No.128837

真・恋姫無双 蒼天の御遣い16後編

0157さん

後編ですね。

実はこのオリキャラの劉協にも外見のモデルが存在します。ガ○ダムシリーズの中からではありませんが・・・

それはコードでギアスな自称「0の妻」なあの方です。分かりますか?

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2010-03-08 13:01:38 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:51523   閲覧ユーザー数:31975

「・・・しまった、少し遅かったか」

 

切り立ったがけの上で一刀は眼下にそびえる両軍勢を見下ろしながらそうつぶやいた。

 

両軍勢はすでに布陣を終えており、今すぐにでも戦いが始まるような雰囲気をかもし出している。

 

「どうしますか、北郷様?がけを降りるために迂回していたら戦いが始まってしまいます。そうなってしまえばいかに北郷様といえども・・・・・・」

 

そう、いかに一刀といえども始まってしまった戦いを止めることは不可能に等しい。何とかしてこのがけを降りなければ・・・

 

そこでふと、一刀は切り立ったがけの中でかすかに斜面になっているところを発見した。

 

「・・・迂回はしない。俺はこのままがけを降りる」

 

それを聞いた兵士は飛び上がらんばかりに驚いた。

 

「ほ、本気ですかっ!?いけません!お止めください北郷様っ!華佗様に貴方様が無茶をしないようにときつく言いつかっているんですっ!」

 

「無茶ではないさ・・・だろっ、黒兎?」

 

黒兎は鼻息荒く鳴いた後、後ろ足でガッ、ガッと地面を蹴った。それはまるで『馬鹿にするな』と言っているように一刀は感じた。

 

「黒兎も大丈夫だって言っているようだし、やっぱりがけを降りるよ。迂回してたんじゃ間に合わないだろ?」

 

「しかし・・・!」

 

「君たちは虎牢関側から来るといいよ。俺の部下だって言えば通してくれるはずだから。それじゃっ!」

 

「あっ!?北郷さ――」

 

兵士が止めるのを聞かずに一刀はがけを駆け降りた。

 

 

袁紹軍の本陣ではやっぱり奇妙な高笑い声が響き渡っていた。

 

「おーっほっほっほ!何ですの、董卓軍の方たちは!篭城もせずに外に出たりなんかして、お馬鹿さんにもほどがありますわ!」

 

「そうですかー?ああいう潔い奴ら、あたいは好きですぜー」

 

文醜が面白そうな表情で眼前に展開している敵陣を見すえた。

 

「私は少し不安かなぁ。何だか董卓軍の兵隊さんたちの士気がすごく高そうに見えるんだけど・・・」

 

「分かってないなぁ、斗詩は。敵はイチかバチかの大バクチをしようとしてるんだぜ?いやが応にも気分が盛り上がるに決まってんだろ?」

 

「文ちゃんの言いたいことは分からないでもないけど・・・。もしそうだとしたら、麗羽さまが危険なんじゃないのかな?もしもの時の為に麗羽さまには後方に退がってもらったほうがいいんじゃ・・・」

 

「なぁーにをおっしゃっいますの、顔良さん!わたくしの軍勢があんな田舎者の軍勢なんかに負けるはずがありませんわっ!」

 

「そうそう。それにあたいや斗詩がいるんだから何とかなるって」

 

「そうかな・・・。何だか心配だなぁ・・・」

 

その時、彼女たちのもとに一人の兵士がやって来た。

 

「報告します!がけの上に所属不明の兵を確認いたしました!」

 

「ああん?なんだそりゃ、敵の伏兵か?つっまんねぇ真似をする奴らだなぁ」

 

それを聞いた文醜は面白くなさそうな顔で兵士に尋ねた。

 

「いえ、伏兵にしては規模が小さすぎます。それに全員、騎兵のようですし・・・とりあえず、ご覧になればお分かりいただけるかと・・・」

 

そう言って兵士の指し示した方向を見ると、確かに十数騎の騎兵ががけの上にいた。

 

「・・・本当ですわね。いったいどこの所属の兵ですの?」

 

「・・・・・・いえ、だから所属不明の兵なのです、袁紹様」

 

「うるさいですわっ!わたくしが聞きたいのそんなことではありませんのよっ!」

 

かなり理不尽な袁紹の叱責に、慌てて顔良がとりなした。

 

「だから麗羽さまぁ、この兵士さんはどこの所属の兵なのかは分からないって言ってるんですよぉ」

 

「・・・ふんっ、それならそうと早く言いなさいな。もう行ってもよろしいですわよ」

 

「は、はっ!」

 

兵士は顔良に密かに感謝の礼をしてその場を去っていった。

 

「それにしても・・・遠くからじゃ分かりにくいんだけど、あの黒い馬ってかなりでっかいんじゃねえ?周りの馬が仔馬に見えちまうぞ?」

 

「うん・・・それに、乗っている人の着ている服もかなり上等そうなものだし・・・・・・どこかの貴族のご子息なのかな?」

 

「ふ、ふんっ!あんなもの、名族である袁家にとっては大したものではありませんわっ!」

 

変な対抗意識を燃やした袁紹がそんなことを言っていると・・・

 

「あっ、落ちた」

 

文醜があっけに取られた顔で、がけから飛び降りた黒馬を指差した。

 

しかし、想像していたような転がり落ちるようなことにはならず、黒馬はかなり急ながけを駆け降りていく。

 

そして、あと少しで地面に接しようかと思った瞬間、黒馬はがけの壁面を蹴り、飛び上がった。

 

ズシンッ、と大地に響くような着地をした後、黒馬は何事もなかったかのように悠々と両軍の間へと歩を進める。

 

「すっげーっ!すげーよ斗詩ぃ!あんなことが出来るあの馬もすげーけど、それをやっちまうあの騎手の兄ちゃんもいい度胸してるぜぇ!」

 

「うん・・・・・・私も驚いちゃった」

 

周りの兵士からも、「おおー!」やら「すげー!」やらの感嘆の声が飛び交っている。

 

「あ、あんなの、わたくしにだって出来ますわっ!」

 

そしてここに、無意味に強がっている者が約一名。

 

「それにしても・・・あんなことが出来るなんていったい何者なんだろう?」

 

「あたいも知らねえなぁ・・・・・・って、おっ!あの兄ちゃん、何か言うみたいだぜ?」

 

両軍の中間地点で黒馬は足を止めると、その上に乗っている騎手の青年は周りを見回して大きく息を吸った。

 

 

 

 

 

「・・・俺の名は北郷一刀っ!!周りからは『天の御遣い』などと呼ばれているっ!!」

 

 

 

 

 

思ってもいなかった場所で、思ってもみなかった人物が現れ、両軍にどよめきの声が巻き起こった。

 

 

 

 

 

「俺はこの戦いを止めに来たっ!!両軍、共に軍を退けぇっ!!」

 

 

「大変です、華琳さまっ!」

 

一刀の登場により巻き起こった騒乱の中、曹操軍の本陣では眼帯をまいた春蘭が血相を変えて駆け出してきた。

 

「姉者っ!?姉者は汜水関での戦いで怪我を負っているのだからまだ安静にしていないと駄目だ!」

 

それを見てさらに血相を変えた秋蘭が慌てて春蘭に注意する。

 

「そんなことはどうでもいいのだ、秋蘭!それよりもこの一大事を華琳さまにお知らせせねば・・・!」

 

「あんたなんかの報告を受けなくたって、ここからでも十分に状況は確認できるわよ。馬っ鹿じゃないの?」

 

毒を吐きながらやって来た桂花に、春蘭はまなじりをつり上げた。

 

「なんだとぉっ!貴様っ、喧嘩を売っているのか!」

 

「どうどう、落ち着きなさい春蘭。秋蘭の言うとおり、あなたは怪我人なのだからもう少しおとなしくしていなさい。桂花も春蘭を挑発しない」

 

続いて華琳が現れて二人の仲裁を始める。

 

「むぅぅ・・・・・・分かりました、華琳さま・・・」

 

「・・・はぁい」

 

「それよりも・・・とうとう現れたわね、『天の御遣い』・・・北郷一刀」

 

華琳が面白そうに黒馬に乗った青年を見つめた。

 

「それにしても、あの北郷とか言う男。出てくるなりいきなり軍を退けだとは、いったい何様のつもりだ?」

 

「これだから男っていうのは野蛮で下劣なのよ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

春蘭、桂花の二人が突然現れた一刀に悪態をついているそばで、秋蘭だけは呆然と一刀を見つめているのを見て華琳が尋ねた。

 

「どうしたの、秋蘭?呆然と黙り込んだりして?」

 

