「あ、ほら。今動いたのわかります?」
「おおぅ。ほんとだ、動いてんなぁ・・・」
許昌城王宮の最奥・皇帝である劉協の私室では、僅かに目立つくらい大きくなった瞳のお腹に手を当てて、生命の神秘に感動を覚えている舞人を中心に穏やかな空気が流れていた。今日は舞人率いる後詰の本隊出陣を2日後に控え、別れのあいさつを交わしに来たのだ。
「そろそろ帰るな。お前もお腹の子も息災でいろよ」
「はい。舞人さんのご武運をこの子と一緒にお祈りしています」
世界が闇に包まれ、月が天に昇り始めた頃、大将軍邸の自室で就寝していた舞人は突如意識を覚醒させて跳ね起きた。ほぼ同時に、慌てた様子の小姓が扉を叩いた。
「どうした!」
「申し上げます!漢中に赴いていた夏候淵将軍率いる一隊が蜀の黄忠に大敗を喫したとの由!お味方は総崩れとなって定軍山なる山に構えた砦に逃げ込んだとの事!」
さらに、と小姓は続ける。
「夏候淵将軍は負傷、指揮は張郃将軍が引き継いだとのことでございます!」
小姓が言い終わった直後、扉が勢い良く開いて彼の主人が姿を現した。寝巻に使用している湯帷子、左手に愛刀を持った出で立ちで。
「馬を曳け!出るぞ!」
「そ、そのお姿で御出陣にございますか!?」
「この恰好で十分だ!諸将は後で追い付いてきたらいい!どうせ目的地は長安城で変わらんからな!」
小姓が追随しながら甲冑の装着を奨めるが、舞人は一喝した。さらに夜勤の馬廻りに御供を命じ、本隊に従軍する予定だった諸将に『とりあえず急いで長安城まで来るように。速度優先で』と伝えるよう言い渡して愛馬『舞月』に乗った。
許昌城を出陣した舞人に付き従うのは僅か5騎の馬廻り。しかし、この馬廻りは舞人の部隊の中、いや、魏漢軍すべての部隊の中でも華琳の本隊と比肩しうる実力の持ち主たち。死に物狂いで主君のほぼ休みない強行軍に付き従い、長安城まで一人の脱落者も無く辿り着いた。
舞人が長安城に辿り着くと、許昌・鄴からも続々と諸将が集まってきた。
「やれやれ、人使いが荒い御主君やで・・・」
―――張文遠。
「織田!秋蘭は、秋蘭は無事なのだろうな!?」
―――夏候元譲。
「隊長!申し訳ありません、遅くなりました!」
―――楽文謙。
「舞人様!関平ただいま推参!」
―――関雲長改め関平。
「たいちょー♪」
「や~っと追いついたで、隊長」
――――李曼成・于文則
以上、名のある武将たちが先発として集い、鄴の華琳も大軍を編成して追っているという。ここにも主戦級の武将がそろっているが、やはり緊急の召集とあってか兵の数がそろわない。長安城の主将・曹仁から兵を借り受けても総勢1万余―――内訳を見ても、最大で春蘭の3千である。新兵中心の為か錬度があまり高くない凪や真桜、沙和の隊など3人合わせて500であった。
対して定軍山砦を包囲している黄忠率いる蜀軍は10万余。兵力の差は圧倒的だった・・・
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第5話です。梅雨に入り、じめじめした日々が続きますね。今回は幕間なので、話は短めです。