No.119424 リライのネタ帳 ~ The Witch Writer ~2010-01-19 15:19:10 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:278 閲覧ユーザー数:273 |
都会の中心を彩る華やかなビル街は、今日も昼も夜も無く人通りが絶えない。
しかしその全てが人で溢れているわけではなく、中には人通りの少ない場所もある。
そんな寂れた街の一角に、ビルと呼ぶには小さな5階建ての建物があった。
くたびれたその建物の借り手は今ではただ一人しかいない。
その唯一の借り手は2階に借りた部屋を自分のアトリエとしており、小さなアトリエの入り口に掲げられた分不相応に大きい看板には、力強い筆文字で『筆魔女リライが悩みごと相談、無償で承り候』などと書かれていた。
今、アトリエの中には苦悩の唸り声が響き渡っている。
筆や絵の具、用紙などの画材があちこちに散乱している中、唸り声のあるじはゴミ溜めのような机に向かって延々とタイプライターの調べを奏でている。
鬼のような形相で文字盤に向かうそのボサボサ髪のメガネ魔女を、小さな幽霊のような白い魔物が頭上から不安げな表情で見下ろしていた。
「……むぅぅ、この展開もイカン!! これでボツ16回目ではないか!!」
書きかけの原稿を引き千切り、丸めて机の端に投げ捨てる魔女。
「ライター・リライ、そろそろ妥協してください。万一、原稿落としたらクビですよ?」
「やかましいぞエディー氏、気が散るから黙っていたまえ!」
宙に浮く担当編集エディーの言葉を歯牙にもかけず、魔女作家リライは新たな紙をセットしてタイプを再開する。
……が、程なく新品だった紙は彼女の手の内で握りつぶされる。
「口惜しい……これでは真に迫るモノが一欠片も無いではないか! このような程度の低いホラ話では、読者の目を引き付けることなどできはせぬ!」
振り返って手にした紙屑をドアに投げつけようとしたリライだったが……。
リライはそれを中断し、ずり落ちかけている丸メガネをかけなおす。
「む……少年、キミは誰だね?」
そこにはおどおどしながら目を泳がせる少年の姿があったのだ。
インターホンを押しても誰も出てこなかったので中に入ってみたらしい。
ちなみにインターホンはとっくの昔に壊れてしまっているので音は鳴らない。
「あ、あの……勝手に入ってしまってごめんなさい……。でもお願いが……」
「!! 悩み相談の依頼かっ!?」
「で、でも忙しいみたいだから、出直しま――」
そそくさと逃げ出そうとする少年の両手を、音速で椅子から飛び出したリライがバシッと握る。
「よぉぉーーーく来てくれた少年!! ベストタイミング、神の思し召し、千載一遇……。いや、とにかくちょうど良かった!!」
「え……えぇーっ!?」
「さぁ、早速悩みごとの内容を聞かせてくれ!」
少年が戸惑っているうちに、にんまりと笑うリライによって、少年の身体はお客様用のボロ椅子の上に運ばれていた。
今、リライと少年は大手病院の一室を訪れていた。
ベッドでは、様々な医療器具を装着された幼い少女が眠りについている。
「この子がキミの妹さんかね?」
「はい……医者の話では、今夜が峠だと……」
現代医学では病魔に侵された彼の妹を救うことは出来ず、どうしても妹を助けたかった少年は、偶然リライの噂を聞きつけ、藁にもすがる思いで彼女の下へやってきたのだった。
「ふむふむ、大体わかった」
妹の顔をしげしげと眺めていたリライは、勝手に納得して頷くと、スケッチブックを取り出し、さらさらと何かを書き始めた。
「……よし、キャラデザはこんな感じでいいかね?」
そうして少年の目の前に突き出されたのは、やや萌えキャラ化された妹の絵であった。
よく見ると、何故かその頭上には小さな王冠が乗っている。
「何やってるんですか……遊んでるヒマがあるなら妹を助けてくださいよ!」
「まぁ落ち着きたまえ、これは私の魔法には必要な作業なのだ。創作も魔法もイマジネーションだからな、いかに無意識の深淵を開拓できるかという――」
