華琳・春蘭・秋蘭side
【華琳】
正直、私はどうしてこんな事をしているのか、自分でも分かっていなかったわ。
秋蘭にどうするのか聞かれ、春蘭が別の事をすればいいと言った。
その後の私は、自分でも驚く行動に出たわね。最初は困らせてやればいいと、そう思っていたわ。
だから膝の上に座り、その反応を楽しもうと思った。これは間違いないわね。
だけど、どうして男なんかの腕を、抱え込んでいるのかしら?
そもそも、男の膝に座ろうと思った事自体が、普段の私からしたら異常な出来事だわ。
でも、北郷の腕を抱えてると、酷く安心する。何でなのかしら?
今まで私が出会った男は、本当に屑の様な者達ばかりだったわね。
洛陽に来る前は、春蘭も秋蘭も男を近付かせない言っていた。だけど、結果はどうかしら?
そう言っていた二人は、……まあ、春蘭は騒いでいるけど、秋蘭は春蘭を抑えてるみたいね。
でも、どこか二人共本気でやっていない気がするわね。本気を出していたら、春蘭を秋蘭が止める事は出来ないでしょうしね。
それに、孫策と周瑜が北郷の近くにいる事で、苛ついていたのもおかしい。
将来の部下に欲しいと思ってはいても、二人がそういった目的で北郷の傍にいた訳じゃないと分かった。なのに、苛ついた。
どれだけ思考を巡らしても、答えに行き着かないわね。だから――。
「今はダメね」
「何がダメなの? ……と言うか、曹操さん。そろそろ、離れません?」
「あら、孫策はよくて、私はダメなのかしら?」
「そういう訳じゃないんですけど……」
「なら、何も問題ないわね」
答えが出ないのであれば、今はこの一時を満喫しましょう。
ふふふ……本当に不思議な男ね、北郷は。
【春蘭】
私は今、本当に不愉快だ! その理由は、華琳様の隣にいる北郷だ!
華琳様と腕を組んでいるというのに、疲れた様な顔をしおって! 私なら喜びの余り、疲れなど感じないぞ!
……だが、この光景をどこかで見た事がある気がする。先程から私は北郷に対して、何か懐かしい物を感じる。
無くしてしまった宝物が、何年も後に出てきた様な。そんな感じだ。
それに庭で会った時も、似た物を感じた。
なぜか、北郷を蹴り飛ばすのが当然だと思っていた。剣を持っていたら、それで斬りかかっていた程に当然だと。
……ええい! 私があれこれ考えても仕方ない! 考えるのは、秋蘭の仕事だ! 私がするべき事は、ただ一つ!
「離せ秋蘭! 華琳様をお助けせねばならんのだ!」
「だから、落ち着けと言っているんだ、姉者! 今はまずい!」
「まずいも何もあるか! 華琳様ぁ! どうして、男などにぃ!」
「私も不思議だが、華琳様自らされているのだ! 邪魔をすれば、後で何を言われるか分からんぞ!」
「うぅ~……だ、ダメだ! やっぱり、我慢出来ん!」
「あ、姉者ぁ!」
秋蘭が何と言おうと、私は自分の本能に従う!
男など不要! 私達が華琳様のお傍にいればいいのだ!
だから、北郷! 覚悟しておけ!
