No.129837

真・恋姫無双 ~美麗縦横、新説演義~ 蒼華繚乱の章 第八話

茶々さん

茶々です。
お久しぶりです。

先日ご報告致しました通り、今回から司馬懿が中心となります。その為、ここから数話ほどかけて軌道修正を行おうかと思います。
で、今回は軌道修正が一番効きやすい呉をメインに書きました。

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2010-03-13 22:12:21 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:2911   閲覧ユーザー数:2511

新・恋姫無双 ~美麗縦横、新説演義~ 蒼華綾乱の章

 

*一刀君は登場しますが、メインは基本的にオリキャラです。

*口調や言い回しなどが若干変です(茶々がヘボなのが原因です)。

 

 

第八話 仇討ちの牙、江夏を穿つ

 

 

 

河北の袁紹との対立が深まる中、周辺諸国にも徐々に動きが出始めた。

 

 

まず袁紹が、北の公孫瓉を破り河北四州を支配下に治めた。後顧の憂いを払うという観点から見ても上策と云えるこれをなして、後方に何ら敵を持たぬ袁紹はやがて南下する動きを見せた。

 

 

これと時を同じくして、南陽の袁術が隣国襄陽へと攻め入った。どうやら孫策が江夏の仇敵・黄祖を討つのに呼応したつもりで、孫策の方にいくと思われていた劉表の兵達がむしろ自分達を迎え撃った事でしっぺ返しを食らった様だ。

 

無論、孫策は黄祖を討って江夏を奪ったので、先代である孫堅の墓前にその首を捧げた事だろう。

 

 

 

 

 

そして、今――――――

 

 

「僕が総帥……ですか」

「あら?この私の意見が、納得いかないのかしら」

 

 

袁紹への対抗戦力として――表面上だけであるにしろ――友好関係にある劉備軍への救援軍の大将に、司馬懿が任命された。

 

 

華琳は本隊を率いて北上、洛陽の守備隊と連携して袁紹に備え、官渡で纏めて叩く方針だそうだ。

 

騎馬が中心の袁紹軍相手には、先に砦や陣地を築いて迎え撃った方が上。更に見栄っ張りの袁紹の事、必ずや全体の事も考えない大軍で無茶な力攻めに走るだろうから迎撃戦の方が更に上。

 

 

……要するに、本隊が袁紹領に攻め込むまでの時間稼ぎの役を押し付けられた格好だ。

 

 

「いえ……少々、疲れる方法しか思いつかなかったもので」

「そう。けど、負けはしないのでしょう?」

「―――お望みとあらば」

 

 

言って、礼を取るその所作に何ら気負う所はないのだろう。

淀みないそれを見て、華琳は満足そうに頷いた。

 

 

「兵はそうね……三万で足りるかしら?一応副官には菫と―――」

「華琳様~。その副官、風が引き受けるですよ~」

 

 

上座の華琳の声を遮って言ったのは、最近幕下に加わった軍師程昱、字を仲徳。真名を風という彼女は、その独特の間延びした口調同様、随分とのんびりした性情の持ち主だ。

 

 

だから、実は彼女が副官を希望するといったこの瞬間、俺は心中で意外半分の驚きを感じていた。

無気力というよりやる気のない様な彼女の性質は仕官後数日の内に複数名が看破しており、どうやら華琳も同意見だったのか玉座に腰かけたまま軽く目を見開いていた。

 

 

「おや~?もしかしてもう決まっていましたか~?」

「いいえ、まだだけど……随分とやる気ね、風」

「…………ぐぅ」

 

 

咄嗟に寝たフリ。

 

……まだ二週間ぐらいしか顔を合わせていないが、これも見慣れた感がある。

 

 

「……まぁいいわ。仲達、異存は?」

「何も」

「結構。では本日の朝議はこれまでとする。仲達、風、菫は直ちに出陣の支度に取りかかりなさい」

 

 

華琳の声を皮切りに、全員が一様に礼を取った。

 

 

