No.132081

ビューティフル 6

まめごさん

新キャラ登場。

2010-03-24 17:34:11 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:534   閲覧ユーザー数:525

遠くでケータイが鳴っている。

林田博はうめきながら、ベッドから手を伸ばし、それをつかんだ瞬間、下に転げ落ちた。

床に散らばっている大量のレポート用紙を下敷きにしながら、構わずケータイを開く。

「……なんや」

「兄ちゃん、まだ寝ていたの?」

愛しの馬鹿弟のひっくり返ったような声がする。

「今日、店長に会う約束だったんだろう。待ち合わせは一時だろう。もう十二時じゃないか」

ああ。面倒くせえ。二時間しか寝ていない、朦朧とした頭でぼんやり思う。

なんで俺が弟の勤め先の店長に会わなきゃいけないんだ。

「だって歴女って嫌やねんもん…」

「今更文句は言わない!じゃないと、あれ、父ちゃんにバラすよ」

「…なんでそんな子にそだってしまったかねぇ、お前は。昔はもっと素直で…」

可愛い馬鹿だったのに。

いいから、さっさと支度をしてくれ。あわただしく言うと、弟は電話を切ってしまった。

ああ、本当に面倒くさい。

博はのそのそと起きると、身支度を整えた。

といっても着替えただけであるが。

木村初音という女を、よくは知らない。弟曰く、美人でスタイルのいい歴女らしいのだが、この歴女という存在を、博は嫌いだった。

ある時、合コンの人数集めに駆り出された席のこと。

内、一人の女子が、ゲームをきっかけに歴史に興味を持ったとキラキラした笑顔で言った。

理由はどうであれ、興味を持つことはいいことだ。

キャッキャと語る二十歳前後のその小娘が放った一言で、林田博は切れた。

「あっはははは」

大声で笑った次の瞬間、卓をひっくり返した。

「戦・国・武将が四文字熟語ごときの必殺技放つかぁあああ!聖闘士聖矢ちゃうねんぞ!」

お懐かしい!

と思わず声を上げた男どもはともかく、料理、ドリンクはグシャグシャになるわ、その小娘は泣き出すわ、女子たちは小娘かばってブーイングだわ、店員は駆け付けるわの大わらわになった。

きっと木村初音も同類に違いない。

顔も洗わず、ドアを開けると、暖かい風が吹いた。

ああ、もうすぐ春だねぇ。

愛車にまたがると、ペダルを蹴るように漕ぎ出す。御影通りの木々は、桜の蕾を付けていて、早いものは一つ二つと咲いていた。

 

 

その数時間前。

初音は新幹線に揺られていた。

「悪い人じゃないんですけど、子供なんです。八年も留年した揚句に未だ大学にいる人だし」

林田は兄をそう評した。

「気を悪くしたらすみません。先に謝っておきます」

初音はゆっくり首を振った。

自分のわがままで、相手に時間を割いてもらうのだ。

 

直隆はべったりと窓にへばりついている。その後ろ姿を見て、初音は笑いそうになった。

子供のように無邪気な仕草だからではない。いつまでも着たきり雀の彼の為に、服を作ってやった。ちょんまげ頭にフリルが似合うじゃないか。

「飛んでいるようじゃ」

あっという間に流れてゆく景色を見て、感嘆するように直隆がいう。

「実際は走っているけどね」

カーテンで隠しているため、他の人からは直隆は見えない。見えたとしても、酔狂な格好をさせられた人形としか思わないだろう。

お願い事を聞いてもらえるといいんだけど。

頭の中でシュミレートをしながら、初音は頬をついて、飽きずに外を見ている直隆を見やった。

 

