No.150967

くまずきんくんにきをつけてっ☆2かん☆

★腐女子&腐男子向け★
ショタ好き、けもみみ好きならなお良し(笑)
元気少年ロゼと人間を喰らう狼や熊達のラブコメ×シリアスな不思議物語☆

文字数制限により2巻です~(;^ω^)

2010-06-16 02:05:42 投稿 / 全21ページ    総閲覧数:635   閲覧ユーザー数:620

くまずきんくんにきをつけてっ☆2かん☆

 

 

■みなみのししゃ

 

みていたのは

なぞのおとこ

みらいをかけて

のばしたそのて

しずかにせまる

しゃりんの おと

 

 

雨が降っていた。

 

 

 

 

雨に濡れた木々や土の匂いが森中にただよう。

 

辺りは薄暗く、視界も良くない。

 

人の気配はない。

 

ただ、木々に降り続く雨音だけが響いていた。

 

 

 

 

ガサッ…

 

 

茂みから何か物音がしたが、雨音に掻き消され、辺りには聞こえない。

 

 

 

 

 

「…プリムール……ラトゥールの末裔…」

 

 

低い声。

男が呟いた。

 

 

「フ…見つけたぞ…ここに我々が永遠に存続するための糧が…」

 

 

男は一瞬、口元だけで笑うと踵を返し、元来た道を引き返して行った。

 

 

「急がねば…」

 

 

最後にそう言い残して…。

 

 

 

 

男が去ると、また雨音だけが森を包んだ。

 

 

 

「………」

 

 

 

「オイ…ロゼ…このガキどーにかなんねぇのか…?」

 

 

「『ガキ』じゃないです…」

 

 

「あー!!このチビ何とかしろよ!!さっきから俺を睨みっぱなしじゃねーか!!」

 

 

「『チビ』じゃないですっ!!『ピノ』ですっ!!!!」

 

 

「あー?似たようなモンじゃねーか」

 

 

「むきいぃーっ!!ロゼ兄っ!!この狼ヤロー!ちょームカツクですっっ!!!!!」

 

 

 

今日はずっとこの険悪ムードなやりとりが続いている。

 

ロゼがグレンをピノに紹介したのだ。

 

 

ピノはもちろんグレンに対して好感度ゼロ…というよりマイナス5万…といったところだ。

 

 

 

「…なんだよ二人とも~仲良くしなきゃダメだろ?」

 

 

「だってロゼ兄っ!!コイツはロゼ兄のコト食べようとしたですよっ!?ふつーなら許せないですっっ!!!!」

 

座っていた椅子からガタンと立ち上がり、ロゼに言う。

 

 

「俺だってこんな生意気なクソガキなんかと仲良くできるかよ。ヘドが出る。」

 

 

 

ロゼもさすがに見るに見兼ねて睨み合う二人の間に割って入る。

 

 

「まーまー、ピノ。オレはこうして無事なんだし…それにグレンは悪いヤツじゃないぞ?」

 

「ロゼ兄は甘いですっ!!コイツはロゼ兄のコトをいつ喰ってやろうか、見計らってるですっ!!」

 

 

「んだから言ってんだろ!?喰うつもりはねぇって!!わっかんねえガキだな!!」

 

 

「そんな保証どこにもないですっ!!じゃあ狼が何しにここへ来たですかっ!?」

 

 

 

「…ガキに教える筋合いはねーよ」

 

一瞬グレンの耳がピクリと動いたが、そっぽを向いてめんどくさそうに答えた。

 

 

しかし、ロゼがピノの言葉に反応する。

 

「あ、それ、オレも気になってた…何でオレたちを喰う目的じゃないのにこの森に来たんだ?」

 

 

 

二人はグレンを見つめ、じっと答えを待っている。

 

 

「…国家機密だ。教えられるワケないだろ。」

 

 

そう言ってチラリとロゼを見ると、頭上に『?』が浮かんでいる。

 

 

 

「コッカキミツ?何それ?美味いのか?」

 

 

 

…ああ…コイツにわかるワケないか…

 

 

 

「そーそー。甘くて美味いんだよ。」

 

テキトーにノッてはぐらかしてやろうとすると、ロゼは目を輝かせながら食いついてきた。

 

 

「ほんとに!?うっわあー食ってみたいなあ~コッカキミツ~」

 

 

 

…コイツがアホでよかったぜ…

 

 

今回ばかりはそう思った。

 

 

 

…のも束の間。

 

 

もうひとり面倒なヤツがいたことを忘れていたのだ。

 

ピノは疑わしげな目でグレンを見つめていた。

 

 

確かコイツはガキとは言えど魔法使い…もしかして何か勘づいているのか…?

 

 

 

 

「…狼ヤロー…まさか…」

 

 

 

…やはり、知っているのか…?

グレンは顔には出さず動揺した。

 

 

ピノがゆらりと立ち上がった。

そして小さな掌でテーブルをばんっと叩くと、

 

 

 

「狼ヤロー!!今『甘くてウマいコッカキミツ』を隠し持ってるですねっ!?」

 

 

「は?」

 

 

「出すですっ!!今すぐ出すですーっ!!!!」

 

 

 

 

 

…一瞬でもコイツを一端の魔法使いと思ってしまった自分が愚かだった…

 

 

「食ーわーせーろーっ!!」

 

「独り占めなんてズルイですっ!!早く出すですっ!!」

 

少年二人に体を揺らされながら、グレンは呆れた表情をしつつも心の中で安堵した。

 

 

 

 

 

『コッカキミツ』

 

を二人にわからせるのには手を焼いたが、なんとか食べ物ではない事だけは理解したようで、食い物に必死になりすぎたのか、頭を使いすぎて疲れたのか、ロゼとピノはソファで昼寝中だ。

 

 

 

…全くもって危機感というものを持ち合わせていないヤツらだ…

 

 

グレンは小さくため息をつき、椅子から立ち上がると、無防備に眠っているロゼの頬にそっと手を伸ばし、触れてみる。

 

 

柔らかく温かい感触…

 

 

 

…あたたかい…

 

 

 

グレンはあらためて自分が居る場所を見渡す。

 

木造の小さな家だが、可愛らしい家具や小物の類はロゼの母親のセンスなのだろうか?

 

 

…そう

ここはロゼの家である。

 

 

あの後、結局ベルジェの家に留まる訳にはいかず、(あの目には殺意を感じた…)元から覚悟の上の野宿を決め込んだのだが、ロゼがどうしても「ウチに来い」と言ってきかないので、仕方なく世話になることにしたのだ。

 

 

 

人狼の証である耳と尾はロゼのたっての頼みでベルジェに魔法で(渋々)消してもらい、ロゼが「友達」という肩書きで母親にしばらくの間留まる事を許してもらった。

 

 

ロゼもロゼなら母親も母親だ…いや…むしろ母親の方がパワフルかもしれない…

 

ロゼの母、シャルドネはグレンを一目見るなり、「美形」だの「萌え」だの「どこの芸能人」だの騒ぎ出し、質問責めに合うわじろじろ観られるわ…

 

 

 

…ああ…思い出しただけでまた疲れてきた…

 

 

 

 

「う…ん…」

 

 

ロゼの声にグレンは、はっと我に帰った。

思わず頬に触れたままだった手を慌てて離す。

 

 

 

ロゼは少し身じろぎはしたが、目を覚ました様子はなく、グレンは肩を撫で下ろした。

 

 

…ロゼには散々振り回されたが、なんだかんだで結局この有様だ…。

まさか人間などに貸しを作るとは…親父が知ったら何と言うだろう…考えただけでも身震いがする。

 

 

 

そもそも何故このおかしな人間の少年に惹かれるのだろうか…

 

 

これまでウォルフシュミットの王子として生まれ、人狼として何不自由無く生きてきたが、こんな不思議な感覚は初めてだった。

 

 

 

…俺の捜しているモノは、もしかして…

 

 

気持ち良さそうに眠っているロゼを見つめる。

 

 

「…グレン…」

 

 

突然名前を呼ばれ、驚く。

 

寝言…?だよな…?

 

 

「…んふふ…ひっかかった…な…」

 

 

コイツの夢で俺は何を…

夢の中でまで俺に悪戯してんのかよ…

 

 

そう思うと、意識するはずもなく自然と笑みがこぼれてしまった。

そんな自分に気が付き、誰に見られているわけでもないのに慌てて何事もなかったような表情を作る。

 

 

 

顔を背け、ふと窓の外を見ると、木々の緑が日差しを受け、鮮やかに染まりはじめた。

 

先ほどまで耳障りだった雨音はいつの間にか消えていた。

 

 

 

何となく手持ち無沙汰になり、家の外に出てみた。

 

木々と土が濡れた匂い。

 

鳥の鳴き声。

 

木漏れ日が葉の上の雫に照らされ、時折こぼれ落ち、キラキラと輝く様子…

 

 

何でもないようなものがこんなにも美しく見える。

…いや、見る余裕すらなかったのか…

 

 

…これが

 

『平和』

 

…なのだろうか?

 

 

 

 

 

ざあっ…!!

