No.150801

スプリングハズカム

さん

涼宮ハルヒの憂鬱SSです。キョンが突然長門に告白された! しかもハルヒの目の前で!
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2010-06-15 12:03:51 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:987   閲覧ユーザー数:921

 

 

 

保守的だ、と世間一般の奴が聞いたら言うだろう。

だが俺は声高に叫びたい。

日常が一番だと。

 

 

――話は1時間半前に戻る。

SOS団に占拠された文芸部の部室はいつもと何ら変わらない様子を見せていた。

何ら変わらない様子とはつまり、物静かな文学少女風宇宙人はハードカバーの本を読み、出身地お花畑と言えそうな未来人はお茶を全員に配って歩き、胡散臭いスマイリー超能力者は逃げ場のないチェックメイトに長考中だ。

取りあえずは人間に分類されている我らが団長様はというと、頬杖を着きながら不貞腐れたような顔でネット巡回中。

既に俺はこの異常空間を日常と判断してしまっているようだ。

同級生に刺されそうになったり、特大カマドウマと乱闘を繰り広げるよりよっぽど日常的だと思わないか?

「また負けてしまいましたね」

なんでこれだけ毎日やっても上達しないんだ、コイツは。

「才能がないのでしょう」

ニヤケ面のまま駒を元の位置に戻し始める。

俺はその間に朝比奈さんが入れてくれたお茶をすすり、

「ああ、幸せだ…」

心からの声が漏れる。

「お茶の入れ方をお勉強したんですよ」

朝比奈さんのエンジェリックスマイルは100均のお茶でさえグラム1万円のお茶に変えてしまいますよ。

「……僕もとても幸せですよ。なんせバイトがここ数ヶ月の間お休みですからね」

「……それだけ涼宮さんが現状に満足しているということですよ」

ええい、お前のことなんか聞いちゃいない顔が近い鼻息がかかる気持ち悪い!

「たまに動かないと腕が鈍ってしまいそうです」

冗談です、と取って着けた様に笑う古泉。

どこまで本気かわからん奴だ。もしかしたら数ヶ月のブランクでこいつもどこか手持ち無沙汰だったのかもしれない。

「ねえキョン」

窓際の席で仏頂面していたハルヒが口を開いた。

「……」

無視を決め込む。ハルヒの発言が俺に百害あって一利無しなのがわかりきっているからな。

が、お構いなしで話し続ける。

「暇なんだけど」

「だから何だ」

ついつい答えてしまう自分が寂しい。

「あんたちょっと素っ裸でラリホーとか叫びながら校内を全力疾走しなさい」

お前の暇つぶしで臭い飯を食うハメになって堪るかよ。

「…つまんない。生活に変化が欲しいところよね」

つまらなそうにそっぽを向くハルヒだったが……俺もちょっとは、ほんのちょっとは日常にスパイスが欲しいと思っちまったんだ。

それが間違いだった。ああ、間違いだったとも。

 

 

その1時間半後。

ちょうど俺が古泉にチェス3連勝を収めたときだ。

パタム、と本が閉じられた音がした。

そこまでは良かったんだが、問題はその後だ。

「キョン」

俺たちはその一言で固まった!

俺は手に持ったキングを落とし、古泉はキョトンと間抜け面、朝比奈さんは大きな瞳をパチクリとし、ハルヒなんか咥えていたアンパンを床に落とした。

だってそうだろ?

その発言は誰であろう、あの長門有希その人のものだったからだ!

長門が話しかけてくるのはそこそこ珍しいことだが、俺の、しかもあだ名で呼びかけるなんて天変地異の前触れにしか思えん。

「キョン」

もう一度呼びかけられる。黒く大きな瞳が俺に向けられている。

「な、なんだ?」

声が上ずっている。自分が動揺しまくっているのがよーくわかる。わざわざ確認しなくともわかる。

「私と付き合って欲しい」

付き合う? 付き合うって……。

「どこにだ?」

買い物か? はたまた図書館か?

「そうじゃない」

「私と交際して欲しい、という意味の付き合う」

「「「「……………………………………」」」」

…………。

……。

部室全体を液体窒素に突っ込んだらきっと今のようになると思う。

古泉はお茶を溢していることにも気付かず、朝比奈さんは瞬きが止まり、ハルヒに至ってはゴキブリ大家族の大移住を目撃したような顔だ。

音のなくなった世界で俺は必死に頭を整理する。

ちょ、ちょちょちょちょちょっと待て。

交際ってもしかしてアレか? 虹彩の方か? 虹彩を突き合う…目潰し合戦ってことか?

長門……お前は冗談言っても顔にも言葉にも出ないんだから程々にしなきゃダメだぞ。

「そうじゃない」

俺の頬を冷や汗が伝う。

「私は本気」

「私と付き合って欲しい」

「許可を」

長門は深い深い瞳で俺をじっと見つめている。

「ちょ、ちょっと待て――」

ガタンッ!!

「ちょ、ちょっ…ちょ、ちょっとまちょ…待ちなさいよ!」

椅子をひっくり返し、ハルヒが飛び上がらん勢いで立ち上がった。

ちなみに言葉の端々からハルヒの混乱っぷりが見て取れる。

長門の瞳がハルヒへと向けられる。

「なっ、何を突然言い出すわけ? ゆ、有希が冗談を言うなんて、ほ、ホントめずらしいわね~」

おい、口元が引きつってるぞ。

「私は本気」

「……………………」

長門の淡々とした言葉にハルヒはあんぐりと口を開けている。

「私という個体がそれを望んでいる」

次第にあんぐりと開けられていたハルヒの口がヒクヒクへと移行している。

おい、長門!

