいおい、一体何だってんだ?」

「頼むから…、大きな声で叫んだりしないでくれ…」

 一博が浩にそのように言った時、更に近い位置で爆発音が響いた。

「やっぱり原因は、あたし達じゃあないのかも…」

 香奈がそのように言いかけた時だった。

 今度は耳をつんざくような爆発音が轟く。それはまるで巨大地震のように建物を揺るがした。

 その衝撃で、香奈は思わずその場に倒れこんでしまう。

「大丈夫か」

 そんな香奈をみかねて太一が言った。

「大丈夫だって、ただ転んだだけ」

「しかし、一体何だ? 何かが起こっているようだ」

 一博はそのように呟く。

 彼らのいる施設の正面玄関では、天井に大きくヒビが入り、床には壁などの破片が散乱して

いた。建物の内部で大きな爆発が起こったようだった。

 

 

 

 上空を旋回しているヘリコプター。それには『ユリウス帝国』国防長官の舞が乗り込んでい

た。

 彼女は、議会場から外へ出て、『皇帝』と別れ、そのまま《セントラルタワービル》屋上に待機

していたヘリコプターに乗り込み、真っ直ぐにここまでやって来たのだ。

 ここは、《ユリウス帝国首都》から100キロも離れた場所の砂漠だ。周囲には何も建っている

建物がない。

 彼女は夜の砂漠に上がる大きな黒煙と、それを照らし出している炎の光を見ていた。彼女の

思っていた通り、その煙は、砂漠に一つだけ建っている建物、《検疫隔離施設》から昇ってい

る。

 この状況、舞は最悪の予感を感じていた。

「隔離施設からは何の応答もありません。通信機器も先程から通じていません」

 ヘリコプターに乗ってきた、舞の補佐官がそのように言った。

 舞は、頭の中で最悪の事態が起きた時の為の対応策を練っている。まだその事態が起きた

と決まったわけではないけれども、考えておかなければならない。

 軍の施設、しかも隔離施設で火災が起こっている。それもただのボヤとかならば構わない。

だが、今、夜の空に昇っている煙は、明らかに大きな爆発によって起きた火災による煙だ。

「着陸して下さい」

 舞は、自分の座っている席の前にいる操縦士に言った。

「危険です。これ以上近づけば…」

「いいから着陸しなさい」

 そう言われてしまうと、操縦士もヘリコプターを着陸させるしかなかった。

 ゆっくりと旋回しながら、ヘリコプターは《検疫隔離施設》の方へと降り立っていく。だがそれで

もかなりの距離を置いていた。敷地の中に入れば、爆発に巻き込まれるかもしれないのだ。

 広い砂漠の中、ぽつんと一つだけ建っている、隔離施設の建物。そこから上がっている炎

は、あまりに目立つ。

 建物の様子を見る限り、全てが炎に包まれているわけではないようだ。正面玄関の方にまで

は炎がやって来ていない。

 舞は護衛官を引き連れ、検疫施設の建物の敷地へと近づいた。そこには、避難して来た、こ

の施設の研究者達がいる。

「何が起こったのです?」

 即座に舞は研究者達に尋ねた。

「わ、分かりません」

 怯えたような様子で、白衣姿の研究者の一人が答えた。おそらく、慌ててここまで避難して来

たのだろう。

 舞は彼らの白衣に身に着けているネームプレートを見る。

 青い色をしており、レベル5。『ユリウス帝国』全土で言ったら、かなり高レベルの施設の研究

員だが、舞が探しているのは違う。

 赤い色のネームプレートで、レベル7の人物だ。

 彼女は、この爆発はレベル7からのものだと直感している。あの施設は地下深くにあって、爆

発などでは地上にいても気づかないものだ。

 だが、そうだ。そうに違いない。この爆発はレベル7からのものだ。

 舞は、施設の方に向かって歩いていこうとする。

「危険です! 離れて下さい!」

 舞の護衛官がそのように叫んだ。しかし舞は聞く耳を持たないかのように歩いていこうとして

しまう。

 その時、舞は、施設の方から走ってくる、2人の警備員の姿を目に留めた。

 別段、不思議な事ではない。施設で起きている激しい爆発から避難しようとしているのだろ

う、そう思った。

 しかし、何かが妙だった。

 2人とも、ヘルメットを目深く被り、その顔を伺う事ができない。

