No.176380

くろのほし 第6話

 家を取り囲む木々の、ほんの隙間の闇。
 その宵闇から現れた少女――ヴィオが、ゲイルを襲います。
 星空の元、ゲイルの修行の成果が試されるのでした。

 童話風厨二病的連載小説「くろのほし」、第6話です。

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2010-10-04 15:10:43 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:810   閲覧ユーザー数:806

 星の瞬く夜。更けゆく宵の闇から、少女は現れました。

 オッサンの家で舌鼓を打つゲイルに、音もなく忍び寄ります。

 認識の外から、密やかに。少女が七又の魔手を伸ばします。

「やっぱり脚が一番良いよな。引き締まっていながら柔らかい……最高だと思うんだ」

 

「えっ!? げ、ゲイル、何を……」

 

「何って……鳥だよ、アロバゴ鳥」

 

「ああ、うん……そうね。その通りだわ」

 

 ゲイルがサラダとは別の脚肉を手にしたとき、それは起こりました。

 家の扉を強引に開けて舞い込んできた何かが、ゲイルの鳥脚肉を奪い去っていきます。

 

「あっ!? 待てこら!」

 

 大きく開けた口を空振りさせたゲイルは、憤りと共に家から出ました。

 

「すごい執念……なんて言ってる場合じゃないか。一体誰が奪ったのだろう」

 

 シェリオもゲイルを追って家から出ます。

 ちなみにオッサンは、のびたままです。

「うんうん……美味しいわね、これ」

 

 何やらうなずきながら鳥脚肉を食べる姿がそこにはありました。

 月星を受けて闇に浮かぶほの明るい四肢。七又の鞭を携えたその少女は、ヴィオでした。

 

「お前……ヴィオ!?」

 

「こんばんは、それとごちそうさま」

 

 ヴィオはゲイルの後ろにいたシェリオにウィンクしました。

 そしてゲイルを見据え直します。

 

「あんたが、ヴィオ……一体ここに何しに来たの!?」

 

 シェリオが問うと、ヴィオは不敵な笑みを浮かべて言います。

 

「お肉の匂いに誘われて出てきちゃった」

 

「ええー……」

 

 至って真面目らしいその返事に、シェリオは脱力しました。

 

「えーと。そういえばあなた、なんて云うんだっけ?」

 

 仕切りなおすように言って、ヴィオはゲイルに名を訊きます。

 

「……ゲイル。ゲイル=ディアラルだ」

 

 ゲイルが名を告げると、ヴィオは確かめるように何度か呟きました。

 そして何かにうなずくと、鞭を取り出して構えます。

 

「そう……私はヴィオドトーグ=ゾレットよ。さあゲイル。修行の成果、見せてみなさいよ?」

 

 妖艶に挑発する仕草を見せるヴィオに、ゲイルも拳を構えます。

 

「ゲイル、あたしも……」

 

「いや、シェリオは見ていてくれ」

 

 有無を言わさぬゲイルの言葉に、シェリオは所在無く引き下がりました。

「やっぱり武器は使わないのね。賢明だと思うわ」

 

 そう言うが早いか、ヴィオは鞭を振り下ろします。

 七又の先端がゲイルに襲い掛かります。

 ゲイルは平常心……オッサンに仕込まれた事を反芻していました。

 変にいなすと捉えられると判断したゲイルは、甘んじて攻撃を受けます。

 足を取られないように気をつけながら、ゲイルは地を踏みしめます。

 そして……別々に自分へと巻きつく鞭を利用してヴィオを引き寄せました。

 

「!?」

 

 不意を突かれたヴィオは手を滑らせ、鞭が宙を舞います。

 

「さて、鞭を奪ったは良いが……お前は怪力だったよな」

 

 絡みついた鞭を剥がし捨て、ゲイルはヴィオを睨みます。

 ゲイルに戦闘技術は身についていませんが、平静を保てるようにはなったようでした。

 

「ふうん……なかなか上出来ね」

 

 その様子を見て、ヴィオは満悦です。

 薄紫色の髪が優しげな夜風に揺れています。

「でも、なーんか勘違いしてない?」

 

