No.146195

こっち向いてよ!猫耳軍師様! 19

komanariさん

お久しぶりです。
なんとか、19話が出来ました。

何だろう、華琳さまとか桂花さんに対して、色々と崩壊しているところがあるかと思いますが、その辺は申し訳ないです。

続きを表示

2010-05-29 00:42:44 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:25359   閲覧ユーザー数:22183

桂花視点

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 私が華琳さまのご自室がある棟にまで来たときには、先ほどまで空高く上がっていた月が、少し傾いていた。

「荀彧さま。こんな夜更けにいかがしたのですか?」

 私が中に入ろうとすると、親衛隊の一人がそう声をかけてきた。

「……ここに私の部下がいるはずよ。どこにいるの?」

 もう一刀の事を隠すつもりもなかったから、私はそう聞いた。

「荀彧さまの部下、ですか。……申し訳ありませんが、ここにはそのような方はいらっしゃいません」

 淡々とそう話す親衛隊員に、私は少し焦りを覚えた。

「―――っそう。なら自分で探すからいいわ。そこをどいて」

 ここで時間を取られる訳にはいかない。早く一刀のところにいかなければ、あいつのことだ、ろくでもないことを華琳さまに話してしまっているかも知れない。

「荀彧さま! いかに荀彧さまといえども、ここには曹操さまのご自室があるのです。こんな夜更けに、そう簡単にお通しするわけにはまいりません」

 そう言って、進もうとする私を遮るように親衛隊員が立ちふさがった。

「どきなさいって言ってるでしょ!? 私は一刀に会わなきゃいけないのよ!」

 私がそう叫ぶと、親衛隊員が少し驚いたような顔をした。その隙をついて中に入ろうとしたけれど、さすがに魏軍最精鋭の親衛隊の横をそう簡単に抜くことは出来なかった。

「じゅ、荀彧さま! お待ちください!」

――グイッ

 親衛隊員は、横をすり抜けようとした私の肩をつかんだ。

(……くっ! さすがに強行突破は無理ね)

 強行突破が無理であると解った私は、少し頭をひねった。

「……わかったわ。華琳さまに会わせてちょうだい。それなら問題ないでしょう?」

 軍師としての私が、華琳さまにお会いしたいと言うのを、親衛隊が断る事は出来ないだろうと思った。もしかしたら華琳さまが、お会いにならないと言うかもしれないけど、その時はその時でどうにかするしかない。

「……わかりました。曹操さまに伺ってまいります」

 すこし考え込んだ後に、親衛隊員はそう言って奥へと歩いていった。

(華琳さまはどう判断するかしら。一刀の事を含めて私の話を聞くか、それとも一刀と私を会わせないように、私を帰らせるか……。もし後者であるのなら、ここに一刀がいることが確定する。そうなったら、華琳さまや親衛隊の目を盗んで、どうにかして探し出すしかないわね)

 そう考えていると、先ほどの親衛隊員が戻って来た。

「荀彧さま。曹操さまがお会いになられるそうです。どうぞこちらへ」

 そう言って奥へと歩き始めた親衛隊員の後について、私は華琳さまのもとへ向かった。

 

 

 

「こちらです」

 親衛隊員にそう言って連れてこられたのは、いつも華琳さまがお使いになっている部屋ではなく、予備として空き部屋になっているはずの部屋だった。

(もしかしたら、ここに一刀もいるかもしれない)

 そう思いながら、私は華琳さまに向けて声を出した。

「華琳さま。夜分に申し訳ございません。折り入ってお話したいことがあり、お尋ねいたしました」

 私がそう言うと、少し間をおいてから、返事が返ってきた。

「……入りなさい」

 そのお声を聞き終えてから、私はゆっくりと扉を開いた。

 もしかしたら、一刀がいるかもしれない。いや、いる可能性としては、これまで調べてきたどの部屋よりも高いだろう。本来なら、やっと見つけられると言う安心感があってもいいはずなのに、その時の私には、嫌な予感しかしていなかった。

――ガチャン

「失礼……致します」

 そこに一刀はいなかった。

(華琳さまが椅子に腰かけていらっしゃるだけで、他には誰もいない)

 先ほど感じた嫌な予感が、一段と大きくなった。

 