これ以上そこの時限爆弾女を刺激しないでくれ、頼むから!

「そのショッカーの改造手術が失敗した仮面ライダーみたいな顔した奴のどこがいいっていうの!?」

ビシーッと俺を指差す。

そこまで言うことはないだろうが。

そのハルヒの言葉に促されるように、長門が俺のことを頭のてっぺんから足先、また頭と眺める。そしてハルヒに向き直り、

「全部」

って、長門様ーっ!

ハルヒのヒクヒクがピキピキへと移行していく!

だ、誰かこの状況をどうにかしてくれ! こ、古泉、取り合えずこんなときはお前が頼りだっ!

その頼りの古泉も朝比奈さんも、出産に立ち会うお姉ちゃんとお兄ちゃんのように遠巻きにオロオロとしているだけだ!

今の俺は、蛇に睨まれたヒキガエルも引っくり返るほど脂汗をかいている!

そんな俺の気持ちを1ナノメートルも察していない長門が俺を見つめ再度、

「私と付き合って欲しい」

「許可を」

「ぐ…」

「許可を」

「む、むぅ…」

そりゃあ、お前は可愛いし、告白されたら俺だって悪い気はしない。

けどな、そもそもおまえ宇宙人だろ!?

ど、どうする、どうするのよ俺っ!?

「待っちなさいよっっ!!!」

ハルヒの怒号によって救われた!

「団員同士の交際は一切認めないんだからっ!!」

頑張れハルヒ、今日だけはお前を応援するぞ!

今の長門を止められるのはお前だけだっ!

「なぜ?」

「だ、団則にもあるでしょ!!」

「団則自体の存在を確認出来ない」

「い、今あたしが作ったのよ!!」

今ほどお前のそのムチャクチャな強引さに感謝したことはないぞ!

「私の発言後に作られた規則ならば」

「溯(さかのぼ)って拘束性を発揮することは出来ない」

頼む長門、空気を読め!!

見ろ、朝比奈さんは泣いているし、古泉の笑顔は引きつりまくってるぞ!

ハルヒなんてこのまま鬼が島に行ってもすんなり受け入れられそうな顔じゃないか!

「あぁーーーっ、もぅっ!!!」

頭を掻きむしるハルヒ。そしてシュバッと音がするほどの勢いで俺を指差す!

「こいつはあたしの忠実なる下僕なワケ!! わかる!? まずはあたしに許可を取るのがスジってもんでしょ!?」

とんでもないことを言い放つハルヒだが、今は甘んじて受け入れるぞ!

「もちろんそんなもん絶対許可しないけど!」

腕組みをして強がるハルヒだが、

「日本国憲法第18条では、いかなる奴隷的拘束も禁止している」

「よって彼以外の許可は必要ないと判断」

そう言うと、長門は俺の横へとトテトテと近づいてきた。

「あなたは私が幸せにする」

ちょっと待て長門!?

お前は今自分がやってることをわかっているのか!?

俺を崖っぷちに追い込んで、どつき回しながらそのセリフを言ってるからな!!

どこのヤンデレだよ!?

「な……――!! ――!!!」

もはやハルヒは声すら音にもならず、怒り怒髪天を貫いて月まで突き刺さっていそうなほど怒っている!

――――――――――。

――――――。

――。

地獄の絶対零度を超越するような静寂の中、

ピピピピッ…。

古泉の携帯が無機質に鳴り響いた。

笑顔が張り付いた真っ青な顔をしている辺り、誰からの電話でどんな用件かさえ分かっているのだろう。

俺ですら分かるぞ。

「うーーーっっさぁぁぁーーーいっっ!!!」

古泉はハルヒの最大級の八つ当たりボイスを受け、口元を引きつかせながら部室から退散した。

この後はあの宮崎映画に出そうな奴とバトルだろうが、この場から出れるだけお前が羨ましい。

ちなみに朝比奈さんは隅っこで泣きながら頭を抱えて震えている。

「…な、長門」

俺は状況を打破すべく、思い切って長門に話しかけた。

「なに?」

「い、いきなり付き合うったって、そりゃ無理な話だろ?」

俺はやんわりと断る方向へ話を持っていこうとしたのだが。

「いきなりでなければ?」

長門は、全てを吸い込みそうな瞳で俺を見つめてくる!

「あ…いや、いきなりじゃなきゃ…まあ、どうなんだろうな…」

ついつい曖昧になっちまった俺!

「そう」

何に納得したのかはよく分からないが、それだけ言うと長門は帰り支度を一瞬で済ませ部室から出て行った。

「「「……」」」

後には、すっかりと青ざめた朝比奈さんと、口を半開きにしている俺、一瞬触っただけでメルトダウンしそうなハルヒが残された。

「わ、わわわわわわわ、わたしも帰りますーーーっ」

まさに一目散に駆け出す朝比奈さん。

朝比奈さ~ん、メイド服のままですよ……。

「…………」

「…………」

「キョン~、もてもてじゃないの~。あーあ、あんな可愛らしい子に告白されるなんて、なんて羨ましいことでしょうね~」

「アレだろ? 魔が差した、みたいな感じだろ」

「…………」

「…………」

「…………」

「帰るっ!!」

ぶっきらぼうに鞄を掴み取るとズカズカと歩き出し、

「ふんっ!」

「いでぇっ!!」

俺の足を思いっきり踏んでいきやがった!!

 

ったく。

一体何がどうなってんだ?