 

 

「!!?」

 

 

突然その『なんでもないような』風景に異変を感じた。

グレンは反射的に身構える。

 

 

 

…何者かの気配がする…

 

 

急遽隠していた耳の魔法を解くと、目を閉じ、神経を研ぎ澄ませ、集中し、その気配を探る。

 

 

 

 

「……そこか…」

 

 

目を開き、庭の東側にある一番太い木の陰に向かって、低く呟いた。

 

 

 

 

しばらくすると

 

 

その場所からガサガサと音を立て、気配の主がゆらりと姿を見せた。

 

 

 

「…さすが、ウォルフシュミットの王子。感が鋭くていらっしゃる…」

 

 

皮肉めいた口調でそう言いながらグレンに向かってやって来る。

 

長身で細身の男のように見えた。

 

 

 

「…デュカスタンの者か?」

 

 

グレンは逆光により、まだはっきりと姿の見えない男に静かに問うた。

 

プリムールの南西に位置する人熊族の国、デュカスタン。

 

人狼族とは遥か昔からライバル関係にあり、領土やエサ場の奪い合い、お互いを滅ぼさんとする戦いを幾度となく続けてきた。

 

 

そのため、こうしてエサ場である人間の住む村や集落で人狼族と人熊族が出会う事は珍しくない。

 

ただ、一国の王子自らがこの場所にいることを除いては。

 

 

 

次第に男の姿がはっきりしてきた。

 

 

「貴様は…」

 

どこかで見た顔にグレンは自分の記憶を辿る。

 

 

 

 

…そうだ。

 

 

あの時の…

 

2年ほど前、争った際に見かけた…確か、王族の側近…。

 

 

「おや、王子がわたくしの事を覚えて下さっているとは、光栄ですね…」

 

男は怪しげな笑みを浮かべた。

 

その表情に苛立ちを隠せず、さらに睨みつけながら問う。

 

 

「貴様…ここに何の用だ?」

 

 

「フフ…それはこちらが聞きたい質問です。王子である貴方様が何故直々にこんな場所にいらっしゃるのか…」

 

 

「貴様に教える筋合いはない。」

 

 

「フ…でしょうね…。わたくしこそ人狼族などに教えるつもりはございませんから。」

 

 

ふ…、とグレンが嘲るように笑い、金の瞳を光らせた。

 

 

「…見られた以上、貴様を生きて帰すワケにはいかないな…」

 

 

「フッ…王子自らわたくしに戦いを挑まれるとは、なんという光栄…!貴方の首を持ち帰れば、あのお方がなんと喜ばれる事か…」

 

 

「フン…クマ風情が。おとなしく巣に篭って寝てりゃいいものを。人狼族に盾突く事の恐ろしさを特別に俺様自ら教えてやろうじゃねえか…」

 

 

グレンはゆっくりと相手に歩み寄る

 

 

 

「いい冥土の土産ができたなっ…!!」

 

 

言い終わる瞬間、グレンは相手の隙を狙って素早く懐に飛び込んだ。

 

 

みぞおちに一発くらわせてやろうと、素早く拳を突き出したが、確信していた感触はなく、攻撃は虚しく空を切った。

 

 

「!?」

 

 

…なに…っ!?

 

 

消えた!?と思った瞬間だった。

 

 

ビリビリと音をたてると体中に電撃が走る。

 

「ぐっ…!!」

 

うめき声をあげた。

体が動かない。

 

 

コイツ…魔術師か…!?

 

 

「フフフフッ!かかりましたね。喧嘩っ早いだけの愚かな狼には罠を仕掛けるのが一番…。ククッ…お似合いですよ、グレン王子…」

 

 

「く…そ…っ!!うぐっ…!!」

 

もがけばまた体中に電撃が走る。

 

 

 

「さあ、ゆっくりと首を頂くとしましょうか…」

 

ヤツの足音が近づいてくる…

 

 

…ざまあねぇな…

 

 

心の中で自嘲する。

親父にエラそうな口叩いてこんな場所へ来て、人間のガキに振り回された挙げ句、熊族の雑魚に殺られるとは…。

 

 

「グレン王子、最期に何か言いたい事はおありですか…?わたくしがお父上にお伝えして差し上げますよ?」

 

 

「…ふ…ざけんな…!!雑魚が…!!俺様をこんな魔法なんかで縛られると思ってんのか…?」

 

「おや、最期まで強がるとは…狼は本当に頭が悪い。さあ、お別れです…グレン王子」

 

 

男はするりと腰に付けた鞘から剣を引き抜くと、勝利を確信したように笑い、それを掲げた。

 

 

 

…ロゼ…

 

 

何故か昨日出会ったばかりの人間の少年の顔が思い浮かぶ。

 

 

…ヤツには何か手がかりがあるように感じた…

アイツなら…ロゼなら、俺が捜しているモノをもしかしたら…

 

 

「…さよなうら…」

 

 

 

振り下ろされる剣の音に『死』を覚悟する。

 

間際に思い浮かんだのはあの少年か…最期までこの俺様を振り回すとはな…フ…

 

まあ、それも悪くはないか…

 

その瞬間だった。

 

 

 

 

ドンッッッ!!!!!!!!

 

 

 

 

やたら大きく、脳に響くような低い音。

 

 

ボンッ!!!!!!!!

 

 

バ…バズーカ…!?

 

 

わざと外したのか、弾は男の背後に着弾し、爆風とともに砂埃が舞い上がる。

男は予想だにしなかった攻撃に目をふさいだ。

 

「ぐっ!!目が…っ!!目があ…っ!!!!!!」

 

 

…どこかで聞いたようなセリフだが…それより一体誰がこんなデカイ武器を…!?

 

 

呆気に取られているグレンの背後から叫び声がした。

 

 

「オイ!オマエ…ッ!!!!オレの友達イジメんなっ!!!!!!」

 

 

 

その声に思わず後ろを振り向く。

 

男が気を抜いたせいで魔法が切れたのか、体が自由を取り戻したようだ。

 

 

 

 

「…ロ…ロゼ…!?!?」

 

 

 

そこには自分の倍はあるであろう大きさのバズーカ(むしろ大砲!?)を右手に、左手の人差し指を突き出した少年が立っていた。

 

 

 

「ゲホッ…な、なんですか…っ!?このお約束のようでそうでないような展開は…っ!?」

 

 

 

「ごほっ…ごほ…っ!!さ、さいあく…」

 

 

男の後ろから違う声がした。どうやら出てくるタイミングがちょうどバズーカと同じだったようで、まんまと巻き添えをくったようだ。

 

…なんて間の悪い…

 

 

 

「な…っ!!アルマ様…ッ!!!!?」

 

 

「げほっ…ああもうっ!!…ボクがせっかく一生懸命考えてきたカッコイイ登場セリフもなんも掻き消されちゃったじゃんかあっ!!!!さいっあく!!!!」

 

 

 

砂埃からうっすらと姿を現したのは、ロゼと同い歳くらいの子供だった。亜麻色の髪にヒラヒラとしたミニスカートをみると、どうやら女の子のようだ。

 

 

「ちょっとー!!マーテル!!なにやってんのさっ!?」

 

 

「も、申し訳ございませんっっ!!あともう少しのところで邪魔が…!!」

 

 

側近の男、マーテルに『アルマ』と呼ばれた少女は、遠くのロゼに目を向けた。

 

 

 

「…ふぅん…あの赤いコがそうなの?」

 

 

「はい。恐らく間違いないかと…」

 

 

「へえ~意外とカワイイね」

 

 

 

 

…何の話だ…?

 

 

 

グレンは二人の会話に耳を傾ける。

 

 

 

コイツらの目的は…

 

 

 

ロゼ…なのか…?

 

 

 

 

ロゼに一体何があるというのか…?

 

 

疑問はグレンの唇を自然と動かした。

 

 

「貴様ら…ロゼに何の用だ?」

 

 

「あれぇ?グレン君、いつの間に人間の用心棒になったの?…てゆっか、あのコ、ロゼ君ってゆーんだぁ!かっわいーねっ!」

 

 

アルマの口の利き方にイラつくが、どうにか冷静を保ち、再度聞く。

 

 

「質問に答えろ…何故デュカスタンの王族がこんな場所に来た?」

 

 

「そういうグレン君だって、王族じゃなかったっけ?あ、やっぱり人間の用心棒になったの?」

 

アルマは無邪気な顔でくすくすと笑う。

 

 

…前からムカつくガキだと思ってたが…本気でムカつくな…

 

グレンの顔が引き攣る。

 

 

 

アルマとは以前出会った事があった。

 

この近辺の国が集まる首脳会議の時だったか…

 

デュカスタン国王・カルロスの子…

確か二人いたはずだが、姉妹だったとは…。

 

 

お互い敵国であるため、情報量は決して多くはない。

 

 

 

…まさか…ヤツらは何か掴んだのか…?

 

グレンは唇を噛んだ。

 

 

 

「えーっと、なんで来たのか…だったっけ?それはね…ロゼ君を迎えに来たんだよっ!!」

 

 

「なん…だと!?」

 

 

アルマの言葉を疑う。

自国に生きた人間を持ち帰るなど普通ではありえない事だった。

 

 

 

…ある場合を除いては…

 

 

 

 

まさか

 

本当にロゼが…

 

 

 

 

『生命の水』だと…!?

