自分達の天幕へと戻った白夜達。その直後。
「・・・・中々やるわね、彼女」
呟いた雪蓮の言葉に、冥琳は尋ねる。
「劉備の事?」
「ええ、上手く乗せられちゃったわ」
「よく言いますねぇ。後ろで聞いてた限り、自分から乗っかっていったようにしか聞こえませんでしたけど?」
「あ、やっぱり解る?」
「まぁ、こちらの言う事は全て疑ってかかっているようだったな。しかし、それぐらい出来ねば、この乱世では生き残っていけまい」
「そうなんだけどね。見た目に反して結構強かなのがちょっと意外だったのよ」
「それは、私も同感ですね。纏う雰囲気とは裏腹に、言動や思考はしっかりしていましたし」
流石は劉玄徳。伊達にあの猛将智将を率いている訳ではない。
「けど、ああいう型の人間は、一度信用出来ると認めさせたならば、心強い味方になってくれるわ」
「ならば、まずは初戦。汜水関で信用を得なければならんな」
「そうね。・・・・でも、どうしよっか?」
「汜水関に籠もる敵兵は八万から十万。我等と劉備の軍を併せても、それには遥かに及ばないわ。また、敵は汜水関という難攻不落の関に籠もっている。打つ手は無いわ」
「打つ手無し?そんなの必要無いでしょ。火の玉になって寄せるだけよ」
「・・・・雪蓮さん。袁紹さんみたいな事、言わないで下さい」
「え、ちょ、白夜!?何でちょっとげんなりしてるのよ!?私はあんなに酷くないわよっ!!」
「北条、放っておけ。それより、お前の意見を聞かせて欲しいんだが」
「私の?汜水関をどう落とすか、についてですか?」
「ああ。何か、案は無いか?」
『無視しないでよぅ・・・・』という口を尖らせながらの雪蓮の言葉は完全シャットアウト。
白夜はゆっくりと思考の海に潜って行く。
記憶と知識の総動員、検索と取捨選択を繰り返す。
その中に、難攻不落の砦に籠もる十万近い軍勢を打ち破る術など――――
「不可能ですよね。そもそも前提条件が無理難題なんですから」
「ふむ、聞こうか」
「十万近い大軍が籠もる、難攻不落の砦を落とす方法ですよ。穏さんに教わりましたけど『城攻めの際には敵軍よりも数倍は兵力が必要』だそうじゃないですか」
「正論だな。では、どうすればいいと思う?」
「『兵と砦を切り離す方法』『切り離した兵と砦への対処法』『兵への対抗策』『砦を陥落する方法』主に必要なのはこの四つでしょうか」
「うむ、合格だ」
「汜水関を守っているのは誰なんですか?」
「今の所解っているのは、華雄と張遼の二名だ」
「華雄って、母様にこてんぱんにやられちゃった武将じゃない。大した事無いんじゃないの?」
その名前が出た途端、雪蓮が少々暗かった表情をパッと戻し、話に割り込んできた。
「御存知なんですか?」
「ええ。自分の武に相当自信を持っててね、言うだけあって実際に大した実力の持ち主よ。私も母様が戦った時に見たけど、こと攻撃に関しては侮れないわ」
「・・・・ではその隙を突いて誘き出す、というのは?」
「隙?どういう事?」
「武に自信があるという事は、それだけ誇り高いって事ですよね?」
そこまで聞いて、二人は白夜の意図を理解した。
早い話が『罵倒する事で頭に血を昇らせよう』と、白夜は言っているのだ。
「祭さんや思春さんを見ていて思ったんですが、この世界の武将って凄く誇り高いじゃないですか。だから、その自尊心を刺激すれば」
「成程、悪くないな。しかしもう一工夫欲しい所だ。・・・・充分に罵り愚弄した後、戦いを仕掛けて退いてみるか」
「それまでの罵声で鬱憤が溜まってるから、出てきそうではあるわね。冥琳ってば性格悪いわね~♪」
「策、と言って貰おうか」
「はいはい。それじゃ、袁術ちゃんに話して来るわね」
「ああ、頼む。劉備達にも使者を出しておこう」
そう言って踵を返し天幕を出ていく雪蓮を見送った後、
「では藍里、お前は穏と出陣準備の方に・・・・藍里、どうした?」
尋ねた冥琳の視線の先、白夜の傍らで藍里はジッと足下を見続けていた。
「・・・・藍里さん、大丈夫ですか?」
その白夜の声にやっと我に返ったらしく、藍里は弾かれるように顔を上げ、
「――――え、あ、はい大丈夫です!!ちょっとぼぅっとしちゃってました、御免なさい!!」
再び深く頭を下げる。冥琳はそんな彼女に『仕方ないな』と言わんばかりの表情で一つ嘆息し、
「藍里、暫く休んでおけ。出陣準備の方は穏に頼んでおく」
「え、でも――――」
「いいから休め。そんな『心ここに在らず』の状態で仕事されても、効率が落ちるだけだ」
言って冥琳は天幕を出ようと歩を進め、
(――――頼んだぞ、北条)
擦れ違い様に耳打ちされた言葉と、ポンと軽く肩を叩いた手に、白夜は心中で『解りました』と呟くのだった。
「――――駄目ですね、私」
冥琳が天幕を出て行って、数分程経った頃。
沈黙を破ったのは、藍里の小さな声だった。
「以前話してくれた妹さん、ですよね。劉備さんと一緒に軍議に参加してた、諸葛亮さんって」
「はい。・・・・こうなるんじゃないかって、思ってました」
