No.1161579

Baskerville FAN-TAIL the 33rd.

KRIFFさん

「剣と魔法と科学と神秘」が混在する世界。そんな世界にいる通常の人間には対処しきれない様々な存在──猛獣・魔獣・妖魔などと闘う為に作られた秘密部隊「Baskerville FAN-TAIL」。そんな秘密部隊に所属する6人の闘いと日常とドタバタを描いたお気楽ノリの物語。

2025-02-06 08:45:04 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:60   閲覧ユーザー数:60

 

「…………」

グライダ・バンビールは、無言で一枚の写真を見ていた。それには彼女が生まれたばかりの頃亡くなった自分の両親が写っている。

その両親の忘れ形見と言える自分。そして、もう一人の忘れ形見。双子の妹セリファ・バンビール。

妹の姿はこの場にない。ほぼ無尽蔵の魔力がその身に宿る事を利用するためなのか、何者かに誘拐されてしまったからだ。

この国で一番高いカツォオス・ウサ山から、セリファの持つ携帯電話のGPSの反応があった。

だからそこに向かう。これから。たとえ何が待っていても。何があろうとも。

写真の下には鞘に収まったままの短剣と、表面がすっかり曇ってしまった小ぶりの水晶玉が。

短剣は父ドムの。水晶玉は母ノリールの。それぞれの形見と聞いている。

グライダはその二つを手に取った。

これまでどんな戦いに赴く際も、祈るだけで触れようともしなかった。だが今回は明らかに違う。戦いに挑む気持ちも。心構えも。

今回の敵は神なのだ。

本物の神か、それとも神を名乗る何者かは判らない。自分にそんな複雑怪奇な事を調べる力も見抜く力もない。

セリファを取り戻すために邪魔になるなら戦って、打ち倒す。何があろうとも。誰であろうとも。

自分にできるのは、そんなシンプルな事だけなのだから。

 

 

世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。

ここにも、朝はきちんとやってくる。

同時に、面倒な騒動までやってくる。

平穏な日は、一日としてなかった。

この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。

だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれることはない、とまで云われている。

 

 

「グライダ。もう行くわよ」

後ろから声をかけてきたのは魔族の女性サイカ・(ショウン)・コーラン。両親と旧知の仲にして自分達の育ての親でもある。

彼女は魔族特有の金属光沢を放つマントで全身をすっぽりと覆ったいつもの姿のまま、亡き旧友の写真を見つめ、

(セリファは必ず助け出すから)

グライダが滅多に触れようともしない短剣と水晶玉を持っているのに気づいたが、何も言わなかった。

たとえ思い出が全くなかろうとも、紛れもなく本当の両親の形見。何らかの思いや繋がりといった物を感じ、少しでも不安を和らげたいのだろう。

——今回ばかりは、これが今生の別れとならない保証はないのだ。

不安や緊張を隠す事も拭う事もできていないままだが、時間の方は待ってはくれない。

出発の時間となった二人は家を出た。周囲はしんと静まり返っている。確かに朝早い時間だが、港町であるこのシャーケンの町はその朝こそ賑わいを見せる町である。

だが今朝は違う。いつもある声が、賑わいがない。たったそれだけなのに違う町に越してきたのではないかと思ってしまう。

その原因は現在大流行中のスマートフォンである。それで各種サービスを楽しんでいた人全員が意識不明の状態に陥っているのだ。

残っているのは幸か不幸かスマートフォンを「持っていなかった」自分達だけという有様。

人々が意識を失った時、神を名乗る「オクヰ・イシ」という人物が「天罰を下し人類を滅ぼすと決めた。自分を崇める者はカツォオス・ウサ山に来い」というメッセージを発したのである。