「それで、こんな夜更けに何の用事かしら?」

 そう問いかける華琳さまに、私は跪いてから答えた。

「ここに私の部下、北郷一刀がいるのではないかと思い、参上いたしました」

 私がそう言うと、華琳さまはゆっくりと話した。

「見ての通り、もうここにはいないわ。少し遅かったわね、桂花」

 “もうここにはいない”と言う声を聞いた瞬間、私は顔を上げた。

「北郷は、自分に未来の知識がある事を認めた上で、先の赤壁敗戦は全て自分の責任であると話したわ。桂花、あなたの――」

「か、一刀は関係ありません! 全て私の責任です!」

 華琳さまの話を遮って、私はそう叫んでいた。

「一刀は知識を私に渡しただけです! しかも、赤壁の戦いで勝つ方法を私に教えていました!」

 私がそう叫ぶのを、華琳さまは感情のない表情で眺めていた。その表情が、私への侮蔑や怒りからくるものなのか、それとも他の要素からくるものなのか、私にはわからなかった。けれど、その時の私にはその表情が、ひどく冷たいものに思えた。

「ねぇ桂花。私は北郷から事の顛末を聞いたわ。北郷が初めてあなたに出会ったときから、赤壁で起こる出来事をあなたに伝えるまで。はたして、それが全て真実なのか、それとも嘘なのか、今の私にはわからないわ。ただ一つ言えるのは、北郷の言に筋が通っていたと言うこと。そして筋が通っていると言うことは、それを信じることもできると言うこと……」

 淡々とそう言う華琳さまを、私はじっと見据えた。

(一刀は赤壁の敗戦を自分のせいだと嘘をついた。そして、華琳さまはそれを嘘だと気付いている。けれどそれを私に話すのは、きっと本当の事を私に話させるためでしょうね。そして私が全てを話せば、一刀は赤壁の責を負わないはず)

 そう思った私は、少し息を吸ってから全て話し始めた。

 

 

 

「――つまりあなたは、歴史が変わることによって北郷が滅びる事を防ぐために、わざと負け戦を演じたのね?」

 私が知る全て。一刀の知識のこと、恋文のこと、呪いのこと。その全てを話した上で、私は赤壁の真実を話した。

「……はい。そうすれば、一刀の命を守ることも、そして華琳さまに天下を取っていただくこともできると、そう思いました」

 華琳さまは私がそう言うのを聞いてから、静かに立ち上がり私に背を向けた。

「北郷と言う一人の命を守るために、兵の命と私の覇道を犠牲にすることを選んだのね?」

「――っ!」

 “そうじゃない”と言いたかった。私が一刀の命を守ろうとしたのは事実だけど、華琳さまの覇道を犠牲にしようとは思っていなかった。例え遠回りになろうとも、華琳さまの覇道は実現しようと言う決意を持って、私は赤壁で負けを演出した。

 けれど、客観的に見れば華琳さまよりも一刀を取ったのも事実。その事実が私に“そうじゃない”とは言わせてくれなかった。

「……はい」

 私がそう答えると、華琳さまが振り向いた。

「我が国の、いえ、私の信条はよくわかっているわよね?」

 “信賞必罰”その言葉が華琳さまの信条であり、この国の国是でもある。

「…………はい」

 私の行動は明確な罪。国の命運をかけた決戦を、一人の男を守るために台無しにしたのだ。その罰をうけるのは、当然、だと思う。

「桂花。あなたには罰を受けてもらうわ。弁明はある?」

「ありません」

 そう言うしかなかった。でも、そう言うことで一つ救える奴がいると、私は思っていた。

(全て私の責任であるなら、一刀の言が虚偽だったことが証明できる。華琳さまに対して嘘をついた罪は問われるかもしれないけど、死罪になるほどの罪ではないはずよね)

 自分は死罪になるかも知れないけれど、それは私が起こした行動の結果。心残りはあるけど、それに対して不服はない。

「では、あなたに罰を与えるわ」

(ごめんなんて言わないわよ、一刀。でも、無断で真名を呼んだ事を言ってやれないのは少し残念ね。十分に一刀を困らせてから、真名を許してあげようと思っていたのに)

 華琳さまから告げられるだろう私への死罪宣告を待ちながら、私は心の中で少し笑った。最後に一刀を見たのは、赤壁から帰って来たときで、しかもあいつは寝ていたから、言葉も交わしていない。でも、寝言でも私の真名を呼んでいた。その時の寝顔が案外可愛らしかったことを覚えている。

(不思議ね。自分が死ぬのに、それで助けられるものがあると思うと、そんなに嫌な気分じゃない。あのバカもこんな気持ちだったのかしら?)