 

 

次の日。

プリップリと怒っているハルヒを背に、自分の席に腰掛ける。

もし今のハルヒに、昨日の夜に長門からメールがあったことを話したら、俺はシャーペンでメッタ刺しされるだろう。

ちなみにメールの内容はこうだ。

『いまなにしてる?』

『ゴロ寝』

『そう』

以上だ。

ギネス記録に挑戦してるのではないかと思えるほどの短いやり取りだ。

 

一応、放課後までは普通の日常だった。

いつもと違うことと言ったら、ハルヒが珍しく教室で弁当を広げていたことくらいだ。

俺もたまにはハルヒの弁当に付き合ってやることにした。

ハルヒは最初こそ箸が折れるんじゃないかという勢いでミートボールを突き刺していたが、話しているうちに落ち着いてきたようだ。

最終的には「昨日のアレは長門のブラックジョークだった」で決定。

俺もそうであって欲しいと願ってるさ。

 

帰りのHRが終了し、俺とハルヒは教室を後にした。

部室へと足が向かうのは、まあ習慣なのだろう。

文芸部部室の前。『文芸部 with SOS団』と書かれたドアのノブを掴み、俺は生唾をゴクリと飲み込んだ。

思い切ってドアを開け放ったそこには――

文芸部部長兼宇宙人の姿はなかった。

「「はぁ……」」

微妙に二人でシンクロした溜息をつきながらいつもの自分達のポジションへと腰を下ろした。

コンコン。

続いて控えめなノック。

「どうぞ」と俺が返事を返すと「あぅぅ…」と朝比奈さんがキョロキョロと部室を見回し、引け腰で入ってきた。

やっぱり「はぁ……」という溜息つきだ。

その気持ち、よーくわかりますよ。

日頃の習慣のせいか、朝比奈さんはドアをチラチラと確認しながらもお茶を作っている。

お茶をすすり、徐々に平穏を取り戻しつつあるとき、古泉の奴が「遅れてしまいました」といつもに増して胡散臭いスマイルで登場。

「昨日は抜けてしまい申し訳ありません。突然の呼び出しを食らってしまって。バイトですよ」

聞いてもいないのに言い訳をしてやがる。

少しやつれたように見えるのは昨日のバイトが大盛況だったせいに違いないだろうな。

それから30分、長門がいない部室で俺たちの日常は戻りつつあった。

相変わらずボードゲームが死ぬほど弱い古泉に、俺に文句を叩きつけるハルヒ、ハルヒが飲み干した湯飲みにお茶を注ぐ朝比奈さん。

昨日のことが冗談だったのだと思い始めた頃。

カチャ…。

静かにドアが開くと、これまた静かに部室に入ってくる昨日の大騒ぎ事件の張本人・長門。

「「「「…………」」」」

誰もが無言で、自分のしていることを続行しているフリをしながらチラチラと長門の挙動を確認している。

長門はいつもの様に本棚から分厚いハードカバーの本を取り出すと、いつもの様に隅のパイプ椅子へと真っ直ぐに向かった。

心の中で大きく息を吐き出す俺。

「は、はあぁ…」

ハルヒなんかは普通に大きく息を吐き出している。

長門はいつもの様にパイプ椅子に腰を下ろ――――

「……」

――さずに、思いついたかのように踵(きびす)を反した!

すとんっ。

俺の横に腰を下ろし、

「あと323ミリメートルであなたと接触できる距離」

訳の分からんことを言って、何事もなかったかのように本を広げている!

………………。

ゴゴゴゴ…。

ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

感じるぞ! 凄まじい殺気というやつだッ!

実際窓側を振り向いてはいないが、今まで感じたどんな殺気をも超えている凄みを感じたッ!

エンジン音だけ聞いてブルドーザーだと認識できるようにわかった!

俺は壊れたオモチャのように首をギギギと動かし窓側に目を向ける。

「…………………………………………………………………………」

手に持ったマウスからメキメキ音してんぞ!

目で殺す、って言葉があるが…ハルヒの目はまんま字を見た通りの意味だ。

そろそろ目からビームでも出して世界を焼き払うんじゃないか……?

ピピピピッ…。

深海1万メートルに沈没した船の方がまだ賑やかであろうと思えるほど重い空気に包まれた教室に、古泉の携帯が無機質に鳴り響く。

もはや無理矢理にしか見えない古泉の笑顔がさらに歪む。

「あ~ら古泉くん。彼女からじゃない? あーあ、羨ましいわ。SOS団は桜満開ってところかしらぁ?」

これまた額に浮き上がった血管から血でも噴出しそうな引きつった笑顔のハルヒと、ハルヒの手の中で断末魔を上げるマウス。

「あ、あは、あはは、バイトの呼び出しのようです……」

「すっすみませんが……」

ジリジリと後ずさりながら古泉は部室を後にした。

頑張れ古泉。お前、昨日動きたいって言ってたろ。ちょうど良かったじゃないか。運動不足解消だ。

俺はこの後も地獄のような部室から動けないんだからな…。

 

その日は長門が本を読み終わり帰るまでは、朝比奈さんも俺も世界の猛獣展の檻の中に叩き込まれた子ヤギのごとく身動き1つ取れなかった。

もう泣いてもいいか?

 

 

さらに次の日。

まずは昨日も長門からメールがあったことを伝えておこう。

内容はこうだ。

『いまなにしてる?』

『テレビ鑑賞中だ』

『そう。私はメールを打っている』

『だろうな』

以上だ。

昨日より飛躍的に進歩している…気がしなくもなくもない。否定語の重複表現だ。

重い足を押して教室に入って真っ先に目に飛び込んだのが、ハルヒだ。

昨日同様プンスカした様子で窓から外を見ているが、いつもと違う部分がある。

どこかって?

ポニーテールだってことだよ。

こりゃツッコめばいいのか、どうなんだ?