【秋蘭】
なぜ私は、こんな摩訶不思議な空間にいるのだろうか。
出立前に華琳様は、私達に男を近付かせない様にと言っていた。私達もそれを了承していた。
だが、蓋を開けてみればどうだ? 姉者も本気で行動しようとしていない。幾分かは本気のようだが。
そして、華琳様だ。華琳様の行動が、一番おかしい。
甘やかされて育った高官の息子に、どうしてあそこまで執着する。
孫策と周瑜とやらと会話をしていた北郷に、椅子を勧めた。ここまでは、おかしな事は一つもない。
疲れから御子様を落としでもしたら、大変な事になるからな。
だがその時の華琳様は、姉者をからかう時のような。面白い事を思いついた時の顔をしていた。
それに、庭での一幕もそうだ。姉者が北郷を蹴り飛ばし、華琳様が北郷に近付いて何かを話していた。
その様子を後ろから見ていた私は、既視感というか、酷く懐かしい光景を見ている気がした。
……おかしなものだ。今日始めて北郷を見たと言うのに、懐かしいと感じるなど。
おっと。力が緩んでいたか。
「姉者! 頼むから、今だけは辛抱してくれ!」
「ダメだ!」
「後で、姉者が華琳様に怒られるのだぞ!」
「おしおきなら、かまわん! むしろ、嬉しい!」
「おしおきで済まないと、なぜ考えない?!」
「華琳様は、私を愛してくれてるからだ!」
ああ、ダメだ……。今の姉者に何を言っても、無駄のようだ。
北郷、骨は拾ってやる。だから、姉者を止められない私を恨むなよ?
雪蓮・冥琳side
【雪蓮】
今、私が腕を組んでいる男は、本当に不思議な男だと思うわねぇ。
お父様に面白い物が見れると言われて、外で隠れて見てたけど、まさか公正な判断で有名な北家当主と、厳格な曹家当主が。ねぇ?
でも私が一番面白いと思ったのは、御子様を肩車していた男の子ね。普通、頼まれたからって、後の帝を肩車なんて出来ないわよ!
それに、第二位の劉協様をその腕で抱えてるなんて。きっと、この子は将来大物になるわ。私の勘がそう言ってるもの。
でも、何でかしらね。
北郷が曹操達と入ってきた時。何も話してないのに、近くにいるのが当然だと言わんばかりの雰囲気は。
それを感じたら、邪魔をしたくなっちゃったのよね。だから、思わず背中を軽く撫でたんだけど……堪らないわね。
でも、何で私は北郷の腕を抱えてるのかしら? 最初は曹操と一緒になって北郷をからかおうと思ったんだけど。
何だか、安心出来るのよね。そう、昔から知ってる様な懐かしさと、暖かさを感じるのよね。
冥琳も、何時もと様子が違うし。本当に不思議な男の子ね。でも今は。
「ねぇ、北郷」
「何ですか、孫策さん。それと、そろそろ腕を放しませんか? そうすれば、曹操さんも――」
「じゃあ私が離しても、曹操が離れなかったら、またしてもいいのね?」
「いえ、何でもないです……好きにして下さい……。それで、何ですか?」
「ん。やっぱり、私達。どこかで会ってない? そんな気がするのよね」
「孫策さんの気のせいじゃないですか? 僕は、孫策さんに会った覚えありませんよ?」
「そうよねぇ。でも、私達会ってる気がするのよねぇ……。何でかしら?」
私の言葉に、北郷は首を傾げるだけ。まあ、北郷に聞いても答えが出る訳ないわね。だって、本当に私にも分からないし。
まあ、今はいいわ。逆に曹操がいるのは、何だか気に食わないけど。
それでも、北郷の腕を離すって選択肢には負けるしね!
【冥琳】
目の前の光景を見ていて、私は自分が自分でいられない錯覚を覚えていた。
北郷の笑みを見てから私はもちろん、雪蓮の様子もどこか違う。建業を出立する前の雰囲気に、どこか似てるのだ。
そう、夢の話をしていた時の雰囲気に。夢の中で見た男も、北郷の様な暖かい笑みを浮かべていたのではないか?
