満開の桜が、葉桜へとなり始めたころ、初音と直隆はお花見へと出かけた。
「名所といえば六義園も浜離宮も代々木もあろうに…」
「いいの!」
というわけで上野公園に来ている。
ピークは過ぎたのか、それでもまだまだ桜を愛でつつもそぞろ歩きをする人は多い。
花見といえば上野、という初音の思考回路は、多分、小さな頃の記憶だろう。
まだいくつかも覚えていない少女時代、家族と共になんども来た。
パンダと絶え間なく降り注ぐ桜の花びらだけが記憶の底に留まった。
大きくなったら大好きな人とここに来るんだ。
幼心の小さな決意はいつしか消えて、初音は大人になった。
そして知ってか知らずか、男と二人、桜吹雪の中にいる。
「初音」
「ん?」
ふと手を絡められ、初音は口から心臓が出そうになった。
直隆を見やると、赤い顔してそっぽを向いている。
そのくせ手は離さない。
やだなあ、もう。手を繋ぐだけで、こんなに嬉しいなんて、あたしは中学生か。
大人の恋愛というものは、色々な物が付属してくる。
純粋や素直さが邪魔になる場合もある。
保身、将来を見据えた駆け引き、いかに自分の値を釣り上げるか。
それが楽しくもあり、煩わしい時もある。
だから、不意打ちに弱いのだ。
心の中で言い訳をして、大きな手を握り返した。
風が吹いて、花びらが舞う。
「美しいのう」
感嘆したように直隆が言った。
「なあ、初音。知っておるか? 美しい、はえーごでびゅーちふると言うのじゃぞ」
知っているよ、そんなこと。
苦笑と共に出そうになった言葉を、慌てて飲み込んだ。あまりにも直隆の顔が得意げだったもので。
「へえ、知らなかった。直隆は物知りだね」
「全く、この世はびゅーちふるじゃ」
横にいる恋しい男は目を細めて、嬉しそうに微笑んだ。
あなたが横にいるだけで、世界は美しく輝いてしまう。
思春期の熱に浮かされたような気持ちで初音は思う。
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世界はとってもびゅーちふる。
今回、短いです。