No.176528

真・恋姫無双 刀香譚 ~双天王記~ 第四十六話・後編

狭乃 狼さん

さてさて、四十六話、後編をお送りします。

いろいろと悩んだ末に、こういう結末になりました。

納得いかなくても、非難囂々はご勘弁を^^。

続きを表示

2010-10-05 11:21:49 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:11508   閲覧ユーザー数:9900

 法正が舞を始めたのは、彼女が十歳の頃だった。

 

 きっかけは、両親の死。

 

 天涯孤独となった彼女は、生きていくために大道芸人の真似事を始めた。

 

 それが大当たりしたのである。

 

 さらに、途中で歌を挟むと、これもまた大好評であった。

 

 そして、五年程がした頃。当時の益州牧であった劉焉に、城中での宴会に招かれた。

 

 そこで、彼女の舞と歌を気に入った劉焉は、法正を自身の家臣として招いた。

 

 その後、劉焉が死んでその娘の劉璋が牧になると、その劉璋が課した重税と労役によって疲弊した、民たちを慰撫するために、各地を巡業するようになった。

 

 その中で、法正はある歌を作った。

 

 (いずれ、これを歌う日が来るのでしょうね。……その時、私は……)

 

 それから三年。

 

 春の穏やかな日が降り注ぐその日の正午。

 

 前回と同じ特設会場で、舞を舞う法正。そして、舞が終わり、彼女は”その歌”を歌い始めた。

 

 魂のこもった、決意の歌を。

 

 

 

 

 人よ愛を歌え

 

 

 人よ勇を示せ

 

  

 それは果てなく 道を示す

 

 

 君よ心を燃やせ

 

 

 君よ剣を振るえ

 

 

 明日をその手に 掴む為に

 

 

 さあ立ち上がろう! 大地に生きるは我等なり!

 

 

 さあ歩き出そう! 夢と希望の未来に向かって!

 

 

 今こそその時!

 

 

 今こそ幕開け!

 

 

 われらこそ 真の 国士無双!!

 

 

 

 どよめきが、沸き起こった。

 

 法正が歌った歌は、戦いの歌。しかも、民に乱を促すものだった。

 

 (彼女はやっぱり気づいていた)

 

 翔香の扮装を解き、群集に混じっていた一刀は、法正の歌を聴いてそう思った。そして、

 

 「聞け!この場に集いし民たちよ!今、皆が課せられている重税と労役は、皆に何をもたらした!幸せか?!否!もたらされたのは苦痛と嘆きのみ!では誰がそれをもたらした!?今あそこに座る、劉季玉!あやつこそ全ての元凶だ!」

 

 兵卒に扮した孟達が、声高く劉璋を批判する。そして、それに続く形で、一刀もまた声を上げる。

 

 「そうだ!皆もよく思い出せ!今までに何人、大切な家族が死んでいったか!子供たちがどれほど、飢えと寒さに苦しんだかを!一体何故、自分たちがこんな苦しみを味あわなければいけないのかを!!」

 

 会場に響く一刀と孟達の声。だが、人々は何の反応も示さない。

 

 (……駄目なのか?もう、声を上げる気力は残っていないのか?)

 

 何の反応もしない人々を見て、焦りと絶望が一刀と孟達の心を支配していく。

 

 「何なのじゃあやつらは?梅花よ、あの痴れ者どもを早うひっとらえい。それと、朔耶もじゃ。民を扇動しようなどとは、恩知らずにも程があるわ!」

 

 「御意」

 

 劉璋の命を受け、張任が動こうとした、その時。

 

 「……っざけんな」

 

 「何じゃ?」

 

 劉璋に背を向けていた法正が、

 

 「ふざけんなっつってんだ!!このくそったれの(ピー)野郎が!!」

 

 ……キレた。

 

 

 

 あんぐり、と。

 

 大口を開けて呆気に取られる、劉璋と民たち。

 

 「もー、いい加減我慢の限界だっつんだよ!てめー、一体何様のつもりだ、ああ?!ふざけんのも大概にしろっつんだ!!どんだけ民を苦しめ続ければ、気が済むっつんだよ?!」

 

 普段の法正からは想像もつかない口調での罵詈雑言。蜀の舞姫といわれたその面影はどこへやら。すさまじい形相で劉璋を罵り続ける。

 

 「あ、あ、う」

 

 その迫力に押され、顔面が蒼白になっていく劉璋。

 

