No.178613

恋姫異聞録89

絶影さん

HDDのサルベージが無事完了しました
投稿遅くなってしまって申し訳ないです

今回は張燕、張雷公、于毒が出てきます

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2010-10-16 18:35:30 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:10508   閲覧ユーザー数:7947

「ここは?何か感じるか?」

 

「ん・・・ピリピリするな、腕を刺してるってのに変な感じだ」

 

謁見を明後日に控えた男は、新城に呼び寄せた華佗に腕の包帯を解き、傷だらけの腕を差し出し診察を受けていた

場所は新城に新設された診療所で周りの屋敷から見れば大き目の屋敷、入院を必要とする者を受け入れられるよう

華琳は新城を手に入れた後、最初に診療所を設置し華佗の弟子たちを揃えていた

 

屋敷の出入り口には簡素ながら受付が設けられ、病状や怪我の度合いによって受ける医師へスムーズに案内されるよう

になっている。そして案内された先は魏の誇る医療集団、華佗の弟子達だ。設置されてから直ぐに行列が出来るほどに

なっていた

 

「問題は無いな。戦神を使ったと聞いたから心配していたのだが」

 

「そうか、良かったよ」

 

「使うなら後二回だけだ、それ以上はお前の腕はもたない」

 

腕の各所に針を刺しながら男の反応をうかがっていた華佗は針を仕舞い、解いた包帯を綺麗に巻きなおしていく

 

後二回か・・・それ以上はもたないと言う事は、俺の腕の神経や筋がもうボロボロだと言う事だろう

華佗には言ってないが腕の痺れは収まらない、だが言わなくとももう気がついているだろう

目の前に座る華佗は俺を見ながら「お前らしい」と言っていた

 

「だがそれ以上使わないと言うなら、俺の医師としての名にかけて治してやる」

 

片方の包帯を巻き終えて腕を組み笑う友は、俺がそんな約束が出来ないと解っていながらそんなことを言う

何時もながら華佗は俺の気持ちを汲んでくれる。有難い・・・俺は友の言葉と気持ちに答える様に笑顔を返した

 

「その時は頼む」

 

「ああ、任せておけ」

 

華佗は頷き、俺の左腕を取ると包帯を巻く。華佗は包帯を巻きながら診療室に入ってきた時の男の不思議な行動が

気になり、包帯を巻く手をついとめてしまう

 

「なあ、あれは一体どういう意味があるんだ?魔除と言ったが」

 

「あれって言うと猫を窓から三匹ほど降ろしたことか?」

 

「ああ、それに何かを投げていただろう」

 

「マタタビだよ、猫はマタタビが好きだろう」

 

知っているだろう?と笑顔を向ける男に華佗はますます解らなくなる。男はなぜかこの診療所に入る時に

猫を三匹抱えて入り、部屋に入ったら入ったで真っ直ぐ窓の方へ足を向け、窓から優しく地面に下ろすと

遠くに向かってマタタビを投げ飛ばしていた。まったくの理解不能な行動に華佗はずっと不思議な顔をしていたのだった

 

「華佗、終わった?」

 

「詠か、後は包帯を巻くだけだ。特に問題は無かったぞ」

 

診療室に入ってきた詠は何時ものメイド服。診療室で着る服では無いと言うことはどうやら診療所と同じ時期に

立てられた孤児院に寄ってきたのだろう。孤児院もまた華琳が設置するのを急がせた施設で、新たな施設が出来ると

聞いた月は新城を攻略した後、華琳に付き従うようにこの新城に入城していた

 

入城した月は華琳から指示を受ける前に既に行動を始め、孤児院で働く人を集め子供たちを集めていた

そして単身華琳の元へと赴き、孤児院設立に必要な物資を木管で纏め報告していたのだ

これだけでも彼女の成長は驚くべきことだが、一番に驚いたことは彼女が何も言わずとも許昌から着いてきた

元囚人や若者達。元囚人たちは更生活動として孤児院で働いた者たちが月の聖女ぶりに感嘆し

若者達もまた彼女の優しさに触れ、彼女を愛し従おうとこの新城に足を運んでいたのだ

 

ここまで人を惹きつける人物、別な見方をすれば張三姉妹の率いる黄巾党のようにも見える

盲目的に聖女に従う信者達。下手をすれば内部で独立国家を作ってしまうのではないかと思えるほどの慕われぶり

しかしその聖女は華琳に従うことを良とし、曹孟徳が居るからこそ我等は活動し、安住できると皆に伝えていることだ

それは張三姉妹も同様で、華琳は内部に居る多宗教とも言える人々を上手く纏めている。それも力ではなく慈悲でだ

 