その言葉に、白夜は何も言えなくなる。
史実上こうなる事が解っていたとはいえ、こればかりは流石に当人同士の問題である。
第三者である自分が、おいそれと口出しできるようなものではない。
「あの子も、吃驚したでしょうね。『孫呉で文官として働いている』としか伝えてなかったから。まさか軍師として軍議に参加するなんて、それ以前に私がここに来ているなんて、予想だにしてなかったと思います」
その苦笑混じりの声に、胸が苦しくなる。
心配なのか。それとも同情なのか。
「白夜様、言って下さいましたよね。『嫉妬は誰もが抱く普通の感情だ』って」
「はい。『自分の暗い感情は、恐れるべきものじゃない。身を任せる事無く、抑えつける事も無く、自分の一部として受け入れ、付き合っていくしかない』私は、そう教えられました」
「お義父様に、ですか?」
「・・・・はい」
薄く笑って頷く白夜に、藍里は何処か翳りを帯びた微笑みで返す。
「まだ、辛いですか?」
「いえ、そうじゃないんです。今でも、あの子への嫉妬はまだあります。でも、白夜様の御蔭でこんな自分も、今はそんなに嫌いじゃないんです」
「なら、どうして?」
白夜の疑問に、藍里は暫しの沈黙の後、
――――解っちゃったんです。やっぱり私は、あの子の『お姉ちゃん』なんだって。
「・・・・・・・・」
もう、言葉は要らなかった。
「凄く、吃驚しました。まさかこんな所で会うなんて、思ってもいなかったから。でも・・・・それと同時に、凄く嬉しかったんです」
その声は、僅かに震えていた。
「白夜様は『大丈夫だ』って言って下さいましたけど、やっぱり心配で仕方が無かったんです。御飯は食べられてるのか、って。危ない目にあったりしてないのか、って。・・・・ちゃんと、生きているのかな、って」
段々とその震えは大きくなっていて、
「あの子は、生きてた。ちゃんと生きて、また会えた。あんなに嫉妬していた筈なのに、傍にいるのが辛かった筈なのに、私は、嬉しかったんです・・・・」
いつしかその声は涙ぐんでいて、
「生きててくれて・・・・本当に、良かった・・・・」
こつりと頭が胸に預けられて、
「ぐすっ・・・・うぅ・・・・」
白夜は自然と微笑みを浮かべ、嗚咽を噛み殺す小さな彼女を、優しく抱き留めていた。
―――――『頭が真っ白になる』とはこういう事なのか、と思い知った。
軍議の天幕の中、訪れたたった二人の人物に、私の思考はその活動を止めさせられた。
諸葛瑾子瑜。真名を、藍里。
同じ血を分かち合った、この世でたった一人の、私のお姉ちゃん。
いつかこんな日が来るとは、解っていた。
いつからだろう?
私が桃香様と出会った日?
私が女学院を飛び出した日?
ううん、もっと前。
お姉ちゃんが女学院を去った、あの日からだ。
――――私は、お姉ちゃんが羨ましかった。
お料理もお裁縫もお掃除も上手で、お勉強も出来て、胸もそこそこあって、背も高くて、男の人がちょっと苦手で、でも凄く優しくて。
私はいつも、後ろ姿を見上げながら、着いて歩くだけだった。
その背中に、追い着きたかった。
その隣に、並び立ちたかった。
だから、必死に勉強した。
同じ女学院に進んで、少しでも多くを学ぼうとした。
その甲斐あって、私はいつしか女学院の筆頭にまで上り詰めていた。
『これで、やっと同じ場所に』
そう思った矢先、お姉ちゃんは女学院を卒業、文官として孫呉へ。
置いて行かれた。心の何処かで、そう思った。
それからの日々は、何処か色褪せていた。
傍にいるのが、当然だと思っていた。
まるで水を失った魚のように、私のそれまでの勢いは急速に衰え、ただただ惰性に任せた日々が続いていた。
そのまま私が堕落せずに済んだのは、他ならぬ雛里ちゃんの御蔭だろう。
そんな日々が続いた、ある日の事だった。
――――桃香様達の噂を耳にし、女学院を出ようと決めたのは。
突如耳に届いた、義勇兵募集の噂。
話を聞く内に知った、その大将の意志。
それは、自分が抱くそれと全く等しかった。
再び見えた、導の道。
漂流船に届く灯台の光のように、それは自ずと手を伸ばしたくなるものだった。
しかし、
その道を進めば、
その光を辿れば、
――――私は、お姉ちゃんの『敵』となる。
憧れたあの人に並び立つ。
『隣』ではなく『正面』から。
それは、思い描いた形では無いけれど。
それでも、今度こそは。
そう、思っていた。
覚悟していた。
その筈なのに。
いざ目の当たりにしてみれば、私は動揺を抑え込み平静を装うだけで精一杯だった。
可能性は零じゃなかったのに。
思い知った。
私は、覚悟した積もりになっていたのだ、と。
正面から並び立つという事を、本当に理解していなかったのだ、と。
そして、驚かずにはいられなかった。
お姉ちゃんが手を引いていたあの男性、北条白夜さん。
不思議な衣服と空気を纏った彼は、瞼を開いていなかった。
盲目なのだろうと、直感的に理解した。
『それは』直ぐに解った。
ここに来ているのは、どうして?