 

 

 

 

「ふふっ!やっと気付いた?相変わらず狼は鈍いね~」

 

 

人熊族と人狼族の目的は一致していた。

 

ついに姿を現したという

『生命の水』

を手にするためにここへ来たのだ。

 

 

 

そもそも人狼も人熊も、遥か昔、元を辿ればそれぞれ『狼』であり、『熊』であった。

そこに『ヒト』の遺伝子を合成することにより誕生したのが、人狼族、人熊族だった。

 

『ヒト』という高等生物と融合することにより、豊富な知識、能力がもたらされる。

 

 

 

…ただ、人間部分の遺伝子を永久に引き継いでいくのは困難だった。

 

彼らは定期的に『ヒト』を補わねばその姿を保つことができないのだ。

 

そのため、人間を喰らい、種族を維持してきた。

 

 

 

『生命の水』は千年に一度、現れると言われている。

 

もし、それを手にする事ができれば、『ヒト』遺伝子を補わなくとも、その種族は永遠に存続が約束されるという…。

 

 

そう、

 

『生命の水』を見つけ出し、持ち帰る事。

 

それがグレンが背負った、自国の未来を賭けた重大な任務だった。

 

■さんかく

 

さいっあく!

んーっ!

かんじわるいっ!

くまのほうがつよいんだぞっ!

 

…ロゼが『生命の水』…

 

 

俺が捜していた人間…

まさかこんなイタズラガキ大将が…

 

 

ロゼはその事を知っているのだろうか?

 

 

 

「ねえ!ロゼくーん!!ボクと一緒に遊ぼうよ~っ♪」

 

アルマがロゼに向かって友達同士のように呼びかけた。

 

 

…まさか…

 

ロゼの事だ…

またアルマを友達だと思ってホイホイついて行くつもりじゃ…

 

 

グレンの後ろからロゼの足音が近づいてくる。

 

 

…ロゼを渡すワケにはいかない…

 

「ロ…」

 

止めようと思わず声をあげるがそれはロゼによって遮られた。

 

「『友達を傷つけるヤツ』と『知らない人には付いていかない』!!…ウチの掟だっ!!」

 

 

ロゼはグレンの横に立つと、アルマを睨みながら人差し指を突き出す。

 

 

…よかった…コイツそこまで馬鹿じゃなかったか…

 

グレンは肩を撫で下ろす。

 

 

 

その言葉を聞いたアルマは、がっかりした様子で呟いた。

 

「えー…ボクは何もしてないよ…?マーテルが勝手に攻撃したんだもん…」

 

 

マーテルはアルマに顔を向け、「エー!?やれっていったのアンタだろ!?」と言いたげな顔をしたが、アルマに横目で睨まれ、小さな声で謝った。

 

 

「それにね…ボクのウチ、美味しいお菓子がいーっぱいあるんだよねぇ~…ひとりじゃ食べきれないから、食べに来てくれないかな?」

 

アルマは親しげに言うとにっこり微笑んだ。

 

 

…フン、くだらない芝居を…。

そんな手にひっかかる歳じゃあるまいし…

 

 

 

 

「え!?うそっ!?まじで!?そんなにお菓子食べ放題っ!?」

 

 

 

エェェ(゚Д゚;)ェェエ

 

ちょwおまっwwwそこで食いつくなああぁっ!!!!!

 

どこまで食いしん坊なんだテメェ!!!?

 

 

「おいロゼっっ…!コイツはお前をさらいに来たんだぞ!?さっき言った『掟』とやらはどーした!?」

 

 

「え…だって…ママが『物をくれる人はいい人だ』って…」

 

 

いやいやいや…

この家は教育が中途半端に成っとらん…

 

「…とにかく!!コイツらは悪いヤツなんだ!!」

 

 

「ちょっとお~、グレン君邪魔しないでよね。ボクはロゼ君とお話してるんだからさあ。」

 

 

 

 

「黙って見てるワケにいくか!!ロゼは何があっても絶対誰にも渡さねえ…!!」

 

 

 

グレンはピシャリと言い放つと横にいるロゼは驚いた顔でグレンを見上げた。

 

 

 

「ぐ…グレン…?」

 

 

グレンの言葉にロゼの心臓がどきん、と跳ねた。

 

 

『狼』

 

 

…恐ろしい生き物だと昔から教わってきた。

 

なのに…グレンにはそんな恐ろしさを全く感じない自分がいる。

 

喰われそうになった時は確かに恐かった。

 

でも…

本当に喰うつもりはなかった…。

 

むしろ、今はオレを守ろうとさえしてくれてる…?

 

 

「ねえ、ロゼ君どう?もちろんボクと一緒に来てくれるよねっ?」

 

 

 

「…いやだ。」

 

 

「え…?」

 

 

「グレンはオレの友達なんだ!…だから、オレはグレンを信じる!」

 

 

アルマはロゼのあまりに意外な返事に戸惑い、声を震わせた。

 

「…狼が…友達…?…信じる…だって…?…うそでしょ?君、食べられちゃうんだよ…?」

 

 

アルマの言葉にロゼは首を横に振る。

 

「グレンはオレのコト喰おうとしなかった。同じ狼のば…ベルジェだって、ほんとにオレにいつも優しくしてくれる…二人ともオレの大事な友達なんだ!」

 

 

アルマの顔が、さあっと青ざめていく。

 

「…う…嘘だ!!そんなの嘘だっ!!…『優しい』なんて…『信じる』なんて戯言…絶対ありえない…っ!!」

 

アルマは、ロゼのセリフに拒絶反応を起こしたかのように混乱状態に陥ると、頭を抱えてロゼの言葉を振り払うように必死に首を横に振った。

 

しかしそんなアルマを気に止めずロゼは続ける。

 

「だから、狼は恐ろしい生き物なんかじゃない!本当は…この森の人たちみたいに優しい心を持ってるんだ!」

 

 

「う…うるさい…っ!!うるさいうるさいっ!!!!!!…信じれば裏切られるっ!!信じる事は『死』を意味するんだ!!優しさなんて、偽善以外の何物でもない…っ!!」

 

 

「アルマ様っ!落ち着いて下さい!アルマ様…っ!」

 

アルマの異変にマーテルが両肩を掴んで支える。

 

 

「く…っ!一時退却か…」

 

 

そう言うとマーテルは何かを描くように手を素早く振った。すると足元に現れた魔法陣に吸い込まれるように二人は姿を消していった。

 

 

 

「……ロゼ…」

 

 

二人が姿を消した後、しばらくの沈黙を破ったのはグレンだった。

 

 

「お前…本当に狼が『優しい』とか『信じられる』とか思ってんのか…?」

 

 

 

「…グレンが教えてくれたんだ。」

 

 

「…え?」

 

 

「オレのコト、守ろうとしてくれた」

 

 

「…そ、それは…」

 

 

 

「あくまで自国を存続させるための任務だから」

 

 

 

…とは言えなかった。

 

あの時『任務』なんて考えは頭になかったのだ。

咄嗟に、自然と口から出た言葉。

 

 

『ロゼは誰にも渡さない』

 

 

それは紛れもなくグレンの本心だった。

 

 

 

「…ありがとう、グレン」

 

 

少し恥ずかしそうにそう言うと、ロゼはグレンに向かって優しく微笑んだ。

 

 

 

「……」

 

 

 

これは何なんだろうか…

 

胸のあたりが暖かい。

 

高鳴る鼓動。

 

 

 

 

『愛おしい』

 

 

 

 

目の前の少年を見て感じる初めての感情。

否定も叶わない感情。

 

 

 

グレンはふわりとロゼを包み込むように自分の両腕の中におさめる。

 

昨日ベルジェがそうしたように…。

 

 

「……」

 

 

ロゼは黙ったまま両腕をグレンの腰に回した。

 

 

 

 

 

「…すまない…俺の目的も、ヤツらと同じだ…。ここへ来たのは、『生命の水』を奪うためだ。」

 

 

「そっか…」

 

 

「お前は…自分が『生命の水』だと知っていたのか?」

 

 

「…知らない。オレの家系は特別だってコトは昔聞いたけど…でも、オレの力でグレンが喜んでくれるなら…協力する。」

 

 

「…ロゼ…」

 

 

全く…どこまでお人よしの馬鹿なんだ…

 

 

グレンは苦笑しながらロゼを抱きしめる腕に力を込めた。

 

ロゼの体温と先ほどよりも早くなった胸の鼓動を感じながら。

 

 

 

 

 

雨上がりの空にうっすらと虹が架かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

………

 

…………

 

……………

 

 

「は…っ!!ロゼ兄っ!?」

 

 

お昼寝から目覚めたピノが外で起きているこの状況に気付かなかった事は幸いだった。

 

 

一方、家の窓から一部始終を見ていたジョニーは、この事は自分の中の『国家機密』にしようと心に誓った。

 

■ひみつ

 

ひとつだけの そんざい

みんなには ないしょ

つよく おもう きみのために できること

 

「…オイ…わかったのかよ?」

 

 

「うー…う、うん…」

 

 

「…全くわかってない返事だな…」

 

 

 

ここはロゼの部屋。

 

グレンはロゼに人狼族、人熊族が何故『生命の水』を巡って争っているのか、『生命の水』であるロゼの役割についての説明をしたが、何度も言葉を変え、表現を変え、わかりやすくしているつもりなのだが…

 

