「腕のほうは大丈夫なの?」
「怪我なら大したこと無いさ、真桜の作った刀のおかげだ」
「違うわよ、消える腕のことよ」
前回の報告を受けた華琳はどうやら俺の腕を心配してくれているようだ
宗教家との一軒の後、真直ぐ俺達の家へと足を運び食事を皆で取っている最中に華琳はそれとなく
たずねて来た。食後の茶をすすりながら華琳は眼を伏せ、味を楽しみつつ俺の腕へとその目線は注がれる
「ああ、大丈夫だ。条件は良く解らないがなんとなく消える理由が解ったような気がする」
「うん・・・具体的には?」
「そういわれると解らない、感覚的なものだからな」
俺の答えに華琳は少しがっかりしたようだ。だが仕方が無い、俺の腕はいまだ消える明確な理由が良く解らない
解る事は、コイツはきっと重要な場面で消えようとするって事と俺が怒りに任せ叩きつければ戻るってことだ
「周りに居た兵に見られたようだけれど?」
「ああ、それなら詠がアンタ等が見たもの全て忘れなさいって凄い剣幕だったらしい」
「へぇ、それで兵達は?」
「何のことですか?俺たちは何にも見てませんぜ、だってよ」
「フフッ、本当にしっかりと薫陶されているわ」
膝に乗せる涼風の頬を撫でながら華琳の言葉に頷く、どちらかと言えば薫陶と言うよりは皆が俺を支えてくれてい
るだけだ。兄弟たちには頭が下がる、俺が何者であろうとたとえ明日消える身であろうと皆は関係ないと言ってく
れている。これほど嬉しい事はあるだろうか
ならば俺がするべき事は皆が望むまま、この地に残れるよう何処までも足掻いてやるだけだろう
「そういえば天の知識を風に話したのか?」
「いいえ、なぜ?」
「俺が先のことを歴史を知っていることを解っていたようだから」
「そう、それなら簡単よ。貴方の知識は常に我等の先を行った知識、会議での言動や作り出した物などから考えれば
軍師でなくとも自ずとその答えへとたどり着くわ」
「あー、なるほどなぁ」
「それよりも少し料理の腕が上がったわね、少しは食べられるようなものになっていたわ」
「はぁ・・・月なら美味しいですよと言ってくれるぞ」
「私からしたらまだまだよ、精進なさい」
相変わらずの華琳とのやり取り、小さい時から変わらない。変わった事といえば涼風が居て一馬が居るくらいだ
だから昔よりも・・・いや、昔は曹騰様がいらっしゃった。あの時も皆笑顔が絶えず今日のように笑い会えていた
「御祖父様のこと思い出してるわね?」
「解るか?」
「もちろんよ、御祖父様がいらっしゃった頃も此処に居るように楽しかったわね」
「ああ、涼風には・・・いや皆の子供達にはこんな毎日を過ごして欲しいよな」
「ええ、もう少しよ」
語る華琳の表情は強く暖かい、やはり華琳は王に相応しい。これほど俺達の、民の願いを知っているのだから
だから俺はもっと強くならなければ、王を支えられるように。
そう心で呟きながら、膝に座る涼風にの頭を優しく撫で呟く
「我が子に誓う、俺は王を支えこの地に平穏をもたらす」
そうだ、何かが俺の存在を消そうとするならば足掻いて足掻いて、最後の一瞬まで足掻いてこに地に留まってやる
俺を望んでくれるならたとえこの身体を切り刻まれようとしがみ付いてやる
宗教家の騒動から次の日、詠と凪達三人は新城に古くからあった屋敷を簡単に改装した夏候邸へと足を進めていた
今日は珍しく昭と秋蘭は全ての業務が休み、理由は韓遂を討ち取った褒美として夫婦二人で休みをもらっていたからだ
「新城後略とその他もろもろの褒美は何が良い?」