自分を崇める者は救われる。怪しい新興宗教にありがちな文句である。

しかしそのオクヰ・イシというのは正真正銘の神らしい。現在信仰されている神々よりもずっと古い神に仕えていた神で、現在は堕とされた神であるとされているという。

そんな情報を教えてくれた神父オニックス・クーパーブラックが入口に立っていた。その隣には全身を黒い鎧で覆ったような姿のロボット、戦闘用特殊工作兵のシャドウもいる。

「クーパー、シャドウ。待たせてごめん」

グライダが二人に声をかける。一応笑顔のつもりだったが二人にはそう見えなかったようで、

「グライダさん。不安なのはよく判ります。ですが……」

クーパーはいつもの神父の服で、首には幾つものお守りが下げられている。

その上から厚手の旅用のフード付きマントを羽織っており、そのフードを取りながら彼女の目をしっかりと見つめて、

「不安なままでは戦いになりません。置いて行きたいところですが、あなたの力はこの戦いには不可欠。来てもらわなければ困ります」

冷たいな、と判っていても、クーパーはあえてそう言い切った。

なぜならグライダはほとんどの魔法が効かない体質。そして彼女の右手には全てを焼き尽くす魔剣レーヴァテインが。左手には聖剣と謳われたエクスカリバーが。それぞれ宿っているのだ。

もちろんオリジナルそのものではないが、同等の力を持った剣である。敵が神であれその力は確実に通用するだろう。

「どうやってカツォオス・ウサ山まで行くつもり? 歩いて行ける距離じゃないわよ?」

コーランがクーパーに問いかける。

カツォオス・ウサ山はここから北に二百キロほど行った場所にそびえる、神々が住むという伝説が残る山でもある。発音しづらいので普段は単に「カツ山」と呼ばれている。

「無論二百(きろめーとる)の距離を歩けとは言わんよ」

今まで黙っていたシャドウの合成音声。感情らしいものが乏しい音声だが不思議となだめるような雰囲気がある。

「夜の間に車を手配しました。この場で落ち合う事になっています」

クーパーが続けてそう説明する。そしてそれが合図だったかのように、遠くから車のエンジンの音が響いてきた。

グライダ達の目の前に止まったのは黒いピックアップトラック。その荷台には武闘家のバーナム・ガラモンドが乗っていた。

「よく判らねぇから適当にデカイのを持ってきたぜ」

銀行のATMすらうまく使えないほどの機械オンチの彼らしい言葉だが、その彼が荷台に乗っているという事は、この車を運転してきたのは一体誰なのか。

「早ク乗レ。時間ガナインダロウ?」

たどたどしい言葉使いの、全身真っ赤な肌をした針金のように細い体の魔族の魔術師・ガナテンセンの姿が運転席にあった。

彼にはこの意識を失った人々のいる町の守りを頼んだ筈だったのだが。

「オ前ラ車ノ運転出来ナイダロ。乗セテッテヤル」

「車の操縦ならば自分に可能だが」

シャドウがガナテンセンに向かってそう言うが、ガナテンセンはその言葉を遮るように、

「オ前ノ図体ジャ運転席ニ入ラナイダロ」

トラックの荷台を指差して「そっちに乗れ」と無言で言ってくる。

シャドウはもちろんコーランもグライダも器用に荷台に乗り込むと、クーパーだけ助手席に乗り込んだ。

「道案内はボクがやります。発進させて下さい」

有無を言わせないような圧力をクーパーから感じ取ったガナテンセンは、無言のままトラックを急発進させた。

 

 

