「皆聞いてくれ」
俺はそういって切り出した。
その部屋にいたのは劉備さん、蓮華、祭さん、明命、そして俺。
皆が俺を注目したのを確認して、俺は蜀に内乱の虞が有るらしいことを話した。
劉備さんを前にそれを言うのはひどく気が重かったけれど、言わねばならなかった。
驚いたのは意外や意外、劉備さんだけだった。
蓮華はともかく、祭さんが驚かないのはいったいどういうことだろうかと見ていると、祭さんは首をすくめてみせた。
「王が不在であることや、乱心の噂が他国にまで届いておることからして・・・まあ、民が安らかであるとは言い難いとは思っておった」
当然じゃろ、とでも言うような祭さんをみて、さすがだなと思わずにいられない。
何かが起こるとき軍師たちは己でそれが起こることを導き出し、俺や蓮華のような未熟な人間は軍師たちから教わるものだが、祭さんはその豊富な経験から自ずと答えが浮かぶのだ。
何が悪手で、そこからどのように影響し、何が引き起こされるのか。
それは一朝一夕で身につくことではないのだろう。
顔を青くしていた劉備さんだったが、彼女は傾きかけたその心をグッと立て直し、俺を強い目で見つめてきた。
「もっと詳しく聞かせてもらえますか」
そういって前を見ている劉備さんは凛々しくて、やはりこの女性は王なのだと改めて知る。
俺よりも蓮華のほうが詳しいだろうと視線をやると、蓮華は少しだけ困ったような顔をして、口を開いた。
「私もそこまで詳しくはないのだけれど・・・。冥琳が言うには、どうも蜀の中でも下級官吏たちと、戦から帰還した兵の間で反感が強まっているらしいわ」
それをきいて苦々しげな顔をした祭さんは、きっと呉で再会した部下のことを考えているのだろう。
門番をしていた彼は、祭さんがいない隊には未練がないと言っていた。彼も、そして俺の知らない他の祭さんの部下の人たちも、すべてにおいて満ち足りているとは言えないはずだ。
どこかでなにかがズレていたら、内乱が起きていたのは魏であったかもしれないし、呉であったのかもしれないのだ。
「あのっ、よろしいでしょうか!」
挙手する明命に、どうぞ、と手で話を促す。
そういえば、明命は呉で諜報について任されているのだったか。
「はい、では失礼して。
・・・内乱の虞についてですが、未だ虞の域を超えるほどではありません。しかし、いつ暴発するかわからないこともあり、冥琳様はひどく危惧しておられました。その・・・」
一瞬だけ劉備さんをみて、しかし彼女ははっきりと言った。
「劉備殿の理想は美しくて誰にも尊ばれるもので、蜀の民は誰よりもそれを信じていると思われます。ですからそれが正しく履行されていないと知れたときの反応が読めなくておそろしい、と」
「・・・そう、だね。確かに私たちの理想についてきてくれた人ばかりだよ。もちろんそれだけってわけじゃないけれど。でも・・・」
何かを言い募ろうとする劉備さんに、祭さんが待ったをかける。
「お待ちくだされ、劉備殿。言いたいことはなんとなくわかりますが、それは儂らに言ってもしようのないことです。真に語るべきは他にいる。そうではありませんか」
ここで言い訳する必要はない。不安を抱いている民にこそ言ってやれ。
・・・祭さんはそういっていた。
一瞬だけ気まずい雰囲気が場を支配して、俺はそれを断ち切らんと声を張り上げた。
「とにかく、俺たちは決めなくちゃいけないと思うんだ。・・・要するに、劉備さんをどう助けるのかってことだけど」
大まかに分けると、俺達がやれることはふたつに分けられる。
弁護するか、匿うかだ。
前者は非常に難しい。なにせ事を起こしてしまっているわけだから。蓮華はともかく、俺の意見がまともに取り合ってもらえるとも正直思えないしな。
後者はある意味簡単ではあるが、短絡的であるとも言える。劉備さんが表舞台へ出る機会を失わせてしまう側面もある。
・・・両者とも、失敗すれば同じ結末が待っている。
悪戯に平和を乱した罪は重い。華琳も雪蓮も、個人の感情を挟まず、王として彼女を裁かねばならない。
俺たちの頭の中にある彼女の罪状は――おそらく本人も自覚しているのだろうけど――死刑だ。
操られていたのだとしても、王であっても・・・いや、王であるからこそ。
明命が抹殺の任を帯びていることからもわかる。
劉備さんのやったことを、軽々しく許すことは誰にもできない・・・。
「北郷さん」
その声は、劉備さんのものだった。
「私は・・・蓮華ちゃんたちが助けてくれるって言ってくれるのは、本当に嬉しいです。だけど・・・」
何かを呑み込むような、決意したような顔で、劉備さんは言った。
