寝台の上・・・安らかな寝顔を浮かべ、眠る男
北郷一刀
その頭を優しく撫でる、一人の女性がいた
顔をスッポリとフードで隠した女性
一刀のお手伝い、赤だ
彼女は先ほどからずっと彼の寝台の傍に腰掛け、彼の寝顔を見つめながら頭を撫で続けていた
「北郷よ・・・お主は、ようやった」
小さく、震える声で・・・呟く
返事はない
当然だ・・・彼は『眠っている』のだから
だがそれでも、彼女は続ける
「それに・・・お主はまだ、諦めてないんじゃな」
諦めていない
彼女が思い出したのは、彼が眠る前に言った言葉
そう・・・彼はまだ、諦めていない
「『蝋燭』・・・か
それは最早、奇跡といってもよいほどの些細な可能性じゃろう
しかし、お主はそれに賭けたんじゃな」
ーだったら、ワシには・・・何が出来る?
「はっ・・・決まっておろう
ワシがやるべきことは、たった一つじゃ」
言って、赤は立ち上がった
その手に、一冊の本を持って・・・
「さて・・・ワシもそろそろ『物語』に参加するとしよう」
開かれた窓から、風が入る
身に纏っていたローブが、バサリと揺れた
その風によって、一瞬だけ見えたのは・・・彼女の胸元
その胸元には・・・痛々しい『矢傷』の痕があった
《雲の向こう、君に会いに-魏伝-》
十四章 彼を知る覚悟
早朝・・・会議二日目
今日は再び各国の問題について議論し、話し合う予定だったのだが
当然のことながら・・・私達魏国の者は皆、会議に集中できるような状態ではない
だからこそ、今広間では気まずいほどの沈黙がながれている
その空気は他の二国にまで感染し、雪蓮や桃香でさえ口を開かない
こんな空気をぶち壊してくれる者は・・・今はいない
当たり前だった存在が、今は・・・
「まいったわね・・・」
零れる溜め息
頭が・・・痛い
『どうかしたのか?』
ふと・・・頭の中、声が響く
幻聴・・・は、はは
なんてことだ
普段ならば、きっとそう声をかけてくれた・・・私の事を気にかけてくれる、あの笑顔があった
けれど、今は・・・
「ふふ・・・なんてザマなのかしら」
なんだかんだ言って、結局・・・私も、今はとてもじゃないが会議などできる状態ではない
「華琳様、一度・・・会議を中断しましょう」
そんな時、凛とした声が広間に響き渡る
声の主は魏の筆頭軍師、桂花だった
彼女は自身に視線が集まったのを確認すると、一度私に向かって頭を下げる
それから、淡々と話し始めたのだ
「あの馬鹿のせいで・・・このままでは、無駄に時間が過ぎて行くだけです
ならば一度、しばしの間会議を中断させるべきでしょう
その間に・・・」
そう、淡々と・・・
「あの馬鹿・・・北郷一刀のことなどは、頭の片隅にでも追いやってしまいましょう」
彼女は・・・そう言い放ったのだ
「貴様ああぁぁ!!」
その言葉にいち早く反応したのは春蘭だった
彼女は立ち上がり、桂花のもとまで歩み寄ると・・・その胸倉に掴みかかった
それにより、桂花の体は持ち上げられる形になる
「貴様、今なんと言った!!?
北郷のことが心配ではないのか!!!?」
「あんな奴のことよりも、私はこの三国会議を成功させることの方が大事だと言っているのよ
わからない? この脳筋!!」
「っ・・・!!!」
「きゃぁっ!?」
桂花の体が・・・その場に叩きつけられる
その瞬間の春蘭の表情は、今まで見たことが無いくらいに・・・苦しそうで
本当に辛そうで
私は、その光景を・・・黙って見ていることしかできなかった
「あ、姉者!? なんてことを・・・!」
「煩い!! 私は・・・私は・・・・・・くっ!!!!」
グッと・・・言葉を止め、彼女は拳を握り締める
それからすぐ、広間から飛び出していってしまった
そのあとすぐ秋蘭が、こちらを見つめてきた
「追いかけなさい」
「御意!」
頷きそう言った瞬間、秋蘭が駆け出していく
辺りが、静まり返った
広間に残ったのは、先ほどよりも重く・・・険悪な空気
「桂花・・・」
「はい」
私はその元凶でもある、桂花の名を呼ぶ
彼女はフラフラとしながらも、ゆっくりと立ち上がり私の事を見据えた
「何故、あのようなことを言ったの?