 舞の中では、検疫施設のレベル7で起きているであろう事件の事で頭が一杯だったが、忘れ

てはならない事もあった。

 それは、『皇帝』ロベルト・フォードに言われた言葉だった。

「そこにいる2人! その場所を動かないで!」

 突然、舞は、大きな声で叫んでいた。

 舞は、こちらへ向かって走ってくる2人の警備員に向かって声を上げていた。その2人は一見

すると、いつものように隔離施設を警備している者達のように見えたが、どこかが違う。走り方

のせいか、辺りに振りまいている雰囲気の違いのせいか、とにかくどこかが違った。

 2人の警備兵はそのまま舞をやり過ごそうとしていたが。

 行動は舞の方が早かった。彼女は、その2人の警備兵達に、地面の砂を後ろへと跳ね飛ば

しながら、猛スピードで走っていく。

 しかし、彼女が到達した先には誰もいなかった。彼女はゆっくりと相手が避けた先を振り返

る。

「あなた達が『SVO』、まさかこんな所にまでやって来ていたとは、意外ですね」

 舞の目の先には、赤い警備服を着てヘルメットを脱ぎ捨てた2人の姿が映っていた。舞にと

って彼らの面識は一度もなかったが、すぐに誰だかは理解できた。

 2人のうち一人は男で、それは太一。もう一人の女の方は香奈だった。

 その場は一時騒然となった。舞が追っていた『SVO』という組織のメンバーのうち2人が、完

壁とも言える警備網をくぐり、いつの間にか隔離施設に潜入していたのだ。

 舞の先では、隔離施設が火災で燃えている。背後からは、何事かと避難した人々が見てい

る。

 今にもこの場から避難しなければならない状況だ。

 だがそこに、新たに、緊迫した状況が現れる。

「正体がバレちゃうなんて、面倒な事になったな。ここを讐備している人に変装するっていう作

戦、単純そうに見えて、なかなか上手くいっちゃったんで、いずれはこうなるかも、とは思ってい

たけど」

 太一の方を見て、赤い警備服で変装した香奈が、少し悔しそうに言った。一方の太一は、た

だ舞と視線を合わせている。

「何事です!?」

 避難していた他の警備員達が声を上げた。彼らは太一と香奈の姿を見ると、大急ぎで舞の

方に駆け付けて来た。彼女の護衛官もだ。

「あなた達は下がっていなさい、どうせ手には負えないでしょう、この方達は私が相手をします。

他の人は手を出さないで下さい」

 舞は冷静な声で、兵士達をその場に立ち止まらせた。彼女は、太一と香奈の2人と見合う。

「聞いた? あたし達も、随分甘く見られたものね?」

 目の前にいる自分達より年上の、同じ人種の女性を前にして、香奈は自信ありげに言って見

せた。丸腰のようだが、何か武器を持っているかもしれない。だが、目の前にいるのは、『ユリ

ウス帝国』の国防長官とはいえ、所詮ただの女だ。

「それは、どうだろうか」

 しかし太一の手には、いつしか警棒が持たれている。

「えらい自信ですね。それより残りの2人はどこにいるのです? 私の聞いた情報では、何でも

『NK』からの来訪者は、最初2人だったのが、2人助けに来て4人になったと」

 舞は落ち着いた様子で、武器を持った太一に質問する。それは、彼女の本来の人種、『NK』

の言葉だったから、香奈にも理解できた。

「さあ? どこかに隠れているかも? 2人とも体が大きいからさ、すぐに分かるかもしれない

ね?」

 香奈がそう自信ありげに言った。舞はそれを鼻先で笑うと、上着を翻した。彼女の腰には鞘

に納まった、赤い刀が納まっていた。彼女はそれを流れるような動きの手で引き抜き、何やら

落ち着いた構えに入った。

 彼女の護身用の武器なのだろうか。それにしてはいやに目立つ武器だ。赤く光る刀など、こ

の国の国防長官は持ち歩いているのか。

 ほぼ同時に、今まで『帝国兵』達と戦っていた時と同じように、問答無用とばかりに、太一は

舞に飛び掛かろうとした。彼自身の能力で、武器にスタンガンのような『力』を帯びさせ、目にも

止まらぬ動きで向かう。舞は隔離施設の敷地の出口に塞がる形で立っており、彼女を倒してこ

こを脱出してしまうのが、この状況を切り抜ける最もてっとり早い方法だった。

 弾丸をも超える讐棒の攻撃速度、太一は容赦をするつもりはないようだ。警棒は彼女に向か

