───キス(kiss)
日本では接吻ともいい、男女が唇と唇を重ね合わせ、時には互いの舌をも絡めたりする愛情表現の一種。
基本的な俺のキスの知識はそんなものだ。
何事にも例外はあるけれど、あながち間違っているとは思わない。
まあ、あれから出会って約2カ月、恋人として毎日を共に過ごしている間柄で行うには何も不自然なことはないと思う。
と言うわけで……。
目の前には女の子がいる。
それこそ鼻がぶつかってしまいそうな距離……というか、顔を傾けてなければぶつかっているはずだ。
だって、俺の唇は彼女の唇に塞がれているんだから。
「んっ……んっ」
彼女の息がくすぐるように俺の頬を撫でる。
突然、柔らかな温もりによって唇を塞がれた俺の脳は何も考えられなくなった反面、どっかの一部が不気味なまでに冷静で。
ファーストキスはレモンの味っていうのは都市伝説だ。という程度の感想は持っていた。
まあ、当たり前なのだが。
「……はふ……んっ、んん」
で、何でまだ目が覚めたばかりの俺が女の子に唇を奪われているのか。
その理由は恐らく1つしかないだろう。
なぜかって? そりゃあ……。
この女の子……咲耶と俺は、今では恋人同士だからである。
「ぷはぁ……。おはよう、ハルキ」
「……ああ、おはよう」
「むぅ、最近寝てる間にキスをしかけてもあまり驚かなくなったの」
「そりゃあ、1か月以上も毎朝キスを仕掛けられてれば、慣れもするわ」
「ふみゅ~、そんな落ち着いたハルキなんてハルキじゃなーい」
「いや……そんなこと言われてもな……」
と、朝っぱらからこんな会話をしているバカップルが1組……。
我ながら誰かに聞かれようものなら恥ずかしい思いをすること請け負いである。
咲耶がこの世界で「普通の人間として」生活することが決まってから2か月、あれから2つほど変わったことがある。
まず1つは、咲耶が神で無くなったことによりルリは元の場所へ帰って行ったということだ。
最後の最後、咲耶と離れたがらず泣きじゃくるルリに咲耶が優しく語りかけていたのがまだ記憶に新しい。
そしてもう1つ変わったこと、それはさっきも言った通り咲耶が毎朝俺にキスを仕掛けに来るようになったことだ。
嬉しいような、恥ずかしいような……。
「今日の終業式が終われば、明日から冬休みじゃからの。ずっと一緒にいようぞ」
「ああ。冬休み中はずっと一緒に過ごそうな」
俺たちは明日から始まる生活を思い描きながら、佐奈が作る朝食を食べにリビングへ向かった。
「……はい、じゃあくれぐれも面倒事だけは起こさないように、以上」
「起立、礼」
日直の号令と共に、文化祭で波乱に満ちた2学期が終わりを告げた。
さっき帰ってきた期末テストの結果も中々のもので言うこと無しだ。
……まあ、咲耶の英語が若干イエローゾーンだったのには目を瞑ろう。
「ハルキー、帰るぞ」
「おう、ちょっと待ってろ」
最近俺と咲耶は二人きりで帰ることが多くなった。
少し前までは佐奈や葵たちと一緒だったが、気を使ってかちょっと前から2人とも気がつかないうちにそそくさと帰ってしまうようになっていた。
……別にそんな気を遣わなくてもいいのに。
「待たせたな」
「うむ、では行こうか」
そうして俺と咲耶は一緒に家へ帰って行った。
「ただいま」
「今戻ったぞ」
「2人ともおかえり」
家に帰り、店のほうに顔を出すとおじさんと数人のお客さんだけがいた。
「あれ? 渉さんは?」
「渉君には今買い出しに行ってもらっとるよ。……おお、そうだ春樹、姫君。2人にいいものをやろう」
「いいもの? なんじゃ?」
するとおじさんはポケットから1枚のチケットのようなものを取り出した。
「ワシの友達がやっておる温泉宿の宿泊無料券だ。これで2人部屋に1泊できるから一緒に行ってくるといい」
「いいのかこれ?」
「ああ。ワシは一緒に行く相手がいないし、たまには2人きりになりたいじゃろう? それと春樹」
「ん?」
そしたら、おじさんは俺の耳元でこう言った。
「まだ歳が歳じゃし、将来を共に生きていく相手じゃとしても今は我慢をしてしっかり避妊対策をしておくように」
「は、はあ!?」
俺は思わず慌てて、まくし立てるように、
「何言ってるんだよ! そんなこと普通自分の子供に言うか!?」
「大切な子供だからこそ、言っておかねばならんだろう」
余りのことに俺は頭を抱え込む。
すると自体を察した咲耶が、
「うむ。確かにもし今子供が出来て困るのは明らかに妾たちじゃろうからな。しっかり避妊はせんと」
「だ~~~~~!!」
誰かこの2人をどうにかしてくれーーーーー!!