「なんにも要らん、そんな金があるなら復興と民に使えよ」
「信賞必罰は政の基本、きちんと結果を出した分の褒美は受け取りなさい」
「うーん、何でも良いのか?」
「ある程度ならね」
「なら休みをくれ、涼風と遊ぶ」
夏候邸で食事を取りながら男と華琳は酒を飲み、この度の褒美について話し合っていたが、いくら言っても男は
金や宝物を受け取ろうとせず、最終的に二人を同時に休ませることが褒美となっていた。
華琳は男の強情さに呆れつつ、仕方が無いと笑いながら酒を飲んで了承していた
本来ならば詠達は休息をしているであろう二人の元へは出向いたりはしないのだがこの時ばかりは事情が違っていた
「ああ~だるい」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、昨日より全然マシ。普通に歩けるからね、それよりも面倒なことになったわね」
「仕方ないのー!とりあえず隊長に聞いてみないと」
散々統亞を追い掛け回した詠は、最後に統亞を取り押さえ逆さ吊りに門に縛ると復興支援に許昌から来た月に
甘えていた。それは心配する月に付きっ切りで世話をされ、心底至福の時を過ごしていたのだが
「まったく、余計なものを見つけたものだわ」
「しゃぁないやん、それにこういうことは隊長が一番やで」
そういう真桜は背中に小さな少女を背負い詠の肩を叩く。詠は頬をぽりぽりと掻いて溜息を吐いていた
迫る夏候邸の門をくぐり、中に入れば使用人も侍女もだれも居ない。やはり此処に着たばかりでそこまで
手が回っていないのか、それとも相変わらず男がそういったことを断っているのかは解らないが、肝心の
男の姿が無い
「こんにちはー、隊長いらっしゃいますか?」
「居ないわね、帰るわよ」
「ちょ、ちょっと待った!まだ着たばかりやん、ドンだけやる気ないんねん」
「やる気なんかこれっぽっちも無いわよ!早く帰りたいだけよ!」
ギャァギャァと言い合う真桜と詠に呆れながら沙和は、何処からかほのかに香る桃の匂いに鼻を引くつかせる
その香りは柔らかく鼻孔をくすぐり、とても良い匂いで何処かでかいだ香り
クンクンクン・・・・
「あーっ!これって許昌で一番人気の白桃香なのっ!」
「ん?どした沙和ってちょいまちー何処行くんや」
匂いを辿る犬のように沙和は鼻をスンスンと言わせながら走り出す
どうやら前から眼を、いや鼻を?付けていた香らしく、沙和は匂いをはっきりと嗅ぎ取るに連れて
眼を子供のように輝かせていた
走り玄関を回り、開かれた庭へと走る沙和に凪達も急いで後を追いかけていく
「ふくへいはがんこうのじんでいっせいしゃげきー」
「おおっ!何処で覚えたそれ、蜂矢の横にそんなの喰らったら」
「おとうさんのさよくはぜんめつー、すずかのかちだよー」
涼風と男の声が聞こえる縁側に着けば、そこには薄い白桃色の長衣に身包む秋蘭が柱に寄りかかる男の胸の中で
丸まって小さな寝息を立てている。その隣に象棋の大きく駒を多くしたものが置かれ、盤上で男の騎兵が涼風の操る
弓兵に滅ぼされていた
「孫子の兵法行軍篇か、凡そ四軍の利は黄帝の四帝に勝ちし所以なり。すごいな涼風」
「たかいおかからならゆみだけじゃなくていしもつかえるの、へいをおくばしょえらびはだいじー」
頭を撫でられる涼風は眼を細めて心底嬉しそうに笑顔になる
だが詠はそんな姿よりも盤上に眼が釘着けになってしまう、その盤上は完璧な兵運びで男の兵を丘の下へ
誘い込み、弓を装備した伏兵と投石目的の歩兵が現れ急襲、撃破をしていたのだ
「ちょ、なにこれ!まさか涼風はっ」