って降り下ろされた。

 しかし舞は、まるで流れるような動きでその速さに付いていき、横に避ける。警棒は空を切り

裂いただけだった。

「えっ!?」

 香奈は目の前の光景に息を呑んだ。

 太一の攻撃が相手に命中しなかった事など、今までに一度も無かったからだ。

 それなのに、今彼と対時している女は、それをかわした。

「あなたの『力』はそんなものか、確かに速い。一般兵が手ごずるのも無理はない。しかし、私

にとって見れば、大した事はありませんね」

 舞は太一に言い放つ。彼にしては珍しく、いつもの表情を少し崩し、そこには驚愕の表情が

現れていた。

 そして、次の瞬間、太一の警棒が宙を舞った。どうやられたのかは分からない、一瞬、弾か

れたような鋭い音が響き、武器が宙を舞っていた。そして、彼の警棒が床に落ちるのよりも速

く、舞は、太一に向かって白色の輝きへと変化した刀で、一撃を食らわせようとしていた。

「よ、避けてッ!」

 横から香奈が叫ぶも、太一は左肩を斬られ、思い切りなぎ倒された。彼が攻撃を受ける瞬

間、真っ白な閃光が輝く。太一はとっさに攻撃を避けようとはしていたが、攻撃を完全に避けき

る事はできなかった。

 太一の体は跳ね飛ばされ、地面で激しくバウンドする。

 舞の刀は、攻撃の瞬間に光輝き、命中する際には、その光が太一を包みこむように収縮し

た。

「なるほど、防御も素早いようですが、完全には私の攻撃を防ぎきれなかったようですね。で

も、それで十分です。私の攻撃を少しでも受けただけで十分。それだけであなたは無力にな

る」

 舞がそう言い始めた頃、ようやく警棒が床に転がる。太一は即座に体勢を立て直し、自分か

ら離れた位置に落ちた警棒を拾おうとしたが、

 だが、彼は何かに気が付いた様子で自分の手を見た。斬り付けられて出血している左肩や、

離れた所で転がっている自分の武器などに構わず、彼は、自分の手を凝視していた。

「何だ? これは」

「何をやっているの?」

 横から香奈が口を出した。しかし太一は、それ以上舞に向かって攻撃しようとはしなかった。

「さて次はあなたですか、どうやってこんな所まで潜り込んで来たのだとか、そういった事はこの

際どうでもいい。あなた達がこの場にいると知った今、私がする事は全力を注いでそれを捕ら

える事ですからね」

 太一を打ち倒した舞は、続いてすぐ横にいる香奈に向かって構えようとした。太一の事など、

もはや彼女はそんな事を気にしてはいない様子だった。

「まるで、もう勝ったかのような口振りじゃあありません事?」

 舞の視線の先にいる香奈は、少しずつ後退りをしている。声も若干だが震え出していた。太

一を打ち倒した者と対時するのは、恐怖があった。

 だが、逃げるわけにも行かない。危険な事は慣れっこだ。とにかく、この場から脱する事だけ

はしたいと思った香奈は、今までやって来たのと同じようにやればいいと自分に言い聞かせ、

掌を舞の方に向けた。

 精神を集中すると、体の一点がほんのり熱くなり、何かが集まってくるのが感じられる。そし

て香奈は、自分の体のエネルギーを絞り出すようにして、ホースから出るような勢いの水を、彼

女の方に発射した。それは、香奈と同じように掌を向けた構えの舞の方に向かって飛んで行

く。

 しかし、目の前に迫るそんな物などものともせず、舞は、その水流を、刀だけで受け止め、

粉々にかき消してしまった。香奈の発射した水流の水圧は、消防車のホースの数倍の水圧は

ある。しかし、一瞬だけ白い閃光が舞の刀から輝き、それは水流を包み込んで破裂させた。

 水玉が飛び散って、砂漠の地面の上を濡らす。しかし、舞はほんのわずかも濡れていない。

「そんな?」

 香奈は思わず言葉を漏らした。だが、舞は構わず彼女の方に向かって、流れるように素早い

動きで迫って来る。とても素早いので、香奈には、彼女が側に来るまでそれがほとんど見えな

かった。

 舞が香奈とすれ違う。再び白い閃光が輝き、それが香奈を包み込んだ。そして舞はゆっくりと

香奈の方を振り返り、

「今はその程度で許してあげますけどね、もし次に私があなたと戦う事があったならば、少しも