何も言わずに席に着いたんだが、授業が回数を進めるごとに後ろからの無言のプレッシャーが強くなってきた。

 

昼休み。

二日連続でハルヒが教室で弁当を広げている。何がしたいんだコイツは。

しかも弁当箱は重箱3段ときている。どんだけハラペコなんだよ。

俺が立とうとすると、ハルヒがガンを飛ばしてきたので一緒に昼を食うことにした。

「…………」

「お前、こんなに食うのか?」

「…………」

仏頂面で弁当を口に詰め込むハルヒ。広げた重箱の1つには手をつけていない。

このままだとまず間違いなく食い切れないだろう。残したら農家の人にも親御さんにも怒られちまうぞ。

「少しもらっていいか?」

見た目も相まって、俺はそんなことを口にしていた。

「……」

「仕方ないわね。そんなに食べたきゃ食べれば?」

手付かずの重箱を俺の方に追いやるハルヒ。いいなら遠慮なくもらうとするか。

「お。美味いぞ」

箸が勝手に動き、どんどん俺の口に野菜炒めやら唐揚げが吸い込まれていく。どのおかずもかなり美味い。

「お前の親御さん、料理上手だな」

「…………ふん」

なんでお前が微妙に照れてんだ。

あっと言う間に重箱の中身はなくなり、俺はひと時の幸福感に浸る。

それで俺の気が緩んだんだろうな。

「……やっぱり似合ってるぞ」

「……」

「あっそ」

 

午後は午後で…後ろの奴はいったい何なんだ?

午前中はあんなにイライラオーラを撒き散らしてたというのに、今は180度ターンでやたらとご機嫌だ。

本当に秋の空のような奴だな。

今のこいつなら笑顔のままフルマラソンを完走しちまうだろうよ。

 

やってきました、放課後。

言っておくが楽しみにしているワケじゃあない。俺はマゾじゃないからな。

俗に言うヤケクソっていうヤツだ。

どうしても部室に足が向くようになってるんだろう。呪いの呪文でもかけられているのかもしれん。

大きく息を吸い込み、ドアノブに手を掛ける。

ゆっくりとドアを開けたそこには、

「何よ?」

ハルヒだけがいた。

今やトラブルメーカーと化した元文学少女はご在室ではないようだ。

「で、お前は何でそんなとこに座ってんだ?」

「別にいいでしょ? 気分転換よ」

いつもはスマイルくらいしか売りがない優男が俺の向かいを陣取っているが、今日はポニーテールが腰を下ろしている。

俺もいつもの場所にいつもの様に腰を下ろす。

「ねえキョン。そうね…ポーカーでもしない?」

ええい、目の前でポニーテールをいじるのを止めろ。

萌えちまうだろうが。

 

「じゃーんっ!! フルハウスよ! キョンは?」

「ブタだ」

「またまたまたまたあたしの勝ちーっ!! よっわいわねぇ!」

最初はどこか作ったようなテンションだったが、ポーカーを勝ち進むにつれてハルヒのテンションはいつものハイテンションに戻っていった。

俺の涙ぐましい努力のお陰だからな。

2回に1回は揃っているペアを捨てている。

俺のブタで世界が平和になるんだったら安いもんだ。世界よ…チープになっちまったもんだなあ。

コンコン…。

消え入りそうなほど小さなノックと共に「あ、あのぅ…」とすっかり怯えきっている朝比奈さんがドアから顔を覗かせる。

「みくるちゃん、早くお茶! 一番たっかい奴お願い!」

「あ……は、はい! 今すぐにっ」

いつのもテンションのハルヒに触れた朝比奈さんが急速に笑顔を取り戻し、

「キョン君も一番高いお茶でいいですよね」

と鼻歌を歌いながらお茶を作っている。

いじらしいです。可愛いです。

「いぇーいっ! スリーカード~! キョンは?」

「ワンペアだ」

「やったぁーっ! またまたまたまたまたあたしの勝ちーっ!! ホント弱っちいわねぇ!」

「ほっとけ」

「――おやおや、賑やかですね」

昨日、電話と共に退散した古泉の登場だ。

「って、お前どうしたんだよ?」

ドアの前に突っ立ってる古泉を見ると、片腕は包帯でぐるぐる巻きで首から吊るされていて、頭にも包帯、頬には大きな絆創膏という様相だ。

「ははは…昨日バイト中に階段を3階から1階まで転げ落ちてしまいまして。困ったものです」

おい、もっとマシな言い訳をしろ。

階段を3階から1階まで転げ落ちるって、どんだけ器用な奴だよ。

「古泉くんも意外とドジねぇ」

「いやあ、全くおっしゃる通りです」

テンションが上がっているハルヒは気付かなかったようだ。

「やはり涼宮さんの笑顔を見ると癒されますね」

「そうでしょ? お医者様でも草津の湯でも治らなくても、あたしの笑顔があれば一発よ!」

おいハルヒ、言葉の使い方を間違ってるぞ。

まあ、古泉の奴はいつものテンションのハルヒのを見て、本当に胸を撫で下ろしているようだ。

「ゲームの邪魔をしては悪いですね。僕はこちらで神経衰弱に興じるとしましょう」

俺に訳の分からんウインクを投げ掛けると、隅の丸テーブルに腰を下ろし胸ポケットからトランプを取り出し並べ始めた。

少し老け込んだように見えるのは疲れ故だろうな。

お疲れ様だ古泉。

安心しろ、お前があっちで肉体的に頑張っている間、俺はこっちで世界を守らんと精神的に頑張っている。

後は…今日だけは長門がおかしなことを言い出さないことを祈るのみだ。

 