敵には大きな武力で打ちのめし、仲間になれば慈悲で纏める。まさに覇道を歩いている

俺は俺の知る曹孟徳の言葉を思い出す「自分が裏切っても人に自分を裏切らせはしない」との言葉を

 

「華琳は裏切ったりはしないがな・・・」

 

自分の考えについ笑ってしまう。それを見た詠は顔を引きつらせた

 

「いきなり何笑ってるの?気持ち悪い」

 

「あーいや何でも無い、所でどうしたんだ?俺に何か用か?」

 

「うん、これから本屋に行って本と子供達の予備の服を買ってこようと思うの」

 

「孤児院に置くのにか、荷物もちと値切りだな?解った」

 

詠はひとつ頷き、くるりと背を向け壁に重ねてある椅子を取ると、引きずりながら華佗の隣に置いて座り

包帯を巻くのを見ていた。自分の巻き方と違いを見ているようだ、相変わらず熱心な事だ

と言っても医療の為にと言うよりは月のためだろう。子供達を見ながら診療所まで手伝うのは

さすがに辛い。だからこそ技術を盗み、月に教える為こうして一生懸命なんだろう

 

「そういえば此処の診療費はどうなってるんだ?」

 

「曹操が落ち着くまでは全て無償にすると言ってくれた。傷ついた皆は財産など持ち合わせては居ないからな

有難いことだ、薬も全て魏の国庫から賄われている」

 

「あんまりやり過ぎるのも駄目だからある程度で打ち切るわよ。そうじゃなきゃ民が腐れるからね」

 

確かに詠の言うとおり、なるべくならば自分の自分の力で立ち上がるのが良い。甘やかされてはそれが当然だと

勘違いしてしまうし、己の力で手に入れたモノ出なければ容易に崩れる。そんな町では駄目だ

強く、生きる意志に満ちた町を国を自分達で作ると思わせなければ

 

「話を聞いたんだが、天子様の前で舞うそうだな」

 

「そうだ、華佗にも見せてやりたいが今回はちょっと無理そうだ・・・よっと」

 

腕に包帯を巻き終えたのを見計らい、男は華佗の手を掴み親指を華佗の親指に被せようとする

華佗は素早く男の親指を交わすと男の親指を押さえ込もうと後ろに回りこませる

 

「甘いっ!よっ、ふっ、むぬっ残念だな・・・新しい舞なのだろうっ?そのうち見せてくれるかっ!?」

 

いきなり始まる指相撲に男と華佗はガシガシと親指同士をぶつけ合い、にらみ合う二人

詠はまた始まったとため息を吐き、呆れ顔になる

 

「おう、今回は凄いぞ!兵を連れて行くっ!」

 

「ぬ・・・天子様の前にかっ!?大丈夫なのかっ!」

 

指相撲は白熱し、それでは勝負がつかないと思ったのか二人はがっしりと手を組み合い睨み合う

医師として人を持ち上げたり運んだりすることが多い華佗と、秋蘭を舞のたびに振り回す男の握力はほぼ互角

ギリギリと組み合う二人に詠はゆっくり椅子から立ち上がって近づくと二人の頭を思い切り平手で叩く

 

「いい加減にしなさい。昭、アンタは腕が本調子じゃないんだから馬鹿なことしてんじゃないわよ!

華佗も昭と居ると医者だって事忘れてるでしょう!?」

 

二人は診療所で正座をして詠に謝る。タイミング悪く華佗の弟子が平手の音を聞いて扉を開ければ

正座で叱られる自分の師がその場におり、心底複雑そうな顔をして静かに扉を閉めていた

 

華佗に悪いことをしてしまった。久しぶりに会った友に少し喜びすぎたようだ

 

その後、診療所を後にした俺は詠に華佗を変に誤解されたんではないかと思い

「詠、華佗はちゃんと手加減してくれてる。それに俺の腕は」と誤解を解こうとすれば

 

「知ってるわよ。華佗とあのまま遊んでたら僕の用事は何時まで経っても終わらないじゃない」

 

と笑顔を向けてくれた。どうやらもう一人の友人はちゃんと理解をしてくれているようだと嬉しくなった

 

さて、いよいよ明後日だ。せっかくの封爵だ、華琳の心にも天子様の御心にも残るような素晴らしいモノを

舞わせてもらおう。どうせだから華琳にも参加してもらうのも面白い

 

迎える歴史的瞬間に男の心は高鳴り、足取りも軽く蒼天のような外套をはためかせ本屋へと歩くのだった

 

 

 

 

市を歩く三人の男

 