ピックアップトラックは時折事故で止まってしまっている車を横目に、法定速度以上の速さで走っている。

少しでも危険がないように、シャドウ以外の三人は、荷台の前方に背を預けるようにして座っているので、後方しか見えていない。

それでも判る、伝わってくる現状の異常さ。

「この道路で、こんなスピードで走れるなんて信じられないわね」

時々車に乗って町の外へ仕事に出るグライダは、一日中交通量が多く渋滞が日常茶飯事のこの道路でここまでのスピードで走っていられる事に、軽く恐怖すら感じていた。

「これがオクヰ・イシとかいうヤツの『天罰』ってヤツなのかしらね」

何げなく空を見上げながらコーランが呟く。

もちろんその問いに答えられる者がこの場にいる訳もなかったが、

「然し、崇める者はカツォオス・ウサ山へ来いと云う内容は奇妙に感じる」

シャドウの呟くような問いにはバーナムが意外な事に、

「自分を崇めるヤツは助けるけど、そうじゃないヤツは知ったこっちゃねぇって事なんじゃねぇの?」

言い方自体は適当そのものだが、案外そうなのだろうと思える答えを出してきた。

「まぁ崇めたくてもほとんどの人間がああなっちまっちゃ意味はねぇだろうがな」

まるで魂の抜け殻のようになってしまった町の人々を思い出したバーナムは、明らかにバカにした様子でそう言った。

「カツォオス・ウサ山には、神のみが使える大砲が有り、地上の総てを一撃で吹き飛ばせると云う伝説が有るな」

シャドウの言う通りの物が本当に存在するのなら、バーナムが言った事も現実味を帯びてくる。

「ちょっと急いでよガナテンセン。こんな状態なら法律なんて知ったこっちゃないから」

グライダが運転席の仕切りをガンガン叩きながら怒鳴るような大声で言う。

「判ッテルカラ怒鳴ルナ。舌噛ムゾ」

ガナテンセンがそう言ったのと同時に何かに乗り上げたらしく、ガクンガクンと激しくトラックが揺れる。

危うく舌を噛むかと思ったグライダは、文句の代わりにもう一度仕切りをガツンと叩く。

「あと十二時間足らずで着けますかね?」

クーパーは助手席に座ったまま、運転席の向こうの空を見つめていた。

まだまだウサ山が見える距離ではないのだが、まるで目の前にそびえ立っているかのように真剣な目を向けている。

「二百きろ先ナラ余裕ダヨ。十二時間ドコロカ二時間で着ケル」

ガナテンセンが少しバカにした口調でクーパーにそう言った時だった。

ガナテンセンの優れた視力が、遥か前方にトンデモない物を確認したのだ。

背中に大きな翼を持つ人間である。それもたくさん。パッと見ても百や二百では利かない数である。

「何ダ、アノ大群ハ!?」

「天使……ですね。それもかなりの数です」

ガナテンセンとクーパーの目が驚きで見開かれる。

天使。一般には神に仕える存在であり、人々の守護から敵対する悪魔討伐の尖兵まで幅広い役目を負っている。

それだけに天使が独断で姿を現わす事は稀である。

しかも大群という数であり、これから向かうカツォオス・ウサ山を守るようであり、トラックの行方を阻むようでもある。そんな風にしか見えない。

天使達は手にした剣や槍の先を明らかにこちらに向けている。それだけでも友好的・好意的にはとても思えない。

オクヰ・イシという神の『天罰』はこれなのだろうか。皆がそう考えても不自然な点は何もない。

「来るぞ。身構えろ」

シャドウの一言の直後、トラックの周囲の土が一瞬で跳ね上がった。それも何ヶ所も。

これは魔力の塊を弾のように打ち出す、人外の者の攻撃法である。

少なく見ても数十キロは離れた距離からの攻撃で、この精度。黙っていたらそのうちこのトラックに直撃するのは間違いがない。

「反撃()るのか?」