 「あたしらは何で生きていけると思ってんだ?!民がいるからだろうが!てめーが今来ている服も、毎日食べている贅沢な食いもんも、全部民の金で手に入れたものだろうが!」

 

 「……朔耶さま、凄い……」

 

 「……普段おとなしい人ほど、怒ると怖いっていうけど、その代表みたいな変わり様だな」

 

 法正の変貌振りに驚きつつ、そんな感想をつぶやく一刀と孟達。

 

 「た、た、た、民など、放っておけば勝手に増えてくる、雑草みたいなものじゃろうが!そ、そんな有象無象と、この世にたった一人しか居らぬ妾を、い、い、一緒にするでない!」

 

 「……あんだとう?」

 

 ギロリ、と。さらに凄みがかった顔で、劉璋を睨み付ける法正。すると、

 

 「……俺たちは、雑草じゃない」

 

 「そうだ!俺たちだって、一人一人生きている人間だ!!」

 

 「そうだ!踏みつけられるだけの雑草じゃないんだ!!」

 

 そうだ!!そうだ!!

 

 と、続々と叫びながら立ち上がる人々。今にも、舞台の後方にいる劉璋に、飛び掛っていきそうな勢いである。

 

 「ひっ!!ば、梅花よ!は、早くこやつらを何とかせぬか!!」

 

 「で、ですが、この数では……」

 

 顔面蒼白になりながらも、必死で張任に、事態の沈静化を命じる劉璋。だが、会場に集まった人々の数は、ゆうに五万を超えていた。さらに、

 

 「ちょ、張任さま!門が、門が全て開かれていきます!!」

 

 「な、何だと!?」

 

 

 側近の兵の報告を聞き、慌てて三方の門を見やる張任の目に、怒涛の勢いで街へと雪崩れ込んでくる、『劉』の旗を掲げた軍勢の姿が飛び込んできた。

 

 「おのれ!内通者が居たのか!防げ!紅花さまをお守りしろ!」

 

 「そ、それが、例の負傷兵たちも向こうに加わっていて、とても支えられません!」

 

 「馬鹿な!怪我人如きに何ができると……!!」

 

 「奴ら、怪我などしておりません!全て偽装だったようです!!」

 

 「………………」

 

 大口を開けて呆気に取られる張任。

 

 「そーゆーこっちゃ。観念してもらおか、張任はん」

 

 「お覚悟してもらうなう。劉季玉”どの”」

 

 張任と、その彼女にしがみついて震える劉璋の下に、李厳と雷同が現れる。その後ろには、

 

 「……おとなしく降って頂けるなら、悪いようにはしないと、我等が”主君”は申しております。抵抗いたされますな」

 

 一人の男性を伴った、張翼の姿もあった。

 

 「まずははじめまして、かな。劉北辰、荊州の牧を務めさせて貰ってる」

 

 その男性―一刀が劉璋の前に歩みだす。

 

 「お、おぬしが劉北辰か!何故じゃ!何故この益州に攻め込んできたのじゃ!」

 

 「まさか、紅花さまを狙って居るのではなかろうな!?女たらしと評判の貴様は、老若男女構わずと聞いたぞ!」

 

 「……ひどい誤解があるみたいだな。ていうか、誰が老若男女構わずなんだよ」

 

 「では、何のためだ!まさかとは思うが、民のためとかいう、自己満足の為か!?」

 

 「……いい加減黙れよ、この腐れ外道どもが」

 

 自身を責め立てる張任と劉璋を睨み付ける一刀。

 

 『地獄の閻魔も尻尾を巻いて逃げ出す』

 

 とは、この時の一刀の表情と声を、張翼が後に評したものである。

 

 「ひ!く、来るでない!」

 

 ざ、と。一歩踏み出した一刀におびえ、劉璋が思わず椅子から転げ落ちる。

 

 「……今まで散々、民たちに塗炭の苦しみを与えてきた餓鬼が、人に何かを言う資格があると思ってんじゃねえぞ」

 

 ずい。と、さらに一歩踏み出す一刀。

 

 

 

 「あ、あ、あ」

 

 「くっ!それ以上近づくな!姫には指一本触れさせぬ!我が忠義は何があろうともけして潰えぬ!姫は私の命なのだ!」

  

 完全に腰を抜かし、涙と小便を垂れ流している劉璋と、それでも必死になって主君を守ろうとする張任。

 

 「……忠義、だと?あなたの言う忠義というのは、主君を甘やかすことか?」

 