 私の中では、あいつが生きて、私が死ぬことが確定していたけれど、現実はそうではなかった。

 

「北郷一刀を死罪とする。それをあなたへの罰とするわ」

 

 私を見据えた華琳さまが放った言葉の意味を、私はすぐには理解できなかった。

 

 

 

華琳視点

 

――バタン

 北郷が連れて行かれるのを眺めながら、私は北郷の言った言葉を頭の中で思い返していた。

 

“俺は荀彧が好きなんですよ。自分で荀彧を陥れておいてなんですけど、やっぱり荀彧の事が好きなんです。ただ、それだけです”

 

 そう言った時の北郷の顔は、とても優しく、どこか寂しそうだった。

(北郷の言った事が全て真実だとは思えない。桂花は、いくら未来の事を知っているからと言って、その知識を全て鵜呑みにするような娘ではないわ。それに、北郷は赤壁で風のことをわかっていても、敗戦を免れない策について、明確な説明をしなかった。どんなものかを言えもしない策を、桂花が信じる訳がないわ。やはり北郷の説明では、桂花の行動を説明できていない……)

 北郷の言ったことが、一見筋が通っているように見えて、虚偽である可能性が高い事は、北郷の話を聞いた段階からわかっていた。北郷の話しの一部分、恐らくは桂花に対して嘘を伝えたという部分は、北郷が作りあげた嘘だろう。でも、北郷が桂花を助けようとしていることは確実だろう。

(桂花がなんであんなことをしたのかが知りたくて、北郷を呼んだ。そして、桂花があんな行動をとれた理由は分かった。でもまだ、なんであんな行動をとったのかについては分からないわ)

「……真実がどうであれ、桂花から話を聞かなければいけないわね」

 私は北郷の話から、真実を推察していた。北郷が未来の知識を持っていたのは確実として、恐らく桂花もその知識を知っていただろう。それでいてなお、敗戦を演出した理由を、私は桂花から聞かなければいけない。

(桂花から話を聞いて、先の敗戦の原因が北郷か、あるいは桂花にあるのかがはっきりしたとして、私はどちらを罰し、どちらを手元に残すのだろうか)

 その答えは、桂花の話を聞く前に、私の中で固まっていた。

(未来の知識よりも我が子房……か)

 北郷が桂花にとって人並ならぬ存在であることは間違いない。でなければ、桂花が男を名で呼ぶわけがない。そうであるなら、仮に桂花に責があったとしても、北郷を処罰することが、桂花への罰にもなるはずだと思った。

(私がそうすると言ったら、桂花は私のもとを去るかも知れないわね……。けれど、先の敗戦が仕組まれた物であるのなら、その責任は誰かが負わなければならない)

 功績には褒美を、罪には罰を、それがこの国の掟であり、私の信条でもある。

(それが私の信条ではあるけれど、桂花に生きていてほしいと思うことも私の気持ち。そして北郷の気持ちでもあるはず)

 多数が必ずしも正しいわけではないけれど、関係者三人のうち、二人がそう望むのなら、それが実現されるべきなのかも知れない。例え最後の一人が、それを望まなくても。

「……まったく、奇妙な三角関係ね」

 そう息をもらしながら呟くと、扉の外から桂花が訪ねてきたという声が聞こえてきた。

「曹操さま。荀彧さまがお見えです。初めは例の部下をお探しのようでしたが、私が棟の中に入るのを妨げますと、曹操さまにお会いしたいとおっしゃりました。……いかがなさいますか?」

 私は一度息を吸ってから、扉の外に向かって言った。

「ここに、通しなさい」

「っは!」

 短くそう答える声を聞いてから、私は天井を見上げた。

 

「……私と北郷のどちらが好きなの? なんて聞くのは、無粋にもほどがあるわね」

 