「・・・・・・華琳さま。私はあの男を見たことがございます」

 

秋蘭の言葉に華琳は軽く驚きで目を見張った。

 

「なんだと!秋蘭、それはいつ、どこで見たというのだ!?」

 

「姉者。以前、私と姉者と華琳さまとで、許昌の視察に出向いたことがあっただろう?」

 

「???」

 

春蘭はまったく覚えていないようだった。

 

「ああ、あの時ね。・・・そういえばあの時、秋蘭の眼鏡にかなった者がいたようだったけど・・・・・・もしかしてあの男が?」

 

「はい。他人の空似でなければ、あの者で間違いありません」

 

「そう・・・・・・あの男が・・・」

 

今度は興味深そうに一刀を値踏みをしていると、桂花が話しかけてきた。

 

「いかがなさいますか、華琳さま?北郷の目的は不明ですが、あの男は庶人・・・つまり一般の兵への影響力が強すぎます。何かをされる前にこちらから手を打っておくべきでは?」

 

「今はまだ動くべき時ではないわ。まずは北郷がどう動くのかを見て、それからどうするべきか決めるわよ」

 

「了解いたしました。それならどんなときでも対応できるよう、いつでも兵を動かせるように準備しておきます」

 

「ええ、よろしく頼んだわ」

 

そう言って華琳は再び馬上の青年へと、目を戻した。

 

「さて・・・・・・ふふっ、北郷一刀、あなたはこれから何をして見せてくれるのかしら?」

 

 

一刀が名乗りあげてからしばらくたっても、両陣営のどよめきは収まらなかった。

 

仕方なく、一刀がもう一度声を発しようとしたその時、連合軍側のほうから三人の人物が突出して現れた。

 

突出してきたのは袁紹、文醜、顔良の三人だった。

 

「おーっほっほっほ!あなたが天からの遣いだとか言われてる輩ですの?思っていたよりも随分と貧相な男ではありませんこと?」

 

「そうですかー?あたい的には結構いい線いってると思うんだけどなー。・・・あっ、もちろん、あたいの中では斗詩が一番だからな。だから安心しろよ斗詩」

 

「・・・・・・何を安心しろって言うの、文ちゃん・・・」

 

出会いがしらにいきなり、自分の品評を始めたことに呆気に取られながらも、一刀は尋ねてみることにした。

 

「・・・えっと、君たちは誰?」

 

「なっ!?あなたはこのわたくしのことを知らないとおっしゃいますの!?」

 

「・・・悪い。俺は会ったこともない奴を知っているほど、この世界には詳しくないんだ。だから悪いけど名を名乗ってはくれないか?」

 

「・・・まぁいいでしょう。耳の穴をかっぽじってよぉーくお聞きなさい!わたくしの名は袁本初でありますわ!三公を輩出した名家の当主でございますのよ!」

 

そこで袁紹は、どうだ!と言わんばかりに一刀を見た。

 

「あたいの名は文醜だ。御遣いの兄ちゃん」

 

「私は顔良と申します」

 

続いて残りの二人も名乗り上げる。

 

「なるほど君が・・・ちょうどいい」

 

そこで一刀は両陣営にも聞こえるように、声を張り上げて話し始めた。

 

「袁本初に尋ねるっ!君は何ゆえ『反董卓連合』なるものをつくりあげた!?」

 

袁紹も将として心得があるのだろう。一刀の舌戦に応じるために、自らも声を張り上げて答えた。

 

「そんなの決まっていますわ!董卓さんとかいう田舎者が都で好き勝手していると聞いたので、それをけちょんけちょんにこらしめるためにつくったのですわ!」

 

「聞いた・・・と!それはつまり、自分の目で確かめたわけではないと言うことだな!?」

 

「ええそうですわ!しかしこの情報は地位のある、さる高貴なる方からもらった情報ですもの!間違っているはずはありませんわ!」

 

「そうか!」

 

そう言って一刀は馬から降りた。そして、黒兎の背にくくり付けてあった大きな布袋を肩でかつぐ。

 

その布袋は兵糧を入れるための袋をつなぎ合わせたもので、人、一人分なら楽に入れるぐらいの大きさがあった。

 

一刀はその布袋を地面に転がすと、突然、その布袋が跳ねたりして暴れだした。

 

「な、何ですのそれは・・・?」

 

袁紹が薄気味悪そうに尋ねるが、一刀はそれには答えず、背中から聖天を抜き放つ。

 

「その高貴なる方とはこいつのことか!」

 

そう言うと共に布袋のしばり口を切ると、そこから、手足を縛られ、猿ぐつわを噛まされた男が這い出てきた。

 

「ちょっ、張譲さんっ!?」

 

袁紹が驚愕と共にその男の名を呼ぶと、再び両陣営からざわめきが巻き起こった。

 

「みんな聞けぇっ!十常侍とその長であるこの男、張譲は『董卓が都で暴政をしている』という嘘の噂を流し、多くの諸侯を嘘の情報を使い、連合をつくらせ、参加させるようけしかけた!」

 

一刀の言葉に両陣営のざわめきがさらに大きくなった。

 

「そして、漢の皇女である劉協皇女を誘拐、軟禁し、さらには、皇太子である弁太子を殺害!その罪を董卓にかぶせようと画策した!」

 

ざわめきが、もはやざわめきでなくなるほどの喧騒が両陣営に巻き起こる。

 

「つまり、この連合に大義は無く、また、両軍が争う理由などは無い!故に、俺はこの戦いを止める為にもう一度言わせてもらう!・・・両軍、共に軍を退けぇっ!」

 

その時、何とか自力で猿ぐつわを外した張譲が叫んだ。

 

「騙されるな袁紹!そ奴の言っていることはすべて大嘘だっ!今すぐそ奴のそっ首を叩き落し、早くこの私を助けろっ!」

 

その言葉でハッと気がついた袁紹は冷や汗を流し、警戒した風に一刀を見た。

 

「・・・・・・そ、そうですわね。このわたくしとしたことが思わず信じてしまいそうになりましたわ。十常侍の長である張譲さんと、どこの生まれか分からないあなたとでは、どちらが信用に足る人物かなど分かりきったことですのに・・・」

 

「そうだ殺せっ!今すぐこ奴を殺すのだっ、袁紹!」

 

「うるさい黙れ」

 

ドガッ

 

張譲に当身(ちなみに蹴り)を入れて気絶させた一刀は、袁紹の言葉を聞いて落胆した表情を浮かべてしまう。

 

「・・・・・・そうか、つまりどうしても軍を退いてはくれないのだな?」

 

「当然ですわ!そもそも、どうしてあなたごときに、わたくしの軍勢をどうこう言われなければなりませんの!?」

 

「・・・・・・そういうことなら仕方ない・・・か」

 

一刀はそうつぶやくと、董卓軍に向き直った。

 

「我ら北郷軍はこれより盟友、董卓を助ける為、董卓軍側に加勢するっ!」

 

その言葉が響き渡ると共に、董卓軍側から凄まじい歓声が巻き起こった。

 

董卓軍の兵士の誰もが、北郷軍の、一刀の参戦に心から歓迎し、狂喜している。

 

「本性を表しましたわね、北郷さん!あなたは元々、董卓さんとは裏で通じていらしたのでしょう!?」

 

「・・・董卓とは元々の知り合いだった、ってことは否定しない。だけど、これらのことはすべて俺の判断でおこなったことだ」

 

「そんなことはもうどうだっていいですわ!これからわたくしの軍勢があなた達を完膚なきまでに叩き潰して差し上げますもの!」

 

「本当にいいんだな袁紹?噂で聞いたことはないか?我ら北郷軍、一万五千は十万の軍勢にも匹敵するということを」

 

「はんっ!そんな軍勢いったいどこにいるとおっしゃいますの!?あなたの軍勢などこれっぽっちも見かけないではありませんの!」

 

「いるよ。俺の・・・俺たちの軍勢はね・・・」

 

その時、董卓軍側から「北郷様ーっ!」という掛け声と共に騎兵が十数騎、一刀の元へ駆けつけた。

 

それを見た袁紹は笑いをこらえきれない、といった風に笑い出す。

 

「おーっほっほっほ!それがあなたの軍勢ですの!?軍勢と呼ぶにはあまりに数が少なすぎるのではありませんこと!?」

 

「当たり前さ。俺たちの軍勢はもっと別の場所にいるんだから」

 

「・・・・・?あなたは何をおっしゃっていますの?」

 

その時、こんどは連合軍側の方から、激しい戦闘でもあったのか、鎧(よろい)姿がボロボロな状態の袁紹軍の兵士がやって来た。

 

