No.115687

The Over The Paradise Peak...

Over The Paradise Peak...(楽園の峰を越えて)

 コロンビア、ペルー、ベネズエラ、そしてブラジルの国境地帯、サバンナと熱帯雨林。
 正樹は運命に導かれる様に、非情な戦いの中に自らその身を投じる。
 それを見守る久美の心と、二人を取り巻く悲惨な現実。

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2010-01-01 04:06:36 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:875   閲覧ユーザー数:860

preface

 

 

 

 

 

 兵器を人型にするメリットは、人と同じ設備・装備を利用可能である事、瞬間的な判断が必要とされる場合、直感的な操作が可能である事。

 

 つまりその大きさは、極めて限定される事になる。

 

 

 ……但し、確立された兵器体系においては、技術力の許す限りにおいて、兵器は際限なく大型化する傾向がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

Prologue

 

 

 

 

『AE』(=Armored Exoskeleton system)

 

 ……ベネズエラに近い、コロンビアとブラジルの国境地帯で、正樹達の部隊が伏撃体制に入ってからおよそ四時間。

 情報が正しければ、そろそろ敵が現れてもおかしくない頃合いであった。

 

 肉眼ではほとんど何も見えない夜のジャングルに、いつの間にか小動物のざわめきと、小さな虫の声が戻って来ていた。

 

 正樹の機体は現在、偽装ネットを被り、浅く掘った穴の中にしゃがみ込んで、かつ半ば土に埋もれた状態である。

 この姿勢だと、正面からはステルス性の高い外装(レーダー波吸収構造、RASと呼ばれる)部分しか見えなくなるため、機体は電波反射源及び熱源としては、ほぼ完全に存在を消してしまえるようになる。

 さらにここ数日間の激戦の結果として、無数の兵器の残骸が散乱しており、磁気探知機すら無力化しているはずであった。

 

 これならよほど至近距離でも発見される可能性は無い。(因みに専用のシールドを持てば、目の前にいてもレーダーには映らない)

 

 ほとんど全ての機能が待機状態に入っており、まるで戦闘機のコックピットのような印象を与える全周モニタはもちろん、あらゆる情報画面が消えている。

 

 作動しているのは、換気のための小さなエアコンと、本部中隊が管理している聴音情報と、機体が収集しているそれ、ようするに外の音を拾っているマイクとスピーカーだけだ。

 

 非常用の赤いLEDが一つ点灯しているだけだが、暗闇に慣れた目にはこれでも十分であった。

 

 因みに正樹はこの状態が嫌いではない。

 射出座席に固定され、繭型のそこに座っていると、なぜか不思議と落ち着くのである。正樹は近頃、自分には母胎回帰願望とやらがあるのかもしれない、などと疑っている。

 もちろん誰にも話した事はなかったが……。

 

 不意に、待機状態にあった通信用の補助モニターが起動し、密林を背景に一人の男を映し出す。

 もちろん光ケーブルを利用した有線通信である。

 

“客が来た。準備はいいか?”

 

 何時聞いても実に綺麗なスペイン語だった。本来命令の伝達は英語で行われる事が多いのだが、時々部隊編成の都合上、こうしてスペイン語を使われることもあったのだ。

 特に最近はその傾向が多くなっている気がする正樹である。

 

「いつでも」

 

 “常時”を意味する単語で答える正樹。

 それは初めて戦場に出て以来、英語だろうとスペイン語だろうと、毎回欠かさず使っている台詞であった。

 他のパイロット達にも必ず一つ二つは有るであろう、験担ぎみたいなものである。

 正樹自身は指摘されるまで気付いてもなかったし、験担ぎのつもりもなかったのだが、指摘されてからもそれは続いていた。

 

 そんなパイロット達の心の動きなどお見通しなのだろう、男は黙って頷き、収集していた戦術情報を送信してくる。

 

 通信画面の奥に、完全武装の機動歩兵が幾人か見えた。

 戦闘開始を控えた、旅団司令部の慌ただしさが伝わってくる。

 

“砲撃による支援は無いが後は何時も通りだ。敵が地雷原に入ったら自由にやってくれ。以上”

 

 通信が切れるのと同時に、正樹は主・副の両電算機と受動探知機を稼働させ、装備と残弾及び残動力の確認を行う。

 とりあえず常時把握しておかなくてはならない情報の中では、この残弾と残動力の二つは別格と言って良い。

 どちらも戦闘行動の維持に不可欠であるばかりでなく、無くなった場合即座に自らの死に直結するものであり、一般に思われている以上に消耗が激しいのである。

 

