No.121176

The way it is 第三章ーゴザ

まめごさん

ティエンランシリーズ第四巻。
新米女王リウヒと黒将軍シラギが結婚するまでの物語。

「一寸の虫にも五分の魂」

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2010-01-29 12:56:23 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:491   閲覧ユーザー数:482

セイランを歩かせながら、村人の冗談に笑い声をあげた瞬間だった。

いきなり目をぎらつかせた男がリウヒに猛烈な勢いで駆けよってきた。小刀を真っ直ぐにこちらに向けて。

「あっ!」

驚き手綱を巡らそうとした刹那、セイランが前足を掻いて立ち上がり、その男に襲いかかろうとした。

「どう、どう!セイラン!」

「何をする!」

シラギが蹄を立てて男とリウヒの間に割って入る。

村人たちは泡を食ったように逃げ惑っていた。

男は舌打ちをして逃げようとしたが、あっという間にトモキとカグラに道を阻まれた。

「下郎め、そこに直れ!」

剣を抜き、シラギが怒鳴りながら男を叩き斬ろうとする。

「待て、シラギ」

慌ててリウヒが割って入る。

「お前…」

「覚えていてくれたのかよ」

男の衣はボロボロで垢じみていた。長い髪は洗っていないのか、フケが浮いて何束かにかたまっている。ぶっくりと丸かった体形は骨と皮同然で、恨みに光る眼はくぼんで異形の者のようだ。

「止めるなよ。さっさと殺せよ」

不貞腐れたように、しかしニヤニヤ下卑た笑い顔で、カグラを顎でしゃくった。

「そこの銀髪があの時殺してくれなかったおかげで、最悪な毎日を送ってたからな」

カグラが眉をひそめた。

「ゴザ…」

避難していた村人の一人が、男を殴った。

「この野郎、おれらの王さまを殺そうとしたのか!」

勢いづいたように数人が襲いかかる。

「なんてことしやがるんだ!」

「やっちまえ!」

村の男が垢じみた男を殴る、蹴る。女ですら持っていた鍬の柄でポコポコ叩いた。

「待て待て、止めなさい!」

リウヒの大声がすると、村人たちは咳きこむ男から離れた。

「この男にも言い分があるのだろう。話を聞こう」

「話すことなんてねえよ」

血を痰と共に吐いて男は言った。

「お前を殺して、おれも殺してくれればそれでいいんだ」

「では勝手に一人で命を断つがいい」

吐き捨てるようにシラギが男を見る。

「カグラが情けをかけて、逃がした恩を見事な仇で返してくれたな。お前の母も西の果てで感心しているだろうよ。ゴザ」

****

 

 

ゴザは痛みを堪えて、暴れるセイランを諌めているチビを睨みつける。

早く殺してくれればいいと願いながら。

こいつがおれの全てを奪った。大勢の女官に日々梳かれていた頭は、痒さのあまりかきむしり過ぎて血が出る。

横で眉を顰めている銀髪に唾を吐く。こいつがあの時、おれを殺してくれれば、ゴミを漁ることも、都を追い出されることもなかった。

喚き罵倒してするゴザを見て、銀髪がため息をついた。

「分かりました」

ああ、やっと楽になれる。死んでしまえばこのみじめな生活とも、垢にまみれた体ともおさらばだ。しかし。

「お前を逃がした判断は、間違っていなかったということですね。恥さらしのまま生きてゆくがいい。しかし、陛下に剣を向けた大罪は重いですよ」

セイランが歯をむき出して自分を嘲笑った。馬のくせに。おれには懐かなかったくせに。

「それともう一つ。この馬鹿げたことは、あなたの一存ですか」

「は?なに言ってんの、お前」

相談できる相手なんているかよ。

「そうですか」

にっこり笑って、カグラが鞘ごと剣を抜いた。そして目にも止まらぬ速さでゴザの横っ面を殴った。弾けるような音がして、ゴザが吹っ飛ぶ。

「今度、いらぬことをしでかしたら」

痙攣している男には一瞥もくれず、鞘を帯に差し込みながら静かな声を出した。

「手と足の指を全部切ってしまいますからね。では、その男の後始末をよろしくお願いします」

立ち上がることも、顔を上げることもできないゴザは、今度は村人から袋叩きの暴行を受ける。

痛みも苦痛も感じなかった。ただ惨めなだけだった。

****

 