夢の中の男の顔は分からないが、目の前の北郷と夢の男。この二人は、どこか雰囲気というか……暖かさが似てる気がするのだ。
――ふっ。私らしくもないな。頭ではなく、感覚で考えるなど。
しかし、本当に不思議な男だ。曹操は男嫌いと聞いていたが、そんな様子は微塵も感じない。夏候姉妹も、男を曹操に近付けたがらないと、孫堅様も言っていたな。
今はそんな事は関係ないな。私らしくもないが、今は自分の欲に忠実になるのもいいかもしれない。
「なあ、雪蓮。そろそろ、私と変わってくれないか?」
「やーよ。何だか、ここ安心するんだもん」
「ちょっ、周瑜さん!? あなたなら、止めてくれると思ったのに! 僕の気持ちを裏切ったね!」
「いや北郷、しかしだな……。何故だか分からないが、私もお前と腕を組んでみたいと思ったのだ。……しかし、今は雪蓮も曹操も離れる気はないみたいだな。
私は諦めるとしよう……。残念だがな」
「……喜んでいいのかな? 現状が変わってないんだけどなぁ~……」
うな垂れる北郷が、少し可哀想にも思えるな。だが、今の雪蓮を止める事は出来ないんだ。
お前がいなくなった後の事を考えると、私は被害を被りたくないのでな。許せ、北郷。
一刀の周りが騒がしくなってから少しして、外でやりあっていた曹嵩と北狼が部屋に戻ってくる。
激しく殴り合っていた筈なのに、二人の服に少しも汚れも乱れもない。
二人の様子を見た劉宏と孫堅は、まあ何時もの事かと何も聞かなかった。
しかし、戻ってきてから目にした光景は、曹嵩からしたら唖然としてしまう物だった。
「……俺の娘と夏候姉妹は、男を嫌ってるはずなんだが……。おかしいな」
「俺にも分からん。内の娘も、北のの息子と顔をあわせてから、何か変なんだよな。その親友もな」
「朕にも分からぬ。……朕の息子達も、北のの息子の膝の上で、楽しそうに笑っておるしな。あんな笑顔は、初めて見たぞ」
「……またか」
三人の父親は、娘と息子達が見せる光景に驚く事しか出来なかった。だが北狼だけは、仕方ないなと苦笑を浮かべていた。
一刀が周りに視線を向ける様になってからは、よく見かける光景の一つだったからだ。
行き急いでいたと言えばいいのか。別段、民に向ける視線が暗い物ではなかったので、民には嫌われも好かれもしていなかった。だが、心の余裕が出来てからは、雲泥の差が出たのだ。
困っている人がいれば、出来る限りの手助けをし。自分に無理だと判断すると、警邏の兵に声を掛けて説明する。
商人とも、楽しそうに話していると、峰から聞いている。時間があれば、民の子供達と遊んでいるとも。
洛陽の民に、酷く慕われている。親として、これ程嬉しい事はないのだろう。報告を聞く時の北狼は、親バカ全開な笑顔を浮かべているのだから。
「まあ、一刀のこれは何時もの事だ。気にするだけ無駄だぞ」
「あー、北の。お前の息子……郷だったか? どうだ、娘の婿にくれんか?」
「孫の。さっきも言ったが、一刀を婿にやる気はないぞ」
「いや、だがな。こう言ってはなんだが。雪蓮は、そこらの男よりも強くてな。嫁の貰い手がないと思うんだ。だが、あの様子なら、問題ないと思うんだが」
「待て孫の。北の……さっき言った事を取り消そう。どうだ、華琳の婿に。いや、くれ。死ぬ前に孫を見たい。いいだろ?」
「取り消すのは勝手だ。だが、一刀は婿にやらん。北家を継いで貰うんだからな」