 戦域情報を拡大すると、等高線で画かれたなだらかな二つの丘陵と、その合間の、敵のおおよその侵攻ルートに対して、ダムのように綺麗な弧を描いた味方の兵士達が表示されている。

 

 青い円が歩兵、塗りつぶされた丸が機動歩兵、三角がAPC、塗りつぶされた三角がMBT、四角が自走砲等の間接火力、塗りつぶされた四角がミサイルなどの対空兵器、そして、星の形が装甲歩兵だった。

 因みに飛行機は『士』の字を横にした形で、ヘリは地図の果樹園の記号。船はお椀で潜水艦は伏せたお椀である。

 

 ブリーフィングの時から知ってはいたが、この作戦には歩兵2個中隊、機動歩兵が一個小隊、装甲歩兵が三機、あとは指揮車両と輸送車両しか参加していない。

 それしか参加できなかったのである。

 対して敵は大隊規模で、一般歩兵と中隊規模の機動歩兵、装甲歩兵の数は二機以上五機以下。多脚戦闘機が存在しない事だけが唯一の救いだった。

 

 場違いなほど可愛らしい電子音と共に、戦術情報用に指定してあった補助画面が起動した。

 本部中隊の情報チームが統括している戦術情報である。

 地雷原の向こうにばら撒いてきた無数の固定式集音器に、人工物の作動音が引っかかった事を教えてくれたのだ。

 普通に聴いても密林の雑音だけしか聞こえないが、本部がスクリーニングした音を聞けば一発でわかる。

 本来殆ど音をたてないはずの駆動装置も、工作過程がいい加減では意味がないし、手入れが悪ければ当然音が漏れる。

 この機体もそうした例のひとつであった。

 恐らく破損した導管をそのまま放置している。密林の下生えを踏みしだく音に混じって空気の漏れる音がするのだ。

 情報では米国製らしいが、その粗雑な作動音は間違いないだろう。

 

 正樹が微かな嘲りの笑みを浮かべる。

 

 ……出力五パーセント低下ってところか?

 この連中はアーマーの出力が五パーセント低下した場合、それがどれほど巨大な損失になっているか気付いていないのだろう――いや、それとも補給と整備が間に合っていないのか?

 

 正樹の思考が巡る間に、スクリーニングされていない集音器から、不用意な人の声が聴こえてきた。

 

 ポルトガル語で交わされている兵士達の会話。

 

 ブラジル人兵士に間違いない。

 会話を捉えた集音器の位置を確認すると、敵は半月状に広がる地雷原のど真ん中に向かっているらしい。

 

「……良い子だ、そのまま来い」

 

 ひとこと呟き、瞳を閉じて数を数え始める正樹。

 

 …………二〇八、二〇九、二一〇、二一一、二一二っ――!

 

 集音器が遠くで爆発音が響くのを捉え、一瞬置いて機体の各種受動探知機が警告音を鳴らす。

 ほとんど同時に機体の集音器にも、遠くの爆発音が響いてくる。

 

 無線封止解除。

 

 即座に隊無線から無数のクリック音が聞こえ、密林を透かして見える夜空に、打ち上げられた吊光弾の閃光が煌めき始める。

 

 同時に味方が発砲を開始。

 システムオールグリーン。

 しかし正樹はまだ動かない。

 

 爆発の後、敵は狂ったように最大出力の能動探知をかけてくる。おかげで索敵画面には探知目標が次々に表示されてゆくが、その大半は軽装の機動歩兵で脅威判定は低い。

 確認できた敵のアーマーは三機。

 正樹達の“女神”と通称されている味方アーマーと同数だったが、内一機は最初に地雷を踏んだ間抜け。

 しかもどうやら対物地雷だったらしい。機体は半壊していて煙りを出している。

 

 パイロットは――生きていたなら奇跡だ。

 

 もう一機は密林の地雷原のど真ん中で立ち往生。機動歩兵の対物ライフルによる十字砲火を浴びて伏せている。

 脅威判定は高いが――射撃の合間を縫って移動しようとところを、更に別の方向からの攻撃を受けバランスを崩した。

 駆けつけてきた味方のスリーメンズのチームが、倒れているアーマーに向けて携帯ミサイルを発射。

 

 それで終わりだった。

 装甲歩兵だろうが多脚戦闘機だろうが、近代戦では移動出来ない状態で自分の位置を暴露した者から倒されてゆくのだ。

 

 ……残りは一機。

 

