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堅城攻略戦 第三章 坑道の闇に潜む者 9

野良さん

「堅城攻略戦」でタグを付けていきますので、今後シリーズの過去作に関してはタグにて辿って下さい。

2024-06-22 16:39:04 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:119   閲覧ユーザー数:106

 

 式姫の先鋒と思しき一団が本体から離れ、最短距離で二の丸に迫る様を、男は堅城の最上階から見下ろしていた。

 遠方に配置していた故に、防衛のための陣に入るのが間に合わなかった骸骨兵の一団が、生者の気配に反応して迎え撃とうとする。

 だが、式姫たちは一切勢いを緩めることもなく、そこに突入した。

「……むぅ」

 眼前に立ち塞がった骸骨兵相手に、長大な槍を図上高く振り上げて先頭を駆けていた式姫が、ここまで風を切る音が聞こえそうな勢いで、自らの突撃を邪魔する輩を薙ぎ払うようにそれを振り下ろした。

 その軌道上にいた骸骨兵の数体が、路傍の小石の如くに軽々と跳ね飛ばされ、傍らに展開していた兵を巻き添えに吹き飛び、ひしゃげて大地に転がり、ピクリとも動かなくなる。

 胴鎧程度とはいえ甲冑を纏っていた体が手もなく砕かれ白骨を周囲に散乱させた姿は、妖や式姫の戦いでは、人の戦の定法はまず適用できない事をまざまざと見せつける。

 そして、その恐るべき槍の攻撃範囲から外れていた、あるいは何とか避けて散開した兵に、戦斧を構えた二人が猛然と襲い掛かった。

 手にしているのが、まるで芝居で使う張り子ででもあるかのように、重厚で巨大な黒鉄の戦斧が鋭く、軽やかに一閃する。

 骸骨兵とても案山子ではない、その恐るべき一撃を、手にした錆びた刀や槍を機敏かつ、武技に適った構えで迎え撃つ。

 だが、二人の戦鬼の振るった斧は、掲げられた刀槍をその辺の木の枝ででもあるかのように、砕き、へし折り、勢いを些かも減じる事無く、兜に守られた頭を砕き散らし、肋や胸骨をたたき割った。

 鎧袖一触とは、まさにこれか……。

「狛犬の突撃は止まらないッスーーーー!」

「おらぁ、次はどいつだ!」

「骨しかないってのに、骨のない連中だねぇ、肩慣らしにもなりゃしない」

 元は人とはいえ、半ば妖と化している骸骨兵を以てしても、少し勝る程度の数では、遮る物もない平地で式姫と会敵しては、その足を止めるどころか、進軍速度を一時緩める役にすら立たぬというのか。

「おのれ、化け物め」

 前回の戦の時は、式姫たちが情勢不利と見切ってさっさと逃走に掛かった故に、その破壊力は堅城から遠ざかる為に使われたのみ、いわばこちらを叩き潰さんと迫る直接の脅威ではなかった。

 だが、改めて今こちらに向かって攻めてくる彼女らの姿を目の当たりにすると、余りの破壊力に背筋が冷えるのを認めざるを得ない。

(……いや、大丈夫だ、落ち着け)

 落城の折にかなり破壊されたとはいえ、この堅城の縄張りと分厚く敷かれた骸骨兵団の壁は、式姫とて容易に抜ける代物ではないのは、前回彼女たちがすぐに逃走する判断を下したのを見ても間違いない。

(後は、奴らさえ動けば)

 信頼関係皆無の連中との、打算を担保にした約定頼みという薄氷を踏むような策ではあるが、奴らもこの策に乗る利は多分にある。

 だが、その彼らにとっても利である、というのも、自分の口説で相手に錯覚させている部分があるというのは否めない。

 どこかで奴らにその錯覚に気が付かれたら……いや、何もかも面倒になってちゃぶ台をひっくり返されたら……。

 そんな想念が、薄ら寒い感触となって腹部に蟠る。

「迷うな」

 臍下に力を込めて、そんな想念を体外に押し出すように、深くゆっくりと呼吸をする。

 己の布石すらも信じられなくなってしまっては、軍師稼業などやっていられない。

 それに、あの力は確かに予想外ではあるが、式姫たちの動き自体は大枠としては彼の予測の範囲に収まっている。

 相手の戦力からして、この堅城への攻め手は限られている……私が想定した以外の攻め手は存在しないはず。

 大丈夫、大丈夫だ。

 戦場を遠く離れた仙人峠の山頂。

 おつのは一心に祈祷を行っていた。

 その眼前で燃え盛るのは三昧の真火、それが躍り上がるように猛る。

 気力のありったけを振り絞っているのだろう、彼女ほどの力ある存在の額にはめったに見られぬ玉のような汗が次々に浮かんではその秀麗な顔を伝い下り、ほっそりした顎からぽたぽたと地に滴る。