 

 

桂花視点

 

「…………えっ?」

 華琳さまの言葉の意味が理解できず、私はそう声を上げていた。

「北郷一刀を死罪とする。と言ったのよ」

 もう一度、ゆっくりと話す華琳さまの声で、私はようやく言葉の意味を理解した。

「なぜです! 私が犯した罪の罰を、なぜ一刀が受けなければならないんです!」

 言葉の意味を理解した後は、勝手に口が動き、勝手に声も出ていた。

「北郷が死罪になることが、あなたにとって一番の罰になると思った。だからそうするのよ」

「ですが! 一刀は死罪になるほどの罪を犯していません! なぜ一刀が死ななくてはならないんですか!」

(そうだ。一刀は死罪になるほどの罪を犯していない。その一刀を殺す事は、信賞必罰に反するはずだ!)

 私はとにかく一刀の命を守ろうと思った。本当の事を話した以上、華琳さまから信用を得ることは出来ないだろう。そうなれば、華琳さまの覇道を実現することもできなくなる。でも一刀は、せめて一刀だけは、守ってあげたいと思った。

 でもその願いも、華琳さまの言葉で叶わないものとなった。

 

「北郷と、そして私がそう望んだのよ」

 

 一刀が私を助けようと嘘を言った事は分かっていた、けれど、それがすなわち自らの死を望むこととはならないはずだ。

「……どういう、ことですか?」

 私がなんとかそう聞くと、華琳さまは答えた。

「私は北郷に聞いたのよ。なぜ自分に責任があると話したのか、と。そしたら北郷はこう答えた」

 華琳さまは少し間をつくってから、ゆっくりと話した。

「“俺は荀彧が好きなんですよ。自分で荀彧を陥れておいてなんですけど、やっぱり荀彧の事が好きなんです。ただ、それだけです”っとね。それはつまり、自分にどんな事があっても、桂花を助けたいと言うことでしょ?」

 華琳さまが思い出しながら言った一刀の言葉が、私の頭の中で一刀の声に変わった。

 私は望んでないのに、涙が溢れてきた。私が望んでないのに、一刀が自らの死を望んだからだ。

「そして、私も桂花に生きていてほしいの。私も北郷と同じく、あなたの事が好きだから」

 すこし悲しそうにそう言う華琳さまに、私は答える事が出来なかった。

 ついさっきまで、自らが死ぬことで助けられる人がいると言っていた私が、ふと気が付くと助けられて残される側になってしまっていた。それがこんなにも悲しくて、悔しくて、切ないなんて、さっきまでの私は知らなかった。

 

(何か言わなくちゃ! 何か言わないと、一刀が……)

 

 そう思う私に、冷静な私が無理だと告げた。

(華琳さまが言うとおり、一刀を失うことが私にとって死罪以上の罰になる。そして、罰としてではなく、自らの意思として一刀が死のうとしているのなら、私がどうこう言って止めることもできないわよ)

 先ほどから、涙があふれて止まらなかった。

 

 

 

華琳視点

 

 桂花は泣いていた。

 自分の大切な人が、自分の代わりに死ぬのだから、その悲しみは図り知れないだろう。

(本当なら私は桂花を泣かせたくない。むしろ、私の可愛い桂花をこんなに泣かせた奴を殺してやりたいとすら思う……。けど、泣かせている張本人は私自身なのよ)

 北郷は桂花にとって、とても大切な人なのだろう。そして私も、うぬぼれではなく、桂花に愛されていると思う。

 

 自分の大切な人の命が、自分の大切な人によって奪われる。

 しかも、その原因は自分にある。

 

 そんな桂花は、今どんな気持ちなのだろうか。

 その気持ちを思うと、胸が締め付けられた。

(でも、私は罰を与えなくてはならない。そうでなければ、私は覇王ではなくなってしまうから)

 赤壁での敗戦が罪であるならば、その罰は死、あるいはそれと同等のものでなければない。だから、覇王である私は、罪を犯した者に罰をあたえる。でも、人としての私が、桂花を殺す事をためらった。

(罰を与えなければならない。けど殺したくはない)

 その願いをかなえてくれたのは、北郷だった。

(北郷が最後にああ言わなかったら、私は桂花を殺してしまっていたかも知れないわ)