一人は頭髪を綺麗に剃り上げ、巨漢でその体に似合った巨大な鉞を肩にかけ軽々と指先で摘むようにもっており

蒼い重鎧を纏っているのにもその足取りは重さをまったく感じさせることは無い

 

もう一人は三尖槍を持ち、髪の毛を全て後ろに流し、卵の白身できっちりと固めてある

目つきは鋭く、同じように蒼い軽鎧を纏い背筋を伸ばし真っ直ぐ前を向き歩いている

 

最後の一人は二人を引き連れるように歩く。腰には形の違う短剣を何本も携え、眠たそうな目で歩く

全身を蒼い衣服で固め頭には叢の刺繍の入った蒼い頭巾、ぼさぼさの黒髪を無造作に纏めた後ろ毛に無精髯

 

そんな三人の共通点は腰に携える一本の日本刀、鉄刀【桜】

 

誰もがそんな異様な雰囲気を放つ男達を普通は避け、道を開けるだろうが誰一人そんなことはしない

それどころか子供達は男達三人を見かけるとにこやかに笑い、手を振るほど

 

そんな風貌の男達を民が決して奇異の目を向けないのは、その三人がこの新城の周りを、そしてこの町の中を

守っていると理解しているからだ。彼らの名は張雷公、于毒、張燕、夏侯昭率いる古参兵

 

特に張燕は先の定軍山の戦いからその素早い短剣術と体裁きから『飛燕』と呼ばれるほど名が知れ渡っていた

 

「ふぁ~あ、ねむ・・・酒飲みすぎたな」

 

「勤務中だぞ統亞、今日は警邏があると言うのによくも遅くまで飲めるものだ」

 

「あー?しかたねぇだろ、飲みたくなっちまったんだからよぉ。なぁ梁、お前もそういう時あんだろ?」

 

大きなあくびをして腕を天に突き上げ、首を回しボキボキと鳴らして巨漢の男の方を振り向く

梁と呼ばれた巨漢の男は頬をぼりぼりと掻きながら表情を変えず少し上を向く、何か考えているのだろう

そしてしばらくそうした後、ニンマリと笑うと首を立てに振る

 

「あるなー、腹減った時は夜だろうが朝だろうが気にせず食っちまう」

 

彼にしては十分抑えたつもりなのだろうが、彼の声はそれでも響くように大きく。初めて彼の声を聞く者は

何事かと振り返り、あたりを見回していた

 

「だよな~、ほれ梁だってこういってるぞ。それにちゃんと仕事すりゃ問題ないだろ苑路」

 

「フン、梁に聞くだけ間違っている。それに我等がそのような体たらくでは雲の兵並びに昭様まで何と市井の者達に

言われることか」

 

口うるさく説教をする苑路と呼ばれた男の言葉に、統亜は両手で耳をふさぎ何も聞こえませんといった風に

首を振る。その姿に拡声器を使ったかのような声で大笑いする梁に頭を抱え、苑路も首を振っていた

 

「あ、そう言えば大将が俺らも天子様との謁見について来いとよ」

 

「な、なんだとっ!我等までもかっ!?」

 

「何でも舞を舞うそうだ。ほれ、涼風ちゃんが来たとき良くやってるあの遊びをやるそうだぞ」

 

暢気に腕を頭の後ろに組んで話す統亞

苑路の顔は崩れ鋭い眼を見開き驚愕の表情で足を一歩二歩と下げると、崩れるように腰を地面についてしまう

無理も無いだろう、この大陸で天子様に御目通りするだけでも恐れ多い事だと言うのにも関わらず

目の前で舞を、しかも普段遊びでやっているような事を披露するとなれば生真面目な性格の苑路は

あいた口がふさがらないどころか、膝が振るえ立つことが出来なくなってしまっていた

 

「あららー、おいおい大丈夫か?そんなんで天子様の前に立てんのかねぇ」

 

「お、お前らなんでそんなに平然としてるんだっ!あのっ、あの天子様だぞっ!!」

 

信じられないと言った表情の苑路に二人は顔を見合わせ、こいつは一体何を言ってるんだと呆れながら

統亞は地面に腰をついたままの苑路に手を差し伸べる

 

「忘れたのか?俺達は天の御使い様と毎日顔合わせてんだぜ?今更何で大将と同じ天を恐れるんだよ」

 

手を差し伸べられた苑路は「あ・・・」と声を漏らすと統亞と梁はガハハハと笑い出す

苑路も顎に手を当てなるほどと頷き納得していた。すっかり忘れていたが我らが雲の将、昭様も

天を冠する方だと

 

「俺としたことが舞王と言う名の方が慣れてしまってすっかり失念していた」

 