「うむ、それがいいな。朕の息子達の、よき友人、よき忠臣となろう。みすみす、遠くにやる必要はない」
「だがなぁ……。そうだ! 雪蓮に冥琳もつけよう! どうだ! 武と知に長けた妻達だぞ! それに、来る途中に民に話を聞いた限りでは、民にも好かれてるそうじゃないか。ちゃんと民に目を向けれるなら、最高の婿だからな」
「む……。一刀は、確かに武と知には長けているが、天賦の才はないらしい。それを補ってくれる妻か……悪くないな」
「では、曹家の勝ちだな。華琳は全てに優れる天才だ。夏候姉妹も俺が見た所、そこまで郷を悪くは思ってないみたいだしな。それだけの男ならば、時間をかければ良さに気付くだろう。どうだ?」
「それもいいな……」
「何度も言わせるでない。北のの息子は、朕の息子達と離さんぞ!」
一刀と娘達が繰り広げる一幕を見て、勝手気ままに将来設計を企てる親四人。
最初は一刀を婿にやらんと言っていた北狼だが、峰の言葉を思い出してから一転。支える事が出来る嫁を探す事にしていたので、これ幸いと孫堅と曹嵩の話に乗っかる。
帝の忠臣と言うのも捨てがたい。だがしかし、それは支えあう関係にはならないなと、意識的に除外していた。
父達の会話が、嫌でも聞こえる距離にいた子供達と言えば。
「と、私の父上は言ってるけど、北郷……もういいわ。真名を交換しましょう。私は華琳、あなたは?」
「か、華琳様! 男などに真名を預けるなど!」
「黙りなさい、春蘭! これは通過儀礼なのよ!」
「ですが!」
「……私のいう事が聞けないのかしら?」
「そういう訳では……」
「では、いいわね? それで、北郷の真名はなんて言うのかしら?」
華琳の言葉に春蘭が食らいつくが、一喝して黙らせ再度聞き返す。
それに、我幸いと雪蓮達も乗る。
「それもそうね。ここまでしておいて、真名を交換してないのもおかしな話よね。私は雪蓮よ、よろしくね?」
「ふむ。たまには、雪蓮もいい事を言うな。私は冥琳と言う。今後ともよろしくな?」
「諦めろ、姉者。こうなった華琳様が、止まらないのを知っているだろ? 華琳様が預けるならば、私も言わない訳にはいかないな。私は秋蘭。これから、何かと苦労するとは思うが、よろしく頼む」
「う~……。私は春蘭だ! いいか、仕方なくだぞ! 私だけ交換しないのは、不忠だから交換しただけだからな!」
一気に真名を言われた一刀だったが、いいのかなぁ~と思っていた。
(曹操さんは通過儀礼って言うし、孫策さんはここまでしてって言うけど……。僕と腕を組んでるだけでしょ? あれ、普通しないよね? 僕達、初対面だよね? ……あれ?)
「どうしたのかしら? 北郷、あなたの真名は?」
「いや、曹操「華琳よ」さん……。いや、でもね? そう「華琳!」……分かりました。華琳さん、これでいいですか?」
「さんもいらないわ。同い年だし、親も仲がいいみたいだしね」
「はぁ……。僕の姓名は北郷、真名は一刀です。皆さん、宜しくお願いします」
「むぅ……。べんのまなは――」
「弁! 真名はいかんぞ!」
置いてきぼりにされていると感じた劉弁が、真名を口にしようとした瞬間、父である劉宏がそれを厳しい声で諌めた。それに、何かを思い出したのか、うな垂れながら謝る劉弁の姿があった。
「あ……ごめんなさい、とうさま……」
「分かればよい。すまぬな、北のの息子よ。朕達、天子の一族は、真名を伴侶以外に教えてはいかんのだ。許されよ」