だが、そんな安息の時間はすぐに破られた。

ガチャリ……。

あまりに小さな音だったが、全員が敏感にそちらに振り返る。

いつもは置物なみの存在感だが、今や学校に乱入した象なみの存在感を誇る少女が入ってくる。長門だ。

「……」

「………………………………」

「な、なななな長門さんもお、おおおお茶飲みます? お、お、おいしいですよ~…」

「もらう」

「い、いいいい、今すぐにい、入れ、入れますね~」

「いやあ、ひとり神経衰弱も中々乙なものですね。ははっ」

無理矢理今までのテンションを保とうとする二人。

いじましいほどの努力が窺える。

ハルヒは……俺の努力空しく、さっきまでのテンションが嘘の様に下がり長門の動きをギンとした目線で追っている。

長門はというと。

「……」

すとん。

本も取らずに、あたかも「ここが私の指定席」と言わんばかりに俺の横に腰を下ろした!

お前は何を考えているんだ!

見ろ、正面のポニーテールの付いた爆発物からピキッと音が聞えたぞ、今!

「……」

「これ」

「な、なんだよ?」

空気を読むなんて言語の存在すら知らなそうな長門が、俺に購買の袋のような無印の袋を突き出してきた。

「う、受け取ればいいのか?」

その返事の変わりに、

「中を見て」と長門。

中を見るとそこには――クッキーが入っていた。恐らく寸分違わず真円であろうクッキーだ。

「手作り」

「「「「……」」」」

長門の手作りクッキーだと!?

食えばいいのか…?

正面からは、空気を吸っただけで心停止を起こしそうなほどのデス・オーラを放つ奴が俺を睨みつけている!!

今やこの長門手作りクッキーは地球を三度破壊しても足りないほどの威力を持っていると言っても過言ではない!

ここで食うのはあまりに無謀だ!

「食べて」

「………………」

長門の一言で部室の温度が一気に消え去った!!

待て待て待て待て!?

お前はここで俺に最後の晩餐を取れというのか!?

お前の目は節穴か!? 俺の目の前にいる凄みのある金剛力士像が見えているだろうが!?

「…………」

クッキーを見つめ冷や汗を流している俺のことを察してくれたのか、

「そう」

一言だけ言うと、長門は俺の手から袋を取り上げた。

もちろん全員が多少なりとも胸を撫で下ろしたのは言うまでもないだろう。

だが。

長門が俺を上目遣いで見つめながら言い放った。

「私が食べさせる」

その一言がどれだけの殺傷力があるか想像に難くないと思うが、説明をしようと思う。

まず古泉。

土気色の顔というものを初めて見せてもらった。すまん。俺にはお前を気にかけるほどの余裕はゼロだ。

いつだったか「たまに動かないと腕が鈍ってしまいそうです」と軽口を叩いた自分を恨め。

そして朝比奈さん。

泣きながら後ろの壁にへばり付いて顔をふるふると震わせている。俺の一挙手一投足に全未来がかかっているのを全身を使って表現しているようだ。

最後、ハルヒ。

もはや手にしていたトランプは見るも無残な形状だ。

もしこいつが某有名戦闘民族ならば、今ごろ髪の毛を逆立て、ウヮンウヮンウヮンという金色のオーラに纏われていることだろう。

「あーん」

長門がクッキーを摘まみ、俺の口に運ぼうとした時。

ピピピピッ…。

案の定、地獄の方がまだ幸せであろうと思える空間に古泉の携帯が無機質に鳴り響いた。

「「「「……………………」」」」

今やツッコミはゼロ。

おい、古泉。泣いていいぞ。俺も一緒に泣いてやる。

古泉が半ベソでもう二度と戻らないかもしれないバイトに出かけた後も、

「あーん」

俺の生き地獄は現在進行形で継続中だ。

「口、開けて」

無垢な表情でクッキーと言う名の核兵器のスイッチを突きつけてくる宇宙人!

真正面では地獄の閻魔も今のこいつの顔に比べたら愛くるしいと思える鬼が、俺を視線だけで焼き殺そうとしている!

今、もしあーんをしてしまったらどうなるかぐらい手に取るようにわかる。

世界が崩壊しなくとも俺の人生が崩壊することは確実!

そうコーラを飲んだらゲップが出るって言うくらい確実だッ!

俺は、長門が近づけてくるクッキーから顔を背けた。

「長門、悪いが――――」

「……」

「むに、むに」

オイッ!?

長門は顔を背けた俺の頬にムニムニとクッキーを押し付けてきている!

まさか遊んでいるつもりか!? アレか? ジャレ付いてきているのか!?

「…………………………………………」

た、頼むハルヒ、いつもの叫ぶなりキレるなり何なりアクションを起こしてくれ!

お前の無言が一番怖いんだよ!

「ふえぇぇぇ――……」

朝比奈さんに至っては、もはや腰を抜かしてシリモチを着いてしまっている!

いつもの俺なら萌えているところだろうが、そんな心の余裕は1ピコグラムも残っちゃいない!

「なっ、長門…い、いいか?」

なんとか声を絞り出す。

「なに?」

頬からクッキーを離すと、俺を見つめてくる長門。

「……」

「……」

長門は少し小首を傾げながら俺の言葉を待っている。

「……お、俺」

「……」

「…………」

「クッキー苦手なんだ」

「そう」

それだけ言うと、長門はクッキーの入った袋を置いて部室から出て行った。

「……………………」

「……………………」

「……………………――~~~~~~~~っ!!」

バグォンッ!! ガジャンッ!!

ハルヒは両手を長机に叩きつけると、そのままの勢いで立ち上がった。もちろん座っていた椅子は後ろに吹っ飛んだ。

ズカズカと音を立てながら俺の横に来て、

ドスンッ!!