 この行動によって、どんなに桂花に恨まれることになっても、私は桂花を助けたいと思う。北郷がいかに桂花にとって大切な存在であったとしても、私は桂花の代わりに北郷を殺す事を選ぶ。

 もし桂花が私の軍師でなかったら。もし桂花が北郷を好きになっていなかったら。もし私が桂花を愛していなかったら。もし北郷が桂花を愛していなかったら。もし北郷が未来の知識を持っていなかったら。

 数ある“もし”のどれか一つでも現実のものとなっていたら、きっとこんな苦悩をせずに済んだのだろう。

(でも、実際はどの“もし”も実現していない。だから、私は北郷を殺す。その結果、桂花が私のもとを離れても、いや私を裏切り、他国に渡り、私を殺そうとしたとしても。それが私の、そして北郷の願いだから)

 

 桂花が泣く様子を眺めながら、私はそう決意した。

「桂花。もしあなたが曹魏を去るなら、私はそれを止めない。もし私を殺したいと思うなら、実行しなさい。でも、もし私の覇道をこれからも支えてくれると言うのなら。……私はあなたを信用するわ。これからずっと、ね」

 私がそう言うのを、桂花はただ伏したまま聞いていた。桂花が伏している床には、こぼれ落ちた涙が、キラキラと輝いていて、現在の状況に不釣り合いなくらい綺麗だった。

「今すぐに決めろとはいわないわ。でも、北郷の処刑までには決めてちょうだい」

 私がそう言うと、桂花が顔を上げた。

「北郷の処刑は遅くとも三ヶ月後。決めるまで仕事ができないと言うのなら、それでも構わない。状況が状況だから仕事はしてくれた方が助かりはするけど、強制はしないわ」

 私はそう告げてから、部屋を出た。

 

 

 

―視点人物不明―

 

北荊州 宛付近

 

「秋蘭さまー。次の関所が見えてきたのー」

 そう呼びかけるのは、みつあみと眼鏡の可愛らしい女性だった。

「うむ。ようやく半分を超えたな」

 秋蘭と呼ばれた女性はそう答えると、ふと西を見つめた。その視線は千里先が見えているかのように鋭かったが、少しすると、いつもの穏やかな視線へと戻った。

「姉者たちも、もうすでに漢中で蜀と対している頃だろうし、我らも急がなければな」

「はーいなのー。……でも、最近色んな事があって、沙和疲れちゃったのー」

 すこし不満そうにそう頬を膨らます部下を見て、秋蘭は微笑んだ。

「ふふ、乱世とはそういうものだ。我らが疲れている以上に、民たちは疲れている。だからこそ、早く乱世を終わらせるように、こうして我らは戦っているのだ」

 そう優しげに話す秋蘭の言葉を、自らを沙和と呼ぶ女性はうなずきながら聞いていた。

「まぁ、だからと言って気を張りすぎていては身が持たんからな。今日は久しぶりに湯屋にでも行くか」

「さんせいー! 沙和、最近髪が洗えてなくって、すっごいお風呂に入りたかったのー」

 勢いよく手を振り上げて、賛同の意を表しながら、沙和がにこやかにそう言った。

「うむ。……そうだ、たまには私が背中を流してやろう。沙和には、副官として働いてもらっているからな」

 沙和につられるようににこやかになった秋蘭が、そう言うと沙和はキラキラとした瞳で、秋蘭の方を振り返った。

「さっすが秋蘭さまなのー! 部下を気遣うという、出来そうで出来ないことを平然とやってのける! そこに痺れる! 憧れるぅぅぅ! なのー」

(やれやれ、これは凪が苦労するのもわかるな)

 興奮気味に話す沙和に、秋蘭が少し苦笑いをしていると、後方から馬がかけてくる音がした。

――ドドドド

 その音に後ろを振り返った秋蘭は、音がする方向に目を凝らした。

「……伝令、か。方角から言って襄陽からかもしれんな」

 自分たちがいた城からの伝令かも知れないと、少し不安を覚えて秋蘭は、伝令が乗った馬の方へ馬首を向けた。

「すまん沙和。湯屋はお預けになるかもしれん」

「えぇー!」

 沙和の返事を聞くか聞かないかと言うところで、秋蘭は伝令に向けて馬を走らせ始めた。

 