「いえ、気にしてませんから。それと、弁もありがとうね? 教えてくれようとして」
「いいのじゃ! ごうと余はゆうじんじゃからな!」
「だぁ~!」
その言葉が嬉しくて、一刀は笑顔で頭を撫でながら「うん、そうだね」と答えていた。
劉弁と劉協を気にしていた為に、気付かなかった。一刀の真名を聞いてから、今まで騒いでいた娘達全員が押し黙っている事に。
気付けば、一刀の腕は解放され。各々が、何かを思い出そうとしているようだった。
「ん? 皆、どうしたんだろうね?」
「余にはわからんぞ?」
「華琳達はどうしたと言うんだ?」
「俺に分かるか。北の、分かるか?」
「いや、分からん。宏の……も分からないよな」
北狼が聞く前に、劉宏は首を振る事で答えていた。
華琳達が考えている事は、全く同じ物。それは、『北郷……一刀……?』と。
何かを思い出せそうで、思い出せない。出そうで、出ないというもどかしい思いをしている華琳達。そして、その娘達を見守る父の姿が部屋にはあった。
だが、二つの声で、それは破られる。
「がーはっはっはっは! どうじゃ、麗羽! これが皇宮じゃぞ!」
「おーほっほっほっほ! 素晴らしいですわ! 何が素晴らしいって、兎に角素晴らしいですわ、お父様!」
……声が聞こえた瞬間、劉宏は頭を押さえ。北狼は、冷や汗を垂らし。孫堅は、嫌だ嫌だとばかりに頭を左右に振る。曹嵩は、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべていた。
「おい、袁家に教えたのは誰だ……」
曹嵩が静かに聞くと、劉宏と孫堅は首を振り……北狼だけが、視線を横に流していた。
「そうか、北の。お前が教えたのか……」
「いや、しかしだな。お前達が袁家を嫌ってるのは知ってるが、立場上、聞かれたら教えない訳には――」
「黙れ。いいか、嫌ってるんじゃない。あの笑い声を聞くと、虫唾が走るんだ。存在を許したくないんだ。……分かるか?」
曹嵩の雰囲気に、北狼は首を縦に振る事しか出来ないでいた。先程までの、和やかな雰囲気は綺麗に消え去り、曹嵩がかもし出す雰囲気だけが充満していた。
何時もなら嫌がるはずの華琳達は、考えに没頭している為か反応しない。雪蓮と冥琳も、同じ状態の様だ。一刀と劉弁だけが、「え、何? この笑い声……」と右往左往していた。劉弁と劉協を抱えたまま。
「悪いが、帰らせてもらうぜ? 雪蓮と冥琳を、あいつに会わせたくないんでな」
「すまないが、俺も帰らせてもらおう。既に華琳達は手遅れだが、会わせないに越した事はないからな。それと北の。さっきの件、よく考えておけ。冗談で済ませる気は、俺も孫のも無いからな? ――劉宏様、下がらせて頂きます」
曹嵩の言葉に、頷く事で答える北狼。まだ、先程の恐怖が抜けきってないようだ。
頷いたのを見て、曹嵩は華琳と秋蘭を腕に抱え、春蘭を背負うと部屋を出て行く。
「まあ、気にすんなって。お前は悪くないんだからよ。まあ、まだ洛陽にはいるから、今度お前の家に行くわ。んじゃ、またな。劉宏様、失礼致します」
一言残して、孫堅両腕に雪蓮と冥琳を抱えて、部屋を後にした。
部屋に残ったのは、何が起きているのか分からない一刀と劉弁。まだ頭を抱える劉宏。一刀を会わせてもいいものだろうかと、悩む北狼が残っていた。
(このまま、部屋を間違えてくれないかなぁ~。無理だよなぁ~……あいつの家系って、変に運あるし……。すまん、一刀。不甲斐無い父を許せ!)