その挨拶もそこそこに司馬懿はさっさと部屋を出て、その後を慌てて徐晃が追い、更にそれに続く形で風も退室した。

 

         

 

―――時は少し遡り、舞台は荊州・江夏へと移る。

 

 

折しもその頃、江夏周辺の防備を任されていた劉表の長子、劉琦は父の病状が優れないという報告を受けて、江夏の防備を腹心の黄祖に託して不在だった。

 

 

それを聞きつけた雪蓮はすぐさま軍議を開き、江夏奪取と母・孫堅の仇討ちの為に動く事を計った。

 

 

惜しくもその時、水軍都督の冥琳は参謀に程普を伴って呉群一帯の河賊討伐に赴いており不在で、軍議の席には文官筆頭の張昭、武官筆頭の祭などが並んでいた。

 

 

「江夏を守るは、母孫文台の仇敵黄祖。劉表の支えなき今こそ、先君の恨みを晴らす好機です!!」

 

 

軍議を開始してすぐ、雪蓮の妹である蓮華がそう叫んだ。

 

 

嘗て黄祖は部下に命じ、孫堅の命を奪った。黄祖の後ろ盾には荊州一帯を統治する劉表が控えていた為に、雪蓮達は未だ仇敵を討てずにいたのである。

 

当時孫堅に従軍していた祭や、張昭など旧臣の多くはその意見に同意した。

 

 

元より攻め込むつもりでいた雪蓮は、普段は慎重且つ守勢を貫く妹の果断な意見に顔を綻ばせながらも直ぐに引き締めた。

 

 

「なら、先陣は誰が切るか……」

「私に御下命下さい、雪蓮様」

 

 

進み出たのは蓮華の側近である思春――甘寧の真名――である。

 

河賊上がりの彼女は、一時劉表を頼っていたがその無能さに早々に見切りをつけ離反。散々暴れまわった末に雪蓮にその才を見出され、蓮華の親衛隊に抜擢された人物である。

 

 

それ以降、彼女の忠誠心には目を見張るものがあった。

 

 

今回、自ら進んで名乗り出たのも、主君たる蓮華が積極的な策を献じたからこそである。

その胸中を知る雪蓮もまた、異存はなかった。

 

 

だが―――

 

 

「その先陣、俺に任せてもらえませんか?」

 

 

思春より更に二歩、前に進み出た人物がいた。

 

 

 

 

 

 

 

「凌統……」

「貴様、何のマネだ?」

 

 

僅かに声を洩らした雪蓮に気づく事もなく、思春が凌統の肩を掴もうと手を伸ばし―――瞬間、凌統はその手を払った。

 

 

「黄祖は大将の仇であると同時に、俺の親父の仇でもありますからねぇ……」

 

 

普段通りの飄々とした声音。

しかし何処かいつもとは違うそれは、剣呑な空気と共に軍議の席を包んだ。

 

 

彼の語る通り、黄祖はまた凌統にとっても仇であった。

孫堅につき従っていた彼の父・凌操は、その黄祖との戦で命を落としたのである。

 

 

「戦時に私情を挟むつもりか?武名高い貴様の父が、草葉の陰で泣くぞ」

「私情なら大将だって挟んでるだろ?」

「貴様の父と、雪蓮様や蓮華様の母上を同列に考えるつもりかッ!」

「なら……真っ先にテメェの首取ってやっても俺ァ構わないんだぜ?」

 

 

怒気も露わに、凌統は思春の襟首を掴み締めあげた。

 

 

雪蓮の隣に控える軍師、穏――軍師次席である陸遜、字を伯言の真名――が慌てふためくのも顧みず、積年の苛立ちをぶつけるかの様に凌統は憎々しげに吐き捨てた。

 

 

「俺にとっちゃ、親父の仇って意味じゃテメェも、黄祖の野郎も変わらねぇ。テメェが黄祖の軍と一緒になって攻めてきて、親父の腹に剣が突き立てられた瞬間を、俺は一日たりとも忘れた事はねぇんだよ」

 

 