「ほ、報告しますっ!」

 

「いったい何事ですのっ!?」

 

「し、汜水関っ・・・汜水関がっ!しょ、所属不明の敵の大軍に占拠されてしまいましたっ!」

 

「ええっ!?」 「はぁっ!?」

 

顔良、文醜が驚愕の声をあげる。

 

「ほらな?だから言っただろ?」

 

もはや、一刀の言葉など耳に入らないのか、袁紹はがく然とし、わなわなと震えだしていた。

 

「な、な、な、なぁぁぁぁぁんですってぇぇぇぇぇーーーーーっ!?」

 

 

連合軍内では瞬く間に、汜水関が所属不明の大軍――北郷軍に占拠されたという情報が広まった。

 

各諸侯の間では動揺とざわめきが広がり始め、それはこの劉備軍の陣内でも変わらなかった。

 

「ど、どうしよう、朱里ちゃん!も、もしかして私たち、挟まれちゃったんじゃないのかな!?」

 

「桃香さまのおっしゃる通りだ!このまま前後から挟撃を受ければ、いかに連合軍が強大とはいえ、我らに勝ち目はなくなるぞ!」

 

「それに何よりも補給だな。汜水関を押さえられたということは補給を止められたということだ。これほどの大軍、補給を止められてしまえば崩壊するのはあっという間であろう」

 

「にゃ~・・・・・・ご飯が食べられなくなったら、戦えなくなってしまうのだ・・・」

 

星の言葉に鈴々が意気消沈してしまう。

 

「み、皆さん落ち着いてください!お、恐らくですけど、この状況は皆さんが思っている以上に絶望的ではありません!」

 

「なに?それはいったいどういうことだ?」

 

朱里の言葉に愛紗が尋ねた。

 

「まずは北郷さんの軍のことなのですけど、恐らく北郷さんがおっしゃっていたような一万五千ほどの軍勢はいないのだと思います」

 

「えっ?どうして?」

 

今度は桃香が尋ねる。すると代わりに雛里が説明した。

 

「北郷さんはここ数ヶ月前から姿をくらませていました。その間、一万五千人の兵隊さんたちを養い、隠匿(いんとく)することは不可能だと思うんです」

 

さらに朱里が雛里の説明に補足を加える。

 

「それに、それほどの軍勢が背後から迫って来ていれば、必ず袁紹さんの軍、もしくはいずれかの諸侯の方が事前に気づくはずです。ですので、実際の兵数はその半分以下・・・多くても五千人以上の兵はいないかと思うのです」

 

「しかし軍師殿たちよ。先ほど、袁紹軍の兵は『敵の大軍』と言ったのだぞ?それほどの兵数であれば普通、大軍とは言わぬのではないか?」

 

星のもっともな質問に二人はうなずく。そして、それを説明するために先に朱里が口を開いた。

 

「・・・ここから先は推測になりますが、関を奪ったのは少数の精鋭ではないかと私は思っています」

 

「少数の精鋭?」

 

鈴々がおうむ返しに聞き返し、続いて雛里が説明する。

 

「はい。関を守っていた袁紹さんの兵は背後から襲われるとは思っていなくて油断をしていたはずです。そこに不意を打てば、少数の精鋭でも関を奪うことは十分に可能なはずです」

 

そして朱里に再び説明をバトンタッチする。

 

「そして残った兵士全員に旗を持たせておけば、おのずと袁紹軍の兵は『敵の大軍に襲われた』という錯覚をしてくれるはずなんです」

 

それを聞いた桃香たちは納得と同時に感心した風にうなずいていた。

 

「なるほど・・・つまり、背後の北郷軍の兵数はそれほど多くは無く、大した脅威にはならないということなのだな?」

 

愛紗の発言に、朱里と雛里は慌てて首を横に振った。

 

「い、いえっ、違います!汜水関を押さえられているのは事実なので、補給を止められていることには変わりがありません」

 

「そ、それに私たちの前方には董卓軍がいます。この状況で背後に軍を向けるということは自殺行為に等しいです」

 

それを聞いた愛紗はガクッと肩から力を落としてしまった。

 

「な、なんだそれは?それでは我らが危機的状況であるということには変わりがないではないか?」

 

「あわわ、す、すみません。み、皆さんがあまりにも慌てていらしたもので、つい・・・」

 

「確かにさっきの愛紗などは見苦しいぐらいに騒いでおったしな。気休めとはいえ、軍師殿たちが助言をしたくなるのも無理はない」

 

「う、うるさいぞ、星っ!」

 

自覚があるのか、愛紗は顔を赤くしながら星を睨みつけた。

 

「へー・・・それにしてもすごいよね?朱里ちゃんたちみたいに冷静に考えれば分かることなのに、私たちの誰も全然気が付かなかったよ」

 

「周りの諸侯すらも、このことに気づいておる者は少ないであろうな」

 

確かに星の言うとおり、いまだに周囲のざわめきは収まらず、どこかしこからも動揺をしている気配が見て取れた。

 

「桃香さま。恐らくこの策は雫ちゃんが考えたものなのだろうと私は思います」

 

「それってこの前話した、あの元直ちゃんって子のこと?」

 

桃香が聞きかえすと朱里はうなずき、次に雛里が口を開いた。

 

「はい。これら虚と実を巧みに織り交ぜた見事な策は雫ちゃんの策に間違いありません」

 

「確かに。汜水関に北郷殿の軍がいるのならば雫がそれを指揮しているのだろう」

 

朱里たちと話を交えてある程度のことが分かってきた愛紗は、もう一つの疑問について考え込んだ。

 

「ふむ・・・・・・それにしても先ほどの北郷の話、あれは真なのであろうか?」

 

しかし、星はこの疑問についてあっさりと答えてしまう。

 

「無論、真実に決まっておろう。愛紗よ、お主は都で専横の限りを尽くした十常侍の長、張譲と、民たちの為に身を粉にして戦い抜いた北郷殿、いったいどっちを信じるというのだ?」

 

「そ、そんなのは決まっている!しかし北郷の話はあまりに突然のことすぎて、少々、混乱してしまうのだ!」

 

「たぶん、他の諸侯も愛紗さんと同じような思いでいると思います。だから今になっても北郷さんの味方になろうとする方が出てこないのかと・・・」

 

雛里の言葉を聞いた桃香は、ふと、名案を思いついたかのように言い出した。

 

「あっ、それじゃあさ!私たちが最初にそれを名乗り出ればいいんじゃないのかな?そうすれば他の諸侯さんたちも同じように名乗り出るかもしれないでしょ?」

 

「はわっ!?お、お待ちくだひゃい桃香さま!それだけはいけましぇん!」

 

朱里が思わずかんでしまうぐらい、慌てて桃香を止めだした。

 

「えー?どうしてなの?」

 

それに対して桃香は不満そうだった。

 

「連合軍内での今の私たちの配置は、前方に袁紹さんの軍、左に曹操さん、右に孫策さん、後方に袁術さんと、連合軍の中央にあたる位置に布陣しています。ですので今、私たちが最初に名乗りあげてしまったら、私たちは連合軍内で孤立することになってしまいます」

 

「それに、私たちは連合軍の中でもごく小さな勢力です。そんな私たちが最初に名乗り出ても他の諸侯は動いてくれないかもしれません・・・」

 

朱里、雛里の説明を聞いて、桃香はすごく残念そうな表情を浮かべた。

 

「そうなんだ・・・・・・いい考えだと思ったのに・・・」

 

「時は必ずやってきます。ですから、どうかその時まではお待ちください」

 

「それからでも遅くはない・・・か」

 

朱里の言葉に愛紗がつぶやくと、桃香が気を取り直したように顔を上げた。

 

「それじゃあ、みんな。これからいつでも兵を動かせるように準備だけはしておこうよ」

 

「そうですね。待つことしか出来ないのなら、せめてそれだけはしておかねば」

 

「にゃ~、鈴々には難しくてよく分かんなかったけど、了解したのだー」

 

「うむ、北郷殿がこれからどうするのか、それを見てみるのもまた一興か」

 

「それじゃあ雛里ちゃん。私たちは今後のことに対応できるよう、情報の整理をしておこう」

 

「うん、そうだね朱里ちゃん」

 

 

「なぁ、それって本当のことなのか?汜水関にはあいつがいるんだろ?あいつはいったい何をしてたんだ?」

 

「はっ・・・何やら襲撃を受ける直前になって、こつぜんと姿を消してしまわれました・・・」

 

「何やってんだよあいつ、つっかえねぇ・・・。もう行ってもいいぜ」

 

文醜が不機嫌さを隠そうともせず、兵士に言い放った。

 