「まぁ仕方ねぇなぁ。大将は天の御使いって言われんの嫌いだしよ」

 

「んー・・・んだな。天の~とかって言うより家族って感じするな」

 

確かにと頷く三人。そんな三人はまた町を警邏するために歩き出す。この三人が町を歩けば

新城に魏に初めて来た者と、前から魏の内部を行脚する商人や移民との違いがすぐにわかる

何故ならば他の将たちとは違い、いかにも将の見本と言った男とやたら声と体のデカイ男

さらには其れを率いるいかにも山賊風の男。そんな三人を見れば、始めて来た商人や移民は

三人の男達に警戒し「何故山賊と将が歩いているのだ!?」と荷物やらなにやらを隠すか逃げるからだ

 

だが其れは警邏をするにあたって非常に都合が良い、一目でよそ者と判断がつき、警戒すべき人間が

おのずと絞れてくるからだ。警備兵が充実し、治安の良い魏の内部に住む者は彼らの武を良く知っているし

知っているからこそ下手なことをするものは居ない。ならば犯罪を起こすものは余程の阿呆か酔っ払い

もしくは外部からの人間以外に居ないからだ

 

「しかし陛下の前に我等も御目通し願えると言う事は、もしや我等も封爵を?」

 

「あーどうだかなぁ・・・」

 

「興味無さそうだな、我等は官職を賜るかも知れんと言うのに」

 

心底どうでも良いと欠伸をする統亞、そんな様子に苑路はあきれてしまう。コイツに向上心とか野心と言うのは

無いのだろうかと、そして隣を見れば梁は屋台の肉まんを凝視していた

 

「御前等には欲とか無いのか?封爵されれば財産や土地だって手に入るのだぞ」

 

「俺ぁ大将の下に居られりゃ何でもいい、官職なんぞ要らんわ。欲しけりゃ俺の分も持ってけ」

 

「俺とて要らん、官職は魅力があるが昭様の下を離れるくらいなら辞退する」

 

「だろぅ?いらんよなぁ、と言うか梁はいるだろう?嫁さんもらったばかりじゃねぇか」

 

話を振る統亞。だが隣の梁を見れば足は固まったように止まり、出店の肉まんを凝視していた瞳はせわしなく揺れる

何事だと声をかけようとすれば、まるで首から錆びた歯車がきしむ音が聞こえるかの様にギシギシと動かしながら

こちらを見る。その顔からは大量の汗が流れ落ち、唇もプルプルと震えていた

 

「お・・・おぃ、こいつぁどういうこった?」

 

「コイツ別れたんだよ嫁さんと、その後昭様に兵舎に呼び出されてな」

 

「も、もしかしてこの間兵舎から聞こえた悲鳴ってのは」

 

数日前、警邏が終了し兵舎に入ろうとした時、まるで聞いたことの無いような阿鼻叫喚としか言いようの無い

叫び声が聞こえ、それ以上に恐ろしい男の怒気を感じ、兵達は萎縮し逃げるように兵舎から出て行った事件

があった。その理由はどうやら目の前に居る梁のせいだったようだ

 

梁は男から静かに睨まれた事を思い出したのか、大きな体を小さく丸めてカタカタと震えていた

 

「しかし何でまた別れたりしたんだ?梁の嫁さん綺麗でよかったじゃねぇか」

 

「綺麗なだけだったんだよ、実際は家事さえもしない、もともと将としての梁の稼ぎ目当てだったんだろう」

 

「・・・・・・大将何も言わなかったよな?」

 

「そりゃそうだろう、たとえ相手の本質を見抜いたとしても惚れた腫れたや結婚なんてのは他人が介入するもの

ではないし、昭様が梁を怒ったのは一度決めた相手と簡単に別れた事と、昭様に知らせず別れたことだ」

 

「知らせなかったのか!?そりゃ梁が悪い、式に来てくれた中で大将が一番喜んでたじゃねぇかよ」

 

統亞は丸まり肉団子のようになった梁の背中をポンと叩くと眉間にしわを寄せる

恐る恐る顔を上げる梁に「仕方ねぇ奴だ」と剃り上げた頭をぺたぺたと撫でていた

 

「大将は梁なら嫁の考えを変えられるって思ってたんだろーな、多分よ」

 

「かもしれんな、昭様は相手がどんな人間だろうと相手に眠る可能性を信じている。だから最後

まで何も言わず静かに梁を見つめ、仕方ないなと梁の頭をお前のように撫でていたようだ」

 

「大将言ってたからなぁ、梁は支えるモノや守るものが在れば強くなれるヤツだってよ。

嫁さんにそういった人になって欲しかったんだろーな」」

 