容赦しません。覚悟しておきなさい」

 静かな声でそう言い放った。

 それとほぼ同時に、香奈はがっくりと膝をついた。彼女の左肩から鮮血が吹き出る。胸から

肩にかけて一気に斬りつけられた。

 香奈はそのまま、斬りつけられた自分の傷の痛みと血を止めようと、肩を押さえた手に『力』

を集めようとする。

 だがその時に彼女は気が付いた。

 自分の手に『力』が集まってこない。

 先日、機械兵器に右肩を撃ち抜かれた時は、問題なくそれを治す事ができた。だが、今はそ

れができない。いつも使っている、傷を癒すという『力』を集中する事ができない。

 何か、その手慣れた行為をする方法を忘れてしまったかのように、集中した『力』が集まらな

い。

 斬りつけられた時に何かをされたらしい。太一も同じ事をされたのだ。だから、再度、舞に立

ち向かう事をしない。いや、できなかったのだ。

「あなた、あたしに何か、したの?」

 香奈の口からは力の無い言葉しか出てこない。肩が斬り裂かれたのだから無理も無かった

し、出血で頭がくらくらして来そうだった。一方の舞は涼しい顔をしている。

「少し封印を、してあげました。あなた達も厄介な『力』を使うそうですから」

 舞がそう言った時だった。

「能力を封じるエネルギーか、なかなか酒落た『力』を使うじゃあねえか、なあ姉ちゃんよおぉ」

 彼女の言葉を遮るかのように、調子のいい男の声が、彼女の背後から聞こえて来る。舞は

ゆっくりと後ろを振り向いた。

「浩君」

 そこに現れたのは浩だった。彼も、香奈達と同じように、警備員達の着る赤い服で変装して

いたが、あまりに頑丈な体はそれだけでは隠す事ができていない。袖をまくり上げた両方の大

きな拳には、メリケンサックをはめ、舞から離れた場所に立っていた。

「わざわざ姿を現すとはいい度胸、いや、愚かですね、おかげで探す手間が省けましたが」

「オレ達の仲間が怪我したんだ。黙って見ていようにも見ていられねえ。美人のあんたを殴る

のは、ちと抵抗があるが仕方ねえなぁ、仕事の為だ。少しばかり暴れさせてもらう」

「ふふ、あのまま逃げていれば良かったでしょう? つまり私を倒してこの2人を連れて逃げる

自信があるのですか? それに、私を殴るのに抵抗があるですって? そんな心配ははっきり

言って無用ですよ。断言してもいいです、あなたは私に指一本触れずに敗北する」

「ああそうかい。だがよぉ、そんな事はやってみなきゃあ、分からねえぜ!」

 舞が構えに入ろうとするのよりも早く、浩はその拳から繰り出されるパンチを彼女へと向け

た。

 しかし、それが命中する瞬間、舞はそこにはいなかった。

 拳を突き出したままの浩は驚悟し、キョロキョロと辺りを見回し彼女を探す。

「ど、どこに?」

 と、彼のすぐ後ろに誰かが飛び下りて来る。同時に浩の体を白い光が包み込み、彼は背中

に強い衝撃を感じた。

「随分大きな隙がある事。ただ闇雲に殴ろうとしているだけじゃあ、私に触れる事さえできませ

んね」

 舞は背中で言い放ち、浩は背中に刀を食らって、衝撃で地面を転げた。

「畜生ッ!」

 悪態をつく浩。

「さて、後はあなた、残り一人ですね」

 浩の事などどうでもいいと言った様子の舞は、あと一人、浩の背後にいた、赤い警備服を着

た大きな体つきの男と目を合わせる。すでに彼は彼女に向かって、戦うと言う姿勢を見せてい

た。

「無駄だぜ井原、この女の『力』は、あらゆるエネルギーを封印しちまうらしいぜ。何たってよ

ぉ、いつもならできる『力』での応急処置が、まるでできないんだ。実際に受けて見て初めて分

かる。オレの体が、『力』の使い方を忘れちまった見たいでよぉ、使えねえんだ。お前も同じ目

にあうだろうよ」

 苦しそうな声で、地面を転がった浩がうめいていた。

「ああ、でも逃げようとしても追って来られただろうし、今の君達を見過ごす事はできない」

 一博の声には自信が無かった。体格は圧倒的に一博の方が上、しかし、一博は感じてい

た。

 間違いなく自分が負けると。目の前にいる女は、3人をあっという間に打ち倒してしまったの

だから。

 しかし、彼は一歩も引かなかった。