「そうだよ、孫子は全て覚えてる」
「な・・・こんな小さな子が何で」
「速読ってのがあってな、元々本を読むのが好きだから覚えさせた。物語なんかはゆっくり読ませるんだが
兵法なんかは速読で読ませても十分だしな」
「あんたも出来るの?」
「俺は教えるの専門、だから出来ないよ。涼風には俺の全てを教えるんだ、将来困らないようにな」
詠は絶句する。どれだけ教えるのが巧いのだろうと思っているようだ。だが俺は出来ることを教えているだけで
特別凄いことを教えているわけではない、それに頭の柔らかい子供のうちに教えておけば吸収も速いから
教えているだけだ
「春蘭がめげずに学問を学んでいる理由が解ったわ、きっと楽しいからね。あんた戦が終わったらそういう
職についたら?」
「ねえねえ、それよりも隊長!この白桃香何処で買ったのなのー?!それにそれに、その秋蘭様の服っ!!」
香炉を持ち鼻を鳴らしていた沙和がもう待ちきれないとばかりに話しに割り込んできた。白桃香に気がつくとは
流石は流行に敏感な沙和だ。それに秋蘭の服にも気がついたか、だけど興奮しすぎて一寸声が大きくなっているなぁ
「香は知り合いの行商人から譲ってもらったんだ。服は香を焚いた雰囲気に合うと思って作ってもらった
それよりも少し声を抑えてくれ、秋蘭が起きる」
「あっ、ごめんなのー。でもでもこれってすっごく高いのに譲ってくれるなんて凄いのー!」
「塩を少し儲けさせたお礼にくれたんだ、後で皆に分けてあげるよ」
「ほんと!やったーなのー!」
ついまた大きな声を出し、俺が笑顔で口元に人差し指を当てると気がついたようで申し訳なさそうに
香炉を置いて苦笑いをしていた
「ん・・・」
胸の辺りから小さな声が漏れるのが聞こえる。どうやら起こしてしまったか、だが今日は休みだから
このまま何時もの通りまた眠りに着くだろう。
「・・・・・・んん」
秋蘭は頭を起こしボーっとした眼で周りを見ながら眼をこすると、今度は俺に腕を回して胸に顔をこすりつけ
また小さな寝息を立てて寝てしまう。本当に猫だなこういうときは
「なんというか・・・」
「可愛いのー」
「そうやなぁ・・・」
滅多に見ることの出来ない秋蘭の姿にどうやら見入ってしまったようで、三人は秋蘭の可愛らしい姿に
まるで小動物を見るような目線で見詰めていた。ほおって置けばもしかしたらこの三人は秋蘭だと言うのに
頭を撫でたりし始めるんではないだろうかと少し心配になる
秋蘭を覗き込むために少し身体を屈めた真桜の背中にしがみ付く少女を見つけた男は笑顔を向けた
休みの日にわざわざ俺の家に来たって事はあの背中の子が何かあるんだな、可愛らしい女の子だ
まぁ涼風には負けるが、あの子も将来美人になりそうだ
「真桜、今日来たのはその子のことか?」
「え?ああ、そうやった!隊長、驚かんできいて」
「うん」
「追撃戦の時、斥候狩りがやられてたやろ?その時、運良く逃げ延びた斥候がこの子見つけてきたんや」
そういって背中から下ろされる涼風と同じくらいの女の子は不安そうに顔を曇らせ、今にも泣きそうで
実際に此処につくまでに何度も泣いたのだろう、目が腫れて頬には涙が乾いた痕がある
「よいしょ」
隣で象棋を片付けていた涼風は縁側から降り、置いてあった茶器の隣の手ぬぐいを取って女の子の頬を拭いて
あげていた。【だいじょうぶだよ、こわくないよ】と言って慰める姿に皆笑顔になる
「で、その子の素性は?」
「此処からは僕が説明するわ、見つけた場所は此処から巴東に続く林道。現場には殺された警護の者と