待ち合わせ場所である三条土下座前(ベタすぎる)に立っているその女を見て、博は後悔した。

顔くらい洗ってくればよかった。

27と言っていたから年は同じなのだろう。それでも博の頭の中では、なんとなくチャラチャラした小娘だと思っていた。

違った。

御所に向かって土下座をする高山彦九郎像の下、背筋を伸ばし、ケータイもいじってもいない初音は、周りから浮いて見えた。

意志の強そうな顔をしている。美人だが、どこか柔らかさに欠けた感じだった。

「こんにちは、林田博さんですか」

近づいて行った博に、にっこりと笑いかけるその笑顔も。

「すんません。おそなりまして」

ぺこりと頭を下げると、初音は深々と頭を下げた。

「申しわけありません、お忙しい所をお呼び立てしてしまいまして。ご迷惑とは重々承知しておりますが…」

「待った、待った」

慌てて博は両手を振る。堅苦しいのは嫌なのだ。

「面倒な挨拶はいいですから。何か飲みに行きましょ」

こっち、と三条大橋の方を指差した。

 

鴨川の見えるカフェで、二人は向かい合って腰を下ろした。

「おれに話とは」

断ってから煙草に火をつける。

「侍の研究をしていると伺いました」

「…まあ、そですけど」

「単刀直入にお聞きします。戦国時代の北近江、浅井長政の家臣の一人に松本四朗直隆という人物がいたことはご存じですか」

煙を吐いた後、博はまじまじと初音を見やった。いっそ不躾なほどに。

「知らんな」

「…そうですか」

残念そうに息を吐いて、初音はちらりとカバンを見た。

「侍といっても、戦国時代だけに生きとったわけやない。平安時代、江戸時代や明治初期にもおった。概要はかなり変わっとるけどな。そしておれが研究しとるのは」

灰皿に煙草を押しつける。

「『菊と刀』て知ってます?」

「はい」

初音は頷いた。

「世界で最初の日本文化論ですよね?」

「正確にはアメリカ人類学史上最初の、やけどな」

第二次大戦にあたってアメリカは敵である日本の研究を人類学者であるルース・ベネディクトに依頼した。彼女は日本を訪れたことは無かったが、文献と日本移民の交流を通じてその書籍を出版する。

簡単に言ってしまえば、日本文化を文化類型論の視点から恥の文化ととらえ、日本人の恩や義理・人情の問題、恥の意識など分析したものだった。

林田博が着目したのは、その文化を育て、花開いた後期の侍たちの痛烈な美意識であって、戦国時代にはあまり関心がなかった。

「だから、悪いけど松本四朗直隆なんて田舎侍は知らん」

「侮辱するな、このげ…うげっ!」

初音のカバンから上がった小さな怒鳴り声は、初音の一撃で止まった。

「…なんです?今の」

「メールの着信音です、お気になさらず」

ほほ、とわざとらしく笑った初音は、今度は真剣な顔で博を見つめた。

「わたしだけでは、どうも調べられないんです。知り合いの方に詳しい方とかいらっしゃいませんか」

「何を知りたいんです」

この女はなんでこんなに必死なんだ。

博は思わず後ずさりしながら聞いた。

だいたい、なんでそんな名も知れない武将を調べようとする。その為にわざわざ東京から京都まで来たりする。好奇心にもほどがあるだろう。

「全てを」

「訳が分らん」

ほとんど叫びそうになりながら、博は言った。

「自分、なんか隠しているやろ。全部言えや、そんなら協力したる」

「分かりました」

初音の目が据わっている。

「林田さんは、口は堅いですか」

「えっ…?まあ、堅い方ですが」

「二人きりになれる所はありますか?」

「はいっ?」

「色々、言い訳を考えましたが、隠し事はせず、一切をお見せします。ですから他に人がいない所へ連れて行ってください」

瞬時に博の頭は回転した。

ここから近いラブホは木屋町の…。違う違う!NOそっち方面!

「ほな」

落ち着かせるため、煙草に火をつける。

「ちょっと遠いけど、家に来ますか」

 

レポート用紙と煙草が山盛りの灰皿が置いてある、散らかった自室で、博は信じられないものを見た。

「木村さん、これは…」

「松本四朗直隆さんです」

ちょこんと台の上に置かれた、ちょんまげ姿の…。

「なんでメイド服着てんの…?」

「仕様です」

フリルのメイド服を着用した侍だった。

 


 
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