「は、はっ!」

 

「それで?どうするんだ、袁紹?」

 

何やら絶叫したままの姿勢で固まってしまった袁紹に一刀は声をかけた。

 

「もう一度言うけど、軍を退いてはくれないか?そうすれば俺が全責任を持って董卓軍を退かせてみせる。もちろん汜水関にいる俺たちの軍勢もだ」

 

「麗羽さまぁ、ここは北郷さんの言うとおりにいたしましょうよぉ・・・。でないとこのまま戦ったら私たちが負けちゃいますよ・・・」

 

「えー、本気で言ってんのかよ、斗詩?こういう、いかにも危険な状況で逆転するのが面白いんじゃねえか」

 

「もーっ!文ちゃんは黙っててぇっ!」

 

顔良が半泣きになりながら袁紹を説得していると、不意にくぐもった笑い声が袁紹からこぼれてきた。

 

「・・・・・・ふふふふふふっ」

 

「れ、麗羽さま?」 「ひ、姫?」

 

「おほほほ、おっほっほっほ、おーっほっほっほ!おーーーっほっほっほっほっほっほ!!」

 

『ついに壊れたかっ!?』、一刀、顔良、文醜の三人は同時に同じことを思ってしまった。

 

「おーっほっほっほ!さっすがこのわたくしですわっ!このような状況でとっておきの名案がひらめいてしまったんですものっ!」

 

「め、名案・・・ですか?」

 

顔良が聞きかえすと、袁紹は一刀を指差した。

 

「文醜さんっ!顔良さんっ!今すぐあの男を引っ捕らえてしまいなさいっ!」

 

「へっ?」 「えっ?」

 

「ほら、いったい何をしていますの!この男を引っ捕らえてしまえば、背後にいる北郷軍など脅しをかけるなり何なりしてどうにでもなりますわ!」

 

それを聞いて一刀は感心したようにうなずいた。

 

「・・・なるほどね。確かに、あの軍の総大将は一応、俺だからその手は有効かもしれない。・・・・・・でも・・・」

 

一刀は身振りで自分の背後にいる騎兵を退かせると、手に持っていた聖天を軽く振った。すると、たちまち聖天の輝きが増し、白銀の粒子がこぼれ落ちる。

 

「・・・それが可能だと言うのなら・・・だな」

 

途端、一刀から強烈な殺気があふれ出し、二人は慌てて武器を構えた。

 

「・・・へへっ、面白れえじゃねえか。こいつはやりがいがありそうだぜ」

 

「れ、麗羽さまぁ・・・。何だか北郷さんってとっても強そうですよ・・・?本当にやるんですか・・・?」

 

すでに一刀の強さを読み取った二人は対極の反応を示していた。

 

「な、何をおっしゃってますの、顔良さん!あなたは栄えある我が軍の将なのですよ!そんな男に遅れをとることなどは許されませんわ!」

 

袁紹自身も何かを感じ取っているのだろうが、意地でもそんな素振りを見せるわけにはいかなかった。

 

「そうだぜぇ、斗詩。やる前から諦めてちゃ、どうにもならねえじゃねえか。それに、あたいと斗詩となら何とかなるかもしれねえぜ?」

 

「文ちゃん・・・」

 

「文醜さんっ!顔良さんっ!やぁってしまいなさいっ!」

 

「あたいが先に行くから斗詩、後のことはよろしく・・・なっ!」

 

そう言うと共に駆け出した文醜は大剣『斬山刀』をかついで一刀に突撃した。

 

「いっっっくぜぇぇぇぇぇっ!」

 

突進の勢いを乗せて、気合と共に振り上げた大剣を一気に一刀に目掛けて振り落とす。

 

それに対して一刀はその場を動かず、聖天を軽くななめにし、上に掲げただけであった。

 

振り落とされた大剣が聖天にぶつかると、強烈な衝撃が一刀の腕に走る。

 

しかし、それも一瞬のこと。一刀はすぐさま腕の力を抜き、聖天を横に倒した。

 

それによって大剣は聖天の上をスルリと横にすべるように走り、大剣は一刀の横にある地面に勢いよく突き刺さった。

 

「・・・へっ?」

 

文醜は素っとん狂な声をあげてしまう。彼女の人生では自分の攻撃をこうやってかわされたことは今までになかったのだ。

 

ともあれ、盛大な隙を作ってしまった文醜はこれから襲い掛かるだろう攻撃を覚悟した。しかし・・・

 

「文ちゃん、危ないっ!」

 

顔良が文醜を援護するべく、一刀向けて大槌(おおづち)『金光鉄槌』を振りかぶった。

 

しかし一刀もそれを予期していたのだろう。文醜に攻撃を加えるようなことをせず、すでに顔良との間合いを瞬く間につめかけた。

 

「えっ!?」

 

一刀はいまだに振りかぶった状態の顔良の腕を取り、ひねり上げると同時に足を払った。

 

「きゃあっ!?」

 

重心を崩され地面に叩きつけられた顔良は重い鎧が仇(あだ)となったのだろう。かなりの衝撃が彼女の体に走り、何度かせき込んでしまう。

 

「てんめぇぇぇっ!あたいの斗詩に何しやがるっ!」

 

すでに大剣を引き抜いた文醜は顔良が攻撃されたことにより怒り心頭になり、いつもより倍近い速度で大剣を一刀の背後から振り落とした。

 

「・・・はぁっ!」

 

それに対して一刀は振り向きざまに聖天を横に払った。

 

白銀の軌跡がそのまま大剣の中へと吸い込まれていき・・・・・・

 

ドスンッ

 

「・・・はっ?」

 

文醜は今度は呆気に取られた顔で下半分になった自分の大剣を見下ろした。

 

ふと、視線を横に向けるとそこには上半分となった自分の大剣が転がっている。

 

「・・・どうする?まだやるのか?」

 

気が付くと、自分の首筋にはいつの間にかあの白銀が突きつけられていた。

 

「・・・・・・参った、・・・あたいの負けだ」

 

文醜が下半分になった自分の武器を放り投げ、降参の意を示すと共に敗北を宣言すると、両陣営から大歓声が巻き起こった。

 

 

「うはー、相変わらず強いなあ、一刀の奴。あの袁紹とこの二枚看板がまるで相手になっておらんやないか」

 

「・・・・・・一刀・・・強い」

 

「あの武器は反則なのです!あんなのを使われたらどんな武器でも刃が立たないのです!」

 

「いや、あれが無くても北郷は十分に強いぞ。あいつはあれで体術も達者だ。あいつと仕合していたとき、私が何度投げ飛ばされたことか・・・」

 

華雄の独白を霞たちは興味深そうに聞いていた。

 

「ほー・・・そういや顔良も一刀にあっさりと投げ飛ばされよったな?あれは何ていう武術なん?」

 

「何でも『あいきどう』と『じゅうじゅつ』なる天の世界の武術を組み合わせた我流のものらしい。相手の力を利用するとか、重心を崩させるとか・・・・・・正直、私には難しくてよく分からなかった」

 

「まぁ、華雄は力で押していく戦い方やからなぁ・・・」

 

「猪突猛進とも言いかえられるのです」

 

「・・・・・・・・・っ!」

 

華雄は両手でねねの腕を取り、ぞうきんのように絞り上げた。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い~っ!?れ、恋殿~っ!お助けを~っ!」

 

「・・・・・・許してあげて」

 

恋のとりなしで華雄はねねの腕を解放すると、ねねは目に涙をにじませながら腕をさすった。

 

「ねねも懲りんやっちゃなぁ。華雄も子供の言うことなんやから聞き流せばええやないか」

 

「ふんっ!こいつに言われると何か腹が立つんだ!」

 

「ねねは子供なんかじゃないのですぅ。ううっ・・・・・・この怪力馬鹿めぇ・・・」

 

「こいつ!まだ言うかっ!」

 

(・・・・・・ホンマはこの二人って仲がええんとちゃうか?)