長門が座っていたのと逆サイドの俺の横に座った。

「それ取って」

「それって何だよ?」

「それよ!!」

「だから何だよ?」

「有希のクッキーっ!!」

長門のクッキーの袋を渡すと、

「ったく、それでわかりなさいよ!! 何なの!? 何なのよっ!! 何だって言うのよっ!!!」

八つ当たりするかのように中のクッキーをバリバリと食い始めた。

食い終わると、ハルヒはクッキーの入っていた袋をグチャグチャに丸め、

――ベチッ!!

俺の顔に叩きつけやがった!

「あたし帰るっ!!」

またもや椅子をひっくり返しながら立ち上がるハルヒ。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

何で止まってるんだと思った矢先、ネクタイをグイと引っぱられた!

「おわっ、何するんだよっ!?」

「あんたも一緒に帰るのっっ!!!」

「何でお前と一緒に帰らなきゃならないんだよ!?」

「いいからあんたもあたしと帰るのっっ!!」

そのままハルヒに引っぱられる形で家路に着くこととなってしまった。

まだ腰を抜かしている朝比奈さんを置いて。

 

帰り道は完全に無言だ。

こいつ…もしかして俺の胃に穴を開けようという魂胆じゃないだろうな?

 

 

そして次の日。

そろそろ胃に穴が開いて病院にお世話になるんじゃないかと思う。

ちなみに昨日は俺から長門にメールをした。

内容はこうだ。

『長門。お前はいったい何を考えているんだ? 何がしたいんだ? 教えてくれ』

『それは禁則事項』

って、洒落っ気たっぷりの返信が返ってきちゃったよ!!

メールにネタを織り交ぜることを覚える前に何がしたいのか教えてくれ、長門様!

 

教室に着くと、今日もまたポニーテールのハルヒが座っていた。

ちなみにハルヒの半径2メートルには誰もいない。恐らく虫一匹いないだろうな。

それぐらい苛立っているのがビンビンと伝わってくる。

こりゃあ……もう古泉あたりはこの世にいないかもしれん。成仏してくれ。化けて出るなよ。

俺の席はハルヒの真ん前であり、仕方なく腰を下ろす。

腰を下ろすとすぐに椅子の底がハルヒのつま先で蹴り上げられた。

「何するんだよ」

「何でもないわよ!」

 

後ろからのプレッシャーに耐え続けること4時間。長かった…。ようやく昼休みだ。

ちなみに俺の隣の奴もハルヒの隣の奴も2時間目と3時間目と、相次いで保健室行きだ。

俺の鍛え上げられた精神力が逆に疎ましく思えたね。

授業という拘束から開放され、地獄の門番の前から移動が可能となり俺が立ち上がろうとすると、

「………………」

仏頂面したハルヒの視線が突き刺さる。

「はあ…」

なんだよ、これも呪いか?

溜息と共に毒づきながらも、俺は再び自分の席に腰を下ろし、ハルヒの方を向き「飯でも食うか」と話しかけていた。

ハルヒの弁当はというと、またも重箱。三段。

こいつは学習能力がないのか? 昨日も一段は俺が食っただろうが。

「ん」

上の一段を俺の方によこす。

「食べきれないから、あんたが食べなさい」

「だったら親御さんに言って量を減らしてもらえよ」

「言うのを忘れたの!! 食べないならいいわ!」

自分で言うのも何だが育ち盛りだ。もうハラペコだ。しかもこんなに美味そうなおかずを見せられて断れるはずがあろうか、いやない。

重箱のおかずに箸を伸ばす。相変わらず美味い。スイスイと口の中に吸い込んでいく。

だし巻き玉子に箸を伸ばしたときだ。

「……」

ハルヒの食べる手が止まり、俺の箸の行方を目で追っていた。

くれると言ったのに今になって惜しくなったのか? 悪いが返さないぞ。というか返せん。

ハルヒのそんな視線を気にせずに、だし巻き玉子をパクリと口に入れた。

「お、こいつは…」

ふわりとした柔らかい玉子、ジワリと玉子から染み出るダシがまさに絶品だ。

「こいつは料亭でもやっていけそうな味だな」

「…ふんっ」

で、なんでこいつはそっぽ向くんだよ。

「ちょっと。あたしもあげたんだから、あんたのお弁当も少しつつかせなさいよ」

「ほらよ」

俺が半分食べたハンバーグを掻っさらうハルヒ。

「まあ、普通ね」

「普通で悪かったな」

「これ食べてみて」

「…美味いな」

「でしょー!」

よくわからんが、ハルヒは正の二次関数のごとく機嫌が良くなっていった。

 

 

さて、時間は誰にも止めることは出来ない。

恐らくできる奴がいたとしても5秒くらいが限界であろう。

どうしてもこの時間は避けて通れないのだ。

――そう。放課後がやってきた。

 

そもそも部室に行かなきゃいい話なんだろうが、そういう訳にもいかないだろう。

俺が行かなかったら、あの核兵器女と今や暴徒と化した文学宇宙人が宇宙戦争でも勃発させてしまいそうだ。

「…………ゴクリ」

長門がいないことを祈りながらドアをノックすると、

「どーぞ」

ハルヒの声が響いた。なんで安心してるんだ、俺。

中に入ると、いつもの団長席にハルヒが座っており、朝から見慣れたポニーテールを解いていた。なんでガッカリしてるんだ、俺。

「ちょっとキョン。こっちに来て」

「なんだよ?」

「あたしの後ろに立って」

「はあ?」

「いいから!」

仕方なくハルヒの後ろに立つと、自分の髪をまたポニーテール風にまとめ始めた。

「ちょっと髪を持っててくれない? ポニーテールって一人だと作りづらいの」

ハルヒの髪を手に取る。サラサラしていて、いい匂いがする…って、俺は何を考えてるんだっ!