「わ、分かりましたからそろそろ本題に入ってくださいよ!」
またリライの薀蓄というか一人語りが始まりそうになってしまったので、慌てて止める少年。
リライは語りに没頭し始めると止まらなくなるということを、既に4回もノンストップで薀蓄を聞かされた少年は十分に理解していた。
「ふむ……まぁいい。では、魔法を使う前に約束してもらおう。これから魔法によって起きること、そしてその体験を、決して他人に口外しないこと。これを守ることが出来ないというのなら、私はキミに協力することは出来ない」
そうか、魔法のことが世間に知られるとマズイんだ。
少年はそう解釈して納得した。
「ええ、もちろんです。約束します」
「そうか、では魔法を始める。……っと、流石に場所が悪いな」
ここが病室だということに気付いたリライは、近くの公園へと場所を変えることにした。
「では、今度こそ始めるぞ」
公園のベンチで足を組んでいるリライは、少年を眼前に立たせ、自身は表紙に魔法陣の書かれた分厚い本に、何事かを書き込み始めた。
更にぶつぶつと、呪文のようなものも唱え始める。
気になった少年は、本を覗き込もうと首を伸ばしてみるが……。
次の瞬間、自分が透明な水をたたえた井戸を覗き込んでいることに気付く。
「うわっ、なんだこれ!?」
慌てて身を起こして辺りを見回してみるが、ここは少年が見たことも無い深い森の中だった。
植物は変わったものばかりが生えており、日本、いや地球であるかも疑わしい。
(助けてください!!)
ふと、少年の耳に助けを求める声が響いてくる。
その声には、不思議とどこか聞きなれたような感じを覚える。
それが井戸の中からだと気付き、再び井戸を覗いてみる少年。
井戸の水面には……王冠をかぶった彼の妹の姿が映っていた。
「お、おまえ!? 何やってるんだよ!?」
(勇者様、お助け下さい! 私はシスター王国の皇女です! 今、私の国は、病魔シックによって滅ぼされようとしているのです!)
「な、なにを訳のわからないことを言ってるんだよ!?」
(おねがいです、どうか助け……きゃあっ!!)
皇女が悲鳴をあげ、映像が乱れる。
やがて、井戸の水面には何も映らなくなった。
「……なんなんだ、一体……」
『設定がお気に召さなかったかね?』
「! リライさん!」
声をかけられた少年が振り向くと、そこにはリライが半透明の身体で宙に浮いていた。
「リライさん、ここはどこなんですか? さっきのお姫様は一体……」
『ここは私が書いた物語の世界……。否、“書いている”物語の世界だ』
「書いている物語の世界……?」
少年は再び辺りを見回してみる。
言われてみれば、この世界には微妙に現実感が足りない。
『この私、筆魔女リライの力は、物語を紡いで仮想世界を作ること。病魔に侵された妹さんと、それを助けようとする兄である少年。そんな現実をモデルにして、軽く物語のプロットを組み立てておいた。もちろん、主人公はキミだ』
「僕が……物語の主人公?」
『ただし、この物語はまだ未完成だ。まだ登場人物たちのドラマが描かれていないからな』
「それで、僕はどうすればいいんですか?」
『主人公であるキミの役目は、病魔を倒してさらわれた王国の姫を救うこと。シンプルだろう?』
リライの話を聞いた少年は、眉をひそめて口をつぐんでしまう。
『どうした、少年』
「……これはただの物語なんでしょう? なら、仮に僕が病魔を倒すことに成功したとしても……」
『現実には何の影響も無いただのバカバカしい戯れだと……。妹の命が助かることなどありはしない、と……そう言いたいのかね?』
「……………………」
『……確かに、これは物語だ。キミが殺されても現実に戻るだけだし、この世界のモンスターが抜け出して現実の人間を襲ったりなんてこともない』
「じゃあ……」
『だが、これだけは覚えておくのだ少年よ。世界の運命を変えられるのは、物語の主人公だけだということ、そしておとぎ話を真実にできると信じる者だけが、物語の主人公足りえるということを』