「そこの者、止まれーい!」

 伝令の進行方向を馬体で遮るようにして止まった秋蘭は、そう声をかけた。

「――っ! か、夏侯淵将軍!」

 声をかけられた伝令は、自分の前に立ちはだかる秋蘭に驚きながら、馬を止めた。

「襄陽からの伝令と見受けるが、何があった?」

 そう話しかける秋蘭に対して、伝令は馬を下り、跪いて答えた。

「はっ! 両将軍が襄陽を発たれてから数日後、呉領に放っていた斥候が、江陵にいた部隊の姿がなくなっているという情報をもたらしました。江陵近くの村では、夜陰に乗じて、呉の大軍勢が西に向かって行ったという噂もあるとの事でした」

 秋蘭は少し考えた後、伝令に問いかけた。

「西……か。徐晃はなんと言っていた?」

「はっ! 徐将軍は襄陽の部隊に交代で大休止を与え、次にどんな行動にも移れるようにと、兵糧などの整理を行っておいでです。それに加え、斥候を増やして、情報を集めるとのことでした」

 その話を聞いて、秋蘭がまた少し考え込んでいると、沙和の乗った馬がやって来た。

「しゅーらんさまー。伝令さんはなんて言ってるのー?」

 その少し間のびした声に、すこし苦笑した秋蘭は、伝令に向かって言った。

「他に徐晃から預かっているものはないか?」

「今お伝えしたことなどが書かれている書簡を預かっております」

「うむ。ならばそれは私が預かろう。その書簡を含めて、今私が聞いた情報は、私が責任を持って曹操さまにお届けする。……沙和、すまんが荷物から紙と筆を出してくれるか?」

「わ、解りましたなのー」

 秋蘭の指示を受けて、沙和は少し慌てながら荷物をあさり、見つけ出した紙と筆を秋蘭に渡した。

「……よし。これを持っていけ。これを徐晃に見せれば、私が受けとったと言う証明になるだろう」

「はっ!」

 秋蘭から書状を受け取ると、伝令は来た道を戻って行った。

 

「さて、沙和。湯屋はお預けになったわけだが……」

 そう言って秋蘭が少し笑いながら沙和の方を見ると、沙和は地面にのの字を書いていた。

「わかってたのー……。らんせだから、沙和の髪にはまだまだ我慢させとくのー」

 いつも伸ばしている語尾に、明らかに元気がなかった。

「洛陽に戻ったら、城の者に言ってはやりの香油を買って来させよう。それを湯に張れば疲れも取れるはずだ。だから今しばらく頑張ってくれ」

 秋蘭がそう言うと、沙和はスッと立ち上がり、自分の馬にまたがり、目の前の関所よりももっと先の、洛陽に向かって馬を走らせ始めた。

「さぁ! 洛陽まで頑張るのー。香油が沙和を待ってるのー!」

 そんな沙和の様子を苦笑いしながら見つめていた秋蘭は、沙和の後を追った。

 

 

 

あとがき

 

 

 どうも、就職試験に向かう電車で、駅近くの駐車場に止まってる星井ミキの痛車を発見して、少し元気が出たkomanariです。アイマスなら、出来れば貴音さんか律ちゃんがよかったんですが、贅沢は言いませんw

 

 さて、今回は華琳さまと桂花さんの会話がメインです。

 その中で、華琳さま・桂花さんに、なみなみならぬ違和感を覚えた方もいらっしゃるかもしれません。そう言った方々には、お詫びを申し上げます。

 

 内容的には、華琳さまの思惑と、桂花さんの思惑と、それと少しの一刀くんの思惑が絡んで、今回のような流れになりました。

 次回ぐらいで、桂花さんの行動。それと、秋蘭さんとかが伝える状況とかで、いよいよクライマックスに近づいていく予定です。

 

 そんな感じの話しと、そして次回予告でしたが、今回のお話で少しでもお楽しみいただければ幸いです。

 

 色々と突っ込みどころの多い話し、と言うかになってしまいましたので、何かありましたら、ご気軽にご連絡を頂けると嬉しいです。

 それでは、また20話でお会いできますことを……。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
143
12

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択