終業式が終わっ3日たった。
今俺と咲耶は、とある温泉宿の真ん前にいる。
「ほお、なかなか良さそうではないか」
「そうだな、もうちょっとボロっちいかと思ったけど、そうでも無いな」
などと、少々失礼な発言をしつつ、俺たちはその宿に入って行った。
部屋に入り荷物を降ろす。
「さて、夕食まで少し時間があるようじゃから散策にでも行くか」
「おう」
そう言って俺たちは外の少し古ぼけた街並みを散策し始めた。
「やはり真日羽市より静かじゃし、落ち着くの」
「まああまり見る場所はなさそうだけどな」
「こういう静かな場所をただぶらぶらと歩くのもたまにはいいじゃろ」
「そういうもんかな……」
そうして歩いて行くと、向こうのほうに神社らしきものが見えた。
「ハルキ、ちょっとあそこに入ってみてもいいかの?」
「別にかまわないけど、何で?」
「何となく、じゃ」
そういって咲耶はそっちに向かって歩いて行った。
神社の本殿の前で咲耶はかれこれ5分くらいボーっとしていた。
「咲耶……?」
空気に耐え切れずに名前を呼ぶと、咲耶は突然語り出した。
「ちょっと前まで、妾がこんな場所に入っろうものならすぐにそこに祭られておる神に文句を言われたもんじゃ。しかし、今はそれが無い。それどころか、ここに祭られておる神の姿さえ見ることが出来ない」
「……咲耶が神様じゃなくなったから、か」
「そうじゃ。そして何も言われないのに違和感さえ覚える。人でいるより神でいる時間のほうが明らかに長かったからな」
「……なあ咲耶、お前は神であった自分に未練はあるか?」
「無い。元々神という立場に興味は無かったし、そのおかげで今こうしてハルキと一緒にいることが出来るんじゃ、なぜ未練があると言える?」
「そうか」
「じゃがの、やはり慣れてしまったことというのは、簡単には体から抜けていかないからの。違和感が生まれるのも仕方あるまい」
「だったらさ、そんな違和感が無くなるくらい、これから俺と思い出を作っていこうぜ?」
「え?」
「これからの思い出を積み重ねていけば、いつかきっとそんな違和感も消えるって」
「ハルキ……」
「って、何クサいセリフ言ってるんだろうな、俺」
そう言って俺は苦笑いをする。しかし……、
「……そうじゃな、折角じゃしそうしていこう」
「へ?」
「これからハルキと沢山思い出を積み重ねていこう」
「咲耶……」
「何じゃ? 言い出したのはハルキじゃろう?」
「……ああ。確かにそうだ。これから沢山思い出を作っていこうな」
「うむ。それじゃあ、早速ここで1つ思い出を作るとするかの」
そう言うと咲耶はいきなり俺にキスをしてきた。
「!!」
突然のことに驚いてしまったが、気が付いたら俺からも咲耶を抱きしめていた。
「んんっ……ちゅっ……」
こうしてまた、俺たちの思い出が1つ増えていった。
宿に帰り、少し早めの夕食をとる。
そして、夕食を済ませて少し休んだら、すぐに俺たちは風呂に向かった。
ここには混浴の露天風呂が1つあり、俺たちは迷わずそこに行く。
「さて、それではさっさと入るかの」
「……」
「ん? ハルキ、何ゆえお主後ろを向いておるのじゃ?」
「……な、何でって」
「……はは~ん、お主さては恥ずかしいんじゃな?」
「ギクッ!!」
「今さら何を恥ずかしがることがある? もう何度も体を重ねた仲ではないか」
「で、でもそれとこれとは話が違うんだ」
「往生際が悪いのお。いいから普通にしておらんか」
「だ……だけど……」
「えい!」
「うおぁ!?」
その瞬間、咲耶は素早く俺の前に回り込んで……、
……俺の、ビックサムとこんにちわをしていた。
「うむ。今日もハルキは健康的じゃな、安心したぞ」
「もう少し動揺したら!?」
「いや、むしろこうなって無かったらお主のそれを刈り取っているところじゃし?」
「……」
俺はその時、人生で一番この生理現象に感謝をした。
「しかし、なんじゃこう……マジマジとみると、ちとヘンな気分になってくるのう」
咲耶は顔を赤らめて、目つきがすっかりいやらしくなっている。
「さすがに風呂入る前にやるのはどうかと思うぞ、まあ後で汗を洗い流せるっていう点ではある意味良いタイミングなのかもしれないけど」
「じゃろう? だから……」
「でも、こういうのは風呂入った後って相場が決まってるんだ。もう少し我慢しろ」
「ふふっ、妾を焦らしてただで済むと思うなよ? 今日はハルキが失神するまでやるからの」