 

リウヒは痛々しい顔をしていた。当たり前だろう、初めて悪意を向けられたに違いない。

少女はセイランの首を優しく叩いて礼を言った。

「ありがとう。わたしを守ろうとしてくれて」

青鹿毛は得意げに顎を上げた。

「シラギとカグラもありがとう。少し…びっくりしたから…」

「いいえ」

ため息をつきながら、何度も振り返っている。

「シラギ」

「どうしました」

「ゴザは…どうなったのだろうか」

あの青年も可哀そうといえば、可哀そうだった。母に連れられて宮廷に上がり、散々甘やかされた後に、その母は殺され宮廷を追い出された。

しかし、幼子ならともかく、りっぱな大人だ。己の人生を生きぬく責任を負わなければならない。

「行き倒れるか、どこかでまた虫ケラのように生きるだろう」

リウヒはしばらく考えるように黙っていた。

「虫ケラでも、立派に一人の人間ではないか。この国の民ではないか」

「そうだな」

「わたしに何かできることがあったかも…」

「リウヒ」

思いもよらず、きつい声が出た。

「己の甘さを他人のせいにし、あまつでさえ人を、国王陛下を殺そうとした。一番迷惑な人種だ。そんな腐った人間は、虫同然、いや虫以下だ。ティエンランの民を思う心掛けは立派だが、全ては王の責ではない。民は民なりの生きる義務がある」

隣の王は何も言わなかった。シラギの言葉を反芻するように下を向いているだけだ。

冷たい風が吹いて、僅かに髪を浚った。

****

 

 

意識は覚醒し、ゴザは僅かに瞼を開く。同時に鈍い痛みも感じた。

起きなくていいのに。このまま死んでしまいたかったのに。

目を開けると、少年の頭が見えた。だれ、こいつ。

「あっ、目え覚ました!ワカちゃん、足押さえつけて!」

「あいヨ」

事態を飲み込めていないゴザの体は誰かに押さえつけられ、いきなり口に液体が流し込まれた。

「うげえ!」

身体は水分を欲しがっていたのだろうか、意志とは関係なく喉を鳴らして飲んでゆく。ひどく不味い液体だった。多少むせたものの、全てを飲んでしまったゴザは、目の前にいる少年少女を怒鳴りつけた。

「なっ…何だよ!何なんだよ、お前ら!」

「通行人その一です」

「そのニデス」

気付けば自分は、木々のなかに全裸で横たわっており、二人に覗きこまれていたのだった。

通行人その一の少年は、長い前髪に目が隠れていて、何故か嬉しそうに微笑んでいる。

そのニの少女は、焦げ茶の髪を後ろに束ねて可愛らしい顔立ちをしていた。

「いやー。新しい薬が出来上がったから、人体実験してみたかったんだけど、丁度いいのが倒れていましたからねー。協力してもらったんですよ、ふふふふ」

「でも、カナン。この人、大分弱ってマスヨ?ちゃんと食べてないみたいだし、痣だらケ。耐えられるかナ」

少女は垢にまみれた自分の腕を取ってプラプラと振った。

「勝手に助けるんじゃねえよ!こんな虫ケラのおれなんて、見殺しにし…て…」

腹の中が燃えるように熱くなった。まるで灼熱の炎で焼かれているようだ。

ゴザは耐えきれなくなって悲鳴を上げ転げまわった。

二人は遠巻きに冷静な目でそれを見ている。

「嫌だ、おれ、死にたくねえ!死にたくねえよう!」

無我夢中で叫んだ。心の底からの叫びだった。

そうか、本当は生きたかったんだ。生きたいんだよ、おれは!

思った瞬間、意識は飛んだ。

 

再び目を覚ますと、木々がサワサワと揺れているだけだった。

夢でもみたのだろうか、と体を起こすと妙に軽く痛みもない。垢まみれで痒かった体はさっぱりしている。ふと頭に手をやるといつの間にか短く刈られていた。

「ぎゃあ!」

どんなにフケがでようとも、痒くて堪らなくても頑なに切らなかった髪の毛は、ゴザが仰天するほどなくなっていた。

「あいつら…!」

見渡しても二人はいない。その代り新しい衣がぽつんと置いてあった。着てみると見事につんつるてんだった。

 

 