「な……にっ!?」

 

 ヴィオが力を込めてゲイルを見ると、ゲイルはたちまち四肢の力を失いました。

 ほのかで淡い赤だったヴィオの瞳が、爛々と紅く輝いています。

 

「私はヴィオドトーグ。あなたたちと違って魔族なの」

 

 ゲイルは平静でしたが、一つ重要な前提を見落としていました。

 それはすなわち、先ほど取った行動は「相手も人間だ」ということで無力化できたということです。

 しかしヴィオは「人間ではなく」、なおかつ瞳という「武器を隠し持って」いました。

 

「私だけじゃない。『城』に人間なんて一人もいないわ」

 

 瞳と同じくらいに紅く潤む唇をぺろりと舐めると、ヴィオは愉悦の表情を浮かべます。

 ゲイルは悔いていました。もっと相手を観察してから踏み切るべきだった、と。

 

「それに、鞭を持ってるけど……『調教師』じゃなくて『操術師』よ」

 

 ゲイルが投げ捨てたヴィオの鞭が……不可視になります。

 程なくして、ゲイルの体が宙に浮かびました。

 中空で大の字に縛られたゲイルは、ぎりぎりと歯噛みをします。

 

「あなたは初歩を踏み出した。けれど、まだまだ力不足よ。私を満足させるには至らない」

 

 ヴィオの表情は嘲笑でありながら、それは慈愛と錯覚してしまうほど優艶でした。

 

「まあ、いたぶって楽しむ事はできるけどね」

 

「くそっ……くそぉ……!」

 

「あんた……ヴィオ、やめなさいよ! ゲイルを放しなさい」

 

 目を細めてゲイルの叫びを聞くヴィオに、シェリオが飛び掛ります。

 

「あら、あなたも操られたい?」

 

「うっ……」

 

 瞳に魅入られたシェリオは、そのままぺたんと座り込みました。

 

「この男ほど甘くはないようだけど、意固地な子ね。後でゆっくり屈服させたいわ」

 

 ゲイルの首元に刃物の感触があります。

 一つだけ実体化したそれは鞭だったらしく、鋭い刃をもたげながら首に巻きついていました。

 

「例によって不殺命令があるので、チェックメイトに至らずチェックで終わり。……命拾いしたわね」

 

 ゲイルの体が束縛から解放され、地に落ちます。

 宵闇の操術師・ヴィオドトーグ=ゾレット……その姿が明けぬ闇へと消えました。

「……足りない。まだまだ、同じ土俵にすら立てない……」

 

 取り残されたゲイルがぽつりと呟きました。

 修行らしい事をしていないようにも思えましたが、成果は確かにありました。

 けれども……まだ一矢を報いることすら出来ないのです。

 

「……それでも、行かなきゃな」

 

 ヴィオの消えた闇は、街とは違う方向にありました。

 消え際に、一度だけゲイルに振り向いて。

 暗に「ついて来い」と言っているような……そんな素振りでした。

 

「ゲイル……行っちゃうの?」

 

 ゲイルの呟きを聞いていたシェリオは、問いかけます。

 

「行かなきゃ、いけないんだ。まだ未熟でも、追いかけなきゃいけない」

 

 ゲイルは自分に言い聞かせるように、シェリオに言いました。

 シェリオは力の戻った腕で目元を拭いながら、声を振り絞ります。

 

「……今夜は、休んで行ってよ」

 

「……ああ、世話になる」

 

 二人はオッサンの家へと戻りました。

 役立たず親父などと罵る声と鈍く響く殴打の音を聞きながら、ゲイルの意識は落ちていきます。

 ヴィオはゲイルの意外な成長速度に驚いていました。

 

(私の「切り札」を明かすのは最期の時になるだろうけど……手の内をある程度見せてしまった)

 

 次に会うときには渡り合ってくるのだろうか、とヴィオは未だ見ぬ戦いに思いを馳せます。

 

(……ゼラ様の、城主様の目的に……上手く引き込めないだろうか)

 

 沐浴を終え休んでいるであろうゼラの元へと戻りながら、ヴィオは考えを巡らせていました。


 

 
 
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