「もう逃げないって、決めたんです。・・・責任をとろうと、思います」
「桃香!」
蓮華が思い切りよく立ち上がる。その目は戸惑いと、怒りが少しだけ混じっているように見えた。
「お前は操られていたのだろう、なら・・・!」
「蓮華ちゃん・・・」
「権殿」
今にも言い合いが始まりそうなふたりを一言で制したのは、祭さんだった。
「権殿こそ、この中にいる誰よりもわかっておられるのではありませんか。王という立場を、その責任を」
「祭さん・・・!」
自然、咎めるような口調になってしまう。
劉備さんを見捨てろと言っているのかと思ってしまったからだ。
祭さんはそんな俺をみて、にやりと笑った。
「だから、儂らは劉備殿を庇う方向で物を考えなければなりません、な?」
言葉は蓮華に宛てられたものだったが、その笑みは俺に向けられたものだった。
諌められたのだとわかり、顔に血が上る。
「黄蓋さん・・・」
劉備さんは少しだけ驚いて、次に申し訳なさそうな表情になって、最後にはやわらかな笑みを浮かべていた。
「あの、黄蓋さん、北郷さん。・・・私のことは、桃香と呼んでいただけますか」
俺と祭さんは顔を見合わせて、その言葉の重さを認識した。
彼女は俺たちを信頼してくれたのだ。
俺は礼を言いつつ、自分には真名がないことを告げた。
「頂きましょう。そして、我が真名は祭。信頼に応えるため、何があろうとも桃香殿をお守り申し上げましょう」
そういって胸を叩く祭さんの言葉は、とても力強かった。
「さて、話はまとまったようですな」
「えっ?」
突然の来訪者に、俺は椅子から立ち上がらんばかりに驚いた。
そこには、さきほど退出願った面々――秋蘭と星と鈴々――がいたからだ。
「一刀・・・お前という奴は」
秋蘭のよこす、鋭い視線が刺さる。俺は身を縮ませるしかなかった。
それを楽しそうに眺めながら、星はさらっとこんなことを言った。
「随分と面白い話をなさっていたようですが、もちろん我々にも一枚噛ませていただけるのでしょうな」
「えっ・・・いや、それは」
「よもや天の御使いともあろうお方が、主を救わんとする臣下の思いを無下にするはずもないでしょう?」
ニヤニヤと笑っている星は、しかし真剣だった。
そりゃそうだ――俺だって華琳が危機に立たされているのなら何が何でも救いたいと思うだろう。
葛藤している俺の足元に、きゅ、と鈴々が抱きついてきた。
「う・・・っ!」
上目遣いで、涙をためたまま、ひたすら俺を見つめてきていた。
お願いなのだと言わんばかりに、しかしけして口には出さず目で訴えてくる。
・・・こんな拷問が他にあるだろうか?
沈黙の中、ため息混じりで口を開いたのは、蓮華だった。
「・・・駄目だ。勢力を絡めては、行動が制限されるし・・・なにより、秋蘭殿が黙ってはいないだろう」
「いや、私は構わないが」
「はあ?」
蓮華の反駁を、秋蘭はいとも簡単に封じてしまう。
「え?いや、でも、あの、秋蘭・・・?」
「魏に仇なすことはもちろんしないがな。しようとするのなら我が身をもって止めよう。しかし、そうではないのだろう?」
そりゃ、俺だって魏に帰ると約束しているんだし、華琳に顔向けできないようなことはしないつもりだけど。
俺と蓮華がどうしようかと頭を悩ませていると、祭さんがこんなことを言ってしまった。
「何を悩むことがあるんじゃ・・・桃香殿をちゃんとお救いできれば、何も問題は起こるまいよ」
かっかと笑ってみせる祭さんに、俺と蓮華はあっけにとられる。
や、失敗したらどうするんだよ・・・?
「やる前から失敗したときのことを考えてどうする。一刀、お主も男じゃろう。何が何でも成功させる、くらいの意気でおらんか!」
ばしぃっ
「~~~~~~~ッ!!」
強く背中を叩かれて、俺は声も出せずに悶絶する。
だから俺は、もうどうしようもなさそうね、と疲れ果てたような目で告げてくる蓮華に応えることはできなかった・・・。
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みなさんどうもお久しぶりです、日付を気にせず左上を見て「あれぇ?」となったRocketです。
まったくけしからんウィルスですね(ネーミングが最高。皮肉が利いてて私は好きです)。
最近なかなか投稿できなくてすみません!春休みは忙しくてw
お詫びではないですが、今日含めて三日連続で連日投稿する予定です(要するに第23・24・25回ですかね)。
楽しんでもらえるよう精進しますので、なにかありましたら忌憚なくコメントをお寄せくださいね。
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