覚悟を決めた北狼は、袁家に一刀を会わせる事を決意した。最後に謝っているが、あの家族が巻き起こす惨状を知っているだけに、諦めたとも言える。……逃げても、見つかりそうだしと。
「お、ここだ! ここの部屋の気がするぞ!」
「あら、奇遇ですわね、お父様。私も、ここの気がしますわ!」
(やっぱり、ダメかぁ……)
「失礼致しますぞ、皇帝陛下!」
「失礼致しますわ!」
そう言って部屋に入ってきたのは、金色の鎧を身に纏う、金髪で男爵ヒゲを生やした男が一人。金色の服を身に纏い、そんなに長くない金髪を、無理やり巻いている女の子が一人。
「う、うむ。よくぞ、参った。袁成、袁紹よ」
「ようこそ、袁家の皆様……」
「なんじゃ、なんじゃ! 曹嵩も孫堅も帰ってしまったのか! ならば、もう少々早く来ればよかったの! のぉ、麗羽!」
「そうですわね、お父様! 私も、久しぶりに華琳さんに会いたかったですわ! それに、江東の虎と呼ばれる孫堅様の娘さんにもお会いしたかったですわ!」
「そうじゃろう、そうじゃろう! おい、北家! なぜワシらが来るまで、待たせておかなかったのだ! まったく、何時も暗いのぉ! そんな事だから、仕事の一つも出来んのだ! もっとワシを見習え、ワシを! 三公を輩出した袁家のワシをな!」
(あんたが来たから、二人共帰ったんだよ……)
「ああ、そうですわ! 北家の嫡男は、神童と呼ばれてるそうではありませんか! で・す・が! 神童とは、私の様な! いいですか? 私の様な、将来の袁家を担う者にこそ、相応しいのですわ! そうは思いませんか? お父様!」
「うむ! 全くもって、その通りじゃ! さすがは、麗羽! よく分かっておるではないか! して、その息子とは、どこにおるんじゃ?」
「はい……僕が北郷です……」
「あら、あなたでしたの? どうして、そんな隅っこで座ってらっしゃるの?」
「いえ、ちょっと圧倒されてしまったので……」
(分かる! 分かるぞ、一刀! だが、これはまだ序の口なんだ! 袁成は、まだまだこんなもんじゃないんだ!)
「圧倒? ああ、それも仕方ないですわね! 知らずに出てしまう、高貴な雰囲気に圧倒されてしまったんですわね!? それは、申し訳無い事をしましたわ!」
「それもあるんですけど……。どうしてお姉さんも、そこのおじさんも。そんなに無理してるのかなって」
「な、何を言っておる!? ワシは無理などしておらんぞ!?」
「そ、そうですわよ!? こ・れ・が! 私、袁紹ですわ!」
「ん~……ごめん、弁。また今度ね? ちょっと僕、このお姉さんとお話してくるから」
「わかったのじゃ! ごうはらくように、すんでるのであろう? ならば、余のなにちかって、くることをゆるすぞ!」
「うん、分かった。またね? じゃあ、父上。ちょっと外に行ってくるね。行くよ、お姉さん」
「ちょっとお待ちなさい! 一体、何ですの!?」
ずっと腕に抱えていた弁を下ろし、協を任せた一刀は、袁紹の腕を取って部屋から出て行った。
それを見送った後、北狼が気になったので、聞いてみる事にした。
「それで、袁成様。無理をしているのですか?」
「何を言う、北家! ワシは無理などしておらんぞ! がーはっはっはっは!」
(……俺もまだまだだな。やはり、子供の感性は凄い。いや、一刀の人を見る目がいいのか? どっちにしてもこの人が、何かに無理してるのが分かっただけ、ましか)
「ちょっと! どこまで行きますの! いい加減、お手を離しなさいな!」
「ん、ここなら大丈夫かな? で、お姉さんは、何で無理してるの?」
一刀に手を引かれ、部屋から大分離れた場所で、先程と同じ質問をする一刀。
「だから、先程も言いましたでしょ? 私は無理などしていないと!」
「でも、お姉さんが笑ってる時、目が笑ってないよ? 本当に嬉しそうに笑う時って、目も笑うでしょ?」
「いいえ! いいえ! 私は、心の底から笑ってますわよ!」
「ダメだよ、お姉さん。嘘を吐くとね、静かに話す事が出来ないんだよ? さっきから、大きな声を出してる。だから、嘘だよね?」
(何ですの!? 何でこんな子供が、こんな目をするんですの!?)