―――嘗て、河賊として好き放題に暴れまわっていた折に衝突した孫堅との合戦。折しも当時はまだ協定関係にあった黄祖と共にそれを迎え撃った思春は、その最中一人の男性に剣を突き立てたのである。

 

その人物が彼の父である凌操だと知ったのは、思春が雪蓮の元に降って間もなくしてからの話だった。

 

 

「テメェが大将に降っちまって、俺は仇を討つ事も出来ずにずっと過ごしてきたんだよ。大恩ある大将に不義は働けねぇ……けどなァ!」

「―――そこまでにせい!公績!!」

 

 

祭の制止も振り切って――最早耳に届いていないのか――凌統は渾身の力を込めて叫んだ。

 

            

 

 

 

 

 

「俺ァずっと―――ずっとテメェが憎くて、殺したくて仕方なかったんだよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軍議が終了した直後、凌統は飛び出る様にして外へと足を運んだ。

 

 

「あ、あの……凌統さん!」

「追わんでよい、亞莎」

 

 

亞莎(あーしぇ)と呼ばれた少女は呂蒙、字を子明といって、大軍師冥琳、そして穏に師事する新人の軍師である。

 

そしてつい先程の軍議で先鋒三千を任された凌統の参謀に大抜擢された彼女は、打ち合わせなりなんなりをしたかったにも関わらず直ぐに退室してしまった凌統を追おうとして、しかし宿老たる祭に止められた。

 

 

「し、しかし……」

「良い。ああなったら、公績には暫く何を言っても無駄じゃ」

 

 

それが経験から来るものだからか、妙に真実味を帯びたそれを聞いた亞莎は不承不承ながら着席した。

 

 

 

 

 

「旧怨、未だ晴れず。か……」

 

 

そう呟いたのは太史慈である。

 

 

「難儀な性情よのぉ……忠に厚い分、尚の事抜け出せなくなっておる」

「仇って、そんな簡単に許せるものじゃないからね……」

 

 

祭も雪蓮も、半ば諦めた様なため息を洩らした。

 

 

「あ、あの……凌統さんの御父君って」

「戦死されたわ。黄祖と―――思春との戦いでね」

 

 

孫家に仕えて日も浅い亞莎はその事情を知らず、彼の変貌ぶりもまるで理解出来なかった。

 

 

普段から茶目っ気があり、皮肉や冗談を好む飄々とした性格。

 

殺伐とした戦場においても、常に冷静さを失わない武人としての一面。

 

 

何より、誰が相手でも決して気取ったりしない親しみやすい人柄。

 

主家やその一族、宿将や大軍師や闘将は勿論の事、才能溢れる同世代相手でも人づき合いが苦手な亞莎にとって、友人と呼べる存在は彼や明命を除けばまずいなかった。

 

 

だからこそ、あの激昂した彼に『恐怖』を抱いた自分を亞莎は許せなかった。

 

 

一瞬にしろ永劫にしろ、ほんの僅かでも彼に怯えた事に変わりはない。

 

 

「―――私、やっぱり探してきます!!」

 

 

言って亞莎は一礼すると、そのまま外へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

「……行ってしもうたか」

 

 

やや呆れた様に――しかし何処か楽しそうに――祭が呟いた。

 

 

「よーやく凌統にも、春が来たのかしら?」

 

 

同じ様に、何処か嬉々とした表情の雪蓮。

それを一瞥してから、太史慈が呆れた様に口を開いた。

 

 

「いや、あれはどっちかっていうと単純に『友達が心配だから』ってだけだろ」

 

 

奇しくも太史慈の意見が実は一番正しく、後日祭と雪蓮がつまらなさそうに不貞腐れていたのはまた別の話……

 

       

 

 

それから日を置かずして、雪蓮は出陣の命を下した。

 

先鋒を行く凌統は軍師に亞莎を据え三千の兵を率い、その後ろからは蓮華が指揮する五千の兵に思春、明命の両名を将軍とする第二陣が続き、左右両翼は祭、太史慈がそれぞれ指揮する三千の遊撃部隊、中央から後方にかけては雪蓮自らが指揮を執る一万の兵が続いた。

