No.169338

~一刀と冥琳~夏に消えた夢。その先でまた逢いましょう~

はじめまして、ななわりさんぶと申します。
こちらでは処女作です。
恋姫夏祭り……先日知ってからの滑り込み投稿。
本編とは違う展開ですが、こんな外史もあるかな、と。雪蓮も出したかったけど、展開的にむりだった。
本編でめーりんが北郷の事を全然名前で呼ばなかった事をネタにしました。

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2010-08-30 22:55:31 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:5318   閲覧ユーザー数:4374

 

「冥琳」

 

私を呼ぶ。優しい声。

彼の声と、夏の日差しで目が覚めた。

 

「起きた?」

 

一刀はそう言って、穏やかに笑う。

温かな顔。私の身を包む柔らかな寝具よりも、もっともっと多くの安らぎをくれる顔。

私の為に座臥のすぐ隣に置かれた机の上にお膳を置いて、手には小さな小さなお椀と、レンゲを持って、私の霧がかった意識が完全に覚醒するのを待ってくれている。

優しい人。

私は彼の微笑みに、答えるようにそっと笑顔を作ってみた。

でも、上手く笑えなかったらしい。彼の笑顔が、少しだけ曇る。

 

「おかゆ。冷たいから、食べやすいと思う」

 

そう言うと、さっきよりも力んだ表情で、大袈裟に綻ばせて、再び笑顔作る。

また、心配させてしまった。

 

すまない、北郷。

 

 

 

二人で居れば、言葉が溢れた。目が合えば、微笑んだ。

でも、今はもう笑えない。

言霊は頭に思い浮かんでも、舌が重くて回らない。自然に零れていた笑顔も、今では作ろうとして失敗し、唇が引き攣るだけ。

こうしていて話していても、前は柄にもなく胸を躍らせて、コロコロと変わる彼の表情が可笑しくて、次はどんな冗談でからかってやろうか、目まぐるしく頭の中は巡っていたのに。

今は、とても眠たい。

 

暮れの冬に喀血してから、容態は一層悪くなった。

突然倒れた私に、北郷はおろか、蓮華様や小蓮様、穏や明命や亜莎、あの思春までもが普段の仏頂面を崩し、揃って狼狽したらしい。

自分の身体だ。胸の鉛の様な息苦しさが病魔で、日に日に徐々に、全身に行き渡って蝕んでいる事は理解していた。だが雪蓮を失ったばかりの孫呉で、三国統一が為されて間もない天下で、私一人が途中で政治の舞台から降りる訳にはいかなかった。そう思って告げずにいた病だったが、却って迷惑をかけてしまった。

 

お前の様にはいかないな、雪蓮。

 

 

「穏は、大分冥琳の仕事の引き継ぎが出来るようになってきたって」

 

私からの返事は無くても、北郷はゆっくり、私にも聞き取れる早さで語ってくれる。

 

「亜莎がさ……」

 

今日あったこと。

仲間の事。

街の様子。

葉の色が変わった事。

今日の雲は何色だったか。

おかゆは美味か。

 

彼の語る一つ一つに、私は頷き、返事を返す。

でも、本当に彼に伝わるように出来ているかはわからない。意識に靄がかかっていて、頷けたか、意味のある言葉を発する事が出来たか、実際にどうかは、よくわからない。

窓から流れてくる風が、初夏の青い匂いを乗せているという事はわかるのに。

 

近頃、夢を見る。

眠っているか起きているかの区別は付きにくいけれど、夢を見ているのはわかる。

夢の中で、いつも私は彼と並んで街を歩いている。

夢の中で、私はちゃんと自分の足で立っていて、彼と言葉を交わしていて。時々、悪戯っ気混じりに腕を組むと、彼は赤面して慌てながら、それでもそれを受け入れてくれる。

故郷の匂い香る呉の街の、夏の強い日差しを体中に浴び、ぶらりと立ち寄った店で食事をし、脇を擦り抜けて走っていく小さな子供達に頬を緩ませる。

私は夢の中で、彼を必ず、一刀、と呼ぶ。

ずっと、そう呼んでみたかった。私らしくないようで、気恥かしくて、なんとはなしに呼べなくて、そうしていたら、二度と呼べない身体になってしまった。

もう一度呼んでみる、一刀。

彼は振り向き、そして微笑む。私と彼はいつも同じ拍子で供に笑い、同じ拍子で安らいだ。

とてもとても、幸せな夢。

 

 

どれくらい時が経っただろう。ふと、温もりを感じて瞼を開いた。

まだ夢の中かと思ったが、重い身体の気だるさと気持ち悪さが、現実だと気付かせた。

北郷だった。前よりも大きく、逞しく感じるようになった身体で、私を引き寄せて、抱きしめていた。

 

「冥琳」

 