 

再びじゃれあい(霞から見て)を始めた二人を見て、霞はそんなことを思っていた。

 

「・・・・・・・・・・・・霞・・・」

 

「ん?どないした、恋?」

 

「・・・・・・・・・・・・あれ・・・」

 

そう言って恋が指差した方向を見てみると、何やら袁紹が一刀にわめき散らしていた。

 

「・・・・・・良くない兆候」

 

「良くないって、いくらなんでもこの状況で兵を動かすなんてことは・・・・・・・・・ありえるな」

 

何せあの袁紹だから。

 

「・・・しゃあない。ほら、そこの二人!遊んでおらんで、今すぐ戦闘準備に入んで!」

 

その時、伝令の兵士が霞たちのもとにやって来た。

 

「ちょ、張遼様!ご報告したいことが・・・!」

 

「なんやっ!今、忙しいんやから後にしい!」

 

「で、ですが、その・・・」

 

「ああもう!いったいどないした・・・・・・ん・・・」

 

霞が苛立ちと共に振り返ると、そこにはあり得ないのがいた。

 

「ど、どうしてアンタらがここにおるんっ!?」

 

 

「いい加減、気は済んだか、袁紹?」

 

顔良と文醜の二人を袁紹の元へ返した後、一刀は尋ねた。

 

「もういいだろう?俺は無駄に人を死なせたくないだけなんだ。だからこれ以上の犠牲を出す前に軍を退いてくれないか?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

「麗羽さまぁ、お願いですから軍を退きましょうよぉ。今ならまだ間に合いますから・・・」

 

「まぁ、あたいらも負けちまったしなぁ。これ以上、意地を張るのは潔くないと思いますぜ、姫」

 

「・・・・・・ではありませんわ・・・」

 

「麗羽さま?」 「姫?」

 

ぼそりとつぶやいた袁紹の言葉に思わず二人が聞き返した。

 

「じょーーーっだんではありませんわっ!何ゆえ、このわたくしが負けを認めなければなりませんのっ!?」

 

「・・・・・・あのな、袁紹・・・」

 

「お黙りなさいっ!名族たるこのわたくしがあなたごときに負けるわけにはいかないんですのよっ!」

 

「・・・いや、姫。負けも何も、勝負にすらなってないんじゃないですか?」

 

「ちょっ!?文ちゃんっ!?」

 

文醜の不用意な発言が火に油を注ぐ結果となり、袁紹の怒りのボルテージはますます上がっていく。

 

「あっ、間違えた!『勝負なんてしてないんじゃないですか』だった!」

 

「もぉっ!文ちゃんのばかぁっ!」

 

もはや二人の声など届いてない袁紹は不気味な笑みを浮かべていた。

 

「・・・・・・ふふふふふ。こうなれば、もはや軍勢でもって雌雄を決するしか道はないようですわね・・・」

 

「お、おい!落ち着け、袁紹!」

 

「袁紹軍の全兵士の皆さんっ!やぁって――――!」

 

 

 

 

 

「ちょぉっと待ったーっ!!」

 

 

 

 

 

一刀にとって聞き覚えのある声が、袁紹の号令をさえぎった。

 

声のした方に振り向くと、そこにいたのは・・・・・・

 

「え、詠っ!?それに月もっ!?どうして君たちがここに!?」

 

「・・・いったい誰なんですの、そこの小娘どもは?」

 

袁紹が尋ねると、月が前に出てきて袁紹にペコリとおじぎした。

 

「はじめまして、袁紹さん。私の名は董仲穎・・・董卓と申します」

 

月が名乗り出ると、連合軍側からどよめきの声が上がった。そのどよめきは主に『あんな子が・・・?』といったものだった。

 

「ボクの名は賈駆よ。董卓軍の軍師をしているわ」

 

「あーら?あなたが董卓さんですの?あなたみたいな子が都で暴政を働いているなんて、人は見かけにはよりませんわね?」

 

「ちょっとあんたっ!月になんてことを――――!」

 

「詠ちゃん」

 

詠が怒声の声を張り上げようとすると、月が制するように詠の名を呼んだ。

 

「いいの。私が言うから」

 

そう言って詠に微笑みかけると、月は毅然(きぜん)と袁紹に向き直った。

 

「袁紹さん、お願いです、もう軍を退いてはいただけないでしょうか?」

 

一刀は気が付いた。いつの間にか、両陣営が耳を澄まして月の声に耳を傾けている。

 

「私は都で暴政をおこなってはいません。民の方々に重税なんて課していませんし、兵を使ってひどいことなんてさせていません。すべては誤解なんです」

 

「ふんっ!いまさら何をおっしゃっいますの、董卓さん!あなたのしでかしたことは、全部そこにいる張譲さんにお聞きしたことですのよ!洛陽に居座るなり他の方たちを差し置いて洛陽の政治を取り仕切るなど、差し出がましいにもほどがありますわ!」

 

袁紹の指し示した方向にいるのびてる張譲を見て、月は悲しそうな表情を浮かべた。

 

「・・・私たちは勅命を受けて洛陽に訪れました。だけど、私たちが洛陽についた時には、十常侍の方々も皇太子様たちも洛陽にはいなかったのです。ですから私たちが洛陽の民たちの為、代わりに政(まつりごと)をとりおこなっていました」

 

月がもたらした言葉に連合軍側の各所からざわめきの声が上がる。月の言葉には場を取りつくろったり、ごまかしたりするような嘘や虚飾が一切感じられないのだ。

 

「私はこのこと伝える為にこの場に参りました。皆さんが・・・一刀さんが私の為に尽力をしてくださっているのに私だけがいつまでも洛陽に引きこもっているわけにはいかないと思ったからです」

 

「月・・・君はその為に・・・」

 

「・・・華佗さんから全てお聞きしました。一刀さんには本当に感謝しています。感謝してもし足りないくらいです」

 

月は初めて出会ったときのような儚げな笑みを浮かべた。

 

「・・・私にも非があるのかもしれません。最初に私が自らこうして身の潔白を主張しておけば、このようなことにはならなかったのかもしれないのですから」

 

「月、それは違う。君自身は何も悪いことはしていない」

 

「そうよ!悪いのは十常侍であって、月ではないわ!」

 

「ありがとうございます、一刀さん、詠ちゃん。だけど、これだけの騒ぎを起こした責任は取らなくちゃいけないと思うの」

 

そこで月はまた袁紹に頭を下げた。

 

「だからお願いいたします、袁紹さん。罰を受けろとおっしゃるのなら喜んでお受けします。ですからもうこれ以上、関係のない人たちを巻き込むのはどうか止めてもらえませんでしょうか?」

 

「・・・麗羽さまぁ」 「・・・姫」

 

月の心のこもった嘆願に、顔良や文醜すらも非難するような目つきで袁紹を見た。

 

「な、何ですのあなた達まで!?こ、こんなの嘘か本当か分からないではないですの!?」

 

「そりゃそうですけど・・・・・・ここまで言わせておいて軍を進めるなんて言ったらあたい、姫のこと少し幻滅しちゃいます・・・」

 

「麗羽さま。私は麗羽さまのことを信じていますからね」

 

「ぬぐぐぐぐぐぐぐ・・・・・・!」

 

二人の言葉に袁紹の中で意地と理性とプライドがせめぎあっていると、連合軍の中から凛とした声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「西涼連盟が盟主、馬騰(ばとう)が名代、馬孟起っ!我ら西涼連盟はこれより反董卓連合軍を抜け、董卓軍に味方するっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

西涼連盟軍、陣地内にて

 

 

「ねぇ、お姉さま、いいの?勝手にこんなことしちゃって?」

 

「いいんだ、たんぽぽ。母様も言ってただろ?『連合に参加して真実を見極め、それにともなった正しい行いをしろ』って。あたしはこの連合なんかより、あの董卓って奴のほうが正しいと思ったからこうしたんだ」

 

「あー、確かにそうだねぇ。たんぽぽもあの董卓って子が可哀そうだと思ったもん」

 

「それに董卓はあたしらと同じ涼州の出だからな。だから、最初にあたしたちが名乗り出なくちゃ、同じ涼州人として名折れになっちまうだろ?」

 

「なっるほど~!さっすが、お姉さま!」

 

「よせやい。それよりたんぽぽ。あたしらは連合を抜けることになったんだ。だから急いでこの連合から距離をとるぞ!」

 

「あっ、そうだよね。それじゃあ急いで兵を動かさないと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ・・・・・・・・・なっ・・・・・・!?」

 

馬超の宣言の後、急速に連合軍から距離をとり始めた西涼連盟軍を見て袁紹は開いた口がふさがらなかった。

 

しかも、これはほんの始まりに過ぎなかった。

 

 

 

「幽州の公孫賛!我らも董卓軍側に味方するぞ!」

 

 

 

「典軍校尉が曹孟徳!我が軍も連合軍に大義は無いと判断し、これより董卓軍に加勢する!」

 

 

 

「桃香さまっ!今ですっ!」

 

「うんっ!分かった、朱里ちゃん!・・・平原郡の相、劉玄徳!私たちも董卓さんの味方になります!」

 

 

「ふむ、やはりこうなったか・・・」

 

冥琳はさっきのを契機に、各諸侯が次々と連合軍への離反と董卓軍への加勢を表明していくのを見てそうつぶやいた。

 