貴女ならばわかったでしょう・・・こうなることが」
睨みつけるような視線を・・・彼女に向ける
彼女は、ただ一言
ただ一言・・・
「あんな奴のことなんて・・・どうでもいいです」
そう・・・告げたのだ
「桂花!
貴女、なんてことを・・・!」
その言葉に、稟が慌てて声をあげる
だが次の瞬間には、彼女は言葉を失ってしまうことになる
「あんな奴・・・だいっ嫌いよ」
涙を流し、体を震わしながらこぼした・・・この言葉によって
「勝手に人の心に入り込んできて・・・勝手にさよならですって?
馬鹿にするんじゃないわよ!!!!」
「けい・・・ふぁ?」
「だから・・・だから男なんて嫌いなのよ!!
やっと・・・やっと少しは認めてやろうと思ってたのに・・・やっと、少しだけ素直になってやろうって思ってたのに
こんなの・・・こんなの絶対に認めないわ!!!!」
彼女の叫び声が・・・深く響いた
広間の中
そして・・・私達の心の中に
痛いほどに、悲しいほどに響いていく
その痛みが、彼女の想いの強さを教えてくれた
「桂花・・・貴女も、一刀のことが・・・」
『好きだったのね』
そう聞こうとした直後のことだった
凄まじいまでの轟音が、辺りに響きわたったのは・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「なんだ・・・今の轟音は!?」
私は辺りに響いた轟音に、思わず足を止めてしまう
音がしたのは・・・姉者が走っていった方からだった
まさか・・・!!
「く・・・馬鹿姉者っ!」
気づき、私は再び駆け出す
向かうのは、姉者がいるであろう場所
「いた・・・! 姉者ぁ!!」
そして、私は姉者の姿を見つけた
中庭の中央・・・そこに姉者はいたのだ
その足元には、巨大な穴が見えた
やはり・・・先ほどの轟音は姉者だったか
「う、おおおぉぉぉぉぉおお!!!!!」
「な!? あ、姉者やめっ・・・!!」
ズウンと・・・辺りに再び、凄まじい轟音が響き渡る
私が止めるよりも早く、姉者は・・・持っていた大剣を、思い切り地面に振り下ろしたのだ
こうして・・・足元には、新たな穴が出来上がる
だがそれでも、姉者は尚・・・その剣を振り上げ、再び振り下ろした
「く・・・これはいったい何事だ!?」
「か、関羽か・・・」
その轟音を聞きつけたのだろう・・・関羽をはじめとして、各国の将達が集まってきた
それでも尚、姉者は剣を地面に『叩きつける』ことをやめない
「夏侯惇!!
貴様、己の武器になんてことを・・・!!」
そんな姉者の行動を見て、姉者のもとへと飛び出していったのは関羽だった
彼女は先ほど姉者が桂花にしたように、その胸倉に掴みかかる
「武器は武人にとっては、何よりも大切なもの!!
それくらい、貴様にもわかるはずだろう!?」
「黙れ関羽!!貴様に・・・貴様に何がわかる!!」
「っ・・・なんだと!?」
バッと・・・姉者が関羽の手をどかした
それから向けたのは、射殺すような鋭い視線
だがそれに反して・・・剣を握る手が、大きく震えている
「強くなれば・・・救えるのか?」
「夏侯惇・・・?」
「強くなれば・・・北郷は救えるのか!!?」
「っ!!」
この言葉に、関羽は強い衝撃を受けていた
私も・・・そして華琳様たちも
姉者の口から出た言葉に、体が動かなくなってしまったのだ
「万の兵を殺せるほどに強くなったら、北郷が救えるのか!!?
