昼休み、理樹が校庭を歩いていると、いつもの木陰で美魚を見つけた。
「西園さん、おはよう。今日は何を……」
読んでいるの、と声を掛けようとして、止まった。
美魚を、本を読んでいなかった。
木陰に座布団を敷いて座り込み、膝に載せたノートパソコンで、しきりに何かを打っていた。そう言えば、1ヶ月前にも、こんなことがあった。確か、何かのコンテストに応募するって……
「西園さん、結果は出たの?」
理樹は、口にしてしまってから、「しまった」と思った。
以前だって、理樹がたまたま、ノートパソコンの画面を見てしまっただけで、美魚からコンテストに応募すると言ってきたわけではない。
「今度やったら、NYPの正体を知ることになるわよ」
美魚には、釘を刺されていたのだった。
NYPの正体には興味があったが、あのわけのわからない凄みには、圧倒されるばかりだった。
地雷を踏んだか。
理樹は、踵に体重を移した。
「落ちたわ」
美魚は小さな声で、だが、はっきりとした口調で告げた。
(落ちた……? そうか、落ちたのか)
理樹の頭がフル回転した。
プライドの高い美魚のことだ。落選なんて結果になったら、編集部にどなり込んでいきそうなものだ。それこそNYPの正体が……
冷や汗を流す理樹をよそに、いつもの通りの冷静な美魚がいた。
理樹の存在を忘れたかのように、ひたすら、キーを叩いている。もう、次の目標を決めたのか。前向きな姿勢に好感が持てた。
(がんばれ)
理樹は、心の中で声援を送った。
美魚が立ち上がった。
ノートパソコンを木の根本に置き、理樹の前まで歩み寄ると、
「直枝クン、ちょっとそのままにして」
理樹の頬に右手の掌を当てた。食い入るような視線で、理樹を見つめる。黒目が微妙に動いているようだ。
美魚の顔が、唇が、さらに近づいて来る。
(この状況は、いったい……)
金縛りにあったように、身動きの取れない理樹。
心臓が飛び出しそうだった。
「まつげ、長いのね」
美魚は、それだけ言うと、理樹の側を離れた。
木の下の定位置に戻り、ノートパソコンを膝に載せる。キーを叩く姿は、まるで数分前のデジャブーを見ているようだった。
「あの、西園さん……」
理樹は、恐る恐る声を掛けた。このままでは、何とも去りがたかったのだ。
「あら、直枝クン、いたの」
調子の狂う美魚だった。
「いたのって、たった今、話をしていたばかりじゃないか。西園さんがコンテストに落選したって……」
理樹は、口を押さえた。
今日、二つ目の地雷。今度こそ、命はないか。
「気にすることはないわ。あれは事故みたいなものだもの」
意外に、さっはりとした美魚だった。
「入賞作を読んだけど、全然、たいしたことなかったわ。確かに面白いんだけどね。あの程度ならくじ引きみたいなものよ。続けて出していれば、その内、私の番になるわ」
タイプする手を止めることなく、美魚が答えた。
理樹は、「あれっ」と思った。
言っていることは、間違っていないのかもしれない。でも、いつものプライドの高い美魚なら、順番みたいなもので入賞しようとは思わないはずだ。
「西園さんは、それでいいの」
美魚が、手を止め、顔を上げた。
「いいのよ。入賞して、掲載依頼が来たら、断ってやるんだから」
理樹は、冷や汗が凍り付いていくのを感じた。
(おわり)
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落選した悔しさで書いてしまいました。入賞した皆さん、気にしないでくださいね。