「おまたせー」

 

「雪蓮、それで首尾は?」

 

「上々。ちゃんと袁術ちゃんから許可はもらったわ」

 

「そう。・・・・・・それでも出遅れてしまったことに変わりはないか・・・」

 

「ホントお馬鹿よねー、袁術ちゃんって。この状況を見れば連合軍に先は無いなんて分かりきったことなのに」

 

「まったくだ。最初の時点で董卓軍への加勢を表明しておけば、それなりの風評を得ることも可能だっただろうに・・・」

 

「ま、今更言っても仕方ないけどね。それよりも冥琳。彼・・・どう思う?」

 

「北郷のことか?・・・正直、最初は噂に尾ひれがついた、ただの胡散臭い人物だと思っていたのだが・・・・・・どうやらその認識は改める必要があるな」

 

「やっぱり冥琳も?」

 

「ああ。常に先を読んで機知に富み、他の追随(ついずい)を許さないほどの武技を持ち、そして何よりも彼は善良で誠実だ。これでは人々が彼を英雄視するのもうなずくしかない」

 

「そうよねぇ・・・・・・やっぱり失敗しちゃったかな?」

 

「失敗?・・・何を失敗したって言うの?」

 

「ここには祭じゃなくてあの子・・・蓮華を連れてくれば良かったなって思って」

 

「蓮華さまを?いったいどうして・・・?」

 

「あの子には見てもらいたかったのよ。人々が求めるべき英雄・・・王である姿をね」

 

「雪蓮・・・」

 

「それは人づてで聞いただけでは決して分からない、自分の目で見て初めて伝わるものなのよ。だから、あの子には彼の姿をその目で見てもらいたかったって思ったの」

 

「・・・・・・そうだな。確かにあの北郷を見れば、それは蓮華さまの成長へとつながるだろう」

 

「ふふっ。冥琳ってば、彼のこと気に入っちゃった?」

 

「ふっ、私は才と器量のある者は好きなんだ、雪蓮」

 

「ふーん?それじゃあ、あの案を実行に移しちゃおっかな?本当は冗談半分のつもりだったんだけど」

 

「あの案?」

 

「御遣い君の血を孫呉に入れるっていうアレ」

 

「・・・ああ、そういえばそんなことを言っていたわね。あれほどの男なら私は反対しないが・・・・・・口実が無いのではないか?」

 

いきなり「孫呉の為の種馬となれ」と言っても、かえって反感を買ってしまうと思うが・・・

 

「あるじゃない。彼は母様の命の恩人なのよ?」

 

「・・・確かに水蓮さまが話した特徴と一致してはいる。漆黒の見事な巨馬に光り輝く剣。しかし、それだけであの者だとは断定出来ないぞ?」

 

「いいえ、彼で間違いないわ。だって私の勘がそう言ってるんだもの」

 

「・・・・・・また勘なのね」

 

「あら、私の勘は馬鹿に出来ないわよ?さっきのだって見事当てて見せたじゃない」

 

「・・・ふむ、確かに雪蓮の勘は良く当たるからな。雪蓮がそう言うのならあの男で間違いないのだろう」

 

「うんっ、決まりだね!それじゃあ、まずはこんな連合さっさと抜けちゃいましょう」

 

「そうだな。いつまでも沈む船に乗る道理はない」

 

 

「我が名は孫伯符!孫呉の勇士たちよ!我らも董卓軍に加勢するぞ!」

 

 

 

「どうするんですか、姫?これってマジでヤバイんじゃないですか?」

 

「麗羽さまぁ・・・このままだと私たち、孤立しちゃいますよぉ・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「袁紹、ここで軍を退くことは恥でも何でもないんだ。むしろ見識のある者ならここで退くことは当然のことなんだ。それを分かってはくれないか?」

 

「袁紹さん、ここはお互いの為に軍を退きましょう?私は決してあなたを恨んだりはしていませんから」

 

一刀や月までもが説得する側に回っているのだが、袁紹はそれを無視するかのように黙りこくったまま、その場を動かないでいた。

 

(・・・・・・ここまできて意地を張り続けるっていうのも、ある意味すごいわね・・・)

 

一歩離れた場所で事の推移を見守っている詠はそんなことを思っていた。

 

詠の思っていたように袁紹は意地になっているのだろう。汜水関ではいいところを見せられず、虎牢関では先陣を切るも、結局こうして自らが結成した連合軍が崩壊してしまっている。

 

普通ならこれ以上意地を張っても何にもならないということが分かるものなのだが、袁紹の無駄に高すぎるプライドがそれを邪魔してしまうのだろう。

 

袁紹はもはや、駄々をこねてもどうにもならないと理解した子供が、ふてくされたようにジッとその場を動かないのと同じような状態になっていた。

 

このなってしまっては当人が諦めるのを待つしかないのだが、いつまでもここに軍をとどめているわけにはいかない。

 

どうしたものかと一刀たちが頭を悩ませていると、再び聞き覚えのある声が一刀の耳に入った。

 

「袁紹殿、もうそのくらいにしてはもらえぬだろうか?」

 

一刀たちが振り向くと、そこにはいかにも皇族といった感じの服装をした劉協と華佗が立っていた。

 

「こ、皇女殿下様っ!?」

 

袁紹が慌てて臣下の礼をとると、月と詠、華佗、そして周りにいる兵や諸侯もそれにならうように臣下の礼をとった。

 

(何やってんのよ!あんたも早く礼をとりなさい!)

 

詠が小声で一刀に注意する。

 

(いや、だって俺、漢の臣民じゃないし・・・)

 

(馬鹿っ!そういう問題じゃないでしょう!)

 

そんなやり取りが聞こえたのか、劉協はくすっと小さく笑った。

 

「よいのだ、賈駆殿。北郷は天から遣わされた特別な存在であり、わらわの恩人でもある。だから、わらわはその者に礼を強制する気はない」

 

「そ、そう言われるのでしたら・・・」

 

そこで劉協は再び袁紹に向き直った。

 

「それで、袁紹殿。貴殿は北郷たちの言うことを聞いてやってはくれぬだろうか?」

 

「こ、皇女殿下、しかし・・・」

 

「先ほど、董卓軍の将から事の経緯を聞かせてもらった。北郷の言っていたことはすべて真実だ。十常侍とそこにいる張譲はわらわと兄上を誘拐し、そして・・・」

 

唐突に言葉に詰まった劉協は、こらえるかのように両手を握り締めた。

 

「・・・・・・・・・わらわの目の前で兄上を・・・・・・劉弁をその手で殺したのだ・・・」

 

血を吐くような劉協の告白に周囲がざわめく。一刀から事前に聞いていたこととはいえ、本人の口から語られると嫌にも真実味が増してくる。

 

「・・・それに洛陽もいたって平和そのもの。だから貴殿たちが争う理由など、何一つとして無いのだ」

 

一刀は目を見張った。兄を目の前で殺され、あのような人形のようになってしまっていた劉協は、今は生気にあふれんばかりに堂々とし、そして気高く感じたのだ。

 

「だから、袁紹殿。ここはわらわに免じて軍を退いてはくれぬか?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

それからしばらくの間、長い沈黙が両軍の間でただよった。誰しもが、袁紹がこれから発しようとする言葉に耳を傾けている。

 

長い長い静寂の時を経て、ついに袁紹の口が動いた。

 

「・・・・・・わかり・・・ましたわ。・・・・・・皇女殿下の望むようにいたします・・・」

 

それが聞こえた瞬間、両陣営から安堵のため息がもれた。

 

「うむ。これでこの戦いも終わりだな。・・・・・・では、北郷」

 

「・・・えっ?」

 

自分の名前を呼ばれるとは思ってもみなかった一刀は思わず反応が遅れてしまった。

 

「最後にそなたがこの戦いの終わりを宣言してはくれぬだろうか?」

 

「えっ・・・ちょっと待って、どうして俺が・・・?こういうのは俺なんかより、皇女様とかがやったほうがいいんじゃ・・・」

 

「北郷よ、そなたの働きが無ければこのように戦いを止めることなど出来なかっただろう。つまり、そなたこそがこの戦いの最大の功労者であるのだ。そなた以外にこの役目をになえる者など他にはおらぬよ」

 

一刀は慌てて周りを見ると、月や詠に華佗、それに顔良と文醜までもが劉協の言葉に賛同するようにうなずいていた。(ちなみに袁紹はそっぽを向いている)

 

「・・・・・・分かった。そう言うのなら・・・」

 

一刀はそう言うと、両陣営が良く見えるように黒兎にまたがり、両陣営の間の中央に進み出た。

 