荒らされた馬車、恐らくここら辺を拠点とする賊の仕業ね」
新城から撤退する民を賊が狙ったのか、しかし警護のものが付くとはこの子はそれなりに身分がある者なのだろうか
それとも蜀の将の誰かの娘か?とにかく早々にこの近辺の賊を掃討しなければならないだろう
「見つけたときは侍女らしい娘が身を盾にし、絶命しながらもこの子を守り通して居たようよ。背中には
無数の斬り傷が在ったそうだわ」
「・・・遺品回収は?」
「もちろん、賊を討伐する為の準備も揃ってる。アンタの指示があれば今すぐその下衆を捕まえてこれる」
「賊は捕まえ次第処罰をする。やり口が普通の賊ではない、背中の無数の切り傷は明らかに度を越し
己の悦の為の行為だ」
「この子がまた泣いてしまうわよ、落ち着きなさい。今すぐ捕まえてきてあげるから」
今まで見てきたものが脳裏で蘇り、恐ろしいまでの怒りがこの身を包みそうになる。だが詠の言うとおり
この子をまた脅えさせてはいけない、俺は大きく深呼吸をして心を落ち着かせた
「兵をまとめ直ぐに捕まえてくれ、華琳には事後承諾でも構わん」
「大丈夫、そういうと思って許可も取ったし。そろそろ門でぶら下がってる統亞の紐が切れるわ」
「という事は風も?」
もちろん、と答える詠。相変わらず手回しが良い、今頃門から落ちた統亞と風が合流し賊の討伐に向かっているこ
とだろう。もしかしたら風は統亞の真下で落ちるのを待っていたかも知れない
「さて続きよ。この子だけど素性も解ったの、名前を聞いてね」
「名前?」
「ええ、この子の名は黄叙、蜀の猛将【黄漢升】の娘よ」
黄忠の娘だと・・・まさか黄忠殿の娘があんな場所に、いやこの新城に居たと言うのか
ならば今頃蜀では酷い騒ぎになっていることだろう、もしかしたら娘の為に一人でこの地に攻め入るかもしれん
「どうする?とりあえずアンタの方が巧く取り成しそうだから先に此処に着たんだけど」
「華琳には言ってないのか」
華琳に言えばもしかしたら娘を人質に黄忠に魏に降れと言うかも知れない、だがそんな事出来るか?
この小さな子をそんな取引の材料になど出来ない、俺は父親だから逆の立場なら・・・
男はぶんぶんと頭を振る。想像した事は心底恐ろしく、顔が青ざめてしまうもの。
考えたくも無い、俺は娘の為ならば全てを敵に回そうと構わないと言えてしまう
黄忠殿もきっと同じ気持ちだろう、ならば俺がする事は一つだ
バカだと言われようとも俺は一人子を持つ親だ、魏に降り蜀の将に裏切り者と罵られる黄忠殿の姿を見る
この子の気持ちは、涼風に置き換えれば俺は耐えられるものではない、言葉は心に突き刺さり残り続けるのだから
「この子は俺が預かる。華琳に事情を話し、西涼のフェイの元へいく。フェイなら蜀の翠と連絡が取れるはずだ」
「ふぅ、なんとなくアンタならそうすると思った。ならこの子は任せたわよ、黄忠に返すんでしょ?」
「ああ、武都はまだ交戦中か?」
「それなら・・・」
言いかけたところで羽織を肩にかけ紫の髪を纏め、胸にはサラシを巻いた何時もの格好の霞がひょっこり
塀の上から顔を出した
「お?良い匂いがすると思っ上ってみれば昭たちどないしたん?」
そのままヒラリと上った塀から柔らかく降り立つと、凪に歩み寄り抱きついていた
「うわぁっ!霞さまっ」
「うう~ん、久しぶりの抱き心地」
相変わらずの霞だが、俺は少し驚いていた。何しろ武都は此処からそこそこの距離は在るし、領土も広い
普通に考えればいくら事前に稟の策が張り巡らされていたとはいえこれほど速いものなのか?