 

 

既に戦前齎された情報によれば、江夏の入口たる夏口を守備するのは、黄祖の部下であり孫堅を射殺した張本人呂公。

それを知った凌統は先鋒の戦船を率い、風に乗る様にして一挙に夏口へと攻め入った。

 

 

「さぁ、仇討ちの前座と洒落込もうか!」

 

 

仇を求め攻め来る敵を見て、呂公は慌てて迎撃を命じた。

 

 

「怯むな!敵は小勢、囲んで沈めてしまえ!!」

 

 

呉の船は小さく、数も少ないとみて取った呂公は配下に命じ、取り囲む様にして船を散開させた。

攻撃の合図と共に、凌統達が乗る船目がけて一斉に矢が放たれた。

 

 

二十艘程の戦船はたちまち針鼠の様に成るも、風に押された夏口の船は次々と接近。手を伸ばせば届く程の距離で対峙する形となった。

 

 

瞬間、待ちわびていたかの様に凌統以下千あまりの勇士が飛びだし、夏口の船へと乗り移った。

裂帛の勢いで迫る凌統に為す術もなく、呂公はたちまち三節根の餌食となる。

 

指揮する人間を失って統率が乱れたのを城壁から見て取った黄祖は、直ちに救援軍五千を向かわせた。

 

 

その五千の救援軍は、折しも江夏へと敗走する夏口の軍を追う凌統達と長江の真ん中で対する格好となった。

援軍の到来に夏口の兵は士気を取り戻し、巻き返しを図ろうと呉の戦船に殺到する。

 

 

早くも凌統は、数十の兵に囲まれて苦戦する事となった。

 

 

(チッ……!ちょい急ぎ過ぎたか!!)

 

 

目と鼻の先程にある城には、仇敵たる黄祖。

だがそれを前にして、凌統は四方を囲まれて引くに引けない窮地に陥った。

 

 

数を頼りに攻め来る江夏の兵に、あわや討たれるかと思われた正にその時―――

 

 

「放てーーーッ!!」

 

 

後方から怒声と歓声が轟き、雨の様に降り注ぐ矢は敵を次々と射ぬく。更に両翼からは天をも轟かさんとばかりに太鼓の音が号砲の様に鳴り響く。

 

 

見ると、風に満々と帆を張った船団が、城壁の如く整然として迫っていた。

 

 

旗印は『孫』。

第二陣、蓮華の部隊である。

 

両翼にはそれぞれ『黄』、『太』と書かれた牙門旗が翻り、更に後方から真っ先に江夏の囲みを食い破って『呂』旗が押し寄せた。

 

 

それを見た凌統は、咄嗟に叫んだ。

 

 

「援軍だ!こっから押し返すぞ!!」

 

 

それを皮切りに、呉の兵士達は死力を尽くして囲みを破っていった。

 

 

 

 

 

実は、凌統が先鋒を率いて突進した直後に亞莎は左右の両軍に急使を使わしていたのである。

 

 

『凌統の部隊は敵中央部へと進む。我らはこのまま後方を突破するので、両翼の部隊は左右をそれぞれ打ち破って欲しい』

 

 

日頃の勤勉が結実したこの策を直ちに実行した両軍、それに凌統らの決死の奮戦により、江夏は瞬く間に制圧される運びとなった。

 

           

 

 

「敵さんも、随分と呆気ないもんだねぇ……」

 

 

周辺に残党が潜んでいないか見回りにでた凌統は、僅かな伴廻りと共に城外に居た。

 

 

既に江夏には高々と孫呉の旗が掲げられ、未だ見つかっていない黄祖は恐らく逃げたのだろうと凌統を含む諸将は思っていた。

 

 

仇を逃した事を悔いた凌統ではあったが、しかし実行犯である呂公を討ち取った事は雪蓮に高く評価された。

ただし、突出した事については雪蓮は勿論の事祭、太史慈両名からも厳重注意の運びとなったが……

 

 

 

「さぁて、帰ると―――」

 