袁紹は、一刀の目に恐怖を覚えてしまった。どこまでも深く、自分の心の底まで見通している様な目を。
袁紹・麗羽が感じてしまったのは恐怖だが、それだけではなかった。どこまでも広く、自分を包み込んでくれると錯覚させる、暖かさをも感じていた。
今までの自分が、根底から否定されてしまう。そんな錯覚を覚えてしまったのだ。
だからこその恐怖と安心感という、相反する感情を抱いてしまった。
「ねえ、お姉さん。僕でよかったら、話を聞くよ? だから、どうして無理して笑ってるのか、教えてくれない?」
「……ですわよ」
「え?」
「うるさいですわよ! あなたの様な子供に、何が分かると言うんですの! 名家に生まれた私は、生まれながらに将来を渇望されてましたわ! 出来て当たり前、出来なければ恥さらし! 袁家も私でお終いと! お父様はああいう性格でも、ちゃんと治世をしていて、問題視されておりませんわ! あなたに分かって?! そんなお父様と比較され続ける私の辛さが!」
「お姉さん……」
気付けば麗羽は、話していた。今まで誰にも言った事の無い、思いの内を。一刀の目に見つめられ、我慢出来なかったのだ。 澄んだ目に見つめられ、何も辛い事を知らず安然と過ごしてきたお坊ちゃまに、世の醜い部分を教え、少しでもその目を曇らせてやりたいという、嫉妬にも似た感情と共に。
だが、一刀は。
「ごめんね、お姉さん……僕、そういう人達がいるなんて知らなかった。辛かったよね。そんな中で、一人で頑張ってきたんだから」
「あなた……」
「でも、これからは一人じゃないよ。僕がいるしね? それに、華琳さん達に話せば、絶対に助けてくれると思うよ? だから、もう無理しないでいいんだよ」
一刀は、麗羽の頭を優しく撫でながら語る。顔に笑顔を浮かべて。
「……あぁぁぁぁ! 辛かったんですわ! 本当に、本当に……!」
「うん……うん……」
自分に向けられる優しい笑みと言葉に、麗羽は思った。自分は、もう無理をする必要はないのだと。自分に、なんの才能も無い事には気付いていた。だけど、生まれた立場がそれを許してくれなかった。だから父の真似をして、バカな者だと周囲に思わせる様にしてきた。だけど、もう本当に無理をしなくていいのだと、心から感じる事が出来たからこそ出た――涙と嗚咽だった。
なぜ九歳の一刀が、麗羽が無理をしている事に気付く事が出来たのか。それは峰や仲のいい洛陽の人々が教えてくれた、自分とそっくりだと思ったからだった。
無理をしている人は、殆どの人が同じ様な雰囲気を出すと峰は教えていた。
だからこそ、一刀は袁親子が無理をしている事に気付く事が出来たのであった。
地面に座り込み泣く一人の女性と、それを慰める一人の少年。それはあたかも、一枚の絵から抜き出てきた風景の様で。戻ってこない麗羽を心配して見に来ていた袁成は、柱に隠れながら一筋の涙を流していた。
泣き疲れて眠ってしまった麗羽を、どうしたらいいのかと考えていた一刀だったが、そこに袁成が来て、一言だけ礼を言ってその場を後にした。
なぜ礼を言われたのか分からない一刀だったが、袁成からも無理をしている感じが消えていたので、笑みを浮かべて見送った。
それから少しして、劉宏との話が終わった北狼が一刀を迎えに来たので、一緒に戻っていった。
家で夕食を取りながら、今日の出来事を楽しそうに話す一刀を見て、北燕も笑顔で聞いていた。
洛陽の夜は、こうして静かに過ぎて――。
「ああ、一刀。お前に、許婚が二人……いや、五人か。出来たからな」
『ええぇぇぇぇぇぇ!?』
行く訳が無かった。
北家以外の二箇所でも時を同じくして、驚きの声が夜空に消えていく。
外史の歯車は、また一つ回る。
悲しみの連鎖を止め、乙女達の涙を止める為に――。
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自分の文才の無さに、嫌気がさしてきた夢幻です。
3時間で書き上げる事が出来ても、内容が薄い気がしてならないので、2時間推敲しても余り変わらなくて……。
楽しみにしてくれてる方々には、本当に申し訳なく思います。
ですが、これから少しずつよくなるように頑張りますので、宜しくお願いします。
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