シャドウは既に愛用のライフルを構えている。周囲の精霊を取り込んで射出するエレメントライフルである。その銃身をトラックの屋根に乗せ、遥か先に照準を合わせている。

「反撃はしません。耐えて下さい」

助手席からクーパーが口を出してくる。

何故なら、数十キロも先にいる敵に攻撃ができる者がこの中にはシャドウしかいないからだ。これでは多勢に無勢である。

その間にもトラックの周囲——時には荷台スレスレに弾が飛んできている。

「『当たら無い』では無く『当てて無い』だな」

発砲こそしていないが、ライフルの照準を天使達に向けたままのシャドウが呟いた。

その照準の先にいる天使達は皆仮面の様な無表情顏だが、その内側には加虐的な笑みが浮かんでいる様に見えた。

確かに天使と人間の実力差を考えると舐めてかかって当然だ。あちらは人間など文字通り歯牙にもかけまい。

だが、ここにいる人間達は(ガナテンセンを除けば)普通の人間にはない能力を持つ者ばかりだ。それでも天使達から見ればただの人間以外の何者でもない。

「そうみたいだな。けど、さすがに舐められっぱなしってのも癪だぜ」

バーナムが荷台の上に立ち上がって構えようとした時、クーパーが助手席からわざわざ頭を出して振り向いた。

「バーナム、止めなさい。今は力を少しでも温存する時です!」

「うるせぇ! 相手が誰だろうと、舐められっぱなしでたまるかってんだ!」

「それでもです。今回の目的はセリファちゃんの救出。そのためにはカツ山での戦いは避けられません。こんな所で力を消耗してどうするんですか!」

「そうよ。前菜だけでお腹一杯になったら、メインディッシュが食べられなくなるわよ」

クーパーに続き、すました調子でコーランが諭す。無学なバーナムにも判りやすい例えに彼は荷台をガツンと蹴ると不満を露わにした調子で座り込んだ。

もちろんその間にも天使達の舐めきって加減をした攻撃は続いている。時折本当に当たりそうになるものもあり、その度に荷台から振り落とされそうになったり、押し殺した悲鳴が上がる。

「おいクーパー! これでも無抵抗でいろってのかよ!」

天使達の攻撃が跳ね上げた土の塊を手で弾き飛ばしながら、バーナムが怒鳴る。そこへシャドウが、

「新手が来たぞ。黙って居ろ」

シャドウの目には天使達のさらに遠くから、こちらに向かってくる鳥の姿が見えていた。

しかしその鳥が普通の鳥でない事は、大きな翼が二対ある事を見れば一目瞭然だ。

さらに言えば大きさも人間より大きく、何より口ばしに大きな剣をくわえている。

「二対の翼を持つ鳥が来る。気を付けろ」

「二対の翼!?」

珍しくクーパーが驚きの声を上げる。明らかにこの世界にいるとは思えないくらい珍しいものだが、その驚きようは妙に見えた。

だがその疑問を吹き飛ばしたのは、その鳥が天使達に襲いかかった事だった。

くわえた大きな剣ですれ違いざまに天使を斬りつけ、空を飛ぶ事に特化したそのスピードは天使を文字通りキリキリ舞いさせている。

そうなるとその鳥への対処に追われ出し、こちらを攻撃するどころではなくなった。

「ヨシ。今ノウチニ距離ヲ稼ゴウ」

ガナテンセンがさらにアクセルを踏みしめ、トラックを加速させる。そこへクーパーから横槍が入った。

「済みません。この先の曲がり角を曲がって、山道に入って下さい」

その指示は明らかにカツォオス・ウサ山への近道ではない。むしろ隣の山へ入る道だ。

遠回りになるという程ではないが、急ぐために行く道ではなかった。

「策があります。今は黙って従って下さい」

この中で一番の智恵者のクーパーの、威圧感を含んだその言葉に逆らえる度胸はガナテンセンにはなく、黙ってそれに従った。

 

トラックはクーパーの指示通り隣の山の山道に入った。始めのうちは良かったがだんだんと舗装路から岩や木の根がむき出しの荒地へと変化し、地面から伝わる衝撃の量と回数が増えだす。