「速いな霞、もう武都は片付いたのか」
「まぁなー、攻め込んで一寸戦ったら直ぐに降伏してきよった。こっちに着た方が良かったわ、馬超と恋が来てたんやろ?」
降伏してきた?そこまで稟の策略が浸透していたのか?陽動や城壁の破壊など、武都の半分を掌握していた
ようだが、しかしこれで翠と連絡を取りづらくなった。まだ武都は平定させるのに兵を使って賊などの掃討や
復興に当ってるはずだ
「時間かかったんは許昌から鳳連れてくるのに時間掛かっただけ、もう武都もほとんど復興しとる」
「な!?早過ぎないか?」
「そらなぁ、ウチらほとんど戦ってへんし、フェイが復興の為の兵を西涼から送ってくれたから当たり前やん」
なるほど、それならば問題ないな。黄忠殿が動く前に此方が素早くことを運ばねば
直ぐにフェイに連絡を取ってまずは西涼に入り、武都で引渡しとしよう
秋蘭の頭を撫でながら男は難しい顔をして考え込む、その間に涼風は少女から璃々と真名であろう名を聞きだし
蹴鞠を取り出して遊びはじめていた。霞は満足いくまで凪達を抱きしめると考え込む男の顔をしゃがみこみ
覗き込む
「ん?」
「恋と戦ったんやろ?どうやった」
「・・・・・・二回の戦いであの娘の事は良く解った。俺はあの娘と戦わないほうが良い」
「そやな、ウチもそう思う。最近ようやく解った、恋と昭は正反対や。戦わんほうがええ」
安心したのか霞は頷き立ち上がる。そして凪の手を掴み、詠を連れて今から賊を捕縛しにいった風達の
手伝いをしに行こうと誘っていた
「フェイには早馬を出しておくわ、今日は休みだから賊の捕縛は任せておいて」
「しかし」
自分も行こうと身を起こそうとすると、服が秋蘭にしっかりとつかまれていることに気がついた
どうやら本当は随分前に起きていたようだ。俺を行かせたくないのだろう、寝たふりをしながら
回す腕に力が入っていて、その姿に詠は苦笑する
「それじゃ無理だし、せっかくの休みでしょう?此処の所休んでいないのだから僕達に任せなさい
それとも僕達には任せられない?」
「ずるいな、そんなことを言われたら俺は行くとはいえないじゃないか」
「決まったようやな、ほんなら行くで!」
前回あまり戦えなかったことで鬱憤が溜まっていたのだろう、霞は俺と涼風に軽く手を振り凪達を連れて
ばたばたと屋敷の外へと走っていく、だが詠はその場一人残り俺のほうを見ていた
「どうした?」
「アンタ戦に慣れてきてるでしょう?始めは死ぬほどの刀傷、二回目は矢傷、三回目は体力の限界で気絶・・・
まぁ顔がボコボコに殴られていたけど、前に出た戦いなのにだんだんと負傷が少なくなってる」
「・・・」
「そんな悲しそうな困ったような顔しないで、別に攻めてるわけじゃないし。アンタが怪我をしなくなっているのが
良かったって言ってるの」
「有り難う。嫌なんだけどな、戦に慣れるのなんか。だがそうも言ってられない」
「解ってる。今は戦乱、強くなければ言葉を発することさえ出来ない。だからアンタはそのまま強くなりなさい」
頷く俺に詠は笑う、わざわざ月に甘えているのをやめて賊討伐を風に任せてまで俺の所に来たのはこの言葉を
言う為だったのだろう。やはり、詠は俺の友だ。この魏で多くの将が居るが心から友と呼べる者は少ない
秋蘭が詠だけは呑みに行くのを許すのが良く解る
「もう行くわ、フェイには馬を出さなきゃ、この子頼んだわよ」
「任せてくれ、子供は好きだから」