 「そんなものが本当のの忠義だと、本気で思っているんですか?」

 

 一刀の横に、いつの間にかやって来ていた劉備が並び、張任に問いかけた。

 

 「桃香か。そっちはもう、終わったのか?」

 

 「うん。抵抗した兵士さんたちは全員捕まえたよ。今は愛紗ちゃんたちが、政庁の制圧をしてるよ」

 

 そう一刀に報告する劉備の顔を見た劉璋が、

 

 「お、おぬしは翔香とかいう侍女ではないか!何でこんなところに居るのじゃ!?」

 

 「あれは彼女じゃないよ。変装した俺さ。街や城の中を調べるために、前もって潜入していたのさ」

 

 『…………』

 

 一刀の台詞を聞き、呆然とする劉璋と張任。

 

 「……それで、お兄ちゃん。この二人の処遇、もう決めたの?」

 

 「ああ。それなんだけど」

 

 「……少し、よろしいですか?」

 

 一刀と劉備に声をかけてくる法正。

 

 「……なんですか、法正さん。……まさか、とは思いますけど、この二人の助命請いですか?」

 

 ジ、と。法正を鋭い目で見据える一刀。

 

 「この二人の処遇、民に任せてみてはいかがかと」

 

 「民に、ですか?」

 

 こくり、と。一刀に頷く法正。

 

 「はい。今まで自分たちを苦しめてきたこの二人を許すという者が、もし独りでも居た場合、死罪はとりあえず無し。もし、半数以上が許すのであれば、無期限の強制労働。さらに」

 

 「……確率はかなり低いけど、もし、全員が許した場合は」

 

 「……益州からの、永久追放では如何かと」

 

 深々と、一刀に頭を下げてそう提案する法正。

 

 「わしも朔耶に賛成じゃな」

 

 「桔梗さん」

 

 孟達の手で牢から出されてきた厳顔が、法正の意見に賛同の意を示す。

 

 「……せめてもの慈悲、ってやつですか?」

 

 「こんな馬鹿たれでも、亡き友の、梓の娘じゃしな。問答無用で処刑するのも忍びないしの。……嬢、梅花。民の前で必死になって詫びて見せい。もしかしたら、殺されずに済むやも知れぬぞ?」

 

 そう言って、劉璋の首根っこを掴み、持ち上げる。

 

 「桔梗!姫様を放しなさい!それ以上の狼藉は私がゆるさ」

 

 「このたわけ!いい加減いつまでも自己陶酔に浸っておるでないわ!」

 

 「じ、自己陶酔ですって!?私は忠義の心で以ってお仕えして」

 

 「寝ぼけたことをいつまでも言うておるでない!おぬしはただ、自分が忠臣であるという思い込みに酔っておるだけに過ぎん!真の忠臣とは、間違えた主君を叱り付ける事もできる者の事を言うのだ!」

 

 劉璋を守ろうとし、食って掛かろうとした張任の胸倉を掴み、思い切り怒鳴りつける。

 

 「何でもかんでも、はいはいと言っておるだけでは忠臣とは言わん!時には怒鳴りつけ、その尻をひっぱたく事も必要じゃ!」

 

 「あ、あう……」

 

 厳顔の迫力に押され、張任はもはや反論する事も出来なかった。

 

 「良いか、梅花。おぬしが真の忠臣というのであれば、何が何でも民を説き、嬢を命がけで守って見せい!」

 

 それだけ言うと、二人を掴んだまま引きずり、民の方へと歩き出していった。

 

 

 

 その後。

 

 民の前に放り出された二人は、人々に泣いて許しを請うた。

 

 石をぶつけられ、様々な罵倒を浴びつつ、必死になって、謝った(本心かどうかはともかく)。

 

 その結果、どうなったか。

 

 次の日から、二人の姿は成都から消えた。

 

 とりあえず、その場で殺されることはなかったから、生きていることは間違い無い。

 

 ただ、その後どうなったのかについては、残念ながら一切、記録は残っていない。

 

 ひとつだけ言えるのは、この後、二人の名が歴史上に出てくることは、二度と無かったと言うことである。

 

 

 それはともかく、こうして一刀は益州を平定した。

 

 民たちも、法正や厳顔らの説得と、一刀と劉備たち自身の言葉と想いを聞き、新たな統治者を受け入れた。

 

 課題はいまだに多く残っているものの、益州に久方ぶりの平穏が訪れたのであった。

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
81
5

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択