頷いて聞いているのかと思えば、うつらうつらと舟を漕いでいる。

 

 

「お前はまどろみ丸の船長かっ!!」

 

 

怒鳴るとロゼははっと目を覚ますが、説明が始まるとまたうつらうつら…

 

「…」

 

俺様の説明が下手なハズはない。コイツの理解力が超人的に乏しいんだ。

 

 

『ヒトの遺伝子を補わなければ人狼も人熊も滅びる…だが、『生命の水』と呼ばれる特殊な人間を手に入れれば、いちいち大勢の人間たちを襲って喰わずとも、我々はヒトの遺伝子部分を保つ事ができる』

 

 

それだけでも伝えたいのだが…もういくら説明してもわからないようだ。

 

 

グレンはあきらめた、というように深くため息をつくと、椅子から立ち上がり、ロゼの目の前に立った。

 

 

 

「…お前には言うより体で覚えさせたほうがいいのか?」

 

 

「?」

 

 

「1番簡単な方法としては…こうするんだよ」

 

 

グレンは椅子に座ったままのロゼの顎に手をそえると、屈み込み、顔を近づける。

 

「!!」

 

さすがのロゼも驚き、目が覚めたようで、大きく目を開けた。

 

 

グレンは、してやったり、と言わんばかりにニヤッと笑みを浮かべると、そのままロゼの唇に少しキバを除かせた自分の唇を押し当てた。

 

 

「…っ!?」

 

 

これまで感じたことのない感触にさらに驚いたのか、ロゼの体が固まっているのがわかる。

 

 

ざまあみろ、俺様直々の講義で居眠りなんかするからだ。

 

心の中で笑う。

 

 

グレンは力を失ったロゼの唇を舌でこじ開けるように開かせると、さらに深く口づける。

 

 

「…んう…っ…」

 

 

舌がからまり、ロゼの口から思わず声が漏れる。

 

 

「…ぅぅん…っ」

 

 

聴いたことのないロゼの艶っぽい声にグレンは理性を失いそうになる。

 

 

……いっそこのまま…

 

 

 

……

 

 

「ぶはっ!!!!」

 

 

ずっと息を止めていて苦しくなったのか、ロゼは思わずグレンを押しのけた。

 

 

「は…はあっ…はあっ…なっ…何すんだよ…っ!?!?」

 

 

ロゼは顔を真っ赤にしてグレンに抗議する。

 

 

「お前の理解力がないから、俺様が身を持って教えてやったまでだ。」

 

 

「…だからって…こんな…っ」

 

 

ロゼは赤い顔のままつい先ほどの感触を確かめるように唇に手を当てる。

 

 

 

「どうだ?さすがのお前にでもわかっただろ?」

 

 

「…ちょ…っ!!もしかして、狼の国の人みんなにこんなコトされんのかよ…っ!!」

 

 

ロゼはあまりの突拍子もない出来事に『協力する』とカンタンに言ってしまった事を後悔する。

 

 

 

「…いや、国中にお前が『生命の水』であることがバレればそれこそ、お前を奪い合う混乱が起きてしまう。」

 

 

ロゼはグレンの言葉を脳内で想像してゾッとした。

 

 

「言っただろう?『国家機密』だと。」

 

 

 

それを聞いて少しほっとする。さすがにさっきのを誰彼かまわずやられていては身が持たない…つーか唇が腫れ上がって大変なコトに…。

 

 

 

「…それに…」

 

グレンが目を横に背け、少し照れたように付け加える。

 

 

 

「…お前は俺様専属の『生命の水』だ」

 

 

「…え?」

 

 

「俺とお前だけの『秘密』って事だよ。王族のヤツらにもしばらくは黙っておく。どこから情報が漏れるかわからないからな…。」

 

 

それを聞いて、ロゼの顔がぱあっと明るくなった。

 

 

「ほ…ほんとに…っ!?」

 

 

 

その様子にグレンは満足したように微笑むと、

 

 

「…そのかわり、俺様のためにたっっぷり奉仕してもらうからな。」

 

 

「ほうし…?」

 

 

「俺がハラ空かせたら、さっきみたいにお前を喰ってやるって事だ。」

 

 

「…っ!!」

 

それを聞いたロゼはまた思い出したのか、やっと取り戻した頬の色を再び真っ赤に染めた。

 

 

 

「…嫌、なんて言わせないからな」

 

 

「…わかった…約束したもんな。『協力する』って。」

 

 

「フ…ッ。いいコだ。」

 

グレンがロゼの頭に手をぽんと乗せる。

 

するとロゼは俯き、小さな声で呟くように言った。

 

 

「…イヤ…じゃないから……てゆっか…えと…それよりグレンなら…オレ…」

 

 

 

グレンはロゼの意外な言葉にドキリとする。

 

 

「…グレンになら…さっきみたいにされたい…かも…?」

 

 

いつものハッキリとした物言いとは全く違い、恥ずかしがりつつ言葉を選ぶように話すロゼ。

 

 

…さ、されたいって…

 

 

そのしどろもどろの告白のような言葉を聞いたグレンも、思わず頬を紅く染めてしまう。

 

 

しばらく二人きりで黙ってしまい、しんとなった室内に外からの木々が風で葉をゆらす音だけが響いた。

 

 

 

 

「……もっと効率的な方法もあるが…」

 

 

しばらく考え込んでいたグレンが切り出す。

 

 

「…え?」

 

 

 

「…試してみるか…?」

 

 

 

 

グレンは椅子に座っているロゼを抱き上げる。

 

「わ…っ」

 

急に体が宙に浮き、ロゼは思わず声をあげた。

 

 

グレンは近くにあるロゼのベッドの上にそっと降ろして寝かせると、自分もベッドに上がり、ロゼの真上に四つん這いになる。

 

 

「な…に…?」

 

 

上下で見つめ合ったまま、頬を染めたロゼが少し怯えたように尋ねた。

 

 

 

「…じっとしてればいい…」

 

低い声で囁くように答えると、ゆっくりとロゼの上の服を捲り上げ、素肌に触れる。

 

 

「ふ…っ…」

 

くすぐったいような…それとはまた違うような感触に思わず上げた声があまりに恥ずかしくて、とっさに頭を横に向ける。一方のグレンはその声に掻き立てられるように手をさらに上へと滑らせた。

 

「ひぁっ!!くすぐった…っ!!」

 

身をよじらせるロゼを追いかけて平らな胸の突起に指を押し当てる。

 

「んん…っ!!」

 

声を上げるのを我慢するため固く口を閉じていたが、鼻から甘い吐息が漏れてしまう。

 

 

「我慢するな…声出せよ。」

 

 

「…や…だよっ!!ヘンなこえ…でちゃ…う…」

 

 

「ばーか…その声が聴きたいんじゃねえか」

 

 

グレンお得意の不敵な笑みを浮かべると、ピンク色の蕾の上でさらに指を動かす。

 

 

「…ふぁあ…っ!…っやぁ…っ!」

 

 

「…ふ…良い声で鳴くな…」

 

 

ロゼの声に自然と動きがエスカレートしていく。

 

 

「…ぅあ…!だ…めぇっ…!!」

 

 

「くく…っ感度いいな…もう限界か?」

 

 

グレンはそっと服の上から触れてみる。

じんわりと湿った感触。

 

 

「ふぅん…もう濡れてるな…」

 

 

「…っ!!べべべつにおもらししたワケじゃ…っ!!!!!」

 

何も知らずに焦るロゼが可笑しくてグレンは笑いを隠せない。

 

 

「ぷ…っ違ぇよ…コレがさっきより濃い『生命の水』だ」

 

 

「ふぇ?」

 

 

意外な答えにロゼは素っ頓狂な声を上げる。

 

 

「俺が一番欲しいのはこっちなんだがな…。ヒトの遺伝子が最も効率よく補える。」

 

 

「…そ、そーなのか?」

 

 

「しかも、殺して喰うワケじゃないから、お前が死ぬまで永遠に…」

 

 

「…じゃあ他の人間も、こうして採れば…」

 

 

ロゼが珍しく当然な質問をする。

 

 

グレンはしばらく考えるそぶりを見せた。

 

 

「…そう簡単にはいかない…この方法は一部の限られた人間にしかできない。」

 

 

「なんで?」

 

 

 

「……お子様に説明するには、まだ早いな…」

 

 

「な…なんだよそれ…っ!?」

 

 

教えてもらえないのと子供扱いされたのが不満なのか、ロゼはぷうっとむくれた表情を見せた。

 

 

その拗ねた顔が可愛らしくて、そっと頬に軽く唇を当てた。

 

 

「…っ!!ごまかすなっ!!」

 

 

グレンの行動にさらに怒り心頭のロゼ。

 

 

そんな顔とは対照的に、グレンは、ふ…っと急に優しく微笑んだ。

驚いたロゼは、その整った目鼻立ちに魅入ってしまう。

 

 

 

「…こんな事できるのは、お前だから、だよ。ロゼ…」

 

 

グレンの、聞いたことのない甘い声と台詞に、ロゼは固まってしまい、それ以上何も言えなくなった。

 

 

 

「く…っ!ホント面白いヤツだな!」

 

「!!」

 

カチン!ときたロゼが反論しようと口を開いたのを見計らったようにグレンは自らの口で塞いだ。

 

