アリクイのパンツが、理樹の目に焼き付いた。
これで三回目だ。
「もう、おヨメ、貰えないよぉ」
慌ててフォローする理樹だが、
「大丈夫だと思うよ」(元々、おヨメは貰えないんだけど……)
ツッコミを入れるどころではない。
小毬が、理樹の前で泣き崩れた。
スカートの裾は押さえていたが、パンツは廊下の床に付いている。ホコリだらけになっているだろうに、気づいてもいないのか。
理樹は、ただ、オロオロするばかりだった。
ついさっき、廊下の角で、理樹は小毬と鉢合わせをした。転ぶほどではなかったのだが、相手は、あの小毬である。ガッツと勇気と友情では、崩れたバランスを立て直す力が、足りなかったらしい。
(このままじゃマズイよな)
理樹は、小毬の手を取って、立たせた。
小毬は、泣きやまない。
ショートボブの髪型に、ダブダブのセーターを着たいつもの出で立ちだ。女の子にとって、パンツを見られるのは、そんなに重大な問題なのか。
「見られなかったことにしたはずなのにぃ~」
周囲をはばからず、両手の甲を目に当てている。
過去二回の羞恥を、思い出しているのだろう。泣き声がパワーアップしていくようだ。
これでは、まるで……
(どうしよう。何とか、立ち直って貰わなくては)
理樹は、小毬との記憶の辿った。思い出のどこかに、現状を打開するヒントがあるはずだ。
(そうだ!)
理樹は、勝負に出る決心をした。
「神北さんは、幸せになれるよ」
小毬の両肩を掴み、理樹は、正面に向き合った。
「幸せ……?」
理樹の勢いに押されたのか、小毬の泣き声が止む。瞳からは、涙の濁流が、あふれ出しそうだ。はてなマークが、かろうじて防波堤の役目をしているのだろう。
「そうだよ。だって僕、幸せになったもの」
小毬は、首を傾げたまま、はてなマークを離さない。
「神北さんは、いつも言っているじゃないか。他人を幸せにすると、自分も幸せになれるって」
幸せスパイラル理論は、小毬の信条だった。
「理樹クン、幸せなんですか」
「うん、とっても」
理樹は、あと一息だと思った。握りこぶしに力がこもる。持てる限りの身振り手振りで、幸せをアピールしたつもりだった。
「私のおかげなの?」
「そうだよ。神北さんのパンツが……」
しまった、と思った。
余計な一言が、すべてを台無しにするのではないか。理樹の心臓が凍りつき、小毬との間に、涼風が行きすぎた。
「そっかぁ。そうだよねぇ」
ニコリと頬をゆるめる小毬を見て、理樹は、胸に溜まった空気を吐き出す。
「よかった。わかってくれたんだね」
「うん。じゃあ、もう一度、見られなかったことにしよう。おっけー?」
小毬が、人差し指を立てた。
理樹は、これでまた、今の時間を続けられると思った。
「オッケー。それじゃ、また」
通り過ぎようとする理樹だが、小毬に呼び止められた。
「理樹クンって、エッチだったんだね」
小毬のほんわかとした口調が、いつまでも、理樹の胸に残った。
(おわり)
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お約束のイベントで、小毬のパンツを見てしまった理樹。ト学校の廊下で泣きわめく小毬。状況打開のため、理樹は勝負に出るのだが……