「それはこっちのセリフだ。今日は気を失うほどイかせてやるからな」
「ほお、それは楽しみじゃな」
「さあ、とにかくまずは風呂だ」
俺は咲耶に促し、露天風呂のほうに入っていく。
「うひ~、さすがにこの季節になると寒いな」
「うむ、早く湯船に浸からんと風邪を引きかねん」
そう言い急いで湯船にダイブする。
「あー、いい湯だなあ」
「うむ、寒さの後にこの暖かさはまるで地獄から天国に来たようじゃな」
「実際そうなのか?」
「さあ? 天国らしきところはともかく、妾は地獄がどんなものか知らんからのう」
「ふーん」
「まあ、あまり昔のことは、今のこの幸せな記憶に埋もれてあまり思い出せんがの」
「幸せな記憶……か、もう咲耶が来て半年過ぎてるんだな……」
「そうじゃの」
「初めて会った時のことは一生忘れそうに無いな」
「安心せよ、あの記憶は妾がお主の脳から完全に消し去ってやる」
……あの、咲耶さん? 目が据わっていらっしゃるんですけど。
「あれだその……い、いきなりキスされてあの時は驚いたなあ!」
「ふむ、まあ確かにあの時は少し強引じゃったかもしれん」
何とか話を逸らすことに成功したようだ。
「それでいきなりおじさんを洗脳してな」
「あれも仕方なかった」
「まあな。それで咲耶が居候することになって、それから俺の日常が一気に変わっちまったんだよな」
「でも、内心ちょっとだけ楽しかったじゃろ」
「ちょっとじゃなくてかなりだな。もう夏休みが始まるまでに色々なことがあった。媚薬事件なんかは一番印象深いな」
「それを言うな。あの時はどうしようもなかったんじゃ」
「悪い悪い。そいでもって夏、俺が咲耶に告白して、見事にフラれて」
「仕方なかろう、あの時は妾もまだハルキのことを信じきれない部分があったから、妾が付き合ってもいずれ御霊に戻されたらハルキが塞ぎこむんじゃ無いかと思って受け入れられなかったんじゃ」
「まあ、実際もしあの時咲耶が御霊に戻されてたら俺はしばらくは塞ぎこんでたろうな」
「そうじゃな。しかし妾はお主の告白を断ったのが原因で力を使えなくなった」
「あの時は本当にびっくりしたな。一瞬俺のせいかと思った」
「あれは妾がもっとしっかりしていれば回避できたかもしれんな」
「仕方ないさ。でもほら、それでも神様の力を使わないで文化祭を成功に導いた」
「あれはハルキたちが頑張ったからじゃよ。というか、途中のアクシデントさえなければ神様の力も全く必要無かったじゃろうに」
「それはほら、逆にアクシデントがあったから今の俺たちがあるとも考えられるだろ。それに、実は少しだけMVPの商品を狙ってやってたりするんだよな」
「まあ、妾を目標に頑張ってくれたなら悪い気はせん」
「それで見事俺がMVPになって、約束のデートに行って」
「帰ってきてから初めて体を交えた」
「あの記憶だけはいつまでも消えそうにないな」
「そうじゃな」
「それで幸せを掴んだと思った矢先、あいつから呼び出されて」
「妾の不合格の旨が伝えられ、罰を受けた。いやしかし、あの時のハルキのリアクションは本当によかったぞ」
「あーーー!! 何で早とちりしちゃったかな俺!!」
「でも、本当に嬉しかった」
「咲耶……」
俺たちはあの時のことを思い出し、お互いを見つめる。
「なあハルキ、妾もう切なくて耐えられん。じゃから……」
「……分かった」
そうして俺たちは一旦湯船から出る。
露天風呂に響くいやらしい水音は、実に一時間続いたという。
すっかり汗まみれになった俺たちは、再び湯船に入っていた。
「ハルキ、結婚式はいつにする?」
「そうだな、なるべく早くしたいな」
「妾も、今から楽しみじゃよ」
俺たちは満天の星空に、将来行うであろう結婚式を思い描きながら2人だけの時間を愉しんでいた。
「……あ、ちなみに部屋に戻ったら第2ラウンドをやるつもりじゃからな」
「ええ!?」
高校を卒業し、大学は咲耶と一緒の所に行った。
そして、無事卒業が確定し、俺の就職先も決まった時のことだった。
咲耶が妊娠したのだ。
俺はすぐさまそれをおじさんに報告しに行った。
もうあとちょっとで卒業とはいえ、一応学生であるのに子供を作ったわけだからきっと怒られると思った。
だけど俺は怒られてもいいと思った。
しかし、おじさんは俺を怒らなかった。
それどころか、もし困ったら頼るといいと言ってくれた。