 

瞬間、誰かのうめき声が聞こえた。

 

咄嗟にその場を飛び退くと、次の瞬間には先程まで自分の居た場所に剣が突き刺さっていた。

 

 

「……そういや、まだ頭の黒い鼠が一匹残ってたっけ」

 

 

皮肉った様な笑みを浮かべる凌統。

その視線の先には、憎き仇・黄祖とその部下十数名が手に武器を携えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

思春は出陣の最中も、脳裏に凌統の言葉が焼きついて離れなかった。

 

 

『俺にとっちゃ、親父の仇って意味じゃテメェも、黄祖の野郎も変わらねぇ』

 

 

今現在、どれ程忠義を尽くそうと、忠誠を示そうと、決して拭えぬ過去の大罪。

己が武に自惚れ、時に非道とも云える所業を為してきた自身の過ちを、しかし蓮華は受け入れてくれた。

 

 

だからこそ、思春はその生涯を蓮華に、孫呉に捧げようと決心したのである。

 

 

だが、それを腹の底で憎み続けてきた彼にとってみればどうだ。

 

自分が殺したいと思う相手は、自分が忠義を尽くすべき相手に従う同朋。

 

 

ましてや凌操と云えば情義に厚き好漢。その嫡男たる彼もまた、そんな父の背を見て育っていたのだ。

 

 

『俺ァずっと―――ずっとテメェが憎くて、殺したくて仕方なかったんだよ!!!』

 

 

あの刹那程、思春が衝撃を受けた事はなかっただろう。

 

 

どんな時でも、殆ど『我』というものを見せる事がなかった彼が、あれ程直情的になった事など思春に覚えはなかった。

 

 

 

(―――だが)

 

 

謝る、というのも何か違う気がした。

 

謝ってそれで済む様な問題ではない。謝った所で彼の父は帰ってこないし、彼自身が思春に謝罪を求めているとも考え難い。

 

 

第一、思春は――誰彼問わず――頭を下げるという行為があまり好きではなかった。

 

 

主君たる蓮華や雪蓮は別格だが、少なくとも同僚である彼に下げる頭は持ち合わせていない。

 

 

とはいえ、このまま堂々巡りを続けるのもあまりいい気のするものではない。

 

 

だからとりあえず話そうと思い、思春は彼を探して城外に出たのだが―――

 

 

『―――ハッ、凌の名も落ちたな』

 

 

不意に耳を打った――聞きたくもなかった――懐かしい声音。

 

知らず、柄を握った手に力が入った。

 

          

 

凌操とは、孫堅の頃にその配下に加わった江南の土豪の一人で、その武勇を聞き及んだ程普が孫堅に推挙した人物である。

 

勇猛果敢を以て鳴らし、身の丈程もある九節根を得物にして戦場を駆る武者としての面と、男手一つで息子を育てる厳格な父としての面を併せ持っていた。

その息子というのが、凌統である。

 

 

情義に厚く任侠を好んだ彼は、その性格故に愚直でもあった。

 

 

 

ある時、付近の河に賊が出たと聞いた彼は元服を終えたばかりの凌統を含む手勢を率いて急行した。しかしそれは偽報で、知己であった筈の江夏の黄祖が凌操らと河賊との共倒れを狙っての策だった。

まんまと嵌められた彼は、しかし部下全てを逃がして自らが殿を務め、壮絶な討ち死にを果たしたのである。

 

 

死ぬ間際、彼はカッと目を見開いて周囲に取りついていた四、五人の賊を倒すと、迫る思春の刃を真正面から受け、そのまま仁王立ちして絶命した。

その背の、最期の光景は未だ凌統の瞼に焼きついて離れはしない。

 

 

 

 

 

 

「親父の仇討ちもせず、惰性に日々を送るか……ハッ、凌の名も落ちたな」

 

 

眼前の凌統を見据え、黄祖は口元を歪に曲げて笑みを浮かべた。

 

 

「腰抜けの愚息では、あの世で親父も浮かばれまい?」

「……その喧しい口を閉じな、黄祖」

 