「位置は?」

「大丈夫だ」

器用にリボンを通し、キュッと結んでいくハルヒ。

まったくお前のポニーテールは犯罪的に似合ってるよ。

「どうっ?」

そんな満面の笑みで振り返るな。

「なんとか言いなさいよっ」

「ええい、うるさい!」

「ほら~、どうしたのよ~?」

そのニヤリと勝ち誇ったような顔を俺に近づけないでくれ。

ガチャリ。

「あっ…お、お、お邪魔でしたか~っ!?」

入ってくるなり朝比奈さんが顔を真っ赤にしてこちらを見つめていた。

朝比奈さんがお邪魔になることなんて地球がツイスト回転を始めても絶対にありませんよ。

「おっと、お邪魔なら僕達は退散しますよ」

お前は邪魔だ古泉。なんで朝比奈さんと一緒に入って来るんだよ。

「いやあ、朝比奈さんが部室の近くでウロウロとしていたもので」

ちなみに今日の古泉はオプションとして松葉杖と哀愁が付属している。

やつれた顔、ヤケクソな笑顔、死んだ魚のような目、傾いだ首、落ちた肩、丸い背中。どこを取っても不幸いっぱいだ。

俺もきっと、ブランド物の財布を買ったその日に落とし、探している最中に車に轢かれ、運びこまれた救急車が事故り、病院をたらい回しにされた挙句医療ミスされたらこんな感じになるに違いない。

「あは…あはは…ははは……はあ」

その引きつった無理矢理すぎる笑い方、逆に気持ち悪いぞ。無理はするな。お前のライフはもうゼロだ。

悪いが、俺にはお前に掛けてやれる言葉を見つけることが出来ん。

 

…………。

……。

そろそろ下校の時刻。今日は長門が姿を現していない。

そのせいだろうか。

朝比奈さんはビクビクと身動きひとつしなかったが、今はいつものエンジェリックスマイルを振りまいている。

古泉はと言うと、最初こそ窓際サラリーマンか試合に全く満足できないのに真っ白に燃え尽きてしまった明日のジョーのようにパイプ椅子と一体化していたが、今は俺とのオセロ対決に負けて本当に嬉しそうな顔をしてやがる。薄気味悪いぞ。

最後、ハルヒ。

ずっと部室の中をウロウロと歩き回ったり貧乏揺すりしたりと落ち着きが全くない。なんて言えばいいんだろうな。臨戦体勢か。

しかも歩き回って俺の後ろに来るたびに俺の頭を叩くから始末が悪い。言い分(ぶん)はこうだそうだ。

「あんたの後頭部を見ると無性に叩きたくなんのよ」

なら俺を視界に入れないようにしてくれ。

なぜ全員が律儀にも部室に揃っているのかは定かではないが、ともかく後5分でいつもの解散の時刻だ。

朝比奈さんと古泉から発せられる明らかな安堵感と共に時計が時を刻んでいる。

「では、そろそろ――」

古泉がフライングをしようとしたその時だ。

ガチャリ…。

無常にも外から中へ向けて部室のドアが開け放たれた。

きっと俺はこのときの古泉の顔を忘れられないだろうな。

「手間取った」

長門が部室へと入ってきたが、ドアから少し入ってきたところで立ち止まる。そして、くるりと一回転。綺麗にスカートが輪を描いた。

「どう?」

そうなのだ。今日の長門はいつもと一味も二味も違った。

なんと…ポニーテールだ!

だが、髪が短いために上手く纏まってはいない。後ろ髪のすそは纏まりきらず下ろしていて、ポニーテールはポニーと言うよりはダックスフンドと言ったほうがいいであろう。申し訳程度に纏まっているといった感じだ。

けどな、そんな「頑張ったけど、上手く纏まらない」というような様子に……俺は不覚にも萌えてしまっていた。

「…………………………」

ハルヒからは、怒りとも憂鬱とも取れない今までに無い不思議な雰囲気が放出されている。

「時間」

長門が時計を指差す。時計の針は下校時刻を差していた。校内放送も物寂しげな曲と共に下校を促すアナウンスを流している。

「今日はあなたと一緒に下校したい」

「いや、ちょっと待てって、長門」

今日は今日で何を言い出すんだ!

「おい、長――」

ぴとっ、と俺の手に白く小さな手が乗せられた。

「……っ!」

俺の後方から鋭く息を呑む音。

「手を繋いで帰るのが、セオリー」

そのまま俺の手を引っぱって部室を出て行こうとする長門。

「お、おい、待てって、長門!」

その時だった。

 

「だぁぁぁぁぁっっっめぇぇぇぇぇーーーーっっっ!!!」

 

教室をびりびりと揺らすほどの大声。

その大声を発した主の方へと振り返ると、そいつは顔を真っ赤にして肩をプルプルと震わせていた。

――――――――――。

教室が静寂に包まれる。

そんなことお構いなしに、ハルヒはすぐに駆け出し、

がばーっ!!