 無線封止を解除したためだろう、敵パイロットはどうやら指揮車両のホバーを発見したらしい。

 敵装甲歩兵が、全速力で正樹が隠れている方へと向かってくる。

 

距離二一七

 どんどん距離が詰まる。

 米国製の旧式アーマーだが、パワーも防御力も向こうが上。

 一撃で倒さなくては正樹の方が危ない。

 

 機体のリコメンドは対物ミサイル。もしくは対物ライフルによる三点連射。

 

距離一三二

 熱源反応がいきなり数百倍にも跳ね上がり、敵アーマーがさらに加速。

 つまりターボファンエンジンのアフターバーナーに点火したのだ。

 

 移動中に動力を使い過ぎたのか?

 それともこちらにはアーマーが居ないと思ったのか?

 

 ミサイルによるリコメンドが消えた。

 

距離四〇

 正樹は癖になっている残動力の確認。

 戦術コンピューターのリコメンド(装甲歩兵用アサルトライフルによる掃射)を無視して、背中のクレイモア(※1)を選択する。

 警告表示を無視。

 

距離一〇

 密林の下生えを透かして、排気炎の明かりに浮かび上がる黒い影。

 

 見えたっ! 二時方向!

 

 左手の姿勢制御で起き上がり、親指でブーストを選択、右の前進ペダルを踏み込み、両足のフックを僅かに引き上げつつ、同時にラダーを右に押し気味で右に旋回――。

 

 機体は偽装ネットをそのままに、ブーストをかけて一瞬で接近する。

 敵パイロットに残された反応時間は一秒以下。

 

 胴体部分に照準を合わせたまま、右手のトリガー。ペダルはベタ踏みのまま、ラダーをめい一杯左に押し込む。

 

 ――機体のオートバランサーは正樹の狙い通り、完璧なタイミングで左足を踏み出し、残した右足から腰椎ユニットを軸に、凄まじい勢いで機体を回転させて、両手で握ったクレイモアを振り回す。

 その先端部からは、鞭を鳴らした時のような音!

 

 一瞬で音速を超えたクレイモアの先端部は、その速度と質量を炭素分子にしてわずか一個分の幅に集中させ、高速・高圧状態の微少世界において全く違った物理的振る舞いを見せる装甲(※2)に対し、過剰なまでの運動エネルギーとして開放する。

 ほとんど一切の抵抗なくその先端を潜り込ませた単分子炭素ブレードは、僅かな加速度の変化と共に砕け散り、その後をタングステン合金の刃が熱に変化しつつある運動エネルギーでその身を溶かしつつ、まるでプリンを砂糖細工のスプーンで切り裂くようにして破壊してゆく。

 もちろん人に知覚可能な事象といえば二つだけだ。

 

 衝撃と破壊音。

 

 クレイモアを振り抜きざまにすれ違い、同時にペダルもラダーもニュートラルに戻し、左手の姿勢制御を親指で切り替えて――伏せる。

 

 機体が伏せた時の衝撃に、ベルトが身体に食い込む。その痛みに、思わず舌打ちを漏らす正樹。

 新型のボディアーマーが柔らか過ぎるのだ。

 バックモニターには、右腕ごと胴体部分の三分の二近くを叩き斬られた、敵アーマーの残骸が見えた。

 パイロットは恐らく即死だろう。

 動力は停止し、凄まじい勢いで圧搾空気が漏れ出しているが、導管の破損時に時折発生する爆発は無かった。

 

 息をつく間もなくラダーを引き上げ、姿勢制御バーを引いて中腰にする。

 熱源探知。

 一番近い敵に向けて移動開始。

 

 途中までは自動操縦のNOE(※3)――と言っても今は飛行はしていない――で木々の隙間をすり抜けてゆく。

 乗馬するよりなお強烈な、激しい上下左右の運動と、変化しつづける加速度に耐えつつ、合間に可能な限りの敵状を把握する。

 一応それなりの隊列を作っていたはずの敵は大混乱だった。どうやら指揮系統も滅茶苦茶になっているらしく、戦闘部隊としては完全に崩壊している。

 それに対し正樹達は未だに綺麗な弧を描いて布陣しており、地雷原の中に取り残された敵部隊を、十字砲火によってどこか遠くにあるとされる地獄(もしくは天国)へと叩き込み続けている。

 