名前を呼んでくれた。夢じゃなく、今。

返事代わりに、抱き寄せられた胸にそっと額を押し当ててみる。弱弱しくて、気付いて貰えないかも知れないと思ったけれど。それでも北郷は答えるように、そっと肩を撫でてくれた。

北郷が大きく感じられるのは、多分私が小さくなったから。

寝たきりで痩せ衰えた肩はもう、ガリガリに骨ばってしまって。

流れるようだと言ってくれた髪は抜け落ち、潤いを失ってパサパサに痛んでしまって。

初めて結ばれた夜、慈しみ、愛おしんでくれた肌は、今はもうカサカサの節くれになってしまって。

それでも彼は、私を抱き寄せてくれた。後はただ枯れていくだけの、眺めてもつまらない、

死んで往くだけの花のようになった私を、あの夜よりも優しく、深く深く、感じ取るように。

 

嬉しかった。

 

「ごめんな」

 

気づけば、北郷が震えていた。

こんな蒸し暑い、夏の夜だと言うのに。

 

「冥琳がこんなにボロボロになっていたのに、気が付けなかった……俺は、冥琳のために、何も出来なかった」

 

――――――泣いているのか?

 

「こんなになるまで、冥琳はひとりで戦っていたのに、おれ、なんにも、できなかった」

 

ぽつり、ぽつりと語る北郷の言葉は、私を抱きしめる胸と同じくらい、震えている。

鼻をすする音がして、時々、言葉は途切れる。

 

「もっと、いっしょに、居たいって。思ってたんだ。ずっといっしょに、居たいって。なのに、ごめん」

 

胸にうずめていた、私の渇いた頬に、北郷の涙が、ぽたりと落ちた。

温、かい。

 

「ごめん、冥琳」

 

泣くな、北郷。

 

「ごめん…………!!」

 

泣くな。もう、いいんだ。

私はこんなに、温かいから。

だから、泣かないでくれ。

 

ああ、でも――――――

 

私の喉がまだ震えるなら、何か気の利いた冗談でも嘯いて、笑わせてやれるのに。

私の腕にまだ力が灯るなら、お前の背中を抱きしめ返して、安心させてやれるのに。

けれど、枯れ木のようなこの指では、お前の涙を拭いてやる事すら出来なくて。

私はお前に、何もしてやれない。お前は私を見舞いに来て、おかゆを食べさせてくれて、そんなに優しく、抱きしめてくれるのに。

お前は私に、本当にいろんなものをくれたのに。

私はお前を、元気づけてやる事すら出来ない。

 

それでも、お前は。

そんな私の為に泣いてくれる。

お前は優しい。大好きだ。

 

温かいお前の胸で、また私はまどろんで、夢を見る。

夏の夜よりも暖かい、優しい温もりの中で、私は夢を見る。

この夢でも、やっぱり私はお前と居て。

夏の暮れ、秋の少し交る頃の、どこか綺麗な川のほとりで、蛍を見ていた。

星の様で、人魂のようでもあって。幻想的な光る淡雪のようなそれを眺めていた、あの川は何処だろう。長江の入り江か、それとも、廬江の水田か。

私はお前と手を重ねて、その河原の優しい草の絨毯に座って和み。

お前と私によく似た、じゃれあって遊ぶ男の子と女の子を、愛しげに見つめていた。

いつまでも。

 

そんな風に生きたかった。

お前と家族を作って、この夏も、次の夏も、その次の夏も越えて。その度に歳を取って。皺を一緒に刻んで。

はにかむ様に笑うお前に釣られて笑い、私はお前を一刀と呼ぶ。そうやって、ずっとずっと。

 

けれど、もういいんだ。

 

「……冥琳?」

 

不意に目を覚ました私に、北郷は私の顔を覗く様に項垂れる。

涙の痕と、真っ赤に腫れた目。潤んだ鼻声。

すまない。

 

「冥琳? どうしたの?」

 

もう、いいんだ。

もう私は、お前に十分すぎるほどのものを貰ったから。

でも、いざそれをお前に言おうとしたら、あまりに多くあり過ぎて。

頭の中が言葉で埋まって、胸の中が想いで溢れて、そんなに多くの事は、今の私にはとても言えやしないから。

だから、一つだけ。言えなかった事、一つだけ。精いっぱいの、ありがとうと愛してるを込めて。

 

「」

 

一刀。

 

「…………?」

 

必死に言おうとした名前、絞るように肺の底から迫り上げたけど、喉の奥で溶けてしまった。

聞こえただろうか。聞こえなかっただろうか。

聞こえていたら、嬉しい。

 

「冥琳」

 

呼び返してくれた、私の名。なんて心地よい響きだろう。

思わず、笑みがこぼれそうだ。

笑ってみよう。夢の中で笑っていた、お前の様に。上手くできるか、わからないけど。

お前が釣られて、あの夢の中のような笑顔になってくれるように。

 

一刀。

笑ってくれ。

 