 

そのまま右手を服の下へと忍ばせる。

 

「…っ!!」

 

ロゼの体がびくんと跳ねた。

 

 

グレンは、ぬるりとした感触を確かめると軽く握り、ゆっくりと上下に動かす。

 

 

「ぅん…っ!!ふぁ…っ!!んん…っ!!」

 

 

これまで感じたことのない快感に、口を塞がれた隙間から声が漏れる。

 

 

「…気持ち良さそうだな」

 

 

手を動かしたまま、口を離したグレンが意地悪そうに笑いながら言う。

 

ロゼは解放された口で、はあはあと息を荒げた。

 

 

「はあっ…はあ…っ…な…に…コレ…っ!?…っふあ…っ!やあぁ…っ!!」

 

 

「イヤじゃないだろ?その証拠に腰が動いてる。もっとしてくれってな。」

 

 

「…ば…っ!!ばかあ…っ!!」

 

図星を突かれて焦るロゼを見て「今までイタズラされた仕返しだ」と勝ち誇ったように言ってやる。

 

 

「…もっと気持ち良くさせてやるよ…」

 

グレンは手の動きを徐々に速めていく…その度にちゅくちゅくと音が聞こえて、恥ずかしいのと快感がごちゃまぜになってしまい、何も考えられない。

 

 

「…っ!!あぁ…っ!ふあぁっ…!ぐれ…っ!あ…っ!も…だめぇっ…!や…っあ…っ!!」

 

 

ロゼがびくんと体を跳ねらせると、擦られた先から白濁の液体が飛び出し、グレンの手に溢れ出た。

 

グレンは手に付いたそれを舌でぺろっと舐める。

 

 

「はぁっ…だっだめぇ…っ!き…っ汚いよ…っ!!」

 

 

息の上がったままのロゼが慌てて止めようとするが、グレンはお構いなしに全て平らげる。

 

 

「…汚くねぇよ…『生命の水』だ。コレがなきゃ俺たちは生きていけなくなる…」

 

 

さっきまでの不適な笑みとは掛け離れ、真剣な顔で言うので、ロゼも黙ってしまう。

 

 

 

 

 

「…ふう…これでしばらくは大丈夫だな…。」

 

 

グレンは満足そうに言うと、安心したように肩を撫で下ろした。

 

 

 

ふとロゼを見ると、慣れない事に疲れたのか、そのままベッドで眠っていた。

 

 

グレンはそっとロゼの寝顔に近付くと、まだ紅潮している頬に口付けた。

 

 

 

「…ありがとな…ロゼ…」

 

 

 

 

誰にも聞こえないくらい小さな声で感謝の言葉を呟く。

 

 

そして、

 

『愛しい』少年が眠るベッドの端に腰掛け、その規則正しい寝息と、窓の外のさわさわと心地好い葉の擦れる音色に全てを委ねるように目を閉じた。

 

■くまのくに

 

くもりぞら

まとわりつく もや

のがれられない さだめ

くうきょなる こころ

にんぎょう…なの…?

 

 

ちいさな子供が泣いていた。

 

 

 

広い、広い、真っ暗な部屋の中。

 

 

 

ひとりきり。

 

 

 

 

…どうして…?

 

……どうしてボクだけ…

 

 

 

 

 

 

ギイ…

 

 

 

扉が軋む音がした。

 

 

扉の隙間から蝋燭の光が差し込む。

 

 

僅かな光が眩しくて目がよく見えない。

 

 

 

誰かの声が聞こえた。

 

 

 

 

「…ねえ…あなたなの?…あなたが、わたしの……」

 

 

 

 

 

 

…さま…

 

 

…マさま…

 

アルマさま…

 

 

 

呼ばないで…

 

呼ばないでよ…

 

 

 

ボクは…

 

もう…

 

 

 

 

…いないんだから…

 

 

 

 

 

 

 

「アルマ様…っ!!!!!」

 

 

誰…?

 

ゆっくりと目が開く。

うっすらとマーテルの必死な顔が見えてきた。

 

「…マーテル…?」

 

「アルマ様っ!!気が付かれましたかっ!!?…ああ…よかった…ご無事で…」

 

 

……よかった…?

 

 

まだ頭がぼーっとして、現実なのか夢なのかわからない。

 

 

夢………

 

 

 

またあの夢だ………

 

 

 

「アルマ様!早くお帰りになってきちんと手当てを…」

 

「…国に帰るのか…?」

 

「ええ!!すぐに出発を…」

 

マーテルは馬車を出そうと、スッと立ち上がる。

 

 

馬車の中…そうか…アイツ…『生命の水』…ロゼとかいったな…アイツに…ボクは…

 

 

「…っ!!」

 

 

アルマは急に起き上がると、馬車を出そうとするマーテルに叫ぶ。

 

 

「やめて…っ!!!!!!」

 

「…!?…アルマ様?」

 

 

 

「…国には…帰りたくない…」

 

 

「し、しかし…手当てが…」

 

 

「大丈夫…もう、大丈夫だから…。」

 

 

「アルマ様…」

 

マーテルは手綱を持つ手を緩め、アルマの元に戻る。

 

「…今回の任務の事はわたくしがきちんとお父上にご説明を…」

 

「無理だよ…。ボクは…今度こそ…父様に消されてしまう…。」

 

 

「…そっそんな事…っ!!」

 

 

「知ってるでしょ?ボクが父様にとって『いらない』ってコト…」

 

 

「……アルマ様…」

 

 

「ふふっ…ボク、怖いんだ…消されるの…。死ぬコトは覚悟できてるのに…消されてしまうのが怖くてしょうがない…可笑しいよね…?」

 

アルマは力無く笑いながら呟いた。

 

 

 

「…アルマ様は消せません…っ!!!!」

 

 

「!?」

 

突然の大きな声にアルマは驚き、マーテルを見上げた。

 

切れ長の目に意思の強さを感じる瞳が大きく見える。

 

 

「わたくしが…わたくしが居る限り…アルマ様を消させたりしません!!」

 

「…マーテ…ル?」

 

 

マーテルのこんな顔初めて見た…こんな顔するヤツだったっけ…?

 

その顔に面食らってしばらく言葉を失い、アルマはマーテルを見つめたまま硬直してしまった。

 

 

 

「…どう…して…?」

 

 

どうして…そんな顔して、そんな言葉が言えるの…?

 

 

「アルマ様はわたくしが命に代えてもお守りしますから…っ!!!!!!」

 

マーテルは、がっしりとアルマの肩を掴み、一時も目を逸らそうとしない。

 

 

「マーテル…」

 

「はい…!!」

 

「…痛い……」

 

 

「…っ!!」

 

マーテルは力を入れすぎた事に気付き、急いでアルマの肩から手を離すと、申し訳ありません、と慌てて謝った。

 

 

 

「…それなら…国に帰らないで、国を捨ててでも、ボクの傍に居る覚悟はあるの…?」

 

 

「もちろんです…っ!!わたくしはアルマ様のためなら…っ!!」

 

 

「…別に信じないけど…マーテルが居たいなら…居てもいい…。」

 

 

アルマは顔を背け、ぶっきらぼうに言うが、マーテルは嬉しそうに「はい」と返事をした。

 

 

 

 

『信じる事』すなわち『死』

 

 

あの時、十分わかったはずだ…ボクは二度と信じない…。他人はもちろん…自らの事も…。

 

 

 

馬車はプリムールの森を出た場所に停めてあった。

 

まだ森の草木の香りが風に乗って馬車の窓から入ってくる。

 

 

 

もう少しだけ…

 

もう少しだけ眠ろう…

 

 

今度は…

少しだけいい夢が見られるかもしれない…。

 

 

そう感じながら、アルマはまたゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

マーテルはアルマが寝息をたてるのを見届けると、優しく頭を撫でた。

 

 

 

「…おやすみ…アルマ…」

 

 

 

と、小さく呟きながら……。

 

 

 

一方、

 

人熊族の国、デュカスタンでは、アルマからの連絡を待つ者たちが焦りながら右往左往している。

 

 

「連絡はまだか!?」

 

「…ま、まだ何も…っ!!」

 

 

 

 

 

 

「…逃げたか…」

 

 

急に聞こえた低いその声に、一同が凍りつく。

 

 

「こ…っ国王様…っ!!!!!!」

 

 

一人がその姿に気付き、声をあげると、周りの人熊たちは素早く部屋の隅に移動し、土下座する。

 

 

「…アルマ…」

 

 

国王・カルロスは、何か考えるかのように呟く。

 

 

「…で、レミーは?」

 

 

「はっ…!!仰せのとおり、既に向かわれております…っ!!」

 

 

「そうか。狼どもに先を越されるわけにはいかん。情報量ではこちら側の方がはるかに勝(まさ)っておる。直ちに『生命の水』を我らの手に…よいな?」

 

 

「はっ!!!!」

 

 

 

 

国王が去って行くと、家身一同はほっと肩を撫で下ろす。

 

 

「…国王はいつになく焦っておいでだな…」

 

「アルマ様に続きレミー様まで直々に…」

 

「そりゃ『生命の水』が現れたんだもんなあ…アレさえあれば…」

 

「我らが勝ったも同然…!!狼は滅びる…!!」

 

 