 右翼にいた味方の軽アーマーが突入して敵の隊列のど真ん中に殴りこみ、派手に暴れまわっているらしいのが確認出来る。

 完全に戦意を喪失している敵部隊は、その動きに追われて左翼前方の地雷原に追い込まれつつあり、その後方へは左翼の軽アーマーが移動している。

 もちろん両翼に展開していた歩兵部隊が、袋の先をすぼめてゆくようにして前進を開始している。

 

 本当なら後退を開始している敵の追撃を行いたい所ではあるが、地雷を敷設してあっては味方の追従が期待できない。孤立してしまう可能性が高いのだ。戦果の拡大は期待できるが、自身も叩かれる可能性が高い。

 それよりは罠に嵌った敵をさらに混乱させ続け、味方の攻撃を支援する方が良い。

 

「敵前衛部隊に突入を開始します」

“突入了解”

 

 本部からの短い返信の後、全部隊への発令。

 

“味方のアーマーが突入する。総員C4I系の接続に注意せよ”

 

 これで機体のIFFが機能している限り、流れ弾や兆弾以外、味方の火器からの誤射はほとんどなくなる。狙って引き金を引いても、警告表示が出るだけで弾が出ないのだ。もちろん接続が切れていれば別だが……。

 

 時折停止し、敵の配置と移動方向を確認しながら、時速五キロメートル程の速度で移動する。

 一瞬だけ稼動中のターボファンエンジンの出力を最大にし、さらにアフターバーナーに点火して地雷原を飛び越える。

 

 今の一瞬で僅かに余裕の生まれた残動力を確認し、再び省動力モードに切り替え無音行動に移る。

 

 木々を圧し折りながら着地し、再び敵状の確認。リコメンドはブースト機動、そしてアサルトライフルの掃射。しかし正樹の選択はクレイモア。気付かれた様子の無いことを確認し、通常機動モードに変更。二〇メートルほど先に確認できた敵のスリーメンズらしい一団に接近する。

 

 機動歩兵の探知装置はそれなりに優秀ではあるが、この状況では自身の出している音と発砲音や爆発音に紛れて、無音状態――圧搾空気のみで行動――を解除し、エアクッションをまとめて数百個も潰したような独特の排気音と、断続的な太鼓の様な音がする加圧缶(構造的にはロータリーエンジンである)の作動音を発生させている、通常機動中のアーマーにすら気付かない。

 

 伏せ、走り、斬りつけてはまた伏せる。

 

 密林の木々ごと切り裂かれ、叩き潰されてゆく機動歩兵達。

 その大半の兵士達は、全長三メートルを超えるクレイモアの巨大な刃をその身に受けるまで――いや、受けてなお、正樹の操るアーマーの存在には気付かない。

 機動歩兵の探知システムは、殆どあらゆる兵器の発砲音や、発砲炎を探知し、敵性と判断すれば、即座に警報を発するが、まだ温まりきってはおらず、熱源(もちろん電波反射源としても)としては機動歩兵より小さな、全高三メートルの巨人。

 

 適度に薄汚れた夜間戦闘用の増加装甲に包まれた、最新鋭の三菱重工製重装甲歩兵を自在に操り、正樹は一人呟いていた。

 

「ただの歩兵なら、ちゃんと自分の耳で聞いていたなら、気付いたかもしれないのにね――?」

 

 

 ……その夜、ブラジル国防軍がコロンビア国境地帯で出した損害は、アーマーが三、機動歩兵四八、最新鋭のAPCが六、撤退の支援に向かった攻撃ヘリが二機……。

 

 死者未帰還者合わせて九六名に達した。

 

 

 

 

※1

クレイモア:今も使われている旧式の対人地雷ではなく、タングステン合金の刀身と、「Y」字型に形成された単分子カーボンブレードを持つ両刃の大剣、段平とも呼ばれる。Yの上部、V字になった部分にクレイモアの刃を当てて装着。基本的には運動エネルギー兵器。

 

※2

高圧・高密度の金属同士の衝突は、一定レベルを超えると双方が液体として振る舞い、事実上装甲としての役割を果たさなくなる。

APFSDS等の運動エネルギー弾は基本的にこの物理現象を利用している。

 

※3

NOE:Nap-Of-the-Earth, Contour-Flight 地形追随飛行 クロトの場合は、目標地点を選択し、ルートリコメンドを選択するか、自分で幾つかのポイントを指定してルートを策定し、自動で目標まで移動するための機能。

より高度ではあるが、基本的な仕様は巡航ミサイルと同様で、その発展型となる。

歩行による利用も可能。

 

 

続きはこちらへ⇒http://www.dnovels.net/novels/detail/833


 
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