ガタガタと小刻みに揺れ続ける状態に、荷台にいた面々は車酔いにも似た不快感を覚えていた。

「クーパー。どうしたのよ、一体」

後ろを見ていたので道を変えた事に気づくのが遅れたグライダが彼に尋ねる。

しかし彼はそれには答えず、周辺を注意深く見回していた。やがて、

「ここで一旦停まって下さい」

ガナテンセンはいきなりの発言に驚いていたが、彼の発する有無を言わせぬ威圧感に圧され、すぐブレーキを踏んだ。

クーパーは完全に停止するのを待たずにドアを開けて車を降りると、一見何もない山道の脇の木々や隙間を注意深く観察し始めた。

もちろんこの急いでいる時に、と文句をつけそうになった一同だが、彼のあまりの真剣な様子に口を開く事ができなかった。

やがてクーパーは木で作られた古ぼけた標識を見つけ、それをぐいと傾けた。

すると周囲の木々はもちろん山道すら消え失せ、山の中腹にある大きな棚田のような空間に姿を変えた。

その中央にはかろうじて何かの石像だろうと判る石の柱が二本立ち、その間の地面にぽっかりと洞窟を思わせる穴が空いていた。

「この洞窟を抜けていくと、カツ山の真下に出られます。このまま地上を行くよりは安全だと思います」

クーパーはそう説明した。相変わらずどこからこんな知識を仕入れてきたのか全く判らないが、そうならそうと最初に言って欲しかった。皆の視線がそう物語っていたが、

「済みません。確証がなかったもので。一か八かでした」

素直に謝罪するクーパーを見て、バーナムは険しい表情になると、

「謝るのはその辺にしとけ。さっきの天使がこっちに気づいたみてぇだぞ」

かろうじて肉眼で見える距離にまで近づいていてきた何割かの天使達の矛先が、さっきまでの鳥ではなくまたこちらに向いているのだ。

「では皆さん、行って下さい。ここはボクが足止めをします」

クーパーの口から出たとんでもない提案にもちろんシャドウが文句を挟む。

「其れは無謀だ。多対一の戦いで在れば、自分の方が優れて居る」

しかしクーパーはそれを首を振って否定し、

「バーナムの龍の力とグライダさんの聖剣・魔剣の力は神が相手でも確実に通用します。お二人を主戦力にして下さい」

彼は二人を見つめてそう説明する。

「それからコーランさんは魔法で皆のバックアップを。そしてシャドウは……」

クーパーはシャドウの胸の辺りをコツンと叩き、

「貴方の探査能力を駆使して、この洞窟の最短距離を探し出して下さい」

クーパーが言うにはこの洞窟はかなり入り組んでいる上に数々の罠が仕掛けられており、地図もなく入るのは無謀極まりないそうだ。

「それ故にボクがこの場に残ります。ガナテンセンさんは町へ戻って下さい。お願いします」

そう言うが早いか、彼は持っていた日本刀を鞘に収めたまま頭上に掲げた。

どごっごがががががんんっっっ!!

頭上の透明な板——魔力によるシールドが、天使達の魔力弾の直撃を防いだのである。

しかしクーパーは片膝をつき、その足元には首から下げていたお守りの成れの果てであろう金属片がいくつも転がっていた。

「次が来たら防ぎ切れません。全員殺されます。早く!」

彼のその切羽詰まった、そして真剣な声に、皆は言われた通りの行動に移った。

ガナテンセンは急いでトラックに乗って来た道を全速力で引き返し、バーナム達は一目散に洞窟に飛び込んだ。

誰もクーパーを連れて行こうとは言い出さなかった。時間もなかったし、何より彼の「足止めをする」という言葉を信じたのだ。

何の根拠もないがこれまでの長い付き合いで、不思議と「彼なら何とかしてしまう」と感じていたからだ。

 

 

クーパーはかろうじて残っていたお守りを右手で握りしめ、左手で納刀したままの日本刀を地面に突き立てた。

洞窟の入口に稲妻が走り、首から下がったお守り全てが砕け散った。

そして突き立てたままの日本刀をスラリと引き抜いた。その状態でついに真上にまで迫ってきた天使達を鋭い目で見上げている。

「結界を張りました。いかに天使といえど、やすやすとは突破できませんよ」

天使の一人がふわりと地面に降り立ち、

『人間にしては立派な結界術ですが、仮にも神の眷属に向かって言う言葉ではありませんね』

顔同様無表情な声でそう言った天使は、クーパーに構う事なく地面に開いた洞窟の入口に向かって歩き、そのまま入ろうと足を踏み出した。

じゅううっ。

耳障りなノイズのような音がした。見ると洞窟に入ろうとしていた天使の右足が「無くなって」いた。

「無闇に結界に触れればそうなります」

クーパーはそう言うと右手の刀を一振り。ほとんど不意打ちのような斬りつけではあったが、天使の片羽が根元から斬られ、地面に落ちる。と同時にぱあっと霧のように消え失せた。