 

手に三節根を握り、凌統は凍てついた声音を発する。

 

 

だが黄祖が次に言葉を発した時、凌統は――物陰で機を窺っていた思春も――息を呑んだ。

 

 

「どうだ、凌統?我に仕えてみぬか?」

 

 

ピシリ、と何かが音を立てた。

 

 

「いずれ劉表は死に、荊州は我が主蔡瑁様が手にする。さすれば、その身の栄達も、復讐も、思うがままぞ?」

 

 

ギチギチと空気が物理的な威圧感を伴っている事にも気づかず、黄祖は言葉を続けた。

 

 

「孫呉はいずれ我らが手にする。貴様の主君の命くらいは助けてやろう……まぁ、妾となればの話だがなぁ!!アッハッハッハッハ!!」

「―――その口を閉じろっつってんのが聞こえねぇのか三下ァ!!!」

 

 

大声一喝。

凌統の怒声に、黄祖はその顔から笑みを消した。

 

 

「……遺言くらいなら残させてやろうと思って黙って聞いてれば、言いたい放題言いやがって」

「何……?」

 

 

一歩、凌統が踏み出す。

 

 

「てめぇと親父は知己だったって聞いた。昔馴染みのよしみだが何だか知らねぇが、俺の親父は確かにバカだったよ……」

 

 

その殺意が膨張するに伴い、知らず黄祖は冷や汗を垂らした。

 

 

「――――――けどな」

 

 

ヒュン、と何かが風を切った。

 

刹那、黄祖の頬に一筋の血が垂れる。

 

 

『―――よいか、公績』

「最期まで……最期の時まで親父は、あの男はなァ!!」

 

 

脳裏に蘇る、父との最期の会話。

 

あまりにも愚直で、真っ直ぐだったその男は―――

 

 

 

 

『あいつを、恨んでやるな』

「てめぇの事、友人(ダチ)だと信じて死んだんだよォ!!!」

 

 

最期まで、自分の信念を曲げようとはしなかった。

 

          

 

「チッ……ええい何をしている!!さっさとそいつを殺せ、殺さぬか!!」

 

 

腹立たしげに黄祖が叫ぶと、兵たちは得物を片手に突進する。

 

 

対する凌統もまた、愛用の三節根『赤灼』を自在に操って応戦した。

 

 

(クソッ!こいつさえいれば、失態を免れると思うたに!!)

 

 

江夏を失った軍事的大敗。

戦略上の意味でも大きな減点となるこの失敗を挽回する為に、黄祖は凌統の引き抜きを考えたのである。

 

 

今は敵同士とは云え元は知己。そこを訴えかけ、主の命の保証をしてやれば必ずや寝返ると黄祖は信じて疑わなかった。

 

 

 

―――だが、凌統は復讐よりも忠義を取った。

 

 

(……まぁいい。いずれにしろ、ここでコイツを殺せば!!)

 

 

利用出来ない駒は捨てる。

黄祖はそう思い凌統殺害を決意し、自らは部下数名と共にさっさとその場を去ろうとした。

 

 

 

 

 

「――――――どこに逝く?」

 

 

耳を打つ、澄んだ鈴の音。

 

瞬間、背中越しに聞こえていた筈の声は全て途絶えた。

 

 

「甘、寧……!」

「鈴の音は……」

 

 

一瞬捉えたその影は、しかし次の瞬間消え―――

 

 

「黄泉路を誘う道しるべと思え!」

 

 

刹那。

両脚が宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……はぁ…………」

 

 

大きな欠伸を零して、船の上で男は大の字に寝ていた。

 

傍らに徳利と杯を転がし、夜空に浮かぶ月を眺めてただぼんやりと時間を過ごした。

 

 

「……こちらに居られましたか、程公」

「ん?……あぁ、冥琳か」

 

 

声のした方に顔を向ければ、傍らに座り込んで同じ様に月を眺める冥琳の姿を程普は捉えた。

 

 

程普は徳利と杯を手にとって、杯の方を冥琳に投げた。

 