うん、と頷くと詠は遊ぶ涼風と璃々の頭を軽く撫で小走りに霞たちを追う。孤児院での生活はすっかり彼女を
立派な保母さんへと育て上げていたようだ
「昭」
「ん?」
「私も行くぞ、西涼」
「言わなくても一緒に来てくれると思ったんだが」
胸の中でクスリと秋蘭は笑うと、また顔をコシコシとこすりつけ寝息を立てていた
安らかな妻の寝顔を見ながら男は柔らかく微笑み、二人の子供を見ながら疲れきった身体を休めた
「ねぇ御姉さま、さっき言ってたのってどういう意味なのー?」
「ん?なにがや?」
「私も気になりました、呂布と隊長のことです。戦わないほうが良いとはどういう事ですか?」
兵を引連れるために兵舎へと歩みを進める凪達三人と霞、その途中で夏候邸で言った言葉が気なった沙和は
霞に素直に疑問をぶつけていた。どうやらそのことに対して凪も疑問に思ったらしく、沙和の質問に重ねる
ように質問をし真桜はうんうんと頷いていた
「ああーあれなぁ・・・あれはなんと言ったらええかな」
悩む霞に三人は益々不思議に思ってしまう。悩むほど難しいことなのかと
「昭って強いやろ、弱いのに強い。不思議な強さや」
「ええ、私とは違います」
「凪もウチに近いからそう思うやろな、沙和と真桜はそうでもないやろ」
霞の言葉に凪は驚く、自分だけがそう感じていたのかと真桜と沙和は不思議な強さとは思っていないようだった
「武に対する考え方で昭の強さに対する考えは天と地ほど変わる。だから真桜と沙和は昭が強いって素直に
理解できる」
「ど、どういうことですか?」
「そうやなぁ、ちょうどええから順をおって話したる。ウチも気付けたのはつい最近やしな」
一寸前、秋蘭が嵌められた定軍山で昭と話してから武と言うものを考えるようになった
なんで華琳はそれほど鍛えていないのにあれほど強いのか・・・昭なんて武の才能なんか少しもないのに
あんなにも強い
そこでウチは考えた、自分と何がちがうんかとな
色々と悩んで何日も考えて、自分と違う所を見つけていった。
そしたらな、決定的に違う所が見えてきた。
背負ってるものがあるかどうかや、それ比べたら昭は大勢の民の気持ち背負ってそして親として立ってる
華琳なんか国を背負ってるやろ。人は背負う物が大きければ大きいほど強くなる。その証拠に定軍山から帰った昭は
恐ろしいほど強くなった。それなのに自分は後ろを向いたらどうや?何にも背負ってない、強くなれるはずなんてなかったんや
なんで背負うものがないかなんて一寸考えたら直ぐにわかった。武を誇るものはそのほとんどが求道者や、
武を追い求めるために多くのものを捨ててる。それこそ友と語らう時間や大切な人達とゆっくりとすごす時間すら
全て武に捧げ、大切な人達を振り返ることすら全て武に捧げた
「そら背負うもんなんかあるわけ無いわな・・・」
ほんで気が付いた、守るものが居ないのに強いってさびしいなぁって
そこから考えた。魏の中で背負うもんが無くって、一番弱いのは誰が居るかなーって
惇ちゃんは妹弟居るし。秋蘭も家族居るやろ・・・って考えたら一番弱いのは何もないウチやった
そんなん気が付いて、どうしようも無くなって一生懸命自分の背負ってるもの考えたけど出てこなくって
情けないけど泣きながら昭の所に相談にいったんや。昭は惇ちゃんが悩んだり解らないことを一緒に考えて
くれたって聞てたから、部屋に飛び込んでもう顔くちゃくちゃで一方的に全部話しまくった
そしたらどうしたと思う?