その光景には流石の天使達にも動揺が走った。まさか人間の振るった一太刀で自分達が傷つくなど考えもしていなかったのだ。

自身の翼を斬られ、表面上はともかく内心怒り心頭となった天使は持っていた剣を振りかざした。

しかしそれより速くクーパーは斬りつけた。それも二度。

逞ましくはないががっしりとした胸板に二筋の切れ目が深々と刻まれた。人間であれば鮮血吹き出して倒れるところであるが、天使は違うのだろう。

仮面のような無表情が崩れ、苦悶を浮かべてうつぶせに倒れ、やがて全身がすうっとかき消えていく。消滅したのだ。

これは死んだのではなく、人間の世界に実体化・そして影響を及ぼす事が二度とできなくなった事を意味する。だから神の世界では普通に生きている。

だが人間の手によってそうなったという事実が天使達にはとても信じられなかった。

その時吹いた風がクーパーの厚手のマントをなびかせると、その腰に一振りの刀が下がっているのが見えた。それを見た天使の一人が、

『確か、それは梵天丸(ぼんてんまる)だな』

クーパーの腰に下がっている刀は小太刀・梵天丸。刀ではあるが本来の使い方は武器ではなく、持ち主の力を倍増させるお守りのような物だ。

かつて古い神が持っていた物だけあってその威力は未だ衰えを知らず。さっきの天使の攻撃や天使の侵入を防ぐ結界を張れたのは砕けたお守りとこの刀の力のおかげでもある。

『しかし悲しいかな。人の身ではそれが限界だろう』

天使達は自分の武器を構えクーパーを攻撃する体制に入る。クーパーはその天使の言う通り強力な魔法を立て続けに使いすぎて疲労が大きく、この人数で一気に攻め込まれたらまず保たない。