 

「どうじゃ?戦疲れがとれるぞ」

「……酒は、程々になされた方がよろしいかと」

「固いのぉ主は。それだから閨でも散々弄ばれて終わるのだろう?」

 

 

瞬間、冥琳が吹いた。

 

 

「ぶっ!?な、なぁっ!?」

「おや?図星だったか」

 

 

してやったりな笑みを浮かべて、やがて程普は呵々大笑した。

対して冥琳はと云えば、羞恥に顔を真っ赤にして小さくなった。

 

 

「呉の大軍師殿も、平時は爺にも勝てぬか!ハッハッハ!!」

「……勘弁して下さい、程公」

 

 

完敗、という様子で冥琳は呟いた。

 

         

 

 

「……程公。一つ、よろしいですか?」

「ん?何だ改まって」

 

 

酒を呷った為か何処か虚ろな程普は、しかし先程より幾分か冷静な瞳を冥琳に向けた。

 

 

「凌操、とは……どの様な人物だったのですか?」

「―――江夏か」

 

 

冥琳が何を言いたいのかを悟った程普は、表情から抜けた様子を消した。

 

 

「……そうよのぉ。強いて言うなら」

「……言うなら?」

「あれ程馬鹿な男は見た事がない」

 

 

あっけらかんにそう云う程普に、冥琳は空いた口が塞がらなかった。

 

 

「文台公も呆れる程に愚直でのぉ。一人で突っ走るわ暴走するわで……あぁ、そういう意味では孫策様の戦好きは、ひょっとしたらアイツが原因かもしれんのぉ」

 

 

笑いながら再び徳利に手をかける程普。

 

 

「―――が、あれ程晴々とした漢は古今見てもそうはおるまい」

 

 

懐かしむ様に、程普は穏やかな声音で続けた。

その表情はまるで孫を慈しむ好々爺の様な笑みで、口に出さずとも凌操という人物が如何に彼に信望を寄せられていたかを知るに充分なものだった。

 

 

「策に嵌められた時でさえ、あれは黄祖を……一時とはいえ『友』と呼んだ男を疑う様な事はしなかった。それが、己が道だと云ってな…………」

 

 

程普の胸中に去来しているのは、懐古か後悔か。冥琳に知る術はない。

ないのだが、程普のその表情が全てを物語っていた。

 

 

「……真、馬鹿な漢よ」

 

 

その笑みに、後悔はない。

 

 

 

 

 

 

「ヒ、ヒィ……!た、頼む!助けてくれぇ!!」

 

 

地べたを這いずり回り、必死に両者から逃げながら黄祖が嘆願する。

 

いっそ哀れにも思えるその姿に、しかし凌統は一片の情をも感じさせない表情を浮かべたまま歩み寄った。

 

 

「な、な!?嘗ての誼と思うて……!!」

「―――グダグダうぜぇんだよ」

 

 

グシャリ、と、肉塊の散る音が響いた。

絶叫する黄祖の首を鷲掴んで、凌統は鼻先が掠める程に間近に彼に顔を寄せた。

 

 

「テメェは親父を、大将を、旦那を貶した……」

「あ、謝る!!全て謝る!!だ、だから―――」

「――――――笑わせるな」

 

 

刹那。

 

 

「もうとっくの昔に、緒は切れちまってんだよ」

 

 

黄祖の首は、宙を舞った。

 

          

 

見回りに出ていた筈の思春が、黄祖の首を抱えた凌統と共に戻ってくると、当然というか自然の流れというか、兎に角江夏に歓声と―――慄然とした怒声が飛ぶ事となる。

 

 

「主らの頭は飾りか!?こんの、たわけがっ!!」

「ついさっきも、無茶な行動はするなって言ったばっかりだろうが!?」

 

 

褒め言葉より先に飛んできた太史慈と祭の鉄拳は見事に凌統と思春の頭部を捉え、仲良くたんこぶをこさえて雪蓮に謁見する運びとなった。

無論、巻き込まれた格好の思春は終始仏頂面だったが。

 