途端、またもや両陣営が静まり返る。誰もが固唾を飲んで一刀の言葉を心待ちにしていた。

 

一刀は宣言の言葉などまったく考えていなかった。ただ、自分の頭の中に思い浮かんだことを伝えるため、一刀は大きく息を吸う。

 

 

 

「全軍、聞けぇっ! 今この時を持ってこの戦いは終結したっ! この戦いに勝者は無く、また多くの死傷者を出してしまっただろうっ! しかし、俺たちは手に入れたのだっ! 親の、子の、兄弟姉妹の、友の平和な営みをっ! これは敵も味方も関係無く誰もが持つべき尊いものだっ! 故にこのかけがえの無きものを勝ち取ることが出来た連合軍、董卓軍の全兵士に告げるっ! ・・・全軍、勝ち鬨を上げろーーーーーーーーーーっ!!」

 

 

 

『うぉおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!』

 

 

 

その瞬間、連合軍、董卓軍の全兵士が一刀の号令に応えるように鬨の声を上げた。この瞬間こそ、敵も味方も関係なく大陸が一つになったと思わせる瞬間だった。

 

 

曹操軍、陣地内

 

 

「ふふっ、やってくれるじゃない、北郷一刀」

 

「ぬぅ・・・まさか我が軍の兵までもが鬨の声を上げるとは・・・」

 

「秋蘭、あなたが見込んだ男は想像以上の傑物(けつぶつ)だったようね?」

 

「・・・はい。そのようであります、華琳さま」

 

「・・・欲しいわね、あの男。何とかしてこっちの陣営に引き入れられないかしら?」

 

「そんな華琳さまっ!?男を引き入れるなんて私は反対ですっ!」

 

「桂花、あなたのその目は節穴ではないでしょう?あの男を味方に引き込めば、それだけ我が覇道が近づくということが分からないあなたではないわ」

 

「うっ・・・それは・・・そうですが・・・」

 

「それに御覧なさい、周りの兵の反応を。誰もが彼を英雄だと認め、畏敬の目を向けている。彼が戦場で味方になればこれほど頼もしい存在はいないだろうし・・・」

 

「・・・逆に敵となればこれほど恐ろしい存在もいない・・・ですね?華琳さま」

 

「その通りよ、秋蘭」

 

「うぅ・・・華琳さまぁ・・・・・・華琳さまには私や秋蘭がいるではないですか・・・・・・」

 

「すねないの、春蘭。もちろんあなた達も頼りにしているわ。けど、優秀な駒は多いに越したことはないのよ」

 

「で、ですが華琳さま。もし味方に引き入れたとしても、あの北郷。果たして華琳さまの駒のままで収まるかどうか・・・」

 

「それこそ望むところだわ、桂花。あれほどの者を御(ぎょ)しきれなくては、覇王となる資格などありえないもの」

 

「では、機を見て北郷と接触する、ということでよろしいのですね?華琳さま」

 

「ええ、秋蘭。・・・ふふっ、『天の御遣い』北郷一刀・・・・・・楽しみが一つ増えたわね」

 

 

 

 

 

劉備軍、陣地内

 

 

「・・・・・・すごい・・・あれが北郷さんなんだ・・・」

 

「どうですかな、桃香さま?北郷殿をご覧になって」

 

「うん!想像していたのよりもずっとすごいよ星ちゃん!」

 

「それは重畳(ちょうじょう)ですな。それではやはり北郷殿と?」

 

「そうだね、やっぱり北郷さんとは同盟を組みたい・・・って言うより、まずはお話をしてみたいなぁ・・・」

 

「うむ。そういうことなら私が仲立ちをしようかと思っておりますが・・・。愛紗よ、お主はどう思う?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「愛紗?」

 

「・・・・・・はっ!?・・・ど、どうしたのだ?鈴々」

 

「・・・なるほど。愛紗は思わず見惚れてしまっていたのか」

 

「なっ!?わ、私は北郷殿に見惚れてなど・・・!」

 

「おや?私は北郷殿のことだとは言っておらぬのだがな?」

 

「それにいつの間にか、殿って敬称がついていますね」

 

「あわっ!?しゅ、朱里ちゃん・・・」

 

「ぐっ・・・!」

 

「・・・・・・・・・ふっ、落ちたか」

 

「落ちてなどおらんっ!」

 

「なぁ、星。落ちたっていったい何が落ちたのだ?」

 

「それはだな、鈴々・・・」

 

「せ~いぃぃぃ~~~~~っ!」

 

「わわわっ!?お、落ち着いて愛紗ちゃん!お願いだから偃月刀をしまって~っ!」

 

 

 

 

 

呉軍、陣地内

 

 

「あらあら。私たちの兵も鬨の声を上げちゃってるわね」

 

「仕方ないだろう。あれほどの活躍を見せ付けられては、誰だってその者に従ってみたくもなるさ」

 

「あーあ、やっぱり蓮華にも見せてあげたかったなぁ・・・。そうすればあの子、きっと惚れてたわよ?」

 

「それはどうだろうな?あの方はあれで警戒心の強いお方だ。今の情景を見たら、かえって北郷を警戒するのではないか?」

 

「そんなの実際に会って話しちゃえば解決しちゃうわよ。彼ってすっごく真っ直ぐな感じしてるし」

 

「えらく北郷を買っているな、雪蓮?」

 

「だって面白いじゃない。あんな突拍子もないことをしちゃうんだから」

 

「・・・確かにそうだな。いきなりがけを駆け下りたかと思えば、両軍に軍を退けと言い出し、さらには十常侍の長である張譲を袋詰めにして運ぶなど・・・・・・やることなすことすべてが常識はずれだ」

 

「でしょ?彼といれば退屈しなくて済むと思うわ」

 

「・・・・・・あのな、雪蓮・・・」

 

「まぁ、それはともかくとしても。あれほどの貴種、むざむざと他の者に取られるよりかは私たちが手に入れておいたほうがいいと思うわね」

 

「それには全面的に賛成だな。あの男が誰かと同盟でも組んで我らに攻撃してくる様など、出来ればあまり起こって欲しくはない事態だ」

 

「周公謹ともあろう者がえらく弱気な発言をするのね?」

 

「この情景を見てしまえば嫌でもそう思ってしまうさ。ここまで兵に影響力のある者が軍を率いれば、その戦闘力は計り知れないものになるだろうし、逆に相手の兵は北郷を見て萎縮(いしゅく)してしまうのかもしれないのだからな」

 

「それに彼自身もすっごく強いしね。あんな風に大剣がスパッと切れるところなんて初めて見たわ。いったいあの武器ってどういう風に出来てんのかしら?」

 

「そんなのは本人に聞けばいいだろう。いずれ、彼とは接触する予定なのだからな」

 

「それもそうね。あー、その時が楽しみだなー♪」

 

 

あれからしばらく時が経ち、鬨の声も止んだ今、両軍は撤収の準備を始めており、一刀の周りにいたのは劉協、華佗、そして北郷軍、騎兵十数騎だけだった。

 

両軍が撤収の準備を進めている間、手の空いた北郷軍が劉協の護衛をするっていうのがその理由だ。

 

「・・・そう言えば一刀。汜水関にいる雫たちにも撤収させるように伝令を出したほうがいいんじゃないか?」

 

「あっ、そうだな。じゃあ俺が行くよ」

 

あっさりとそう言う一刀に華佗は軽くため息を吐いた

 

「・・・あのな一刀。いったいどこに主を伝令に行かせる部下がいると思うんだ?」

 

「北郷様・・・あなた様はただ命令するだけでいいのです。こういったことは我々が行いますから・・・」

 

兵士たちにもそう言われる始末であった。

 

「いや、だって黒兎がいるんだから俺が行ったほうが一番早いだろ?」

 

一刀としては本気でその理由で自分が行くべきだと思っているから始末に負えない。

 

華佗たちがどうしたものかと思っていると、劉協が一刀を呼び止めた。

 

「すまぬが北郷、そなたは残っておいてはくれぬか?わらわはそなたと話しておきたいことがあるのだ」

 

「ん?分かった。そういうことなら・・・」

 

「華佗殿もすまぬが、しばらく北郷と二人にしてはくれぬか?」

 

「ああ分かった。それじゃあ一刀。伝令は他の奴に任せるから、一刀は皇女様の相手を頼んだぞ」

 

そう言って華佗は騎兵を連れて行ってしまった。

 

「・・・・・・それで皇女様・・・」

 

「・・・ふふっ。劉協で構わないわ。もちろん二人っきりの時だけだけれどね」

 