誰よりも強くなったのならば、北郷は助かるのか!!?」
それでも続く姉者の言葉に・・・胸が痛んだ
「答えろ・・・答えろ関羽!!!!」
「そ・・・それは」
答えられるわけがない
そんなこと、ありえないのだから
そんなこと、関羽も・・・姉者自身もわかっているのだ
だが、それを認めてしまえば北郷は・・・
「好きだったのだ・・・私は
北郷が、一刀のことが好きだったのだ
いつからだったかはわからない
気づいたら、アイツのことが気になっていた
好きになっていた」
ポツリ・・・姉者が呟く
その呟きは小さく、少しの風でかき消されてしまいそうで
儚く、静かに響いていく
「なのに・・・私は気づけなかった
あの日、もう奴は酒の味もわからなかったというのに・・・私は、一緒に酒を飲んでいたのに
一緒に笑っていたはずなのに、気づけなかったのだ」
あの日とは、恐らく・・・夜遅くに北郷の部屋をたずねたときのことだろう
姉者はきっと、悔しかったんだ
あの日・・・北郷の異変に気づけなかったことが、悔しかったのだ
だから・・・
「こんなもの持っていても、どんなに強くとも・・・私は一刀を、大好きな男一人救えないじゃないか!!!!!」
姉者は、自分が許せなかったのだ
振り上げられる、姉者の剣
そこに込められる力は、恐らく・・・先ほどまでの比ではないだろう
そして・・・姉者は叫んだ
「こんなもの・・・もう必要ない!!!!!!!!!」
振り下ろされる剣が、やけにゆっくりと見える
この力で叩きつけられたら、恐らく姉者の剣とはいえ・・・もたないかもしれない
そんなことを考えながら、私が見つめた先
見えた人影
彼女は・・・
落ち着かんか・・・このヒヨっ子が!!!!
「がっ・・・!?」
瞬間・・・飛んだ
何が?
あぁ、あれは・・・姉者の剣だ
姉者の剣が、ヒュンと音をたて飛んだのだ
何故?
それは、恐らく目の前にいる彼女
「せ・・・き殿?」
赤によってだろう
彼女は突然現れたかと思ったら、迷わず姉者の剣を蹴り飛ばしたのだ
あの、姉者の剣を・・・だ
「な・・・貴様!?」
慌てる姉者
だがそんな姉者の様子も気にせずに、彼女は姉者の腹に向かい拳を叩き込んだ
「ぐ・・・!」
思わず、その場に膝をつく姉者
その様子を見下ろしながら、赤は・・・深い溜め息をついた
「どうじゃ・・・少しは落ち着いたか?」
「かは・・・っこほ・・・貴様・・・・・何者だ?」
咳き込みながらも、赤を睨みつける姉者
それに合わせ、周りにいた者も一斉に・・・赤に対し、強い警戒をみせる
だが当の本人は、至って冷静だった
「ふむ、そこまで警戒せんでもいいじゃろうに
もしや皆、ワシの声すらも忘れてしまったのか?」
そう言って、口元に笑みを浮かべる赤
その言葉に、反応したのは・・・呉の者達だった
「貴女・・・まさか・・・・・」
孫策殿が、赤を見つめながら呟く
その体が、微かに体を震わせながら
そして・・・気づく
私の体も、震えているということに
「やれやれ・・・冷たいものじゃなぁ」
私も・・・知っている
この声を・・・知っている
「もう、ワシのことを忘れてしまいましたか・・・【策殿】」
バサリと・・・赤が今まで身に纏っていた衣服が、宙を舞った
中から出てきたのは、灰色の髪・・・褐色した肌
そして、見覚えのある・・・胸元にある、『矢傷』
わからないわけがない
知らないはずがない
何故ならその傷は、この私がつけたのだから・・・
「【祭】・・・なの?」
「【黄蓋】・・・殿」
私の言葉
孫策殿の言葉
彼女はそれを聞き、ニヤリと笑みを浮かべる
彼女・・・【黄蓋】が
赤壁で死んだはずの彼女が、私達の目の前にいる
それだけで・・・皆を黙らせるには充分だった
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
なんてことだ
轟音がしたからそこに駆けつけた
そこで私達を待っていたのは、あの戦い・・・赤壁の戦いによって死んだはずの黄蓋だった
「久し振りですな、策殿」
「祭っ!」
駆け寄り、思い切り抱きつく雪蓮
それに続いて、他の呉将達も一斉に駆け出した
そんな彼女たちを黄蓋は、優しげに微笑みながら受け止める
「よかった・・・本当に、よかった!」
「ははは、死にぞこなってしまいましてな」
「ううん、嬉しいわ
本当に・・・嬉しい」
『そうですか』と、彼女は雪蓮の頭を撫でた
それから、私の方へと視線を向ける
「久し振りじゃのう、曹操殿」
「ええ、本当に・・・まさか、貴女が赤だったなんてね」
私の言葉に、黄蓋はふっと笑う
雪蓮はその笑みに気づき、首を傾げていた
だがすぐに何か思いついたのか、彼女から離れた
「そういえば祭、どうして貴女はここにいたの?
生きてたんなら、すぐに帰ってくればよかったのに・・・」
「ああ、そのことですか・・・」
『う~む』と、雪蓮の言葉に唸る黄蓋
何か、言いにくいことでもあるのだろうか?