静かにそう言うリライの表情はふざけているようには見えない。
むしろ、少年が知っている中で最も真剣な顔だった。
「……わかりました。僕、やってみます!」
『そうか、では健闘を祈るぞ少年!』
丸メガネを指でつまんでキラリと光らせると、リライの姿は宙に溶けていった。
少年は躊躇いながらも、冒険への一歩を踏み出した。
☆ △ ◇ ※ ☆ △ ◇ ※ ☆ △ ◇ ※ ☆ △ ◇ ※ ☆ △ ◇
そんなこんなで、少年は数々の冒険を乗り越え、とうとう病魔の居城までやってきた。
その右手には、病魔を倒すことができる唯一の武器と言われる聖剣が握られている。
『いよいよ最終決戦だな』
「リライさん!」
少年の前に再びぷかぷかと浮かぶ半透明のリライが現れる。
決戦が近いので応援に来たのだ。
『本当なら、私も“魔法少女パステル・リララ☆”とかで参戦したかったんだがな。今はこの世界を構成・維持するのに精一杯で、そんな余裕が無いんだ』
「リライさん、少女って歳じゃないでしょう」
軽口を叩きつつ、少年は病魔の下へ赴く。
怪物なら物語の途中で何匹も倒してきた。
今更どんな輩が出ようと怖くは無い。
……しかし、病魔の姿は少年の想像を超えていた。
そのどす黒い身体は小さな城ほどもある。
全身の至るところに人間を食らうための赤い穴が空いており、
その内側からは無数の鋭い牙が飛び出てきている。
「な、なっ…………びょ、病魔ってレベルじゃないですよ!!」
『妹さんの中にあった病魔のイメージを元にしたんだ。圧倒的なまでの苦痛と死のパワーで塗り固められている強敵だ』
「そ、そんな……!」
『油断するな少年、来るぞ』
「う、うわああっ!! 来るなぁっ!!」
向かってくる病魔に対し、少年は無我夢中で剣を振り回す。
その切っ先が病魔に触れた瞬間……。
(パキィィン……)
「あっ……!?」
唯一、病魔に対抗できるはずの聖なる剣は、実にあっさりと砕け散った。
恐怖に溺れた少年の内心を写すかのように。
病魔は文字通り、全身で牙をむいて少年を威嚇する。
「む、無理だ……こんな化け物に勝てるわけがない……」
腰を抜かして尻餅をついた少年は、そのまま力なく身を伏せてしまう。
少年の心を、絶望と諦めが覆う。
そうだ……所詮はこれは物語だ……。
ここで自分が死んだとて、現実に帰るだけ……。
何がどうなるわけでもないんだ……。
『あきらめるな!!!』
「……っ!?」
突然、リライが声を張り上げたので、反射的に顔を上げる少年。
『少年、あきらめてはダメだ!! 絶対に!!』
「リライさん……なんでだよ……」
『何故なら……キミに、あきらめる権利は無い!!』
「ええええええええええええええええ!?」
ずっこける少年に対し、リライは矢継ぎ早に言葉をつむぐ。
『いいか、少年! 今のキミは、物語の主人公なんだぞ! 主人公が恐れをなして逃げ出して、妹の命をあきらめる……。そんな物語を、キミは読みたいと思うのか!?』
「いや、それは……」
『少なくとも私は嫌だぞ、絶対に!! この私の著作歴に、そんな駄作の存在は許さん!!』
その論理展開は自己中心的で、感情論そのものだったが、それでも、いやだからこそ、少年は真に迫るものを感じた。
この人は、物語をつむぐことに命を懸けているんだ……。
ならば自分は、主人公である自分は、それに応えなくてはならない。
少年は、刀身の無くなった聖剣を投げ捨て、立ち上がる。
病魔が再び牙をむいて威嚇する。
しかし、少年はもう怯まなかった。
「それで、奴を倒すにはどうすればいいんですか!?」
『走れっ!』
「走る!?」
『主人公であるキミは、ただ迷わずに前へ走り続ければいい! ハッピーエンドへの筋書きはこの筆魔女リライが書いてやる……だから、決して恐れるな!!』
「……分かりました、恐れません!!」
意を決して、病魔に向かって走り出す少年。
その足取りは力強く、迷いは感じられない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
少年は地を蹴り、病魔に向かって飛び掛った!