男の姿を思い浮かべながら統亞は梁の頭をペチンと叩くと手をさしのべ起き上がらせる

手を取りノソリと立ち上がる梁は顔を伏せていたが

苑路が梁が凝視していた肉まんを買って差し出せばすぐに笑顔になっていた

 

「まぁコイツぁ何でか女からモテるから直ぐに次の嫁さんが見つかるだろ」

 

「ああ、だがお前は良いのか?お前も何時までも一人と言う訳にはゆくまい」

 

「うるせーなぁ、俺はモテねぇんだよ!」

 

「魏の将だと言えば幾らでも寄って来るだろう?」

 

「そう言うのは嫌いなんだよ、なんつーか俺の価値はそれだけかっ?て言うか・・・おめぇはどうなんだよ」

 

「俺は興味ない」

 

苑路の答えに統亞と梁は顔を青ざめ、尻を押さえると後ろに後ずさる

 

「おい、何か変な勘違いを・・・」

 

近づこうとすればさらに退がり、一定の距離から決して近づこうとしない。梁は買ってもらった肉まんを急いで

口に放り込むと二歩三歩と退がる

 

「いい加減にしろよ・・・」

 

苑路は眉間に皺を寄せ、口元をヒクつかせると鋭い目つきをさらに鋭く細め、三尖槍の切っ先を二人に向け

ゆらゆらと二人の顔の前を漂わせる。もう一度同じ事を言えば、言ったほうから顔に槍を突き刺すと言わんばかりに

 

「冗談だ!冗談!本気にすんなよ、なぁ梁」

 

「んだ、じょうだんだ怒るな苑路」

 

あわてて手を振り首を振る二人、そんな二人の様子を見てため息をわざとらしく大きく吐くと槍の切っ先を

下ろし、親指で警邏を続けるぞと道を指差した

 

「ったく冗談通じねぇ奴だな。糞真面目な奴だよオメーは」

 

「煩い、冗談など俺は好かん」

 

「苑路が嫁さん作らない訳は俺知ってるぞ」

 

「あん?何でオメーが知ってんのよ」

 

急に理由を知ってると言い出す隣の梁を見上げる統亞。自分達三人がお互いに知らないことなど一つも無いと

思っている統亞は少しだけこの不思議なことに首を傾げるが、直ぐに理由に気がついた

 

苑路が梁の別れた話や男との話を詳しく知っていると言う事は、自分の話をして梁から今回のことを聞き出したのだと

 

「おーおー、俺にも教えてくれや。俺達に隠し事は無しだぜ」

 

統亞の言葉にちらりと苑路を見る梁。苑路は無言で頷き、了承を得たと梁は笑顔を返す

 

「統亞と同じだ、何時死ぬかも知れない身で嫁さんもらって泣かすのが嫌だって」

 

「・・・・・・」

 

目をぱちくりさせ、口をだらしなく開けたままポカンとする統亞。そして急に隣を歩く苑路の肩に腕を回し

無理やり引き寄せ睨みつける

 

「ああー?誰がオメェと一緒なのよ!?」

 

「お前が真似したんだろう、俺は知らん。寄るな口が臭い」

 

「喧嘩売ってんのかバカヤロウ」

 

結局は口で興味が無いだの自分の価値を見てくれないだのは唯の建前で、真の理由は同じなのだと理解すれば

お互い唯笑うだけ。統亞はそのまま肩に腕を回したまま、苑路は迷惑そうな顔をしながらその口元は笑っていた

 

梁もまた統亞の肩に無理やり腕を回し、わざと自分の体重をかけのしかかる

 

「バカヤロウ、重いっつの」

 

「良いじゃねぇか。俺達は泣く子も黙る黒山賊だ、死ぬも生きるも笑うも同じ時だ」

 

「今は泣かれる事など無く。笑顔を向けられるだけだ、なんとも嬉しいことよ」

 

三人は笑いあいながら市を歩く、周りの人々は思うだろう。我等の国を守る武官達は我等を威圧し取り締まる

のではなく、笑いならがら自分達と共に市を守る。自分達の仲間なのだと

 

「ん?あれ凪ちゃんじゃねぇか?」

 

指差す先は茶店の店外に席が設けられ、いわゆるオープンカフェと言うやつでいかにも女性が好みそうな

概観に内装、そこに居たのは多くの客と魏の誇る将軍、凪そして沙和と真桜のいつもの三人

 

だが良く見れば店は不思議な空気に包まれていた。沙和が剣呑な雰囲気で今にも腰に携える双剣を抜き放とうと

手をかけていた

 

 

 

ー数刻前-

 

 

 

「ね、いいお店でしょー」

 