「何よりエサ捕りの仕事がなくなる…っ!!」

 

「…んー…でも俺はやっぱ肉のほうが…」

 

「お前なあ…そうやって肉ばっか食ってっからメタボになんだぞ?熊から豚になるつもりか!?ちったあ野菜も食えよ!」

 

「熊は肉食だからいいんだようー…」

 

 

 

…そんな人熊の家身たちが盛り上がる中、馬車を走らせる人熊の王族がまたひとり、プリムールを目指していた。

 

 

「…ねぇ…ウチには自家用ジェットとか、ヘリとかないワケ!?なんで今時こんなレトロな乗り物ですのっ!?」

 

 

「それは…その…物語の世界観というか、雰囲気というものが…」

 

 

「そんなの、あたくしの知ったことではありませんわ!!急ぐなら空を飛ぶのが普通でしょっ!?」

 

 

 

出発前からかなりイラついている様子で、馬車のなかでも、ひとりでプンスカ眉間にシワを寄せたままだ。

 

 

「もうすぐ着きますから…今しばらくお待ち下さいませ、姫様…」

 

 

馬車の手綱を持つ家身がやれやれ、というように姫をなだめる。

 

 

 

窓から森の木々が迫ってくるのが見えた。

 

 

■ねえさま

 

ねがってるの いつだって

えそらごとでもかまわない

さがしてるの ずっと

まだみぬ あたらしい せかい

 

……

 

う…ん…

 

何だか体が重い…

 

ひどく疲れた…

 

 

 

なんだろう…

あのヘンな感じ…

 

 

 

優しくて、

 

でも強引で、

 

恥ずかしくて、

 

でも嬉しくて…

 

 

 

よくわからないけど…

 

全然イヤじゃなかった。

 

 

 

 

頭がぼーっとする…

 

けど、さっきの記憶は鮮明に思い出されて、急に恥ずかしくなったロゼは思わずふとんを頭までかぶる。

 

 

…?

 

ふと、何か違和感を感じる。

 

 

…掛け布団…

 

 

グレンが掛けてくれたのか…?

 

 

そういえば…

 

…乱された服…(恥)も、何事もなかったようにきちんと元に戻っている…

 

 

 

…やっぱり、グレンは優しい…!!

 

 

 

ロゼは嬉しくなり、ふとんをぎゅうっと抱きしめた。

 

 

 

…と、ふと我に返る。

 

あれ…?そういえばグレン、どこへいるんだろ…?

 

 

だるい体をゆっくり起こして窓を見ると、外を眺めながら、銀の髪を風に揺らすグレンがいた。

 

 

見られている気配に気が付いたのか、振り返るとロゼに向かって声をかける。

 

 

「…起きたか…」

 

 

「…何、してたんだ?」

 

 

「ああ…ちょっと、考え事をな…」

 

 

「…そか…。…ありがと…」

 

 

「…は?」

 

 

「…ふとん、かけてくれて。」

 

 

「…いや…別に…」

 

 

グレンは照れた様子で目線を逸らすと、頭を掻く。

 

 

「…それより…体、大丈夫か…?」

 

 

「…ふふっ…オレの事、心配してんのか?」

 

 

「別に…」

 

 

「…ぷっ…!オマエ、どっかの芸能人みたい」

 

 

 

「何だそれ?…まあ、その様子なら大丈夫そうだな」

 

 

「だっ大丈夫だよっ!オレの体力甘く見んなっ!」

 

ロゼは、ぶーっと怒ったように頬を膨らませたかと思うと、急に恥ずかしそうに俯く。

 

 

「…オレは、いつでも…だいじょぶだから…」

 

 

 

それは…

 

 

いつでも喰って大丈夫

 

 

…という意味なんだろうか…?

 

もしかして…ロゼのヤツ…

 

グレンお得意の『何かを企んだようなニヤリ』が出る。

 

 

 

「…何ならもう一度喰ってやろうか?」

 

 

「…っ!!」

 

グレンの予想通り、ロゼの顔がみるみる紅く染まっていく。

 

 

「…っ!!くっ、喰いすぎは良くないぞっ!!メタボになるんだからな…っ!!」

 

 

 

「フ…、常に食い過ぎのお前にだけは言われたくないな…」

 

 

 

 

窓の外の大きな木にとまっていた一羽の鳥が、空へ羽ばたいていった。

 

 

――どこまでも蒼く澄んだ空。

 

 

 

プリムールの森の上空から飛んできた鳥が舞い降り、女の肩に止まった。

 

 

 

「…そう…」

 

 

女は肩の上の鳥の囁きを聞くと、楽しげに笑った。

 

 

「ふふっ…一体どんなコなのかしらね?楽しみですわ…っ!!」

 

 

「レミー様…やはり私も一緒に…」

 

 

馬車を操っていた従者が心配そうに言うが、レミーはその申し出をピシャリと退けた。

 

 

「いいのっ!!アナタはここで待ってなさいと言ったでしょう!?」

 

 

「…しかし…相手はウォルフシュミットの王子…」

 

 

「ふんっ!!ちょーっと美形だからってお高く止まってる男なんて…っ!!…しかも『生命の水』は泥臭いガキんちょ…楽勝ですわっ!!」

 

 

 

レミーは白く長い縦巻き髪を右手で後ろに跳ね退けると、馬車に背を向け、自信たっぷりに颯爽と森の中へと入って行った。

 

 

 

 

「……アルマ……」

 

 

レミーは馬車から離れると、誰に言うわけでもなく、悲しげに呟いた。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「…ねえさま…」

 

 

 

 

蒼い空に向かって、呼応するようにアルマが呟いた。

 

 

 

そろそろこちらへ向かっておられるのだろうか…?

 

ボクが何日も連絡を入れていないことに怒っておられるだろうか…?

 

 

 

 

 

幼い頃に幽閉された、

 

あの広く、暗い部屋…

 

あの蝋燭の光…

 

 

ボクに呼び掛けた声…

 

 

 

 

今でもはっきりと思い出せる。

 

 

 

 

『あなたはひとりじゃないわ』

 

 

 

 

ボクを暗闇から連れ出してくれたのは、レミーねえさまだった。

 

 

 

 

ボクの母は人間だった。

父は人熊の王族だった。

 

 

 

『喰らう者』である熊。

『喰われる者』である人間。

 

 

 

決して許されない恋…

 

 

二人は人里離れた場所に隠れてひっそりと暮らしていた。

 

しかし、それはボクが生まれたコトによって発覚し、国中全ての者から非難と罵声を浴びる事になった。

 

 

そして母は処刑され、父は王族から追放された挙げ句、自害した。

 

…と、のちに聞いた。

 

 

 

そしてまだ生まれたばかりの赤ん坊だったボクは、現国王・カルロスの養子となった。

 

 

何故なのかはわからない…。

 

…何故、ボクだけ生かされたのか…。

 

 

 

カルロス王の妻、ボクの継母であるマルタンは、実の子供であるレミーねえさまをとても大切にしていた。

 

マルタンは犯罪者の子供であるボクの存在が疎ましかったのだろう。

 

表向きではボクを哀れみ、可愛がっているように見えた。

 

 

しかし、誰もいない場所では……

 

 

……思い出したくない……

 

今でも気が狂いそうになる。

 

 

 

そしてアイツは…

ボクを『特殊な力を守るため』という表向きの理由で幽閉し、そのまま亡きものにしたのだ。

 

 

 

ボクを養子として迎え入れたカルロス王は、幽閉されようとしているボクに何も言わなかった。

助けようともしてくれなかった。

 

 

養父であるカルロス王にすら裏切られたのだ。

 

 

所詮ボクは他人の子。

 

 

信じられる者は誰ひとりいない…

 

 

 

 

 

 

そこへ現れたのが、ねえさま…レミー姫だった。

 

 

 

あのマルタンの実の娘…

 

 

もちろん最初のうちは拒絶した。

 

 

顔も見たくない。

 

声も聞きたくない。

 

 

 

でも…

それでも…

 

どれだけ酷い罵声を浴びせても、どれだけ抵抗しても…

 

ねえさまは毎晩現れる。

 

 

どうして…?

 

 

 

ねえさまは言った。

 

 

 

『あなたはひとりじゃないわ…わたしと一緒ですもの…』

 

 

…一緒…?

 

 

 

どういう意味かわからない。

 

 

 

ただ…

 

ふわりと微笑むその目は優しかった。

 

 

ほとんど記憶もないはずの自分の母親を思わせる目…。

 

 

 

 

ボクは少しずつ、ねえさまに心を開きはじめた。

 

 

ねえさまはボクに色々な物をくれた。

 

退屈しないようにと、たくさんの本やおもちゃ…

 

そして、大きなぬいぐるみや、これまで着たことのないような、きらびやかで可愛らしいドレス…

 

貰ったドレスを着て待っていると、ねえさまはとても喜んでくれた。

 

 

そんなねえさまを見るとボクも嬉しくて…

 

 

 

 

 

それから半年ほどたったある日…

 

 

毎日欠かさずボクの部屋に来ていたねえさまが、いつまでたっても現れない。

 

 

 

ボクは不安になり、鍵の掛けられた扉を無理だとわかっていながらもこじ開けようとした。

 

 

 

すると、

 

急に ガチャリ、と鍵の開く音がした。

 

まさか…と思ったその時、自然と扉が開いた。

 

 

 

 

「アルマ様……っ!!」

 

 

 

そこに現れたのはねえさまではなかった。

長身の見知らぬ男…。

 

 

男はひざまづくと、ボクに頭を下げた。

 

「お初にお目にかかります。わたくしの名はマーテル。アルマ様をお迎えに上がりました。」

 

 

「……」

 

突然の事に唖然としてしまう。

一体何が起こったのか…。

 

 

マーテルは事の経緯(いきさつ)を話しはじめた。

 

 

 

「本日、王妃・マルタン様が処刑されました。」

 

 

…なん…だって…!?