 低い、彼女の唱える真言が遮る物とてない、山頂で虚空を震わせる。

 最近は彼女の傍で思い思いに過ごしている三つ足烏達も、山に漲る、異様な力を感じ取ったのか、姿も見えない。

(みんな、順調に動いてるねー)

 山を幾つか隔てた先にある、堅城前の動きが、今の彼女の感覚の目には大体見えている。

 堅城に至る気脈の道は、敵の術者の手によって閉ざされてしまったようだが、その手前までならば、その力を受けてくれる存在さえ居れば何とか自分の力を及ぼすことは可能。

 短期間の内にそこまで敵の拠点だった霊地の支配を取り戻せたのは、この山のご神体ともいうべき磐座を祀る祭壇で、おつの程の術者が昼夜を問わず祈祷を続け、この周囲の山岳に己の力を通していった成果。

 元々、あの堅城からこの地に至る山々の気脈を人が制する為に、種々の手が入れられてきた痕跡が随所にみられ、彼女ほどの術者ならば、この近在をその制御下に置くのは比較的容易かった。

 とはいえ、それは上辺の制圧にすぎない。

 本来であれば、このようなそれぞれのお山への仁義を通しながら慎重に進めねばならないような祭儀は、自身の足ですべての山々を駆け巡って、直にその地の気と己の気を交わし、戦わせて、その地に己の小さな足跡を刻みながら進めるべき物である、というのがおつのの考える、本来のありよう。

(この辺見るに、やっぱり山の人じゃないねー、この術を取り仕切った人は)

 山の懐の中で生き、その厳しさも優しさも等しく受け止め、その中で生きて死んでいった修験者や山の民とは違う。

 都辺りで陰陽道か風水辺りを修めた術者が、一通り歩きながら作った絵図を眺めて引いた呪的な線。

 もしくは自分たちを純密などと吹聴し、それ以前の密の教えを雑密などと蔑む連中の類だろうか。

 要地の押さえ方、要となる磐座や巨木の選択、地脈の結び方も理には適っている、知識も腕も確かではある。

 ……だが、どうにも自分の流儀とは根底から異なるこの手法、心底気に食わない。

 それが、この地に巡らされていた祭儀に、直に触れたおつのが得た結論。

 そして、さらに気に食わないのは、この敵が施した大規模な呪の空間を把握し、制御し、自分たちの為に使える力に転用できるのが、今、あの集団の中では自分だけである事。

(気に食わないとは思うけどね、とはいえ、敵が整備してくれたそこにある有益な戦利品を使わない手はない……おつのくん、これは道具だ)

 そう割り切って使いこなしてくれ。

 その辺りの気持ちを、表情に出したつもりは無かったが、おつのにこの山を中心とした地脈の流れを制するように頼んできた鞍馬が、最後に苦笑気味に釘を刺していった言葉。

 釘を刺されるまでもない、おつのとて歴戦の大天狗、今は、ここを有効に使わねば、自分たちの勝利は覚束ないと頭では理解している。

 だが、鞍馬もおつのも判っている、お互い判り切っている事でも、口にする事で、軽くなる気持ちは多少はあるのだと。

(お山のみなさん、おつのちゃんもこんな事するのはちょー不本意なんですよー、後でご主人様と鞍馬ちゃんの首根っこに縄付けてでも、全山巡ってお詫びしますので、今この時は、平にお許し) 

 そう、後で挨拶に来ますよー。

 こんな嫌な仕事はさっさと片付けて。

 おつのの呪言が更に力を帯び、それに応えるように眼前の炎が躍り上がる。

 この世の一切不浄を焼き払う、三昧火。

 その炎が解き放たれるのを待つかのように、祭壇の中でまばゆく白い光を放ちだす

 準備はできた。

(頼むよ、みんな)