「ああ、けど私にはちょっと居づらいな。なんと言うか、私はこの場所にあっていない様な」

 

「あかんでー、凪もこういった所に慣れていかんと。せっかく良いもんもっとるのに」

 

久しぶりの休日を三人で出来たばかりの新しい茶店で過ごそうと足を運んでいた。訪れた店は許昌の有名店の支店で

新城が安定したと同時に店長が新城に入場し、一日で全てをそろえ開店したという店で、開店したばかりの時は

全ての商品を半額以下の値段で売り、新城復興をしようとする町の人たちの憩いの場となっていた

 

店長曰く、許昌で曹操様から多大な信頼を頂いているどころか、魏で安心して商いを行えるのは将の皆様のおかげだ

と恩を返すために赤字覚悟で物を売り、時には無償で提供していた。おかげでこの店は内装や概観もあいまって

新城一の茶店として老若男女全てに支持を受けていた

 

「ここは流行の服を確認したり、他の娘の服装を見て自分の服の組み合わせの参考にしたりするのに最適の場所なのー」

 

「あー、確かにな。周りの娘ら許昌で流行っとる服や、横総髪とかしとるな」

 

周りを見てみれば、許昌で流行している髪型サイドポニーを多く見る。美髪公と言われる関羽を模した髪型をそのまま

真似する者や、垂らした髪を華琳のように螺旋状にしたりと個性がある。流石に華琳と同じ髪型にする

度胸のあるものは居ないが、流行の最先端を行く華琳を模した服装などもちらほらとうかがえ

さらには聖女様式と言われる服装、月と詠のメイド服が可愛いと皆の支持を受け一般にも出回るように

なり、それを着て歩く者も増えていた

 

「凄い・・・」

 

「そうやな、ついこの前ようやく復興したばかりやって言うのに」

 

「うんうん、沙和としては凄く嬉しいのー!」

 

満面の笑みで周りの様子に喜ぶ沙和。茶店は彼女の趣向に合った場所になりつつあるという事だろう

目の前では小さな孫を連れたお婆さんが店に入り、凪たちの前の席に座る。その席は体の不自由な人や

お年を召した方用にと椅子はゆったりと座れるように座る部分や肘掛にも綿が使われ長時間座っていても

疲れないような工夫されている物が置かれており、店側の配慮が伺える

 

孫を連れたお婆さんは孫ととても仲が良いらしく、孫はお婆さんの隣に自分の椅子を寄せて常に手をつないでいた

そんな仲の良い二人を凪たちは顔をほころばせながら見ていた。なぜならあのお婆さんが座っている椅子は

この店の店長が真桜に頭を下げ、それを聞いた男と凪たち三人が徹夜で作ったものだからだ

 

作って良かったなどとお互いに話しながら孫連れのおばあさんを見る三人。その時、沙和の目にお婆さんの孫である

少女の肩から提げられた鞄が目に入る。その鞄は一目でわかる手作りの鞄、流行のものより型は幾分古い型だが

丁寧に作りこまれ、端も綺麗に縫い合わされ、孫が好きなのだろう兎の刺繍がされている

 

流行り物を好きなはずの沙和は明らかに型遅れのその鞄をどこか暖かい目で見ていた

 

「お?今来た二人、なかなかやないか?沙和から見てどうや?」

 

真桜の言葉に視線を入ってきた二人に向ける沙和。そこには若い娘が二人流行の旗袍(チャイナドレス)を着ており

しかも限定色。髪型もサイドポニーにしており、一人は馬の尻尾に色付けしたエクステをサイドポニーに

編みこみ、もうひとりは花のように編みこんだウイッグを付けている。二人の提げる鞄はブランド物

この時代ならば名のある職人の作った一品ものと言った方が良いだろうか、いかにも流行の最先端を行っていると言える

 

「うわー、あれって凄くお金かかってるのー!馬毛の編みこみとか沙和のお給料でもなかなか手が出ないのに」

 

「そ、そんなするのかあの髪につけている物は」

 

「うん、職人さんの手作りだからすっごく高いのー!」

 

「多分外地から来た商人に上手く買わせたんとちがうか?戦の終わった地での商人の羽振りはエエから」

 

なるほどと頷く凪、そんなのずるいのー!沙和も商人さんに買ってもらおうかな?などと騒ぐ沙和達の前を

通る若い二人の娘は、座る少女の鞄に目を留めクスクスと笑い出す

 

「何あれ、ダサい何時の型?」

 

「ホント、あれってそこらの職人が作った物より酷くない?」

 

