理緒は頭を撃ち抜かれた。
それは、彼、シルバーバレットが言うところの、「応用」というやつだった。
弾丸は頭蓋の中心で爆発し、理性が吹き飛び、同時に欲求も吹き飛び、理緒は面喰らって立ち竦んだ。頭の中が清々しく無防備になった状態で、理緒は、目の前の男に目を奪われた。意識すらも、奪われていた。
銀髪の、獅子のような風貌をしている若い男だった。
「おはよう。お嬢さん」
夕方四時を回ってなにがおはようか。
理緒は間抜けな頭で銀髪の男を見た。ぼやくことができなかったのは、未だに頭が衝撃から目を覚ましていないからか。
「三分間。僕が君と話せる時間だ」
「三、分……?」
「そういう決まりなんだ」
理緒の頭上には大きなクエスチョンマークが浮かんでいる。その様子を見て、男はくっくと楽しそうに笑った。
「あなたは、誰ですか」
当然理緒はそれを聞く。
待ってましたとばかりに、銀髪の男は口を開いた。
「僕の名前はシルバーバレット・ハートガンナー。三分で、ひょっとしたら君に魔法をかけてあげられるかもしれない男だ」
なんと、曖昧な。
こいつが選挙に出たとしても、自分が投票することはないなと理緒は思った。しかし、責任の重圧に耐えきれない者の多い昨今の政治家事情を考えると、むしろこの男の方が説得力を持っているような気がするのが不思議だ。
理緒は首を傾げた。
そして、頭を撃ち抜かれた衝撃で暴走しそうなほどだった頭の熱が消えているのに気が付いた。緊張はしているが晴れやかな心境だった。
「何をしたの」
止まっている壁掛け時計。同じく、彫像のようになってしまったバスケ部のエース、学ラン姿の宮田くん。はためいた形のまま凍ったように動かない二年三組の教室のカーテン。絵画のように固まったままの教室模様。何か異常が起きていた。理緒の想像できない異常が。
犯人は誰だ。シルバーバレット以外にいるだろうか。
シルバーバレットは右手で拳銃の形を作っているということに気が付いた。その人差し指から薄い煙が上がっているということも。
「君の頭の熱を、撃ち抜いた」
そうか、私の頭の熱を撃ち抜くと時間が止まるのか、これは良いことを聞いた、と理緒は思った――ワケはない。
「頭がおかしいんですか」と理緒が言おうとしたのに被せて、シルバーバレットは高らかに言いはなった。
「時間が惜しい! さくさくいこう。君は今から、教室に呼び出した宮田くんに愛の告白をしようとしていた、間違いないね?」
「え!? いやえっと、はあ!?」
――どうしてなんでそんなことをいきなり、……知ってるの!?
「落ち着いて、考えてみて欲しい。本当に、彼で良いのかな」
「えっ……」
理緒の正直な感想としては、「えっ……」のあとには「なにこの変なおっさん……」が続く。それを本当に言われたらシルバーバレットは傷付くだろうが、いくら若い男と言っても高校生から見ればシルバーバレットの風貌は十分におっさんである。二十代前半か、もしかしたら後半かもしれない。
「最近の子供はませている、なんて野暮なことは言わないよ。僕はこれでも、愛を愛するキューピッドだからね」
「えっ気持ち悪い」
口をついて出てしまった。その返答速度は理緒が携帯を打つ指の速度に勝るとも劣らない。また、気持ち悪いと言われてシルバーバレットが落ち込む速度も早かった。
「効いた。今のは効いた。……しかし、落ち込んでる場合じゃないな」
シルバーバレットは教室の床についていた両手をミュージカルのように寛大に広げて立ち上がると、理緒を憂える瞳で眺めた。
「初めに言っておこう。僕はかわいい女の子が大好きだ。僕はキューピッドとして、そんなかわいい君が失恋するのは忍びないと思っているんだ」
「え、……私、失恋するんですか?」
今度は、理緒が衝撃を受ける番だった。
受験生に「落ちる」「滑る」という言葉を言ってはならないように、まさしく、シルバーバレットは地雷を踏んだ。理緒自身があきれるほどに、シルバーバレットはキューピッドにしては恐ろしく手際が悪かった。
「ああ、いや、決まったわけじゃ……、違う! 君は失恋なんてしない! 僕が保証しよう!」
言い繕えば言い繕うほど理緒の表情は曇ってゆき、それを見たシルバーバレットは慌てふためく。
「君は、宮田くんとやらと付き合うための、覚悟はあるのかと聞きたいんだよ。でなきゃ、この弾丸は、ちょっと撃てない」
シルバーバレットは、右手の人差し指を意味ありげに見た。その眼差しには、人差し指に対するいとおしさすら浮かんでくるようだった。
「弾、丸……?」
「撃たれる覚悟のない者に、僕の弾は撃てない」
さらに付け足すようにシルバーバレットは言った。
「そういう決まりなんだ」
「覚悟」と、理緒はもう一度小さく呟いた。
「そう、覚悟だ。例えば、もしも宮田くんが、」
一度、シルバーバレットは言い淀んだ。表情こそ笑っていたが、頬の筋肉は堅い。理緒の顔を見て、そして、改めて言った。
未だになれないなと、シルバーバレットは自嘲した。
「宮田慶次が、ただの人間でなかったとしても?」
沈黙という選択のみしか、理緒はその質問に応える術を持っていなかった。質問の意味が分からなかった。いまさらになって、凍りついたように固まっている放課後の教室の風景が、不気味なものに思えてきた。初めて、シルバーバレットという男が異質なものとして視界に映る。
「どういう意味ですか?」
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