 

「呂公に続いて黄祖まで……良くやってくれたわ。凌統、それに思春も」

 

 

首級は直ちに祖廟へと運ばれ、日時を整えて酒肉と共に祭られる運びとなった。

 

 

「さて、凌統。此度の大功の労、如何にして労うべきかしら?」

「……言外にある程度のおねだりを許す、みたいな発言は止めといた方がいいんじゃないんすか?大将」

 

 

肩を竦めた凌統に、雪蓮は困った様な笑みを浮かべた。

 

 

「妥当な所としては九江あたりの太守っていうのがあるんだけど……そんな地位、いらないでしょ?」

「分かってるなら、始めから聞かないで下さいって」

 

 

元来、堅苦しい地位や格式ばった事が嫌いな凌統にとってそういった褒賞はあまり魅力的とは言い難かった。

 

 

「何か欲しいものとかは?」

「…………欲しいもの、ねぇ」

 

 

チラリと、凌統は横目に思春を見る。

 

 

「あ、ちなみに思春の首ってのは無しだから」

「……ヘイヘイ。分かってますよ」

 

 

あまり残念そうな表情も見せずに、凌統は頭を掻いた。

 

意外そうな顔をしたのは思春である。

 

 

「……良いのか?私は―――」

「『今』は『戦友』だからな。……テメェの首は、テメェが孫呉に仇なした時に貰うとするさ」

 

 

凌統の嘲笑に、思春は一瞬キョトンとなり、その意味する所を理解すると直ぐに顔を怒りに紅潮させた。

 

 

「貴様ァ!!私が蓮華様を、孫呉を裏切るとでも抜かすつもりか!?」

「裏切ったら貰うっつってんだろ。……ま、死にたくないんだったら精々頑張って仕えてるこったな」

「無論だ!この魂魄果てるまで、私は孫呉にこの身を捧ぐと誓ったのだ!!」

「―――なら、当分はテメェの首はいらねぇや」

 

 

再び肩を竦め、凌統は言った。

 

 

「つーわけで大将。コイツが裏切った時に獲るコイツの首、俺が予約しとくって事で」

 

 

声音は、いつもの通り飄々としたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから暫くして、凌統は一人である場所を訪れていた。

 

 

夏口の城からやや離れた高台。そこに生える一本の木の幹に、彼は文字を刻んでいた。

 

 

 

“呉忠凌操之墓”

 

 

 

その六文字を前に、静かに凌統は語り出す。

 

 

「……ちと遅くなっちまったが、仇は取ったぜ。親父」

 

 

それにどんな思いが込められているのかは、誰にも知る由はない。

 

 

「首は一つだけど、いいよな?」

 

 

懐かしむ様な。

慈しむ様な。

 

 

そんな声音で、彼は語る。

 

 

 

「―――アンタなら、こうしただろうからな」

 

 

柔らかな風が長江を吹き抜け、虚空へと消えていった。

 

 

後記

お久しぶりです。先日は勝手を申し上げて本当に申し訳ありませんでした。

 

今回は孫呉の江夏攻略戦を書いてみました……ええ原作にはありませんよ。史実にあった戦いをちょいとアレンジしてみました。

思春と凌統どっちに黄祖討たせようかと思ったのですが結局凌統(オリキャラ)に……ああ、凌操と黄祖が知り合いって所はフィクションですよー?間違って覚えちゃ駄目ですからねー!

 

 

 

*以下、割と重要な報告。

 

前回までの分と方針を変えたという事で、二、三変更点があります。

 

一:オリキャラ設定集一~三を3月14日午後10時を以て削除します。

二:これまで上げてきたイメージソングは全て一旦消去します。

三:アンケート募集を一旦凍結します。←復活その他については順次お知らせ致します。

 

勝手は承知ですが、ご容赦お願い致します。

 

 

 

蛇足ですが、以下イメージソング。

OP[Howling Soul〕

ED[雪のツバサ]

 

 

今後もどうか、宜しくお願い致します。

それでは、また。


 
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