心底不思議ーな顔して首かしげて「霞は俺を守ってくれたじゃないか、定軍山では助かったよ。おかげで一馬も
秋蘭も無事だった。本当に有り難う」って頭下げて言ってくれたんや。
その言葉聞いてなんかこそばゆくなってしもて、涙も止まって顔も真っ赤になって、そんなウチの頭を撫でながら
「霞の武は皆を守ってくれている。皆、霞が居るから心強く戦場に立てるんだよ」って言われて
ウチの中で物凄く力が湧いてきた。ウチの武はちゃんと守るもんが在ったって、ちゃんと背負ってるんやって
思った。そしたら嬉しくてボロボロ泣き出してもうた。昭はそれ見てずーっと優しく撫でていてくれた
そしたらな、不思議なことに周りが広く見え始めた。そしてウチの武は守る為の物やと思うだけで良くなった
積み重ね、研鑽してきた武が意味を成し大きなものへ形を変えた
武を二つに分けたとき、矛と盾ならウチは迷わず盾を取る。それも最強の盾や、めっちゃ分厚くて
とてつもなく堅い。全てを防ぎ何にも通さない最強の盾、それこそがウチの武やと全てはこの為にあったんやと
ウチの武の極みは、皆を守り兵たちを背負う何者にも屈さない金剛不壊の大盾や
まずは昭の盾のような気迫を真似て、ウチは更に強くなる。全ては仲間を背負い守る最強の盾になる為に
「と、そんな風に思うようになった」
「・・・私は、私は」
「大丈夫や、凪は何より真桜たちがおるし、その武も邑を守る為に身に付けたもんや。十分背負ってる」
「はいっ!」
霞は己の武の考えがいつの間にか大事なものから外れていたことを思い出し、顔を曇らせてしまった凪の
頭を優しく撫で、笑顔で諭した。十分に背負っていると
「なるほどなぁ、ほんで何で呂布と戦ったらアカンの姐さん」
「恋が昭とは全くの対極、求道者の極みに居るからや」
昔一寸だけ聞いたんやけど、恋は生まれた時から一人で生きるために戦ってきた。
小さな子供が戦って生き残る為にはどれほどキツイか一寸考えればよく解る
戦場で拾った剣を持ち、喰うために敵を殺し奪い、生き延びた。力を得るために恋も捨てるしかなかったんや
「捨てたって何をなのー?」
「恋は生まれた時から親兄弟も友もおらん」
そんな恋は武を極め力を得る為に己の感情を削り、捨てて行ったんやろう
生きるために親も、大切なひととの時間も、背負うものすら何も無い恋が唯一捨てられるもんは
「己の感情、心だけや」
「・・・」
霞の言葉に凪達は息を飲み、呂布が捨ててきたものを思い描き恐怖する
全く想像が出来ないからだ、心を捨てるほどのことなど常人ならば出来やしないと
「そんな恋が対極の昭と戦ったらどうなる?二度の戦いで削れた感情も違う意味で膨れ上がってきたはずや」
自分とは違う、背負い持つものへの嫉妬と憎しみ、そして理不尽な怒り、恋自身も良く解ってないやろ
自分が何でこんなにイラツクんやろうとな。三度目に戦う時はその全てが爆発して昭を襲う
「地力で負ける昭はそもそも勝つことなんかできん」
「そんな・・・」
「これは事実や、だからウチらが気張らんとアカンちゅうことや」
凪の背中をぽんぽんと叩き、大きな声で豪快に笑う。武都から帰ってきた霞は少し前とは考えられないくらいに
堂々としていて、どこか落ち着ける雰囲気を纏っていた。彼女もまた成長しているのだろう
「凪、ウチラもがんばろ。姐さんはウチラなら隊長守れるって言ってくれとるんや」
「ああ、私達もこのままでは駄目だ、もっと強くならねば」
「うんうん、沙和たちで隊長を守ってあげるのー!」
歩を進めながら決意を新たに誓い合う三人を一人足を止めて、後ろからまぶしそうに霞は見詰めていた
「昭を背負おうとしとる凪達も十分強いで」
「そりゃアンタもでしょ」
「詠、なに言うんや。ウチは兵たちしか背負ってないわ」
追いついた詠が霞の呟きに答える。その答えに驚いたのか霞は照れながら頬を掻き否定をしていた
「そうじゃなきゃわざわざ心配して昭の所こないでしょう?兵舎は全くの逆だもの」
「いや~あれはたまたまそっちに凪の匂いがしただけで」
「凪の匂いって・・・ごまかしが下手ねぇ」
足を止めていた霞と追いついた詠に気が着いた前を行く三人は手を振る。そんな三人を見ながら
詠と霞は笑顔になる
「なぁ、魏に来て良かったなウチら」
「そうね、月はちょっと強くなりすぎちゃったけど、悪くは無いわ」
そういうと、手を振る三人に手を振り替えし、新たな魏の、故郷の一部となった大地を守る為
兵舎へと歩を進めるのだった
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ついに80話・・・随分と書いたなぁ
久しぶりに仕事が休みだったので一気に
書き上げました。
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