二人になった途端に口調を変える劉協。一刀としてはこっちのほうが自然だと感じてしまう。

 

「それで劉協。話っていうのは?」

 

「うん、そのことなんだけど・・・北郷、あなたには本当に感謝しているの。私を救ってくれたことや、十常侍を捕らえて兄上の無念を晴らしてくれたことも。そして何よりこの戦いを止めて洛陽を戦場にしなくてすんだことも全部」

 

「ああ、そのことか・・・。それは俺がそうしたいからそうしただけで、別に劉協が気にすることじゃないよ」

 

「そういうわけにはいかないわ。ここまでのことをされながら何もせずにいるなんて、皇帝の血を引く者として・・・いえ、それ以前に人としてやってはいけないことなのよ」

 

劉協は信じられないくらい強い光を宿した瞳で一刀を射抜いた。

 

「だから聞いて、北郷。私は出来る限りあなたが望むことを叶えてあげようと思うの。財宝が欲しいなら皇室の宝物庫から好きなだけ持っていっても構わないし、地位を望むなら北郷が望む好きな地位に就けてあげる。私は恐らく次代の皇帝に選ばれるだろうから不可能なことではないわ」

 

「・・・・・・あのな劉協、俺は・・・」

 

一刀は憤慨した風に劉協を見る。そんなものが目当てで助けられたのだと思っているなら、それは心外もいいところだ。

 

「分かってるわ。あなたがそんなもの目当てで私を助けたのではなかったということくらい。でも覚えておいて北郷。あなたはあなたが思っている以上にとっても大きな恩を私に与えてしまっているの。だから、私はそれを返す為ならそれこそさっき言ったことくらいのことはしてあげようと思ってる。それだけは分かっていて欲しいの」

 

一刀は思わずたじろいでしまう。彼女の目は本気だ。本当に一刀がそれを望めば叶えてしまうのだろう。

 

(もしかして、劉協ってとんでもない大物なんじゃないのかな?)

 

今更そんな当たり前のことを思った一刀なのであった。

 

これを機に、これから訪れる乱世は一刀が予想もつかない局面へと変わっていくのだが、一刀がそのことに気づくのはまだまだ先のことであった。

 

 

 

人物紹介

 

 

 

『劉協伯和』

 

 

真名はあるが、皇室の掟(おきて)により血縁者を除けば生涯の伴侶にしか教えられないことになっている。後漢王朝、皇帝の血を引く唯一の直系。

 

 

目の前で兄を殺されて茫然自失となるも、一刀の言葉によりその状態から立ち直る。

 

 

皇族としての威厳を保つために本来の性格や口調などは隠しているが、気を許した者になら本来の自分で接するようにしている。

 

 

本来の性格は人当たりが良く、負けず嫌いな一面も持っており、こうと決めたら中々その考えを曲げないという、良い意味でも悪い意味でも真っ直ぐな意思の持ち主。

 

 

聡明であるがゆえに、自分では考えもつかないことをやってしまう一刀に、一種の憧れにも似た感情を抱くようになる。

 

 

ちなみに華佗と華雄の真名が出てこないのも、二人が上記の風習を真似した村落の出身であるから。

 

 

 

あとがき劇場

 

 

 

天和:「あれー?ここっていったいどこー?」

 

 

地和:「そんなのちぃにだって分からないわよ。・・・・・・あれ?あそこに紙が落ちてるわよ」

 

 

人和:「これね。えっと・・・・・・『ここはセリフや出番が中々もらえない人たちのための救済の場です。ですので、ここにいる人たちはここを自由に使ってもらって構いません。ある程度の物も用意しておりますので』・・・って書いてあるわね」

 

 

地和:「何よそれっ!?それって、これからもちぃ達のセリフや出番がまったく出ないってことなの!?」

 

 

人和:「まぁ、私たちって完全な裏方だから・・・」

 

 

天和:「えーっ!?そんなのってやだやだーっ!」

 

 

人和:「わがまま言わないの天和姉さん。だからここが用意されたんでしょう?ほら、あっちの方には料理やお菓子が置いてあるってこの紙に書いてあるわ」

 

 

地和:「えっ!?それって本当!?じゃあ早速そこに行くわよ二人とも!」

 

 

天和:「おーっ!」

 

 

沙和:「凪ちゃーんっ!真桜ちゃーんっ!こっちなのー」

 

 

 凪:「沙和、一人で先に行き過ぎだ」

 

 

真桜:「ちゃんと前を向いて歩かんと転んでまうで?」

 

 

流琉:「こらっ!季衣、待ちなさい!」

 

 

季衣:「だってここに食べ放題の場所があるっていうんだもん!流琉も早くそこにいこうよー!」

 

 

 祭:「蓮華さま、小蓮さま、どうやらついたようですぞ」

 

 

蓮華:「ええ。ここがそうなのね」

 

 

小蓮:「へー、ここってこうなってるんだー」

 

 

天和、地和:「「帰れーっ!」」

 

 

一同:『っ!?』

 

 

地和:「何なのよあんた達はっ!?ここはちぃ達にとっての聖地なのよ!?あんた達みたいにセリフや出番がもらえそうな奴らなんてお呼びじゃないんだからっ!」

 

 

人和:「それとも何?あなた達はここで私たちのセリフや出番を奪うつもりなのですか?もしそうでなければ帰って頂きたいのですけど」

 

 

天和:「そうだー!帰れ帰れーっ!」

 

 

沙和:「えーっ!?ちょっとくらい、いいじゃないのー!」

 

 

真桜:「ケチケチーっ!」

 

 

 凪:「こらっ!二人とも行くぞ」

 

 

流琉:「わ、分かりました。・・・ほら、季衣も行くよ」

 

 

季衣:「食べ放題・・・」

 

 

 祭:「そ、そうか・・・それはすまぬことをした・・・」

 

 

蓮華:「そ、そうね・・・それじゃあ私たちも帰りましょう・・・」

 

 

小蓮:「そうだねー。そういうことなら仕方ないよね」

 

 

地和:「あっ、ちょっと待って。あなたはいいわ(ガシッ!)」

 

 

小蓮:「えっ?」

 

 

天和:「そうそう。何だかあなたには私たちと同じ匂いがするし(ガシッ!)」

 

 

小蓮:「えっ!?ちょっ、ちょっと待って!シャオは帰るっ!帰るのーっ!」

 

 

地和:「じゃっ、みんなであっちに行きましょう(ズルズル)」

 

 

天和:「あっちに美味しい料理やお菓子がいーっぱいあるのよ?お姉ちゃんと一緒に食べよーねー(ズルズル)」

 

 

小蓮:「そんなのいらないーっ!お願いだから帰してーっ!」

 

 

人和:「諦めなさい。私も付き合ってあげるから」

 

 

小蓮:「えーーーんっ!お姉ちゃんーっ!祭ーっ!たーすーけーてーーーっ!」

 

 

 

あとがき劇場2

 

 

 

美羽:「七乃ーっ!なーなーのーっ!」

 

 

七乃:「はーい、何でしょうか美羽お嬢様?」

 

 

美羽:「おかしいのじゃ!これは絶対何かの陰謀なのじゃ!」

 

 

七乃:「いったいどうされたんですかー?お嬢様」

 

 

美羽:「どうもこうもないわっ!何故にこの章のわらわのセリフがたった一つだけなのじゃ!?こんなのおかしすぎるであろう!?」

 

 

七乃:「えー、いいじゃないですかぁ・・・。私なんてセリフどころか名前すら出てこなかったんですよー?」

 

 

美羽:「いやなのじゃ、いやなのじゃっ!あの影の薄いのやフンドシ二人組よりセリフが少ないのは我慢ならんのじゃ!」

 

 

七乃:「お嬢様。あのフンドシ二人組さん達はただ返事をしただけですってば。あんなのセリフとは呼べませんよー」

 

 

・・・・・・チリーン・・・・・・・・・チリーン・・・・・・・・・

 

 

美羽:「な、なんじゃっ!?い、いずこから鈴の音が聞こえておるぞ!?」

 

 

タラリ~♪ターララターララ、タラリ~♪

 

 

七乃:「こ、こっちには必殺をお仕事とする方たちの音楽が聞こえますっ!?」

 

 

思春:「フンドシ二人組とは・・・」

 

 

明命:「・・・いったい誰のことですか?」

 

 

美羽:「で、出たのじゃーーーーーっ!」

七乃:「で、出たぁーーーーーーーっ!」

 

 

思春:「鈴の音は・・・黄泉路に誘う道しるべと心得よっ!」

 

 

明命:「見敵必殺っ!」

 

 

美羽:「にょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

七乃:「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

終劇

 


 
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