笑いながら態々自分達を際立たせようと近くの席に座り、周りの皆にかすかに聞こえるような声の大きさで

罵り続ける。その悪意のある言葉に少女は顔をだんだんとうつむかせ、鞄を抱きしめる

その鞄はお婆さんが作ったのだろう、少女に申し訳なさそうに何度も「ごめんね、ごめんね」と皺のある顔

にさらに皺を寄せ、孫の頭を撫でていた

 

その様子を見ていた凪は拳を作り握り締め、真桜も心底不快なものを見たと二人は立ち上がろうとした瞬間

二人よりも早く、沙和が立ち上がり可愛らしいその顔に似合わない怒気を撒き散らす。その手は腰に携える

双剣に手が伸びていた

 

 

 

 

「あれは何があったんだ?」

 

「知らん、だが良くないことは確かだ」

 

指差す梁に苑路は首を振り、統亞に視線を向ける。だが統亞は頬をポリポリと掻くだけで止めようという気は無

いらしい

 

「良いのか?」

 

「ああ、譲ちゃん達も大人だ此処は黙って見てるのがお守り役の仕事だろう」

 

統亞の言葉に「そうか」とだけ返し、三人は遠くから身を隠し何かあれば直ぐに飛び出せる体勢を作る

それを見計らったかのように、怒号が聞こえる

 

「お前らに御洒落を語る資格はないっ此処から失せろなのーっ!!!」

 

まるで部隊を率いる時のような大声で怒鳴る沙和、いきなりの響く怒号に驚く客と目の前の娘二人

しかし一番驚いたのは凪と真桜だろう、流行に敏感な彼女が型遅れの鞄に対する言葉に

怒りをあらわにし、その手は今にも剣を抜き放とうと柄を握り締めていたのだから

 

娘達二人は怯えと驚きが直ぐに怒りに変わり言い返そうとするが、よく見れば目の前に居る人物は于禁将軍

そして尋常ではない怒気を放つ将軍に体を震わせ二人はその場から逃げるように走り去っていた

 

逃げ去る二人の姿が見えなくなるまで睨み続けた沙和は、一つ大きく深呼吸すると身を翻して少女の下へ

歩み寄り目線を合わせるために膝を折り、しゃがみこむ

 

「その鞄とっても良い鞄なのー」

 

そう言って笑顔で少女の頭を撫でる。少女は少し目に涙を溜めながら大事そうに鞄を抱きしめ

 

「おばあちゃんが作ってくれたの、この鞄とっても大好きなの」

 

と答える。お婆さんは堪らなくなって皺だらけの腕で少女を抱きしめる。沙和は少女の鞄の刺繍に

手を沿え

 

「その刺繍もとっても素敵なのー、良かったら沙和にも兎の刺繍教えて欲しいのー!」

 

お婆さんに語りかける。沙和は終始笑顔で、二人に鞄の話や刺繍の話、お婆さんが好きな服の話や

少女と今度一緒に刺繍をする約束をしていた

 

 

 

「な?問題ねぇだろう?」

 

「そのようだ、昭様から仰せ付かったお守り役ももう御役御免だろう」

 

「苑路は嬉しいんじゃないか?最初嫌がっていたからな」

 

嫌がっていた、その言葉に統亞は少し前のことを思い出す。あれは凪たちが魏に入り将として迎えられた時だ

本来なら自分達の下に付くであろう少女達がなぜか自分達の上に置かれ、しかも自分達は副官として

彼女達の下に付かねばならぬと言われた。真面目な苑路は直ぐに男の下に訴えに行った、それを聞きつけた

統亞と梁は止めるように苑路と男の元へ行ったときに言われた言葉

 

「あの子達は大きな力を持つ、そしてそれは魏にとってとても大事なものだ、兵を率いるための旗となることが

出来る。だが旗は倒れ、地に付けば兵の士気は下がり多くの兵を死なせるだろう」

 

「・・・なら俺達は旗を支える者になれと?」

 

「ああ、未熟な者が戦場で死なぬようお守りを頼む。これはお前達にしか出来ないことだ」

 

つまりはお前達を心から信頼している、未熟な将が成熟するまで優秀な副官で支えたいといっていた

統亞は嬉しいような、少し寂しいような表情で凪たち三人を遠くから見つめていた

 

「今でも同じだ」

 

「何言ってやがる、沙和ちゃんの副官に付いてからだろう?テメーがそんなに髪だのなんだの小奇麗にし始めたのは」

 

「んだ、昔は統亞より髭も髪もぼさぼさだった」

 

「隊長殿に色々と言われるからな、そういうお前も人付き合いが良くなった」

 

「俺は良いんだよ、譲ちゃんがどうも交渉とか苦手そうだから俺までそうだと・・・梁だってそうじゃねぇか」

 

