No.128272

さよならピアノソナタSS またひとり 前編

Nogahさん

杉井光著「さよならピアノソナタ」のSSです。
時間軸的には「翼に名前がないから」と「最後のインタビュー」の間になります。


SSが全くないようなので、書いてみました。

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2010-03-05 21:10:43 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:3183   閲覧ユーザー数:3140

 
 

「遊びに行こう!」

 

 ユーリが訪ねてくるなりそう言い出したのは日没も近い午後6時過ぎだった。確かに遊んでやると言ったのはぼくだけど、時間考えようよ。おまえ有名人だろ。

 

「女装すれば大丈夫だよ。制服も持って来てるし。」

 

 なんでぼくの家に来るのにわざわざ制服持って来てるんだよっ。

ぼくの拒否も虚しく、あまりにしつこいユーリの欲求にぼくが折れるのは約20分後である。

 

「それで、どこに行くの?」

 

 家の鍵を閉めながらユーリに訊く。哲郎と暮らしていた時は閉めなくても良い時が多かったので、何か慣れない。

 

「ナオミが決めて。」

 

 外に行くと言ったのはおまえだろ。

 きちんと鍵が閉まっているか確認して、ユーリを振り返る。

 

「それじゃあ、とりあえず駅の辺りにでも行こうか。」

 

ため息をつきながら二人で歩き出した。

「何でおまえベースなんて地味なのやってるの?」

 

「確かに。ただでさえ影薄いのに。ギーターの方が格好良いし目立つだろ。」

 

「二重の意味で空気じゃねーか。」

 

 橘花がそんな会話を聞いたのは、駅前のカフェで一息ついている時だった。最後の一口を飲もうとした手が止まる。フェケテリコのサポートメンバーを一時脱退して、フェケテリコのメンバーとして認められる為に絶賛武者修行中の橘花には聞き捨てならないセリフだった。

 

「確かに影が薄いのは認めるけど……!」

 

 けれども橘花に会話に加わる勇気は勿論なく、独りごちる。

 大学生だろうか。いかにも遊んでるよな雰囲気を出している。プロになる実力もないくせにバンドの為に大学を辞めたわたしが言うのもアレなんだけど。

 

「影は確かに薄いかもしれないよ。」

 

 だよねぇ。最後の一口を飲んで、席を立つ

 

「俺は。けれど、ベースはバンドになくてはならない大事なモノなんだぜ?」

 

のを止めて、会話に耳を傾ける。

 

「おっ、言うじゃん。俺らに分りやすく説明してくれよ。」

 

「いいぜ。ちょっとお前らそこに並べ。そしてありがたく拝聴しろ。」

 

 橘花も耳を澄ます。

 

「えーと、まずそうだなぁ……まず般教の日本文学教えている杉井の顔を思い浮かべてみろ。」

 

「はーい、思い浮かべましたー。」

 

 杉井…杉井……はーい…って同じ大学だったのかよっ。 まぁ、いいや。

 

「そしてその顔から髪を消してみてください。」

 

「髪? はーい。」

 

 はーい。ハゲだ……ヤバい、顔がニヤける。

 

「消えたのなら、次は眉毛を消してみてください」

 

「これ何か意味あるの?」

 

 なくてもいいよ、これはこれで面白‥プッ‥い。ヤ、ヤバい、絶対今わたしの顔ニヤけてる。

 

「最後までやったら分かるよ。」

 

「眉毛消えたぜ?」

 

「それなら、最後に輪郭を消して。」

 

 輪郭……っと。……えっ。あれ? 消えない。

 

「消せないだろ? その輪郭みたいなモノなんだよ、ベースは。分かった?」

 

 おぉ……。良いこと言うなぁ。今度響子さまと千晶さんの前で言ってみよう。尊敬の眼差しで見られたりして。

 

「消したぜ? 次は?」

 

 え?

 

「嘘っ、マジで!?」

 

「おー、マジで。脳内でAVのモザイク消せる俺をナメんなよ。」

 

「えーと、それならぁ……」

 

「それなら?」

 

「……ごめんなさい。高校時代の友達が言っていたのをパクっただけです。」

 

 わたしの感動を返せ! いや、感動は変わらないのか? 名前も知らない高校生よ、千晶さんと話せるネタをくれてありがとう。

 

「そんなことだろうと思ったよ。お前にそんな深い話ができるハズないし。

 で、ベースをしている本当の理由は?」

 

「……さっきの例え話をした友達が、異様にモテてたんだよ。」

 

 わたしは今度こそ席を立ち、会計へ向かう。

 

「そんなことだろうと思った。けど、ベースでモテるとか本当か?」

 

「マジマジ……と、噂をすればってちくしょー、また可愛い子を連れてやがる!」

 

「へっ?」

 

「ほら、あそこの制服来た金髪の可愛い子と腕を組んで……ってアレうちの制服じゃねーか。どうやってJK捕まえたんだよ。」

 

 そんな声が聞こえ、わたしもそっちに顔を向ける。あっ、本当に可愛い。彼女がフェケテリコの4人目ですと紹介されたら迷わず信じてしまうくらい可愛い。それに対して男の方はそこまで格好良いとも思えない。

 けれどもあんな上手い話ができるベーシストなら一度あってみたい。声をかける勇気もないのに、店を出た橘花の足は自然と彼らの方へ向いた。

 
 

 
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