 

 

「あれは王妃ではありませんでした。王妃の皮を被った魔女だったのです。」

 

「…!?…魔女…」

 

 

「このデュカスタンを我が物にしようと王妃に化け、カルロス国王を欺いていたのです。」

 

 

「…欺いて…」

 

 

と、思ってもみなかった事態に、重要な事を尋ねるのを忘れていた。

 

 

「ね、ねえさま…っ!レミーねえさまは…!?」

 

 

 

「…それを…王妃を魔女だと見破られたのが、レミー姫様です。」

 

 

「え…?」

 

 

「姫は以前から王妃の様子に違和感を感じられており、わたくしに詳しく調べるよう、命じられたのです。」

 

 

「じゃあ…ねえさまの本当の母上は…」

 

 

 

「レミー様は養子でいらっしゃいます。」

 

 

 

「…え…っ!?よう…し…?」

 

 

あまりに意外な返答に頭の中が真っ白になる。

 

 

王妃の実子ではなかった…?

 

 

 

『一緒』

 

 

 

ねえさまが言った言葉を思い出す。

 

 

…だから…

 

ボクの事を……

 

 

 

「…っ!!…ね、ねえさまは今何処に…っ!?」

 

 

ボクはすぐにでもここを出てねえさまの元へ行きたかった。

 

 

ボクは幽閉されていた塔を駆け降りる。

 

 

早く…

 

早くねえさまのところへ…!!

 

 

長い間閉じ込められていたせいか、足がうまく動かないのがもどかしい。

 

 

「アルマ様…!」

 

ボクのその様子を見兼ねたのか、後ろを走るマーテルがボクを呼ぶ。

 

 

「アルマ様…わたくしの背中に…!」

 

マーテルはボクの前に立つとしゃがみ込み、両腕を後ろへやる。

 

 

ボクを背負って走る…

 

という事なのだろうか?

 

 

…躊躇したが、今はねえさまの事が先だ。

 

恐る恐るマーテルの背中に回り込み、腕を首に回す。

 

 

…あたたかい…

 

 

マーテルの背中からじんわりと体温が伝わってくる。

 

 

 

ある記憶が蘇る。

 

これは…幼い頃の…

 

 

 

父様…の記憶だろうか…

 

 

 

ボクはその暖かさと心地好い揺れに意識を失いそうになる。

 

 

幼すぎて顔すら記憶にない父様と母様…。

ボクの中には、二人の体温の暖かさと、優しい声だけが遺された。

 

 

 

ふと、つう…とボクの目からひとすじの涙が頬を伝った。

 

 

…なぜ…

 

何故ボクは泣いてるんだろう…?

 

 

マーテルに悟られないようにそっと…でも急いで目を擦る。

 

 

 

こんな記憶…全て真っ白に消えてしまえば…どんなに楽だろうか…。

 

 

他人とは関わらない…

 

関わればいつか自分が傷付くことはもう十分にわかってる…。

 

 

でも…

この暖かさが心地好いと思ってしまう。

そんな自分が憎らしかった。

 

 

 

ねえさまの事でもそうだ。

 

 

最初から関わらなければ、今こうして必死になる事もなかったんだ。

 

 

 

 

なぜ…

 

どうして…

 

 

 

『ひとりでいたい』

 

と望むボクは

 

『ひとりではいられない』

 

のだろう…。

 

 

 

 

ぼんやりと考えながら、マーテルの背中でボクはゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「レミー様…!」

 

 

 

マーテルが叫んだ。

 

 

ねえさまはひとり、

 

大広間の真ん中に佇んでいた。

 

こちらに背を向けているため、その表情はわからない。

 

 

マーテルはボクを背中からゆっくりと降ろした。

 

 

ボクは思わず駆け寄ろうとするが、足が思うように動かず、ふらついてしまう。

 

 

 

 

 

「……来ないで…っ!!」

 

 

 

 

突然大きな声で叫んだ、ねえさまの声はいつもの優しいそれではなかった。

激しく拒絶するような言葉にボクは驚き、足を止める。

 

 

 

「ねえ…さま…?」

 

 

 

「わたしが…わたしが殺したの…」

 

 

 

「…え?」

 

 

 

 

「アイツが…憎かったの…許せなかったの…アイツはお父様を…お父様を…!!!!!!」

 

 

 

「王妃…は、魔女だったんでしょう?だから処刑されたんでしょう…?」

 

 

 

「…違うわ…」

 

 

 

「…?…レミー…様…?」

 

マーテルが驚き、声を上げた。

 

「ヤツは魔女です…!皆で調べました。間違いありません…ですから…!」

 

 

「…違うの…。確かにアイツは魔女だった…。でも…」

 

 

 

 

「処刑されても生きてたの…」

 

 

 

「…な…っ!」

 

マーテルがまさか、といわんばかりに声を上げた。

 

 

 

「だから…だからわたしがアイツを殺したの。あらかじめ用意しておいた魔女狩り用のナイフでね…。アイツは『許してくれ』って、わたしの足に縋ってきたわ…。でもわたしは許さなかった。この手で、アイツにとどめを刺してやったのよ…」

 

 

 

「…ねえ…さ…ま…?」

 

 

 

何を言っているのかわからなかった。

 

 

あの優しかったねえさまが…?

 

ねえさまの足元には真っ赤に染まったナイフ、そして自らの手までも血で真っ赤に染まっているのが見えた。

 

 

 

「あ…あ…」

 

 

 

記憶…

 

あの忌まわしい記憶…

 

 

 

「あああ…」

 

 

 

やめて…

 

思い出したくない…

 

 

 

「ああああ…っ!!」

 

 

 

母様…どうしてなの…?

 

やめて…

 

母様を殺さないで…!!

 

 

 

 

「うあああああああああっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

「ア、アルマ様っ!?アルマ様…っ!!!!!!」

 

 

 

 

 

…それからの記憶はなかった。

 

 

気が付けば、ボクは城のベッドに寝かされていた。

明るい部屋…あの真っ暗で誰もいない、幽閉されていた場所でない事だけはわかる。

 

 

頭が痛い…

 

 

ボクは…どうしてしまったんだろう…

 

 

母様の記憶…

処刑される母様の記憶…

 

何故覚えているんだろう…?

 

 

 

 

「アルマ様…!お目覚めですか…!?」

 

 

「…マーテル…?」

 

 

「…よかった…3日も眠っていらっしゃったのですよ?」

 

 

…3日…そんなに…

 

もしかしたら…

あの事は…

『血に染まったねえさま』は…

夢だったのかもしれない…

 

わからない…

 

夢と現実が頭の中でごちゃまぜになっている。

 

 

「……ねえさま…は…?」

 

 

ボクはゆっくり体を起こすと、少しの望みを賭けて、恐る恐る問うてみた。

 

 

 

「……レミー様は…」

 

 

マーテルの顔が曇る。

 

 

…やっぱり夢ではなかったんだな…

 

心の中で落胆のため息をつく。

 

 

 

 

その時だった。

 

 

バンッ!!!!!!

 

 

大きな音をたてて扉がひらくと、カツカツと早足で部屋に入ってくる音がした。

 

 

「…ね、ねえ…さま…?」

 

 

 

一瞬わからなかった。

以前と雰囲気がまるで違う。

あの物静かで優しかったねえさまとは打って変わった表情…自信に満ちたような…気の強そうな…。

 

 

 

「起きたのねっ!!アルマ!!」

 

 

大きな声にドキッとする。

 

 

…これは…本当にねえさま…?

 

 

 

「あたくし、生まれ変わりましたの!!」

 

 

…あ…あたくし…?

 

 

「もっと強く…強くなることにしましたの!!誰にも負けないくらいに…!!!」

 

 

…強くなるのは自由だけど…

こんなにも変わることって…

どことなく恐い…。

 

 

 

マーテルがこっそりとボクに耳打ちする。

 

 

「…レミー様は魔女の血を浴びてしまわれて…アルマ様に続いてお倒れになったのです。そしてお目覚めになられたときにはすでに…」

 

 

「魔女の…血?」

 

 

「魔女の血に触れると、呪いがかかると言われているのです。」

 

「呪い!?」

 

「どういう呪いかはわかりませんが…どうやらその影響かと…」

 

 

 

「マーテル!!何をコソコソおっしゃってるのかしら!?」

 

 

マーテルがその勢いに縮み上がる。

 

「い、いえ…何も…」

 

 

 

…ねえさまは一体…

 

 

 

 

「アルマ…!!あたくしがお父様の無念…晴らして見せますわ…っ!!」

 

 

「…無念…?」

 

 

「あら?アルマはご存知ないの?あたくしのお父様と、あなたの本当のお父様とのお話。」

 

 

「え…っ!?」

 

 

ボクは思わず身を乗り出す。

 

父様が…?