重い足を引きずるように町を歩きながら、ゴザはため息をついた。

きっとおれは、悲しかったんだ。そして甘えていたんだ。不幸な己の運命に。

好きで宮廷に入った訳じゃない、色町の猥雑な雰囲気が幼心に好きだった。友達は沢山いたし、ほのかに想いを寄せる少女もいた。界隈で一番有名な美しい母だって、誇りに思っていた。全てが変わったのは、宮へ連れていかれてからだ。

母は汚い老人に媚びるようになり、息子に講師をつけさせふんだんに贅沢をさせた。だが、ゴザには分かっていた。いつか破滅の日がくると。母にも自分にも。

だって、おれら親子は王家の血を引いていない。そんな人間が国の頂点に立てるわけがない。

予感は的中し、母は殺され自分は宮を追い出された。悪者になってしまった母の息子の居場所はどこにもなかったし、生まれ育った色町でさえゴザを迫害した。

どうしたらいいか分からなかった。働くという概念もなかった。その内、恨みはあの時あっさり殺してくれなかった銀髪と、新しい王に向かった。

お前がさっさと殺してくれれば、おれはこんな屈辱をうけることはなかった。

あのチビが謀反の時死んでいれば、おれはこんな仕打ちをうけることはなかった。

こんな虫ケラのように、這いつくばって生きるなんて。

死にたかった。死んで楽になってしまいたかった。しかし、自ら命を断とうとしても、どうしても痛みが怖くて出来なかった。

その内、王が視察の旅にでていると噂を聞いて、見に行った。行って腸が煮えくった。自分に懐かなかったセイランを見事に乗りこなしているチビに。

世界のすべてに拒否されている気がした。

この世の中、どうなってもいい。チビを殺したら、周りにいる奴はおれを殺してくれるだろう、そう考えて襲いかかった。とてもいい考えだったのに、結局は中途半端に生かされてしまった。

「あ、やっぱりぼくの衣は小さかったですね」

通りの向かいから、あの少年がにっこり笑いながら歩いてきた。改めて見ると、目が隠れている事が不気味だ。

余計なことしやがって、と思う反面、もう文句を言うつもりはなかった。

「あの…ありがとうな。助けてくれて」

「いいえ。こちらこそ実験台になって頂いてありがとうございました。気分は?爽快?そうかそうか、成功かーふふふふ。衣と身を整えたのはせめてものお礼」

あの燃えるような薬のことなのだろうが、薬やこの少年の正体も興味がない。分かっているのは、こいつはおれを助けたという事実だ。

じゃあ、と去ろうとすると、呼び止められた。

そしてにっこり笑うと少年は言った。

「一寸の虫にも五分の魂」

ペコリと礼をし、立ち去って行った。ゴザはしばらくその後ろ姿を見送っていたが、子供の悲鳴に振り返った。

「どろぼー!」

「そいつを捕まえてー!」

丸い髭オヤジが猛烈な勢いで走ってきている。その後ろを女の子が二人、これまた必死な形相で追いかけていた。

ゴザの足が反応した。向かってきた髭オヤジは見事に足に引っ掛かり、ドオウとひっくり返って、キュウと鳴いた。

「あっ、あの、ありがとうございました!」

「いや…」

女の子たちは髭の懐を探ると、珊瑚の簪を二本取り出して安堵のため息をついた。

「良かった、あったよ!」

「よかったよう」

二人は抱き合って喜びあった後、再びゴザに頭を下げた。

「本当にありがとうございました!」

「とっても大切なものだったんです、感謝します!」

生まれてこのかた、ここまで礼を言われたことのなかったゴザは大いに戸惑った。はあ、どうも、と踵を返そうとした時、袖を女の子たちに掴まれた。

「あの、あたしたち守ってくれる人を探しているんです」

「父はいなくなっちゃったし、弟たちは小さくて頼りないし」

「お金は出せないけど、ご飯は出せます!」

「お願い、来てください!」

必死の形相で縋ってくる子供たちに、ゴザは戸惑いの次に困惑した。周りの人々は好奇の目で見てくる。

一寸の虫にも五分の魂、虫ケラのおれにも魂はあるんだ。役に立つことだってあるんだ。必要としてくれる人だって…。

「分かったよ、一緒に行くよ」

少女たちは手に手を取り合って喜んだ。そして名前をキキとネネだと言った。

 


 
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