☆ △ ◇ ※ ☆ △ ◇ ※ ☆ △ ◇ ※ ☆ △ ◇ ※ ☆ △ ◇
「手術は無事に終わりました。大丈夫、妹さんはお元気ですよ。面会もOKですから、お見舞いに行ってあげてください」
現実に帰ってきた少年が病院に駆けつけると、実にあっさりと、妹の無事が告げられた。
「良かったじゃないか、少年。キミのおかげだな」
病室への道を歩きながら、リライはパンパンと少年の肩を叩く。
「……結局、僕達がやったことに何か意味はあったんですかね?」
少々疲れたような顔をして、力の無い目でリライを見返す少年。
彼は満身創痍になりながらも、決死の覚悟で病魔を倒すことに成功したのだ。
「妹さんが助かったのも、物語とは関係ない偶然……だと思うかね?」
「い、いえ……その……」
「ふふふ、まぁ好きに取るといい。私はどちらでも構わないのだからな」
何がおかしいのか、リライはやけに上機嫌だった。
少年はリライに感謝を述べるべきか迷っていたが、その過程で、あることに思いが至る。
「……あの、そういえば、お礼はどうすれば……?」
「いや、要らないよ。もう貰ったからな」
「え?」
「あー、そうそう。前にも言ったと思うが、私の魔法で得た経験については、絶対に他人に口外しないでくれたまえよ!」
「あ、はい、分かってます」
一昔前とくらべて魔法使いの存在は周知となったとは言え、やはり魔法のことについて他人に知られるのはマズイのだろうか。
などと考えているうちに、少年は妹の病室に辿り着く。
「お兄ちゃん!」
少年の存在に気付くと、彼の妹は笑顔を咲かせて彼を迎える。
まだ点滴がつながれてはいるものの、聞いたとおり元気そうだ。
「おまえ良かったなぁ、こんなに元気になって!」
「あのね、あのね……あたしのこと、勇者様が助けてくれたの!」
「えっ、それって!」
「えへへ……夢の中のお話だけどね!」
少年は思わず廊下へ振り返る。
……が、既にそこにはリライの姿はなかった。
☆ △ ◇ ※ ☆ △ ◇ ※ ☆ △ ◇ ※ ☆ △ ◇ ※ ☆ △ ◇
魔女作家リライと担当編集エディーは、アトリエで乾杯していた。
「原稿、なんとか完成しましたね」
「うむ、危ないところであったがな」
リライ著作の人気シリーズ、『The Witch Writer』は無事に誌面に掲載された。
今回のシナリオは病魔に侵された恋人を救うために奮闘する勇者の物語。
世界観は陳腐だが、奮闘する勇者の心理描写には鬼気迫るものがある。
アンケートでの人気も上々のようだ。
「それにしても、あんな形で口止めをしなくてもいいと思いますけど。正直に自作のネタに使わせて欲しいと頼めば済む話じゃないですか」
「ん、私の魔法で起きるってことを口外するなって話かね?」
「ええ」
「……………………」
何を思ったか、リライはそっと立ち上がり、窓から外を見下ろす。
「現実は物語を生み、物語は現実に影響を与える。……二つの世界は、密接に組み合わさっている。飽くまでなるべくではあるが、私は自分の創作によって現実を変えたくはないのだよ。ありのままの現実の姿、それこそが極上のネタを引き出すことのできる唯一無二の金脈なのだから」
エディーはまた体のいいことを言って己の世界に浸っているなとは思ったが、編集のエディーとしては質の良い作品を上げてくれれば文句は無いので、特にそれ以上追求する気は特に起きなかった。
「しかし思いつきで勇者と姫にしたのだが、やはり原作通りに兄と妹にした方が良かっただろうか?」
「私はどちらでも構わないと思いますよ」
「そうか。実はだな、私にも妹が居てだな」
「聞いていません」
「妹も私と同じく、目が悪くて丸メガネでな。地元に居た頃は丸メガネの姉の方、妹の方などと呼ばれていたものだ」
「だから聞いていません」
「生意気で我が侭な奴だったがな、いざ離れて暮らしてみるとこれが意外と寂し」
「これ以上続けるなら、自分は帰ります」
「薄情だなエディー氏は。ならば何か別の話題を出してみたらどうかね?」
「それでは、次の締め切りですが……」
「むぅっ、そう来たか……。一つ書き上げたばかりなのだ、しばしの休息を許してはもらえぬだろうか」
「ダメです」
「ぬぐぐ……」
結局、缶ビールを一本空けただけで原稿完成の打ち上げはお開き。
リライはいつものように、エディーに見張られながらタイプライターに向かうのであった。
「いつも締め切りを先延ばしにしてるからこういうことになるんですよ」
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