 ここを動けない私に代わって、この力を導いて……。

 かなりの規模の空堀に隔てられた先に、骸骨兵団がひしめいている。

 そこに至る、三の丸から二の丸へと通じる一本の道が視界の中に入り、紅葉御前は鋭く周囲を一瞥した。

「軍師殿の言ってた場所はそろそろだね」

 紅葉御前の言葉に、天女と天狗が頷き交わし、悪鬼と狛犬が何かを目くばせしあう。

(三の丸と二の丸はかなりの広さを持つ空堀に隔てられており、こちらから攻め寄せられる道としては三筋に絞られる……いずれも橋ではない故、落とされる心配こそないが、当然守りは極めつけに堅い事が想像される……とはいえ、馬鹿正直に空堀を歩いて渡るよりは余程良い)

 先鋒部隊に攻め入る道筋を示す鞍馬の指が、ここ数日の上空からの偵察で詳細に描き出された堅城の縄張り図の上を滑る。

(前回の君たちの進軍路はこうだ、一息に天守に迫ろうと最短距離で軽い敵の抵抗を排除しつつ、二の丸に突入……いや、誘い込まれた)

 そう、天守付近まで誘い込まれた自分たちは、急に湧き出してきた骨共に包囲されかかった。

 あの時は、その重囲を何とか切り破って逃げた物だが、今回は最初から入れる気はないってかい。

(敵の有無に関わらず、今回はこの道は使わない、ぐるりと大回りする事になるが、三の丸のこの辺りの地点を確保してもらいたい)

 そこで、本体の到着を待つ。

「ここまでだ、止まりな、悪鬼、狛犬!」

 集団の中で、少し先を行っていた紅葉御前が足を止める。

 その隣を、悪鬼と狛犬が速度を緩めず駆け抜ける。

「突撃ッスーーーーーー!」

「敵が真ん前にいるってぇのに止まれるワケねーだろ!」

「……やれやれ」

 低く呟いた紅葉が、ひょいと踏み込みながらそのたくましい両腕を無造作に伸ばしたと見るや、悪鬼と狛犬、二人の襟首を見事に捕まえた。

「……まぁ、そんなこったろうと思ってたけど、あたしとの約束破るのは感心しないねぇ」

「うがーーー!」

「ぐぇーッス!」

「どさくさ紛れなら、あたしをすり抜けて、敵陣に突入できるとでも思ったのかい」

 甘いんだよ。

 紅葉御前の腕に掴まれて、後ろに引っ張られた二人の足が宙を掻く。

「ね”ーち”ゃん”、くび……」

「ぐる”じい”ッス”……」

「だから、あたしが止まれつったら止まれっての、襟首捕まえてでも止めるって言っといた筈だよ」

 そのまま二人を地面に引きずり倒してから、紅葉御前は手を離した。

「しぬかと思ったッス……」

「ねーちゃんさぁ、酷くねぇ?」

「軍隊のいくさってぇのは、こんなもんさ、兵隊は上で面倒な事をあれこれ考えてる奴のいう事を聞いて戦う、命令聞かなけりゃ力づくで言う事聞かされる……鬼の戦とは違う、堅苦しいもんだよ」

 あたしもこういうのは好きじゃないけどさ。

「悪鬼、狛犬、最後まで大将と一緒に戦い続けたいなら、こういう戦を我慢してこなす事も覚えていきな」

 こういう戦の勝ち方を覚えるんだよ。

「好き嫌いで自分の流儀を押し通したいなら、少なくともあたしに襟首捕まえられない程度にはならないと駄目さ」

 力もないのに、それをやれば、自分だけじゃない、大事な人までみんな死なせちまう。

「うー……紅葉御前の言う事分かんないけど、とりあえず狛犬止まるッス」

「わーったよ……」

 不貞腐れたように、悪鬼は斧を担いで、骸骨兵団を睨んだ。

 要は、そういう、小難しい理屈全部ぶっ飛ばせるくらい強くなりゃ良いんだろ。

 今はまだねーちゃん達にも及ばないし、あいつら全部叩きのめす力はねぇけどよ……強くなってやるさ。

 