俺の腕にしがみついた! 両腕で、力いっぱい、しっかりとだ。

ハルヒは目をギュッと瞑り、大きな声を張り上げた。

「ぜったいぜったいダメなんだからっ!! キョンはぜったいに渡さないんだからっ!! キョンはあたしのなんだからっ!! キョンもあたししか見ちゃだめなんだからっ!!」

「キョンはあたしと一緒じゃなきゃイヤなんだからぁーっ!!」

「お、おい…?」

「他の女の子と仲良く歩くなんてぜったいぜったいイヤなんだから……っ」

もう後半は搾り出すような声だ。

「ハルヒ…」

俺の腕にしがみついて、小さく肩を震わせている。

………………。

……。

どれくらい時間が経ったのだろう。

体感的には1分はたったように思えるが、実際は10秒程度だろう。

「そう」

長門はそれだけ言うと、俺達から離れた。

「聞いて」

ドアの近くに立ち、全員に呼びかけた。

「――まずは謝らなければならない」

「すまなかった」

長門がペコリと頭を下げた。

「「「「………………?」」」」

俺達全員の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

「3日前からの私の行動は全て――」

 

「――狂言」

 

………………は?

今、何て言った? 狂言? よく意味が飲み込めない。

俺にしがみつくハルヒも、椅子から立ち上がっている古泉も、シリモチを着いている朝比奈さんも目が点になっている。

「狂…言?」

俺が何とか言葉を出す。

「そう、狂言」

時間と共にその言葉が染み込んできた。

狂言……つまり冗談、ということだ。この3日の長門の奇怪な行動は全て冗談だったと言っているのだ。

「ちょっと待て長門、お前の冗談で俺達は――」

古泉がゆっくりと首を横に振る。

「長門さんにも考えがあったのでしょう。彼女が何の考えなしにこんなことをするはずがありません。まずは彼女の話を聞くとしましょう」

古泉が長門に視線を送ると、長門が小さく頷いた。

「――涼宮ハルヒは変化が欲しいと言った」

「…………」

まだハルヒの頭の中は混乱しているらしい。目をパチクリしているだけだ。

だから代わりに俺が言おう。確かにこいつは3日前にそんなことを言っていた。こいつ本人は普通状態でも覚えちゃいないだろう。

「けど、本当にあなたが望む変化は実現する可能性は限りなくゼロに近かった」

「だから私がトリガーとなり強制的に変化を起こした」

長門の説明からは大事なポイントが除かれている。つまり『何の』変化か、ということだ。

「変化…?」と、ハルヒがようやく口を開いた。

「そう」

そう言いながら、長門が俺達を指差す。

「「……?」」

俺とハルヒはお互い顔を見合す。二人の顔の距離は近い。

そりゃそうだ。まだハルヒが俺の腕にしがみついてるんだからな。

「……」

「…………」

「……」

「…………――~~~~~~~っ!!」

どんっ、と俺はハルヒに突き飛ばされた。

「ちょ、ちょちょちょちょ、ちょっとっ!! あんた誰の許可を得てあたしに触ってんのよっっ!!」

「そりゃ――」

ここで俺は言葉を切った。真っ赤になってあたふたとしている奴にそんなことを言うのは…野暮ってもんだろ?

「私はトリガーの役目を果たした。俗っぽく言うならば、噛ませ犬」

俗っぽ過ぎだろ、そりゃ。一体どこでそんな言葉を覚えてきたんだよ。

「これ」

長門が鞄から一冊のパステル調の彩をしたハードカバーの本を取り出した。ここ最近長門がずっと読んでいた本だ。

「あ、その本わたしも読んだことがあります~」

復活した朝比奈さんがこちらへ身を寄せていた。

「えーっと、内容はたしか…素直になれないヒロインが、突然のライバル出現でだんだん自分の乙女心を――ふぐぐぐ~っ!?」

「みーくーるーちゃんーっ」

「ふえぇえぇ~っ!? なにするんですかぁ~っ」

ハルヒが朝比奈さんを羽交い絞めにしていた。

「それに」

長門が俺を指差す。

「日常に刺激が欲しいと思っていた」

ああ、とんでもないスパイスだ。そりゃもう胃がキリキリと痛むほどにな。

もう二度とそんなことは考えないだろうよ。スパイスかけ過ぎだ。

長門が満身創痍の古泉へと指を移す。

「運動不足解消」

こいつは古泉のことまで気にかけていたのか。優しいな、長門は。優しさというものは人それぞれの捉え方もあるが。

「ははっ、長門さんには一杯食わされましたね。口は災いの元とよく言ったものです」

株で全財産をすった奴のような乾いた笑いが口から漏れる古泉。本気で後悔しているのであろう。

 

――どうやら長門はいつも古泉がやっている夏合宿殺人事件のようなことを肩代わりしたのだろう。

しかも日常に文句を垂らした全員分まとめてだ。そりゃ大騒動にも発展もする。

こうして、長門の巻き起こした騒動は終焉を迎えた。

 

 

 

この後のことはあえて語るまでもない。

いつも通りの日常だとしか言いようがないだろう。

長門は普段の大人しい文学少女に戻り、隅のパイプ椅子でいつものようにハードカバーの本を開いている。突然クッキーを持ってくることもない。

朝比奈さんはお茶収集にご熱心である。たまに長門からカラフルな本を借りているのを目にすることが多くなった気がする。

古泉は相も変わらずボードゲームが弱い。あの日から何日かは長門の精神やらハルヒの精神やらのことを喜々として話していたが、内容は全く記憶に残っちゃいない。

ハルヒはというと、いつも通りとしか言いようがないな。俺のことは小間使いくらいにしか思ってないだろうし、訳のわからんことをして尻拭いさせられるのはやっぱり俺だ。

なんら変わっちゃいない。

 

 

 

 

 

 

 

ああ、そうだ。

あの日から少し変わったことがあったけな。

書き留めるまでもないと思ったが書いておくか。

 

ハルヒと一緒に昼飯を食うようになった。

あと、俺の体重が1.4キロ増えた。

それだけだ。

 

 

 

 

 


 
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