「…………冥琳!?」

 

瞼が急に、重たくなった。

一刀の声が、遠くに聞こえる。残念ながら、顔を見る事は出来なかった。

思考が融ける。ぼんやりと霞んで白く染まる。もう、私は何も考えられない。あとは、想いだけ。

 

わたしはうまく、わらえたかな。かずと。おまえは、わらってくれたかな。

わらってくれたら、いいな。

 

今度会う時は、もっとはっきりした言葉で、必ず呼ぶから。

一刀。

いつまでも愛している。何度生まれ変わっても。どんな時代に居たとしても。何処に居ても。

必ず、お前を見つけて、逢いに行くから。

だからその時まで――――――

 

きっと、私を覚えていて。

 

 

「………………あっづ~~~~………………」

 

なあ、天気予報のお姉さん。今日は残暑去る八月の末じゃ無かったのかい? 騙すなんて罪な女だ。

まあ、仕方ないね。嘘は美人のアクセサリー、そうだろう?

そう思わなきゃやってられねえよ馬鹿野郎。

 

「かぁ~ずぅ~ピーーーー!!!!」

「ぐほぅアッツ!!」

 

聖フランチェスカの学舎へ歩を進めつつ、行き場の無い、殺意にも似た憎悪の矛先をこまねいていると、不意に背後からの奇襲によって、俺は熱したアスファルトへのダイブと洒落込んだ。

 

「なんやぁ、夏休み明けやっちゅーのに、辛気臭いカオして。元気だしィな」

「……そういうお前は、夏休み明けにあるまじき元気の良さだよ、及川」

 

人の背中に、そこそこキレの良い肘打ちを入れておきながら悪びれもしない悪友は、俺が歩き出すと何事も無かったかのように肩を組んでくる。

暑いと言うのに。

 

「どーもこーも一刀クン! ウチのガッコで夏休み明け言うたら、教育実習生の受け入れ期間やないか!」

「それがそのハイテンションとどう関係があるんだよ」

「アホタラ! 教育実習生やぞ! 年上やぞ! 魅惑のインテリお姉サマやぞ! 大人の凛々しさの中にも学生らしい危なっかしさを残す、美しい大学生のお姉サマ! そして実習先の男子生徒と仲良くなるお約束! 聖職者たる教師を志す身でありながらも教え子たる生徒に溺れる禁断のアバンチュール! このひと夏の恋の予感に期待を燃やさないような奴は健全な男子高校生とは認めへん! 絶対認めへん!!」

「無い無い、無いから」

 

そんなふうにバカをやって、俺達はダラダラと校舎を目指す。

 

辿り着いた冷房の利いた教室は、夏に現れた救世のオアシス。

今ならクーラーは人類を救うという主題で、やり残した国語の夏季休業課題論文を5分で仕上げられる気がする。温室効果ガスによる地球温暖化説なんて絶対に認めない。

 

「なーかずピー、実習生何系やとおもう? モデル系? 小動物系? カッコイイ系? カワイイ系?」

「まだ女の人って決まったわけじゃないだろ、美人かどうかもさ」

「俺のカンは当たるんよ」

 

「皆さん、静粛に! HRを始めますよ!」

 

ワイワイと騒ぐ教室に、扉を開けて入ってきた、教育ママの様な眼鏡をかけて、この暑いのにステレオなソフトスーツでカッチリ武装した担任のオールドミス。

その後ろに付いて入ってきた、涼しげなブラウスから覗く褐色の肌、その上で流れるように踊った黒髪。

 

――――――それが香ったとき、なぜか。

懐かしい匂いがした。

 

「えー、皆さん存じていると思いますが、今日から教育実習生が赴任します」

「かずピー!! 見てみいやアレ! エラいのが来たやろ!? なあ!」

「……ああ…………」

「何を呆けとんねん! なー! 俺のカンは当たるんよ!」

 

隣の悪友が騒ぎまくる。当然だ。

俺だってあんな美人、初めて見たよ。

けれど――――――

俺が呆けていたのは、きっと。その美しさに見惚れたと言うのもあったけれど。

 

「静粛に! 先生の自己紹介が始まりますよ! ……では、先生」

 

すらりと伸びた、立ち姿が。紅薔薇の様な唇が。通った鼻筋が。凛とした形の顎が。意志の強い瞳が。

初めて見る筈の彼女が、なんだかとても、とても。

 

「はじめまして、周です。出身は中国で、名前は…………」

 

 

――――――夏の夜空に、想いは溶けて。

記憶も魂も、哀しみもお前のくれた温もりも、全て風の向こうに消え去った。

でも、一刀。

 

私は必ず、見つけるから。

お前の名を呼ぶ為に。何処に居ても、何をしていても。

何度でも何度でも、何度でも生まれ変わって。

 

――――――必ず、お前に逢いに行く。

 

 

 
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