 一博は舞に向かって走って行く。舞の方向に向かって突撃していく。一博は、舞に向かって無

心のままに剣を突き出した。

 剣は空を斬る。炎を思わせるような熱のエネルギーが、赤い色と共に刃から吐き出される

が、相手を捕らえる事はなかった。舞は正確に横に避けている。

「無駄な動きの無い突き、攻撃をする時に迷っている様子が、あなたにはまるで無い。大したも

のですよ」

 少しばかりの余裕を見せる舞。一博は突き出した剣を、とっさに横に振るう。しかし、彼女は

それを体勢を低くして避けてしまう。

「だけど、あなたも同じです。私の『力』には到底及びません。しかし、自分の仲間をあっさりと

倒した私に、真っ向から戦いを挑もうなんて、大した度胸です。その度胸に敬意を表して、少し

だけ本気を出してあげましょう」

 一博の側でそれだけ喋ると、舞は軽いステップと共に一博と距離を取った位置に立った。

 そして彼女はさっきまでとは違う構えの姿勢に入り、いつでも攻撃をして来るという鋭い表情

をした。

 さらに、彼女の手は、激しく、青白い光を周囲に振りまいている。

 その電流は、舞の体から発せられているようだった。彼女の体は青白い光を放って身に纏

い、それがどんどん手、そして刀の方に集結していく。そしてあっという間にそれは勢いを増し

て、落雷の時のような閃光を辺りに放った。

 『SVO』の四人、さらにはその場にいた者達はその光に思わず身をひるませた。砂漠のど真

ん中に雷が落ちたかのような光と、溢れんばかりの光。それだけ強大なエネルギーを、舞は自

分の体から発し、刀に集めている。

 それは、『SVO』のメンバーがそれぞれ使っているエネルギーよりも遥かに大きく、とてつもな

い『力』だった。

 そして舞は、その青白い輝きとなった刀と共に、一博の方に向かって走って行く。

 相手の動きは速すぎた。一博は舞の刀から繰り出される斬撃と、その閃光を避ける事ができ

なかった。彼は正面に構え、彼女の攻撃を防御するしかできない。しかし、それは紙で大砲を

受けるかのように、無謀な事にように思えた。

 舞の攻撃が一博に炸裂すると、眩いばかりの閃光が周囲に広がった。その場にいた誰も

が、思わず目をつぶった。雷が落ちたかのような激しい轟音が響いた。

 光が止んでくる。地面の上には舞ただ一人だけが立っていた。彼女から発せられた閃光は

すでに収まり、彼女は落ち着いた姿勢で立っている。

「か、一博君」

 香奈は、いなくなった一博を探そうとした。彼女が、彼が太一のいる辺りまで吹き飛ばされて

いるのを確認できたのは、少しの時間が経ってからだった。

 一博は、舞の攻撃を直接受けてはいなかった。それは、相手は殺すつもりがなかったからだ

ろう。だが、その衝撃だけで彼は吹き飛び、体の至る所にダメージを負ったらしく、体中に血の

色を浮かべ、床に尻餅をついている。その体からは煙さえ上がっていた。

「大した、お姉さんだ」

 と呟く彼にはいつも以上に自信が無かった。

 離れた場所にいる舞は、少し強気な表情と口調を、自分が打ち倒した四人へと向けながら、

「いくら軍の一個中隊を退ける事ができたとしても、今のあなた方に私は倒せない。どれだけ自

分達が井戸の中の蛙だったか、十分に思い知った事でしょう。そしてこれであなた達も終わり

です」

「ちッ、畜生ッ!」

 悔しそうに悪態をつく浩。しかし舞はそんな事などお構いなしに、ずっと彼らの脇で事の一連

を傍観していた、自分の護衛官達へと顔を向ける。

「さあ茶番劇は終わりです。この者達を連行して行きなさい」

 自分の部下に指示を与える舞。しかし、護衛官達はポカンとした様子で何の反応も見せな

い。

「何をしているのです? 早く連行して行きなさい」

 再び舞は指示を与え、ハッとした様子で彼らは、

「り…、了解しました!」

 と言って、自分達の仕事に取り掛かった。

 

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―Ep#.06 『逃亡』―

 


 
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