本当に感謝感謝だ。
そしてさらに、おじさんの勧めで結婚式を挙げることになった。
あの時の咲耶の喜びようといったら、すごいものだった。
そして……。
「兄さん姫さん、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうな佐奈」
「うむ、ありがとう」
「本当に二人とも結婚するんだ……これはもう新聞のネタに」
「いい加減にしなさい朋花、まったくもう……」
「えへへ、ごめんごめん」
「葵も朋花も来てくれてありがとうな」
「何よ水臭い、幼馴染じゃない」
「そうだよそうだよ、僕はてっきり葵ちゃんと結ばれるもんだと思ってたからね!」
「残念じゃがハルキはもう心も体も妾のものじゃ」
「おお! 意味深発言!?」
「勘違いを生むような発言をするんじゃない!」
「おっ、春樹! 久しぶりだな」
「お、東雲。来てくれたのか」
「あったりめーよ」
「僕もいるけどね」
「虎太郎まで……みんな本当にありがとう」
「だから水臭いってば、もう」
「あまりそういうことばかり言っておると、逆に嫌われるぞ?」
「俺たち皆友達だろ?」
「そうだよ、千歳君のスクープのためならどこまでも追いかけるよ!」
「私はいつまでも兄さんの妹ですからね、兄さんのためにどこへでも行きますよ」
「堅苦しいなもう、ハルはそういうこと気にし過ぎなんだよ」
「……そうかもな。うん、そうだな」
「春樹、姫君、そろそろ始まるぞ」
「あ、分かったよおじさん」
「了解した」
「じゃあ2人とも、また後でね」
「おう」
「健やかなる時も病める時も、お互いを愛し敬い、支えあって生きていくことを誓いますか?」
「誓います」
「うむ、誓うぞ」
「それでは、誓いのキスを」
「……」
「……」
さて、ついにここまで来たが、いざ人前でこういうことをするとなると少しばかり緊張が……。
しかしためらってもいられない。
咲耶も若干腹を括ったっていう表情をしていることだし、ここは勢いで!
「……ちゅっ」
あああああああああああ!!
結構ハズい!!
「もうすぐ式も終わりじゃな」
「ああ。長いようで短かったな」
そうして咲耶とそんなことを話していた、その時だった。
「姫姉さま、結婚おめでとう」
「……!!」
「ハルキも、ついでにおめでとう」
「……ルリ!?」
「姫姉さまを泣かせるようなことしたらルリが許さないからな」
「ルリ……」
「え、どこにいるんだ!?」
「今な、ルリは妾たちだけに話しかけておるのじゃよ」
「え、どうやって?」
「そりゃあ、神様な力を使ってじゃよ」
「ああ、なるほど」
「さて、ルリに釘を刺されたことじゃし、お主本当に妾を泣かせられんぞ?」
「言われなくても泣かせねーよ」
そう、俺は絶対に咲耶を悲しませたりしない。
絶対に……。
「さて、ではそろそろブーケを投げるぞ!!」
「よっしゃ待ってましたー!!」
「姫さんのブーケは、私がもらいます!」
「いや僕がもらうんだよ!」
「いくぞ!」
そして咲耶の投げたブーケは、空高く舞い上がった。
そのブーケが誰の手に渡ったのかは、皆さんの想像にお任せする。
「ぱぱー、絵本読んでー」
「おう、いいぞ」
結婚してから4年、子供は3歳になった。
俺的には男の子が良かったのだが、産まれてきたのは女の子だ。
そして俺は、子供に咲姫と名付けた。
咲耶の咲に普段あいつが使っている名前である姫をあわせたものだ。
最近は俺が咲姫に絵本を読む……というより話をしている。
咲耶は今現在2人目を妊娠して入院中だ。
神様じゃなくなってから、少し体が弱くなったようで、先週あまりにつわりが酷いので無理やり入院させた。
だから今はこうして咲姫が寝る前に話を聞かせている。
その話とは……、
「昔々あるところに、卯花之佐久夜姫というそれはそれは大層美人な神様がいました」
そう、実は俺たちが体験したことを話しているのだ。
まあ子供でも分かりやすいようかなり話を変えてはいるけども。
でも、咲姫がその内大きくなって、それでもまだ俺の話をちゃんと聞いてくれるような子だったら……、
その時は、俺たちの青春時代の話をありのままに話したい。
そして、咲姫にも教えてやりたい。
姫母さんの、本当の名前を───。
Tweet |
|
|
2
|
2
|
追加するフォルダを選択
天神乱漫の2次創作
別名咲夜アフター