男の人は苦手だった筈なのに、どうして?
二人の姿を捉えた途端、頭の中を疑問符が埋め尽くした。
考えてみれば疑問は数あるけれど、あの時真っ先に浮かんだはだた一つ。
―――――どうして、貴方はお姉ちゃんの隣に立っているの?
ただ、それだけだったんだ。
―――――朱里ちゃん、大丈夫?
そんな声と自分を揺さぶる振動に、私は我に返った。
一度物事を考えだすと自分の中にのめり込んでしまうのは私の悪い癖だ。
「うん、大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」
孫策さんはとうに自陣に戻り、後からやって来た使者の方が作戦を持って来た。
予想通りの内容。今現在、私達が選べる最良の手。
「? 何か気になる事でもあるの?」
「うん・・・・最後の孫策さんの質問がちょっと、ね」
「あっ・・・・」
北条さんの事が口から出そうになったけど、咄嗟に話を切り替えられた。
北条さんの事は、完全に私情。
今考えるべきは、この先をどう切り抜けていくか。
「あれは、こっちの考えを探る為のものだよね・・・・」
「うん・・・・それに、多分あの一瞬で知られたと思って間違いないよ」
何がというのは、私達の意図。
桃香様には事実を隠匿し、毅然たる御旗であってもらおうというもの。
あの人は優し過ぎるから、この事実を知れば間違い無く迷いが生じる。
そうなってはいけない。
「この戦い、私達は連合として参加しなきゃならない。だから、桃香様には・・・・」
「大丈夫だよ、雛里ちゃん。大丈夫」
口ではそう言ってみせるけれど、正直私も不安を拭いきれない。
しかし、私達だってやられっぱなしでいる積もりもない。
今後、より多くの細作を放って、少しでも多くの情報を集めなければ。
「負けないよ、雛里ちゃん」
「・・・・うん、朱里ちゃん」
呟き、再び議論へと思考を戻す。
そう、このままではいられないのだから。
「負けない・・・・絶対、負けない・・・・」
その呟きの矛先は、果たして何処を指し示すのか。
未だ自らに結論を見出せず、少女の心中には徐々に黒い霧が立ち込め始めるのであった。
(続)
後書きです、ハイ。
今回はページ数の割に、執筆にかかった時間は相当なものだったりします。
さて、まずはスポットを二人に当ててみました。
姉妹二人の心中、上手く表現出来てるでしょうか?
中々難しくて何度も書き直したんですが、正直評価が不安です・・・・俺もまだまだだ。精進せねば。orz
次回は『小覇王』『覇王』そして例の『姫様』と『バスガイド』にスポットを当てる予定です。
―――――え?全然話が進んでない?
・・・・・・・・んな事、俺が一番よく解ってますよ。言わないで、お願い( ;)
で、
最近レポートやら試験やらは一段落したんですが・・・・実はそろそろ期末試験の時期でして。
それが終わると、俺、免許取得の為の合宿に行く予定なのです。
なんで今まで通り更新は不定期になりそうですが、脳味噌フルスロットルで頑張っておりますので、どうぞ気長にお待ち下さいませ。
・・・・俺、毎回『気長に』って言ってる気がするな。
そうそう、前回のたくさんの他√リク、有難う御座います。
基本この『盲目』が終わってからの積もりではあるんですが・・・・『盲目』がこのペースのままだと、ひょっとするかもです。
・・・・まぁ、頑張ります。
ほいでは、次の更新でお会いしましょう。
でわでわノシ
・・・・・・・・あ、今更ですが歌ってみたの第二弾うpしたのでよければブログの方から覗いてやって下さいませ。
Tweet |
|
|
75
|
10
|
追加するフォルダを選択
投稿33作品目になりました。
色々と意見や感想や質問、
『ここはこうしたらいいんじゃねえの?』的な事がありましたらコメントして頂けると嬉しいです。
では、どうぞ。
続きを表示