「絡繰なんかわからねえからなー、勉強なんてすることになっちまったな」

 

今では三人とも自分の妹を見るような目で凪たちを見ている事に三人は笑い、お互いが凪たちに感化され

良い方向へと変わったことに恥ずかしくも嬉しくあった

 

 

 

「さっきは吃驚したで、沙和があんなに怒るなんて」

 

「そうだな、私達より早く動いたのも驚いた」

 

「えへへー、ちょっと恥ずかしいのー」

 

帰路に着く三人は道を歩く。その手にはお土産の茶菓子を持ち、沙和はお婆さんからもらった小さな

刺繍の入った手ぬぐいを嬉しそうに眺めながら

 

「でも何であんなに怒ったんや?普段ならもう少し控えるやろ、周り人が沢山おったし」

 

「んー、それはあの娘達が心を馬鹿にしたからなのー」

 

「心?鞄がか?」

 

沙和は少し「んー」と考え込むと、恥ずかしそうに顔を向けて凪と真桜の方を見る

 

「ちょっとだけ沙和の話をしても良いかななのー」

 

「ええで、なぁ凪」

 

無言で頷く凪を確認した沙和はぽつぽつと話し始める

 

沙和は隊長に会ったばかりの時は皆ほど隊長が好きって言うほどじゃなかったのー

皆が好きだから好きーって言うのがあって、でも優しくて劉備さんたちを送ったときなんかは

すっごく感動しちゃって、だんだんちゃんと好きになってきたんだけど、沙和はどうしても一つだけ

好きになれなかったことがあるのー

 

「好きになれなかったこと?」

 

「うん、隊長はずーっと黒い外套を大事に着ていて、しかも型はすっごく古い型で」

 

「それって」

 

「そう、秋蘭様が作った外套。でも沙和はそんなの知らないから何時も新しいのにしたら良いのにーって

隊長にもいったことがあるのー」

 

恥ずかしそうに頭に手を当てる沙和

 

それが嫌でどうしても隊長を好きになれなかったのー。今思うとそんなことでーって思うけど沙和は

御洒落に命を懸けてたからすっごくひっかかったのー

 

でもね、そんな古い型の外套なのに、それを着た隊長はすっごく格好良くって沙和には意味が解らなかったのー

なんであんな古い、遅れた服を着ているのに格好よく見えるのかなーって

 

「・・・そういやあんまり気にしたこと無かったけど型古いの着てても堂々としとったな」

 

「ああ、むしろ誇らしく外套を着ていた」

 

「うん」

 

思い出す二人に笑顔で答える沙和

 

それから隊長の服が劉備さんとの戦いでボロボロになっちゃって、あの服を真桜ちゃんと凪ちゃんと一馬君と分けて

隊長からこの服の話を、秋蘭様が始めて作ってくれたものだって聞いたとき沙和はすっごく恥ずかしくなったのー

今まで思っていたことが間違っていたことと、隊長が格好よく見えるのは当たり前だって

 

隊長は今まで服を着ていたんじゃない、心を着ていたんだって

 

服は体を着飾る為の物だけじゃなくて、心に着るものもあるんだって

 

「だからあの鞄はお婆ちゃんの心が沢山詰まった鞄なのー」

 

「心を着る、確かに沙和に選んでもらった服は大事にしている。隊長にも、華琳様にもほめてもらった服だ」

 

「うん、型が遅れてもその服を工夫したらまた着れるし、もしかしたら子供にも着せられるかもなのー!」

 

「それはエエなー。服もそうやって使ってもらえたら職人として心底うれしいやろ」

 

「そうやって最後まで、大切にされて着れなくなるまで使ってあげられたら服だって喜ぶと思うのー」

 

三人は思い出す。あの服を部分部分に分けようとした時に、丁寧に丁寧に布を重ね体に重さを感じないように

ギリギリまで重ねた生地。頑丈に一寸やそっとでは破けないように、何度も綺麗に針と糸を通し縫われた

縫い目。糸を解き、分けるだけでも一苦労だったあの服に込められた想い

 

舞のため鎧を着込まない男の体を想い。せめて着る服はと少しでも厚手に、強く丈夫に、そんな秋蘭の想いを

十分に感じ取れる物だった

 

「うちら隊長からもらったあれ大事にしような」

 

「勿論だ。沙和ありがとう、沙和に選んでもらった服大事にする」

 

「凄く恥ずかしかったけど話してよかったのー!」

 

三人は笑いあい、ほぼ同時にその足を城ではなく兵舎へと向けた

行く途中に茶菓子をもう少し買っていこうと話合いながら

 

 

 

 


 
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