それでもクーパーは刀を正眼に構えた。切っ先が微妙に震える。

その時だ。天から矢のように降ってきた物があったのは。

『また貴様か!』

天使の誰かが叫ぶ。降りてきたのは先ほど見かけた二対の翼を持つ白い鳥だった。

その大きさは人間の倍ほど。遠くにいる時はそうでもないが間近で見るとそれ以上に大きく感じる。

その鳥は口ばしに大きな剣をくわえていた。いや、これは刀——それも太刀と呼ばれる大型の刀。しかも抜き身である。

鳥は軽く首を振って太刀を放ると、それはクーパーの方へ飛び、彼はそれを受け取る。

愛刀の彌天太刀(びてんのたち)の倍の長さと重さの太刀である。扱えない事はないのだが……。

『お久しぶりです。貴方の武器を持ってきました』

白い鳥はクーパーに向かってそう言った。同時に彼らを取り囲む天使達の雰囲気が騒然としたものに変わる。

その感情は明らかに恐れだ。その太刀が何なのかを知っているように。

『今度は大蛇丸(おろちまる)だと?』

大蛇丸。古代にいた武神・岩蔭(いわかげ)の愛刀と伝わっている太刀である。

そしてクーパーにとっては自身の剣の流派・石井岩蔭流(いしいいわかげりゅう)の開祖である石井茂吉(いしいもきち)に剣を伝えた神である。

その大蛇丸を「貴方の武器」とクーパーに言ったその巨鳥は、ざわつく天使達に向かって、

『左様。この方こそ誰あろう、天下に轟く武神・岩蔭様に在らせられる』

何となく偉そうに胸を張って(いるように見える)白い鳥が声高らかに宣言した。

「……スズエド」

クーパーは得意げになっている鳥にそう呼びかけると、

「今のボクは神父オニックス・クーパーブラックです。もう岩蔭ではありません」

クーパーもスズエドの言葉自体を否定はしていない。その事が無表情を貫いていた天使達にどれほどの衝撃を与えたのだろうか。皆愕然としたように動けなくなっている。

だが全員ではなかった。文字通り「それがどうした」と言いたげに剣を振るった天使が一人いた。

その速度まさしく稲妻の如し。目にも留まらぬ速さである。

しかしその剣がクーパーを傷つける事はなかった。彼の体に当たる直前刃が真っ二つにへし折れ、あらぬ方向へと飛んで行ったから。

折れた剣の断面は何かで磨いたかのような平面で、明らかに自然に折れた物ではない。

この中で判ったのは鳥のスズエドだけだったが、その剣はクーパーが太刀・大蛇丸を振るって斬ったのである。それも片手で。

太刀というのはだいたい全長二メートルほどであり、重量もそれにつれて重くなる。そんな武器を稲妻の如き剣よりもさらに早く振るえるクーパーの実力。

それが見抜けない者もいたが、理解できた者の胸中を満たしていたのは間違いなく「恐怖」だった。

「貴方方天使がどんな命令を受けてきたのかは知りません。しかしボク達も引く訳にはいかない理由があります」

彌天太刀を下ろしたまま大蛇丸をゆっくりと肩に担ぎ、天使達を見回すクーパー。たったそれだけにもかかわらず、いつ自分達にあの刃が振るわれるのか。そんな威圧感に震える天使達。

天使がいかに神の側に属する存在で、人間とは比較にならぬ程の力を持った存在であっても、神ではない。衰えたとはいえ正真正銘の神が相手では分が悪いというレベルではない。

しかも相手は未だに武神と名高い岩蔭なのである。それは先程の一太刀を見ても一目瞭然である。

だが天使が神の命令で動く以上、それに背く事は許されない。

『こちらも神の命を受けてこの世界にやって来た。引く事はできん』

天使達の中でもおそらく位が高かろう一人がクーパーの前に立ってそう告げた。

ジリジリとした緊張感が高まり、それこそ一触即発。ふとしたきっかけて戦いが始まろうとした矢先、

「多対一ね。天使とは随分と無粋なのね」

低い女性の声が真上から聞こえてきた。同時に何かがクーパーの傍らに静かに着地する。

身長二メートルを超える鍛え上げられたガッシリとした体型。そんな人物が軽々と背負っているのはコントラバスという大型の弦楽器のケースである。

宋朝(そうちょう)。あなたまで」

クーパーが少し呆れた調子で声をかける。

彼女は人間の住む世界とは違う魔界の警察機構——治安維持隊の一員で、ほとんどの権限を持って単独行動する特殊部隊のエリート隊員である。

『宋朝。よく来てくれた。岩蔭様に助力を……』

「助力に来た訳じゃない。人界で起きているこの騒ぎの調査よ」

宋朝がスズエドのセリフを遮る。

彼女の調査によればスマートフォンを使って人々を「堕落」させ、それを大義名分に人間達を滅ぼす。オクヰ・イシの目的はそれだ。

自分を崇めれば助けるというのは、自分にすがるべく人間達が慌てふためくのを見たいだけ。助ける意志はもちろんない。

人間達を滅ぼすためにカツォオス・ウサ山にある大砲を使うため、その「エネルギー」としてほぼ無尽蔵の魔力を持つセリファを誘拐した。

そのエネルギーが溜まるまでの時間稼ぎとして、天使達をこの世界に呼んで守らせる事にした。

そんな事を天使達の前で朗々と語る宋朝。

神の命令で動くとはいえ、人を助け導くのが天使本来の役目。それが人を滅ぼす片棒を担がされる。それがどれほどの皮肉か。宋朝が言いたいのはそういう事だった。

いかに命令に背けないとはいえ、そうと判って戦おうとする天使はいないだろう。無駄な戦いは避けられる。

宋朝がそう思った時だった。

いきなり天使達が雷に打たれたかのように棒立ちとなり、全身を小刻みに震わせだしたのだ。

だがそれも数秒のみ。それが終わると天使達はさっき以上に無表情のまま一斉に武器を構え出したのだ。

構えだけで判る。その行動に天使達の意志は全くない。何者か——十中八九オクヰ・イシが強制しているのだ。

彼らと戦う事を。彼らを排除する事を。

こうなるともう言葉では止まらない。死なない限り決して止まらない。

オクヰ・イシのやり方にはもう怒りしか感じられない。クーパーは両手の刀をチラリと見ると二刀流の構えをとり、大きく息を吐く。

「……行きます」

 

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