 

ねえさまは父様の事を知ってるのだろうか?

 

 

 

「あたくしのお父様、カルロスは、あなたのお父様に片思いしてらしたのよっ!!」

 

 

「…え…?」

 

 

耳を疑う。

父様…?

母様じゃなくて…?

 

 

「で、でも…ボクの父様も王族…二人は親戚だったのでしょう?」

 

 

「王族って一言で言っても、たっっくさんいらっしゃるのよ?あなたのお父様は遠い親戚…。血の繋がりはないくらいにね。」

 

「…そう…だったんだ…」

 

ボクは父様の事を何も知らない…痛感する。

 

 

 

「次期国王と、身分違い…しかも男同士の禁断の恋…!!許されないとなるとなおさら燃えあがる炎…っ!!!」

 

 

ねえさまは目を閉じ、掌を合わせてうっとりしながら言う。

心なしか嬉しそうな気がするのは気のせいだろうか…

 

 

「…かなわぬ恋、愛する人を失った悲しみ…。そんな状態のお父様は悪魔が付け入る格好の獲物…。そして、悪魔…マルタンにすっかり心を乱されてしまわれた…」

 

 

 

…そんなに好きだったのに…

どうしてカルロス王は、父様を王族から追い出したりしたのか…

 

母様とボク…両方殺してしまえばよかったのに…、何故カルロス王はボクをわざわざ養子なんかに…?

 

 

…と、ねえさまに尋ねたかったが、今のねえさまは、何故か恐ろしい別人のような気がして、ボクは喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。

 

 

 

そうこうしているうちに、マーテルが先に口を開いた。

 

 

「しかし…魔族が…それ程までにこの国に関わってきていると…?」

 

 

 

「そう…マルタンは魔族の手先だった。

魔族がデュカスタンをぶち壊そうとしているのよ…。」

 

 

ねえさまは固い決意を現すように拳を強く握りしめ、憎しみの表情で続ける。

 

 

「…だから、あたくしは

『次期デュカスタン女王』として、

 

この手で…

 

 

魔族をぶっつぶす…っ!!!!!!」

 

 

 

変わり果てたその声と表情に、ボクは背筋が凍りつく感覚を覚えた。

 

 

 

…恐ろしい…

 

 

 

こんなの…ねえさまではない…

 

…これは

 

 

『悪魔』だ…

 

 

マーテルもその様子を感じ取ったのか、ごくりと唾を飲み込んだのち、意を決して異論を唱える。

 

 

「…し、しかし…!魔族は人間…いや、人熊、人狼でさえも手におえる相手ではありません…!!」

 

 

 

「…魔族については色々と調べあげたわ。…すると面白い事がわかりましたのよ…」

 

 

ねえさまはこれまででは考えられないような邪悪な笑みを浮かべた。

 

ボクはまたゾクリと体を震わせる。

 

 

「…魔族の血を浴びた者には抗体ができて、魔族の力による心の支配を防げるのはもちろん…、魔族と対等に立ち向かえるほどの力まで与えられる事がわかりましたの…っ!!」

 

「…な…っ!?」

 

 

マーテルは驚き、目を見開いた。

 

 

「魔族の血を浴びたあたくしなら…魔族に立ち向かえる…っ!!!!!!」

 

 

 

…まさか…

 

ねえさまはそれが目的でマルタンを…

 

魔族を潰す力を手に入れるため、自らを犠牲に…?

 

 

…信じられない…

 

ねえさまはどうしてそこまでして…

 

 

「でも、まだまだ力不足なのは分かってますわ…。だから…そのためにも、あたくしには『生命の水』が必要なのよ…っ!!」

 

 

 

…もう、あの優しかったねえさまは帰ってこないのだろうか…

 

 

「ねえさまは…悪魔に魂を売ったのですね…?」

 

自然と口から出た言葉に、ねえさまはニヤリと笑みをうかべながら答えた。

 

 

「フフ…ッ…そう捉えて頂いても構いませんわ…」

 

 

「…っ!!!!!」

 

 

ボクは言葉を失った…

 

 

ねえさまは…

ねえさまだけは…

 

 

ボクの最後の望みだったのに……!!!!

 

 

 

…やはり、他人を信じるべきではなかったのだ…

 

 

 

ねえさまの『優しさ』も…

それを『信じていた己の心』も…

 

 

全ては『幻』であり、『嘘』だったのだ。

 

 

今のねえさまは、自らの目的のためなら手段を選ばないだろう…。

 

ボクでさえ…

マルタンのようにねえさまに利用され、殺されるかもしれない…。

 

 

震えが止まらなかった。

 

 

カルロス王も、ねえさまも…

誰もがボクをいらない…

無意味な存在だと言うの…?

 

 

 

『消される』

 

 

 

消されてしまう…

 

ボクの存在…

 

生きる意味…

 

 

全て何もなかったかのように…。

 

 

 

 

…いやだ…

 

 

消さないで…

 

 

 

もうボクひとりにしないで…!!!!

 

 

―空に雷鳴が轟いた。

暗雲が立ち込め、湿気た風が吹き込む。

 

 

 

―ボクは決意した。

 

 

 

殺されてしまうくらいなら…いっそ、

 

 

『ボクはボクを捨ててしまおう』

 

 

今までの思い出も、感情も、全部捨てて、違う自分になればいい…

 

自分の心…身体…全て変えてしまえばいい。

 

 

悪魔にでも修羅にでもなってやろうじゃないか…。

 

 

――――

 

 

「…アルマ…様…?」

 

 

マーテルは、俯いたまま動かないアルマの様子を伺う。

 

 

「マーテル…行くよ…」

 

 

「…え?」

 

 

「ふふ…っ『生命の水』…ボクが手に入れて来ようじゃない…」

 

 

そう言って

ゆっくりと顔を上げたアルマを見て、マーテルは寒気を覚えた。

 

邪悪さを含んだ笑み…

全てを捨て、抜け殻へと変わり果てたかのような色の瞳…

 

 

 

「…ア…アル…マ…」

 

 

マーテルは目を見開き、絶望したように小さく呟いた。

 

 

生ぬるい風が二人の間をすり抜けていった。

 

 

空はさらに暗くなり、稲光を受けたアルマの顔は

 

『悪魔』

 

そのものだった。

 

 

 

「…ねえさま…ボクが行きます。」

 

 

ベッドから降り、ゆらりと立ち上がったアルマの様子に違和感を覚えたのか、レミーは一瞬たじろぐ。

 

「アルマ…」

 

 

「…別に、誰のためでもないよ…?ただ…ボクの意志でやりたいようにやるだけ。」

 

 

そう言ってニッコリと笑ったが、それは今までのアルマではなかった。

 

 

「さあ!!明日の朝には出発だよ!モタモタしてると、狼のヤツらに先を越されちゃうからねっ!」

 

 

 

――――――――

 

 

――――――――

 

―――――

 

 

 

アルマの乗った馬車は、森の木陰に隠すようにとめてあった。

 

 

うららかな春の陽気に誘われるように外へ出る。

 

 

どこか懐かしい感じがした。

 

 

 

―人間の森…

 

母様はこんな場所で、あんなヤツらと暮らしていたのだろうか?

 

 

 

…それにしても、何なんだ…

あのロゼとかいうヤツは…

 

あんなのが『生命の水』だったなんて…

 

 

脳天気に平和ボケした頭の悪そうなヤツが…

 

 

しかし、ボクに向けられたあの瞳には、何故か惹き込まれる何かがあった。

 

 

強い意志…?

 

 

それならボクだって負けない。

全て捨て去ったボクに恐いものなどないはずだ…。

 

なのに………。

 

 

アイツの言葉が…

あれからずっと頭にこびりついて離れない。

 

 

『オレは信じる…っ!!!!!』

 

 

何故…あんな目で、あんなに言い切れるんだろう…

 

平和ボケしてるから?裏切られたことなんてないからか?

 

 

大体アイツは『生命の水』としての運命を分かってるのか?

 

 

自らの意志とは関係なく、道具のように奪い合われ、皆に利用される存在。

 

 

まさかそれを知ってて…?

 

いや…ありえない…たかが人間が…神でもあるまいし…。

 

そんな事を考えてしまった自分を自嘲する。

 

 

 

 

 

…風が優しい。

 

 

あの時の湿った風とはまるでちがう…これから己に降りかかろうとする運命、予感、全てを洗い流してしまうような風…。

 

 

…母様…

 

 

そう…母様みたいな風…。

心地好く、眠りを誘う…

 

 

 

 

ずっとこうしていられたらどんなに幸せだっただろう…。

 

 

捨てざるを得なかった、辛い思いも…悲しい過去も…存在しなかっただろう。

 

 

 

もう今までの自分は捨てたはずなのに…

 

決めたはずなのに…

 

まだ未練がましく思い出してしまう。

 

 

 

…もっと…もっと強くならなければ…。

 

 

 

アルマは歩きだした。

プリムールの森の中へ向かって。

 

『生命の水』…ロゼにもう一度会うために―――

 

 

 

―――3巻に続く。

 

 


 
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