「今、ワシの口から話してしまっては・・・二度手間になってしまうからのぅ」
「二度手間?」
「うむ・・・ワシは今日、曹操殿に渡したいものがあっての
それに関係しとるんじゃよ」
私に・・・渡したいもの?
それは、いったい・・・
「これじゃ・・・」
そう言って私に、彼女は差し出したのだ
一冊の本を・・・
「これは・・・」
私はそれを受け取り、てきとうに本をめくろうとする
が、それを黄蓋が手で制した
「やめたほうがよい・・・これは、生半可な覚悟で見れるようなものじゃない」
「なんですって?」
何を言っているのか、一瞬わからなかった
だが彼女の表情を見る限りでは、それが嘘のようには聞こえなかったのだ
だからこそ、聞いた
「これは・・・いったいなんなの?」
黄蓋は・・・スッと、天を指差した
それだけで、私はわかってしまったのだ
この本が、何に関係するのかを
「これは・・・『日記』じゃよ
北郷一刀の記した、日々の記録じゃ
ワシがあの日北郷から預かった、あ奴の想いじゃ」
ドクンと・・・胸が高鳴る
本を掴む手が・・・震えているのがわかる
本が、重く感じた
「それには北郷の『心』が記されておる
『想い』が込められておる
それを見るには・・・相当の覚悟がいるぞ?」
彼女の・・・黄蓋の言うとおりなのだろう
これを見てしまえば・・・私達は、後悔の念に押しつぶされてしまうかもしれない
苦しいおもいをしてしまうかもしれない
『何故、気づいてあげられなかったのだろう』・・・と
だけど・・・
「もう・・・私は、絶対に立ち止まらない」
言って、辺りを見回す
その視線に、魏の者達は皆・・・力強く頷いた
「あの~、私たちはどうすれば・・・」
「一緒に見ていきましょう
祭がどうしてここにいたのかも気になるし
何より、祭が気に入ったなんて・・・ますます、御遣いくんのことが知りたくなっちゃったしね」
「雪蓮さん、でも・・・」
「構わないわ」
「華琳さん!?」
「一刀の・・・天の御遣いの残した、想いのかたち
貴女達にも、見てもらいたいの」
私の言葉に・・・桃香が真剣な表情で頷く
それを見届けると、私はトンと自身の胸を叩いた
覚悟は・・・できてる
大丈夫、私は・・・
「それじゃぁ、読むわよ」
また一歩・・・踏み出せる
「『日記なんてガラじゃないってわかってる・・・けれど、今回俺はあえてこのように筆をとることに決めた
なんでもいい・・・少しでも多く、俺がここにいるっていう証を残したかったんだ』」
私の声が、辺りには響いていた
それ以外の音は、聞こえない
聞く必要はない
皆の心は今、一人の男の残した・・・想いに向けられているのだから
「『もし俺が消えることなく、このままこの世界にいられた時は・・・こんな馬鹿みたいなの書いてたんだぜって、笑いのたねにすればいい
その可能性は、限りなく低いだろうけど・・・な
ともかく、ここにいる間はずっと書いていくことにしよう
はは、まるでこれじゃ・・・一つの物語を書いているみたいだ
俺、北郷一刀の物語か
言うなれば、そう・・・』」
さぁ、いきましょう
彼の・・・一刀の心に、少しでも届くように
ーこれは俺が・・・北郷一刀が消えるまでの物語ー
★あとがき★
ついに出ました、祭さんwwww
今回もまた忙しい中での投稿なので、コメを返す暇がありませんでした
申し訳ありません
それでもコメをくれた皆様がた・・・本当にありがとうございましたww
なんか元気が出てきました
現在は新しい話なども考えたりしています
【暮れゆく空に、手を伸ばして-呉伝-】
【空の果てまで、君と二人で-華伝-】
の二本です
ひとつは呉√AFとは名ばかりの、雪蓮・冥琳救済√
もう一つは、蜀√AFを舞台とした華雄√です
どちらも中編くらいのお話
公開は、雲君のあとになるでしょう
さて、次回からいよいよ伏線回収編・・・【一刀編】がスタートします
今までのお話の細かな部分、一刀の呟いた聞こえなかった言葉
笑顔の裏に隠された、本当の気持ち
それが全て明らかになっていきます
それでは、またお会いしましょうww
「あら、わたk(ry」
Tweet |
|
|
203
|
24
|
追加するフォルダを選択
十四章
ある意味で、ここが折り返し・・・でしょうかね
あの人がついに登場します
続きを表示