「あの二人の足を、同時に片手で止めるとは……」

 悪鬼と狛犬が足を緩める様子が無いのを見て、何かの術で足止めしようと羽団扇を掲げようとしていた天狗が驚嘆の声を上げる。

「やっぱり紅葉さん凄いですねぇ」

 前回の戦のおり、妖の中でも強力でそれと知られる一つ目入道と互角に組み合ってすらみせた彼女の腕力は、式姫の中でも頭一つ抜けている。

「さてと、後は頼むよ、天狗、天女、あたしらが警戒してるから、敵がちょっかい掛けて来ることは気にしなくて良いぜ」

「はーい、お任せですよぉ」

「この先は私たち頭脳派の出番ですわ」

 駆け寄りざまに、二人は大地に手を付き、何かを探るように半眼になる。

 その二人の前に立ち、相手の動きを警戒する紅葉御前の傍らで、悪鬼と狛犬も動きの無い空堀の向こうの敵を睨む。

「くそー、あっちから掛かってきてくれりゃ、返り討ちにしてやんのに」

「あっちから仕掛けて来るかは五分五分だって、軍師殿は言ってたけど、さて、どうなるかねぇ……今のところは飛び道具の方を気にしてな」

 紅葉の言葉に、悪鬼が不思議そうに首をひねる。

「言われてみりゃ……そういや、あいつら、そういうの使わねぇな」

「手入れやらなんやらしないと駄目な飛び道具を使えないのが、あの骨共の能力の限界だろうって軍師殿が言ってたろ、小難しい話はともかく、敵に関する事くらいは覚えときなって」

「狛犬、鞍馬さんの話の時は寝てるッス!」

「あたしもー!」

 よく眠れるッス!

 なー。

「……そういやそうだったね」

 ああまで、堂々と高鼾をかかれては咎める気にもなれないね、と苦笑していた軍師の顔を思い出し、紅葉は何とも言えない顔で頭を掻いた。

 自分もまぁ、山の民のまとめ役を何となくする羽目になって、何度も失敗をするまではこんなもんだったねぇ。

 いや、おそらくその立場を離れてしまえば、あたしの根っこは今でも多分この二人と変わらない……。

 その後ろで、何かを探っていた二人が同時に顔を上げた。

「これかな、天狗ちゃん?」

「間違いありませんわ」

 天狗が頷き、顔を上げると、視線の先には連なる山嶺からここに至る、理想的と言って良い気の通り道が見える。

 今はこの城に立てこもる何者かが閉じたとはいえ、つい先だってまで、この城からお山に力を通していた、形なき気の通り道。

「鞍馬さんの見立ては正しかったという事ですねぇ」

 地図を暫し眺めていた鞍馬が、山と渓谷、そして堅城の位置を眺めながら、ここだな、と引いた線と拠点。

「ええ、流石の眼力ですわ」

(もしこの位置に、狙い通りの気脈の通り道があったら、それは私の眼力というよりは、織姫君たちが苦労して作ってくれた、この地図のお陰さ)

 一度上空から自分の目でざっと偵察しただけの鞍馬が、図上のみでこの位置を指定したというのは、流石と言わざるを得ない。

 すっと立った二人が印を結ぶ。

「ここに力を導きますわ、私と天女さんは暫く動けなくなります……バカ悪鬼、しっかり私を守って貰いますわよ」

「けっ、おめーなんぞどうでもいいけど、天女と大将の、ついでのついで位に守ってやらぁ」

 天狗と悪鬼のいつものやりとりをにやにや笑いながら見ていた紅葉が、敵の方に目を向ける。

「この動きを奴らが妨害に来るかどうか……か」

 この三の丸は、骸骨兵団が動ける領域内であるのは間違いない。

 動かないのか、動けないのか。

 奴らの動きを見定めてくれ、紅葉君……それによって、我らが次に打つ手が変わる。

 天狗と天女の呪が、彼女の背後で低く紡がれだす。

 こちらの動きは始まった、そして相手はそれを見過ごすほど甘い相手では無い筈だが。

 だが、対岸の骸骨兵団は、虚ろな眼窩をこちらに向けるのみで、動き出す気配はない。

「あたしも大概酔狂だけど、素面で骨とにらめっこする程、暇じゃないんだけどねぇ……」

 紅葉御前の長い戦場経験で培われた感覚は、二の丸を固める分厚く居並ぶ骸骨兵団から、機を伺い、こちらを見据える密やかな息吹を感じている。

(動けないんじゃないな……動かないだけか)

 では、相手は何を狙っているのか、何を見定めようとしているのか。

■狛犬

突撃ッス!

 

■悪鬼と天狗

なんだかんだで良いコンビ

 

 
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